流れ加速型腐食下で形成される酸化皮膜の特徴と減肉速度 との関係

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カテゴリ: 第11回
1.緒言
各種発電プラントにおける経年劣化事象の一つに、配 管減肉現象が挙げられる。この現象は系統配管の肉厚が 時間と共に減少するものであり、配管の破断・内部流体の 漏洩を引き起こし、人身災害を伴う配管破断事故を発生 させる原因となる。 日本機械学会、「配管減肉管理高度化に向けた最新技術 知見適用化のための調査研究分科会成果報告書」による と配管減肉の原因は主に、腐食(コロージョン)が流れの作 用により助長されるもの、あるいは侵食・壊食(エロージョ ン)によるものが考えられる。特に、前者のことを流れ加 速型腐食 (Flow Accelerated Corrosion :FAC)という。FACは 炉年あたりの配管破断率が1×10-2と比較的高く、これま でにも人身事故が経験されてきた[1]。よって、対策を早急 に講じる必要があるが、メカニズムに不明な点が残って おり、FAC 減肉速度予測モデルの精度と信頼性は不十分 である。その原因のひとつとして、FAC で形成された酸 化皮膜の詳細観察事例は限られており、特に皮膜中の空 隙構造に関するデータがほとんどなかったことが考えら れる。そのため、既存のFAC減肉速度予測モデルの中で、 空隙率など皮膜の特徴を考慮しているモデルは一部しか 存在しない。また、考慮されていたとしてもフィッテング パラメータとしての導入や、簡略化した形でしか導入さ れていなかった。 そこで本研究ではFAC試験により減肉速度が既知の試 験片に形成された皮膜の特徴を抽出し、減肉速度との関 連を考察することを目的とした。今回は皮膜の特徴のな かでも空隙構造に着目し、空隙の観察方法の検討を行っ た結果、フレネルコントラストを用いた透過型電子顕微鏡 (Transmission Electron Microscope :TEM) 観察を行うことにした。その後、FAC 試験で実際に形成された酸化皮 膜の空隙構造と減肉速度との関係を考察した。
2.フレネルコントラストを用いた酸化皮膜空
隙構造のTEM観察 2.1 使用したFAC 試験片について 供試材は高圧配管用炭素鋼鋼管(JIS G 3455)をベースと し、Cr 含有量を 6 レベル(0.003, 0.014, 0.043, 0.1, 0.42, 1.01wt%)に制御して溶製した実験用鋼である。各鋼の化 学組成をTable.1 に示す。これらのCr 含有量は、Cr によ るFAC抑制効果が現れ始め、FAC が大きく減速する領域 を広くカバーするように選ばれている。 これらの供試材を 9.5mm×15mm×2mm の板状に加工 し、FAC テストベンチ試験装置のホルダーに固定するた めに4.5mmの穴あけ加工を施した後、腐食試験に供した。 試験条件をTable.2に示し、試験後に算出した減肉速度を Fig.1 に示す。 これらの供試材に対して表面に形成された酸化皮膜を カーボンコーティングで保護してから収束イオンビーム (FIB)を用いてマイクロサンプリングを行い、厚さ 100nm以下まで薄膜化した後、TEMで酸化皮膜の観察を 行った。今回は皮膜の空隙構造の観察を行うために、フレ ネルコントラストを用いたTEM 観察を実施した。 Table.1 Chemical composition of the specimens Table.2 Condition of FAC experiments Flow rate 3.0 m/s pH 7.0, 9.07, 9.36 Dissolved oxygen < 3 ppb Temperature 150 °C Pressure 1.5 MPa Test time 325 h Fig.1 Relationship between Cr content and thinning rate 2.2 フレネルコントラストを用いるTEM 観察 フレネルコントラストによるTEM観察は、焦点を正焦 点から少しずらすことにより境界部の位相コントラスト の変化量を強く生じさせ、皮膜中の空隙を際立たせるこ とでナノスケールの空隙の識別も可能にする方法である。 Fig.2にTEMにおける電子波の位相変化の様子を示す。 