非常用復水器を用いた原子炉減圧・冷却システム
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カテゴリ: 第11回
1.諸言
3 月 11 日の福島第一原子力発電所における事故の教訓は、 津波に起因する全交流電源喪失時においても炉心を冠水維 持しなければならないということである。1号機には全交 流 電 源 喪 失 時 に 原 子 炉 を 冷 却 す る こ と が 出 来 る IC (Isolation Condenser)が設置されていたが、隔離弁が誤閉 止して事故を拡大させた。本研究では、福島第1原子力発 電所に装備されていた IC の冷却能力と、IC が作動復旧し た場合のその後の冷却効果について定量的に評価した。 2.福島第一原子力発電所の事故の経過地震発生直後に外部電源が喪失したが、非常用ディーゼ ル発電機(EDG)が速やかに起動し、非常用炉心冷却系 (ECCS)が起動して、各原子炉は順調に冷却されていた。 格納容器内の配管や重要機器の損傷も無かったことが、原 子炉圧力や格納容器圧力・温度の記録紙の詳細な分析と解 析評価で確認されている(1)4)。その後、津波が襲来して、 タービン建屋の非常用発電機や配電盤などを機能喪失させ て、全交流電源喪失が発生した。特に直流電源の喪失によ り、更に致命的な事象が発生した。特に制御盤の論理回路 の電源断に伴うおびただしい異常信号が発生し、Fig.1 の格 納容器壁内外の隔離弁の閉止信号が発生した。1号機は非常用復水器(IC)が起動し、約 15 分で、原 子炉圧力を 7MPa から 4MPa に低下させていた。制御盤が 活きていれば、非常用復水器が作動停止していることは制 御盤のランプを見れば分かったハズであるが、制御盤の表 示ランプが点灯していなかった。また、非常用復水器の作 動中は、原子炉建屋の側壁から轟音を上げて蒸気が噴出す ので、津波到達前には運転員が建屋の外に出て建屋越しに 蒸気の発生と、蒸気の轟音を確認しているが、この蒸気噴 流を津波到来後にも確認しておくべきであった。これらが 成されなかったことは構内 PHS の電源断による通信機能 の喪失によって通報連絡や指揮命令が迅速に出されなくな ったことも大きい。事前に外部電源喪失事故(SBO)時の対 策が取られていて、また SBO 時を想定した IC の運転訓練 が実施されていれば、1号機の非常用復水器が作動を続け、 原子炉は冠水維持され、冷却が進んで原子炉圧力も短時間 で下がり、福島第1の事故を収束できた可能性が高い(5)。
Fig.1 IC system flow sheet of Fukushima-Daiichi NPP. 3.IC可視化実験とTRACコードによる解析
図2の様な圧力容器と IC 伝熱管を模した高圧可視化実 験装置を製作した。実験装置 IC 部はポリカーボネート製の 透明な水槽に冷却水を満たしており、U字管型の伝熱管内 に約 6MPa の高圧蒸気が圧力容器から供給される。伝熱管は長さ 1m、内径 10.9mmのステンレス鋼管が使 用されている。凝縮水の戻りライン弁を開けると伝熱管内
Water Return valve Fig.2 IC test facility by using high pressure steam. - 74 - IC Test Section Pressure Vessel P P Water Level L Isolation Condenser Steam Blowout RPV S/P MOMO1A 2A MO1B MO2BMO4A MO3A MO4B MO3B Steam Flow Meter Condensed Water Return Line Water Tank Fire Pool IC Control Valve の水が圧力容器内に重力で排出され、IC 伝熱管内に蒸気が 圧力容器から供給されて、水槽内の冷却水で凝縮されて、 再び圧力容器に凝縮水となって還流する。この駆動力を確 保するために、IC テスト部は圧力容器の水位の約 4m 高い 位置に設置した。可視化試験を開始すると、図3のように、 U 字の上部から下部の一部まで、伝熱管外表面で沸騰が発 生する。この場合、伝熱管内は蒸気や二相流の部分である と考えられる。そこで TRAC コードを用いて、図4のよう に可視化試験を模擬し、解析を実施した。圧力容器の圧力 降下(図4)や各部の温度などの解析結果が良く一致した。 