原子力安全と検査の関係に関する検討(第2報)
公開日:
カテゴリ: 第12回
1.緒言
原子力発電所の安全性は、機械、電気、制御及び土木建築の各設備から成る機械系と、それを運用する人間系の2つの系に支えられていると考えられる(Fig.1)。機械系は多重性/多様性、独立性などのシステムに冗長性を持たせる安全設計上の配慮やフェイルセーフ、フールプルーフ、インターロック等のヒューマンエラー対策などがなされており、設計上の機能が発揮されれば、一定以上の信頼性あるいは安全性を確保できるようになっている。これに対し、人間系は通常時(平時)においては機械系を設計条件内で計画的に、しかも安全安定に運用(運転、保全等)し、電気を生産するが、機械系の故障等の内部事象や地震・津波等の外部事象により、異常が生じたり事故状態になったりした時(有事)は安全を確保するため、機械系を停止、収束させる等の、いわゆる事故対応を行う。言い換えると、原子力安全は機械系の安全機能と人間系の対応が相俟って確保されると言える。なお、ここで述べたプラントの通常時(平時)における保全と事故時(有事) Fig.1 Conceptual structure of nuclear safety Fig.2 Similarity between maintenance in normal time and response in emergency
における事故対応の間にはFig.2に示すような対応関係があり、少なからぬ類似性があり、事故対応は有事の保全とも言えることが報告されている[1]。2.プラントの安全機能と検査の関係 2.1 系統単位の安全機能評価の必要性 原子力発電所は機械、電気、制御及び土木建築の4種類の機器から成り、その数は膨大である。これらの機器を管理する場合、個々の機器を個別に管理することは勿論可能であるが、通常、原子力発電所の各種の機能は系統単位で発揮されるように設計されているので、系統に属する機器全体を視野に入れて当該系統全体で信頼性が高くなるように管理することが重要である(Fig.3)。 Fig.3 Relationship between nuclear safety and each plant system 2.2 プラントの安全機能を担保する保全活動 ある系統の安全機能は、当該系統に属する機器が健全な状態に維持されて初めて発揮されるので、個々の機器の状態を検査・モニタリングしその結果を評価した上で、必要な是正措置を講じる必要がある。その一方、系統の安全機能は地震や溢水、火災などの外的事象で損なわれる場合もあるので、両者を視野に入れた総合的な評価・管理が必要である。すなわち、系統単位の安全機能評価を行うに当たり、通常のプラント運転状態を想定した劣化の評価・検討と不幸にして過酷事象に至ってしまった後の状態を想定した検討の2つの視点が必要であり、このような観点から検討した結果を平時及び有事の保全に反映することが重要である。 以上より、保全活動は「原子力安全」を確保するために行う活動の一部であり、機械系の「安全機能」を正常に、あるいは一定以上の信頼性をもって機能させるための活動であるということができる。検査・モニタリングはこの保全活動の一部として位置付けられる(Fig.4)。 3.原子力安全確保のための検査・モニタリングの在り方 3.1 2段階スクリーニングによる経年劣化管理 機器の将来における健全性を評価・確認するには、検査・モニタリング技術と劣化評価技術を活用する必要がある。すなわち、機器の健全性は、検査・モニタリングを実施するだけでは判定できない。機器の状態を把握するために検査・モニタリングを実施した上で、その結果を劣化評価技術に入力してその後の状態を評価することによって初めて機能が維持されるか否か判定できる。このように、機器の健全性を評価・判定するには、検査・モニタリング技術と劣化評価技術の両方が必要であり、いずれを欠いても評価・判定できない[2]。 Fig.4 Design and maintenance securing the safety function of plant system ここで問題となるのは、この両技術を使用して機器の健全性を確認する方法が安全性に係わることであるので、その結果が信頼できる必要があることである。また、その一方で労力や時間を過度に要することなく容易であることが望まれる。すなわち、如何に両者を両立させることができるかが問題である。