照射劣化の中性子照射場依存性に関する数値解析
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カテゴリ: 第11回
1.はじめに
原子炉や核融合炉の構造物は中性子等の高エネルギー 粒子の照射を受ける.照射によって材料内の原子は格子 位置からはじき出され,材料中に欠陥(格子間原子およ び空孔)が生成,それらが拡散して集合体(キャビティ および転位ループ)を形成する.こうした材料内のミク ロ構造変化がもとになって,体積膨張(ボイドスエリン グ),延性-脆性遷移温度の上昇や上部棚エネルギーの低 下で表される脆化,照射誘起応力腐食割れなどの問題が 発生する.炉設計および炉の保全には,経年劣化事象と しての,こうした照射劣化を考慮することが重要である.新しい原子炉等規制法では,軽水炉の40年運転を基本 としているが,特別点検の結果次第によっては,最長60までの運転が許可される.しかし,現時点での日本の 軽水炉の運転実績が精々40 年程度であることを考えると,60年までの延長の妥当性を検討する際,いかに材料 劣化を正しく見積もれるかが問題となる.照射速度,中 性子スペクトル,照射時間,温度等,照射条件の違いを しりと説明できるメカニズムベースの予測法の構築 が求められている.これらの結果を用いて運転延長の判 断あるいは適切な保全活動を計画することはとても重要 である.照射による材料劣化を整理するときに,照射損傷量を 示す指標として dpa が使われる.dpa とはターゲット原 子あたりのはじき出し数であり,はじき出し欠陥の生成 量を示す指標である.加速照射試験では,はじき出し損 傷速度(dpa/s)を用いて実際の条件との違いを表現する ことが多い.しかしながら,dpa の評価には欠陥生成後 の格子間原子と空孔の再結合消滅や欠陥集合体形成過程 が含まれていない.これらの挙動は,生成した欠陥の拡 散および欠陥どうしの反応によるものであり,欠陥濃度 や温度に強く依存する.したがって,同じdpa 値であっ ても,照射施設が異なると,必ずしも材料劣化は同じにならない.加速照射を行って短期間のうちに60年分の照 射をしたとしても,それが本当に実条件における60年照 射に相当するかは,dpa 値だけでは判断できないのであ る.材料劣化の原因である材料ミクロ構造変化(欠陥集 合体形成)と照射条件の関係をメカニズムベースで明ら かにしておく必要がある.また,たとえ同一原子炉であっても,炉心部と外壁部 などといった照射部位の違いにより,中性子エネルギー スペクトルや照射温度は異なる.すなわち,dpa/s 値,ひ いては,はじき出し欠陥の生成や欠陥集合体形成プロセ スが部位によって異なることになる.その結果,たとえ ばスエリングの部位依存性に起因して,チャンネルボッ クスの移動時に燃料集合体のスペーサーがずれるといっ たトラブル事例も報告されている[1].放射線照射の環境 で使用される以上,照射による材料劣化は免れないにし ても,こうしたトラブルを極力さけるためにも,炉全体 の照射劣化挙動(部位依存性)を正しく把握しておくこ とが,保全の高度化に重要である.本研究では,照射による材料劣化の機構論をもとに, 照射条件の違いがどの程度材料劣化の違いをもたらすか について議論する.特に,はじき出し過程と欠陥集合体 形成過程の2つに分けて検討し,損傷速度及び照射温度 とスエリングの関係を明らかにし,中性子照射条件の違 いが欠陥集合体形成に及ぼす影響を評価する.さらに, この評価によって照射劣化の照射場依存性を考慮した, 設計・保全方法についても議論する.
2.照射場の定量化
2.1 数値解析手法 中性子エネルギースペクトルからはじき出し損傷速度 dpa/s の算出には,SPECTER コード[2] を用いた. SPECTERコードは10-10 MeVから20 MeVまでの中性子 エネルギースペクトルから,はじき出し損傷速度(dpa/s), PKA(一次はじき出し原子)エネルギースペクトル,ガ ス生成率,損傷エネルギー(Kerma)を計算することが できる.ターゲットとしての元素は41種類を取り扱うこ とが可能である.各反応断面積については米国の核デー タライブラリー ENDF/B-Vを使用している.今回の評価 で用いる元素は鉄原子とした. 2.2各照射場のはじき出し損傷速度 既存の照射施設において得られた中性子スペクトルを 単色 10MeV 1MeV SPECTER Code Material : Fe 0.1MeV Approx. line P=7.9×10-26Φ 図1 各照射場の中性子束と損傷速度 用いて,各照射場の中性子束とはじき出し損傷速度を算 出した.照射施設には,日本原子力研究開発機構の高速 実験炉「常陽」(JOYO),材料照射試験炉(JMTR),京 都大学研究用原子炉(KUR),米国オークリッジ国立研 究所 High Flux Isotope Reactor(HFIR),および核融合中 性子として14MeVの単色中性子を選んだ. 図 1 には各照射場における中性子束と損傷速度 dpa/s の関係を示す.照射場によって中性子束,損傷速度は桁 違いである.さらに核分裂炉の炉心付近に限定すると, 中性子束?と損傷速度?に良い線形性が見られる.最小二 乗法により次の近似線を得た. ? ? ??? ? ?????? これは,炉壁部のような軽水や反射体などによって十分 に減速された領域でなければ,中性子エネルギースペク トルの違いによる影響は少ないことを意味する. 3.欠陥集合体形成過程 3.1 反応速度論モデルについて 欠陥集合体形成過程の評価には反応速度論解析を行う. 本研究では分子動力学法を用いて評価されたエネルギー 論[3] を取り入れ,欠陥集合体の核生成プロセスを理論的 に正しく扱うことが可能なモデルを構築した.