低合金鋼SQV2A の多パスビードオン溶接の相変態を考慮した残留応力解析
公開日:
カテゴリ: 第12回
1.緒 言
低合金鋼の溶接では、溶接入熱に伴う昇温過程およびその後の降温過程において相変態が起きる。著者らは溶接過程の相変態に伴い発生するひずみ (以下、相変態ひずみ) を考慮可能な熱弾塑性解析手法を構築し、溶接過程で相変態が起きる材料である低合金鋼SQV2A (JIS G3120) を対象に、残留応力に及ぼす相変態ひずみの影響を検討してきた。これまでに相変態ひずみを考慮した解析手法および考慮しない解析手法のそれぞれを用いて厚さ10 mm の平板に1 パスのビード溶接を行った試験体の残留応力解析を行い、残留応力測定の実験結果との比較から、ビード溶接の残留応力を精度良く予測するには、相変態ひずみの考慮が必要であることを示した[1]。ビード溶接により相変態が起きた溶接施工面の引張応力は、相変態が起きなかった反対面の引張応力よりも低くなった。相変態ひずみを考慮した解析から残留応力生成メカニズムを検討した結果、溶接施工面では溶接の昇温過程において相変態が起きる温度に到達し、降温過程の相変態で発生する膨張の相変態ひずみにより引張応力が減少することを明らかにした。 実機では一般に多層多パス溶接が適用されている。多層多パス溶接では、先行パスに隣接して後続パスが置かれる。先行パス領域は、後続パスの入熱により引張応力が発生する。一方、相変態が起きる温度には到達しないため引張応力は減少しない。さらに、後続パス領域の相変態ひずみによる引張応力の減少は、先行パス領域には及ばないと考えられる。この考察の検証を目的として、本研究では5 パスのビードオン溶接を行った試験体を対象に残留応力分布を実験および解析により検討した。
2.低合金鋼SQV2A の相変態ひずみ
著者らは、変形を拘束していない直径3 mm、長さ10mmの低合金鋼SQV2Aの試験片を対象に、昇温過程および降温過程のひずみを測定した。測定結果をFig. 1 に示す。昇温過程では775℃から850℃の範囲で勾配が変化した。また、降温過程では500℃から380℃において勾配が変化した。これらの変化は相変態に起因する。降温過程では0.4%の膨張の相変態ひずみが発生する。降温過程の相変態ひずみは残留応力に影響を及ぼす。
Fig.1 Thermal strain history in heating and cooling process
3.実験方法
低合金鋼SQV2A の平板にビード溶接を行なった試験体を製作した。Fig. 2(a) に試験体の形状およびビード溶接の位置を示す。試験体は厚さ10 mm ×幅167 mm ×長さ180 mm の平板である。ビード溶接のパス数は5 パスとした。1 パス目の溶接は、電極が素材の端部から65 mm の位置となるように設定した。2 パス目以降の溶接は、電極が直前に行った溶接のビード端部となるように設定した。溶接方法は自動TIG 溶接であり、電流は140 A、電圧は10.8 V、溶接速度は60 mm/min であり、入熱量は15.1 kJ/cm である。また、予熱およびパス間温度は155 oC とした。変形の拘束は行わず試験体を台に置いた状態で溶接した。1 パス目の溶接において熱電対を用いて溶接部周囲の温度履歴を測定した。Fig. 2(b) に熱電対の取付け位置を示した。溶接施工面においてビード端部から5 mm, 10 mmおよび反対面において溶接施工面のビード中央に相当する位置に取り付けた。 製作した試験体の残留応力をひずみ解放法により測定した。残留応力測定位置をFig. 2(a) に示した。溶接パスの長手方向の中央を横切る位置とした。溶接後の試験体に2 軸のひずみゲージを取り付けて初期値を測定し、次にひずみゲージの周囲を放電ワイヤ加工により切断して細片にした状態で最終値を測定し、初期値と最終値の差かから解放ひずみを求め、平面応力の応力ひずみ関係式から残留応力を計算した。 4.解析方法 非定常熱伝導解析により溶接過程の温度分布を求め、さらにその結果を用いた熱弾塑性解析により残留応力を求めた。Fig. 3 に解析に用いた要素分割を示す。Fig. 2 (a) に示した形状を8 節点6 面体要素を用いて離散化した。要素数は17,280 であり,節点数は21,426 である. (a) Geometry of a specimen (b) Temperature history measurement positions Fig.2 Low alloy steel bead on plate specimen Fig.3 Mesh subdivision of the bead on plate spesimen 4.1 非定常熱伝導解析 解析モデルの初期温度を20 oC とし、155 oC の予熱、第1 パスの溶接開始から第5 パスの溶接終了および全体が初期温度に到達するまでの温度分布を解析した。熱源の移動は、1 パスのビード幅を直径とする円内に一様分布の表面熱流束を与え、それを溶接速度で溶接パス上を移動する移動熱源モデルを用いた。