高温高圧希釈人工海水中におけるSUS304 鋼の隙間腐食挙動に及ぼすγ線照射の影響
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カテゴリ: 第12回
1.背景と目的
ステンレス鋼は、海水など塩化物イオンを含む高温水を取り扱うプラントや熱交換器に使用された場合に、特定の条件下で局部腐食が発生することが知られている。局部腐食の一種である隙間腐食は、隙間の内部が選択的に溶解する腐食形態であって、孔食や応力腐食割れなどの他の局部腐食よりも発生しやすいことが知られている。したがって隙間腐食は、原子力発電プラントのシビアアクシデント時に海水を注入して炉心を冷却する場合においても、最も発生しやすい腐食モードとなる。しかし、ステンレス鋼の隙間腐食挙動に及ぼすγ線照射の影響が不明であった。 隙間腐食の駆動力は、一般に酸素濃淡電池として知られる隙間内外での電位差である。隙間外に酸素や過酸化水素などの酸化剤が存在する場合、隙間外が貴な電位、隙間内が卑な電位となり、隙間内で優先的にアノード反応が生じ、選択的に溶解する。一方γ線照射下では、水の放射線分解によって生成する過酸化水素が支配的となって隙間外の電位を高めることが知られている。しかしながらγ線照射下では、隙間内の水が放射線分解することで、隙間内にも酸化剤が生成する。隙間内に酸化剤が生成することで隙間腐食が促進されるか、または隙間内の電位が貴化することで隙間内外の電位差が縮小し、隙間腐食が緩和されるかが不明であった。 隙間腐食の発生有無は、自然浸漬電位と腐食隙間再不働態化電位(ER,CREV)との高低を比較することで判断可能である。自然浸漬電位がER,CREVよりも低い場合は、隙間腐食が発生しないと評価できる。すなわち、ER,CREV が既知であれば、自然浸漬電位の監視によって、隙間腐食の発生可能性を判断できる。 このため本研究では、高温高圧の希釈人工海水中におけるステンレス鋼の隙間腐食に及ぼすγ線照射の影響を調べることを目的とした。
2.実験方法
循環装置に接続された容量0.5 dm3のTi-Pd 合金製高温高圧試験槽内に作用極、参照極、対極を設置して、JIS G 0592「腐食隙間再不動態化電位測定方法」[1]に準拠してER,CREV を測定した。本測定方法は、作用極の電位、および電流を制御することで強制的に隙間腐食を発生・進展させた後に、徐々に電位を低下させたときの電流応答から、隙間腐食が停止する電位ER,CREVを評価する。 作用極は、φ20×t7 mmのSUS304 鋼製ナット状試験片2 個を使用した。原子炉内機器の材料としてはSUS316L 鋼が広く使用されているが、SUS316L 鋼よりも耐隙間腐食特性が劣るSUS304 鋼を使用し、安全側評価とした。 隙間面に所定濃度の希釈人工海水を塗布し、1 N・mで締結して隙間を形成させた。参照極は圧力平衡型Ag/AgCl 外部参照電極を用い、対極には20×20 mmのPt 板を用いた。 試験水は、アルゴンガスのバブリングによって溶存酸素濃度1 ppb 以下まで脱気した超純水中に人工海水成分(大阪薬研、マリンアート SF-1)を注入し、塩化物イオン濃度([Cl-])を所定濃度に調整した。試験水を0.26 dm3/h の流量で高温高圧試験槽内に循環させながら所定温度に昇温した後、Co-60γ線源を用いて1 kGy・h-1 の線量率で連続照射した。作用極の自然浸漬電位が安定したことを確認した後、ポテンショスタット(北斗電工、HZ-5000)を用いてER,CREV を測定した。250 ℃において[Cl-]10~1000 ppm の範囲で濃度依存性を調べ、[Cl-]100 ppm において100~280℃の範囲で温度依存性を調べた。 3.結果 Figure 1 に、γ線照射下で測定したER,CREVを、非照射下で測定したER,CREV[2]と併せて示す。全体として、γ線照射下のER,CREV は、非照射下の同[Cl-]におけるER,CREV よりも貴な電位、あるいは同電位を指示した。 250℃における[Cl-]依存性は、高[Cl-]とするほどER,CREVが低下した。100ppmを超える濃度域では低下量が減少した点で、非照射下と同一傾向を指示した。これは、Cl-以外の海水成分が共存したことに起因すると考える。 [Cl-] 100 ppmにおける温度依存性は、100 ℃から250 ℃ としたとき、0.08 Vvs.SHE から約0.14 V 低下したが、250 ℃と280 ℃の差違は電位制御誤差(50 mV)内であり、確認できなかった。 全条件の包絡線を図中破線で示す。本図より、溶液中[Cl-]と自然浸漬電位を評価できれば、隙間腐食が発生する可能性の有無を評価することができる。