モデルを 構築するにあたって以下の仮定を行った. ・ はじき出し損傷過程において自己格子間原子 (SIA)と空孔のみが同数生成される. ・ SIAと空孔のみが材料中を拡散する. ・ SIAと空孔は対消滅(再結合)する. ・ 転位ループ(SIA集合体)は円盤状として扱う. - 482 - 10-4 10-5 10-6 10-7 Fusion (14MeV) HFIR 10-8 JMTR 10-9 10-10 KUR JOYO (fuel area) 10-11 10-12 10-13 JOYO (outer wall) 10-14 1011 Newtron 1013 1015 flux (E>0.1MeV), 1017 1019 Φ [n/m2/s] 1021・ ボイド(空孔集合体)は球状として扱う. ・ 点欠陥の消滅サイト(シンク)は転位線とし,SIA が優勢的に吸収される転位バイアスの効果を導入 する. ・ 転位ループについてもSIAを優勢的に吸収するバ イアス効果を導入する. 以上の仮定のもと,点欠陥(格子間原子および空孔) の集合化や消滅,熱的解離を表現する反応速度式をサイ ズ500までの集合体は個別に立てた.それ以上のサイズ に関しては数密度およびサイズの平均値を扱って,成 長・収縮を追った.それぞれの式をギア法[4] により数値 積分し,欠陥濃度の経時変化を解いた.今回の評価では, 材料はフェライト鋼に限定した. 3.2 欠陥濃度の時間変化 図2に計算によって得た各欠陥濃度の経時変化を示す. 損傷速度は1×10-8dpa/sであり,照射温度は573 Kの条件 である.照射初期(~10-5 s)において点欠陥濃度は上昇 する.その後,転位バイアスによる効果によって空孔よ りもSIAが優勢的に転位線や欠陥集合体に吸収され,濃 度は一定になる(10-5 s~101 s).空孔濃度がある程度増 加すると空孔集合体を形成し,成長するが,空孔と SIA の再結合・消滅も同時に生じるため,SIA 濃度は減少し (101 s~107 s),その後,定常に達する(107 s~).この ようなプロセスを経て,照射後期には空孔濃度が高く, ボイドが生じやすい条件となっていることがわかる.図 3 には照射温度を変化させた時の単欠陥濃度の経時変化 を示す.損傷速度は1×10-8dpa/sであり,照射温度は473 K, 573 K,673 Kの条件を選んだ.dpa という指標により整 理しても,温度によって欠陥濃度は異なることが確認で きた.空孔については,照射後期において温度が低いほ ど濃度が高くなっている.欠陥拡散のフラックスは拡散 係数Dと欠陥濃度Cの積DCである.拡散係数と温度に は(1)式の関係がある. ? ?????????? ...(1) ここで,??は欠陥の移動エネルギー,?はボルツマン 定数,?は温度である.低温であれば拡散係数D は低下 し,欠陥が動きにくくなるが,シンク源への欠陥流入フ ラックスは温度によらず等しいため,欠陥濃度Cが上昇 したと考えられる.SIA については,対消滅を生じる前 では(~109 s),空孔と同様に,温度が低いほど濃度が高 いが,空孔濃度も高いことにより対消滅反応を長時間生 V1 図3 単欠陥の時間変化の温度依存性 じるため,定常に達する頃には関係が逆転して温度が低 いほど濃度が低くなっていると考えられる. 3.3 空孔過飽和度による整理 以上のことから,欠陥移動のフラックスが照射損傷挙動 を明らかにする鍵になっているようである.そこで,空 孔の流入フラックスとSIAの流入フラックスの差を規格 化して表した空孔過飽和度Svを以下のように定義する. ?? ? ???? ? ???? ?????? ...(2) ここで,Dは拡散係数,Cは欠陥濃度であり,添字Vは 空孔,Iは格子間原子を表している.また,????は熱平衡 空孔濃度であり,照射されていない材料(?? ? ????, ?? ? ?)では ?? ? ?となるように規格化した.Svが正 - 483 - Dose [dpa] 2019/10/0210-1910-1710-1510-1310-1110-910-710-510-310-1 101 2019/10/04Dose rate: 10-8 dpa/s Temperature: 573 K 10-6 Cv Ci Cluster size V1 2019/10/082019/10/101 2 10 V2100 V10 2019/10/22Time [s] Cv Ci Temp. 673 K 573 K 473 K 10-12 V100 2019/10/14I1 2019/10/162019/10/182019/10/20I2I10 I100 10-1110-910-710-510-310-1 101 103 105 107 109 図2 欠陥濃度の時間変化 Dose [dpa] 1010-2 -1910-1710-1510-1310-1110-910-710-510-310-1 101 2019/10/04Dose rate: 10-8 dpa/s 2019/10/062019/10/082019/10/102019/10/122019/10/142019/10/16I1 2019/10/182019/10/202019/10/2210-1110-910-710-510-310-1 101 103 105 107 109 Time [s] Dose [dpa] 15 10Dose rate: 10-8 dpa/s Time [s] -19 10-17 10-15 10-13 10-11 10-9 10-7 10-5 10-3 10-1 101 10Temperature 5473 K 573 K 0673K -5-10-15 -20図4 空孔過飽和度の時間変化 であれば材料中の任意の点に対して,SIA よりも空孔の ほうが流入しやすい状態でありボイドが成長しやすくな っていることを示す. 