国内既往最大規模の竜巻を対象とした発生頻度の地域性について
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カテゴリ: 第11回
1.はじめに
2013 年度に原子力規制委員会により施行された新規制基準において、原子力発電所ならびに核燃料サイクル施設の安全性評価を行うにあたり想定すべき自然現象として竜巻が新たに追加された。「原子力発電所の竜巻影響評価ガイド」[1](以下、ガイドと呼ぶ)に沿って最終的には構造信頼性および対策手法の成立性まで評価することが求められている。 評価にあたっては、竜巻に伴う風圧、気圧差、ならびに飛来物の衝撃力を考慮する必要があるが、設計竜巻風速の設定はその基本となる。ガイドによれば、「発電所が立地する地域及び竜巻発生の観点から気象条件が類似の地域」を竜巻検討地域として設定し、検討地域内の過去最大(瞬間)風速VB1 と、検討地域内を対象にして行った確率論的ハザード評価結果 VB2 を比較して大きい方を基準竜巻風速とする。基準竜巻風速 VB に対して、周辺地形の影響等を考慮した増速率を勘案して設計竜巻風速を設定するが、本報告では、総観スケール(数百km~数千km)およびメソスケール(数 km~数十km)といった竜巻発生に関連する異なる水平スケールに着目した気 象解析を行い、基準竜巻風速を設定するために必要な竜巻検討地域および地域に応じたVB1 の設定のあり方について検討する。 ガイドは、竜巻検討地域において、過去に発生した竜巻の規模や発生頻度、最大風速の年超過確率を考慮して適切にVBを設定することと定めている。また、検討地域設定と関連して、「日本では、日本海側と太平洋側とで気象条件が異なる等」ことに言及しつつ、「日本で過去に発生した竜巻による最大風速をVB1 として設定することを原則とする」としている。つまり、VB2がVB1を上回らない限り、VB1は全国一律で国内最大級F3(F は藤田スケール)の風速(= 92 m/s)となる。「十分に信頼性のあるデータ等に基づいて評価できる場合」に「日本」を「竜巻検討地域」に読み替えることは排除されていないが、このケースに関する具体的な記述は見当たらない。設計風速に直接関係する基準竜巻風速 VB1 には本当に地域性がないのだろうか?というのが本報告の論点である。
2.総観スケールの気象場の特徴 気象庁の「竜巻等の突風データベース」[2] をもとに、竜巻発生時の総観スケールの気象場について分析する。当データベースでは、多くの種類の総観場をもって関連づけられているため、表1のように総観場パターンをまとめ、各パターンにおける傾向を確認することとする。なお、当データベースでは1つの竜巻に対して複数の総観場が記載されているケースがあるが、その場合、記載されている全てを勘案した(1つの竜巻事例が複数の総観場でプロットされる場合がある)。 表1 総観場の分類方法と特徴 図1は、8つの総観場それぞれに対して発生位置をプロットしたものである。F2-3 のように幅のある場合は、大きいFスケールに対応付けている。台風起因の竜巻は、宮城県においてF1 規模が1例発生しているものの、それ以外のF3規模を含む台風起因の竜巻は茨城県以西の太平洋側および九州・沖縄の沿岸域で発生しており、日本海側や東北太平洋側をはじめとした他地域では発生していない。これら他地域では、寒冷前線や寒気移流に伴うF2 規模以下の竜巻の発生数が比較的多いのが特徴である。しかし、発生分布の観点では、太平洋側ではF3 規模が発生しているように、全国的に発生している。暖気の移流に伴う竜巻は、台風起因の場合と似ており、茨城県以西で多く、本州・北海道の日本海側での発生数がかなり少ない。ただし、北海道や東北太平洋側での発生もいくつか見られる。沖縄では寒気移流や局地性に伴う竜巻は発生していないが、F2 が最大規模となっている。 以上を総合して考えれば、ほとんど全てのF3 竜巻は茨城県以西の太平洋側および九州の沿岸域で発生しており、台風起因の発生箇所がこの傾向との対応性が高い。また、当沿岸域と本州・北海道の日本海側との間には一定の傾向の違いが見られる。東北太平洋側や道南および道東・オホーツク地方においては、東北太平洋側沿岸では寒候期(11 月~4 月)に発生した竜巻がない(図略)といった傾向が見られるものの、全体的に総観場の特徴は明確でなく、上記2地域とは異なる地域として分類するのが適切であると考えられる。
3.メソスケール気象場の特徴 3.1 高標高山岳が竜巻発生環境場に及ぼす影響 メソ気象モデルと呼ばれる数値気象解析手法を用いて、高標高山岳が竜巻発生環境場の地域性に及ぼす影響について述べる。その際、気象モデルとして WRF モデル[3] (Weather Research and Forecasting model)を用いて過去のF3 竜巻発生時の気象場を解析し、相当温位 .e と呼ばれる気象要素の分布に着目して考察する。解析にあたっては、ネスティングと呼ばれる技法を用いることにより、ヨーロッパ中期予報センターのECMWF-Interim(水平解像度 約 70 km)再解析データから水平解像度9 km の気象場を計算する。なお、温位 ..は注目する空気塊を 1000 hPa 高度に戻した際の絶対温度 [K](0 ℃=273 K)であり、気温 T [K]と気圧 p [hPa] を用いた式 (1) により算出される。2つの空気塊を比較した時、温位の高い空気塊は相対的に軽くて上昇しやすく、大きな積乱雲の発生につながりやすい。相当温位は、空気塊に含まれる水蒸気の影響も考慮された温位であり、式がやや複雑であるため記載しないが、式 (1) に対して偽湿潤断熱過程を仮定して導出されるものである。 1000 : p R C p T R C p . . . . . . . . ( 気体定数, :定圧比熱) (1) 図2は、1990 年12 月に千葉県茂原市で発生した F3 竜巻(総観場:暖気の移流、気圧の谷、寒冷前線)、および1999 年9 月に愛知県豊橋市で発生したF3 竜巻(総観場: 台風)が発生した時の海抜 100 m 高度における風向・風速および相当温位の分布を示したものである。