超高純度ステンレス鋼(EHP 合金)の環境適用性評価
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カテゴリ: 第12回
1.諸言
原子力機器のオーステナイト系ステンレス鋼は、保護性の高い不動態膜の形成により、長期健全性が保持される。1970 年代には、BWR の通常仕様ステンレス鋼製の再循環系配管等の溶接熱影響部に、結晶粒界の炭化物析出域に沿ったCr 欠乏層生成に起因した鋭敏化が原因で、数多くのIGSCC が経験された[1]~[7]。現行機器には、それを防止した低炭素仕様SUS316L等の非鋭敏化ステンレス鋼が適用されている。しかし、近年になり、BWRのIASCC を生じる重照射部位以外の炉内金物のシュラウドや再循環系配管の強表面加工層にTGSCC を発生して、溶接金属を問わずIGSCC が分岐・伝播する新タイプの割れが顕在化し、PWRでは、ネジ構造等の隙間部特有の割れが多発するようになった[8]~[10]。 筆者らは、上記のSUS300 系の非鋭敏化鋼の新タイプの割れ要因として、TGSCC ではマルテンサイトを生じ易いオーステナイト相安定性の低さに、IGSCC への分岐・伝播ではγ線照射場の吸収線量に依存した高温化と隙間特有の水蒸気酸化に着目している[11]- [12]。全腐食電位域でのIGC やIGSCC が防止できるステンレス鋼は、日本原子力機構と神戸製鋼所により、凝固割れ抵抗性にも優れる超高純度仕様EHP (Extra high purity stainless steel) が開発されており、日本溶接協会に標準規格が諮問されている[13]- [16]。それには、上記の新タイプのSCC防止への有効性が示唆される保護性酸化膜の形成能に優れた安定オーステナイト系25Cr-35Ni 系EHP 鋼がある。 本報告は、既存知見が殆ど無いγ線照射場の高温水蒸気中の暴露試験を自由表面と隙間条件の2条件で実施して、開発鋼と現行の非鋭敏化SUS316L 鋼の腐食挙動の違いを評価した。
2.実験方法
(1) γ線照射下の高温水蒸気暴露試験 -自由表面腐食試験- 超臨界圧炉を含めた軽水炉の水蒸気環境、BWR燃料被覆管の沸騰伝熱面、及び照射発熱している隙間壁面では、γ線照射により材料表面に放出される低速電子の量子化学的作用により水分子から原子状酸素が励起生成し、それの直接反応により、従来の水側の放射線分解の過酸化水素等の酸化剤のよりも数桁以上厳しい酸化を生じる可能性がある[11] 。原子状酸素は、酸化膜の透過性が非常に高く、酸化膜成長促進と同時に金属中に溶解し易く、通常の熱力学的平衡のガス分子の解離反応支配とは全く異なる腐食挙動を生じる可能性がある [18]~[20]。 連絡先:江藤 淳二、株式会社三菱総合研究所、 〒100-8141 東京都千代田区永田町2-10-3、 E-mail: junji_eto@mri.co.jp - 115 -本研究では、それの腐食挙動の基礎評価として、JAEA 高崎研のコバルト60 照射セル内で、γ線照射場(線量率、最大8.39 kGy/h)の常圧水蒸気中で、温度3 条件(400, 500, 600℃)、γ線照射時間2条件(500, 1000h)でステンレス鋼種間の腐食挙動の違いを評価した。 25Cr-35Ni 系EHP 鋼 (以後、EHP 鋼と略称)、及びSUS316L 鋼の化学組成をTable1 に示す。EHP 鋼は、許容不純物を「N+C+ O +P+S < 100 ppm 及びB <0.5 ppm」に制御し、過不動態迄の全腐食電位域で粒界腐食を生じない仕様鋼である。試験片は、後述のFig.2の隙間腐食試験片と同一の穴無し形状である。試験片はバフ研磨の表面仕上げを行い、試験に供した。γ線照射場暴露試験装置は、Fig.1 に示すように、60Co のγ線源の近傍に設置した腐食試験容器、水蒸気の供給、凝縮回収系から構成され、水蒸気供給条件を一定にして、常圧で腐食試験を実施した。 Fig.1 Schematic view of apparatus used for corrosion tests in steam under γ-ray irradiation (2) γ線照射環境下の高温水蒸気暴露試験 .