図4に空孔過飽和度Svの時間変化を示す.照射の初期 段階では空孔過飽和度は負であり,転位ループが形成し やすい状態となっている.空孔濃度が十分に高くなって くると,空孔過飽和度は正に転じて,ボイドが形成・成 長しやすい状態に移行する.温度依存性については,低 温ほど空孔過飽和度が正に転じる時間が遅延し,大きさ は増大する傾向がある.これは,低温ほど欠陥が動きに くいため,空孔過飽和な状態になるには長時間必要であ るという時効の効果によるものと考えられる.図5には 1dpa における空孔過飽和度の温度,損傷速度依存性を示 す.低温では欠陥が動きにくいため空孔過飽和度は負で あり,ある温度以上で正に転じ,温度上昇とともに空孔 過飽和度は減少する.損傷速度の増加に対しては,時効 の効果により正に転ずる温度が高温側にシフトする.図 6には,573K および673K における空孔過飽和度の損傷 速度依存性について示す.照射量は1dpa である.損傷速 度の増加に従って,空孔過飽和度も増加していることか ら,同じ温度でも損傷速度が高いほうがボイドを形成し やすく,成長速度は早くなると考えられる. 空孔過飽和度 Sv は欠陥流入フラックスのみに着目し た指標であるが,集合体のサイズによって変化する熱的 安定性は考慮されていない.よって,集合体からの欠陥 流出フラックスを同時に評価する必要がある.ここでは, 核生成の臨界核サイズによって熱的安定性を評価する. サイズnのボイドの成長速度は以下の式により定義した. -103010-13 dpa/s 10-10 dpa/s at 1 dpa 2010-7 dpa/s 10-4 dpa/s 100-20 -30300 400 500 600 700 Temperature [K] 図5 1dpaにおける空孔過飽和度の温度,損傷速度依存性 10103-13 10-11 10-9 10-7 10-5 10-3 10-11 10-9 10-7 10-5 10-3 10-1 101 103 105 107 109 1013at 1 dpa 1011573 K 673 K Dose rate [dpa/s] 図6 1dpaにおける空孔過飽和度の損傷速度依存性 ???? ? ???? ? ???? ? ????? ? ????? ...(3) ここで,????は空孔流入フラックス,????は SIA 流入フ ラックス,?????は空孔流出フラックス,?????はSIA流出 フラックスである.なお,ここでは ?????はゼロを仮定 した.したがって,成長速度が正の値を示すとき,ボイ ドは成長することを意味する.成長速度がゼロとなるサ イズを臨界核サイズとして算出した. 図7に損傷速度,照射温度と臨界核サイズの関係を示 す.照射量は1dpaである.温度上昇に対して臨界核サイ ズも上昇していることから,熱的不安定性(エントロピ ーを反映して,高温ほど不安定性は大になる)を表現で きている.損傷速度依存性については,損傷速度が高い ほど臨界核サイズの立ち上がりが高温側にシフトする. これは,損傷速度が高いほど,空孔過飽和度が高く,高 温で発生する熱的不安定性を若干抑え込むことができて いるからである.ただし,いくら損傷速度を大きくして - 484 - 109107105300 20 at 1 dpa 151010-13 dpa/s 10-10 dpa/s 510-7 dpa/s 10-4 dpa/s 0400 500 600 700 Temperature [K] 図7 1dpaにおけるボイドの臨界核サイズ も,高温すぎると,熱的不安定性の方が勝ってしまうの で,臨界サイズは増大する(つまり,ボイドは核生成し にくくなる). 3.4 ボイド直径と数密度及びスエリング 図8にボイド数密度の損傷速度と温度依存性について 示す.ボイド数密度は温度に対してピークを持つことが わかる.これは,低温では欠陥の動きが遅いことから, 十分にボイドが生成・成長していないため,数密度は低 下したと考えられる.高温ではボイドの熱的安定性が不 安定となって,臨界サイズが増加する. 図9にボイド直径の損傷速度と温度依存性について示 す.温度増加に対してボイド直径は大きくなり,損傷速 度の増加とともにその立ち上がりは高温側にシフトする. 図8に示すボイドの数密度及び図9に示すボイド直径 の結果から,高温ではサイズの大きなボイドが点々と存 在している状態であり,低温ではサイズの小さいボイド が数多く分布している.この傾向は実験でも得られてお り[5],本モデルにおいても定性的に表現できた. スエリングは照射による体積増加量と照射前の体積の 比である.本モデルでは,はじき出しによって生じた空 格子点の数がスエリングに寄与したとして,以下の式で 算出した. ??????? ? ???? ...(4) 図10 は1dpa における照射温度とスエリングの関係を 示す.損傷速度は 10-13dpa/s,10-10dpa/s,10-7dpa/s および 10-3dpa/s である.スエリングは温度に対してピークを持 ち,損傷速度が増加するにつれてピークは高温側にシフ トする.