このような要求にこたえる方法として従来から下記に示す方法が考案されている。 . まず始めに、対象全体を概略調査し、劣化感受性の比較的高い個所を抽出する。 . 次に、抽出された箇所を詳細調査し、当該部の現状及び将来を正確に把握する。 この考え方を本問題に適用すると、下記のようになる(Fig.5)。 - 150 -. 第 1 段階として、概略評価技術(あるいは広域評価技術) を用いて系統全体を概略評価し、詳細を把握すべき劣化感受性の比較的高い個所を抽出するとともに、概略検査・モニタリング技術(あるいは広域検査・モニタリング技術)を用いて系統全体を概略検査し、異常のないことを実機で確認する。 . 第 2 段階として、詳細評価技術(あるいは局所評価技術) を用いて上記で抽出された詳細を把握すべき比較的感受性の高い個所を詳細評価し、現状及び将来を正確に予測するとともに、局所検査・モニタリング技術(あるいは広域検査・モニタリング技術)を用いて当該部を詳細検査し、異常のないことを実機で確認する。 Fig.5 Two step method for the reliable and reasonable evaluation of component integrity このような手法を取れば、実機で全ての箇所を網羅的に詳細検査する必要はない。信頼性が高く、効率的な方法ということができる。ただし、これはあくまでも原則的な方法を示したものである。劣化事象や対象箇所によって合理的な範囲で一部を省略あるいは代替手法で代替することは可能である。 3.2 システム安全の観点から見た検査・モニタリングの在り方 前項で述べた経年劣化管理を念頭に、検査・モニタリングの在り方について検討する。経年劣化管理は検査・モニタリング技術を用いて検査し現状の劣化状態を把握するとともに、その結果である劣化状態がその後の運転でどのように進展するか、劣化評価技術を用いて予測評価し、少なくとも次回検査までの健全性を証明することによって行われる。検査・モニタリングを実施するには、事前にどの機器を「対象機器」とするか、どのような「検査方法」を適用するか、「検査時期」をいつとするかなどを決める必要がある。言い換えると、検査計画は検査対象、検査方法、検査時期の3つの要素を特定することで決定することができる。この検査計画を決定する具体的方法としてはTable 1 に示す決定論的方法と確率論的方法が考えられる。確率論的方法を用いる場合は、下記のような手順で検討することが考えられる(Fig.6)。① プラント全体の確保すべき安全水準(安全目標)を設定し、その安全目標を満足するのに必要な安全機能を有する各系統の信頼度、そしてその各系統の信頼度を満足するのに必要な当該系統を構成する各機器の信頼度を明確にする。② 上記の各系統あるいは各機器の必要信頼度を確保できるかどうかは、検査性能(あるいは検査の不確定性) と劣化評価の不確定性(予測誤差)を考慮した劣化の進展予測評価結果に依る。この検討評価によって系統の信頼性を確保するために必要な検査性能が求められ、その必要検査性能に対して実際に適用する検査方法の性能が上回れば機器の信頼性、ひいては系統の信頼性が確保されることになる。ここでいう検査性能とは、検査の不確定性(サイジング精度、POD)のことである。Table 1 How to determine the three elements of inspection plan Fig.6 Required inspection ability securing a certain level of systemreliability - 151 -原子力発電所を構成している系統は、前述のように、機械、電気、制御、土木建築の4種類の機器から成り、静的機器と動的機器から成っている。上記の検査不確定性と劣化評価不確定性はこれらの機器の全てに対し想定される。したがって、原子力発電所の信頼性、安全性を議論する場合は、それらの不確定性を考慮した総合的な検討評価が必要であると言える。この検討評価を具体化するために検討用フォーマットを作成した。その一例として耐圧機能が期待される原子炉系について検討した例をTable 2 に示す。この表は原子炉系を構成する主要機器をすべて縦軸に列挙し、その1 つ1 つに対して健全性を確保するために必要な検査精度と検査信頼性(POD)に対し、実機に適用する検査技術の性能である検査精度と検査信頼性がどの程度かを横軸に記載して両者を対比できるようにしたものである。