磁気センサを用いたインコネル600・SUS304 の 鋭敏化の非破壊評価
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カテゴリ: 第11回
1.はじめに
東日本大震災による福島の原子力発電所事故以降, 原発依存の是非が議論されてきた。政府は原発を重要なベースロード電源と位置づけ, 安全性が確認され次第, 再稼働させる方針であるが, 高経年化したプラントを稼動させる場合には, これまで以上に確実な保守点検が重要となる。加圧水型原子炉(PWR)の蒸気発生器内伝熱細管などに用いられているインコネル合金, 容器部に使用されているSUS304 についてもより高度な非破壊評価手法の確立が求められている。蒸気発生器伝熱細管等の非破壊評価手法としては渦電流法が多用されているがクラックの発生を検出するものであり, クラック発生以前の材料劣化の評価には適用できない。 インコネル600 合金とSUS304 鋼は通常, 常磁性を示すが, 局所的にCr 濃度変化を生じると強磁性化する。よって, クラック発生以前の熱鋭敏化の状態を磁気的に非破壊評価することが期待できる[5-7]。そこで, 本研究ではインコネル600 合金, SUS304 鋼を熱時効しその磁気特性の変化を検討し, 非破壊評価応用の可能性を検討するために, 汎用の磁界センサを用いて試料表面の磁界分布を計測し, その分布と熱鋭敏化との対応について検討したので報告する。
2.実験方法
試料はニラコ製インコネル600 合金を受入材とした。また, SUS304 鋼は炭素およびNi 濃度の異なる3 種類の試料H, S, L を用意した。試料は放電加工機により5×10×1 mm3 の寸法に切り出した。インコネル600 合金については結晶粒径を変化させるため, 1273, 1373 K で1 時間, 溶体化処理を行った。それらを873, 923, 973 K の温度で0.5 - 400 時間熱時効し, その後水急冷した。SUS304 鋼の試料は1323 K で1 時間溶体化し, その後923, 973 K の温度で1 - 225 時間熱時効し, その後水急冷した。 強磁性化を確認するために振動試料型磁力計(VSM)を用いて磁気特性を評価した。また, 汎用の磁界センサにより試料表面の磁束密度分布を計測した。Fig. 1 に試料上を磁界センサで走査する場合の測定系を示す。磁界センサにはArepoc 社製のホールセンサを用いており, 感磁面積は20 .m×20 .m, 磁界感度は30mV/T である。原点O を試料中央にとり, 試料長手方向をy 方向, 幅方向をx 方向, 試料面と垂直方向をz 方向とした。VSM を用いて試料の幅方向もしくは試料面に垂直な方向に磁化し, 試料表面の磁束密度のz 方向成分Bz を測定した。
3.実験結果 Fig. 2 はインコネル600 合金およびSUS304 鋼における鋭敏化前後の磁化曲線を示したものである。インコネル合金は受入材で時効温度は873 K であり, SUS304 は試料H で時効温度は923 K である。試料への印加磁場は最大1.6 MA/m (20 kOe)とした。時効前の磁化曲線は直線を示しており常磁性であることがわかる。時効時間が増加すると磁化は増加するが, インコネル合金については長時間の時効により減少した。SUS304 鋼は225 時間の時効の範囲では磁化が単調に増加した。 Fig. 3 は試料面内と垂直方向に1.6 MA/mの磁界を印加した後, 磁界を0 に戻した試料に対してホールセンサによってy 方向にスキャンしてBz の分布を測定した結果を示したものである。試料にはインコネル合金の受入材, 873 K で熱時効したものを用いた。熱時効時間が増加するにつれて試料上の磁束密度Bz は増加し, 100 時間で最大を取る。時効時間が200, 400 時間となると表面の磁束密度Bz は減少した。この傾向は磁化曲線における飽和磁化の変化と対応する結果である。 4.結言 インコネル600 合金およびSUS304 鋼の鋭敏化による強磁性相の磁気特性変化について検討した。熱時効前は両方の材料とも常磁性を示す。インコネル合金は熱時効とともに粒界近傍におけるCr 欠乏層の形成により強磁性化し, 長時間の熱時効では飽和磁化が減少した。Cr 濃度の回復が起こり, 強磁性相が消失したことと対応する。SUS304 鋼については熱時効時間の増加とともに飽和磁化は増加した。これは, 熱時効により粒界近傍のCr 濃度が低下し, そのことでマルテンサイト変態温度が上昇するので, 一部強磁性を生じるためである。ホールセンサにより試料上を走査することで, 熱時効により変化した磁化の変化を試料表面近傍の磁束の変化として捉えることが可能である。この結果は, インコネル600 合金・SUS304 鋼の熱鋭敏化を磁気的な手法を用いて非破壊評価可能なことを示したものである。 参考文献 [1] M. Kowaka, H. Nagano, T. Kubo, Y. Okada, M. Yagi, O. Takaba, T. Yonezawa and K. Arioka, Nuclear Technologies, Vol. 55, pp. 394-404 (1981). [2] J. J. Kai, C. H. Tsai, G. P. Yu, Nuclear Engineering and design, Vol. 144, pp. 449.457 (1993). [3] W. E. Mayo, Material Science and Engineering, Vol.A232, pp. 129-139 (1997). [4] J. D. Wang, D. Gan, Materials Chemistry and Physics, Vol. 70, pp. 124-128 (2001). [5] S. Takahashi, Y. Sato, Y. Kamada, T. Abe, Journal