熱力学モデルによる福島第一原子力発電所3 号機高圧注水系(HPCI)挙動の推定
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カテゴリ: 第11回
1.はじめに
東京電力(TEPCO)の報告書や政府事故調では,高圧注水系(HPCI)が手動停止されるまで原子炉圧力容器(RPV)内は正常な水位を保ち,それを原発作業員が手動停止させたことが3 号機の破壊を決定づけたとしている. 著者らは,東京電力福島第一原子力発電所の事故発生当初から,事故解析と早期収束の提言を行ってきた(1),(2).著者は前報(3)でHPCI は3 月12 日18:30 頃に機能不全に陥り注水が停止したにもかかわらず蒸気が逆流し水位が低下したと推定した.もしそれが正しければ, 作業員がHPCI を手動停止してもしなくても原子炉破壊のシナリオは大きく変わらなかった可能性があると指摘した.しかし,前報(3)では,HPCI 手動停止時のRPV 水位については比較的簡単な熱力学計算で導出しているため,事故シナリオの記述に曖昧な点もあった.本報では,HPCI の挙動を詳細に検討し,HPCI のタービンが停止したときに,RPV の蒸気が停止しているタービンを経由してサプレッションチャンバー(S/C) で凝縮するというシナリオを設定し,事故当時の事故 シナリオが記述できることを示した.この場合でも, 前報(3)と同様に,TEPCO の作業員がHPCI を手動停止させたことは原子炉破壊の決定的要因ではないことが示された.
2.HPCI の構造と挙動推定
3 号機HPCI の挙動を検討する前に隔離時冷却系(RCIC)とHPCI の一般的挙動について検討する.図1 は,2011年3 月12 日12:30 現在の3 号機の現状とHPCI の概要を示したものである.なお,RCIC も図1 のHPCI と同様な構造である.どちらもRPV の高圧蒸気でタービンを回し,その動力で復水貯蔵タンク(CST)またはS/C の水を高圧ポンプでRPV内に注入するシステムである.タービンを駆動した蒸気は,S/C で凝縮し水となるため,S/C の温度が上昇する.HPCI もRCIC もスクラム(原子炉緊急停止)直後以外は,注水能力は崩壊熱発生量より多いために水位が上昇し,RPV 水位高の信号により全ての直流モーター駆動弁が閉鎖される. その後,RPV 内圧力が上昇し7.37 MPa 以上で,逃がし安全弁(SRV)が作動し蒸気をS/C に放出するため
に,水位が低下する.RPV内水位が有効燃料頂部(TAF) よりTAF+2.95m でHPCI が自動起動するように設定されている.つまり,直流電源が正常なときの緊急冷却はRCIC またはHPCI の間欠運転とSRV の作動によって炉心を冷却する.高温になったS/C 内の水は,通常時は残留熱除去系(RHR)により海水で冷却されて,原子炉を安定状態に導く.しかし,事故当時は津波でRHR の海水ポンプが破壊されたことと,交流電源の遮断でRHR が作動しなかった. HPCI とRICI は共にRPV と格納容器(PCV)の圧力差1.03MPa から7.74MPa で動作するよう設計されている. HPCI の注水能力は初期崩壊熱に対応できるよう十分な能力を持っている.つまり定格注水能力はRCIC で毎時97 トン,HPCI で毎時965 トンである.特にHPCI の注水能力はRPV の水位を1 時間で約40m上昇させるもので, 本来HPCI は事故後かなりたってからの運用は想定されていないようである.3 号機の場合,RCIC,HPCI 共にRPV への水源は復水貯蔵タンク(CST)から供給されていた. 2011 年3 月11 日15:37 に津波が到達したとき,3 号機の交流電源は停止したが,直流電源のバッテリーは冠水をのがれ正常に作動していた.津波後は同16:03 にRCIC を手動起動した.つまり,RPV 内の水位高(TAF+5.653m) でRCIC が自動停止すると全てのモーター駆動バルブが自動で閉じる.その後RPV 圧力が上昇することからSRV が作動して水位が低下する.この自動間欠運転が3 月12 日11:36 まで継続したと考えられる.このとき崩壊熱による全てのエネルギーはS/C に放出される.しかし,RHR が作動しなかったので,S/C 内の温度と圧力は上昇し続けた.このRCICは何らかの理由で12 日11:36 に停止した. 直流電源の枯渇が考えられる.その後,RPV の圧力が上昇し,水位低下によりHPCI が同12:35 に自動起動した. 