本研究の1 パスのビード幅は10 mmである。そこで、サブルーチンプログラムを作製して、直径10 mmの円内の領域に電流、電圧および入熱効率の積から計算される表面熱流束を与える条件を定義し、その領域が溶接施工面の溶接パスに相当するラインに沿って移動するように設定した。 0:00:0051015200 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 Thermal strain (x10-3) Termperature (oC) 380 500 775 850 4x10-3 Heating Cooling 65 mm 10 mm 180mm 5th pass Residual stress measurement line Weld bead ・TIG weld ・Current 140 A ・Voltage 10.8 V ・Travel speed 60 mm/min ・Heat input quantity 15.1 kJ/cm 1st pass 167 mm Side A Side B 1st weld pass 5 mm 10 mm C B A :Thermocouple Longitudinal direction Transverse direction 180 mm 167 mm 10 mm Welded area Contour lines drawing area in Fig. 6 Weld start Weld end - 130 -4.2 熱弾塑性解析 熱弾塑性解析により溶接過程の応力分布を求めた。解析では、Fig. 1 に示した熱ひずみの特性を与えるように設定したサブルーチンプログラムを作製して用いた。最高温度が775 oC に到達した領域では、降温過程の熱ひずみの経路は昇温過程と異なる経路となる。一方、775 oC に到達しない領域では、降温過程の熱ひずみの経路は昇温過程と同一の経路となる。 5.結果および考察 5.1 温度履歴 熱源が1 パスの中間位置に到達したときの温度分布を等高線図でFig. 4 に示す。入熱領域中心の最高到達温度は1800 oC である。熱電対により温度を測定した位置に相当する節点の温度履歴と実験結果の比較をFig. 5 に示す。入熱効率は、Fig. 2(b) に示したA点の最高到達温度の実験結果が解析結果と一致するように調整した。入熱効率は73%であった。このとき、他のB 点およびC 点の実験結果と解析結果は良好に一致した。この結果より、4.1 節に述べた移動熱源モデルの適用と、実験結果との比較による入熱効率の適切な設定により、溶接部周囲の温度履歴は精度良く予測できることを確認した。 Fig.4 Contour lines of temperature in the 1st pass welding Fig.5 Temperature histories at the measurement positions Fig. 5 に示した結果より、温度を測定したA 点からC 点では、昇温過程の相変態温度である775 oC に到達しないことがわかった。すなわち、Fig. 2(b) に示したこれらの点の位置からわかるように、溶接施工面では溶接パスの端から5 mm 以上離れた領域では相変態は起きない。また、反対面では全面にわたって相変態は起きない。 5.2 残留応力 解析により得られた残留応力分布を等高線図でFig. 6 に示す。Fig. 6(a) は溶接線平行方向応力の分布である。溶接パスの長さ方向の中央を通る面を切断面としたときのパス終端側の1/2 領域を示した。溶接部には引張応力が発生し、それと平衡する圧縮応力が試験体の端部に発生している。切断面における第5 パス付近の引張応力は、パスの中央部では低い。解析では最高温度が775 oC 以上に到達すると相変態ひずみが発生する設定とした。第5 パス中央部の引張応力が減少した領域では、第5 パス溶接時の最高温度が775 oC 以上に到達した。 Fig. 6(b) に溶接線直交方向応力の分布を示す。溶接線直交方向応力では第5 パスの中央部の引張応力は周囲よりも高くなる傾向が見られる。溶接パスの終端側の板端部では溶接部に発生した引張応力と平衡する圧縮応力が発生している。 (a) Longitudinal stress (b) Transverse stress Fig.6 Contour lines of residual stress 200 oC 300 oC 500 oC 400 oC 1000 oC +400 MPa +100 MPa +300 MPa -400 MPa 5th pass area Welded area Welded surface +200 MPa 0 MPa -500 MPa 5th pass area Welded area Welded surface 1st weld pass 5 mm 10 mm C B A :Thermocouple Experiment Analysis - 131 -(a) Welded surface (b) Opposite surface Fig.7 Longitudinal residual stress profiles (a) Welded surface (b) Opposite surface Fig.8 Transverse residual stress profiles 試験体表面の溶接線平行方向応力の実験結果と解析結果の比較をFig. 