重イオン照射した Fe-Cr 合金の磁気ヒステリシス特性の 照射温度及び Cr 濃度依存性
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カテゴリ: 第11回
1.諸言
Fe-Cr合金は、機械特性・耐熱性・腐食特性に優れてお り、先進原子炉・核融合炉の構造材料として有望とされ ている。しかし、熱と照射環境下において劣化の可能性 がある。熱のみの環境下ではシグマ相形成による脆化や、 二相分離による熱脆化(ゆる475°C脆性)などの、劣 化が知られている[1, 2]。一方、照射環境下では、カスケ ード損傷により照射脆化が生じる。熱と照射の複合環境 下での劣化機構の解明と非破壊評価の開発が、原子炉や 核融合炉の安全利用のために必要である。熱脆化の場合、500°Cで熱時効した Fe-20%Cr バルク合 金で、硬度と保磁力とが比例関係にあることが報告され ており、非破壊評価法として磁気計測が有力な候補の一 つと考えられる[3, 4]。一方で、熱と照射の複合環境下で のFe-Cr合金の脆化と磁気特性に与える中性子照射効果については、照射用原子炉や照射後試験用ホットラボ施 設を使う大がかりな実験となるため、これまで研究が進 んでいない。この問題に対して我々は、1重イオン照射(中性子照 射と似たカスケード損傷が生じる一方、試料が放射化し ない[5])、2単結晶薄膜(侵入深さの短いイオン照射でも 試料全体が損傷させることができ、さらに単結晶を用い ることでメカニズムの解釈が容易になる)、気計測 (非破壊評価の可能性がある)、の3つを組み合わせたア プローチで研究を進めている。先行研究としてFe-20%Cr 単結晶薄膜において、二相分離の照射促進現象に伴う磁 気特性の変化が得られており、磁気的非破壊評価の可能 性を報告している[6]。本研究では、Fe-20%Cr合金の単結晶薄膜を作製し、温 度を変えて重イオン照射した試料の磁化曲線を測定し、 巨視的な磁気特性に与える照射の影響を調べた。さらに、
を用いた。レジストを塗布し、紫外線で露光した後、現 な磁気特性評価の妥当性を確認した上で、Cr 濃度の勾配 を有するFe-Cr合金の磁区観察を実施した。これらの実験像して 2 次元パターンを残す。さらにイオンビームミリ から、Fe-Cr合金の磁気ヒステリシス特性に与える照射効ングで削り出し、200μm×150μm の微小磁性体を作製した。 果の照射温度およびCr濃度依存性について検討した。重イオン照射は 2.1 と同様の装置を用いて、475°Cで照射 した。
2.実験方法
磁区観察は磁区観察用顕微鏡(ネオアーク社製ドメイ ンスコープ)で行った。この装置は、強磁性体が可視光 2.1 照射温度依存性 を反射する際に偏光方向が回転する性質(磁気光学カー 照射効果の温度依存性を調べるため、単結晶の 効果)を利用して磁化方向にコントラストをつける顕微 Fe-20%Cr合金薄膜を作製した後、照射温度を変えた試料 鏡である[7]。本実験ではヘルムホルツコイルを用いて、 を用意し、磁化測定を実施した。 磁化容易方向の[100]Fe-Cr に磁場を印加した。最初に-100 薄膜の作製は分子線エピタキシー法(到達真空度: Oe の磁場で負方向に磁化を飽和させ、バックグラウンド 3×10-8 Pa)を用いて行った。基板はMgO(001)単結晶(20mm 画像として保存した。その後、+100 Oe まで印加し、さら 角)を使用し、厚さ30 nmのFe-20%Cr 単結晶薄膜を作製 に-100 Oe に戻した。各磁場での画像からバックグラウン した。また、試料作製時に反射高速電子線回折により、 ド画像を差し引き、その磁場での磁区画像として保存し、 Fe-Cr(001)[100]// MgO(001)[110] 磁化過程での磁区構造の変化挙動を調べた。 の方位関係で単結晶が成長したことを確認した。 重イオン照射は九州大学応用力学研究所のタンデム型 加速器を使用した。Cu2+ イオンを加速電圧 2.4MeV で照 射した。照射温度は、325°C、375°C、425°C、475°Cの 4 条件とした。温度安定のための時間も含めて1時間保持 し、保持時間中に15 分間照射した。SRIM コードによる 照射損傷計算を行い、今回の照射条件での損傷量は、30nm 深さで0.14dpaと見積もられた。打ち込んだイオンは薄膜 を突き抜け基板に達することが計算からわかっており、 薄膜の磁気特性には影響を及ぼさないと考えた。 照射後に試料振動型磁力計(VSM)を用いて磁化曲線 を測定した。印加磁場は磁化容易方向[100]Fe-Crとし、最大 磁場は±2kOe とした。なお、VSM測定では薄膜試料全体 の磁化を測定しており、巨視的な磁気特性を調べたこと になる。 