of Magnetism and Magnetic Materials, Vol. 269, pp. 139-149 (2004). [6] H. Shaikh, N. Sivaibharasi, B. Sasi, T. Anita, R. Amirthalingam, B.P.C. Rao, T. Jayakumar, H. S. Khatak, Baldev Raj, Corrosion Science, Vol. 48, pp. 1462.1482 (2006). [7] R. Oikawa, T. Uchimoto, T. Takagi, R. Urayama, Y. Nemoto, S. Takaya, S. Keyakida, International Journal of Applied Electromagnetics and Mechanics, Vol. 33, pp. 1303-1308 (2010). Scan direction Magnetization 0 y B Hall sensor Specimen Fig. 1. Measurement system for scanning hall sensor over specimen. -15-10-5051015-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 0h 3h 9h 50h 100h 145h 239h 400h Magnetization M (mT) Magnetic field H (MA/m) (a) -10-50510-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 0 h 5 h 30 h 80 h 120 h 225 h Magnetic field H (MA/m) Magnetization M (mT) (b) Fig. 2. Magnetization curves of heat treated (a) Inconel 600 alloy and (b) SUS304 steel. -0.0500.050.10.150.2-10 -5 0 5 10 0h 3h 10h 50h 100h 200h 400h Magnetic flux density, B (mT) Position y (mm) Fig. 3. Distribution of magnetic flux density on surface of Inconel 600 alloy with sensitization. (Magnetization perpendicular to in-plane of specimen) - 96 -
“ “磁気センサを用いたインコネル600・SUS304 の 鋭敏化の非破壊評価 “ “菊池 弘昭,Hiroaki KIKUCHI,柳原 宏樹,Hiroki YANAGIWARA,高橋 秀樹,Hideki TAKAHASHI,村上 武,Takeshi MURAKAMI
東日本大震災による福島の原子力発電所事故以降, 原発依存の是非が議論されてきた。政府は原発を重要なベースロード電源と位置づけ, 安全性が確認され次第, 再稼働させる方針であるが, 高経年化したプラントを稼動させる場合には, これまで以上に確実な保守点検が重要となる。加圧水型原子炉(PWR)の蒸気発生器内伝熱細管などに用いられているインコネル合金, 容器部に使用されているSUS304 についてもより高度な非破壊評価手法の確立が求められている。蒸気発生器伝熱細管等の非破壊評価手法としては渦電流法が多用されているがクラックの発生を検出するものであり, クラック発生以前の材料劣化の評価には適用できない。 インコネル600 合金とSUS304 鋼は通常, 常磁性を示すが, 局所的にCr 濃度変化を生じると強磁性化する。よって, クラック発生以前の熱鋭敏化の状態を磁気的に非破壊評価することが期待できる[5-7]。そこで, 本研究ではインコネル600 合金, SUS304 鋼を熱時効しその磁気特性の変化を検討し, 非破壊評価応用の可能性を検討するために, 汎用の磁界センサを用いて試料表面の磁界分布を計測し, その分布と熱鋭敏化との対応について検討したので報告する。
2.実験方法
試料はニラコ製インコネル600 合金を受入材とした。また, SUS304 鋼は炭素およびNi 濃度の異なる3 種類の試料H, S, L を用意した。試料は放電加工機により5×10×1 mm3 の寸法に切り出した。インコネル600 合金については結晶粒径を変化させるため, 1273, 1373 K で1 時間, 溶体化処理を行った。それらを873, 923, 973 K の温度で0.5 - 400 時間熱時効し, その後水急冷した。SUS304 鋼の試料は1323 K で1 時間溶体化し, その後923, 973 K の温度で1 - 225 時間熱時効し, その後水急冷した。 強磁性化を確認するために振動試料型磁力計(VSM)を用いて磁気特性を評価した。また, 汎用の磁界センサにより試料表面の磁束密度分布を計測した。Fig. 1 に試料上を磁界センサで走査する場合の測定系を示す。磁界センサにはArepoc 社製のホールセンサを用いており, 感磁面積は20 .m×20 .m, 磁界感度は30mV/T である。原点O を試料中央にとり, 試料長手方向をy 方向, 幅方向をx 方向, 試料面と垂直方向をz 方向とした。VSM を用いて試料の幅方向もしくは試料面に垂直な方向に磁化し, 試料表面の磁束密度のz 方向成分Bz を測定した。