7 に示す。溶接施工面における分布をFig. 7(a) に示した。実験結果と解析結果は良好に一致しており、最終パスである第5 パス領域では、溶接パス中央の引張応力は周囲よりも低くなった。一方、第1 パスから第4 パスまでの先行パスの領域では、第5 パス領域のような引張応力の減少は見られない。これは先行パス領域の温度は後続パスの溶接により上昇するが、相変態が起きる温度に到達しないため、降温過程の膨張の相変態ひずみは発生しないことによる。反対面における溶接線平行方向応力の分布をFig. 7(b) に示した。反対面においも各パスの溶接過程において相変態が起きる温度に到達しておらず相変態ひずみは発生しないため、溶接面の溶接部に相当する領域では引張応力の減少は見られない。 試験体表面の溶接線直交方向応力の実験結果と解析結果の比較をFig. 8 に示す。溶接施工面における分布をFig. 8(a) に示した。実験結果と解析結果は良好に一致した。第5 パス領域で引張応力が周囲よりも高くなる傾向が見られる。反対面における分布をFig. 8(b) に示した。全領域にわたって解析結果の方が実験結果よりも引張応力が低くなっており、実験結果と解析結果に乖離が見られる。解析の高精度化として相変態ひずみによる変形とそれを介した残留応力の影響などについて検討が必要と考える。 6.結 言 溶接過程で相変態が起きる材料である低合金鋼SQV2A を対象に、5 パスのビード溶接を行った試験体を製作し、溶接部の残留応力をひずみ解放法により測定した。また、溶接過程の温度分布を非定常熱伝導解析により求め、その結果を用いて残留応力分布を熱弾塑性解析により求めた。解析結果は実験結果と良好に一致しており、最終パスである第5 パスの溶接中に最高到達温度が775 oC に到達する領域では、降温過程の相変態ひずみにより溶接線平行方向応力が減少した。先行パスの領域では相変態ひずみの影響は小さく、第5 パスの領域よりも高い引張応力が発生することを明らかにした。 参考文献 [1] N.Yanagida and K.Saito: Effects of Weld and Post Weld Heat Treatment Conditions on Welding Residual Stress in Low Alloy Steel Plate, Transactions of the JSME, Series (A), Vol.79, No.802 (2013), 847-862. (in Japanese). -600-400-2000200400600-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 120 Longitudinal stress (MPa) Distance from the 1st pass left fusion line (mm) Welded area 5th pass area -600-400-2000200400600-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 120 Longitudinal stress (MPa) Distance from the 1st pass left fusion line (mm) Welded area 5th pass area -600-400-2000200400600-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 120 Transverse stress (MPa) Distance from the 1st pass left fusion line (mm) Welded area 5th pass area -600-400-2000200400600-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 120 Transverse stress (MPa) Distance from the 1st pass left fusion line (mm) Welded area 5th pass area Experiment Analysis Experiment Analysis Experiment Analysis Experiment Analysis - 132 -“ “低合金鋼SQV2A の多パスビードオン溶接の相変態を考慮した残留応力解析“ “柳田 信義,Nobuyoshi YANAGIDA,斎藤 高一,Koichi SAITO