隙間腐食試験. 隙間では、壁面積/体積比に応じて、壁面からの低 速電子励起反応による原子状の酸素の供給密度が増大する可能性があることから[18]~[20]、自由表面よりも高酸素ポテンシャル条件となり、酸化膜の保護性の違いや、SCC の割れ先端の腐食挙動に影響が出やすいと推定される。試験材は、自由表面腐食試験と同じ板状試験片の端面に、放電加工により深さ10 mmで、0.2φ、φ0.3、φ0.4 mm の円柱上の穴加工を施した試験片を用いた。隙間腐食試験は600℃の1条件、γ線照射時間1500hr で実施した。 Fig.2 Shape of specimens used in crevice corrosion tests underγ-ray irradiation 3.実験結果および考察 (1)γ線照射場の自由表面腐食試験 水蒸気曝露試験後の試験片の外観SEM写真をFig.3 に示す。試験温度範囲で、EHP 鋼は均一な酸化膜の生成傾向を示すが、SUS316L 鋼は、高温側程、酸化膜の凹凸が大きく、剥離傾向も見られる。X 線回折による酸化皮膜中の酸化物の同定では、いずれの試験材もM2O3とM3O4 の両結晶構造の酸化物が同定されたが、後述の隙間腐食試験材のEDS 組成分析から、酸化膜の構成金属元素の組成の大きな違いが判明している。酸化による減肉量には、酸化膜生成量+酸化膜剥離量+気相への逃散量+内部酸化深さの全量が関係するが、ここでは、水蒸気曝露試験前後の質量増量から、各試験片の酸化反応速度定数を求 Table1. Chemical composition of specimen materials - 116 -Fig.3 SEM photographs of the outer surface of specimens after exposed in steam underγ-ray irradiation めて、アレニウス依存性を評価した。ステンレス鋼では、通常の熱平衡の酸化速度は、酸化膜中のイオンの拡散支配の放物線則に依存した低い酸化反応速度を示す。しかし、γ線照射場の酸化反応支配では、原子状酸素の供給量に依存する照射線量に応じた直線則となるが報告されている[20]。本研究で評価した酸化反応速度定数のアレニウス依存性をFig.4 にプロットした。酸化膜の表面状態に対応して、SUS316L 鋼の酸化反応速度は、600℃の高温側で大幅に増大している。ただし、酸化膜の保護性が低いSUS316L 鋼の酸化速度は、低温側で低めに出ている可能性がある。Fig.4 Arrhenius relationship of the weight gain rate on the free surfaces corrosion in steam under γ-ray irradiation (2) γ線照射場の隙間腐食試験EHP 鋼は、自由表面の酸化速度が低い結果と同様に、1500h、600℃でも、隙間内部で酸化が促進される傾向が観察されなかった。一方、SUS316L 鋼は、Fig.5 のγ線照射後の隙間性状の断面写真を示すように、隙間径に依存して、隙間内部で略均一な酸化膜成長を示す。熱平衡反応支配の隙間腐食では、表面入口からの酸化剤の侵入機構による酸化反応のために、入口近傍で極大を生じる。しかし、当該傾向は、Fig.6 の酸化膜厚の比較結果からも明瞭であり、隙間の表面積/体積比が大きい小径程、内壁面からの供給される原子状酸素の空間密度に対応して、酸化膜成長が増大する傾向を示している。Fig.5 Optical micrograph of sectional feature of crevice of SUS316L afterγ-ray irradiation (600℃, 1500h) Fig.6 Difference in thickness of oxidation film in crevice specimens exposed in steam under γ-ray irradiation - 117 -EHP 鋼では、自由表面や隙間径に依らず、酸化膜厚さはほとんど同じである。