浜岡原子力発電所における設備診断の状況と実施プロセスの紹介
公開日:
カテゴリ: 第11回
1.はじめに
一般に設備産業において、設備の状態を定期的に監視することは、異常兆候を示す機器の早期発見を促し、機器および系統機能の健全性確保に繋がる。現在まで原子力業界では、予防保全の観点から、サーベランスや運転員の巡視によるプラント運転状態の確認と、原子炉停止時の間隔で機器を分解・点検する時間基準保全(Time Based Maintenance: TBM)を広く実施してきた。しかし、TBMにて予防可能な劣化メカニズムは、実際には限定的であり、同じく高度な信頼性が要求される航空機において、TBMが効果的な機器は全体の約11%であることから [1]、いわゆる”いじり壊し”によって、逆に機器の寿命を縮めていることが懸念されている。そのため、機器の運転状態を基準とした保全(Condition Based Maintenance: CBM)を推進し、適切なタイミングで保全を実施することによる保全活動全体への貢献は甚大であると考える。 Fig.1 Failure modes of aviation parts 浜岡原子力発電所(以降、「浜岡」という。)では、これまで振動・潤滑油・赤外線サーモの3つの設備診断技術を導入し、診断傾向の比較検討や点検時の状況確認を通して技術の習熟に努めるとともに、公的資格の取得や講習会等への参加を通して力量の向上を計ってきた。 Table1 PdM record at Hamaoka NPS. 本報告では、診断技術を運用してきた中で現場から学んだ事例と、保全活動全体へ浸透させるために作成した設備診断実施プロセス、意志決定プロセス、発電所におけるモニタリングシステムについて紹介する。
2.設備診断の運用状況
2.1 設備診断技術の対象機器と実施頻度 設備診断の対象と頻度をTable. 2 に示す。浜岡では、主に回転機器を対象として、保全重要度に応じた頻度で診断を実施している。診断対象機器の台数としては、浜岡3 号(約550 台)、浜岡4 号(約420 台)、浜岡5 号(約340 台)、その他(約70 台)の合計約1380 台であり、その内保全方式が状態基準保全であるものは約250 台である。 Table2 Classification of equipments
2.2 振動診断技術の運用状況 振動診断では、普段、簡易診断による速度値(mm/s)の管理を実施しており、劣化兆候が認められた場合、振動加速度(m/s2)と振動変位(μmP-P)を追加した精密診断を実施するとともに、機器の運転状態、点検履歴も加味した総合的な評価を行い、監視の強化、機器停止や分解点検等、必要な措置を講じている。Fig.2 Picture of vibration monitoring 2.3 潤滑油診断技術の運用状況 潤滑油診断では、潤滑油の「動粘度」「水分」「酸価」「粒子カウント」の傾向管理を実施している。さらに、改善活動として、潤滑油浄油装置を用いた新油の清浄度管理の実施や、フーリエ変換赤外分光光度計を用いた酸化防止剤残存率の測定を実施し、機器毎の酸化防止剤の低下傾向を評価することで、潤滑油の交換や分解点検周期の最適化を図っていくこととしている。Fig.3 Picture of oil analysis 2.4 赤外線サーモ診断技術の運用状況 赤外線サーモ診断では、電源設備や開閉所設備、回転機器の診断を実施している。電源設備は、設置環境が一番厳しい電源設備を診断対象とし、開閉所設備は、送電線の引き込みブッシング等を中心に診断を実施している。さらに、回転機器は、軸受部や本体、電源ケーブルなど機器のベースとなるデータの収集を実施している。Fig.4 Thermo monitoring (over current of plug-in fuse) 3.設備診断事例の紹介 設備診断の中で最も多く活用されている技術は振動診断であり[2]、浜岡においても良好な実績を上げつつあるため、以下にその一例を紹介する。3.1 設備診断の実施状況 浜岡では、Fig.5 のような圧縮機型ローカルクーラーがあり、振動診断(1 回/ 3 月)、サーモ診断(1 回/ 1 年)を実施している。Fig.5 Station air compressor's local cooler 振動診断の結果、電動機の振動速度値がFig.6 ①の測定結果以降、振動周波数22Hz の上昇により管理基準を大幅に上回り、変位も同じく上昇していることが確認されたため、監視強化とし、原因調査を実施した。Fig.6 Vibration data of velocity and displacement 3.2 原因調査 振動値上昇の原因を解明するため、考えられる振動値の上昇原因[3]と、本事象を踏まえた考察を次のように実施した結果、フィルターの詰りが原因と推定された。