温度によるスエリングピークが見られた原因と 1027102610-13 dpa/s 10-10 dpa/s at 1 dpa 10-7 dpa/s 102510-4 dpa/s 102410231022300 400 500 600 700 Temperature [K] 図8 1dpaにおけるボイド数密度の温度,損傷速度依存性 120 110 at 1 dpa 100 90 10-13 dpa/s 10-10 dpa/s 807060504010-7 dpa/s 30201010-4 dpa/s 0300 400 500 600 700 Temperature [K] 図9 1dpaにおけるボイド直径の温度,損傷速度依存性 0.210-13 dpa/s at 1 dpa 10-10 dpa/s 10-4 dpa/s 0.00 300 400 Temperature 500 [K]600 700 図10 1dpaにおけるスエリング量の温度,損傷速度依存性 しては,図7からわかるように高温では臨界サイズが大 きく熱的解離が生じやすいためであり,低温では空孔が 動きにくいためと考えられる.ピークシフトについては 損傷速度を変化させると,ボイドを生成・成長させよう とする方向にはたらくマトリクス中の点欠陥濃度と,ボ イドを分解させようとする熱的安定性のバランスがくず れるためと考えられる. - 485 - 0.150.10.0510-7 dpa/s 4.おわりに 加速照射場や同一原子炉の炉心部と外壁部などの照射 場によって異なる照射劣化挙動を理解し,必要とする照 射条件での材料挙動を正しく予測するため,もしくは, 照射場の違いが炉設計・保全に必要な材料照射データの 曖昧さにどの程度影響するかを明らかにするために,は じき出し過程と欠陥集合体形成過程の2つについて照射 場の依存性を評価した.欠陥集合体形成過程の評価には 反応速度論に基づき,分子動力学法による結合エネルギ ーの計算結果を取り入れて,より照射欠陥集合体形成メ カニズムを詳細に含んだモデルを構築した.それにより, 以下の知見を得た. ・ 照射場によって中性子束,損傷速度(dpa/s)は桁違 いである.ただし,核分裂炉の炉心付近に限定する と,今回調べた照射施設の範囲では,中性子束と損 傷速度に良い線形性が見られる. ・ ボイドの核生成・成長は空孔の流入フラックスと SIA の流入フラックスの差である空孔過飽和度と熱 的安定性の両方に依存する. ・ 空孔と自己格子間原子SIAの材料内の易動度に起因 して,照射の初期にSIA優勢で進行した材料ミクロ 組織発達も,照射後期になると空孔優勢で進行する ようになる.その結果として,ボイドのような空孔 型欠陥集合体が形成される. ・ 前項の材料ミクロ組織発達に起因して,空孔過飽和 度は,照射初期にマイナス、後期にプラスに転じる ようになる.1dpa という損傷量に対して空孔過飽和 度の温度依存性については,低温ほど正に転じる時 間が遅延し,大きさは増大する傾向がある.損傷速 度依存性は,損傷速度の増加にしたがい空孔過飽和 度も増加する. ・ 臨界核サイズは温度とともに増加する.損傷速度依 存性については,損傷速度が高いほど臨界核サイズ の立ち上がりが高温側にシフトする.臨界核サイズ は,空孔過飽和度とボイドの熱的不安定性のバラン スによって決まる. ・ 同一の損傷量において,スエリングは温度に対して ピークを持ち,損傷速度が増加するにつれてピーク は高温側にシフトすることがわかる. 以上の知見より,照射劣化の照射場依存性を考慮した, 設計・保全として以下のことが提案できる. ・ 材料照射劣化データを加速照射試験によって取得す るとき,照射温度を実際よりも高めにする必要があ る.これは,加速試験によって加速される現象はは じき出し過程(生成欠陥量の増大)のみであり,温 度を上昇させることで拡散過程(熱活性化過程)も 同時に促進する必要があるためである. ・ 同一原子炉でも,炉心部と外壁部などといった照射 位置の違いにより温度および損傷速度が変化するた め,欠陥集合体形成過程も異なり,スエリング量な どの材料劣化量も異なる.ニューシアでのトラブル 事例にもあるとおり,照射される場所(例えば,炉 心部からその周辺にまで)によってスエリング量が 異なり,保全の際,その不均一性が次のトラブルを 引き起こすこともあるので,そうした効果を考える ことも,保全の高度化には重要である. 参考文献 [1] 原子力安全推進協会,原子力施設情報公開ライブラ リニューシア(NUCIA),http://www.nucia.jp/ [2] L.R.Greenwood and R.K.Smither, Report No.ANL/FPP/TM-197, Argonne National Lab., USA (1985) [3] K. Morishita, R. Sugano, B.D. Wirth, “MD and KMC modeling of the growth and shrinkage mechanisms of helium-vacancy clusters in Fe”, Journal of Nuclear Materials, 323 (2-3), (2003), pp. 243-250. [4] S. D. Cohen and A. C. Hindmarsh, ““CVODE, A Stiff/Nonstiff ODE Solver in C,““ Computers in Physics, 10 (2), (1996), pp. 138-143. [5] Jia, X., Dai, Y., “Microstructure of the F82H martensitic steel irradiated in STIP-II up to 20 dpa”, Journal of Nuclear Materials, 356 (1-3), (2006), pp. 105-111. - 486 -“ “照射劣化の中性子照射場依存性に関する数値解析 “ “中筋 俊樹,Toshiki NAKASUJI,山本 泰功,Yasunori YAMAMOTO,森下 和功,Kazunori MORISHITA