11:36 にRCIC が停止したとき,RCIC の自動開閉が止まるほど直流電力は低下していたと考えられる.そこでRCIC の約10 倍の能力のあるHPCI が起動したことにより,それを駆動する直流モーター駆動弁(MOV)が電力を急速に消耗したことは十分に考えられる.その後RPV の水位が高くなりHPCI が停止しても関連バルブが開いたままになっていたことが想定される.このHPCI とRCIC に使用されているバルブは直流モーター駆動弁である.このバルブは,電源が枯渇すると,その時の弁開度で停止するものである.一般にHPCI のタービン側のバルブは蒸気用バルブであり,同ポンプ側の水用バルブに比べると大型で電力の消耗も激しいため,タービン側のバルブが早期に動作不能になったことも考えられる. Fig. 1 Schematics of High Pressure Coolant Injection System (HPCI) and Suppression Chamber(S/C)Spray System of Unit 3, as of March 12, 2011, 12:30(5). - 83 -図2 に示すように,HPCI 起動直後にRPV の圧力は急激に低下している.この状態ではSRV は動かないので,HPCI は正常な作動をしていないと考えられる. つまり,HPCI が作動しポンプによるRPV 注水により水位が上昇すると,HPCI は停止するが,バルブは開いたままなので蒸気はSRV ではなく,HPCI のタービン経由でS/C に流れたと考えると当時の水位データと圧力データの説明ができる. HPCI はRPV とPCV の圧力差1.03MPa 以下での動作は設計外である.前報(3)では,HPCI が動作圧不足で停止したと推定される3 月12 日19:00 からHPCI の逆流が発生したと仮定した. 3 月11 日12:35 現在の水位と主蒸気バルブ,給水パイプの位置関係を示す図1 を参照すると,HPCI 起動時は水位が高いので,ポンプからRPV に水を供給する給水パイプはその時水没しており,蒸気が逆流することができないことが明らかになった. この矛盾を解決するために,本報では,HPCI とポンプが停止したと予想される3 月12 日19:00 から, HPCI のタービン系統のバルブが開いたままでS/C に蒸気が漏れ続けたと仮定した.この仮定は,12:35 にHPCI が起動した後でもタービン側のバルブが開いたままになっていて,SRV が働かなくとも圧力が低下した事実と矛盾しない.このときには,ポンプは停まっているのでRPV 水位は低下を続けることになる. 政府事故調の最終報告書によると,3 号機はS/C へ水を注入するスプレイ冷却を3 月12 日12:06 から実施したとしている.この時間におけるスプレイの実施は, 初期のTEPCO 事故報告書(4)には全く記載されていなかった.このスプレイの記述は,著者の知る限り政府事故調中間報告書の記述に初めて現れる.後述する図2 のPCV 圧力の計測データに示されるように,S/C スプレイ直後からPCV の圧力は下がり始めるので,本報ではTEPCO や政府事故調の後日の聞き取り調査の結果を信用し,非常用ディーゼルポンプによるスプレイ冷却を実施したと仮定した. S/C スプレイが正常に働いた場合の水量は53kg/s であり,十分大きいので,比較的大量の水がPCV に注入されたとした. TEPCO によると,S/C スプレイは3 月12 日12:06 に開始され,3 月13 日3:05 に停止されたとされている.その後同5:08 に再開され同7:43 に停止した.また,D/W へのスプレイ冷却がS/C スプレイが停止する直前の同7:43 に開始され8:40 に停止したとされている. 3.本報の事故シナリオによる熱流動解析 図2 は,本報の事故シナリオに基づくRPV とPCV の圧力変化を実測値と比較したものである.実測値には東電発表のプラントパラメータ (図中の記号Measured)の他に原子力・安全保安員が公表したプラントパラメータ原簿(以後「プラントパラメータ原簿」とFig. 2 Accident analysis of vessel pressures based on the scenario of Table 3, and comparison with measured pressure data of RPV and PCV(5). - 84 -記す)からデータを拾い集めて加えてある(図中の記号From Original Sheets).