熱力学モデルによる福島第一原子力発電所1 号機 非常用凝縮器(IC)挙動の推定 (それでもIC は動いていた)
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カテゴリ: 第11回
1.はじめに
著者らは,東京電力福島第一原子力発電所の事故発生当初から,事故解析と早期収束の提言を行ってきた(1).さらに,それらの事故解析を分かりやすく記述した小説も出版した(2). 東京電力株式会社(TEPCO)では事故当初から現在まで,非常用復水器(IC)が津波の後全く作動しなかったという前提で事故解析を行っている(3).また,政府事故調,及び民間事故調等でもIC は動いていなかったとしている. IC が動作しない事故シナリオは,当時の計測データや証言と比べると多くの矛盾が存在する.著者はIC が作動していたという仮定で解析を行い,事故当時の測定結果と矛盾しない事故シナリオを構築した(4), さらに,2号機の熱力学解析モデルを1号機に適用して, 事故当時の水位や圧力変化をほぼ記述できることを明らかにした(5). 本報では,まず原発事故当時の資料を見直してIC の挙動や原子炉パラメータの再検討を行う.さらに, TEPCO がIC が動いていないとする理由を再検証する. それらを踏まえて,1 号機の事後シナリオを再構築し, そのシナリオに従って,熱力学モデルによる事故解析を行う.
2.非常用復水器(IC)挙動の検証
本章では,IC の挙動について事故直後のデータを基にした再検証を行う.図1 は,1 号機のIC と逃がし安全弁(SRV)の概要を示したものである.通常運転では,RPV とIC を接続する4 つのモータ駆動弁(MOV)のうちMOV-3 のみを閉じて後の3 弁は開いた状態である.これらの弁は,電源が停止すると,その時の弁位置で停止する.1 号機は,2 系統のIC を備えており,スクラム直後AB2 系統のMOV-3 が開きIC が自動起動した.その後, 圧力容器(RPV)の温度低下が毎時55℃(100F)以上となったため,2 つのIC を起動10 分後に停止した.その後作業員がMOV-3B を閉じてA系のみのMOV-3Aのみの操作で,炉心を安定化させようとしていた.津波の直前はこのMOV-3A は閉じられていた. 津波が来たとき,政府事故調等では交流電源と直流 電源が遮断され直流電源の停止と同時に4 弁が電動モータにより遮断されたと記述されている.圧力容器(PCV)内側の弁は交流駆動であり,外側は直流駆動弁である.前者は全閉までに20 秒,後者は15 秒かかるとされている.最近のTEPCOの記録調査によると, ディーゼル発電機が停止する以前で津波到達直後の14 時36 分59 秒に交流電源が遮断されたことが明らかとなっている.この停電は津波による配電盤損傷が疑われる.直流電源はいつ停止したか不明であるが,直流電源が停止し「フェールセーフ信号」が出る前に交流電源が停止した結果,事故直後はMOV-1 とMOV-4 は開いていた可能性がある.直流電源がいつ停止したかは現時点では正確な情報がない.しかし,直流電源は低電のバッテリーなので,津波到来と共に瞬時に停電したとは考えにくい.事故直後の報告によると,直流電源が完全に遮断されておらず,15:42 時点でもHPCI の制御板がわずかに点灯していたという証言がある.15:50 頃に直流電源が枯渇して原子炉水位が計測できないという記述がある.以上からフェールセーフ信号が出ても,交流電源の停止によりMOV-1A とMOV-4A の閉鎖が間に合わなかった可能性が高い. その後の TEPCO による1 号機内部の観測で,2A 弁と2B 弁が全閉であることが明らかとなっている.当時の新聞報道によると2011年3 月20 日から24 日に中央制御室の電源が復旧したとされる.このことから, フェールセーフ信号が出たままの弁がその時の電源復旧で閉鎖した可能性も考えられる.事故当時交流モーター駆動弁MOV-1A とMOV-4A が開いていたとすると,作業員が自動車用バッテリーを繋ぐなどして直流電源を確保してMOV-3A の操作をしていたので,A系のIC が動作していた可能性が高い. 次に,A系IC の残留していた冷却水が,津波初期で停止した場合と一致する件について検証する.当時の原子力安全・保安院がTEPCO の資料を公開した.この資料に事故当時のファックスやプラントパラメータ原簿が掲載されている.この資料は,全てが公開されていないようであるが,3/12 0:30 のプラント関連パラメータ原簿(6)で,「IC 動作中IC(A)胴側に消火系で給水中」という記述がある.