Table3 Causes evaluation table 3.3 対策・結果 3.2 の調査結果より、フィルターの清掃を実施したところ、振動値が減少し、22Hz のピーク周波数は確認されなくなったため、振動値上昇の原因はフィルターの詰りによるものであったということが明らかとなった。これにより、設備診断を実施することで、不要な分解点検を回避し、フィルター清掃のみで機能回復を計ることができた。また、分解点検による故障リスクも回避できた。 <仕様> 型式:電動機直結駆動型 電気容量:18500 W 送風容量:30000m3/h 回転数:1800 r.p.m. MIV(垂直方法) MIA(軸方法) MIH(水平方法) 動粘度 粒子 摩耗 性状 プラグイン接続端子①振動値の上昇フィルター清掃後- 48 -4.設備診断の体系化と保全活動への浸透 機器の状態を診断し、対策を実施するには、診断結果を読み解く専門性と、豊富な診断Know-How が必要となると同時に、発電所の運用上、CBMが現実に沿った保全活動となるよう、下の項目が重要であると考えられる。[4] A) 診断の計画、実施、保守点検までのプロセスが明確で、各々の担当者がその役割を理解していること。 B) 診断結果から検討・対策内容までの意思決定プロセスが明確で、高い説明性を有すること。 C) 診断の結果から、機器の状態を定量的に「見える化」し、所内で情報が共有されること。 以下、これらに対する浜岡の取組みについて紹介する。 4.1 設備診断の実施プロセス EPRI, ISO が発行する設備診断プロセスの原案[4][5]に加え、海外原子力情報を参考とし、浜岡の診断プロセスをFig.7 の通り作成した。以下、各々の役割を紹介する。 Fig.7 CBM implementation process CBM専門チーム: 対象機器の設定と計画の立案。対策・検討が必要な場合は精密診断等の対策を講ずる。また、分解点検が必要であれば設備担当と協議を実施。 診断実行チーム: 診断計画に基づき診断を実施。診断データを分析し、継続運転の可否・対策の要否を報告する。 設備担当: 設備診断の推奨内容を検証、必要に応じた作業を実施し、保全内容の再検証結果を次回に反映する。 4.2 診断結果に対する意思決定プロセスの高度化 診断結果から対策内容までを結び付けるための意思決定フロー(Fig. 8)を作成した。 これにより、振動診断の結果から見るべき項目を抽出し、対策内容に結び付けることで、若年者や経験の浅い技術者でも診断結果から対策までの道筋を理解し、説明性を持った保全活動を実施可能であると考えられる。 4.3 設備診断状況のモニタリング Fig.9 は、設備診断の結果を発電所内で共有するモニタリングシステムを示している。各系統に属している機器の前回と至近の診断結果(緑:正常, 黄:監視強化, 赤: 運転不可)が所内に共有されるよう工夫している。さらに、これらの情報を定期的(1 回/週)に所内に発信し、日頃の意識向上に努めている。 Fig.9 CBM monitoring chart for plant engineers 5.まとめ 上記のように、設備診断という技術的な根拠を伴いつつ、実施のプロセスから設備の状態までを「見える化」することで、各部署との情報共有を促し、所内全体に設備診断の波及的効果が得られるものと考えられる。 浜岡では、今後、以下のポイントを重点的に改善活動を進め、CBM拡充と保全最適化を推進する計画である。 ○設備診断の社内エキスパートパネルを立上げ、過去事例や最新知見の共有化を図り、更なる力量向上に努める。 ○発電部で実施している巡視点検、サーベランス等の状態監視の活動を、保全に活用するシステムを構築する。 参考文献 [1] Jhon Moubray, “Reliability-centered Maintenance Second Eddition”, Industrial Press Inc., pp. 11-14, 2000 [2] “2012 年度メンテナンス実態調査報告書”、日本プラントメンテナンス協会、2012 [3] 振動技術研究会, “機械設備の状態監視と診断”, 2010 [4] Electric Power Research Institute, “Condition-Based Maintenance Guideline”, 2011 [5] ISO 17359, “Condition monitoring and diagnostics of machines - General guidelines”, 2003 Fig.8 Decision making process for vibration monitoring - 49 -“ “浜岡原子力発電所における設備診断の状況と実施プロセスの紹介 “ “谷口 祐司,Yuji TANIGUCHI,櫻木 太,Futoshi SAKURAGI,浜田 誠一,Seiichi HAMADA