図中の3 月12 日22:00 におけるD/W 圧力データは2 点あるが,どうも低い方の圧力データは書き間違いだったようで,3 月13 日未明に訂正されている.当時の混乱でデータの書き間違え等もあったと推察される.図を見ると,本報の解析は計測データと良く一致することが分かる. 図 2 を見ると,RCIC が動作しているときは海水のトーラス室への海水流入を仮定することによって3 月12日12:00頃までのPCV圧力データを良く記述している.本解析では,3 月12 日9:30 頃には津波によるトーラス室の海水は沸騰していたことになる.3 月12 日12:35 にHPCI が起動した後HPCI が間欠的に作動し, RPV に注水しているが,HPCI のポンプによる注水停止時にMOV が閉まらないために蒸気がタービンから漏れてRPV の圧力は急激に減少する.このときHPCI の等価開口直径を6.5 cm HPCI d = とするとRPV の計測データと良く一致する.3 月12 日19:00 にHPCI のタービンが停止すると,そこから蒸気が定常的に漏れ続けるのでRPV の圧力はさらに低下する.その時の等価開口直径を9.0cm とすると計測値と良く一致する.3 月13 日2:42 にHPCI が手動停止され,全てのバルブが閉鎖されRPV が隔離されると圧力が急上昇する.その変化は実測値と良く一致する.5:05 にRPV が高圧となりSRV から蒸気が放出されRPV 水位が低下する. この変化も実測圧力データと一致する. 本解析では, 3 月13 日8:55 にRPV が破壊したと仮定した.その時破壊した開口直径を18 cm RPV d = とすると,破壊直後の圧力データと比較的良く一致する. 前報で示したように,当時の放射線強度の変化とも矛盾しない.TEPCO が仮定しているようにSRV が9:08 に作動したとするシナリオでは,RPV の計測データを記述できない.RPV 破壊後の解析は,前報(3)と同様の断熱膨張モデルを使用した.ただし,この時点ではRPV 水位は有効燃料棒底部(BAF)より下がっており, 放出蒸気は高温の過熱蒸気となっているため,飽和蒸気の放出を仮定したモデルはRPV 圧力変化を過小評価することに注意する. 3 月12 日12:06 にS/C にスプレイを開始した.この流量をm. SPRAY = 35 kg/sとすると,PCVの実測データと 一致する.このとき,トーラス室の海水とS/C 間の熱交換とS/CスプレイによりPCVの圧力は徐々に低下している.HPCI 停止後3 月13 日4:55 にSRV が作動し, 蒸気がS/C に吹き込むとPCV 圧力が増大するが,その推測値は実測データと異なっている.このとき炉心の核燃料はむき出しになっており,放出蒸気は飽和蒸気でなく,かなり高温の過熱蒸気だったと推定される. そのため,相平衡を仮定している本報の熱力学的モデルはPCV の圧力上昇を過小評価しているとも考えられる. Fig. 3 Accident analysis of water level of RPV based on the scenario(5), and comparison with measured data and the previous estimation(3). - 85 -図3 は,RPV 内水位の変化について本報の事故シナリオと計測データを比較したものである.図中には前報(3)で示した崩壊熱と水の蒸発による簡単なエネルギーバランスで推定した水位の変化も記入してある. 東電発表のプラントパラメータには燃料域(図中Measured, Fuel Region (A))の水位計データのみが記載されているので13 日5:00 時以後のデータしかない. そこで,プラントパラメータ原簿から広帯域水位計の水位データ(図中Measured, Wide Range)を拾い集めて燃料域水位に換算して加えてある.広帯域水位計の下部圧力孔はTAF に設定してあると推定されるためTAF 近傍またはTAF 以下の水位データは信用できないと考えられる. 3 月13 日5:00 以後のプラントパラメータによる3 号機の燃料域水位データは,図3 に示すようにTAF に達してからかなり時間がたった後での水位データなので,基準面器の水が蒸発することにより正しい値を示していないと考えられる.その時刻の広帯域水位計の値も正しい値を示していない. 本解析と,RCIC 停止直後の水位データは比較的良く一致する.RCIC 停止直後からHPCI の自動起動までに水位が低下しているが,本報の推定ではHPCI 起動時の水位はTAF+2.8m である.