Ni 基600 合金を対象とした腐食すきま再不動態化電位測定方法の検討

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カテゴリ: 第11回
1.緒言
2011 年に発生した福島第一原子力発電所事故では、地震や津波によって全電源を喪失し原子炉および使用済み核燃料プールの冷却装置が停止した。そこで冷温停止を目指した復旧作業として外部から海水の注入を行ったため、原子炉内は塩化物環境となり、局部腐食の中でも発生が相対的に容易なすきま腐食が発生している可能性がある。局部腐食は腐食速度が速いため、全面腐食のように腐食速度で管理することが難しい。そのため局部腐食は発生の有無で評価され、発生を防ぐことが重要である。しかし腐食すきま発生電位の測定には膨大な試験片と時間を要するため、ほぼ近い値である腐食すきま再不動態化電位ER,CREV が採用されている。ステンレス鋼についてはJIS G 0592「ステンレス鋼の腐食すきま再不動態化電位測定方法」によって測定方法が規定されているが、その他の金属については規定されていない。原子炉で使用されている耐食合金の一つにNi 基合金の600 合金があり、福島第一原発2,3 号機では注水系ノズルに使用されている。 本研究ではステンレス鋼のER,CREV測定方法を参考に、600 合金の腐食すきま再不動態化電位測定方法を試験に基づいて検討し、その手法の確立に資することを目的とした。試験結果より600 合金の腐食すきま進展の挙動を明らかにし、腐食すきまの発生方法および再不動態化電位測定方法を提案した。
2. JIS G 0592「ステンレス鋼の腐食すきま再
不動態化電位測定方法」[1] JISで規定されたER,CREV測定方法の模式図をFig.1 に示す。試験溶液は50±1℃、200ppmCl-のNaCl 水溶液を用いる。試験片は600 番まで湿式研磨し、十分に洗浄した後ですきまを形成する。測定は以下の手順で行う。(1)腐食すきま発生過程:自然腐食電位から30mV/min の動電位法でアノード電流が200.Aに達するまで分極する。(2)腐食すきま進展過程:定電流保持に切り替え、200.Aで2 時間保持する。(3)腐食すきま再不動態化過程:定電流保持後にその時の電位よりも10mV 低い電位で2 時間定電位保持し、電流の上昇傾向が見られなくなるまで繰り返す。電流の上昇が見られなくなる最も貴な電位がER,CREVである。ただしすきま部以外に局部腐食が認められた場合およびすきま部の最大侵食深さが40.m に達していない場合は試験結果から除外する。また、試験条件は当事者間で変更することができる。
- 499 - Fig.1 Schematic of controlling the electrode potential and the current for measuring E R,CREV 2. JIS 法の適用性評価試験 2.1 試験方法 2.1.1 600 合金とSUS304L 鋼のJIS 法によるE R,CREV 測定試験の比較 供試材の化学組成をTable.1 に示す。すきま構造は外径20mm、内径4.2mmのアクリルを、600 番まで湿式研磨した試験片両面にチタン製のワッシャー、ボルト、ナットを用いて手締めで固定して形成した。試験片寸法はSUS304L 鋼が50×24×3mm、600 合金が40×24×3mm である。試験溶液は窒素ガスで30 分間脱気した50±1℃、1000ppmCl-のNaCl 水溶液を用い、JIS 法に則って試験を行った。ただし30mV/min の動電位法では600 合金ですきま外部に孔食が生じたため10mV/min に変更した。対極には炭素棒、参照電極には飽和カロメル電極を用いた。 Table.1 Chemical compositions of Alloy600 and SUS304L 2.1.2 JIS 法でのE R,CREV判定の適用性評価試験 2.2.1 の結果を受けて、600 合金でもJIS 法のER,CREV判定が適用できるか確認が必要である。そこで、2.1.1 と同様の試験溶液を用い、再不動態化過程で電流の上昇傾向が見られなくなった電位で長時間定電位保持を行い、電流の挙動および腐食面を観察した。