一方、SUS316L 鋼では、隙間が小径になると、隙間が酸化物で閉塞し、さらに、隙間加工径以上に大きく酸化膜が成長する傾向が明確に見られる。それは、ステンレス鋼本来のCr による酸化膜の保護性が消失している傾向を示唆する。それを確認するために、隙間断面部のEDS による元素の線分析を実施した。Fig.7 に示すように、EHP 鋼では、酸化膜厚が薄く、隙間内表面を含めて、保護性酸化膜構成元素のCr やNi が残存している。一方、SUS316L 鋼では、隙間全体に酸化物が充填しており、それにはCr やNi が殆どなく、保護性酸化膜を形成できないことが明らかである。 Fig.7 Line profile of major elements by EDS on sectional direction of crevice exposed in steam under γ-ray irradiation 本腐食試験結果から、γ線照射場の水蒸気雰囲気のように、原子上酸素が直接酸化反応に関わる場合には、開発材のEHP 鋼と現行材のSUS316L 鋼には、非常に大きな耐酸化性の差が、高温側で一層明確に現れた。当該傾向は、より低温の軽水炉温度域でも生じている現象であることを、過日のBWR 相当の伝熱沸騰面模擬のγ線照射場試験で確認している。実機温度では、酸化膜成長が遅いので、腐食試験後の酸化膜の性状はXPS の表面分析を用いて評価している。Fig.8 に示すように、本試験結果と同様に、SUS316L 鋼では、Cr やNi による保護性の高い二層酸化膜を形成できず、Cr が酸化膜から気相側へ逃散する傾向を示している。一方、25Cr-35Ni 系EHP 鋼は、Ni が表面側で混合スピネルの外層を、Cr が保護性酸化膜の内層を形成する傾向を示している。それの酸化膜の保護性の違いにより、酸素の金属内部への透過傾向が大きく異なりを生じている。SUS316 鋼では、Fig.8 では、材料内部への酸素プロファイルの進行状況が、Fig.7 では、当初の隙間径を超えて酸化膜が成長して隙間が閉塞状態となった後も酸化膜が成長して、大きな体積変化が生じていることが窺える。それは、SCC の要因となる応力が酸化膜成長により生じ得る可能性を示唆している。 Fig.8 Example of depth profile of major elements tested in water environments simulated to boiling surface of BWR Fe Cr - 118 -開発材の25Cr-35Ni 系EHP 鋼と現行材の18Cr-13Ni 系SUS316L 鋼のγ線照射場水蒸気中の耐食性の大きな違いは、高酸素ポテンシャル下の酸化挙動の基本的違いとして理解できる。Fig.9 は、酸素ポテンシャルと酸化膜の安定性の違いが軽水炉温度域迄の溶解度として評価されている酸化電位とpH 線図、Fg.10 は、酸素ポテンシャルと高級酸化物等の各ガス相の分圧の熱力学的平衡図である。高酸化電位ではクロム酸化物の溶解度が大きく、高温ではクロムの高級酸化物を生成し易い傾向が明らかである。ステンレス鋼が高酸化力性条件で優れた耐酸化性を保持するには、SUS316L 鋼より倍近いCr とNi の含有量を持つ安定オーステナイト鋼が必要であり、それには凝固割れを生じない超高純度溶製法を適用した25Cr-35Ni 系EHP 鋼が最適と考えられる。 Fig.9. Stable region of each oxide shown in electrode potential and pH diagram in high temperature water Fig.10 Thermo-dynamical diagram of partial pressure of each gaseous species and pressure of oxygen 従って、当該試験結果からは、数十kGy/h のような照射線量範囲であれば、25Cr-35Ni 系EHP鋼の適用により、γ線照射下の水蒸気中の腐食が十分に抑制できると判断される。 4.結論 LWRs 炉内構造材のステンレス鋼のSCC の分岐・伝播には、γ線照射下の吸収線量による発熱と割れの狭い隙間内の局所的水蒸気環境での腐食挙動の重要性が示唆される。