これは,TAF+2.95mで自動的に起動するよう設定しているHPCI の動作と良く一致する. HPCI が給水を停止する3 月12 日18:30 頃からRPV の水位は急速に低下する.この時の推定水位と実測値は一致していない.このときは,直流電源低下で測定が不安定だったと報告されている.当時の当直引き継ぎ日誌別紙によると,20:37 に水位計の直流電源が完全に枯渇し,直前の計測値は,燃料域(A 系)水位計でTAF+400mm,また広帯域水位計ではTAF+5.52mと報告されており,不安定な値だったとも推測される.3 月12日18:30 以後の水位データと本解析の不一致は今後の検証が必要である. 3 月13 日2:42 にHPCI が手動停止されRPV が隔離された後,RPV の圧力は急激に上がり,4:55 頃にRPV 圧力高によりSRV が作動するが,図4 に示す本解析モデルはこれを良く記述している.このときHPCI 起動時に288ton あったRPV 内の水は130ton に減少していると推定される. 図 3 の水位推定が正しければ,政府事故調で3 号機破壊の原因とされたHPCI を手動停止した行為は,結果的にRPV の破壊を2 時間程度遅らせたことになる. もしHPCIを手動停止しなければRPVはもっと早くに水位低下が起こり,もっと早期にRPV 破壊を起こしたと考えられる.つまり,HPCI の手動停止は3 号機の破壊に決定的な影響は与えなかったと考えられる. 図 3 に示すように,前報(3)で推定したRPV 破壊時刻の3 月13 日8:55 頃にはRPV 内の水は約4.7ton で,ほとんど水は残っていなかったと推定される.このとき, 溶け落ちた燃料でRPV が破壊し,その燃料がRPV 外に流出したことは十分考えられる.従って,RPV の破壊位置はRPV底部と推定され開口面積も3機の原子炉の中で一番大きいと予想される.この推定は前報(3)と同様である.このことは,2013 年10 月現在で,3 号機周りの放射能汚染が激しく原子炉に近づけないこととも符合する.TEPCO の推定(4)では,3 号機のRPV 損傷は14 日8:40 頃で,燃料はほとんどRPV 内にあると予想したが,この予想は3 号機の現状や本解析とは異なっている.2012 年7 月23 日に発表された政府事故調の最終報告書では,3 月13 日6:30~9:10 にRPV が破壊した可能性を指摘しているが,具体的な解析データを示していない.著者が8:55 に破壊を予想した論文(3)は,2012 年5 月4 日に投稿されている.また,この論文の基本となる考え方は2011 年10 月に公開されている(1). 4.おわりに 福島第一原子力発電所3 号機について,容器内の蒸気と水が相平衡を維持するとした熱力学的モデルを構築し,原子炉内の熱流動現象の推定を行った.以下に得られた結果の概要を述べる. (1) 2011 年3月11日15:37 の津波到来時に原子炉建屋地下にあるS/C が設置されているトーラス室が浸水し,S/C と侵入海水とが熱交換を行っていたと仮定すると,格納容器の圧力データが説明できる. (2) 3 月12 日12:35 にHPCI が自動起動したとき, タービン側のMOV が開いたままになっており, RPV内の蒸気がS/Cに凝縮し続けていたとすると, HPCI 起動後の圧力データが説明できる. (3) HPCI が設計動作圧を外れる19:00 頃にHPCI の注水が止まり,RPV 内の水位低下が始まったとすると,その後の原子炉挙動が説明できる. なお,本稿の詳細は日本機械学会論文集(5)に掲載予- 86 -定である. 参考文献[1] 圓山,小宮,岡島研究室,福島第一原子力発電所事故の熱解析と収束プランの提案, 東北大学流体科学研究所, < http://www.ifs.tohoku.ac.jp/~maru/atom/ index.html>, (2011-2014). [2] 圓山翠陵,小説FUKUSHIMA, (2012) , 養賢堂. [3] 円山重直, 福島第一源力発電所3 号機事故の熱流動現象の推定―高圧注水系(HPCI)が途中で止まった
[4] TEPCO(東京電力株式会社),福島原子力事故調査報告書(中間報告書),東京電力株式会社,平成23 年12 月2 日(2011). [5] 円山重直、福島第一原子力発電所3 号機事故の熱流動現象推定(熱力学モデルによる高圧注水系(HPCI) の挙動),日本機械学会論文集,(2014), (掲載予定). - 87 -