本研究の条件範囲内においては、250 ℃、[Cl-]100 ppm、非照射下におけるER,CREV (約-0.25 Vvs.SHE)が全体の最低値となり、γ 線照射はSUS304 鋼の隙間腐食挙動を少なくとも悪化させないことが分かる。γ線照射の有無にかかわらず、約-0.30 Vvs.SHE よりも低い電位に保持することで、隙間腐食を抑制できる可能性が示された。 -0.4-0.34:48:00-0.100.10.20.30.41 10 100 1000 ER,CREV (Vvs.SHE) [Cl-] as artificial seawater(ppm) Temperature (℃) Gamma-ray irradiation (1 kGy/h) Not irradiation [2] 1900/04/09250280304 SS 0.26 dm3/h Crevice corrosion generation region Fig.1 ER,CREV measured in diluted artificial seawater at high temperatures under gamma-ray irradiation. 参考文献 [1] 日本工業規格:腐食隙間再不働態化電位測定方法(JIS G 0592), (財)日本規格協会 (2002). [2] M. Tachibana, K. Ishida, Y. Wada, R. Shimizu, N. Ota, M. Aizawa and N. Shigenaka, “Crevice Corrosion Behavior of Stainless Steel in High Temperature Diluted Seawater”, Proc. of Nuclear Plant Chemistry Conference 2014 SAPPORO, No.10133, (2014) [CD-ROM]. - 114 -“ “高温高圧希釈人工海水中におけるSUS304 鋼の隙間腐食挙動に及ぼすγ線照射の影響“ “橘 正彦,Masahiko TACHIBANA,石田 一成,Kazushige ISHIDA,和田 陽一,Yoichi WADA,清水 亮介,Ryosuke SHIMIZU,太田 信之,Nobuyuki OTA,茂中 尚登,Naoto SHIGENAKA,会沢 元浩,Motohiro AIZAWA
ステンレス鋼は、海水など塩化物イオンを含む高温水を取り扱うプラントや熱交換器に使用された場合に、特定の条件下で局部腐食が発生することが知られている。局部腐食の一種である隙間腐食は、隙間の内部が選択的に溶解する腐食形態であって、孔食や応力腐食割れなどの他の局部腐食よりも発生しやすいことが知られている。したがって隙間腐食は、原子力発電プラントのシビアアクシデント時に海水を注入して炉心を冷却する場合においても、最も発生しやすい腐食モードとなる。しかし、ステンレス鋼の隙間腐食挙動に及ぼすγ線照射の影響が不明であった。 隙間腐食の駆動力は、一般に酸素濃淡電池として知られる隙間内外での電位差である。隙間外に酸素や過酸化水素などの酸化剤が存在する場合、隙間外が貴な電位、隙間内が卑な電位となり、隙間内で優先的にアノード反応が生じ、選択的に溶解する。一方γ線照射下では、水の放射線分解によって生成する過酸化水素が支配的となって隙間外の電位を高めることが知られている。しかしながらγ線照射下では、隙間内の水が放射線分解することで、隙間内にも酸化剤が生成する。隙間内に酸化剤が生成することで隙間腐食が促進されるか、または隙間内の電位が貴化することで隙間内外の電位差が縮小し、隙間腐食が緩和されるかが不明であった。 隙間腐食の発生有無は、自然浸漬電位と腐食隙間再不働態化電位(ER,CREV)との高低を比較することで判断可能である。自然浸漬電位がER,CREVよりも低い場合は、隙間腐食が発生しないと評価できる。すなわち、ER,CREV が既知であれば、自然浸漬電位の監視によって、隙間腐食の発生可能性を判断できる。 このため本研究では、高温高圧の希釈人工海水中におけるステンレス鋼の隙間腐食に及ぼすγ線照射の影響を調べることを目的とした。
2.実験方法