2.2.2 濃度勾配試料の磁気特性 本研究では、照射効果のCr濃度依存性を効率的に調べ るため、濃度勾配を持たせた試料を作製した。その後、 重イオン照射し、磁区観察を実施した。実験方法の詳細 は別論文に掲載した[8]。 薄膜の作製は超高真空中(到達真空度2×10-7Pa)におい て、電子ビーム蒸着を用いて行った。MgO(001)上に、直 線駆動シャッターを用いて厚さ0~10nmの楔型のFeとCr の薄膜を交互に3回積層し、全体の膜厚を30nmにした。 蒸着後に600°Cで10 分間熱処理を行い、相互拡散させて 合金膜を作製した。薄膜作製後に電子線マイクロビーム アナライザ(EPMA)を用いてCr濃度を分析したところ、 0 から 13%の範囲で濃度勾配を持つ薄膜が作成できたこ とを確認した。 重イオン照射は、2.1 と同様の装置を用いて Cu2+ イオ ンを 40 分間、475°Cで照射した。今回の照射条件での損 2.2 Cr 濃度依存性 傷量は 0.23dpa と見積もられた。試料上に 400μm 間隔で 2.2.1 微小磁性体の磁区観察 磁気特性に与える照射効果を調べる別の手法として、 局所的な磁気特性を反映する磁区観察が考えられる。そ の際、試料を微小な領域に割けることで観察が容易にな る。ここでは、Cr 濃度依存性を調べるための予備実験と して、2.1 の Fe-20%Cr 合金薄膜の一部を使って微小磁性 体を作製し、475°Cで重イオン照射し、照射前後で磁区観 察を実施することで、手法の妥当性を確かめた。 直径150μmの穴があるメタルマスクを固定して照射装置 内に設置した。マスク上から照射することで、薄膜試料 の中に、直径150μmの円内部の照射領域とそれ以外の未 照射領域を同時に作製した。この手法により、照射・未 照射の領域の磁区観察だけでなく、境界の領域も観察で きるようにした。 磁区観察は2.2.1と同じ磁区観察顕微鏡を用いて、磁化 容易方向に±100 Oe の範囲で磁場を印加し実施した。 微小磁性体の作製には東北大学金研のフォトリソ装置 - 466 - 3.結果および考察 3.1 照射温度依存性 Fig.1 に照射温度の異なる Fe-20%Cr 合金薄膜の磁化曲 線を示す。照射温度325, 375, 425°Cでは、磁化曲線に顕著 な違いはみられない(Fig.1(a)-(c))。一方、照射温度475°C においては磁化曲線の幅が広がっている(Fig.1(d))。これ らの磁化曲線から保磁力を見積もった。 Fig.2 に未照射材の保磁力とともに、照射温度に対する 保磁力の変化を整理した。未照射材の保磁力は複数試料 の平均した結果、15±2 Oeであった。それと比較して、325, 375, 425°Cの照射材の保磁力に大きな違いは見られなか った。熱時効実験で二相分離すると保磁力が増加するこ とが確かめられていることから[3]、325°Cから425°Cの照 射では二相分離は生じていないと推察される。これに対 し、475°C照射では保磁力は23 Oeとなり顕著に増加した。 バルクの熱時効材の研究で、二相分離を起こすには長時 間の熱時効が必要とされる[3]。また薄膜の先行研究から も475°Cで短時間熱時効しただけでは、保磁力は変化しな いことがわかっている[6]。一般に照射環境下では、過剰 空孔の形成により非照射環境下に比べて組織変化が促進 される。これらを考慮すると、本研究で見られた475°C照 射材の保磁力の増加は、照射促進効果による二相分離の 組織変化を反映していると考えられる。 3.2 Cr 濃度依存性 3.2.1 微小領域の磁区観察 Fig.3 に未照射の Fe-20%Cr 合金の微小磁性体のカー効 果顕微鏡写真を示す。印加磁場方向の[100]は図の左方向 となっており、各写真の数字は磁場の大きさを表してい る。試料は単結晶のため、磁化容易方向の[100]に等価な、 4方向の磁区から形成される。そのことを考慮し、主な磁 区の磁化方向を矢印で示した。中間の磁場領域では、磁 化が 4 方向に並び閉じた還流磁区を形成していることが Fig. 1 Magnetization curves of ion-irradiated わかる。Fig.4 に 475°Cで照射した微小磁性体のカー効果 Fe-20%Cr film at various irradiation temperatures. p 顕微鏡写真を示す。照射材でも未照射材と同様に還流磁 区の形成を確認した。 ここで、左方向の磁区の面積から右方向の磁区の面積 を差し引き、全体の面積で割ることで、規格化した磁化 を求めることができる。 規格化した磁化を印加磁場に対して整理したヒステリシ ス曲線をFig.5 に示す。未照射材に比べて、照射材のヒス テリシス曲線の幅が広がっている。