“ “熱力学モデルによる福島第一原子力発電所3 号機高圧注水系(HPCI)挙動の推定 “ “円山 重直,Shigenao MARUYAMA
東京電力(TEPCO)の報告書や政府事故調では,高圧注水系(HPCI)が手動停止されるまで原子炉圧力容器(RPV)内は正常な水位を保ち,それを原発作業員が手動停止させたことが3 号機の破壊を決定づけたとしている. 著者らは,東京電力福島第一原子力発電所の事故発生当初から,事故解析と早期収束の提言を行ってきた(1),(2).著者は前報(3)でHPCI は3 月12 日18:30 頃に機能不全に陥り注水が停止したにもかかわらず蒸気が逆流し水位が低下したと推定した.もしそれが正しければ, 作業員がHPCI を手動停止してもしなくても原子炉破壊のシナリオは大きく変わらなかった可能性があると指摘した.しかし,前報(3)では,HPCI 手動停止時のRPV 水位については比較的簡単な熱力学計算で導出しているため,事故シナリオの記述に曖昧な点もあった.本報では,HPCI の挙動を詳細に検討し,HPCI のタービンが停止したときに,RPV の蒸気が停止しているタービンを経由してサプレッションチャンバー(S/C) で凝縮するというシナリオを設定し,事故当時の事故 シナリオが記述できることを示した.この場合でも, 前報(3)と同様に,TEPCO の作業員がHPCI を手動停止させたことは原子炉破壊の決定的要因ではないことが示された.
2.HPCI の構造と挙動推定
3 号機HPCI の挙動を検討する前に隔離時冷却系(RCIC)とHPCI の一般的挙動について検討する.図1 は,2011年3 月12 日12:30 現在の3 号機の現状とHPCI の概要を示したものである.なお,RCIC も図1 のHPCI と同様な構造である.どちらもRPV の高圧蒸気でタービンを回し,その動力で復水貯蔵タンク(CST)またはS/C の水を高圧ポンプでRPV内に注入するシステムである.タービンを駆動した蒸気は,S/C で凝縮し水となるため,S/C の温度が上昇する.HPCI もRCIC もスクラム(原子炉緊急停止)直後以外は,注水能力は崩壊熱発生量より多いために水位が上昇し,RPV 水位高の信号により全ての直流モーター駆動弁が閉鎖される. その後,RPV 内圧力が上昇し7.37 MPa 以上で,逃がし安全弁(SRV)が作動し蒸気をS/C に放出するため
に,水位が低下する.RPV内水位が有効燃料頂部(TAF) よりTAF+2.95m でHPCI が自動起動するように設定されている.つまり,直流電源が正常なときの緊急冷却はRCIC またはHPCI の間欠運転とSRV の作動によって炉心を冷却する.高温になったS/C 内の水は,通常時は残留熱除去系(RHR)により海水で冷却されて,原子炉を安定状態に導く.しかし,事故当時は津波でRHR の海水ポンプが破壊されたことと,交流電源の遮断でRHR が作動しなかった. HPCI とRICI は共にRPV と格納容器(PCV)の圧力差1.03MPa から7.74MPa で動作するよう設計されている. HPCI の注水能力は初期崩壊熱に対応できるよう十分な能力を持っている.つまり定格注水能力はRCIC で毎時97 トン,HPCI で毎時965 トンである.特にHPCI の注水能力はRPV の水位を1 時間で約40m上昇させるもので, 本来HPCI は事故後かなりたってからの運用は想定されていないようである.3 号機の場合,RCIC,HPCI 共にRPV への水源は復水貯蔵タンク(CST)から供給されていた. 2011 年3 月11 日15:37 に津波が到達したとき,3 号機の交流電源は停止したが,直流電源のバッテリーは冠水をのがれ正常に作動していた.津波後は同16:03 にRCIC を手動起動した.つまり,RPV 内の水位高(TAF+5.653m) でRCIC が自動停止すると全てのモーター駆動バルブが自動で閉じる.その後RPV 圧力が上昇することからSRV が作動して水位が低下する.この自動間欠運転が3 月12 日11:36 まで継続したと考えられる.このとき崩壊熱による全てのエネルギーはS/C に放出される.しかし,RHR が作動しなかったので,S/C 内の温度と圧力は上昇し続けた.このRCICは何らかの理由で12 日11:36 に停止した. 直流電源の枯渇が考えられる.その後,RPV の圧力が上昇し,水位低下によりHPCI が同12:35 に自動起動した. 11:36 にRCIC が停止したとき,RCIC の自動開閉が止まるほど直流電力は低下していたと考えられる.