原子炉や核融合炉の構造物は中性子等の高エネルギー 粒子の照射を受ける.照射によって材料内の原子は格子 位置からはじき出され,材料中に欠陥(格子間原子およ び空孔)が生成,それらが拡散して集合体(キャビティ および転位ループ)を形成する.こうした材料内のミク ロ構造変化がもとになって,体積膨張(ボイドスエリン グ),延性-脆性遷移温度の上昇や上部棚エネルギーの低 下で表される脆化,照射誘起応力腐食割れなどの問題が 発生する.炉設計および炉の保全には,経年劣化事象と しての,こうした照射劣化を考慮することが重要である.新しい原子炉等規制法では,軽水炉の40年運転を基本 としているが,特別点検の結果次第によっては,最長60までの運転が許可される.しかし,現時点での日本の 軽水炉の運転実績が精々40 年程度であることを考えると,60年までの延長の妥当性を検討する際,いかに材料 劣化を正しく見積もれるかが問題となる.照射速度,中 性子スペクトル,照射時間,温度等,照射条件の違いを しりと説明できるメカニズムベースの予測法の構築 が求められている.これらの結果を用いて運転延長の判 断あるいは適切な保全活動を計画することはとても重要 である.照射による材料劣化を整理するときに,照射損傷量を 示す指標として dpa が使われる.dpa とはターゲット原 子あたりのはじき出し数であり,はじき出し欠陥の生成 量を示す指標である.加速照射試験では,はじき出し損 傷速度(dpa/s)を用いて実際の条件との違いを表現する ことが多い.しかしながら,dpa の評価には欠陥生成後 の格子間原子と空孔の再結合消滅や欠陥集合体形成過程 が含まれていない.これらの挙動は,生成した欠陥の拡 散および欠陥どうしの反応によるものであり,欠陥濃度 や温度に強く依存する.したがって,同じdpa 値であっ ても,照射施設が異なると,必ずしも材料劣化は同じにならない.加速照射を行って短期間のうちに60年分の照 射をしたとしても,それが本当に実条件における60年照 射に相当するかは,dpa 値だけでは判断できないのであ る.材料劣化の原因である材料ミクロ構造変化(欠陥集 合体形成)と照射条件の関係をメカニズムベースで明ら かにしておく必要がある.また,たとえ同一原子炉であっても,炉心部と外壁部 などといった照射部位の違いにより,中性子エネルギー スペクトルや照射温度は異なる.すなわち,dpa/s 値,ひ いては,はじき出し欠陥の生成や欠陥集合体形成プロセ スが部位によって異なることになる.その結果,たとえ ばスエリングの部位依存性に起因して,チャンネルボッ クスの移動時に燃料集合体のスペーサーがずれるといっ たトラブル事例も報告されている[1].放射線照射の環境 で使用される以上,照射による材料劣化は免れないにし ても,こうしたトラブルを極力さけるためにも,炉全体 の照射劣化挙動(部位依存性)を正しく把握しておくこ とが,保全の高度化に重要である.本研究では,照射による材料劣化の機構論をもとに, 照射条件の違いがどの程度材料劣化の違いをもたらすか について議論する.特に,はじき出し過程と欠陥集合体 形成過程の2つに分けて検討し,損傷速度及び照射温度 とスエリングの関係を明らかにし,中性子照射条件の違 いが欠陥集合体形成に及ぼす影響を評価する.さらに, この評価によって照射劣化の照射場依存性を考慮した, 設計・保全方法についても議論する.
2.照射場の定量化
2.1 数値解析手法 中性子エネルギースペクトルからはじき出し損傷速度 dpa/s の算出には,SPECTER コード[2] を用いた. SPECTERコードは10-10 MeVから20 MeVまでの中性子 エネルギースペクトルから,はじき出し損傷速度(dpa/s), PKA(一次はじき出し原子)エネルギースペクトル,ガ ス生成率,損傷エネルギー(Kerma)を計算することが できる.ターゲットとしての元素は41種類を取り扱うこ とが可能である.各反応断面積については米国の核デー タライブラリー ENDF/B-Vを使用している.今回の評価 で用いる元素は鉄原子とした. 2.2各照射場のはじき出し損傷速度 既存の照射施設において得られた中性子スペクトルを 単色 10MeV 1MeV SPECTER Code Material : Fe 0.1MeV Approx. line P=7.9×10-26Φ 図1 各照射場の中性子束と損傷速度 用いて,各照射場の中性子束とはじき出し損傷速度を算 出した.照射施設には,日本原子力研究開発機構の高速 実験炉「常陽」(JOYO),材料照射試験炉(JMTR),京 都大学研究用原子炉(KUR),米国オークリッジ国立研 究所 High Flux Isotope Reactor(HFIR),および核融合中 性子として14MeVの単色中性子を選んだ. 図 1 には各照射場における中性子束と損傷速度 dpa/s の関係を示す.照射場によって中性子束,損傷速度は桁 違いである.さらに核分裂炉の炉心付近に限定すると, 中性子束?と損傷速度?に良い線形性が見られる.最小二 乗法により次の近似線を得た. ? ? ??? ? ?????? これは,炉壁部のような軽水や反射体などによって十分 に減速された領域でなければ,中性子エネルギースペク トルの違いによる影響は少ないことを意味する. 3.欠陥集合体形成過程 3.1 反応速度論モデルについて 欠陥集合体形成過程の評価には反応速度論解析を行う. 本研究では分子動力学法を用いて評価されたエネルギー 論[3] を取り入れ,欠陥集合体の核生成プロセスを理論的 に正しく扱うことが可能なモデルを構築した.