保磁力を見積もった ところ、未照射材では15.1Oe、475°C照射材では25.9 Oe となり、照射により保磁力が増加した。この実験からも Fig. 2 Irradiation temperature dependence of the coercivity of Fe-20%Cr flm. 二相分離の照射促進現象が確認できた。 照射前後での微小磁性体の保磁力は、3.1で示した巨視 的な磁気特性計測から求めた薄膜の保磁力と近い値にな っている。局所的な磁気特性を反映する磁区の観察から もヒステリシス特性に与える照射効果を調べることが可 能と考え、この手法を用いて、照射効果のCr濃度依存性 を調べた。 - 467 - 3.2.2 濃度勾配試料の磁気特性 Cr濃度が0から13%の濃度勾配をもつ薄膜についてメ タルマスク上から照射し、磁区観察を実施した。Fig. 6は Cr 濃度が 7%の領域の磁区観察結果を示しており、点線 内部が照射領域で、外部が未照射領域である。磁場を-100 Oe 印加した後に、正方向(左方向の[100])に磁場を強め たときの磁区構造の変化を示している。 磁場が8 Oeでは磁化方向が左向きの磁区のみ存在する 単磁区であるが(Fig.6(a))、8.5 Oeでは方向の異なる新し い磁区が生じて多磁区となる(Fig.6(b))。新しい磁区は照 射領域の外部で生まれていた。ここで、正方向に磁場を 印加した際の単磁区から多磁区になる磁場を臨界磁場 Fig. 3 Magnetic domain structures of H1+ と定義すると、Fe-7%Cr合金の領域ではH1+ = 8.5 Oe micro-fabricated Fe-20%Cr film before irradiation. であった。さらに磁場を印加すると、還流磁区が形成し (Fig.6(c),(d))、照射・未照射境界にスパイク状磁区が残 った(Fig.6(e))。その後、スパイク状磁区も消失してすべ て右向きの単磁区となった(Fig.6(e))。この多磁区から単 磁区になる磁場を臨界磁場H2+ と定義すると、H2+ =13.5 Oe となった。 ここで臨界磁場と磁化曲線の関係を Fig.7 にまとめた。 臨界磁場 H1+ は、負の磁化飽和状態から磁場を正方向に 強めたときに磁化が増加し始める磁場に、一方、臨界磁 場 H2+ は磁化の増加過程から正の飽和状態に転ずる磁場 に対応する。実験では、負方向の磁化過程での臨界磁場 H1-およびH2-も測定できる。それら正負の臨界磁場の絶 Fig. 4 Magnetic domain structures of micro-fabricated Fe-20%Cr film before irradiation. 対値の平均を H1、H2とし、Cr 濃度依存性をFig.8に整理 した。臨界磁場H1に顕著な濃度依存性は見られなかった。 一方、臨界磁場H2は低濃度で一定の小さな値であるのに 対し、9%以上の高濃度で約2倍の大きさとなった。 ここで、Cr 濃度による H1と H2の挙動の違いのメカニ ズムについて考察する。単磁区から多磁区になる際、新 しい磁区は照射領域の外部で生じており(Fig.6(b))、核生 成は薄膜試料の端面で生じると推測される。核生成のし やすさは、形状磁気異方性による薄膜端面での磁極の表 れ方に関係するため、Cr 濃度でなく薄膜の形状・厚さに 敏感と考えられる。このことが、H1がCr濃度に依存しな い原因と考えられる。一方、多磁区から単磁区になる際 のスパイク状磁区の消滅は、照射・未照射境界で生じて いた(Fig.6(e))。このことは、H2 が照射・未照射境界で のスパイク状磁区の安定性に関係することを示唆し、照 Fig. 5 Hysteresis curves of the micro-fabricated 射領域で内部組織変化が生じ磁気特性が変化した可能性 Fe-20%Cr films obtained from domain observation. が考えらえる。従って、照射後の内部組織がCr濃度によ り異なると考えると、H2 のCr濃度依存性を説明できる。 - 468 - Fe-Cr 2元合金の低温側の状態図の詳細は現在も論争が続 いているが、最近の報告では 9%Cr 付近より高濃度側で 二相分離が生ずる可能性が指摘されている[9]。今回確認 された9%Crより高濃度側で臨界磁場H2 が大きい現象は、 照射領域での二相分離に伴うヒステリシス特性変化の可 能性を示唆しており、それを磁気的に捉えられることを 示している。 4.結言 Fe-Cr合金の脆化の非破壊評価を念頭におき、その磁気 特性に与える照射効果を調べるため、単結晶薄膜を重イ オン照射し、磁化測定・磁区観察を実施した。 