平板試料に垂直に電子の平面波が入射すると、物質内部 ではポテンシャルエネルギーの変化分だけ運動エネルギ ーが変わり、真空中と異なった波長を持つ。そのため物質 を通過した電子波は真空のときと比べて位相が進み、物 質の端部で不連続となる (Fig.2 中の1,2)。そして物質直 下での電子波の位相は物質のあるところとないところで 異なる。また、物質の直下では電子波の位相のとびも生じ (3)、物質から離れると端の付近では屈折や回折効果など により電子波の位相は複雑に変化する(4) 。正焦点で得 られる像は、透過する電子線の強度分布(散乱コントラス トや回折コントラスト)によるコントラストが強く出るた め、位相の乱れがあっても振幅が一定であり、位相コント ラストをあまり示さないが、焦点をずらすことにより位 相の乱れをコントラストとして画像上で観察することが 出来る。このコントラストをフレネルコントラストとい う。 - 478 - Fig.2 Schematic diagram of Fresnel contrast[2] 3.観察結果及び考察 3.1 酸化皮膜の空隙構造の特徴 用意した試験片18種類中、pH7.0 のCS0,CS04,CS10、 pH9.07 のCS0,CS04,CS10、pH9.36 のCS0,CS01,CS04, CS10の10種類のTEM観察を行った。観察結果の一例と してpH9.36,CS10 とpH7.0,CS0 のTEM 画像をそれぞ れFig.3、Fig.4に示す。観察結果からすべての酸化皮膜に 共通して、表面側の空隙が存在する領域と、母材側のTEM レベルでは空隙が確認できない緻密な酸化皮膜の領域に 明確に分けられることが判明した。そしてこの緻密な酸 化皮膜が減肉速度に大きく影響を及ぼしていると考え、 緻密な酸化皮膜の厚さについて画像編集ソフトを用いて 計測した。その後、緻密な酸化皮膜の厚さと試験条件の関 係について考察を行った。 3.2 pH とCr含有量が酸化皮膜に及ぼす効果 緻密な酸化皮膜の厚さを計測した後、Cr 含有量との関 係をまとめたものを Fig.5 に、pH と緻密な酸化皮膜の厚 さの関係をまとめたものを Fig.6 に示す。Fig.5 の皮膜厚 さの誤差範囲は、計測した緻密な酸化皮膜の厚さの最大 値と最小値を表している。Fig.5 の結果から Cr 含有量が 大きくなるとともに緻密な酸化皮膜の厚さが大きくなり、 Compact oxide layer Comact oxide layer Porous oxide layer Carbon coating Porous oxide layer Fig.4 TEM cross-sectional image of oxide layers, pH7.0, CS0 (magnification ×50k) W coating Fig.3 TEM cross-sectional image of oxide layers, pH9.36, CS10 (magnification ×50k) Matrix Matrix 500nm - 479 - B 500nm A A’ B’ また Fig.6 の結果から、pH が高くなることによっても緻 密な酸化皮膜の厚さが大きくなる傾向が出ている。 Fig.5 Relationship between Cr content and thickness of compact oxide layer Fig.6 Relationship between pH and thickness of compact oxide layer 3.3 緻密な酸化皮膜の厚さと減肉速度の関係 減肉速度と緻密な酸化皮膜の厚さの関係をまとめた結 果をFig.7に示す。Fig.7より緻密な酸化皮膜が厚いほど、 減肉速度が小さくなる傾向が出ている。今回の結果だけ では、緻密な酸化皮膜が厚くなることによって腐食に対 する保護性が高くなり、減肉速度が低下したのか、あるい は減肉速度が小さいことによって厚い緻密な酸化皮膜が 形成されるようになったのか、因果関係は不明である。し かし、緻密な酸化皮膜の厚さと減肉速度は密接に関係し ていることが考えられる。 