当該観点から、γ線照射場の高温水蒸気暴露試験を、自由表面と割れ模擬の隙間条件で400.600℃の範囲で実施し、非鋭敏化仕様のSUS316L 鋼の現行材と、オーステナイト相安定性と酸化膜形成能を高めた25Cr-35Ni 系EHP 鋼の開発材の耐酸化性を比較評価した。それの結果から、酸化反応速度は、表面層の水分子からの原子状酸素の励起生成速度支配の直線則を示し、1500 時間程度でも両鋼間の耐食性の違いが明瞭に現れた。現行材は、Cr がFe 主体の単一酸化膜を通して気相側へ逃散し、保護性が低下して、高温側の酸化速度が大きく増大する。一方、開発材は、Ni、Fe の混合スピネル外層形成によりCr 主体酸化物内層の保護性二層膜を高温迄形成できるので、優れた耐酸化性を示す。それの腐食傾向の違いは、励起酸素密度の高い隙間では、表面壁面積/体積比の大きい小径の狭い隙間程、厳しい酸化が生じていた。 今後の高耐食性が確認されたEHP鋼の軽水炉構造材料への適用では、超高純度化に伴う機械的強度低下と製造コスト低減の対策として、現行材へのEHP 鋼クラッド技術開発が重要である。 謝辞 本研究は、株式会社神戸製鋼所が文部科学省から受託した原子力システム研究開発事業「原子力プラント安全性の向上に対応できる高耐食性EHPステンレス鋼の適用技術に関する研究開発」による成果の一部である。 参考文献 [1] S. H. Bush & R. L. Dillon: ““Stress Corrosion in Nuclear Systems““, USAEC Report (1973). [2] H. H. Klepfer et al.: ““Investigation of Cause of Cracking in Austenitic Stainless Steel Piping., General Electric Company Report, No. NEDO 21000-1 (1975). [3] M. J. Povich & R. E. Smith: Paper presented to NACE - 119 -Corrosion/79, Paper No. 235 (1979). [4] 日本溶接協会:“原子力調査団報告書”, JWESAE-7601 (1976). [5] J. M. Cookson, G. S. Was and P. L. Andresen, ““Oxide-Induced Initiation of Stress Corrosion Cracking in Irradiated Stainless Steel,““ Corrosion, 54[4], p.299, (1998). [6] Y. Katayama, M. Tsubota, Y. Saito, ““Combination of Cold Work and Heat Treatment on Stress Corrosion Cracking Susceptibility of L-grade Stainless Steel,““ Corrosion 2003, Paper No.3665, NACE, (2003). [7] P. L. Andresen, M. M. Morra, and W. R. Catlin, ““Effect of Yield Strength, Corrosion Potential, Composition and Stress Intensity Factor in SCC of Stainless Steels,““ Corrosion 2004, Paper No.4678, NACE, (2004). [8] 原子力安全・保安院, 「炉心シュラウドおよび原子炉再循環系配管の健全性評価について-検討結果の整理-」, 経済産業省白書・報告書, (2004). [9] Okamura, Y., Sakashita, A., Fukuda, T., Yamashita, H. and Futami, T., “The latest issues of Core Shroud and Recirculation