両事例ともに、低気圧や台風の中心位置が的確に解析されており、竜巻発生箇所周辺に向かって太平洋側から相当温位の高い空気塊が流入している。その太平洋側からの暖湿な空気塊は、総観場起因の大きな渦状の流れ場に沿って、山岳を乗り越えて日本海側へ運ばれているが、日本海側では相当温位は低下し、安定化の傾向を呈している。 例としてF3 竜巻2事例を挙げたが、基本的には太平洋側から流入した暖湿流が山岳を乗り越える場合、空気塊の上昇にしたがって気温が低下し、上り斜面上空で空気塊が飽和して降水粒子が生成される。相当温位の低下と併せて考えれば、太平洋側の空気塊の湿潤不安定な状態は山岳を通過する際に解消され、日本海側では比較的乾燥・安定化した空気塊が流入することになる。 九州から北海道にかけて高標高の山岳が存在するが、 - 396 -図1 各総観場に対する竜巻発生位置 台風起因低気圧 寒冷前線その他前線寒気移流暖気移流局地性 その他 - 397 -図2 100 m 高度における風向・風速および相当温位(単位 K) の解析結果(上:茂原竜巻、下:豊橋竜巻) 太平洋側からの暖湿流の流入という観点では、四国山地、中国山地、中央アルプス、奥羽山脈、ならびに日高山脈のような比較的高い標高を有した山岳は、暖湿流等をブロックする役割として流入空気塊の特性を大きく変え、この効果は、特に本州・北海道の太平洋側と日本海側との間における竜巻発生傾向の違いに影響を与えるものと考えられる。 3.2 竜巻発生ポテンシャルの分析 竜巻の発生ポテンシャルを評価する気象力学的な指数として、突風関連指数がある。これまでにさまざまな指数が提案されており、研究面において竜巻発生時の環境場を把握するためだけでなく、最近では気象庁の竜巻注意情報の発令といった実務でも活用されている[4]。ここでは、最も広く使用されているSReH(Storm Relative Helicity;ストームの動きに相対的なヘリシティー)[5] および、CAPE(Convective Available Potential Energy;対流有効位置エネルギー)[6] を対象に、長期間の気象データから両指数の長期データを作成・分析することにより、F3 規模竜巻の発生しやすさを議論する。 ここで、SReH は下層大気の渦度が積乱雲(親雲)に取り込まれる量を表したものであり、以下の式により算出される。 3SReH ( km . . V .C) ω dz 高度地上・ (2) ここで、V は水平風速ベクトル、ω は鉛直シアに伴う水平渦度(高度方向の風向・風速差に伴って発生する渦度) であり、C のストームの移動速度はBunkers et al.[7] にしたがって求めた。一方、CAPE は大気の不安定度を表す指標としてよく用いられるものであり、式 (3) として算出される。算出にあたっては、大気下層の空気塊を仮想的に上方に持ち上げ、持ち上げ空気塊の相当温位の高度プロファイル(断熱過程の下では一定)と、積乱雲周囲の大気の相当温位プロファイルとを比較する。 ( ) ( ) CAPE ( ) EL e e LFC eg z z dz z . . . . . . (3) ここで、g は重力加速度,.e..はストーム周囲の相当温位、.e’ は下層の空気塊を上空に持ち上げた際の相当温位であり、dz は鉛直方向の層厚である。LFC は自由対流高度と呼ばれ、前線周辺の風の水平方向の収束、太陽による地表面加熱、地形による強制上昇等によって空気塊がこの高度まで何らかの要因で持ち上げられると、(持ち上げ空気塊の相当温位が相対的に高く、軽い場合、)自身の浮力だけで上昇し、平衡高度 EL まで積乱雲が発達する。 ECMWF の再解析データをもとにWRF モデルによるダウンスケーリング計算を行って作成した長期・高解像度気象データベース[8] を用いて、SReH とCAPE のデータ(1961 年~2010 年までの50 年間・1 時間毎、水平解像度 5km)を作成する。大きなスーパーセル(巨大積乱雲)の発生には、多量の渦度の親雲への取り込みと高い大気不安定度に伴う強い上昇流が重要であることから、既往研究[9, 10, 11] を参考に、SReH、CAPE、および降水量それぞれに対して閾値を設け、閾値を同時に上回る頻度を分析することとする。ただし、CAPE の気候値は季節により大きく変化するため、暖候期(5~10 月)と寒候期に分けて分析する。 CAPE については、降水過程により積乱雲が発生すると、発生直前に大気不安定であった状況が解消されるため、注目するグリッドのCAPE 値が周囲の(降水量がないあるいは弱いグリッドでの)CAPE 値よりも小さくな- 398 -ることがあり、周囲からの暖湿な空気塊がスーパーセルに流入することを表現するための工夫が必要となる。そこで、Rasmussen and Blanchard[12] の方法を参考に、各グリッドの風下側に半径 15 km、中心角90 度の扇型の影響領域を設け、影響領域が当該グリッドを含む時、影響領域内のCAPE 値のうち、最大の値を当該グリッドのCAPE 値として以下の分析に用いる(図3;以下、最大CAPE 値と呼ぶ)。 閾値の設定にあたっては、国内で発生した5つのF3 竜巻事例(暖候期3事例、寒候期2事例)に対してWRF モデルにより個別に解析した結果をもとに決める。モデル誤差を考慮して、竜巻発生地点を中心とした東西・南北 100 km 域内の最大のSReH およびCAPE 値を算出した(図4)結果より、最大CAPE 値においては気候値に応じて暖候期の値が高く、寒候期の値は低いことがわかる。そこで、同時超過頻度を算出するための閾値として、1600 J/kg(暖候期)および600 J/kg(寒候期)を用いることとする。