そこでRCIC の約10 倍の能力のあるHPCI が起動したことにより,それを駆動する直流モーター駆動弁(MOV)が電力を急速に消耗したことは十分に考えられる.その後RPV の水位が高くなりHPCI が停止しても関連バルブが開いたままになっていたことが想定される.このHPCI とRCIC に使用されているバルブは直流モーター駆動弁である.このバルブは,電源が枯渇すると,その時の弁開度で停止するものである.一般にHPCI のタービン側のバルブは蒸気用バルブであり,同ポンプ側の水用バルブに比べると大型で電力の消耗も激しいため,タービン側のバルブが早期に動作不能になったことも考えられる. Fig. 1 Schematics of High Pressure Coolant Injection System (HPCI) and Suppression Chamber(S/C)Spray System of Unit 3, as of March 12, 2011, 12:30(5). - 83 -図2 に示すように,HPCI 起動直後にRPV の圧力は急激に低下している.この状態ではSRV は動かないので,HPCI は正常な作動をしていないと考えられる. つまり,HPCI が作動しポンプによるRPV 注水により水位が上昇すると,HPCI は停止するが,バルブは開いたままなので蒸気はSRV ではなく,HPCI のタービン経由でS/C に流れたと考えると当時の水位データと圧力データの説明ができる. HPCI はRPV とPCV の圧力差1.03MPa 以下での動作は設計外である.前報(3)では,HPCI が動作圧不足で停止したと推定される3 月12 日19:00 からHPCI の逆流が発生したと仮定した. 3 月11 日12:35 現在の水位と主蒸気バルブ,給水パイプの位置関係を示す図1 を参照すると,HPCI 起動時は水位が高いので,ポンプからRPV に水を供給する給水パイプはその時水没しており,蒸気が逆流することができないことが明らかになった. この矛盾を解決するために,本報では,HPCI とポンプが停止したと予想される3 月12 日19:00 から, HPCI のタービン系統のバルブが開いたままでS/C に蒸気が漏れ続けたと仮定した.この仮定は,12:35 にHPCI が起動した後でもタービン側のバルブが開いたままになっていて,SRV が働かなくとも圧力が低下した事実と矛盾しない.このときには,ポンプは停まっているのでRPV 水位は低下を続けることになる. 政府事故調の最終報告書によると,3 号機はS/C へ水を注入するスプレイ冷却を3 月12 日12:06 から実施したとしている.この時間におけるスプレイの実施は, 初期のTEPCO 事故報告書(4)には全く記載されていなかった.このスプレイの記述は,著者の知る限り政府事故調中間報告書の記述に初めて現れる.後述する図2 のPCV 圧力の計測データに示されるように,S/C スプレイ直後からPCV の圧力は下がり始めるので,本報ではTEPCO や政府事故調の後日の聞き取り調査の結果を信用し,非常用ディーゼルポンプによるスプレイ冷却を実施したと仮定した. S/C スプレイが正常に働いた場合の水量は53kg/s であり,十分大きいので,比較的大量の水がPCV に注入されたとした. TEPCO によると,S/C スプレイは3 月12 日12:06 に開始され,3 月13 日3:05 に停止されたとされている.その後同5:08 に再開され同7:43 に停止した.また,D/W へのスプレイ冷却がS/C スプレイが停止する直前の同7:43 に開始され8:40 に停止したとされている. 3.本報の事故シナリオによる熱流動解析 図2 は,本報の事故シナリオに基づくRPV とPCV の圧力変化を実測値と比較したものである.実測値には東電発表のプラントパラメータ (図中の記号Measured)の他に原子力・安全保安員が公表したプラントパラメータ原簿(以後「プラントパラメータ原簿」とFig. 2 Accident analysis of vessel pressures based on the scenario of Table 3, and comparison with measured pressure data of RPV and PCV(5). - 84 -記す)からデータを拾い集めて加えてある(図中の記号From Original Sheets).図中の3 月12 日22:00 におけるD/W 圧力データは2 点あるが,どうも低い方の圧力データは書き間違いだったようで,3 月13 日未明に訂正されている.