試験は以下の手順で行った。(1)50mVSCEの定電位法でアノード電流が200.Aに到達するまで分極した。(2)200.Aで2 時間定電流保持し、腐食すきまを進展させた。(3)その時の電位より10mV 低い電位での定電位保持を電流の上昇傾向が見られなくなるまで繰り返し、結果的に-160mVSCEで120 時間定電位保持した。 2.2 試験結果 2.2.1 600 合金とSUS304L 鋼のJIS 法によるE R,CREV 測定試験の比較 腐食面の観察の結果、SUS304L 鋼では腐食すきまが最大侵食深さを与えていたのに対し、600 合金では腐食すきま内に発生した腐食孔が最大侵食深さを与えていた。SUS304L 鋼でのER,CREVは-22.9mVSCEであり、その時の電流値は29.3.A であった。一方で、600 合金では腐食すきま進展中に電位は-160mVSCEまで低下し、再不動態化過程での電流の上昇は見られなかった。JIS法に則ると、ER,CREV は-160 mVSCE以上であるがこの時に170.A前後と高い電流が流れており、腐食すきまが再不動態化していない可能性がある。 2.2.2 JIS 法でのE R,CREV判定の適用性評価試験 -160 mVSCE の定電位保持中に電流は150.A程度まで低下したところで下降が止まり、横ばいとなった。また試験片に腐食の進展が見られたことから、JIS 法のように電流の上昇の有無のみで600 合金のER,CREVを判断することはできない。本研究で求める600 合金の腐食すきま再不動態化電位はJIS 法で定義されたものと異なるため、以降ではE’R,CREVと記述する。 以上の2 つの試験結果から、本研究の目的を達成するための課題と試験の方針を以下に示す。 (1) E’R,CREV測定を正確に行うため、すきま外部に局部腐食が生起しない条件設定が必要である。特に発生する可能性の高い孔食を防ぐため、Cl-濃度ごとの孔食電位を求めてE’R,CREV測定過程での上限到達電位を設定する。(2)同じNi 基合金のAlloy22 では、腐食すきま進展過程の電流が400.A 以下では腐食孔が発生し、ER,CREV 測定にばらつきが見られた[2]。600 合金でも腐食形態が変化する可能性があるため、進展過程の条件を変化させて腐食面の観察を行う。(3)評価試験より600 合金では電流の上昇傾向の有無のみで再不動態化電位を判断することはできないため、再不動態化過程を定電位保持とし、電流の変化および腐食面の観察によりE’R,CREV判定基準を検討する。 3. E’R,CREV測定方法の検討試験 3.1 試験方法 3.1.1 測定過程での上限到達電位設定 上限到達電位設定のため、Cl-濃度を条件変数として50 ±1℃のNaCl 水溶液を試験溶液に用いて600 合金の孔食電位を測定した。試験片は600 番まで湿式研磨し、露出部が10×10mmとなるように絶縁塗料で被覆した。JIS G 0577「ステンレス鋼の孔食電位測定方法」を参考にし、一C Si Mn P S Ni Cr Fe Cu 600合金0.01 0.15 0.17 0.007 0.000 72.99 16.10 7.81 0.03 SUS304鋼0.021 0.46 0.84 0.027 0.04 9.13 18.22 Bal - - 500 - 部条件を変更して以下の手順で試験を行った。(1)露出部が水没するように試験片を半浸漬し、窒素ガスで30 分間脱気した。(2)窒素ガスの供給を止め、自然腐食電位から10mV/min の動電位法でアノード電流が1000.Aとなるまで分極した。孔食電位は100..A/cm2に対応する電位とした[3]。この手順で試験溶液を10,100,1000,10000ppmに設定して行い、Cl-濃度と孔食電位の関係を求めた。 3.1.2 保持電流および保持時間が腐食に及ぼす影響の評価 腐食すきま進展条件を変えて600 合金の腐食形態の変化を観察する。1 つ目の試験では保持電流を、2 つ目の試験では保持時間を条件変数として2 つの腐食すきま進展試験を行った。試験溶液は50±1℃、1000ppmCl-のNaCl 水溶液を用いた。すきま部が水没するように試験片を半浸漬し、窒素ガスで30 分間脱気した後で、以下の手順で試験を行った。