また,初期の政府報告(7)でも,「3/11 21:19 ディーゼル駆動消火ポンプ(D/D FP) Fig. 1 Structure of isolation condencers (ICs) , safty release valves (SRVs) and their valve arrengement in Unit 1 as of 2011, 3/11 18:20(9). - 77 -からIC への供給準備」,「21:35 D/D FP からIC へ供給中」,「3/12 0:30 IC(A)胴側に消火系で給水中」とある. つまりこのとき,図1 に示す消火系から,A系の冷却水が給水されていた可能性が高い.そうだとすると, 3/12 4:15 現在の報告で「IC(A)胴側に消火系給水は停止中」とされる時以前まで給水が継続しいた可能性が高い.TEPCO が想定した,IC(A)胴側の冷却水量がIC が初期に停止した推定と一致したことは偶然の一致だった可能性も考えられる. 一方,後日の政府事故調や国会事故調の聞き取りで は,このIC への給水が東電幹部に認識されていなかったと言われている.この様な,IC への給水記録が多数存在するのに,事故調の調査でこれらの事実が無視されている理由については明らかでない.また,上記パラメータ原簿(6)にもIC が稼働中であったことや,当時の作業員の目撃証言,特に3/11 21:30 のIC 動作確認では,蒸気と音を免震重要棟からも確認していること(3)から,IC は事故当初の報告通りに作動していた可能性が高い. 政府事故調では,免震重要棟の所長らが,IC が停止していたことを認識しなかったことを問題視しているが,IC からの蒸気発生確認証言やIC 胴部への給水が報告されている状態でIC が止まっていると考えるほうが難しかったと考えられる.また,政府事故調ではIC には全く給水していなかったとしている.これは, 事故当時の記録(6)や初期の政府報告(7)と矛盾する. TEPCO は,IC が正常に作動していなかった証拠として,MAAP などの解析と,3/11 21:51 頃の原子炉建屋(R/B)内の放射線の増加や,水位計の誤動作を挙げているが,それらについては,別報(8)で議論されているようにIC が動いていたとしても,説明がつくことが明らかとなった.むしろIC が作動していた方が,当時の水位計等の計測データを記述できることが別報の検証で明らかとなっている. 3.本報の事故シナリオによる解析 図2 と図3 は,本報の事故シナリオを仮定した場合の,熱力学モデルによるRPV とPVC の推定圧力と水位を当時の計測データと比較したものである.図3 中には,TEPCO の推定値(3)(シュラウド外側水位)と著者の前報(円山,2012a)で示した簡単なエネルギーバランスで計算した推定水位も記載している.本報の事故シナリオは,地震直後からRPV に小さな漏洩が生じ, 3/12 3:00 にPCV が,3/12 6:20 にRPV が破損したと仮定したものである.事故当初の記録(6)に基づき, 20:30 にはIC が動作したと仮定した.図2 を見ると, Fig. 2 Estimated water level in RPV according to the present scenario compared with measurements(9), previous report (4) and TEPCO’s estimation (3). - 78 -本シナリオは3/12 1:05 のD/W 圧力データ以外は良くあっている.この3/12 1:05 の圧力データは,事故当初のプラント関連パラメータ原簿(6)(では見つけられなかった.この関連パラメータ原簿は全て公開されていないようなので,全てのデータが公開されることが望まれる. 図 2 を見ると,RPV の初期漏洩は直径0.86cm 相当の亀裂を仮定するとPCV の圧力計測値と良く一致する. PCV は,3/12 3:00 に直径2.5cm相当の亀裂が生じたとした.後にRPV の破損に伴い内部の水蒸気がPCV に直接放出されるため,PCV の亀裂が直径約8cm に拡大したとすると計測値と良く合う.別報(8)の推定では,この破損箇所はSRV と併設されている安全弁が疑われる.この安全弁が破損するとRPV の蒸気は直接PCV に噴出する.3/12 3:00 のRPV 破損直後はPCV に過熱蒸気が吹き出すので,飽和蒸気を仮定した本モデルは適用できない.RPV の破損直径が約8cm とするとD/W の圧力計測値と整合する.図2 中には,前報(4)と同様に放出蒸気量から算出したPCV 破損直径推定値も記載しているが,3/11 3:00 以後,ベント時以外はその大きさは変化していない.3/12 14:26 のベントにより開口面積が直径10.5cm に増加した後で破断面積が元に戻ったとすると計測値を良く模擬する.15:36 の水素爆発前後でも破断面積が変わらないことから,PCV 破損部位は下部に存在すると推定される. RPV に高圧蒸気がある起動初期のIC の熱交換量は大きい.しかし,RPV 圧力が下がる(飽和蒸気温度が低下する)とともにIC の蒸気放出量は急激に低下する. このことは,IC 起動後暫くすると蒸気が見えなくなった(見えにくくなった)こととも符合する.