低合金鋼の溶接では、溶接入熱に伴う昇温過程およびその後の降温過程において相変態が起きる。著者らは溶接過程の相変態に伴い発生するひずみ (以下、相変態ひずみ) を考慮可能な熱弾塑性解析手法を構築し、溶接過程で相変態が起きる材料である低合金鋼SQV2A (JIS G3120) を対象に、残留応力に及ぼす相変態ひずみの影響を検討してきた。これまでに相変態ひずみを考慮した解析手法および考慮しない解析手法のそれぞれを用いて厚さ10 mm の平板に1 パスのビード溶接を行った試験体の残留応力解析を行い、残留応力測定の実験結果との比較から、ビード溶接の残留応力を精度良く予測するには、相変態ひずみの考慮が必要であることを示した[1]。ビード溶接により相変態が起きた溶接施工面の引張応力は、相変態が起きなかった反対面の引張応力よりも低くなった。相変態ひずみを考慮した解析から残留応力生成メカニズムを検討した結果、溶接施工面では溶接の昇温過程において相変態が起きる温度に到達し、降温過程の相変態で発生する膨張の相変態ひずみにより引張応力が減少することを明らかにした。 実機では一般に多層多パス溶接が適用されている。多層多パス溶接では、先行パスに隣接して後続パスが置かれる。先行パス領域は、後続パスの入熱により引張応力が発生する。一方、相変態が起きる温度には到達しないため引張応力は減少しない。さらに、後続パス領域の相変態ひずみによる引張応力の減少は、先行パス領域には及ばないと考えられる。この考察の検証を目的として、本研究では5 パスのビードオン溶接を行った試験体を対象に残留応力分布を実験および解析により検討した。
2.低合金鋼SQV2A の相変態ひずみ
著者らは、変形を拘束していない直径3 mm、長さ10mmの低合金鋼SQV2Aの試験片を対象に、昇温過程および降温過程のひずみを測定した。測定結果をFig. 1 に示す。昇温過程では775℃から850℃の範囲で勾配が変化した。また、降温過程では500℃から380℃において勾配が変化した。これらの変化は相変態に起因する。降温過程では0.4%の膨張の相変態ひずみが発生する。降温過程の相変態ひずみは残留応力に影響を及ぼす。
Fig.1 Thermal strain history in heating and cooling process
3.実験方法
低合金鋼SQV2A の平板にビード溶接を行なった試験体を製作した。Fig. 2(a) に試験体の形状およびビード溶接の位置を示す。試験体は厚さ10 mm ×幅167 mm ×長さ180 mm の平板である。ビード溶接のパス数は5 パスとした。1 パス目の溶接は、電極が素材の端部から65 mm の位置となるように設定した。2 パス目以降の溶接は、電極が直前に行った溶接のビード端部となるように設定した。溶接方法は自動TIG 溶接であり、電流は140 A、電圧は10.8 V、溶接速度は60 mm/min であり、入熱量は15.1 kJ/cm である。また、予熱およびパス間温度は155 oC とした。変形の拘束は行わず試験体を台に置いた状態で溶接した。1 パス目の溶接において熱電対を用いて溶接部周囲の温度履歴を測定した。Fig. 2(b) に熱電対の取付け位置を示した。溶接施工面においてビード端部から5 mm, 10 mmおよび反対面において溶接施工面のビード中央に相当する位置に取り付けた。 製作した試験体の残留応力をひずみ解放法により測定した。残留応力測定位置をFig. 2(a) に示した。溶接パスの長手方向の中央を横切る位置とした。溶接後の試験体に2 軸のひずみゲージを取り付けて初期値を測定し、次にひずみゲージの周囲を放電ワイヤ加工により切断して細片にした状態で最終値を測定し、初期値と最終値の差かから解放ひずみを求め、平面応力の応力ひずみ関係式から残留応力を計算した。 4.解析方法 非定常熱伝導解析により溶接過程の温度分布を求め、さらにその結果を用いた熱弾塑性解析により残留応力を求めた。Fig. 3 に解析に用いた要素分割を示す。Fig. 2 (a) に示した形状を8 節点6 面体要素を用いて離散化した。要素数は17,280 であり,節点数は21,426 である. (a) Geometry of a specimen (b) Temperature history measurement positions Fig.2 Low alloy steel bead on plate specimen Fig.3 Mesh subdivision of the bead on plate spesimen 4.1 非定常熱伝導解析 解析モデルの初期温度を20 oC とし、155 oC の予熱、第1 パスの溶接開始から第5 パスの溶接終了および全体が初期温度に到達するまでの温度分布を解析した。熱源の移動は、1 パスのビード幅を直径とする円内に一様分布の表面熱流束を与え、それを溶接速度で溶接パス上を移動する移動熱源モデルを用いた。本研究の1 パスのビード幅は10 mmである。