Fe-20%Cr 合金では、325, 375, 425°C照射では保磁力に 顕著な違いはみられなかったが 475°C照射では保磁力が 増加した。これは照射が 2 相分離を促進し(照射促進現 象)、その組織変化を保磁力が捉えた結果と考えられる。 微細加工を施した Fe-20%Cr 合金微小磁性体の磁区観 察に成功した。磁化方向ごとの磁区の面積率からヒステ リシス曲線を求めて保磁力を算出したところ、475°C照射 材で保磁力の増加を確認した。このことから、局所的な 磁気特性を評価する磁区観察からも二相分離の照射促進 現象が確認できた。 同一試料内に 0%から 13%の範囲で Cr 濃度を変えた Fe-Cr 合金薄膜について重イオン照射して磁区観察を行 い、磁区構造が変化する臨界磁場を調べた。単磁区化の 過程で、照射・未照射境界にスパイク状磁区が生じ、単 磁区化の臨界磁場は高Cr濃度側で大きいことがわかった。 そのCr濃度の範囲はFe-Cr 状態図より二相分離が生じる とされる濃度範囲とおよそ一致した。 以上の結果は、磁気計測に基づくFe-Cr 合金の熱・照射 環境下での脆化の非破壊評価の可能性を示している。実 際のFe-Cr鋼に適用するためには、多結晶粒界、析出物や 転位などの複雑な内部組織の影響も考慮する必要があり、 それらを対象とした研究の展開が必要である。 Fig. 6 Magnetic domain structures of Fe-7%Cr region in Fe-Cr film with Cr concentration gradient. Dotted circles indicate the irradiation regions. Fig. 7 Relation between magnetization curve and critical magnetic fields. 認 は 続 で 可 を Fig. 8 Cr concentration dependence of the critical magnetic fields estimated from domain observation. - 469 - 、 on 謝辞 本研究の一部は、科学研究費基盤研究B [23360418, Magnetics, Vol. 47, No. 10, pp. 4356-4359, 2011. [4] 鎌田,J. N. Mohapatra, 菊池,小林, 越後谷, 大谷, D. G. Park, H. K. Jung, Y. M. Cheong,日本AEM 学会誌, Vol. 26289361]のもとに行われており、また九州大学応用力学 19, No. 2, pp. 278-283, 2011. 研究所及び、東北大学金属材料研究所の共同利用研究と して実施しました。微細加工では、東北大学の高梨弘毅 [5] C. Abromeit, Jounral of Nuclear Materials, 216, pp.78-96, 1994. [6] Y. Kamada, H. Watanabe, S. Mitani, J. N. Mohapatra, H. 先生、水口将輝先生にお世話になりました。 Kikuchi, S. Kobayashi, M. Mizuguchi, K. Takanashi, Jounral of Nuclear Materials, 442, pp.S861-S864, 2013. [7] 赤羽,柳沢, 目黒, 斎藤, 高橋,日本応用磁気学会誌, Vol. 29, No. 8, pp. 779-784, 2005. 参考文献 [8] 鎌田,兜森, 小林, 菊池,渡辺,日本AEM学会誌, 2014 [1] Y. Ustinovshikov, M. Shirobokova, B. Pushkarev, Acta 印刷中. Materialia, 44, pp.5021-5032, 1996. [9] G. Bonny, D. Terentyev, L. Malerba, Scripta Materialia, 59, [2] S. Novy, P. Pareige, C. Pareige, Jounral of Nuclear Materials, 384, pp.96-102, 2009. pp.1193-1196, 2008 [3] J. N. Mohapatra, Y. Kamada, H. Kikuchi, S. Kobayashi, J. Echigoya, D.G. Park and Y. M. Cheong, IEEE Transactions - 470 -“ “重イオン照射した Fe-Cr 合金の磁気ヒステリシス特性の 照射温度及び Cr 濃度依存性 “ “兜森 達彦,Tatsuhiko KABUTOMORI,鎌田 康寛,Yasuhiro KAMADA,小林 悟,Satoru KOBAYASHI,三谷 誠司,Seiji MITANI,渡辺 英雄,Hideo WATANABE