当時の混乱でデータの書き間違え等もあったと推察される.図を見ると,本報の解析は計測データと良く一致することが分かる. 図 2 を見ると,RCIC が動作しているときは海水のトーラス室への海水流入を仮定することによって3 月12日12:00頃までのPCV圧力データを良く記述している.本解析では,3 月12 日9:30 頃には津波によるトーラス室の海水は沸騰していたことになる.3 月12 日12:35 にHPCI が起動した後HPCI が間欠的に作動し, RPV に注水しているが,HPCI のポンプによる注水停止時にMOV が閉まらないために蒸気がタービンから漏れてRPV の圧力は急激に減少する.このときHPCI の等価開口直径を6.5 cm HPCI d = とするとRPV の計測データと良く一致する.3 月12 日19:00 にHPCI のタービンが停止すると,そこから蒸気が定常的に漏れ続けるのでRPV の圧力はさらに低下する.その時の等価開口直径を9.0cm とすると計測値と良く一致する.3 月13 日2:42 にHPCI が手動停止され,全てのバルブが閉鎖されRPV が隔離されると圧力が急上昇する.その変化は実測値と良く一致する.5:05 にRPV が高圧となりSRV から蒸気が放出されRPV 水位が低下する. この変化も実測圧力データと一致する. 本解析では, 3 月13 日8:55 にRPV が破壊したと仮定した.その時破壊した開口直径を18 cm RPV d = とすると,破壊直後の圧力データと比較的良く一致する. 前報で示したように,当時の放射線強度の変化とも矛盾しない.TEPCO が仮定しているようにSRV が9:08 に作動したとするシナリオでは,RPV の計測データを記述できない.RPV 破壊後の解析は,前報(3)と同様の断熱膨張モデルを使用した.ただし,この時点ではRPV 水位は有効燃料棒底部(BAF)より下がっており, 放出蒸気は高温の過熱蒸気となっているため,飽和蒸気の放出を仮定したモデルはRPV 圧力変化を過小評価することに注意する. 3 月12 日12:06 にS/C にスプレイを開始した.この流量をm. SPRAY = 35 kg/sとすると,PCVの実測データと 一致する.このとき,トーラス室の海水とS/C 間の熱交換とS/CスプレイによりPCVの圧力は徐々に低下している.HPCI 停止後3 月13 日4:55 にSRV が作動し, 蒸気がS/C に吹き込むとPCV 圧力が増大するが,その推測値は実測データと異なっている.このとき炉心の核燃料はむき出しになっており,放出蒸気は飽和蒸気でなく,かなり高温の過熱蒸気だったと推定される. そのため,相平衡を仮定している本報の熱力学的モデルはPCV の圧力上昇を過小評価しているとも考えられる. Fig. 3 Accident analysis of water level of RPV based on the scenario(5), and comparison with measured data and the previous estimation(3). - 85 -図3 は,RPV 内水位の変化について本報の事故シナリオと計測データを比較したものである.図中には前報(3)で示した崩壊熱と水の蒸発による簡単なエネルギーバランスで推定した水位の変化も記入してある. 東電発表のプラントパラメータには燃料域(図中Measured, Fuel Region (A))の水位計データのみが記載されているので13 日5:00 時以後のデータしかない. そこで,プラントパラメータ原簿から広帯域水位計の水位データ(図中Measured, Wide Range)を拾い集めて燃料域水位に換算して加えてある.広帯域水位計の下部圧力孔はTAF に設定してあると推定されるためTAF 近傍またはTAF 以下の水位データは信用できないと考えられる. 3 月13 日5:00 以後のプラントパラメータによる3 号機の燃料域水位データは,図3 に示すようにTAF に達してからかなり時間がたった後での水位データなので,基準面器の水が蒸発することにより正しい値を示していないと考えられる.その時刻の広帯域水位計の値も正しい値を示していない. 本解析と,RCIC 停止直後の水位データは比較的良く一致する.RCIC 停止直後からHPCI の自動起動までに水位が低下しているが,本報の推定ではHPCI 起動時の水位はTAF+2.8m である.