Piping in Japanese BWRs”, Trans. of SMiRT 17, No. WG01-1 (2003). [10] 鈴木俊一, 高守謙郎, 熊谷克彦 他, “BWRにおける低炭素ステンレス鋼のSCC形態の評価”, 圧力技術, 42 巻4 号, pp.188-198 (2004). [11] 木内清、小河浩晃, 原子力機器の伝熱構造材における励起反応支配の界面現象, 表面技術, p942 (2003) [12] 木内清, 超臨界圧水等の水物性と放射線作用下の界面反応、水化学標準研究専門員会報告, 日本原子力学会, 第16 回報告書 (2006) [13] 木内清、井岡郁夫, “次世代原子力システム用の超高純度ステンレス合金の開発”、原子力eye, Vol55, No5(2009) [14] (社)日本溶接協会, “核燃料サイクル施設へ適用する超高純度仕様のオーステナイト系EHP ステンレス鋼の溶接施工技術に関して” EHP 委員会報告書、-2009[15] Junpei Nakayama, Kiyoshi Kiuchi, “Development of Extra-High Purity Stainless Steels for Nuclear Corrosive Environments”, MRS Proceedings, vol.1298 (2011). [16] 中山準平, 能浦毅, 山田斉, 山本一満, “次世代原子力システム用超高純度合金EHP○R ”, R&D KOBE STEEL ENGINEERING REPORTS, vol.59, No.2 (2009). [17] 小河浩晃, 木内清, 佐分利禎, 深谷清, “希ガス-酸素系の低温プラズマ励起反応に関する研究”, JAERI-Research 2001-023 (2001). [18] 佐分利禎, 小河浩晃, 上田哲志, 木内清, “低温プラズマ励起表面反応の評価試験装置の開発”, JAERI-Tech 2000-057 (2000). [19] 小河浩晃, 木内清, “低温プラズマ存在下における被覆管材の水素透過挙動の評価”, JAERI-Research 2002-037 (2002). [20] 小河浩晃, 木内清, “低温酸素中の耐食合金の高温酸化に及ぼす低速電子励起効果とCr の役割”,vol.58, No.9 (2007). - 120 -“ “超高純度ステンレス鋼(EHP 合金)の環境適用性評価 “ “江藤 淳二,Junji ETOH,芦田 高規,Takaki ASHIDA,落合 孝正,Takamasa OCHIAI,木内 清,Kiyoshi KIUCHI,滝沢 真之,Masayuki TAKIZAWA,中山 準平,Junpei NAKAYAMA
原子力機器のオーステナイト系ステンレス鋼は、保護性の高い不動態膜の形成により、長期健全性が保持される。1970 年代には、BWR の通常仕様ステンレス鋼製の再循環系配管等の溶接熱影響部に、結晶粒界の炭化物析出域に沿ったCr 欠乏層生成に起因した鋭敏化が原因で、数多くのIGSCC が経験された[1]~[7]。現行機器には、それを防止した低炭素仕様SUS316L等の非鋭敏化ステンレス鋼が適用されている。しかし、近年になり、BWRのIASCC を生じる重照射部位以外の炉内金物のシュラウドや再循環系配管の強表面加工層にTGSCC を発生して、溶接金属を問わずIGSCC が分岐・伝播する新タイプの割れが顕在化し、PWRでは、ネジ構造等の隙間部特有の割れが多発するようになった[8]~[10]。 筆者らは、上記のSUS300 系の非鋭敏化鋼の新タイプの割れ要因として、TGSCC ではマルテンサイトを生じ易いオーステナイト相安定性の低さに、IGSCC への分岐・伝播ではγ線照射場の吸収線量に依存した高温化と隙間特有の水蒸気酸化に着目している[11]- [12]。全腐食電位域でのIGC やIGSCC が防止できるステンレス鋼は、日本原子力機構と神戸製鋼所により、凝固割れ抵抗性にも優れる超高純度仕様EHP (Extra high purity stainless steel) が開発されており、日本溶接協会に標準規格が諮問されている[13]- [16]。それには、上記の新タイプのSCC防止への有効性が示唆される保護性酸化膜の形成能に優れた安定オーステナイト系25Cr-35Ni 系EHP 鋼がある。 本報告は、既存知見が殆ど無いγ線照射場の高温水蒸気中の暴露試験を自由表面と隙間条件の2条件で実施して、開発鋼と現行の非鋭敏化SUS316L 鋼の腐食挙動の違いを評価した。
