放射線理解のための霧箱の活用(2)

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カテゴリ: 第11回
1.緒言
一般の人は、「放射線」あるいは放射線を発生する「原 子力」は遠い存在であると感じ、漠然と「(何となく)怖 い」という印象をもってしまう。 ところが、2011 年 3 月 11 日の東北地方太平洋沖地震 に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故をきっかけ に、一気に放射線あるいは原子力が身近なものとなり、 放射線による人体への影響についての関心が高まった。 そのため、「放射線の特徴とはどういうものであるか」 とか、「放射線による人体への影響はどうなのか」という ことを正しく科学的に理解することの重要性が、ますま す高まっている。 このような状況から、一般の人が放射線について正し く理解するにはどうしたらよいかという点について着目 し、研究を開始した。 我々は、一般に自然放射線(特に宇宙線)観測に用い られている拡散型霧箱の側面に穴を空け、そこから放射 線源や遮へい材を挿入することにより、様々な種類・エ ネルギーの放射線を観測できるとともに、遮へい効果に ついても観測できる霧箱を開発した。 またこの霧箱を用いて試験的に実演を行い、良好な結 果を得ている[1]。 霧箱内で発生する現象を見せるだけでは、飛跡の観測 に留まるだけであり、理解にはつながらない。放射線を 正しく科学的に理解するには、飛跡の観測結果からどの ようなことがいえるのかを、飛跡の観測とあわせて簡 潔・明瞭に説明する必要がある。更には、直感的に理解 できるようにする必要がある。 我々は、一般の人を対象に、霧箱を用いて自然放射線 の観測の他に放射線の種類・エネルギーや遮へい効果に ついても観測するとともに、その現象を説明する実演を 行った。 本論文では、霧箱による実演結果について報告する。
2.実演の実施 霧箱での飛跡を観測することとそれにあわせた説明の 実施により、放射線についてなじみがない一般の人が理 解できるかを確認するために、一般の人が集まるイベン トにて実際に展示および説明を行った。 理解できたかどうかを確認するとともに、今後の霧箱 での実演の改善に反映させるために、アンケートを実施 した。 2.1 実施場所 中部電力(株)の技術開発本部では、ほぼ毎年10月 にテクノフェアを実施している。 これは、中部電力(株)の技術開発本部(名古屋市 緑区大高町)の電力技術研究所・エネルギー応用研究 所を公開するとともに、中部電力(株)の研究開発状 況を紹介する行事である。 来場される方は、営業管内(愛知県・岐阜県・三重 県・長野県および静岡県の富士川以西)のお客様であ り、会社員、自治体職員や、教育機関(中学・高校・ 大学)の教員・学生である。 開催場所が浜岡原子力発電所から離れており、来場 される方は電力消費地の方が多いということもあり、 放射線になじみのある方はあまりいないと考えられる。 そのため、放射線に対してあまりなじみのない一般 の人に放射線の説明を実施するためには適していると 考えられる。 ただし、テクノフェアの展示内容は、原子力のみな らず、水力・火力といった発電部門のほかに、送電・ 配電といった流通部門および、電気利用といった広い 範囲にわたる。 そのため、実演や説明には、5 分程度の短時間で直 感的に理解できるようにすることが重要である。 2.2 展示ブースの概要 展示ブースは、原子力を含む発電部門、流通部門お よび、電気利用部門のように、部門ごとにまとめて展 示をする。会場の制約もあり、ひとつの展示ブースと しては、1.8m×1.8m程度が目安となる。 このスペースで霧箱の観測、説明パネルの展示、ア ンケートの記載スペースを確保することになる。 暗い方が飛跡は見えやすくなるため、なるべく照明 の光を遮るようにし、またパーテーションからの反射 光を遮るため、パーテーションを黒い布で覆うととも に、上面には黒く塗ったベニヤ板で覆った。 霧箱 全体概要を図1に示す。 