(1)(a)腐食すきま進展過程での保持電流を200,400,600,800,1000,1600..A に設定し、その電流値に到達するまで50mVSCE の定電位保持で分極した。(b)設定した電流値で2 時間定電流保持した後で、腐食面を観察した。(2)(a)腐食すきま進展過程での保持電流を600..A とし、その電流値に到達するまで50mVSCE の定電位保持で分極した。(b)600..Aで2,12,24 時間定電流保持した後で、腐食面を観察した。 3.1.3 定電位保持での腐食すきま停止を用いたE’R,CREV測定試験 600 合金においてE’R,CREV判定基準を設定するため、腐食すきま進展後に種々の電位で定電位保持し、電流の挙動および腐食面の観察を行った。試験溶液は50±1℃、1000ppmCl-のNaCl 水溶液を用いた。すきま部が水没するように試験片を半浸漬し、窒素ガスで30 分間脱気した後で、以下の手順で試験を行った。(1)試験片の電流が600..A になるまで50mVSCEの定電位で分極した。(2) 600..Aで2 時間定電流保持し、腐食すきまを成長させた。(3)定電流保持後に-350,-300,-250,-200,-150mVSCEに電位を設定し、10 時間定電位保持した後で腐食面の観察を行った。 3.2 試験結果および考察 3.2.1 測定過程での上限到達電位設定 Cl-濃度をC ppm、孔食電位をEpit mVSCEとおくと、測定した孔食電位の最小二乗法による近似直線は次の式で表される。 ........ .. ..219.8 log...... .. 1145・・・..1.. より確実にすきま外部に孔食を発生させないためには、測定値の分布を考慮する必要がある。600 合金の孔食電位は正規分布に従い、50mV/min の動電位法で測定した試験では標準偏差σ は19.1mV であった[4]。そこで、(1)式を平均値、標準偏差を論文より19.1mV とすると、正規分布のほぼ下限であるEpit -3σは次の式で表される。 ........ .. 3.. .. ..219.8 log...... .. 1088 この式で表される電位を超えなければ孔食は発生しないと考えられるため、この電位をE’R,CREV測定過程での上限到達電位Emaxとする。 3.2.2 保持電流および保持時間が腐食に及ぼす影響の評価 いずれの進展条件においても、腐食すきま内に発生した腐食孔が最大侵食深さを与えるという腐食形態に変化なく、付与電気量が大きくなると侵食深さおよび腐食面積のどちらも増加する傾向が見られた。しかし2 つの試験で腐食が進展する方向は異なっており、時間を固定して保持電流を大きくすると腐食孔や腐食すきまの一部などの局所的な侵食深さが深くなり、腐食すきま部に深さの分布があった。一方で、電流を固定して保持時間を長くすると腐食孔は存在するが、腐食すきま部の深さの分布は小さく全体的に同じような深さで侵食し、腐食孔密度も増加した。 3.2.3 定電位保持での腐食すきま停止を用いたE’R,CREV測定試験 保持電位ごとの電流の経時変化をFig.3 に示した。最大侵食深さは電位が大きくなるにつれて単調に増加していたが、これは保持電位が高くなるにつれて電流も高くなっている影響だと考えられる。次に保持電位ごとの腐食面積の大きさをFig.4 に示した。図中に示した破線は、腐食すきま進展後に定電位保持を行わず、すぐに取り出したものである。腐食面積は、-350mVSCEのものはすぐ取り出したものから腐食面積の拡大が見られず、他の電位のものの半分以下であった。これは10 時間の定電位保持の間に-300mVSCE 以上では腐食すきまが再不動態化せず腐食が進展したためだと考えられる。つまり50±1℃、1000ppmCl-のNaCl 水溶液における600 合金のE’R,CREVは-350~-300mVSCEにあると考えられる。また、-350mVSCEで10 時間定電位した後に電流は2.81.A まで低下していた。600 合金の不動態保持電流は10.A 前後であることからも、腐食すきまが再不動態化していることがわかる。よって600 合金では腐食すきまが再不動態化しているときには電流は不動態保持電流付近まで低下しているといえる。