本シナリオでは,3/12 3:00 にジルコニウムから放出された水素等で凝縮が阻害され,IC が停止したと仮定した.プラントパラメータ原簿(6)に「IC(A)胴側への給水は停止中」とある.それより以前にIC 胴部への給水がD/D ポンプ故障で止まっている.解析によると,3/12 3:00 までのIC(A系)の累計消費水量は約175t であり,IC の基準水量106t を越えているので,資料に記載の給水がなければ,本報のシナリオは成立しない.後日のIC 水位計の計測でA 系は65%の水量が残っているとTEPCO によって報告された.図3 に示すように,本解析ではIC 再起動の時すでに水位はTAF-1.3m程度になっており,燃料が一部蒸気中に露出している.このため,燃料棒から放出された放射性ガス(希ガス等)やジルカロイ反応の水素が,凝縮管に溜まり水蒸気が伝熱面に供給されなくなった結果,IC 胴部に冷却水が残っているのにIC が停止した可能性もある.IC の挙動Fig. 3 Measured and estimated vessel pressures according to the present scenario(9). - 79 -については,更なる検討と検証が必要である. 3:00 にIC が停止すると,RPV 圧力は急激に増大する.TEPCO の記録によると4:00 または5:45 頃にRPV に注水したとある.図3 のRPV 圧力では注水しても水は入らない.しかし,最新のTEPCO の検証(3)では,その水はバイパスしRPV に入らなかった可能性がある. 6:20 にRPVが破損すると急激に水位が低下する.この水位低下は計測値の水位低下時期と一致する.図2 によると,この頃RPV 内の蒸気は高圧になっている. また水位がTAF 以下になっているので蒸気はかなり高温になっていた可能性がある.また,この時間のRPV 破損を仮定すると,以後のPCV の圧力変化が説明できる. PCV は3/12 3:00 に内部の圧力上昇によって破損したと仮定した.それにともない,4:00 に正門付近の放射線量が急激に増大したことの説明がつく.また,報道によると4:00 に中央制御室の放射線が急激に増大したと伝えられている.前報(4)のように,4:00 にRPV が破損した可能性もある.6:20 以後,RPV の水位が急激に低下するので燃料棒のジルコニウム反応と燃料の融解が進み,反応した水素がPCV 下部の割れ目から放出し,PCV とR/B の隙間(5cm程度と言われている) を伝い,各種配管と建物の隙間を経由してR/B 上層階に蓄積した可能性が考えられる.この蓄積水素が15:36 に水素爆発したと考えられる. 図 2 によると,10:16 のベントはPCV 圧力変化には寄与していないと考えられる.しかし,周囲の放射線量が急増したことから,ある程度の蒸気放出はあったと考えられる.図5 に示すように,このベントをした時,燃料棒は完全に破損しているので水素や放射性ヨウ素・セシウムなどが大量に放出されたと推定される. 従って,ベント蒸気量は少なかったが,放射能放出は多かったと考えられる.14:26 のベント終了後D/W 圧力が上がっているが,この時給水が停止し,RPV がドライアウト状態になっていたと考えられる.この状態ではRPV の相平衡モデルは適用できないので注水停止中のD/W 圧力推定は正確ではないことに注意されたい. 図 3 の水位変化は,TEPCO(3)と前報(4)の水位推定の中間に位置している.IC の停止に伴いRPV 内部の圧力が上昇し,逃がし安全弁(SRV)が作動することによって水位が段階的に減少し,3/11 19:30 頃にTAF に達している.さらに,20:30 のIC 再稼働時には, TAF-1.3m 程度であり放射性ガスやヨウ素などが地震直後の漏洩箇所を通じてPCV に貯まったことが考えられる.一部の燃料棒ではジルコニウム反応も考えられる.この時期は,21:51 に原子炉建屋の放射線が増大し入室禁止になった次期と符合する.IC が作動すると水位は一定となり,RPV が破損する3/12 6:20 まで, 水位は一定を保っている.この水位変化は計測値と同様な傾向である.別報(8)によると,この時,燃料集合体内部の燃料棒によって沸騰が起こり,沸騰気泡が管路を埋め尽くすため,水面から1.3m 程度露出した燃料棒は気泡と接触していた可能性がある.従って,基準面器は水位低下した後で,その水位をある程度の保っていたことも考えられる.別報では,図3 の水位計計測結果の挙動を本シナリオに基づいて説明することができた.IC が作動しているとき,RPV の圧力は低くなっているので,図4 の3/12 2:45 のRPV 圧力データも説明できる. 本報では,3/12 6:20 にRPV が破損したと推定しているが,この時RPV 内には水が存在している.