この表の欄を全て埋めれば、実機に適用する検査技術の性能が技術的に妥当であるか否か、また、系統全体として必要な信頼性を確保できるか否か判定することができる。判定が「否」となった場合は、何が問題か、それを解決するためにはどのような課題あるいは調査・研究項目があるか、明確にすることができるフォーマットとなっている。現状で Table 2 の欄を埋めるに当たり、問題となる事項として少なくとも下記が考えられる。(a)機器の健全性確保に必要な検査技術の性能(欠陥検出確率POD: Probability of Detection、欠陥サイジング精度)を明確にするには、まず、「健全性」の意味を明確にする必要がある。健全性とは、耐圧機器の破壊を防止することか、漏えいを防止することか、あるいは構造(形状、寸法)を維持することか等、どのような事を要求されているのかを明確にする必要がある。その上で、その健全性を維持できる最大の欠陥サイズを明確にし、それを検知するのに十分な信頼性(POD) とサイジング精度を有する検査技術が現実に適用されているかを判定する。 (b)これまで我国では検査に関するR&D は、検出可能な最小欠陥サイズ及び欠陥のサイジング精度に重点を置いて実施されてきた。したがって、現状の検査技術の信頼性(POD)を実証するデータが必ずしも十分ではないと思われる。この場合、信頼性確認試験を実施し、十分なデータを蓄積する必要がある。 3.3 耐圧機器の健全性確保に必要な欠陥サイジング精度の検討 ここでは上記(a)の問題に着目し、各種の機能を有する機器のうち、冷却材の圧力保持、すなわち耐圧機能を要求される機器の、健全性確保に必要な欠陥サイジング精度について検討する。たとえば、検査対象のシステムを、冷却材圧力バウンダリーを構成する機械設備とすると、そのシステムを構成Table 2 Inspection accuracy and reliability needed for ensuring a certain level of system reliability 検査部位材質寸法構造検出精度サイジング精度検査信頼性(POD) 課題調査・研究項目健全性確保に必要な検査精度現状技術の精度健全性確保に必要な検査信頼性現状技術の信頼性原子炉圧力容器円筒胴(炉心領域) 低合金鋼板厚??㎜ 円筒DA: a≧T/4=40㎜ (T=160㎜と仮定) SA:≦±??㎜ DA: ? SA: ? a≧T/4=40㎜を100%検出? 原子炉再循環出口ノズル低合金鋼板厚??㎜ ノズルコーナCRDハウジング貫通部スタブ溶接部Alloy600/Alloy82 板厚??㎜ J溶接原子炉再循環系同上配管(エルボ、ティー) 同上ポンプ溶接部同上弁溶接部同上例:原子炉系統系統機器の機能維持の観点から、検査精度、検査信頼性を追求する必要のある箇所はどこか? その条件(材料、形状・寸法、応力)は? 適用すべき検査技術の能力は? 安全リスク重要度等により対象系統を特定機械、電気、制御、土建の各設備のルートに沿って機器をリスト- 152 -する機器が健全性を維持することができる最大の欠陥寸法あるいはそれに代えることができる欠陥寸法をクリティカル寸法と考えることができる。すなわち、下記の2つである。①機器の健全性を維持できる(破壊を回避できる)最大欠陥寸法(クリティカル寸法)........ この欠陥寸法は、あらゆる運転状態を想定して欠陥を内包する機器が不安定破壊しない最大の欠陥寸法である。これは破壊力学を適用して評価することができる。たとえば、原子炉圧力容器は各部に板厚....の1/4 サイズの欠陥を想定し、それでも脆性破壊しないように温度圧力管理が実施されている。したがって、次回検査までに1/4. ....に進展する欠陥サイズ以下の欠陥を確実に検出できる性能の検査技術を適用すれば破壊を回避できることになる。②上記①の最大欠陥寸法に代替できる欠陥寸法の 上記①のクリティカル寸法は、評価対象の個々の条件に依存するので、詳細な応力解析結果や各劣化モードのき裂進展解析等が必要となる。このため、配管系などの 対象箇所が多い場合はそれぞれの箇所のクリティカル寸法を求めるのは容易でない。このため、たとえば、日本機械学会発電用設備規格「設計・建設規格」でいうところの評価不要欠陥をその代替えとして使用することが考えられる。