モデルを 構築するにあたって以下の仮定を行った. ・ はじき出し損傷過程において自己格子間原子 (SIA)と空孔のみが同数生成される. ・ SIAと空孔のみが材料中を拡散する. ・ SIAと空孔は対消滅(再結合)する. ・ 転位ループ(SIA集合体)は円盤状として扱う. - 482 - 10-4 10-5 10-6 10-7 Fusion (14MeV) HFIR 10-8 JMTR 10-9 10-10 KUR JOYO (fuel area) 10-11 10-12 10-13 JOYO (outer wall) 10-14 1011 Newtron 1013 1015 flux (E>0.1MeV), 1017 1019 Φ [n/m2/s] 1021・ ボイド(空孔集合体)は球状として扱う. ・ 点欠陥の消滅サイト(シンク)は転位線とし,SIA が優勢的に吸収される転位バイアスの効果を導入 する. ・ 転位ループについてもSIAを優勢的に吸収するバ イアス効果を導入する. 以上の仮定のもと,点欠陥(格子間原子および空孔) の集合化や消滅,熱的解離を表現する反応速度式をサイ ズ500までの集合体は個別に立てた.それ以上のサイズ に関しては数密度およびサイズの平均値を扱って,成 長・収縮を追った.それぞれの式をギア法[4] により数値 積分し,欠陥濃度の経時変化を解いた.今回の評価では, 材料はフェライト鋼に限定した. 3.2 欠陥濃度の時間変化 図2に計算によって得た各欠陥濃度の経時変化を示す. 損傷速度は1×10-8dpa/sであり,照射温度は573 Kの条件 である.照射初期(~10-5 s)において点欠陥濃度は上昇 する.その後,転位バイアスによる効果によって空孔よ りもSIAが優勢的に転位線や欠陥集合体に吸収され,濃 度は一定になる(10-5 s~101 s).空孔濃度がある程度増 加すると空孔集合体を形成し,成長するが,空孔と SIA の再結合・消滅も同時に生じるため,SIA 濃度は減少し (101 s~107 s),その後,定常に達する(107 s~).この ようなプロセスを経て,照射後期には空孔濃度が高く, ボイドが生じやすい条件となっていることがわかる.図 3 には照射温度を変化させた時の単欠陥濃度の経時変化 を示す.損傷速度は1×10-8dpa/sであり,照射温度は473 K, 573 K,673 Kの条件を選んだ.dpa という指標により整 理しても,温度によって欠陥濃度は異なることが確認で きた.空孔については,照射後期において温度が低いほ ど濃度が高くなっている.欠陥拡散のフラックスは拡散 係数Dと欠陥濃度Cの積DCである.拡散係数と温度に は(1)式の関係がある. ? ?????????? ...(1) ここで,??は欠陥の移動エネルギー,?はボルツマン 定数,?は温度である.低温であれば拡散係数D は低下 し,欠陥が動きにくくなるが,シンク源への欠陥流入フ ラックスは温度によらず等しいため,欠陥濃度Cが上昇 したと考えられる.SIA については,対消滅を生じる前 では(~109 s),空孔と同様に,温度が低いほど濃度が高 いが,空孔濃度も高いことにより対消滅反応を長時間生 V1 図3 単欠陥の時間変化の温度依存性 じるため,定常に達する頃には関係が逆転して温度が低 いほど濃度が低くなっていると考えられる. 3.3 空孔過飽和度による整理 以上のことから,欠陥移動のフラックスが照射損傷挙動 を明らかにする鍵になっているようである.そこで,空 孔の流入フラックスとSIAの流入フラックスの差を規格 化して表した空孔過飽和度Svを以下のように定義する. ?? ? ???? ? ???? ?????? ...(2) ここで,Dは拡散係数,Cは欠陥濃度であり,添字Vは 空孔,Iは格子間原子を表している.また,????は熱平衡 空孔濃度であり,照射されていない材料(?? ? ????, ?? ? ?)では ?? ? ?となるように規格化した.Svが正 - 483 - Dose [dpa] 2019/10/0210-1910-1710-1510-1310-1110-910-710-510-310-1 101 2019/10/04Dose rate: 10-8 dpa/s Temperature: 573 K 10-6 Cv Ci Cluster size V1 2019/10/082019/10/101 2 10 V2100 V10 2019/10/22Time [s] Cv Ci Temp. 673 K 573 K 473 K 10-12 V100 2019/10/14I1 2019/10/162019/10/182019/10/20I2I10 I100 10-1110-910-710-510-310-1 101 103 105 107 109 図2 欠陥濃度の時間変化 Dose [dpa] 1010-2 -1910-1710-1510-1310-1110-910-710-510-310-1 101 2019/10/04Dose rate: 10-8 dpa/s 2019/10/062019/10/082019/10/102019/10/122019/10/142019/10/16I1 2019/10/182019/10/202019/10/2210-1110-910-710-510-310-1 101 103 105 107 109 Time [s] Dose [dpa] 15 10Dose rate: 10-8 dpa/s Time [s] -19 10-17 10-15 10-13 10-11 10-9 10-7 10-5 10-3 10-1 101 10Temperature 5473 K 573 K 0673K -5-10-15 -20図4 空孔過飽和度の時間変化 であれば材料中の任意の点に対して,SIA よりも空孔の ほうが流入しやすい状態でありボイドが成長しやすくな っていることを示す. 