黒のベニヤ板 スポットライト 黒のベニヤ板 スポットライト 説明パネル アンケート用紙と 記入用テーブル 図1 展示ブース概要 2.3 霧箱 今回は、おおよそ縦20cm×横30cm×高さ20cm の透明のスチレン製容器の底を抜いてビロードの布と ストレッチフィルムで底を作り、また上面にはラップ を貼り、ラップと容器の間に隙間ができないようにゴ ムバンドで固定したものを霧箱とした。 光源として、容器の上面一辺に沿って白色のLED を 並べ、斜め下に光が投影できるようにした。 約2リットルのメタノールを容器に入れた。 なお、容器の上方側面にはアルコール保持用の脱脂 綿をリング状にして上面からアルコールが拡散するよ うにした。 スチロール製の箱を作り、底面にドライアイス約 3kg を敷きつめたうえで容器を入れて保温性を確保し た。 この霧箱の特徴は、冷却開始後10分程度で自然放射 線による飛跡が観測できるようになり、20 分程度で安 定に動作する(過飽和層が形成される)ようになる。 また、過飽和層が約50mmと深く確保できるとともに、 再現性がよく安定に動作するものである。 実演に用いた霧箱の概要を図2に示す。 なお、霧箱自体の大きさがあまり大きくないことか ら、側面に穴をあけると気流が乱れて過飽和層が安定 でなくなるため、今回の霧箱では放射線源や遮へい材 の挿入・引抜は行わないこととした。 - 388 - 常温 過飽和 領域 低温 図2 実演に用いた霧箱の概要 2.4 説明パネル 霧箱で飛跡を見るだけでは放射線がどういうものか 理解することは困難であり、わかりやすい説明をあわ せて実施する必要がる。 そのため、自然放射線があること以外に、放射線に ついて最小限理解してほしいこととして以下の4項目 に絞り、簡単に記載した説明パネルを用意した。 ○放射線の種類:α線・β線・γ(X)線・中性子線 ○霧箱で放射線の飛跡が観測できる原理 ○放射線の種類とエネルギーにより飛跡が異なる ○遮へい効果 具体的なパネルの内容を図3に示す 図3 実演の際に用いた説明パネル 2.5 霧箱を用いた実演の内容 実演は以下の内容を基本とし、来場者の方の関心に よって、パネルを併用して説明しながら実演を行った。 なお、テクノフェア会場は自由行動であることから展 示ブースに立ち寄る人数は 1 人の場合もあれば、多い ときは5~6名の場合もある。霧箱の実演に関心のある 人が展示ブースに立ち寄るごとに繰り返し実演した。 ○自然放射線の観測 ○β線のエネルギーの相違による飛跡の長さの観測: 線源がないときに見えていた飛跡(低エネルギー成 分が多くよく曲がる)と霧箱の横に置いたランタン から出る飛跡(エネルギーが高く、まっすぐ)を比 較 ○α線の観測:ランタンを含む空気を注射器にて霧箱 内に注入し、ランタン中のTh-232の娘核種(Rn-220 の壊変(半減期 55.6 秒)および Po-216 の壊変(半 減期0.145秒)時に発生する約6MeVのα線の観測 ○遮へい効果:霧箱上面に設置したランタンとラップ の間に1mm厚さのアルミ板を挿入 2.6アンケート 短時間で回答を記入できるようにすることと、おお まかに属性(年代・性別・職業)が把握できるように したうえで、実演および説明の内容について、以下の 質問への回答をしてもらうこととした。 ○印象に残ったこと:放射線に関する説明図・霧箱に よる放射線の演示実験等から選択 ○年代:10代28 名、20 代56 名、30 代16名、40代 30 名、50 代以上40名 ○印象に残ったものの回答 ・放射線に関する説明図 : 29 名 ・霧箱による放射線の種類による演示 : 110 名 - 389 - ○β線の観測:霧箱上面のラップ上にランタンを設置 しランタンから発生する飛跡の観測 ○「わかった」のか「わからなかった」かの確認: (α線とβ線の飛跡の相違、エネルギーによる飛跡の 相違等の4項目について) ○自由記述 3.実演の結果 テクノフェアは平成25 年10 月9 日(水)-10 日(木)の2 日間開催され、来場者は2,707人であった。 これに対して、霧箱の実演を見てアンケートに回答し た人数は170名であった。このうち、男性148名、女性 22 名であった。 