Fe-Cr合金は、機械特性・耐熱性・腐食特性に優れてお り、先進原子炉・核融合炉の構造材料として有望とされ ている。しかし、熱と照射環境下において劣化の可能性 がある。熱のみの環境下ではシグマ相形成による脆化や、 二相分離による熱脆化(ゆる475°C脆性)などの、劣 化が知られている[1, 2]。一方、照射環境下では、カスケ ード損傷により照射脆化が生じる。熱と照射の複合環境 下での劣化機構の解明と非破壊評価の開発が、原子炉や 核融合炉の安全利用のために必要である。熱脆化の場合、500°Cで熱時効した Fe-20%Cr バルク合 金で、硬度と保磁力とが比例関係にあることが報告され ており、非破壊評価法として磁気計測が有力な候補の一 つと考えられる[3, 4]。一方で、熱と照射の複合環境下で のFe-Cr合金の脆化と磁気特性に与える中性子照射効果については、照射用原子炉や照射後試験用ホットラボ施 設を使う大がかりな実験となるため、これまで研究が進 んでいない。この問題に対して我々は、1重イオン照射(中性子照 射と似たカスケード損傷が生じる一方、試料が放射化し ない[5])、2単結晶薄膜(侵入深さの短いイオン照射でも 試料全体が損傷させることができ、さらに単結晶を用い ることでメカニズムの解釈が容易になる)、気計測 (非破壊評価の可能性がある)、の3つを組み合わせたア プローチで研究を進めている。先行研究としてFe-20%Cr 単結晶薄膜において、二相分離の照射促進現象に伴う磁 気特性の変化が得られており、磁気的非破壊評価の可能 性を報告している[6]。本研究では、Fe-20%Cr合金の単結晶薄膜を作製し、温 度を変えて重イオン照射した試料の磁化曲線を測定し、 巨視的な磁気特性に与える照射の影響を調べた。さらに、
を用いた。レジストを塗布し、紫外線で露光した後、現 な磁気特性評価の妥当性を確認した上で、Cr 濃度の勾配 を有するFe-Cr合金の磁区観察を実施した。これらの実験像して 2 次元パターンを残す。さらにイオンビームミリ から、Fe-Cr合金の磁気ヒステリシス特性に与える照射効ングで削り出し、200μm×150μm の微小磁性体を作製した。 果の照射温度およびCr濃度依存性について検討した。重イオン照射は 2.1 と同様の装置を用いて、475°Cで照射 した。
2.実験方法
磁区観察は磁区観察用顕微鏡(ネオアーク社製ドメイ ンスコープ)で行った。この装置は、強磁性体が可視光 2.1 照射温度依存性 を反射する際に偏光方向が回転する性質(磁気光学カー 照射効果の温度依存性を調べるため、単結晶の 効果)を利用して磁化方向にコントラストをつける顕微 Fe-20%Cr合金薄膜を作製した後、照射温度を変えた試料 鏡である[7]。本実験ではヘルムホルツコイルを用いて、 を用意し、磁化測定を実施した。 磁化容易方向の[100]Fe-Cr に磁場を印加した。最初に-100 薄膜の作製は分子線エピタキシー法(到達真空度: Oe の磁場で負方向に磁化を飽和させ、バックグラウンド 3×10-8 Pa)を用いて行った。基板はMgO(001)単結晶(20mm 画像として保存した。その後、+100 Oe まで印加し、さら 角)を使用し、厚さ30 nmのFe-20%Cr 単結晶薄膜を作製 に-100 Oe に戻した。各磁場での画像からバックグラウン した。また、試料作製時に反射高速電子線回折により、 ド画像を差し引き、その磁場での磁区画像として保存し、 Fe-Cr(001)[100]// MgO(001)[110] 磁化過程での磁区構造の変化挙動を調べた。 の方位関係で単結晶が成長したことを確認した。 重イオン照射は九州大学応用力学研究所のタンデム型 加速器を使用した。Cu2+ イオンを加速電圧 2.4MeV で照 射した。照射温度は、325°C、375°C、425°C、475°Cの 4 条件とした。温度安定のための時間も含めて1時間保持 し、保持時間中に15 分間照射した。SRIM コードによる 照射損傷計算を行い、今回の照射条件での損傷量は、30nm 深さで0.14dpaと見積もられた。打ち込んだイオンは薄膜 を突き抜け基板に達することが計算からわかっており、 薄膜の磁気特性には影響を及ぼさないと考えた。 照射後に試料振動型磁力計(VSM)を用いて磁化曲線 を測定した。印加磁場は磁化容易方向[100]Fe-Crとし、最大 磁場は±2kOe とした。なお、VSM測定では薄膜試料全体 の磁化を測定しており、巨視的な磁気特性を調べたこと になる。 2.2.2 濃度勾配試料の磁気特性 本研究では、照射効果のCr濃度依存性を効率的に調べ るため、濃度勾配を持たせた試料を作製した。