Fig.3 IC tube visualized boiling test result 流量0kg/s の境界条件 圧力容器 IC模型部 隔離弁B Fig.4 TRAC analysis model for the visual test. Fig.5 TRAC Analysis Model for the visual test. 4.福島第1原発1号機の IC 実機解析 IC 可視化実験データにより解析手法の妥当性を確認し たので、図6のように、福島第一原子力発電所1号機(1 F-1)を 2 基の IC を含めてモデル化し、IC が作動しなかっ た 1F-1 の事故の再現解析と、IC が 16:10 に再稼働できた場 合の2ケースを解析し、図 7 の解析結果を得た。まず、実 験解析では、津波到達時前の IC の運転操作も含めて、事象 を再現できた。次いで、5000 秒後の 16:10 に再稼働できた 場合は、18:00 には原子炉の圧力は 1MPa 以下にでき、消防 車などによる注水が可能であることを確認した。 Steam Valve IC Test Section Pressure Vessel Water Return Valve 0 6 5 4 3 2 1 0 500 1000 時間[s] 1500 2000 2500 Exp. TRAC Time[s] 実験圧力 実験圧力 計算圧力 解析圧力 隔離弁A Fill Isolation condenser-B Pressure Vessel Separator Recirculation Line-B Jet Pump To Jet Pump-B Control Rod Guide Tube Recirculation Line-A Fig.6 TRAC analysis model for Fukushima Daiichi Unit 1. 9 8IC OFF 76516:10(5000s)IC ケース2-2 →18:00(11530s) 事故事象解析 Restart 4RPV Press.<1MPa 3214:48 15:42 1Earthquake Tsunami 16:10 018:00 0 5000 10000 15000 5Time 経過時間[s]After Earthquake (s) 4IC ON 3210TAF -114:48 15:42 -2Earthquake Tsunami -3-41F-1 Analysis 17:30 18:00 -50 5000 Time After 経過時間[s] Earthquake 10000 (s) 15000 Fig.7 Aanalysis results comparison between IC on and off 5.結論 可視化実験を TRAC で解析し、手法の妥当性を確認した。 1F-1 実機の TRAC 解析より、3 月 11 日 17:30 には水位は TAF 以下となり、18:00 には被覆管が酸化開始したことを 確認した。一方、16:10 に IC を再稼働すれば、炉心を冠水 維持することができ、18:00 には原子炉圧力は 1MPa 以下と なり、事故収束することが解析から示された。残念である。 参考文献 (1)奈良林直,杉山憲一.「東日本大震災に伴う原子力発電 所の事故と災害 福島第一原子力発電所の事故の要 因分析と教訓」原子力学会誌「アトモス」,vol.53, No.6 , (2011),P.387-400 (2)原子力安全基盤機構 原子力システム安全部.「福島 第一原子力発電所1号機非常用復水器(IC)作動時の 原子炉挙動解析」(2011) (3)東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委 員会「中間報告書」(2011),P466-474,入手先 〈http://icanps.go.jp/post-1.html〉 (4)American Nuclear Society「Decay heat power in light water reactors」ANSI/ANS-5.1(2005). (5) 下江 知弘ら、福島第1原子力発電所の非常用復水器 の除熱能力評価、動力エネルギーシンポ C225, (2012). - 75 - IC OFF ケース2-2 Restart IC 事故事象解析 Fuel assembly Isolation condenser-A To Jet Pump-A“ “非常用復水器を用いた原子炉減圧・冷却システム“ “奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI,下江 知弘,Tomohiro SHIMOE,秋本 肇,Hazime AKIMOTO,千葉 豪,Go CHIBA,辻 雅司,Masashi TSUJI,坂下 弘人,Hiroto SAKASHITA