SReH 値については、暖候期・寒候期ともに250 m2/s2を用いる。 図4の結果から、寒候期では最大CAPE 値が比較的小 X 当該メッシュ○ 当該メッシュに影響しうる周辺メッシュ× 当該メッシュに影響しない周辺メッシュ○ ○ 図3 最大CAPE 値の抽出方法に関する概念図 0500100015002000250030000 500 1000 1500 2000 CAPE SReH F3(暖候期) F3(寒候期) 図4 F3 竜巻発生時のSReH と最大CAPE 値の関係 さい(不安定度合いが低い)ことをカバーするために暖候期に比べて高いSReH 値が必要となっており、閾値は250 m2/s2 よりも高めでよいと解釈することもできる。一方、閾値が高いほどF3 竜巻が発生しうる事象としてカウントするデータ数が減る。本報告では保守的な(より多くの事例をカウントするような)閾値とした。 降水量の閾値については、既往研究では対象グリッドの降水量に対する閾値を設定しているが、データのサンプリング間隔(1 時間毎)がやや粗いこと等を踏まえ、最大CAPE 値と同様に、影響領域内のグリッドにおける最大の1 時間降水量を求め、それに対する閾値を 2 mm/hr とする。なお、降水量に対する閾値を1 mm,2 mm,4 mm と変えた分析をあらかじめ行い、それに応じて頻度はもちろん変わるが、以下の地域性(相対的な頻度差)に関する考察には大して影響しないことを確認している。 3.3 F3 規模竜巻の発生しやすさの地域性 前節のアプローチを適用し、50 年間・2季節に対する2つの突風関連指数の同時超過頻度を求め、頻度の相対的な地域差に着目して、F3 規模竜巻発生に関する地域性の有無を議論する。なお、50 年間・1 時間毎といえども、半期のデータ数は約220,000 であり、10-7や10-8といった低い超過確率の現象を直接表現できない。超過頻度の絶対値には大きな意味はなく、相対的な差に意味があることに注意されたい。 図5は、暖候期、寒候期それぞれに対する同時超過頻度分布を示したものである。両季節ともに、気象庁データベースから確認したF3・F2-F3 竜巻の発生箇所(図6) を含包するように高頻度域が存在していることがわかる。大凡、0.01 % 前後よりも大きい地域、具体的には茨城県以西の太平洋側および九州の沿岸域で頻度が高い。前述の高標高山岳による太平洋側からの暖湿流の遮蔽効果が顕著に見られ、遮蔽なしに暖湿流が大量に流入しやすい太平洋側に開けた平野部(関東平野,濃尾平野,宮崎平野等)ではF3 竜巻が発生しやすい気象場が形成されやすく、実際のF3 竜巻の発生状況を踏まえれば、こういった地域に対して設定する基準竜巻風速は F3 規模とするのが適切である。 一方、その他の地域においては、太平洋側の高頻度域と比べ、同時超過頻度が1オーダから2オーダ以上低いことが明らかである。同じ太平洋側でも東北・道東地方で同時超過頻度が低いのは、高SReH を伴う積乱雲が発生・通過したとしても、CAPE が小さい、つまり大気の - 399 -図5 同時超過頻度分布 [%](上:暖候期、下:寒候期) 不安定度合が足りないからであると解釈できる。このような同時超過頻度の地域性は、やや異なる閾値や降水量の取り扱いをした既往研究[11] においても同様の結果が得られている。 寒候期には北海道網走支庁佐呂間町にてF3竜巻が発生している(2006 年11 月7 日)。この竜巻に関しては、局所的な地形影響による風の鉛直シア(つまり、SReH)の増加が発生要因の一つとして指摘されている[13]。同時超過頻度の解析で着目している空間スケールでは、太平洋側から暖湿流が日高山脈東側に流入していることが明らかであり(図7)、寒冷前線の温暖側(南側・東側)に形成されたガストフロントに伴う風の収束・SReH の高まりと相俟って発生したという点では、太平洋側で発生したF3 竜巻と相違はない。図5の同時超過頻度分布では、特に暖候期において日高山脈東部のまとまった地域において低頻度域が広がっており、寒候期にはその広がりはそれほど顕著でないが、発生日が季節の変わり目であるこ 図6 F3 規模竜巻の発生位置(上:暖候期、下:寒候期) とから、太平洋側からの暖湿流流入は、暖候期に比較的発生しやすいパターンであると解釈できる。ただし、発生しやすいとはいえ、50 年の間で高々1,2 回であり、太平洋側高頻度域における発現回数と比較すると非常に少なく、佐呂間で発生したF3 竜巻は、メソスケールの気象場の観点では極めて稀な現象であるといえる。そのような竜巻を設定竜巻風速の地域区分に考慮することは全体像を見失うことになり、妥当でないといえる。 佐呂間竜巻は、確率的には設計風速で考慮するような事象ではないと考えられるが、東北・北海道地方の太平洋に面した地域において同様の竜巻が発生しうるかどうかを別の視点で確認することはできる。気候的に、佐呂間竜巻の親雲が発生・発達した日高山脈周辺では、降水時に高SReH が発現しやすい地域である(図8)ことから、既往の知見と併せて考えれば、高SReH が発現しやすい地域でかつ、太平洋側に尾根が存在する等の地形の類似性の有無を確認するという方策が考えられる。東北- 400 -太平洋側や下北半島の沿岸域に位置する原子力発電所あるいは核燃料サイクル施設においてそのような箇所は存 図7 500 m 高度における風向・風速および相当温位(単位 K) の解析結果(佐呂間竜巻) 図5 SReH 250 m2/s2・1 時間降水量 2 mm/hr に対する超過頻度分布 [%](上:暖候期、下:寒候期) 在しない。 ところで、本報告と同様に突風関連指数の地域性について議論した既往研究の中には、本報告ほど明瞭な地域性が見られないことを指摘するものもある[4,14] 。その原因 は、1) 大小合わせた竜巻の発生数を対象にしていること、 2) CAPE のみ、あるいはSReH のみというように単独の指数を用いていること、3) CAPE に対する取り扱いが違うこと、等が考えられる。