これは,TAF+2.95mで自動的に起動するよう設定しているHPCI の動作と良く一致する. HPCI が給水を停止する3 月12 日18:30 頃からRPV の水位は急速に低下する.この時の推定水位と実測値は一致していない.このときは,直流電源低下で測定が不安定だったと報告されている.当時の当直引き継ぎ日誌別紙によると,20:37 に水位計の直流電源が完全に枯渇し,直前の計測値は,燃料域(A 系)水位計でTAF+400mm,また広帯域水位計ではTAF+5.52mと報告されており,不安定な値だったとも推測される.3 月12日18:30 以後の水位データと本解析の不一致は今後の検証が必要である. 3 月13 日2:42 にHPCI が手動停止されRPV が隔離された後,RPV の圧力は急激に上がり,4:55 頃にRPV 圧力高によりSRV が作動するが,図4 に示す本解析モデルはこれを良く記述している.このときHPCI 起動時に288ton あったRPV 内の水は130ton に減少していると推定される. 図 3 の水位推定が正しければ,政府事故調で3 号機破壊の原因とされたHPCI を手動停止した行為は,結果的にRPV の破壊を2 時間程度遅らせたことになる. もしHPCIを手動停止しなければRPVはもっと早くに水位低下が起こり,もっと早期にRPV 破壊を起こしたと考えられる.つまり,HPCI の手動停止は3 号機の破壊に決定的な影響は与えなかったと考えられる. 図 3 に示すように,前報(3)で推定したRPV 破壊時刻の3 月13 日8:55 頃にはRPV 内の水は約4.7ton で,ほとんど水は残っていなかったと推定される.このとき, 溶け落ちた燃料でRPV が破壊し,その燃料がRPV 外に流出したことは十分考えられる.従って,RPV の破壊位置はRPV底部と推定され開口面積も3機の原子炉の中で一番大きいと予想される.この推定は前報(3)と同様である.このことは,2013 年10 月現在で,3 号機周りの放射能汚染が激しく原子炉に近づけないこととも符合する.TEPCO の推定(4)では,3 号機のRPV 損傷は14 日8:40 頃で,燃料はほとんどRPV 内にあると予想したが,この予想は3 号機の現状や本解析とは異なっている.2012 年7 月23 日に発表された政府事故調の最終報告書では,3 月13 日6:30~9:10 にRPV が破壊した可能性を指摘しているが,具体的な解析データを示していない.著者が8:55 に破壊を予想した論文(3)は,2012 年5 月4 日に投稿されている.また,この論文の基本となる考え方は2011 年10 月に公開されている(1). 4.おわりに 福島第一原子力発電所3 号機について,容器内の蒸気と水が相平衡を維持するとした熱力学的モデルを構築し,原子炉内の熱流動現象の推定を行った.以下に得られた結果の概要を述べる. (1) 2011 年3月11日15:37 の津波到来時に原子炉建屋地下にあるS/C が設置されているトーラス室が浸水し,S/C と侵入海水とが熱交換を行っていたと仮定すると,格納容器の圧力データが説明できる. (2) 3 月12 日12:35 にHPCI が自動起動したとき, タービン側のMOV が開いたままになっており, RPV内の蒸気がS/Cに凝縮し続けていたとすると, HPCI 起動後の圧力データが説明できる. (3) HPCI が設計動作圧を外れる19:00 頃にHPCI の注水が止まり,RPV 内の水位低下が始まったとすると,その後の原子炉挙動が説明できる. なお,本稿の詳細は日本機械学会論文集(5)に掲載予- 86 -定である. 参考文献[1] 圓山,小宮,岡島研究室,福島第一原子力発電所事故の熱解析と収束プランの提案, 東北大学流体科学研究所, < http://www.ifs.tohoku.ac.jp/~maru/atom/ index.html>, (2011-2014). [2] 圓山翠陵,小説FUKUSHIMA, (2012) , 養賢堂. [3] 円山重直, 福島第一源力発電所3 号機事故の熱流動現象の推定―高圧注水系(HPCI)が途中で止まった
[4] TEPCO(東京電力株式会社),福島原子力事故調査報告書(中間報告書),東京電力株式会社,平成23 年12 月2 日(2011). [5] 円山重直、福島第一原子力発電所3 号機事故の熱流動現象推定(熱力学モデルによる高圧注水系(HPCI) の挙動),日本機械学会論文集,(2014), (掲載予定). - 87 -
“ “熱力学モデルによる福島第一原子力発電所3 号機高圧注水系(HPCI)挙動の推定 “ “円山 重直,Shigenao MARUYAMA