3 月 11 日の福島第一原子力発電所における事故の教訓は、 津波に起因する全交流電源喪失時においても炉心を冠水維 持しなければならないということである。1号機には全交 流 電 源 喪 失 時 に 原 子 炉 を 冷 却 す る こ と が 出 来 る IC (Isolation Condenser)が設置されていたが、隔離弁が誤閉 止して事故を拡大させた。本研究では、福島第1原子力発 電所に装備されていた IC の冷却能力と、IC が作動復旧し た場合のその後の冷却効果について定量的に評価した。 2.福島第一原子力発電所の事故の経過地震発生直後に外部電源が喪失したが、非常用ディーゼ ル発電機(EDG)が速やかに起動し、非常用炉心冷却系 (ECCS)が起動して、各原子炉は順調に冷却されていた。 格納容器内の配管や重要機器の損傷も無かったことが、原 子炉圧力や格納容器圧力・温度の記録紙の詳細な分析と解 析評価で確認されている(1)4)。その後、津波が襲来して、 タービン建屋の非常用発電機や配電盤などを機能喪失させ て、全交流電源喪失が発生した。特に直流電源の喪失によ り、更に致命的な事象が発生した。特に制御盤の論理回路 の電源断に伴うおびただしい異常信号が発生し、Fig.1 の格 納容器壁内外の隔離弁の閉止信号が発生した。1号機は非常用復水器(IC)が起動し、約 15 分で、原 子炉圧力を 7MPa から 4MPa に低下させていた。制御盤が 活きていれば、非常用復水器が作動停止していることは制 御盤のランプを見れば分かったハズであるが、制御盤の表 示ランプが点灯していなかった。また、非常用復水器の作 動中は、原子炉建屋の側壁から轟音を上げて蒸気が噴出す ので、津波到達前には運転員が建屋の外に出て建屋越しに 蒸気の発生と、蒸気の轟音を確認しているが、この蒸気噴 流を津波到来後にも確認しておくべきであった。これらが 成されなかったことは構内 PHS の電源断による通信機能 の喪失によって通報連絡や指揮命令が迅速に出されなくな ったことも大きい。事前に外部電源喪失事故(SBO)時の対 策が取られていて、また SBO 時を想定した IC の運転訓練 が実施されていれば、1号機の非常用復水器が作動を続け、 原子炉は冠水維持され、冷却が進んで原子炉圧力も短時間 で下がり、福島第1の事故を収束できた可能性が高い(5)。
Fig.1 IC system flow sheet of Fukushima-Daiichi NPP. 3.IC可視化実験とTRACコードによる解析
図2の様な圧力容器と IC 伝熱管を模した高圧可視化実 験装置を製作した。実験装置 IC 部はポリカーボネート製の 透明な水槽に冷却水を満たしており、U字管型の伝熱管内 に約 6MPa の高圧蒸気が圧力容器から供給される。伝熱管は長さ 1m、内径 10.9mmのステンレス鋼管が使 用されている。凝縮水の戻りライン弁を開けると伝熱管内
Water Return valve Fig.2 IC test facility by using high pressure steam. - 74 - IC Test Section Pressure Vessel P P Water Level L Isolation Condenser Steam Blowout RPV S/P MOMO1A 2A MO1B MO2BMO4A MO3A MO4B MO3B Steam Flow Meter Condensed Water Return Line Water Tank Fire Pool IC Control Valve の水が圧力容器内に重力で排出され、IC 伝熱管内に蒸気が 圧力容器から供給されて、水槽内の冷却水で凝縮されて、 再び圧力容器に凝縮水となって還流する。この駆動力を確 保するために、IC テスト部は圧力容器の水位の約 4m 高い 位置に設置した。可視化試験を開始すると、図3のように、 U 字の上部から下部の一部まで、伝熱管外表面で沸騰が発 生する。この場合、伝熱管内は蒸気や二相流の部分である と考えられる。そこで TRAC コードを用いて、図4のよう に可視化試験を模擬し、解析を実施した。圧力容器の圧力 降下(図4)や各部の温度などの解析結果が良く一致した。 Fig.3 IC tube visualized boiling test result 流量0kg/s の境界条件 圧力容器 IC模型部 隔離弁B Fig.4 TRAC analysis model for the visual test. Fig.5 TRAC Analysis Model for the visual test. 4.