そのうち、1) のように小さな竜巻の発生も考慮して地域性を議論することは、本報告のアプローチでは、閾値を小さくすることに対応するが、閾値を段階的に小さくすると、確かに上述の地域性は明瞭でなくなる。 以上のように、メソ気象モデルを用いた数値解析、特に突風関連指数という気象力学に根拠をもった指数の分析結果は、総観場の分析結果と整合しており、国内最大級であるF3 規模の風速をVB1として設定すべき地域は、茨城県以西の太平洋側・九州の沿岸域とするのが妥当であるものと考えられる。 4.おわりに 本報告では、原子力発電所および核燃料サイクル施設に対する竜巻影響評価を行うにあたり設定すべき検討地域について、気象庁データベースおよび気象解析データを用いて検討した。国内最大級であるF3 規模の竜巻を対象とした地域性について、総観スケールおよびメソスケールの気象場の特徴を分析した結果、F3 竜巻の発生しやすさは、茨城県以西の太平洋側および九州の沿岸域で高く、他の地域における発生頻度は1~2オーダ以上低く、地域区分できることが示唆された。また、この有意な差は、地域に応じてVB1 を決めるのに十分であるものと考えられる。 今後、米国を対象に、F4・F5 規模の竜巻も含めた適用を行い、方法論の適用性・汎用性について確認するとともに、必要に応じて、1つの指標で評価可能な突風関連指数についても検討する予定である。また、地球温暖化に伴う地域性の変化が懸念される事項であるが、本報告と同様のアプローチを温暖化予測結果に適用することにより評価できる。 参考文献 [1] 原子力規制委員会、“原子力発電所の竜巻評価ガイドの制定について”、原規技発第13061911 号、2013、 - 401 -(http://www.nsr.go.jp/nra/kettei/data/20130628_jitsuyoutat sumaki.pdf). [2] 気象庁、“ 竜巻等の突風データベース”、(http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/tornado/ind ex.html) [3] Skamarock, W. C.,J. B. Klemp,J. Dudhia,D. O. Gill, D. M. Barker,W. Wang,and J. G. Powers, “A description of the advanced research WRF version 2”, NCAR Tech. Note, NCAR/TN-468+STR,2005, 88 pp. [4] 瀧下洋一、“竜巻発生確度ナウキャスト・竜巻注意情報について-突風に関する防災気象情報の改善-”、測候時報、Vol.78、2011、pp. 57-93. [5] Davis-Jones, R., D. Burgess, and M. Foster, “Test of helicity as a tornado forecast parameter”, 16th Conf. on Severe Local Storms, Kananaskis Park, AB., Canada, Amer. Meteor. Soc., 1990, pp.588-592. [6] Moncrieff, M., and M. J. Miller, “The dynamics and simulation of tropical cumulonimbus and squall lines”, Quart. J. Roy. Meteor. Soc., Vol.102, 1976, pp.373-394. [7] Bunkers, M. J., B. A. Klimowski, J. W. Zeitler, R. L. Thompson, and M. L. Weisman, “Predicting supercell motion using a new hodograph technique”, Wea. Forecasting, Vol.15, 2000, pp.61-79. [8] 橋本篤、平口博丸、豊田康嗣、中屋耕、“温暖化に伴う日本の気候変化予測(その1)-気象予測・解析システムNuWFAS の長期気候予測への適用性評価-”、電力中央研究所報告 N10044、2011、22pp. [9] 加藤輝之、“竜巻発生の環境場に関する研究(Ⅰ) -竜巻をもたらす発生環境に関する統計的研究-”、 平成19 年度科学技術振興調整費 重要政策課題への機動的対応の推進、2008、pp.6-12. [10] 村松貴有、加藤輝之、佐々木秀孝、“水平 5 km 地域気候モデルに基づく日本域竜巻発生環境場の将来予測”、2013 年度日本気象学会秋季大会講演予稿集、2013、pp.62. [11] 杉本聡一郎、野原大輔、平口博丸、“突風関連指数を用いた大きな竜巻の発生環境場の地域性に関する検討”、2014 年度日本気象学会春季大会講演予稿集、2014、pp.420. [12] Rasmussen, E. N., and D. Blanchard, “A baseline climatology of sounding-derived supercell and tornado forecast parameters”, Wea. Forecasting, Vol.13, 1998, pp.1148-1164. [13] 加藤輝之、“竜巻発生の環境場に関する研究(Ⅲ) -スーパーセルを伴う竜巻の発生機構の研究-”、平成19 年度科学技術振興調整費 重要政策課題への機動的対応の推進、2008、pp.39-44. [14] 飯塚義浩、加治屋秋実、“数値予報資料から求めた竜巻に関連する大気環境指数の統計的検証”、天気、Vol.58、2011、pp.19-30. - 402 -
“ “国内既往最大規模の竜巻を対象とした発生頻度の地域性について “ “杉本 聡一郎,Soichiro SUGIMOTO,野原 大輔,Daisuke NOHARA,平口 博丸,Hiromaru HIRAKUCHI