一般に設備産業において、設備の状態を定期的に監視することは、異常兆候を示す機器の早期発見を促し、機器および系統機能の健全性確保に繋がる。現在まで原子力業界では、予防保全の観点から、サーベランスや運転員の巡視によるプラント運転状態の確認と、原子炉停止時の間隔で機器を分解・点検する時間基準保全(Time Based Maintenance: TBM)を広く実施してきた。しかし、TBMにて予防可能な劣化メカニズムは、実際には限定的であり、同じく高度な信頼性が要求される航空機において、TBMが効果的な機器は全体の約11%であることから [1]、いわゆる”いじり壊し”によって、逆に機器の寿命を縮めていることが懸念されている。そのため、機器の運転状態を基準とした保全(Condition Based Maintenance: CBM)を推進し、適切なタイミングで保全を実施することによる保全活動全体への貢献は甚大であると考える。 Fig.1 Failure modes of aviation parts 浜岡原子力発電所(以降、「浜岡」という。)では、これまで振動・潤滑油・赤外線サーモの3つの設備診断技術を導入し、診断傾向の比較検討や点検時の状況確認を通して技術の習熟に努めるとともに、公的資格の取得や講習会等への参加を通して力量の向上を計ってきた。 Table1 PdM record at Hamaoka NPS. 本報告では、診断技術を運用してきた中で現場から学んだ事例と、保全活動全体へ浸透させるために作成した設備診断実施プロセス、意志決定プロセス、発電所におけるモニタリングシステムについて紹介する。
2.設備診断の運用状況
2.1 設備診断技術の対象機器と実施頻度 設備診断の対象と頻度をTable. 2 に示す。浜岡では、主に回転機器を対象として、保全重要度に応じた頻度で診断を実施している。診断対象機器の台数としては、浜岡3 号(約550 台)、浜岡4 号(約420 台)、浜岡5 号(約340 台)、その他(約70 台)の合計約1380 台であり、その内保全方式が状態基準保全であるものは約250 台である。 Table2 Classification of equipments
2.2 振動診断技術の運用状況 振動診断では、普段、簡易診断による速度値(mm/s)の管理を実施しており、劣化兆候が認められた場合、振動加速度(m/s2)と振動変位(μmP-P)を追加した精密診断を実施するとともに、機器の運転状態、点検履歴も加味した総合的な評価を行い、監視の強化、機器停止や分解点検等、必要な措置を講じている。Fig.2 Picture of vibration monitoring 2.3 潤滑油診断技術の運用状況 潤滑油診断では、潤滑油の「動粘度」「水分」「酸価」「粒子カウント」の傾向管理を実施している。さらに、改善活動として、潤滑油浄油装置を用いた新油の清浄度管理の実施や、フーリエ変換赤外分光光度計を用いた酸化防止剤残存率の測定を実施し、機器毎の酸化防止剤の低下傾向を評価することで、潤滑油の交換や分解点検周期の最適化を図っていくこととしている。Fig.3 Picture of oil analysis 2.4 赤外線サーモ診断技術の運用状況 赤外線サーモ診断では、電源設備や開閉所設備、回転機器の診断を実施している。電源設備は、設置環境が一番厳しい電源設備を診断対象とし、開閉所設備は、送電線の引き込みブッシング等を中心に診断を実施している。さらに、回転機器は、軸受部や本体、電源ケーブルなど機器のベースとなるデータの収集を実施している。Fig.4 Thermo monitoring (over current of plug-in fuse) 3.設備診断事例の紹介 設備診断の中で最も多く活用されている技術は振動診断であり[2]、浜岡においても良好な実績を上げつつあるため、以下にその一例を紹介する。3.1 設備診断の実施状況 浜岡では、Fig.5 のような圧縮機型ローカルクーラーがあり、振動診断(1 回/ 3 月)、サーモ診断(1 回/ 1 年)を実施している。Fig.5 Station air compressor's local cooler 振動診断の結果、電動機の振動速度値がFig.6 ①の測定結果以降、振動周波数22Hz の上昇により管理基準を大幅に上回り、変位も同じく上昇していることが確認されたため、監視強化とし、原因調査を実施した。Fig.6 Vibration data of velocity and displacement 3.2 原因調査 振動値上昇の原因を解明するため、考えられる振動値の上昇原因[3]と、本事象を踏まえた考察を次のように実施した結果、フィルターの詰りが原因と推定された。