2.実験方法
(1) γ線照射下の高温水蒸気暴露試験 -自由表面腐食試験- 超臨界圧炉を含めた軽水炉の水蒸気環境、BWR燃料被覆管の沸騰伝熱面、及び照射発熱している隙間壁面では、γ線照射により材料表面に放出される低速電子の量子化学的作用により水分子から原子状酸素が励起生成し、それの直接反応により、従来の水側の放射線分解の過酸化水素等の酸化剤のよりも数桁以上厳しい酸化を生じる可能性がある[11] 。原子状酸素は、酸化膜の透過性が非常に高く、酸化膜成長促進と同時に金属中に溶解し易く、通常の熱力学的平衡のガス分子の解離反応支配とは全く異なる腐食挙動を生じる可能性がある [18]~[20]。 連絡先:江藤 淳二、株式会社三菱総合研究所、 〒100-8141 東京都千代田区永田町2-10-3、 E-mail: junji_eto@mri.co.jp - 115 -本研究では、それの腐食挙動の基礎評価として、JAEA 高崎研のコバルト60 照射セル内で、γ線照射場(線量率、最大8.39 kGy/h)の常圧水蒸気中で、温度3 条件(400, 500, 600℃)、γ線照射時間2条件(500, 1000h)でステンレス鋼種間の腐食挙動の違いを評価した。 25Cr-35Ni 系EHP 鋼 (以後、EHP 鋼と略称)、及びSUS316L 鋼の化学組成をTable1 に示す。EHP 鋼は、許容不純物を「N+C+ O +P+S < 100 ppm 及びB <0.5 ppm」に制御し、過不動態迄の全腐食電位域で粒界腐食を生じない仕様鋼である。試験片は、後述のFig.2の隙間腐食試験片と同一の穴無し形状である。試験片はバフ研磨の表面仕上げを行い、試験に供した。γ線照射場暴露試験装置は、Fig.1 に示すように、60Co のγ線源の近傍に設置した腐食試験容器、水蒸気の供給、凝縮回収系から構成され、水蒸気供給条件を一定にして、常圧で腐食試験を実施した。 Fig.1 Schematic view of apparatus used for corrosion tests in steam under γ-ray irradiation (2) γ線照射環境下の高温水蒸気暴露試験 .隙間腐食試験. 隙間では、壁面積/体積比に応じて、壁面からの低 速電子励起反応による原子状の酸素の供給密度が増大する可能性があることから[18]~[20]、自由表面よりも高酸素ポテンシャル条件となり、酸化膜の保護性の違いや、SCC の割れ先端の腐食挙動に影響が出やすいと推定される。試験材は、自由表面腐食試験と同じ板状試験片の端面に、放電加工により深さ10 mmで、0.2φ、φ0.3、φ0.4 mm の円柱上の穴加工を施した試験片を用いた。隙間腐食試験は600℃の1条件、γ線照射時間1500hr で実施した。 Fig.2 Shape of specimens used in crevice corrosion tests underγ-ray irradiation 3.実験結果および考察 (1)γ線照射場の自由表面腐食試験 水蒸気曝露試験後の試験片の外観SEM写真をFig.3 に示す。試験温度範囲で、EHP 鋼は均一な酸化膜の生成傾向を示すが、SUS316L 鋼は、高温側程、酸化膜の凹凸が大きく、剥離傾向も見られる。X 線回折による酸化皮膜中の酸化物の同定では、いずれの試験材もM2O3とM3O4 の両結晶構造の酸化物が同定されたが、後述の隙間腐食試験材のEDS 組成分析から、酸化膜の構成金属元素の組成の大きな違いが判明している。