2013 年度に原子力規制委員会により施行された新規制基準において、原子力発電所ならびに核燃料サイクル施設の安全性評価を行うにあたり想定すべき自然現象として竜巻が新たに追加された。「原子力発電所の竜巻影響評価ガイド」[1](以下、ガイドと呼ぶ)に沿って最終的には構造信頼性および対策手法の成立性まで評価することが求められている。 評価にあたっては、竜巻に伴う風圧、気圧差、ならびに飛来物の衝撃力を考慮する必要があるが、設計竜巻風速の設定はその基本となる。ガイドによれば、「発電所が立地する地域及び竜巻発生の観点から気象条件が類似の地域」を竜巻検討地域として設定し、検討地域内の過去最大(瞬間)風速VB1 と、検討地域内を対象にして行った確率論的ハザード評価結果 VB2 を比較して大きい方を基準竜巻風速とする。基準竜巻風速 VB に対して、周辺地形の影響等を考慮した増速率を勘案して設計竜巻風速を設定するが、本報告では、総観スケール(数百km~数千km)およびメソスケール(数 km~数十km)といった竜巻発生に関連する異なる水平スケールに着目した気 象解析を行い、基準竜巻風速を設定するために必要な竜巻検討地域および地域に応じたVB1 の設定のあり方について検討する。 ガイドは、竜巻検討地域において、過去に発生した竜巻の規模や発生頻度、最大風速の年超過確率を考慮して適切にVBを設定することと定めている。また、検討地域設定と関連して、「日本では、日本海側と太平洋側とで気象条件が異なる等」ことに言及しつつ、「日本で過去に発生した竜巻による最大風速をVB1 として設定することを原則とする」としている。つまり、VB2がVB1を上回らない限り、VB1は全国一律で国内最大級F3(F は藤田スケール)の風速(= 92 m/s)となる。「十分に信頼性のあるデータ等に基づいて評価できる場合」に「日本」を「竜巻検討地域」に読み替えることは排除されていないが、このケースに関する具体的な記述は見当たらない。設計風速に直接関係する基準竜巻風速 VB1 には本当に地域性がないのだろうか?というのが本報告の論点である。
2.総観スケールの気象場の特徴 気象庁の「竜巻等の突風データベース」[2] をもとに、竜巻発生時の総観スケールの気象場について分析する。当データベースでは、多くの種類の総観場をもって関連づけられているため、表1のように総観場パターンをまとめ、各パターンにおける傾向を確認することとする。なお、当データベースでは1つの竜巻に対して複数の総観場が記載されているケースがあるが、その場合、記載されている全てを勘案した(1つの竜巻事例が複数の総観場でプロットされる場合がある)。 表1 総観場の分類方法と特徴 図1は、8つの総観場それぞれに対して発生位置をプロットしたものである。F2-3 のように幅のある場合は、大きいFスケールに対応付けている。台風起因の竜巻は、宮城県においてF1 規模が1例発生しているものの、それ以外のF3規模を含む台風起因の竜巻は茨城県以西の太平洋側および九州・沖縄の沿岸域で発生しており、日本海側や東北太平洋側をはじめとした他地域では発生していない。これら他地域では、寒冷前線や寒気移流に伴うF2 規模以下の竜巻の発生数が比較的多いのが特徴である。しかし、発生分布の観点では、太平洋側ではF3 規模が発生しているように、全国的に発生している。暖気の移流に伴う竜巻は、台風起因の場合と似ており、茨城県以西で多く、本州・北海道の日本海側での発生数がかなり少ない。ただし、北海道や東北太平洋側での発生もいくつか見られる。沖縄では寒気移流や局地性に伴う竜巻は発生していないが、F2 が最大規模となっている。 以上を総合して考えれば、ほとんど全てのF3 竜巻は茨城県以西の太平洋側および九州の沿岸域で発生しており、台風起因の発生箇所がこの傾向との対応性が高い。また、当沿岸域と本州・北海道の日本海側との間には一定の傾向の違いが見られる。東北太平洋側や道南および道東・オホーツク地方においては、東北太平洋側沿岸では寒候期(11 月~4 月)に発生した竜巻がない(図略)といった傾向が見られるものの、全体的に総観場の特徴は明確でなく、上記2地域とは異なる地域として分類するのが適切であると考えられる。
3.メソスケール気象場の特徴 3.1 高標高山岳が竜巻発生環境場に及ぼす影響 メソ気象モデルと呼ばれる数値気象解析手法を用いて、高標高山岳が竜巻発生環境場の地域性に及ぼす影響について述べる。その際、気象モデルとして WRF モデル[3] (Weather Research and Forecasting model)を用いて過去のF3 竜巻発生時の気象場を解析し、相当温位 .e と呼ばれる気象要素の分布に着目して考察する。解析にあたっては、ネスティングと呼ばれる技法を用いることにより、ヨーロッパ中期予報センターのECMWF-Interim(水平解像度 約 70 km)再解析データから水平解像度9 km の気象場を計算する。なお、温位 ..は注目する空気塊を 1000 hPa 高度に戻した際の絶対温度 [K](0 ℃=273 K)であり、気温 T [K]と気圧 p [hPa] を用いた式 (1) により算出される。2つの空気塊を比較した時、温位の高い空気塊は相対的に軽くて上昇しやすく、大きな積乱雲の発生につながりやすい。相当温位は、空気塊に含まれる水蒸気の影響も考慮された温位であり、式がやや複雑であるため記載しないが、式 (1) に対して偽湿潤断熱過程を仮定して導出されるものである。 1000 : p R C p T R C p . . . . . . . . ( 気体定数, :定圧比熱) (1) 図2は、1990 年12 月に千葉県茂原市で発生した F3 竜巻(総観場:暖気の移流、気圧の谷、寒冷前線)、および1999 年9 月に愛知県豊橋市で発生したF3 竜巻(総観場: 台風)が発生した時の海抜 100 m 高度における風向・風速および相当温位の分布を示したものである。