そこで、サブルーチンプログラムを作製して、直径10 mmの円内の領域に電流、電圧および入熱効率の積から計算される表面熱流束を与える条件を定義し、その領域が溶接施工面の溶接パスに相当するラインに沿って移動するように設定した。 0:00:0051015200 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 Thermal strain (x10-3) Termperature (oC) 380 500 775 850 4x10-3 Heating Cooling 65 mm 10 mm 180mm 5th pass Residual stress measurement line Weld bead ・TIG weld ・Current 140 A ・Voltage 10.8 V ・Travel speed 60 mm/min ・Heat input quantity 15.1 kJ/cm 1st pass 167 mm Side A Side B 1st weld pass 5 mm 10 mm C B A :Thermocouple Longitudinal direction Transverse direction 180 mm 167 mm 10 mm Welded area Contour lines drawing area in Fig. 6 Weld start Weld end - 130 -4.2 熱弾塑性解析 熱弾塑性解析により溶接過程の応力分布を求めた。解析では、Fig. 1 に示した熱ひずみの特性を与えるように設定したサブルーチンプログラムを作製して用いた。最高温度が775 oC に到達した領域では、降温過程の熱ひずみの経路は昇温過程と異なる経路となる。一方、775 oC に到達しない領域では、降温過程の熱ひずみの経路は昇温過程と同一の経路となる。 5.結果および考察 5.1 温度履歴 熱源が1 パスの中間位置に到達したときの温度分布を等高線図でFig. 4 に示す。入熱領域中心の最高到達温度は1800 oC である。熱電対により温度を測定した位置に相当する節点の温度履歴と実験結果の比較をFig. 5 に示す。入熱効率は、Fig. 2(b) に示したA点の最高到達温度の実験結果が解析結果と一致するように調整した。入熱効率は73%であった。このとき、他のB 点およびC 点の実験結果と解析結果は良好に一致した。この結果より、4.1 節に述べた移動熱源モデルの適用と、実験結果との比較による入熱効率の適切な設定により、溶接部周囲の温度履歴は精度良く予測できることを確認した。 Fig.4 Contour lines of temperature in the 1st pass welding Fig.5 Temperature histories at the measurement positions Fig. 5 に示した結果より、温度を測定したA 点からC 点では、昇温過程の相変態温度である775 oC に到達しないことがわかった。すなわち、Fig. 2(b) に示したこれらの点の位置からわかるように、溶接施工面では溶接パスの端から5 mm 以上離れた領域では相変態は起きない。また、反対面では全面にわたって相変態は起きない。 5.2 残留応力 解析により得られた残留応力分布を等高線図でFig. 6 に示す。Fig. 6(a) は溶接線平行方向応力の分布である。溶接パスの長さ方向の中央を通る面を切断面としたときのパス終端側の1/2 領域を示した。溶接部には引張応力が発生し、それと平衡する圧縮応力が試験体の端部に発生している。切断面における第5 パス付近の引張応力は、パスの中央部では低い。解析では最高温度が775 oC 以上に到達すると相変態ひずみが発生する設定とした。第5 パス中央部の引張応力が減少した領域では、第5 パス溶接時の最高温度が775 oC 以上に到達した。 Fig. 6(b) に溶接線直交方向応力の分布を示す。溶接線直交方向応力では第5 パスの中央部の引張応力は周囲よりも高くなる傾向が見られる。溶接パスの終端側の板端部では溶接部に発生した引張応力と平衡する圧縮応力が発生している。 (a) Longitudinal stress (b) Transverse stress Fig.6 Contour lines of residual stress 200 oC 300 oC 500 oC 400 oC 1000 oC +400 MPa +100 MPa +300 MPa -400 MPa 5th pass area Welded area Welded surface +200 MPa 0 MPa -500 MPa 5th pass area Welded area Welded surface 1st weld pass 5 mm 10 mm C B A :Thermocouple Experiment Analysis - 131 -(a) Welded surface (b) Opposite surface Fig.7 Longitudinal residual stress profiles (a) Welded surface (b) Opposite surface Fig.8 Transverse residual stress profiles 試験体表面の溶接線平行方向応力の実験結果と解析結果の比較をFig. 