その後、 重イオン照射し、磁区観察を実施した。実験方法の詳細 は別論文に掲載した[8]。 薄膜の作製は超高真空中(到達真空度2×10-7Pa)におい て、電子ビーム蒸着を用いて行った。MgO(001)上に、直 線駆動シャッターを用いて厚さ0~10nmの楔型のFeとCr の薄膜を交互に3回積層し、全体の膜厚を30nmにした。 蒸着後に600°Cで10 分間熱処理を行い、相互拡散させて 合金膜を作製した。薄膜作製後に電子線マイクロビーム アナライザ(EPMA)を用いてCr濃度を分析したところ、 0 から 13%の範囲で濃度勾配を持つ薄膜が作成できたこ とを確認した。 重イオン照射は、2.1 と同様の装置を用いて Cu2+ イオ ンを 40 分間、475°Cで照射した。今回の照射条件での損 2.2 Cr 濃度依存性 傷量は 0.23dpa と見積もられた。試料上に 400μm 間隔で 2.2.1 微小磁性体の磁区観察 磁気特性に与える照射効果を調べる別の手法として、 局所的な磁気特性を反映する磁区観察が考えられる。そ の際、試料を微小な領域に割けることで観察が容易にな る。ここでは、Cr 濃度依存性を調べるための予備実験と して、2.1 の Fe-20%Cr 合金薄膜の一部を使って微小磁性 体を作製し、475°Cで重イオン照射し、照射前後で磁区観 察を実施することで、手法の妥当性を確かめた。 直径150μmの穴があるメタルマスクを固定して照射装置 内に設置した。マスク上から照射することで、薄膜試料 の中に、直径150μmの円内部の照射領域とそれ以外の未 照射領域を同時に作製した。この手法により、照射・未 照射の領域の磁区観察だけでなく、境界の領域も観察で きるようにした。 磁区観察は2.2.1と同じ磁区観察顕微鏡を用いて、磁化 容易方向に±100 Oe の範囲で磁場を印加し実施した。 微小磁性体の作製には東北大学金研のフォトリソ装置 - 466 - 3.結果および考察 3.1 照射温度依存性 Fig.1 に照射温度の異なる Fe-20%Cr 合金薄膜の磁化曲 線を示す。照射温度325, 375, 425°Cでは、磁化曲線に顕著 な違いはみられない(Fig.1(a)-(c))。一方、照射温度475°C においては磁化曲線の幅が広がっている(Fig.1(d))。これ らの磁化曲線から保磁力を見積もった。 Fig.2 に未照射材の保磁力とともに、照射温度に対する 保磁力の変化を整理した。未照射材の保磁力は複数試料 の平均した結果、15±2 Oeであった。それと比較して、325, 375, 425°Cの照射材の保磁力に大きな違いは見られなか った。熱時効実験で二相分離すると保磁力が増加するこ とが確かめられていることから[3]、325°Cから425°Cの照 射では二相分離は生じていないと推察される。これに対 し、475°C照射では保磁力は23 Oeとなり顕著に増加した。 バルクの熱時効材の研究で、二相分離を起こすには長時 間の熱時効が必要とされる[3]。また薄膜の先行研究から も475°Cで短時間熱時効しただけでは、保磁力は変化しな いことがわかっている[6]。一般に照射環境下では、過剰 空孔の形成により非照射環境下に比べて組織変化が促進 される。これらを考慮すると、本研究で見られた475°C照 射材の保磁力の増加は、照射促進効果による二相分離の 組織変化を反映していると考えられる。 3.2 Cr 濃度依存性 3.2.1 微小領域の磁区観察 Fig.3 に未照射の Fe-20%Cr 合金の微小磁性体のカー効 果顕微鏡写真を示す。印加磁場方向の[100]は図の左方向 となっており、各写真の数字は磁場の大きさを表してい る。試料は単結晶のため、磁化容易方向の[100]に等価な、 4方向の磁区から形成される。そのことを考慮し、主な磁 区の磁化方向を矢印で示した。中間の磁場領域では、磁 化が 4 方向に並び閉じた還流磁区を形成していることが Fig. 1 Magnetization curves of ion-irradiated わかる。Fig.4 に 475°Cで照射した微小磁性体のカー効果 Fe-20%Cr film at various irradiation temperatures. p 顕微鏡写真を示す。照射材でも未照射材と同様に還流磁 区の形成を確認した。 ここで、左方向の磁区の面積から右方向の磁区の面積 を差し引き、全体の面積で割ることで、規格化した磁化 を求めることができる。 規格化した磁化を印加磁場に対して整理したヒステリシ ス曲線をFig.5 に示す。未照射材に比べて、照射材のヒス テリシス曲線の幅が広がっている。保磁力を見積もった ところ、未照射材では15.1Oe、475°C照射材では25.9 Oe となり、照射により保磁力が増加した。