両事例ともに、低気圧や台風の中心位置が的確に解析されており、竜巻発生箇所周辺に向かって太平洋側から相当温位の高い空気塊が流入している。その太平洋側からの暖湿な空気塊は、総観場起因の大きな渦状の流れ場に沿って、山岳を乗り越えて日本海側へ運ばれているが、日本海側では相当温位は低下し、安定化の傾向を呈している。 例としてF3 竜巻2事例を挙げたが、基本的には太平洋側から流入した暖湿流が山岳を乗り越える場合、空気塊の上昇にしたがって気温が低下し、上り斜面上空で空気塊が飽和して降水粒子が生成される。相当温位の低下と併せて考えれば、太平洋側の空気塊の湿潤不安定な状態は山岳を通過する際に解消され、日本海側では比較的乾燥・安定化した空気塊が流入することになる。 九州から北海道にかけて高標高の山岳が存在するが、 - 396 -図1 各総観場に対する竜巻発生位置 台風起因低気圧 寒冷前線その他前線寒気移流暖気移流局地性 その他 - 397 -図2 100 m 高度における風向・風速および相当温位(単位 K) の解析結果(上:茂原竜巻、下:豊橋竜巻) 太平洋側からの暖湿流の流入という観点では、四国山地、中国山地、中央アルプス、奥羽山脈、ならびに日高山脈のような比較的高い標高を有した山岳は、暖湿流等をブロックする役割として流入空気塊の特性を大きく変え、この効果は、特に本州・北海道の太平洋側と日本海側との間における竜巻発生傾向の違いに影響を与えるものと考えられる。 3.2 竜巻発生ポテンシャルの分析 竜巻の発生ポテンシャルを評価する気象力学的な指数として、突風関連指数がある。これまでにさまざまな指数が提案されており、研究面において竜巻発生時の環境場を把握するためだけでなく、最近では気象庁の竜巻注意情報の発令といった実務でも活用されている[4]。ここでは、最も広く使用されているSReH(Storm Relative Helicity;ストームの動きに相対的なヘリシティー)[5] および、CAPE(Convective Available Potential Energy;対流有効位置エネルギー)[6] を対象に、長期間の気象データから両指数の長期データを作成・分析することにより、F3 規模竜巻の発生しやすさを議論する。 ここで、SReH は下層大気の渦度が積乱雲(親雲)に取り込まれる量を表したものであり、以下の式により算出される。 3SReH ( km . . V .C) ω dz 高度地上・ (2) ここで、V は水平風速ベクトル、ω は鉛直シアに伴う水平渦度(高度方向の風向・風速差に伴って発生する渦度) であり、C のストームの移動速度はBunkers et al.[7] にしたがって求めた。一方、CAPE は大気の不安定度を表す指標としてよく用いられるものであり、式 (3) として算出される。算出にあたっては、大気下層の空気塊を仮想的に上方に持ち上げ、持ち上げ空気塊の相当温位の高度プロファイル(断熱過程の下では一定)と、積乱雲周囲の大気の相当温位プロファイルとを比較する。 ( ) ( ) CAPE ( ) EL e e LFC eg z z dz z . . . . . . (3) ここで、g は重力加速度,.e..はストーム周囲の相当温位、.e’ は下層の空気塊を上空に持ち上げた際の相当温位であり、dz は鉛直方向の層厚である。LFC は自由対流高度と呼ばれ、前線周辺の風の水平方向の収束、太陽による地表面加熱、地形による強制上昇等によって空気塊がこの高度まで何らかの要因で持ち上げられると、(持ち上げ空気塊の相当温位が相対的に高く、軽い場合、)自身の浮力だけで上昇し、平衡高度 EL まで積乱雲が発達する。 ECMWF の再解析データをもとにWRF モデルによるダウンスケーリング計算を行って作成した長期・高解像度気象データベース[8] を用いて、SReH とCAPE のデータ(1961 年~2010 年までの50 年間・1 時間毎、水平解像度 5km)を作成する。大きなスーパーセル(巨大積乱雲)の発生には、多量の渦度の親雲への取り込みと高い大気不安定度に伴う強い上昇流が重要であることから、既往研究[9, 10, 11] を参考に、SReH、CAPE、および降水量それぞれに対して閾値を設け、閾値を同時に上回る頻度を分析することとする。ただし、CAPE の気候値は季節により大きく変化するため、暖候期(5~10 月)と寒候期に分けて分析する。 CAPE については、降水過程により積乱雲が発生すると、発生直前に大気不安定であった状況が解消されるため、注目するグリッドのCAPE 値が周囲の(降水量がないあるいは弱いグリッドでの)CAPE 値よりも小さくな- 398 -ることがあり、周囲からの暖湿な空気塊がスーパーセルに流入することを表現するための工夫が必要となる。そこで、Rasmussen and Blanchard[12] の方法を参考に、各グリッドの風下側に半径 15 km、中心角90 度の扇型の影響領域を設け、影響領域が当該グリッドを含む時、影響領域内のCAPE 値のうち、最大の値を当該グリッドのCAPE 値として以下の分析に用いる(図3;以下、最大CAPE 値と呼ぶ)。 閾値の設定にあたっては、国内で発生した5つのF3 竜巻事例(暖候期3事例、寒候期2事例)に対してWRF モデルにより個別に解析した結果をもとに決める。モデル誤差を考慮して、竜巻発生地点を中心とした東西・南北 100 km 域内の最大のSReH およびCAPE 値を算出した(図4)結果より、最大CAPE 値においては気候値に応じて暖候期の値が高く、寒候期の値は低いことがわかる。そこで、同時超過頻度を算出するための閾値として、1600 J/kg(暖候期)および600 J/kg(寒候期)を用いることとする。SReH 値については、暖候期・寒候期ともに250 m2/s2を用いる。 