Fig.7 Relationship between thickness of compact oxide layer and thinning rate 3.4 酸化皮膜中のCr 濃縮の有無 酸化皮膜中のCr濃縮の有無を調査するために、それぞ れの試験片に対して、エネルギー分散型 X 線分析(EDX) の線分析をFe + Cr = 100[at%]として行った。Fig.3、Fig.4 中の白の直線AB、A’B’部分に行った結果をそれぞれFig.8、 Fig.9 に、そのほかの試験片を含めた EDX 線分析結果の まとめをTable.3に示す。その結果、Crを多く含むpH9.36, CS10では酸化皮膜の最表面付近にCr濃縮が確認できた。 しかし、緻密な酸化皮膜の部分にCr濃縮は見られなかっ た。他の試験片についても同様に、皮膜全体の最表層でCr 濃縮が確認できるものはあるものの、緻密な酸化皮膜部 分でのCr濃縮はほとんどなかった。 CrによるFAC減肉速度の抑制効果については、形成 される酸化皮膜の緻密性を向上させて、皮膜中でのイオ ンの拡散を抑制する説と、皮膜中にCrが濃縮すること で皮膜の保護性を高めてFACを抑制する説の二つがあ る[1]。今回の観察で、Cr含有量を増大させたことにより 緻密な酸化皮膜が厚く形成されたこと、緻密な酸化皮膜 の部分にCr濃縮が見られないことから、前者の説につ いて支持する結果となった。しかし、Crが皮膜の緻密性 を向上させるメカニズムについては依然不明なままなの で、今後明らかにしていく必要がある。 Fig.8 Cr profile of oxide layers, pH9.36, CS10 Tabl3. Summary of EDX analysis result pH Speciment Cr enrichment Cr-enriched location CS0 × ―――――――― CS04 ○ Outermost surface of porous oxide layer 7.0 CS10 ○ 4.結言 本研究では過去にFAC試験を行った試験片についてフ レネルコントラストを用いたTEM観察を行った。その結 果、形成された酸化皮膜は空隙のある領域と緻密な領域 の 2 層に分けられることが判明した。そして緻密な酸化 皮膜の厚さを計測した結果、材料中のCr含有量の増大や、 環境中のpHの上昇により、緻密な酸化皮膜は厚くなる傾 向が見られた。また、緻密な酸化皮膜が厚くなるほど減肉 速度は小さくなる傾向が見られた。よって、緻密な酸化皮 膜の厚さと減肉速度には密接な関係があることが示唆さ れた。 今後は流速や溶存酸素など、他のパラメータにも注目 し、形成される酸化皮膜と減肉速度にどのような関係が あるか調査する必要がある。最終的には皮膜観察により 得られた機構論的成果を、FAC 減肉速度予測モデルに反 映することを目標としている。 参考文献 [1] 日本機械学会, 「配管減肉管理に関する技術知見の現 状」、配管減肉管理高度化に向けた最新技術知見適用 化のための調査研究分科会成果報告書, P-SCCII-3, 第I部 (2012) [2] 例えば、物質からの回折と結像, 今野豊彦 Fig.9 Cr profile of oxide layers, pH7.0, CS0 - 480 - Outermost surface of porous oxide layer and A part of outermost surface of compact oxide layer CS0 Not analyzed ―――――――― 9.07CS04 × CS10 ○ Outermost surface of porous oxide layer CS0 Not analyzed ―――――――― CS01 × ―――――――― 9.36CS04 ○ Outermost surface of porous oxide layer CS10 ○ Outermost surface of porous oxide layer“ “流れ加速型腐食下で形成される酸化皮膜の特徴と減肉速度 との関係 “ “矢野 拓磨,Takuma YANO,阿部 博志,Hirose ABE,渡邉 豊,Yutaka WATANABE,宮崎 孝道,Takamichi MIYAZAKI,藤原 和俊,Kazoshi FUJIWARA,稲田 文夫,Fumio INADA
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