別報によると,RPV 上部の蒸気温度はかなり高温になっているので,蒸気の高温と図2 の高圧でRPV 上部とつながっている安全弁が破損した可能性がある. 本報では,8:00 にRPV の圧力が下がり,RPV の注水が出来たと推定した.ただし,消防車による注水の大部分はバイパスし(3),一部のみが注水されたとした. 別報の解析によるとその水量は0.5kg/s 以下であった. その後,16:00 頃にRPVが空だき状態になるので,新たにRPV の破損面積が増大したとした.この時の新しい破損面積の等価直径は7cm程度で,破損箇所はRPV 下部と推定される.そのために,RPV より燃料が漏れ出たと推定した.それに伴い,RPV の開口面積も増大したと仮定すると,その後の圧力を模擬できる. TEPCO は炉心にほとんど燃料が残っていない推定している(3)が,本報では,この時の燃料流出は,TEPCO の推定に比べて少ないと推定している.このことは,3 号機に比べて1 号機R/B の放射線量が少ないこととも符合する. 4.おわりに 本稿執筆現在,1 号機の内部状況は不明である.本論文- 80 -は公開データを基にしているので,著者の知り得ない種々のデータや目撃証言があると推察される.当時の計測データや証言を説明できる事故シナリオは多数考えられる.著者の知らないデータや事象によって,より確実な事故シナリオが存在する可能性もある.しかし,IC の挙動を含めて原子炉事故で起きた事実はただ1つである. 多くの研究者・技術者が自由な立場で議論し,原子炉事故の真相に迫り,今後の事故防止に資することが我々の使命であると考えられる. なお,本稿の詳細は日本機械学会論文集(9)に投稿中である. 参考文献[1] 圓山,小宮,岡島研究室,福島第一原子力発電所事故の熱解析と収束プランの提案, 東北大学流体科学研究所,available from< http://www.ifs.tohoku.ac.jp/ ~maru/atom/index.html>, (2011-2014), [2] 圓山翠陵,小説 FUKUSHIMA, (2012) , 養賢堂. [3] TEPCO(東京電力株式会社),福島第一原子力発電所1~3 号機の炉心・格納容器の状態の推定と未解明問題に関する検討第 1 回進捗報告”,東京電力株式会社,平成25 年12 月13 日 (2013). [4] 円山重直, 福島第一原子力発電所1 号機事故の熱流動現象の推定―非常用復水器が作動していた場合―,
[5] 円山重直,福島第一原子力発電所1号機事故の熱流動現象推定(熱力学モデルによる事故シナリオの検証),第50 回日本伝熱シンポジウム講演論文集,Vol. I, (2013), pp.106-107. [6] 原子力安全・保安院(NISA),プラント関連パラメータ原簿, 東京電力株式会社から送付された原子力災害対策特別措置法第10 条に基づく通報資料等の公表について,原子力安全・保安院, 2011 年6 月24 日(2011). [7] 日本政府,原子力安全に関するIAEA 閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原子力発電所の事故について-,平成23 年6 月,原子力災害対策本部,(2011). [8] 円山重直,福島第一原子力発電所1 号機事故の熱流動現象推定(熱工学モデルによる水位計の挙動), 第51 回日本伝熱シンポジウム講演論文集,A221, (2014). [9] 円山重直,福島第一原子力発電所1 号機事故の熱流動現象推定(熱力学モデルによる非常用凝縮器(IC) の挙動)、日本機械学会論文集,(2014), (投稿中). - 81 -
“ “熱力学モデルによる福島第一原子力発電所1 号機 非常用凝縮器(IC)挙動の推定 (それでもIC は動いていた) “ “円山 重直,Shigenao MARUYAMA
著者らは,東京電力福島第一原子力発電所の事故発生当初から,事故解析と早期収束の提言を行ってきた(1).さらに,それらの事故解析を分かりやすく記述した小説も出版した(2). 東京電力株式会社(TEPCO)では事故当初から現在まで,非常用復水器(IC)が津波の後全く作動しなかったという前提で事故解析を行っている(3).また,政府事故調,及び民間事故調等でもIC は動いていなかったとしている. IC が動作しない事故シナリオは,当時の計測データや証言と比べると多くの矛盾が存在する.著者はIC が作動していたという仮定で解析を行い,事故当時の測定結果と矛盾しない事故シナリオを構築した(4), さらに,2号機の熱力学解析モデルを1号機に適用して, 事故当時の水位や圧力変化をほぼ記述できることを明らかにした(5). 本報では,まず原発事故当時の資料を見直してIC の挙動や原子炉パラメータの再検討を行う.さらに, TEPCO がIC が動いていないとする理由を再検証する. それらを踏まえて,1 号機の事後シナリオを再構築し, そのシナリオに従って,熱力学モデルによる事故解析を行う.