酸化による減肉量には、酸化膜生成量+酸化膜剥離量+気相への逃散量+内部酸化深さの全量が関係するが、ここでは、水蒸気曝露試験前後の質量増量から、各試験片の酸化反応速度定数を求 Table1. Chemical composition of specimen materials - 116 -Fig.3 SEM photographs of the outer surface of specimens after exposed in steam underγ-ray irradiation めて、アレニウス依存性を評価した。ステンレス鋼では、通常の熱平衡の酸化速度は、酸化膜中のイオンの拡散支配の放物線則に依存した低い酸化反応速度を示す。しかし、γ線照射場の酸化反応支配では、原子状酸素の供給量に依存する照射線量に応じた直線則となるが報告されている[20]。本研究で評価した酸化反応速度定数のアレニウス依存性をFig.4 にプロットした。酸化膜の表面状態に対応して、SUS316L 鋼の酸化反応速度は、600℃の高温側で大幅に増大している。ただし、酸化膜の保護性が低いSUS316L 鋼の酸化速度は、低温側で低めに出ている可能性がある。Fig.4 Arrhenius relationship of the weight gain rate on the free surfaces corrosion in steam under γ-ray irradiation (2) γ線照射場の隙間腐食試験EHP 鋼は、自由表面の酸化速度が低い結果と同様に、1500h、600℃でも、隙間内部で酸化が促進される傾向が観察されなかった。一方、SUS316L 鋼は、Fig.5 のγ線照射後の隙間性状の断面写真を示すように、隙間径に依存して、隙間内部で略均一な酸化膜成長を示す。熱平衡反応支配の隙間腐食では、表面入口からの酸化剤の侵入機構による酸化反応のために、入口近傍で極大を生じる。しかし、当該傾向は、Fig.6 の酸化膜厚の比較結果からも明瞭であり、隙間の表面積/体積比が大きい小径程、内壁面からの供給される原子状酸素の空間密度に対応して、酸化膜成長が増大する傾向を示している。Fig.5 Optical micrograph of sectional feature of crevice of SUS316L afterγ-ray irradiation (600℃, 1500h) Fig.6 Difference in thickness of oxidation film in crevice specimens exposed in steam under γ-ray irradiation - 117 -EHP 鋼では、自由表面や隙間径に依らず、酸化膜厚さはほとんど同じである。一方、SUS316L 鋼では、隙間が小径になると、隙間が酸化物で閉塞し、さらに、隙間加工径以上に大きく酸化膜が成長する傾向が明確に見られる。それは、ステンレス鋼本来のCr による酸化膜の保護性が消失している傾向を示唆する。それを確認するために、隙間断面部のEDS による元素の線分析を実施した。Fig.7 に示すように、EHP 鋼では、酸化膜厚が薄く、隙間内表面を含めて、保護性酸化膜構成元素のCr やNi が残存している。一方、SUS316L 鋼では、隙間全体に酸化物が充填しており、それにはCr やNi が殆どなく、保護性酸化膜を形成できないことが明らかである。 Fig.7 Line profile of major elements by EDS on sectional direction of crevice exposed in steam under γ-ray irradiation 本腐食試験結果から、γ線照射場の水蒸気雰囲気のように、原子上酸素が直接酸化反応に関わる場合には、開発材のEHP 鋼と現行材のSUS316L 鋼には、非常に大きな耐酸化性の差が、高温側で一層明確に現れた。当該傾向は、より低温の軽水炉温度域でも生じている現象であることを、過日のBWR 相当の伝熱沸騰面模擬のγ線照射場試験で確認している。実機温度では、酸化膜成長が遅いので、腐食試験後の酸化膜の性状はXPS の表面分析を用いて評価している。Fig.8 に示すように、本試験結果と同様に、SUS316L 鋼では、Cr やNi による保護性の高い二層酸化膜を形成できず、Cr が酸化膜から気相側へ逃散する傾向を示している。