7 に示す。溶接施工面における分布をFig. 7(a) に示した。実験結果と解析結果は良好に一致しており、最終パスである第5 パス領域では、溶接パス中央の引張応力は周囲よりも低くなった。一方、第1 パスから第4 パスまでの先行パスの領域では、第5 パス領域のような引張応力の減少は見られない。これは先行パス領域の温度は後続パスの溶接により上昇するが、相変態が起きる温度に到達しないため、降温過程の膨張の相変態ひずみは発生しないことによる。反対面における溶接線平行方向応力の分布をFig. 7(b) に示した。反対面においも各パスの溶接過程において相変態が起きる温度に到達しておらず相変態ひずみは発生しないため、溶接面の溶接部に相当する領域では引張応力の減少は見られない。 試験体表面の溶接線直交方向応力の実験結果と解析結果の比較をFig. 8 に示す。溶接施工面における分布をFig. 8(a) に示した。実験結果と解析結果は良好に一致した。第5 パス領域で引張応力が周囲よりも高くなる傾向が見られる。反対面における分布をFig. 8(b) に示した。全領域にわたって解析結果の方が実験結果よりも引張応力が低くなっており、実験結果と解析結果に乖離が見られる。解析の高精度化として相変態ひずみによる変形とそれを介した残留応力の影響などについて検討が必要と考える。 6.結 言 溶接過程で相変態が起きる材料である低合金鋼SQV2A を対象に、5 パスのビード溶接を行った試験体を製作し、溶接部の残留応力をひずみ解放法により測定した。また、溶接過程の温度分布を非定常熱伝導解析により求め、その結果を用いて残留応力分布を熱弾塑性解析により求めた。解析結果は実験結果と良好に一致しており、最終パスである第5 パスの溶接中に最高到達温度が775 oC に到達する領域では、降温過程の相変態ひずみにより溶接線平行方向応力が減少した。先行パスの領域では相変態ひずみの影響は小さく、第5 パスの領域よりも高い引張応力が発生することを明らかにした。 参考文献 [1] N.Yanagida and K.Saito: Effects of Weld and Post Weld Heat Treatment Conditions on Welding Residual Stress in Low Alloy Steel Plate, Transactions of the JSME, Series (A), Vol.79, No.802 (2013), 847-862. (in Japanese). -600-400-2000200400600-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 120 Longitudinal stress (MPa) Distance from the 1st pass left fusion line (mm) Welded area 5th pass area -600-400-2000200400600-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 120 Longitudinal stress (MPa) Distance from the 1st pass left fusion line (mm) Welded area 5th pass area -600-400-2000200400600-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 120 Transverse stress (MPa) Distance from the 1st pass left fusion line (mm) Welded area 5th pass area -600-400-2000200400600-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 120 Transverse stress (MPa) Distance from the 1st pass left fusion line (mm) Welded area 5th pass area Experiment Analysis Experiment Analysis Experiment Analysis Experiment Analysis - 132 -“ “低合金鋼SQV2A の多パスビードオン溶接の相変態を考慮した残留応力解析“ “柳田 信義,Nobuyoshi YANAGIDA,斎藤 高一,Koichi SAITO