2.非常用復水器(IC)挙動の検証
本章では,IC の挙動について事故直後のデータを基にした再検証を行う.図1 は,1 号機のIC と逃がし安全弁(SRV)の概要を示したものである.通常運転では,RPV とIC を接続する4 つのモータ駆動弁(MOV)のうちMOV-3 のみを閉じて後の3 弁は開いた状態である.これらの弁は,電源が停止すると,その時の弁位置で停止する.1 号機は,2 系統のIC を備えており,スクラム直後AB2 系統のMOV-3 が開きIC が自動起動した.その後, 圧力容器(RPV)の温度低下が毎時55℃(100F)以上となったため,2 つのIC を起動10 分後に停止した.その後作業員がMOV-3B を閉じてA系のみのMOV-3Aのみの操作で,炉心を安定化させようとしていた.津波の直前はこのMOV-3A は閉じられていた. 津波が来たとき,政府事故調等では交流電源と直流 電源が遮断され直流電源の停止と同時に4 弁が電動モータにより遮断されたと記述されている.圧力容器(PCV)内側の弁は交流駆動であり,外側は直流駆動弁である.前者は全閉までに20 秒,後者は15 秒かかるとされている.最近のTEPCOの記録調査によると, ディーゼル発電機が停止する以前で津波到達直後の14 時36 分59 秒に交流電源が遮断されたことが明らかとなっている.この停電は津波による配電盤損傷が疑われる.直流電源はいつ停止したか不明であるが,直流電源が停止し「フェールセーフ信号」が出る前に交流電源が停止した結果,事故直後はMOV-1 とMOV-4 は開いていた可能性がある.直流電源がいつ停止したかは現時点では正確な情報がない.しかし,直流電源は低電のバッテリーなので,津波到来と共に瞬時に停電したとは考えにくい.事故直後の報告によると,直流電源が完全に遮断されておらず,15:42 時点でもHPCI の制御板がわずかに点灯していたという証言がある.15:50 頃に直流電源が枯渇して原子炉水位が計測できないという記述がある.以上からフェールセーフ信号が出ても,交流電源の停止によりMOV-1A とMOV-4A の閉鎖が間に合わなかった可能性が高い. その後の TEPCO による1 号機内部の観測で,2A 弁と2B 弁が全閉であることが明らかとなっている.当時の新聞報道によると2011年3 月20 日から24 日に中央制御室の電源が復旧したとされる.このことから, フェールセーフ信号が出たままの弁がその時の電源復旧で閉鎖した可能性も考えられる.事故当時交流モーター駆動弁MOV-1A とMOV-4A が開いていたとすると,作業員が自動車用バッテリーを繋ぐなどして直流電源を確保してMOV-3A の操作をしていたので,A系のIC が動作していた可能性が高い. 次に,A系IC の残留していた冷却水が,津波初期で停止した場合と一致する件について検証する.当時の原子力安全・保安院がTEPCO の資料を公開した.この資料に事故当時のファックスやプラントパラメータ原簿が掲載されている.この資料は,全てが公開されていないようであるが,3/12 0:30 のプラント関連パラメータ原簿(6)で,「IC 動作中IC(A)胴側に消火系で給水中」という記述がある.また,初期の政府報告(7)でも,「3/11 21:19 ディーゼル駆動消火ポンプ(D/D FP) Fig. 1 Structure of isolation condencers (ICs) , safty release valves (SRVs) and their valve arrengement in Unit 1 as of 2011, 3/11 18:20(9). - 77 -からIC への供給準備」,「21:35 D/D FP からIC へ供給中」,「3/12 0:30 IC(A)胴側に消火系で給水中」とある. つまりこのとき,図1 に示す消火系から,A系の冷却水が給水されていた可能性が高い.そうだとすると, 3/12 4:15 現在の報告で「IC(A)胴側に消火系給水は停止中」とされる時以前まで給水が継続しいた可能性が高い.TEPCO が想定した,IC(A)胴側の冷却水量がIC が初期に停止した推定と一致したことは偶然の一致だった可能性も考えられる. 一方,後日の政府事故調や国会事故調の聞き取りで は,このIC への給水が東電幹部に認識されていなかったと言われている.