図4に空孔過飽和度Svの時間変化を示す.照射の初期 段階では空孔過飽和度は負であり,転位ループが形成し やすい状態となっている.空孔濃度が十分に高くなって くると,空孔過飽和度は正に転じて,ボイドが形成・成 長しやすい状態に移行する.温度依存性については,低 温ほど空孔過飽和度が正に転じる時間が遅延し,大きさ は増大する傾向がある.これは,低温ほど欠陥が動きに くいため,空孔過飽和な状態になるには長時間必要であ るという時効の効果によるものと考えられる.図5には 1dpa における空孔過飽和度の温度,損傷速度依存性を示 す.低温では欠陥が動きにくいため空孔過飽和度は負で あり,ある温度以上で正に転じ,温度上昇とともに空孔 過飽和度は減少する.損傷速度の増加に対しては,時効 の効果により正に転ずる温度が高温側にシフトする.図 6には,573K および673K における空孔過飽和度の損傷 速度依存性について示す.照射量は1dpa である.損傷速 度の増加に従って,空孔過飽和度も増加していることか ら,同じ温度でも損傷速度が高いほうがボイドを形成し やすく,成長速度は早くなると考えられる. 空孔過飽和度 Sv は欠陥流入フラックスのみに着目し た指標であるが,集合体のサイズによって変化する熱的 安定性は考慮されていない.よって,集合体からの欠陥 流出フラックスを同時に評価する必要がある.ここでは, 核生成の臨界核サイズによって熱的安定性を評価する. サイズnのボイドの成長速度は以下の式により定義した. -103010-13 dpa/s 10-10 dpa/s at 1 dpa 2010-7 dpa/s 10-4 dpa/s 100-20 -30300 400 500 600 700 Temperature [K] 図5 1dpaにおける空孔過飽和度の温度,損傷速度依存性 10103-13 10-11 10-9 10-7 10-5 10-3 10-11 10-9 10-7 10-5 10-3 10-1 101 103 105 107 109 1013at 1 dpa 1011573 K 673 K Dose rate [dpa/s] 図6 1dpaにおける空孔過飽和度の損傷速度依存性 ???? ? ???? ? ???? ? ????? ? ????? ...(3) ここで,????は空孔流入フラックス,????は SIA 流入フ ラックス,?????は空孔流出フラックス,?????はSIA流出 フラックスである.なお,ここでは ?????はゼロを仮定 した.したがって,成長速度が正の値を示すとき,ボイ ドは成長することを意味する.成長速度がゼロとなるサ イズを臨界核サイズとして算出した. 図7に損傷速度,照射温度と臨界核サイズの関係を示 す.照射量は1dpaである.温度上昇に対して臨界核サイ ズも上昇していることから,熱的不安定性(エントロピ ーを反映して,高温ほど不安定性は大になる)を表現で きている.損傷速度依存性については,損傷速度が高い ほど臨界核サイズの立ち上がりが高温側にシフトする. これは,損傷速度が高いほど,空孔過飽和度が高く,高 温で発生する熱的不安定性を若干抑え込むことができて いるからである.ただし,いくら損傷速度を大きくして - 484 - 109107105300 20 at 1 dpa 151010-13 dpa/s 10-10 dpa/s 510-7 dpa/s 10-4 dpa/s 0400 500 600 700 Temperature [K] 図7 1dpaにおけるボイドの臨界核サイズ も,高温すぎると,熱的不安定性の方が勝ってしまうの で,臨界サイズは増大する(つまり,ボイドは核生成し にくくなる). 3.4 ボイド直径と数密度及びスエリング 図8にボイド数密度の損傷速度と温度依存性について 示す.ボイド数密度は温度に対してピークを持つことが わかる.これは,低温では欠陥の動きが遅いことから, 十分にボイドが生成・成長していないため,数密度は低 下したと考えられる.高温ではボイドの熱的安定性が不 安定となって,臨界サイズが増加する. 図9にボイド直径の損傷速度と温度依存性について示 す.温度増加に対してボイド直径は大きくなり,損傷速 度の増加とともにその立ち上がりは高温側にシフトする. 図8に示すボイドの数密度及び図9に示すボイド直径 の結果から,高温ではサイズの大きなボイドが点々と存 在している状態であり,低温ではサイズの小さいボイド が数多く分布している.この傾向は実験でも得られてお り[5],本モデルにおいても定性的に表現できた. スエリングは照射による体積増加量と照射前の体積の 比である.本モデルでは,はじき出しによって生じた空 格子点の数がスエリングに寄与したとして,以下の式で 算出した. ??????? ? ???? ...(4) 図10 は1dpa における照射温度とスエリングの関係を 示す.損傷速度は 10-13dpa/s,10-10dpa/s,10-7dpa/s および 10-3dpa/s である.スエリングは温度に対してピークを持 ち,損傷速度が増加するにつれてピークは高温側にシフ トする.