Table3 Causes evaluation table 3.3 対策・結果 3.2 の調査結果より、フィルターの清掃を実施したところ、振動値が減少し、22Hz のピーク周波数は確認されなくなったため、振動値上昇の原因はフィルターの詰りによるものであったということが明らかとなった。これにより、設備診断を実施することで、不要な分解点検を回避し、フィルター清掃のみで機能回復を計ることができた。また、分解点検による故障リスクも回避できた。 <仕様> 型式:電動機直結駆動型 電気容量:18500 W 送風容量:30000m3/h 回転数:1800 r.p.m. MIV(垂直方法) MIA(軸方法) MIH(水平方法) 動粘度 粒子 摩耗 性状 プラグイン接続端子①振動値の上昇フィルター清掃後- 48 -4.設備診断の体系化と保全活動への浸透 機器の状態を診断し、対策を実施するには、診断結果を読み解く専門性と、豊富な診断Know-How が必要となると同時に、発電所の運用上、CBMが現実に沿った保全活動となるよう、下の項目が重要であると考えられる。[4] A) 診断の計画、実施、保守点検までのプロセスが明確で、各々の担当者がその役割を理解していること。 B) 診断結果から検討・対策内容までの意思決定プロセスが明確で、高い説明性を有すること。 C) 診断の結果から、機器の状態を定量的に「見える化」し、所内で情報が共有されること。 以下、これらに対する浜岡の取組みについて紹介する。 4.1 設備診断の実施プロセス EPRI, ISO が発行する設備診断プロセスの原案[4][5]に加え、海外原子力情報を参考とし、浜岡の診断プロセスをFig.7 の通り作成した。以下、各々の役割を紹介する。 Fig.7 CBM implementation process CBM専門チーム: 対象機器の設定と計画の立案。対策・検討が必要な場合は精密診断等の対策を講ずる。また、分解点検が必要であれば設備担当と協議を実施。 診断実行チーム: 診断計画に基づき診断を実施。診断データを分析し、継続運転の可否・対策の要否を報告する。 設備担当: 設備診断の推奨内容を検証、必要に応じた作業を実施し、保全内容の再検証結果を次回に反映する。 4.2 診断結果に対する意思決定プロセスの高度化 診断結果から対策内容までを結び付けるための意思決定フロー(Fig. 8)を作成した。 これにより、振動診断の結果から見るべき項目を抽出し、対策内容に結び付けることで、若年者や経験の浅い技術者でも診断結果から対策までの道筋を理解し、説明性を持った保全活動を実施可能であると考えられる。 4.3 設備診断状況のモニタリング Fig.9 は、設備診断の結果を発電所内で共有するモニタリングシステムを示している。各系統に属している機器の前回と至近の診断結果(緑:正常, 黄:監視強化, 赤: 運転不可)が所内に共有されるよう工夫している。さらに、これらの情報を定期的(1 回/週)に所内に発信し、日頃の意識向上に努めている。 Fig.9 CBM monitoring chart for plant engineers 5.まとめ 上記のように、設備診断という技術的な根拠を伴いつつ、実施のプロセスから設備の状態までを「見える化」することで、各部署との情報共有を促し、所内全体に設備診断の波及的効果が得られるものと考えられる。 浜岡では、今後、以下のポイントを重点的に改善活動を進め、CBM拡充と保全最適化を推進する計画である。 ○設備診断の社内エキスパートパネルを立上げ、過去事例や最新知見の共有化を図り、更なる力量向上に努める。 ○発電部で実施している巡視点検、サーベランス等の状態監視の活動を、保全に活用するシステムを構築する。 参考文献 [1] Jhon Moubray, “Reliability-centered Maintenance Second Eddition”, Industrial Press Inc., pp. 11-14, 2000 [2] “2012 年度メンテナンス実態調査報告書”、日本プラントメンテナンス協会、2012 [3] 振動技術研究会, “機械設備の状態監視と診断”, 2010 [4] Electric Power Research Institute, “Condition-Based Maintenance Guideline”, 2011 [5] ISO 17359, “Condition monitoring and diagnostics of machines - General guidelines”, 2003 Fig.8 Decision making process for vibration monitoring - 49 -“ “浜岡原子力発電所における設備診断の状況と実施プロセスの紹介 “ “谷口 祐司,Yuji TANIGUCHI,櫻木 太,Futoshi SAKURAGI,浜田 誠一,Seiichi HAMADA