この様な,IC への給水記録が多数存在するのに,事故調の調査でこれらの事実が無視されている理由については明らかでない.また,上記パラメータ原簿(6)にもIC が稼働中であったことや,当時の作業員の目撃証言,特に3/11 21:30 のIC 動作確認では,蒸気と音を免震重要棟からも確認していること(3)から,IC は事故当初の報告通りに作動していた可能性が高い. 政府事故調では,免震重要棟の所長らが,IC が停止していたことを認識しなかったことを問題視しているが,IC からの蒸気発生確認証言やIC 胴部への給水が報告されている状態でIC が止まっていると考えるほうが難しかったと考えられる.また,政府事故調ではIC には全く給水していなかったとしている.これは, 事故当時の記録(6)や初期の政府報告(7)と矛盾する. TEPCO は,IC が正常に作動していなかった証拠として,MAAP などの解析と,3/11 21:51 頃の原子炉建屋(R/B)内の放射線の増加や,水位計の誤動作を挙げているが,それらについては,別報(8)で議論されているようにIC が動いていたとしても,説明がつくことが明らかとなった.むしろIC が作動していた方が,当時の水位計等の計測データを記述できることが別報の検証で明らかとなっている. 3.本報の事故シナリオによる解析 図2 と図3 は,本報の事故シナリオを仮定した場合の,熱力学モデルによるRPV とPVC の推定圧力と水位を当時の計測データと比較したものである.図3 中には,TEPCO の推定値(3)(シュラウド外側水位)と著者の前報(円山,2012a)で示した簡単なエネルギーバランスで計算した推定水位も記載している.本報の事故シナリオは,地震直後からRPV に小さな漏洩が生じ, 3/12 3:00 にPCV が,3/12 6:20 にRPV が破損したと仮定したものである.事故当初の記録(6)に基づき, 20:30 にはIC が動作したと仮定した.図2 を見ると, Fig. 2 Estimated water level in RPV according to the present scenario compared with measurements(9), previous report (4) and TEPCO’s estimation (3). - 78 -本シナリオは3/12 1:05 のD/W 圧力データ以外は良くあっている.この3/12 1:05 の圧力データは,事故当初のプラント関連パラメータ原簿(6)(では見つけられなかった.この関連パラメータ原簿は全て公開されていないようなので,全てのデータが公開されることが望まれる. 図 2 を見ると,RPV の初期漏洩は直径0.86cm 相当の亀裂を仮定するとPCV の圧力計測値と良く一致する. PCV は,3/12 3:00 に直径2.5cm相当の亀裂が生じたとした.後にRPV の破損に伴い内部の水蒸気がPCV に直接放出されるため,PCV の亀裂が直径約8cm に拡大したとすると計測値と良く合う.別報(8)の推定では,この破損箇所はSRV と併設されている安全弁が疑われる.この安全弁が破損するとRPV の蒸気は直接PCV に噴出する.3/12 3:00 のRPV 破損直後はPCV に過熱蒸気が吹き出すので,飽和蒸気を仮定した本モデルは適用できない.RPV の破損直径が約8cm とするとD/W の圧力計測値と整合する.図2 中には,前報(4)と同様に放出蒸気量から算出したPCV 破損直径推定値も記載しているが,3/11 3:00 以後,ベント時以外はその大きさは変化していない.3/12 14:26 のベントにより開口面積が直径10.5cm に増加した後で破断面積が元に戻ったとすると計測値を良く模擬する.15:36 の水素爆発前後でも破断面積が変わらないことから,PCV 破損部位は下部に存在すると推定される. RPV に高圧蒸気がある起動初期のIC の熱交換量は大きい.しかし,RPV 圧力が下がる(飽和蒸気温度が低下する)とともにIC の蒸気放出量は急激に低下する. このことは,IC 起動後暫くすると蒸気が見えなくなった(見えにくくなった)こととも符合する.本シナリオでは,3/12 3:00 にジルコニウムから放出された水素等で凝縮が阻害され,IC が停止したと仮定した.