3.1 アンケート結果の分析 ○職業:学生52 名、会社員111名、自営業3名 表2 回答結果の分析(「わかった」の回答) [%] 全数 学生 女性 身の周りに放射線が あること 96 98 100 α線とβ線の飛跡の 違い 72 81 50 エネルギーによる 飛跡の違い 64 75 45 α線とβ線の遮へいの 違い 62 75 36 備 考 170名に対す る割合 ・霧箱による放射線遮へいの実演 : 66名 ○「よくわかった」の回答について ・身の周りに放射線があること : 164名 ・α線とβ線の飛跡の違い : 122名 ・エネルギーによる飛跡の違い : 109名 ・α線とβ線の遮へいの違い : 106名 (1)印象に残ったことについて 52名に対す 説明図よりも実際に霧箱で演示することの方が、印 る割合 象に残ることがわかった。 また、実演の内容については、学生・女性において も、「放射線の種類」が「放射線の遮へい」よりも印象 に残っている割合が多い(表1)。 そのため、説明パネルや「放射線の遮へい」につい ては改善の余地があると考えられる。 表1 回答結果の分析(印象に残った) [%] 全数 学生 女性 放射線に対する説明 17 12 18 放射線の種類の実演 65 63 91 遮へいの実演 39 42 32 備 考 170名に対す る割合 22名に対す る割合 学生でありかつ女性:3名 3.2 改善すべき点 実際に一般の人に、一般の人の興味にあわせ、しか も繰り返し実演することにより、改善すべき課題がみ つかった。 列挙すると以下のとおりとなる。 ○霧箱の大型化:飛跡を見ながら説明をする必要があ るため、一度に多くの人に観測してもらうには大型 化が必要 ○α線源を霧箱に入れること:注射器でα線を含む空 気を霧箱内の注入することによりα線の観測ができ るが、いつまでもα線の飛跡を出し続けるため、他 52名に対す 22名に対す の実演に移行するのに時間がかかってしまう。その る割合 る割合 学生でありかつ女性:3名 (2)よくわかったとの回答の割合について 「身の周りに放射線があること(1)」についてはほ ぼ100%の人が「よくわかった」と回答しているが、「α 線と β 線の飛跡の違い(2)」、「エネルギーによる飛 跡の違い(3)」、「α線とβ線の遮へいの違い(4)」 ため、霧箱を多数準備し、α線観測専用の霧箱を用 意する等の対応が必要 ○γ線自体の飛跡が観測できないこと:γ線が気体分 子と衝突して発生した電子の飛跡を観測することに なる。この説明が難しいため、放射線の飛跡例を写 真にとり、説明できるようにすることが必要 となるにつれて「よくわかった」との回答の割合が小 さくなっている。この傾向は学生、女性についても同 様な傾向を示しているが、特に女性の落ち込み方が顕 著である(表2)。 1⇒2⇒3⇒4と進むにつれて「よくわかった」と の回答が小さくなるのは、普段では聞きなれない「エ ネルギー」や「遮へい」といった専門的な内容になる 4.まとめと今後の計画 今回は一般の人を対象に、霧箱での自然放射線の観測、 放射線の種類による観測等を実施した。 あわせて、アンケートを実施した。 今回の結果をもとに、霧箱の寸法および構造、説明パ ネルの内容を含め、実演方法を改善していく計画である。 ためであると考えられる。 また、女性は男性に比べて飛跡の違いについて食い 入るように見方をしていなかったとの印象がある。 そのため、3と4の実演のしかた(説明のしかたを 含む)については、特に女性の意見を聞きながら改善 していくことが有効であると考えられる。 参考文献 [1] 田原 譲他, “放射線理解のための霧箱の活用”, 日 本保全学会第 10 回学術講演会予稿集, 大阪, 2013, pp.709-712. (平成26年6月24日) - 390 -“ “放射線理解のための霧箱の活用(2) “ “辻 建二,Kenji TSUJI,中村 光廣,Mitsuhiro NAKAMURA,田原 譲,Yuzuru TARA,林 煕崇,Hirotaka HAYASHI,渡邊 剛,Tsuyoshi WATANABE
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