この実験からも Fig. 2 Irradiation temperature dependence of the coercivity of Fe-20%Cr flm. 二相分離の照射促進現象が確認できた。 照射前後での微小磁性体の保磁力は、3.1で示した巨視 的な磁気特性計測から求めた薄膜の保磁力と近い値にな っている。局所的な磁気特性を反映する磁区の観察から もヒステリシス特性に与える照射効果を調べることが可 能と考え、この手法を用いて、照射効果のCr濃度依存性 を調べた。 - 467 - 3.2.2 濃度勾配試料の磁気特性 Cr濃度が0から13%の濃度勾配をもつ薄膜についてメ タルマスク上から照射し、磁区観察を実施した。Fig. 6は Cr 濃度が 7%の領域の磁区観察結果を示しており、点線 内部が照射領域で、外部が未照射領域である。磁場を-100 Oe 印加した後に、正方向(左方向の[100])に磁場を強め たときの磁区構造の変化を示している。 磁場が8 Oeでは磁化方向が左向きの磁区のみ存在する 単磁区であるが(Fig.6(a))、8.5 Oeでは方向の異なる新し い磁区が生じて多磁区となる(Fig.6(b))。新しい磁区は照 射領域の外部で生まれていた。ここで、正方向に磁場を 印加した際の単磁区から多磁区になる磁場を臨界磁場 Fig. 3 Magnetic domain structures of H1+ と定義すると、Fe-7%Cr合金の領域ではH1+ = 8.5 Oe micro-fabricated Fe-20%Cr film before irradiation. であった。さらに磁場を印加すると、還流磁区が形成し (Fig.6(c),(d))、照射・未照射境界にスパイク状磁区が残 った(Fig.6(e))。その後、スパイク状磁区も消失してすべ て右向きの単磁区となった(Fig.6(e))。この多磁区から単 磁区になる磁場を臨界磁場H2+ と定義すると、H2+ =13.5 Oe となった。 ここで臨界磁場と磁化曲線の関係を Fig.7 にまとめた。 臨界磁場 H1+ は、負の磁化飽和状態から磁場を正方向に 強めたときに磁化が増加し始める磁場に、一方、臨界磁 場 H2+ は磁化の増加過程から正の飽和状態に転ずる磁場 に対応する。実験では、負方向の磁化過程での臨界磁場 H1-およびH2-も測定できる。それら正負の臨界磁場の絶 Fig. 4 Magnetic domain structures of micro-fabricated Fe-20%Cr film before irradiation. 対値の平均を H1、H2とし、Cr 濃度依存性をFig.8に整理 した。臨界磁場H1に顕著な濃度依存性は見られなかった。 一方、臨界磁場H2は低濃度で一定の小さな値であるのに 対し、9%以上の高濃度で約2倍の大きさとなった。 ここで、Cr 濃度による H1と H2の挙動の違いのメカニ ズムについて考察する。単磁区から多磁区になる際、新 しい磁区は照射領域の外部で生じており(Fig.6(b))、核生 成は薄膜試料の端面で生じると推測される。核生成のし やすさは、形状磁気異方性による薄膜端面での磁極の表 れ方に関係するため、Cr 濃度でなく薄膜の形状・厚さに 敏感と考えられる。このことが、H1がCr濃度に依存しな い原因と考えられる。一方、多磁区から単磁区になる際 のスパイク状磁区の消滅は、照射・未照射境界で生じて いた(Fig.6(e))。このことは、H2 が照射・未照射境界で のスパイク状磁区の安定性に関係することを示唆し、照 Fig. 5 Hysteresis curves of the micro-fabricated 射領域で内部組織変化が生じ磁気特性が変化した可能性 Fe-20%Cr films obtained from domain observation. が考えらえる。従って、照射後の内部組織がCr濃度によ り異なると考えると、H2 のCr濃度依存性を説明できる。 - 468 - Fe-Cr 2元合金の低温側の状態図の詳細は現在も論争が続 いているが、最近の報告では 9%Cr 付近より高濃度側で 二相分離が生ずる可能性が指摘されている[9]。今回確認 された9%Crより高濃度側で臨界磁場H2 が大きい現象は、 照射領域での二相分離に伴うヒステリシス特性変化の可 能性を示唆しており、それを磁気的に捉えられることを 示している。 4.結言 Fe-Cr合金の脆化の非破壊評価を念頭におき、その磁気 特性に与える照射効果を調べるため、単結晶薄膜を重イ オン照射し、磁化測定・磁区観察を実施した。 Fe-20%Cr 合金では、325, 375, 425°C照射では保磁力に 顕著な違いはみられなかったが 475°C照射では保磁力が 増加した。