プラントパラメータ原簿(6)に「IC(A)胴側への給水は停止中」とある.それより以前にIC 胴部への給水がD/D ポンプ故障で止まっている.解析によると,3/12 3:00 までのIC(A系)の累計消費水量は約175t であり,IC の基準水量106t を越えているので,資料に記載の給水がなければ,本報のシナリオは成立しない.後日のIC 水位計の計測でA 系は65%の水量が残っているとTEPCO によって報告された.図3 に示すように,本解析ではIC 再起動の時すでに水位はTAF-1.3m程度になっており,燃料が一部蒸気中に露出している.このため,燃料棒から放出された放射性ガス(希ガス等)やジルカロイ反応の水素が,凝縮管に溜まり水蒸気が伝熱面に供給されなくなった結果,IC 胴部に冷却水が残っているのにIC が停止した可能性もある.IC の挙動Fig. 3 Measured and estimated vessel pressures according to the present scenario(9). - 79 -については,更なる検討と検証が必要である. 3:00 にIC が停止すると,RPV 圧力は急激に増大する.TEPCO の記録によると4:00 または5:45 頃にRPV に注水したとある.図3 のRPV 圧力では注水しても水は入らない.しかし,最新のTEPCO の検証(3)では,その水はバイパスしRPV に入らなかった可能性がある. 6:20 にRPVが破損すると急激に水位が低下する.この水位低下は計測値の水位低下時期と一致する.図2 によると,この頃RPV 内の蒸気は高圧になっている. また水位がTAF 以下になっているので蒸気はかなり高温になっていた可能性がある.また,この時間のRPV 破損を仮定すると,以後のPCV の圧力変化が説明できる. PCV は3/12 3:00 に内部の圧力上昇によって破損したと仮定した.それにともない,4:00 に正門付近の放射線量が急激に増大したことの説明がつく.また,報道によると4:00 に中央制御室の放射線が急激に増大したと伝えられている.前報(4)のように,4:00 にRPV が破損した可能性もある.6:20 以後,RPV の水位が急激に低下するので燃料棒のジルコニウム反応と燃料の融解が進み,反応した水素がPCV 下部の割れ目から放出し,PCV とR/B の隙間(5cm程度と言われている) を伝い,各種配管と建物の隙間を経由してR/B 上層階に蓄積した可能性が考えられる.この蓄積水素が15:36 に水素爆発したと考えられる. 図 2 によると,10:16 のベントはPCV 圧力変化には寄与していないと考えられる.しかし,周囲の放射線量が急増したことから,ある程度の蒸気放出はあったと考えられる.図5 に示すように,このベントをした時,燃料棒は完全に破損しているので水素や放射性ヨウ素・セシウムなどが大量に放出されたと推定される. 従って,ベント蒸気量は少なかったが,放射能放出は多かったと考えられる.14:26 のベント終了後D/W 圧力が上がっているが,この時給水が停止し,RPV がドライアウト状態になっていたと考えられる.この状態ではRPV の相平衡モデルは適用できないので注水停止中のD/W 圧力推定は正確ではないことに注意されたい. 図 3 の水位変化は,TEPCO(3)と前報(4)の水位推定の中間に位置している.IC の停止に伴いRPV 内部の圧力が上昇し,逃がし安全弁(SRV)が作動することによって水位が段階的に減少し,3/11 19:30 頃にTAF に達している.さらに,20:30 のIC 再稼働時には, TAF-1.3m 程度であり放射性ガスやヨウ素などが地震直後の漏洩箇所を通じてPCV に貯まったことが考えられる.一部の燃料棒ではジルコニウム反応も考えられる.この時期は,21:51 に原子炉建屋の放射線が増大し入室禁止になった次期と符合する.IC が作動すると水位は一定となり,RPV が破損する3/12 6:20 まで, 水位は一定を保っている.この水位変化は計測値と同様な傾向である.別報(8)によると,この時,燃料集合体内部の燃料棒によって沸騰が起こり,沸騰気泡が管路を埋め尽くすため,水面から1.3m 程度露出した燃料棒は気泡と接触していた可能性がある.