一方、25Cr-35Ni 系EHP 鋼は、Ni が表面側で混合スピネルの外層を、Cr が保護性酸化膜の内層を形成する傾向を示している。それの酸化膜の保護性の違いにより、酸素の金属内部への透過傾向が大きく異なりを生じている。SUS316 鋼では、Fig.8 では、材料内部への酸素プロファイルの進行状況が、Fig.7 では、当初の隙間径を超えて酸化膜が成長して隙間が閉塞状態となった後も酸化膜が成長して、大きな体積変化が生じていることが窺える。それは、SCC の要因となる応力が酸化膜成長により生じ得る可能性を示唆している。 Fig.8 Example of depth profile of major elements tested in water environments simulated to boiling surface of BWR Fe Cr - 118 -開発材の25Cr-35Ni 系EHP 鋼と現行材の18Cr-13Ni 系SUS316L 鋼のγ線照射場水蒸気中の耐食性の大きな違いは、高酸素ポテンシャル下の酸化挙動の基本的違いとして理解できる。Fig.9 は、酸素ポテンシャルと酸化膜の安定性の違いが軽水炉温度域迄の溶解度として評価されている酸化電位とpH 線図、Fg.10 は、酸素ポテンシャルと高級酸化物等の各ガス相の分圧の熱力学的平衡図である。高酸化電位ではクロム酸化物の溶解度が大きく、高温ではクロムの高級酸化物を生成し易い傾向が明らかである。ステンレス鋼が高酸化力性条件で優れた耐酸化性を保持するには、SUS316L 鋼より倍近いCr とNi の含有量を持つ安定オーステナイト鋼が必要であり、それには凝固割れを生じない超高純度溶製法を適用した25Cr-35Ni 系EHP 鋼が最適と考えられる。 Fig.9. Stable region of each oxide shown in electrode potential and pH diagram in high temperature water Fig.10 Thermo-dynamical diagram of partial pressure of each gaseous species and pressure of oxygen 従って、当該試験結果からは、数十kGy/h のような照射線量範囲であれば、25Cr-35Ni 系EHP鋼の適用により、γ線照射下の水蒸気中の腐食が十分に抑制できると判断される。 4.結論 LWRs 炉内構造材のステンレス鋼のSCC の分岐・伝播には、γ線照射下の吸収線量による発熱と割れの狭い隙間内の局所的水蒸気環境での腐食挙動の重要性が示唆される。当該観点から、γ線照射場の高温水蒸気暴露試験を、自由表面と割れ模擬の隙間条件で400.600℃の範囲で実施し、非鋭敏化仕様のSUS316L 鋼の現行材と、オーステナイト相安定性と酸化膜形成能を高めた25Cr-35Ni 系EHP 鋼の開発材の耐酸化性を比較評価した。それの結果から、酸化反応速度は、表面層の水分子からの原子状酸素の励起生成速度支配の直線則を示し、1500 時間程度でも両鋼間の耐食性の違いが明瞭に現れた。現行材は、Cr がFe 主体の単一酸化膜を通して気相側へ逃散し、保護性が低下して、高温側の酸化速度が大きく増大する。一方、開発材は、Ni、Fe の混合スピネル外層形成によりCr 主体酸化物内層の保護性二層膜を高温迄形成できるので、優れた耐酸化性を示す。それの腐食傾向の違いは、励起酸素密度の高い隙間では、表面壁面積/体積比の大きい小径の狭い隙間程、厳しい酸化が生じていた。 今後の高耐食性が確認されたEHP鋼の軽水炉構造材料への適用では、超高純度化に伴う機械的強度低下と製造コスト低減の対策として、現行材へのEHP 鋼クラッド技術開発が重要である。 謝辞 本研究は、株式会社神戸製鋼所が文部科学省から受託した原子力システム研究開発事業「原子力プラント安全性の向上に対応できる高耐食性EHPステンレス鋼の適用技術に関する研究開発」による成果の一部である。 参考文献 [1] S. H. Bush & R. L. 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