これは照射が 2 相分離を促進し(照射促進現 象)、その組織変化を保磁力が捉えた結果と考えられる。 微細加工を施した Fe-20%Cr 合金微小磁性体の磁区観 察に成功した。磁化方向ごとの磁区の面積率からヒステ リシス曲線を求めて保磁力を算出したところ、475°C照射 材で保磁力の増加を確認した。このことから、局所的な 磁気特性を評価する磁区観察からも二相分離の照射促進 現象が確認できた。 同一試料内に 0%から 13%の範囲で Cr 濃度を変えた Fe-Cr 合金薄膜について重イオン照射して磁区観察を行 い、磁区構造が変化する臨界磁場を調べた。単磁区化の 過程で、照射・未照射境界にスパイク状磁区が生じ、単 磁区化の臨界磁場は高Cr濃度側で大きいことがわかった。 そのCr濃度の範囲はFe-Cr 状態図より二相分離が生じる とされる濃度範囲とおよそ一致した。 以上の結果は、磁気計測に基づくFe-Cr 合金の熱・照射 環境下での脆化の非破壊評価の可能性を示している。実 際のFe-Cr鋼に適用するためには、多結晶粒界、析出物や 転位などの複雑な内部組織の影響も考慮する必要があり、 それらを対象とした研究の展開が必要である。 Fig. 6 Magnetic domain structures of Fe-7%Cr region in Fe-Cr film with Cr concentration gradient. Dotted circles indicate the irradiation regions. Fig. 7 Relation between magnetization curve and critical magnetic fields. 認 は 続 で 可 を Fig. 8 Cr concentration dependence of the critical magnetic fields estimated from domain observation. - 469 - 、 on 謝辞 本研究の一部は、科学研究費基盤研究B [23360418, Magnetics, Vol. 47, No. 10, pp. 4356-4359, 2011. [4] 鎌田,J. N. Mohapatra, 菊池,小林, 越後谷, 大谷, D. G. Park, H. K. Jung, Y. M. Cheong,日本AEM 学会誌, Vol. 26289361]のもとに行われており、また九州大学応用力学 19, No. 2, pp. 278-283, 2011. 研究所及び、東北大学金属材料研究所の共同利用研究と して実施しました。微細加工では、東北大学の高梨弘毅 [5] C. Abromeit, Jounral of Nuclear Materials, 216, pp.78-96, 1994. [6] Y. Kamada, H. Watanabe, S. Mitani, J. N. Mohapatra, H. 先生、水口将輝先生にお世話になりました。 Kikuchi, S. Kobayashi, M. Mizuguchi, K. Takanashi, Jounral of Nuclear Materials, 442, pp.S861-S864, 2013. [7] 赤羽,柳沢, 目黒, 斎藤, 高橋,日本応用磁気学会誌, Vol. 29, No. 8, pp. 779-784, 2005. 参考文献 [8] 鎌田,兜森, 小林, 菊池,渡辺,日本AEM学会誌, 2014 [1] Y. Ustinovshikov, M. Shirobokova, B. Pushkarev, Acta 印刷中. Materialia, 44, pp.5021-5032, 1996. [9] G. Bonny, D. Terentyev, L. Malerba, Scripta Materialia, 59, [2] S. Novy, P. Pareige, C. Pareige, Jounral of Nuclear Materials, 384, pp.96-102, 2009. pp.1193-1196, 2008 [3] J. N. Mohapatra, Y. Kamada, H. Kikuchi, S. Kobayashi, J. Echigoya, D.G. Park and Y. M. Cheong, IEEE Transactions - 470 -“ “重イオン照射した Fe-Cr 合金の磁気ヒステリシス特性の 照射温度及び Cr 濃度依存性 “ “兜森 達彦,Tatsuhiko KABUTOMORI,鎌田 康寛,Yasuhiro KAMADA,小林 悟,Satoru KOBAYASHI,三谷 誠司,Seiji MITANI,渡辺 英雄,Hideo WATANABE