福島第1原発1号機の IC 実機解析 IC 可視化実験データにより解析手法の妥当性を確認し たので、図6のように、福島第一原子力発電所1号機(1 F-1)を 2 基の IC を含めてモデル化し、IC が作動しなかっ た 1F-1 の事故の再現解析と、IC が 16:10 に再稼働できた場 合の2ケースを解析し、図 7 の解析結果を得た。まず、実 験解析では、津波到達時前の IC の運転操作も含めて、事象 を再現できた。次いで、5000 秒後の 16:10 に再稼働できた 場合は、18:00 には原子炉の圧力は 1MPa 以下にでき、消防 車などによる注水が可能であることを確認した。 Steam Valve IC Test Section Pressure Vessel Water Return Valve 0 6 5 4 3 2 1 0 500 1000 時間[s] 1500 2000 2500 Exp. TRAC Time[s] 実験圧力 実験圧力 計算圧力 解析圧力 隔離弁A Fill Isolation condenser-B Pressure Vessel Separator Recirculation Line-B Jet Pump To Jet Pump-B Control Rod Guide Tube Recirculation Line-A Fig.6 TRAC analysis model for Fukushima Daiichi Unit 1. 9 8IC OFF 76516:10(5000s)IC ケース2-2 →18:00(11530s) 事故事象解析 Restart 4RPV Press.<1MPa 3214:48 15:42 1Earthquake Tsunami 16:10 018:00 0 5000 10000 15000 5Time 経過時間[s]After Earthquake (s) 4IC ON 3210TAF -114:48 15:42 -2Earthquake Tsunami -3-41F-1 Analysis 17:30 18:00 -50 5000 Time After 経過時間[s] Earthquake 10000 (s) 15000 Fig.7 Aanalysis results comparison between IC on and off 5.結論 可視化実験を TRAC で解析し、手法の妥当性を確認した。 1F-1 実機の TRAC 解析より、3 月 11 日 17:30 には水位は TAF 以下となり、18:00 には被覆管が酸化開始したことを 確認した。一方、16:10 に IC を再稼働すれば、炉心を冠水 維持することができ、18:00 には原子炉圧力は 1MPa 以下と なり、事故収束することが解析から示された。残念である。 参考文献 (1)奈良林直,杉山憲一.「東日本大震災に伴う原子力発電 所の事故と災害 福島第一原子力発電所の事故の要 因分析と教訓」原子力学会誌「アトモス」,vol.53, No.6 , (2011),P.387-400 (2)原子力安全基盤機構 原子力システム安全部.「福島 第一原子力発電所1号機非常用復水器(IC)作動時の 原子炉挙動解析」(2011) (3)東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委 員会「中間報告書」(2011),P466-474,入手先 〈http://icanps.go.jp/post-1.html〉 (4)American Nuclear Society「Decay heat power in light water reactors」ANSI/ANS-5.1(2005). (5) 下江 知弘ら、福島第1原子力発電所の非常用復水器 の除熱能力評価、動力エネルギーシンポ C225, (2012). - 75 - IC OFF ケース2-2 Restart IC 事故事象解析 Fuel assembly Isolation condenser-A To Jet Pump-A“ “非常用復水器を用いた原子炉減圧・冷却システム“ “奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI,下江 知弘,Tomohiro SHIMOE,秋本 肇,Hazime AKIMOTO,千葉 豪,Go CHIBA,辻 雅司,Masashi TSUJI,坂下 弘人,Hiroto SAKASHITA