しかし、どの保持電位でも電流は下降しており、挙動自体には変化はなかった。 - 501 - Fig.3 The change with time of the anode current of each holding potential Fig.4 Corrosion area of each holding potential 4.結言 600 合金についてJIS G 0592「ステンレス鋼の腐食すきま再不動態化電位測定方法」の適用性評価試験を実施したところ、腐食形態がSUS304L 鋼とは異なることや、ER,CREV 判断基準を適用できないことがわかった。そこで600 合金のE’R,CREV測定過程での課題を挙げ、解決のための試験を行うことで以下の知見を得た。 1. 600 合金のCl-濃度と孔食電位の関係を求め、E’R,CREV測定過程での上限到達電位を設定した。 2. 腐食すきま進展条件を変えても、腐食すきま内に腐食孔が発生する腐食形態に変化はなかった。保持電流を大きくすると腐食孔などが局所的に深くなり、保持時間を長くすると腐食すきま部が全体的に同じような深さで侵食し腐食孔密度も大きくなった。 3. 50±1℃、1000ppmCl-のNaCl 水溶液を用いて食すきまを進展させた後で種々の電位で10時間定電位保持した試験では、-350mVSCEで腐食面積の拡大が見られず、電流も不動態保持電流以下まで低下していたためE’R,CREVに達していると考えられる。 本研究の結果から、600 合金のE’R,CREV測定方法を次のように提案する。手順模式図をFig.5 に示す。試験溶液はJIS 法と同様に脱気する。(1)自然腐食電位から30mV/min で電位掃引し、アノード方向へ分極する。目標電流到達前にEmax に到達した場合は定電位法に切り替える。電位掃引中に目標電流に達した場合は、定電位保持は行わない(図中の破線)。(2)定電流保持により腐食すきまを進展させる。600 合金でも最大侵食深さがE’R,CREVに影響を与える可能性があるため、E’R,CREVと最大侵食深さの関係を調査して最適な保持電流、保持時間を設定することが必要である。(3)定電流保持後に、その時の電位より10mV 低い電位で定電位保持し、電流の上昇傾向が見られた場合はさらに10mV 低い電位で定電位保持する。10 時間の定電位保持で、アノード方向への電流の上昇傾向が見られず、かつ電流値が不動態保持電流相当の10.A 以下に低下するまでこの操作を繰り返す。不動態保持電流は経時的に低下するなど一定値ではなく、判断基準となる閾値の設定が困難だが、今回の試験結果からは10.A として差し支えないと考えられる。 Fig.5 Schematic of controlling the electrode potential and the current for measuring E’ R,CREV 謝辞 本研究は、原子力安全基盤機構(現:原子力規制庁)の委託業務「25 年度原子力設備への海水混入によるステンレス合金の局部腐食の発生と進展継続性評価に係る研究」の成果の一部である。 参考文献 [1] JIS G 0592「ステンレス鋼の腐食すきま再不動態化電位測定方法」(2002) [2] 深谷祐一,明石正恒,佐々木英次,辻川茂男,材料と環境,56,406-413(2007) [3] JIS G 0577「ステンレス鋼の孔食電位測定方法」(2005) [4] 柴田俊夫, 竹山太郎, 日本金属学会誌,7,42,743- 750(1978) 00.511.522.5‐400 ‐350 ‐300 ‐250 ‐200 ‐150 ‐100 Corrosion area[cm2] Holding potential[mVSCE] - 502 -
“ “Ni 基600 合金を対象とした腐食すきま再不動態化電位測定方法の検討 “ “岩金 弘樹,Hiroki IWAKANE,関口 智大,Tomohiro SEKIGUCHI,阿部 博志,Hiroshi ABE,渡邉 豊,Yutaka WATANABE
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