従って,基準面器は水位低下した後で,その水位をある程度の保っていたことも考えられる.別報では,図3 の水位計計測結果の挙動を本シナリオに基づいて説明することができた.IC が作動しているとき,RPV の圧力は低くなっているので,図4 の3/12 2:45 のRPV 圧力データも説明できる. 本報では,3/12 6:20 にRPV が破損したと推定しているが,この時RPV 内には水が存在している.別報によると,RPV 上部の蒸気温度はかなり高温になっているので,蒸気の高温と図2 の高圧でRPV 上部とつながっている安全弁が破損した可能性がある. 本報では,8:00 にRPV の圧力が下がり,RPV の注水が出来たと推定した.ただし,消防車による注水の大部分はバイパスし(3),一部のみが注水されたとした. 別報の解析によるとその水量は0.5kg/s 以下であった. その後,16:00 頃にRPVが空だき状態になるので,新たにRPV の破損面積が増大したとした.この時の新しい破損面積の等価直径は7cm程度で,破損箇所はRPV 下部と推定される.そのために,RPV より燃料が漏れ出たと推定した.それに伴い,RPV の開口面積も増大したと仮定すると,その後の圧力を模擬できる. TEPCO は炉心にほとんど燃料が残っていない推定している(3)が,本報では,この時の燃料流出は,TEPCO の推定に比べて少ないと推定している.このことは,3 号機に比べて1 号機R/B の放射線量が少ないこととも符合する. 4.おわりに 本稿執筆現在,1 号機の内部状況は不明である.本論文- 80 -は公開データを基にしているので,著者の知り得ない種々のデータや目撃証言があると推察される.当時の計測データや証言を説明できる事故シナリオは多数考えられる.著者の知らないデータや事象によって,より確実な事故シナリオが存在する可能性もある.しかし,IC の挙動を含めて原子炉事故で起きた事実はただ1つである. 多くの研究者・技術者が自由な立場で議論し,原子炉事故の真相に迫り,今後の事故防止に資することが我々の使命であると考えられる. なお,本稿の詳細は日本機械学会論文集(9)に投稿中である. 参考文献[1] 圓山,小宮,岡島研究室,福島第一原子力発電所事故の熱解析と収束プランの提案, 東北大学流体科学研究所,available from< http://www.ifs.tohoku.ac.jp/ ~maru/atom/index.html>, (2011-2014), [2] 圓山翠陵,小説 FUKUSHIMA, (2012) , 養賢堂. [3] TEPCO(東京電力株式会社),福島第一原子力発電所1~3 号機の炉心・格納容器の状態の推定と未解明問題に関する検討第 1 回進捗報告”,東京電力株式会社,平成25 年12 月13 日 (2013). [4] 円山重直, 福島第一原子力発電所1 号機事故の熱流動現象の推定―非常用復水器が作動していた場合―,
[5] 円山重直,福島第一原子力発電所1号機事故の熱流動現象推定(熱力学モデルによる事故シナリオの検証),第50 回日本伝熱シンポジウム講演論文集,Vol. I, (2013), pp.106-107. [6] 原子力安全・保安院(NISA),プラント関連パラメータ原簿, 東京電力株式会社から送付された原子力災害対策特別措置法第10 条に基づく通報資料等の公表について,原子力安全・保安院, 2011 年6 月24 日(2011). [7] 日本政府,原子力安全に関するIAEA 閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原子力発電所の事故について-,平成23 年6 月,原子力災害対策本部,(2011). [8] 円山重直,福島第一原子力発電所1 号機事故の熱流動現象推定(熱工学モデルによる水位計の挙動), 第51 回日本伝熱シンポジウム講演論文集,A221, (2014). [9] 円山重直,福島第一原子力発電所1 号機事故の熱流動現象推定(熱力学モデルによる非常用凝縮器(IC) の挙動)、日本機械学会論文集,(2014), (投稿中). - 81 -
“ “熱力学モデルによる福島第一原子力発電所1 号機 非常用凝縮器(IC)挙動の推定 (それでもIC は動いていた) “ “円山 重直,Shigenao MARUYAMA