温度によるスエリングピークが見られた原因と 1027102610-13 dpa/s 10-10 dpa/s at 1 dpa 10-7 dpa/s 102510-4 dpa/s 102410231022300 400 500 600 700 Temperature [K] 図8 1dpaにおけるボイド数密度の温度,損傷速度依存性 120 110 at 1 dpa 100 90 10-13 dpa/s 10-10 dpa/s 807060504010-7 dpa/s 30201010-4 dpa/s 0300 400 500 600 700 Temperature [K] 図9 1dpaにおけるボイド直径の温度,損傷速度依存性 0.210-13 dpa/s at 1 dpa 10-10 dpa/s 10-4 dpa/s 0.00 300 400 Temperature 500 [K]600 700 図10 1dpaにおけるスエリング量の温度,損傷速度依存性 しては,図7からわかるように高温では臨界サイズが大 きく熱的解離が生じやすいためであり,低温では空孔が 動きにくいためと考えられる.ピークシフトについては 損傷速度を変化させると,ボイドを生成・成長させよう とする方向にはたらくマトリクス中の点欠陥濃度と,ボ イドを分解させようとする熱的安定性のバランスがくず れるためと考えられる. - 485 - 0.150.10.0510-7 dpa/s 4.おわりに 加速照射場や同一原子炉の炉心部と外壁部などの照射 場によって異なる照射劣化挙動を理解し,必要とする照 射条件での材料挙動を正しく予測するため,もしくは, 照射場の違いが炉設計・保全に必要な材料照射データの 曖昧さにどの程度影響するかを明らかにするために,は じき出し過程と欠陥集合体形成過程の2つについて照射 場の依存性を評価した.欠陥集合体形成過程の評価には 反応速度論に基づき,分子動力学法による結合エネルギ ーの計算結果を取り入れて,より照射欠陥集合体形成メ カニズムを詳細に含んだモデルを構築した.それにより, 以下の知見を得た. ・ 照射場によって中性子束,損傷速度(dpa/s)は桁違 いである.ただし,核分裂炉の炉心付近に限定する と,今回調べた照射施設の範囲では,中性子束と損 傷速度に良い線形性が見られる. ・ ボイドの核生成・成長は空孔の流入フラックスと SIA の流入フラックスの差である空孔過飽和度と熱 的安定性の両方に依存する. ・ 空孔と自己格子間原子SIAの材料内の易動度に起因 して,照射の初期にSIA優勢で進行した材料ミクロ 組織発達も,照射後期になると空孔優勢で進行する ようになる.その結果として,ボイドのような空孔 型欠陥集合体が形成される. ・ 前項の材料ミクロ組織発達に起因して,空孔過飽和 度は,照射初期にマイナス、後期にプラスに転じる ようになる.1dpa という損傷量に対して空孔過飽和 度の温度依存性については,低温ほど正に転じる時 間が遅延し,大きさは増大する傾向がある.損傷速 度依存性は,損傷速度の増加にしたがい空孔過飽和 度も増加する. ・ 臨界核サイズは温度とともに増加する.損傷速度依 存性については,損傷速度が高いほど臨界核サイズ の立ち上がりが高温側にシフトする.臨界核サイズ は,空孔過飽和度とボイドの熱的不安定性のバラン スによって決まる. ・ 同一の損傷量において,スエリングは温度に対して ピークを持ち,損傷速度が増加するにつれてピーク は高温側にシフトすることがわかる. 以上の知見より,照射劣化の照射場依存性を考慮した, 設計・保全として以下のことが提案できる. ・ 材料照射劣化データを加速照射試験によって取得す るとき,照射温度を実際よりも高めにする必要があ る.これは,加速試験によって加速される現象はは じき出し過程(生成欠陥量の増大)のみであり,温 度を上昇させることで拡散過程(熱活性化過程)も 同時に促進する必要があるためである. ・ 同一原子炉でも,炉心部と外壁部などといった照射 位置の違いにより温度および損傷速度が変化するた め,欠陥集合体形成過程も異なり,スエリング量な どの材料劣化量も異なる.ニューシアでのトラブル 事例にもあるとおり,照射される場所(例えば,炉 心部からその周辺にまで)によってスエリング量が 異なり,保全の際,その不均一性が次のトラブルを 引き起こすこともあるので,そうした効果を考える ことも,保全の高度化には重要である. 参考文献 [1] 原子力安全推進協会,原子力施設情報公開ライブラ リニューシア(NUCIA),http://www.nucia.jp/ [2] L.R.Greenwood and R.K.Smither, Report No.ANL/FPP/TM-197, Argonne National Lab., USA (1985) [3] K. Morishita, R. Sugano, B.D. Wirth, “MD and KMC modeling of the growth and shrinkage mechanisms of helium-vacancy clusters in Fe”, Journal of Nuclear Materials, 323 (2-3), (2003), pp. 243-250. [4] S. D. Cohen and A. C. Hindmarsh, ““CVODE, A Stiff/Nonstiff ODE Solver in C,““ Computers in Physics, 10 (2), (1996), pp. 138-143. [5] Jia, X., Dai, Y., “Microstructure of the F82H martensitic steel irradiated in STIP-II up to 20 dpa”, Journal of Nuclear Materials, 356 (1-3), (2006), pp. 105-111. - 486 -“ “照射劣化の中性子照射場依存性に関する数値解析 “ “中筋 俊樹,Toshiki NAKASUJI,山本 泰功,Yasunori YAMAMOTO,森下 和功,Kazunori MORISHITA