図4の結果から、寒候期では最大CAPE 値が比較的小 X 当該メッシュ○ 当該メッシュに影響しうる周辺メッシュ× 当該メッシュに影響しない周辺メッシュ○ ○ 図3 最大CAPE 値の抽出方法に関する概念図 0500100015002000250030000 500 1000 1500 2000 CAPE SReH F3(暖候期) F3(寒候期) 図4 F3 竜巻発生時のSReH と最大CAPE 値の関係 さい(不安定度合いが低い)ことをカバーするために暖候期に比べて高いSReH 値が必要となっており、閾値は250 m2/s2 よりも高めでよいと解釈することもできる。一方、閾値が高いほどF3 竜巻が発生しうる事象としてカウントするデータ数が減る。本報告では保守的な(より多くの事例をカウントするような)閾値とした。 降水量の閾値については、既往研究では対象グリッドの降水量に対する閾値を設定しているが、データのサンプリング間隔(1 時間毎)がやや粗いこと等を踏まえ、最大CAPE 値と同様に、影響領域内のグリッドにおける最大の1 時間降水量を求め、それに対する閾値を 2 mm/hr とする。なお、降水量に対する閾値を1 mm,2 mm,4 mm と変えた分析をあらかじめ行い、それに応じて頻度はもちろん変わるが、以下の地域性(相対的な頻度差)に関する考察には大して影響しないことを確認している。 3.3 F3 規模竜巻の発生しやすさの地域性 前節のアプローチを適用し、50 年間・2季節に対する2つの突風関連指数の同時超過頻度を求め、頻度の相対的な地域差に着目して、F3 規模竜巻発生に関する地域性の有無を議論する。なお、50 年間・1 時間毎といえども、半期のデータ数は約220,000 であり、10-7や10-8といった低い超過確率の現象を直接表現できない。超過頻度の絶対値には大きな意味はなく、相対的な差に意味があることに注意されたい。 図5は、暖候期、寒候期それぞれに対する同時超過頻度分布を示したものである。両季節ともに、気象庁データベースから確認したF3・F2-F3 竜巻の発生箇所(図6) を含包するように高頻度域が存在していることがわかる。大凡、0.01 % 前後よりも大きい地域、具体的には茨城県以西の太平洋側および九州の沿岸域で頻度が高い。前述の高標高山岳による太平洋側からの暖湿流の遮蔽効果が顕著に見られ、遮蔽なしに暖湿流が大量に流入しやすい太平洋側に開けた平野部(関東平野,濃尾平野,宮崎平野等)ではF3 竜巻が発生しやすい気象場が形成されやすく、実際のF3 竜巻の発生状況を踏まえれば、こういった地域に対して設定する基準竜巻風速は F3 規模とするのが適切である。 一方、その他の地域においては、太平洋側の高頻度域と比べ、同時超過頻度が1オーダから2オーダ以上低いことが明らかである。同じ太平洋側でも東北・道東地方で同時超過頻度が低いのは、高SReH を伴う積乱雲が発生・通過したとしても、CAPE が小さい、つまり大気の - 399 -図5 同時超過頻度分布 [%](上:暖候期、下:寒候期) 不安定度合が足りないからであると解釈できる。このような同時超過頻度の地域性は、やや異なる閾値や降水量の取り扱いをした既往研究[11] においても同様の結果が得られている。 寒候期には北海道網走支庁佐呂間町にてF3竜巻が発生している(2006 年11 月7 日)。この竜巻に関しては、局所的な地形影響による風の鉛直シア(つまり、SReH)の増加が発生要因の一つとして指摘されている[13]。同時超過頻度の解析で着目している空間スケールでは、太平洋側から暖湿流が日高山脈東側に流入していることが明らかであり(図7)、寒冷前線の温暖側(南側・東側)に形成されたガストフロントに伴う風の収束・SReH の高まりと相俟って発生したという点では、太平洋側で発生したF3 竜巻と相違はない。図5の同時超過頻度分布では、特に暖候期において日高山脈東部のまとまった地域において低頻度域が広がっており、寒候期にはその広がりはそれほど顕著でないが、発生日が季節の変わり目であるこ 図6 F3 規模竜巻の発生位置(上:暖候期、下:寒候期) とから、太平洋側からの暖湿流流入は、暖候期に比較的発生しやすいパターンであると解釈できる。ただし、発生しやすいとはいえ、50 年の間で高々1,2 回であり、太平洋側高頻度域における発現回数と比較すると非常に少なく、佐呂間で発生したF3 竜巻は、メソスケールの気象場の観点では極めて稀な現象であるといえる。そのような竜巻を設定竜巻風速の地域区分に考慮することは全体像を見失うことになり、妥当でないといえる。 佐呂間竜巻は、確率的には設計風速で考慮するような事象ではないと考えられるが、東北・北海道地方の太平洋に面した地域において同様の竜巻が発生しうるかどうかを別の視点で確認することはできる。気候的に、佐呂間竜巻の親雲が発生・発達した日高山脈周辺では、降水時に高SReH が発現しやすい地域である(図8)ことから、既往の知見と併せて考えれば、高SReH が発現しやすい地域でかつ、太平洋側に尾根が存在する等の地形の類似性の有無を確認するという方策が考えられる。東北- 400 -太平洋側や下北半島の沿岸域に位置する原子力発電所あるいは核燃料サイクル施設においてそのような箇所は存 図7 500 m 高度における風向・風速および相当温位(単位 K) の解析結果(佐呂間竜巻) 図5 SReH 250 m2/s2・1 時間降水量 2 mm/hr に対する超過頻度分布 [%](上:暖候期、下:寒候期) 在しない。 ところで、本報告と同様に突風関連指数の地域性について議論した既往研究の中には、本報告ほど明瞭な地域性が見られないことを指摘するものもある[4,14] 。その原因 は、1) 大小合わせた竜巻の発生数を対象にしていること、 2) CAPE のみ、あるいはSReH のみというように単独の指数を用いていること、3) CAPE に対する取り扱いが違うこと、等が考えられる。