循環装置に接続された容量0.5 dm3のTi-Pd 合金製高温高圧試験槽内に作用極、参照極、対極を設置して、JIS G 0592「腐食隙間再不動態化電位測定方法」[1]に準拠してER,CREV を測定した。本測定方法は、作用極の電位、および電流を制御することで強制的に隙間腐食を発生・進展させた後に、徐々に電位を低下させたときの電流応答から、隙間腐食が停止する電位ER,CREVを評価する。 作用極は、φ20×t7 mmのSUS304 鋼製ナット状試験片2 個を使用した。原子炉内機器の材料としてはSUS316L 鋼が広く使用されているが、SUS316L 鋼よりも耐隙間腐食特性が劣るSUS304 鋼を使用し、安全側評価とした。 隙間面に所定濃度の希釈人工海水を塗布し、1 N・mで締結して隙間を形成させた。参照極は圧力平衡型Ag/AgCl 外部参照電極を用い、対極には20×20 mmのPt 板を用いた。 試験水は、アルゴンガスのバブリングによって溶存酸素濃度1 ppb 以下まで脱気した超純水中に人工海水成分(大阪薬研、マリンアート SF-1)を注入し、塩化物イオン濃度([Cl-])を所定濃度に調整した。試験水を0.26 dm3/h の流量で高温高圧試験槽内に循環させながら所定温度に昇温した後、Co-60γ線源を用いて1 kGy・h-1 の線量率で連続照射した。作用極の自然浸漬電位が安定したことを確認した後、ポテンショスタット(北斗電工、HZ-5000)を用いてER,CREV を測定した。250 ℃において[Cl-]10~1000 ppm の範囲で濃度依存性を調べ、[Cl-]100 ppm において100~280℃の範囲で温度依存性を調べた。 3.結果 Figure 1 に、γ線照射下で測定したER,CREVを、非照射下で測定したER,CREV[2]と併せて示す。全体として、γ線照射下のER,CREV は、非照射下の同[Cl-]におけるER,CREV よりも貴な電位、あるいは同電位を指示した。 250℃における[Cl-]依存性は、高[Cl-]とするほどER,CREVが低下した。100ppmを超える濃度域では低下量が減少した点で、非照射下と同一傾向を指示した。これは、Cl-以外の海水成分が共存したことに起因すると考える。 [Cl-] 100 ppmにおける温度依存性は、100 ℃から250 ℃ としたとき、0.08 Vvs.SHE から約0.14 V 低下したが、250 ℃と280 ℃の差違は電位制御誤差(50 mV)内であり、確認できなかった。 全条件の包絡線を図中破線で示す。本図より、溶液中[Cl-]と自然浸漬電位を評価できれば、隙間腐食が発生する可能性の有無を評価することができる。本研究の条件範囲内においては、250 ℃、[Cl-]100 ppm、非照射下におけるER,CREV (約-0.25 Vvs.SHE)が全体の最低値となり、γ 線照射はSUS304 鋼の隙間腐食挙動を少なくとも悪化させないことが分かる。γ線照射の有無にかかわらず、約-0.30 Vvs.SHE よりも低い電位に保持することで、隙間腐食を抑制できる可能性が示された。 -0.4-0.34:48:00-0.100.10.20.30.41 10 100 1000 ER,CREV (Vvs.SHE) [Cl-] as artificial seawater(ppm) Temperature (℃) Gamma-ray irradiation (1 kGy/h) Not irradiation [2] 1900/04/09250280304 SS 0.26 dm3/h Crevice corrosion generation region Fig.1 ER,CREV measured in diluted artificial seawater at high temperatures under gamma-ray irradiation. 参考文献 [1] 日本工業規格:腐食隙間再不働態化電位測定方法(JIS G 0592), (財)日本規格協会 (2002). [2] M. Tachibana, K. Ishida, Y. Wada, R. Shimizu, N. Ota, M. Aizawa and N. Shigenaka, “Crevice Corrosion Behavior of Stainless Steel in High Temperature Diluted Seawater”, Proc. of Nuclear Plant Chemistry Conference 2014 SAPPORO, No.10133, (2014) [CD-ROM]. - 114 -“ “高温高圧希釈人工海水中におけるSUS304 鋼の隙間腐食挙動に及ぼすγ線照射の影響“ “橘 正彦,Masahiko TACHIBANA,石田 一成,Kazushige ISHIDA,和田 陽一,Yoichi WADA,清水 亮介,Ryosuke SHIMIZU,太田 信之,Nobuyuki OTA,茂中 尚登,Naoto SHIGENAKA,会沢 元浩,Motohiro AIZAWA