3.実験結果 Fig. 2 はインコネル600 合金およびSUS304 鋼における鋭敏化前後の磁化曲線を示したものである。インコネル合金は受入材で時効温度は873 K であり, SUS304 は試料H で時効温度は923 K である。試料への印加磁場は最大1.6 MA/m (20 kOe)とした。時効前の磁化曲線は直線を示しており常磁性であることがわかる。時効時間が増加すると磁化は増加するが, インコネル合金については長時間の時効により減少した。SUS304 鋼は225 時間の時効の範囲では磁化が単調に増加した。 Fig. 3 は試料面内と垂直方向に1.6 MA/mの磁界を印加した後, 磁界を0 に戻した試料に対してホールセンサによってy 方向にスキャンしてBz の分布を測定した結果を示したものである。試料にはインコネル合金の受入材, 873 K で熱時効したものを用いた。熱時効時間が増加するにつれて試料上の磁束密度Bz は増加し, 100 時間で最大を取る。時効時間が200, 400 時間となると表面の磁束密度Bz は減少した。この傾向は磁化曲線における飽和磁化の変化と対応する結果である。 4.結言 インコネル600 合金およびSUS304 鋼の鋭敏化による強磁性相の磁気特性変化について検討した。熱時効前は両方の材料とも常磁性を示す。インコネル合金は熱時効とともに粒界近傍におけるCr 欠乏層の形成により強磁性化し, 長時間の熱時効では飽和磁化が減少した。Cr 濃度の回復が起こり, 強磁性相が消失したことと対応する。SUS304 鋼については熱時効時間の増加とともに飽和磁化は増加した。これは, 熱時効により粒界近傍のCr 濃度が低下し, そのことでマルテンサイト変態温度が上昇するので, 一部強磁性を生じるためである。ホールセンサにより試料上を走査することで, 熱時効により変化した磁化の変化を試料表面近傍の磁束の変化として捉えることが可能である。この結果は, インコネル600 合金・SUS304 鋼の熱鋭敏化を磁気的な手法を用いて非破壊評価可能なことを示したものである。 参考文献 [1] M. Kowaka, H. Nagano, T. Kubo, Y. Okada, M. Yagi, O. Takaba, T. Yonezawa and K. Arioka, Nuclear Technologies, Vol. 55, pp. 394-404 (1981). [2] J. J. Kai, C. H. Tsai, G. P. Yu, Nuclear Engineering and design, Vol. 144, pp. 449.457 (1993). [3] W. E. Mayo, Material Science and Engineering, Vol.A232, pp. 129-139 (1997). [4] J. D. Wang, D. Gan, Materials Chemistry and Physics, Vol. 70, pp. 124-128 (2001). [5] S. Takahashi, Y. Sato, Y. Kamada, T. Abe, Journal of Magnetism and Magnetic Materials, Vol. 269, pp. 139-149 (2004). [6] H. Shaikh, N. Sivaibharasi, B. Sasi, T. Anita, R. Amirthalingam, B.P.C. Rao, T. Jayakumar, H. S. Khatak, Baldev Raj, Corrosion Science, Vol. 48, pp. 1462.1482 (2006). [7] R. Oikawa, T. Uchimoto, T. Takagi, R. Urayama, Y. Nemoto, S. Takaya, S. Keyakida, International Journal of Applied Electromagnetics and Mechanics, Vol. 33, pp. 1303-1308 (2010). Scan direction Magnetization 0 y B Hall sensor Specimen Fig. 1. Measurement system for scanning hall sensor over specimen. -15-10-5051015-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 0h 3h 9h 50h 100h 145h 239h 400h Magnetization M (mT) Magnetic field H (MA/m) (a) -10-50510-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 0 h 5 h 30 h 80 h 120 h 225 h Magnetic field H (MA/m) Magnetization M (mT) (b) Fig. 2. Magnetization curves of heat treated (a) Inconel 600 alloy and (b) SUS304 steel. -0.0500.050.10.150.2-10 -5 0 5 10 0h 3h 10h 50h 100h 200h 400h Magnetic flux density, B (mT) Position y (mm) Fig. 3. Distribution of magnetic flux density on surface of Inconel 600 alloy with sensitization. (Magnetization perpendicular to in-plane of specimen) - 96 -
“ “磁気センサを用いたインコネル600・SUS304 の 鋭敏化の非破壊評価 “ “菊池 弘昭,Hiroaki KIKUCHI,柳原 宏樹,Hiroki YANAGIWARA,高橋 秀樹,Hideki TAKAHASHI,村上 武,Takeshi MURAKAMI