そのうち、1) のように小さな竜巻の発生も考慮して地域性を議論することは、本報告のアプローチでは、閾値を小さくすることに対応するが、閾値を段階的に小さくすると、確かに上述の地域性は明瞭でなくなる。 以上のように、メソ気象モデルを用いた数値解析、特に突風関連指数という気象力学に根拠をもった指数の分析結果は、総観場の分析結果と整合しており、国内最大級であるF3 規模の風速をVB1として設定すべき地域は、茨城県以西の太平洋側・九州の沿岸域とするのが妥当であるものと考えられる。 4.おわりに 本報告では、原子力発電所および核燃料サイクル施設に対する竜巻影響評価を行うにあたり設定すべき検討地域について、気象庁データベースおよび気象解析データを用いて検討した。国内最大級であるF3 規模の竜巻を対象とした地域性について、総観スケールおよびメソスケールの気象場の特徴を分析した結果、F3 竜巻の発生しやすさは、茨城県以西の太平洋側および九州の沿岸域で高く、他の地域における発生頻度は1~2オーダ以上低く、地域区分できることが示唆された。また、この有意な差は、地域に応じてVB1 を決めるのに十分であるものと考えられる。 今後、米国を対象に、F4・F5 規模の竜巻も含めた適用を行い、方法論の適用性・汎用性について確認するとともに、必要に応じて、1つの指標で評価可能な突風関連指数についても検討する予定である。また、地球温暖化に伴う地域性の変化が懸念される事項であるが、本報告と同様のアプローチを温暖化予測結果に適用することにより評価できる。 参考文献 [1] 原子力規制委員会、“原子力発電所の竜巻評価ガイドの制定について”、原規技発第13061911 号、2013、 - 401 -(http://www.nsr.go.jp/nra/kettei/data/20130628_jitsuyoutat sumaki.pdf). [2] 気象庁、“ 竜巻等の突風データベース”、(http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/tornado/ind ex.html) [3] Skamarock, W. C.,J. B. Klemp,J. Dudhia,D. O. Gill, D. M. Barker,W. Wang,and J. G. Powers, “A description of the advanced research WRF version 2”, NCAR Tech. Note, NCAR/TN-468+STR,2005, 88 pp. [4] 瀧下洋一、“竜巻発生確度ナウキャスト・竜巻注意情報について-突風に関する防災気象情報の改善-”、測候時報、Vol.78、2011、pp. 57-93. [5] Davis-Jones, R., D. Burgess, and M. Foster, “Test of helicity as a tornado forecast parameter”, 16th Conf. on Severe Local Storms, Kananaskis Park, AB., Canada, Amer. Meteor. Soc., 1990, pp.588-592. [6] Moncrieff, M., and M. J. Miller, “The dynamics and simulation of tropical cumulonimbus and squall lines”, Quart. J. Roy. Meteor. Soc., Vol.102, 1976, pp.373-394. [7] Bunkers, M. J., B. A. Klimowski, J. W. Zeitler, R. L. Thompson, and M. L. Weisman, “Predicting supercell motion using a new hodograph technique”, Wea. Forecasting, Vol.15, 2000, pp.61-79. [8] 橋本篤、平口博丸、豊田康嗣、中屋耕、“温暖化に伴う日本の気候変化予測(その1)-気象予測・解析システムNuWFAS の長期気候予測への適用性評価-”、電力中央研究所報告 N10044、2011、22pp. [9] 加藤輝之、“竜巻発生の環境場に関する研究(Ⅰ) -竜巻をもたらす発生環境に関する統計的研究-”、 平成19 年度科学技術振興調整費 重要政策課題への機動的対応の推進、2008、pp.6-12. [10] 村松貴有、加藤輝之、佐々木秀孝、“水平 5 km 地域気候モデルに基づく日本域竜巻発生環境場の将来予測”、2013 年度日本気象学会秋季大会講演予稿集、2013、pp.62. [11] 杉本聡一郎、野原大輔、平口博丸、“突風関連指数を用いた大きな竜巻の発生環境場の地域性に関する検討”、2014 年度日本気象学会春季大会講演予稿集、2014、pp.420. [12] Rasmussen, E. N., and D. Blanchard, “A baseline climatology of sounding-derived supercell and tornado forecast parameters”, Wea. Forecasting, Vol.13, 1998, pp.1148-1164. [13] 加藤輝之、“竜巻発生の環境場に関する研究(Ⅲ) -スーパーセルを伴う竜巻の発生機構の研究-”、平成19 年度科学技術振興調整費 重要政策課題への機動的対応の推進、2008、pp.39-44. [14] 飯塚義浩、加治屋秋実、“数値予報資料から求めた竜巻に関連する大気環境指数の統計的検証”、天気、Vol.58、2011、pp.19-30. - 402 -
“ “国内既往最大規模の竜巻を対象とした発生頻度の地域性について “ “杉本 聡一郎,Soichiro SUGIMOTO,野原 大輔,Daisuke NOHARA,平口 博丸,Hiromaru HIRAKUCHI