この評価不要欠陥は、一般に上記①でいう詳細応力解析等に基づくクリティカル寸法よりも小さいと考えられるが、適用する検査技術の性能がそれを検出し必要情報を採取するのに十分であれば、あえて詳細応力解析を実施する必要は無く、当該機器の健全性を証明できる。 以上の考え方をフローチャートに表わすと、Fig. 7 に示すようになる。ここで、一例として110 万Kw 級のBWRの原子炉圧力容器のクリティカル欠陥寸法を調査した。 原子炉圧力容器は脆性破壊がクリティカルな事象であり、これを評価する手法は電気技術規程(JEAC4206- 2007) に規定されている。これを用いた破壊靭性評価では、仮想欠陥として以下を用いる。 1) 上鏡(t=100mm):深さ=1/4.t=25mm、長さ==1.5t=150 mm 2) 胴板(t=157mm):深さ=1/4.t = 39.2mm、長さ==1.5t=235.5mm 3) ノズル(ノズル内面コーナ部)(t=157mm):深さ==1/16.t = 約9.8mm、長さ=3/8.t=58.8mm 原子炉圧力容器はこの仮想欠陥寸法の欠陥が実際に存在したとしても脆性破壊を防止できるように、あらゆる運転状態で圧力・温度管理されている。一方、次回検査までの欠陥進展を考慮に入れて、次回点検時にこの仮想欠陥寸法となるような欠陥が検査時点でないことを検査で確認している。したがって、この仮想欠陥寸法は本調査でいう「クリティカル寸法」に対応すると考えることができる。このクリティカル寸法に対し、原子炉圧力容器の健全性を確保する(脆性破壊を防止する)には、当該欠陥寸法の欠陥を検出できる十分な検査精度と検査の信頼性を示すデータが必要である。このような検査実証データとしてこれまでに実施された国プロジェクトのデータ等があるが、必要に応じて新たに試験を実施し、データを拡充する必要があるかもしれない。 さらに、このような調査検討を系統内に属する他の主要機器に展開し、それらのクリティカル寸法と実際に適用している検査方法(あるいは検査技術)の精度/信頼性に関する実証データを調査し、両者を比較することによって、実機に適用している検査方法(あるいは検査技術) が系統の信頼性を保証できる能力があるか確認する必要がある。今後はそのような検査に関する管理を実施していくことが重要である。 4.結言 本検討では、原子力安全と検査モニタリングの関係について検討を実施し、下記の結果を得た。 (1)原子力安全は原子力プラントシステムの安全機能とそれを運用する組織の管理が相俟って確保される。 (2)原子力プラントシステムは、その安全機能が系統単位で発揮されるため系統単位で管理されるべきである。 (3)将来における系統の健全性は、検査・モニタリングと経年劣化評価を組合せて評価しなければ判断できない。 (4)検査・モニタリングは、人間系によるプラント管理の中の1つの活動として位置づけられる。 (5)広域評価と局所評価の二段階でシステムの健全性を評価する方法は信頼性が高く、かつ合理的であると考えられる。 (6)系統の信頼性を一定以上に確保するには、当該系統を構成する各機器の許容できる最大の劣化程度(耐圧機器の場合は欠陥寸法)と劣化を検知する検査技術の検査精度及び信頼性を明確にした上で評価判定する必- 153 -要がある。本研究ではその手法を明確にした。 (7)上記手法を耐圧機器に適用し、その具体的な検討の流れを明確にした。 参考文献[1] 青木孝行、高木敏行、“保全科学の観点から見た原子力発電所の保全と事故対応の類似性に関する検討”、日本保全学会第 10 回学術講演会予稿集(2013 年7 月)、pp.349-354. [2] 青木孝行、高木敏行、“原子力発電所における検査計画の基本的立案方法に関する考察”、日本保全学会誌「保全学」、Vol.11, No.2(2012)、pp.69-76 謝辞 本研究は原子力規制委員会 原子力規制庁からの受託事業である「高経年化技術評価高度化事業」の一環として日本保全学会「システム安全検査研究会」の場で議論し、得られた成果を踏まえ、さらに同研究会で検討を進めた結果をまとめたものである。関係各位のご協力に謝意を表する。 Fig.7 Flowchart for ensuring the integrity of coolant pressure boundary system 評価対象箇所 クリティカル欠陥寸法が容易に求められるか? 適用する検査技術の性能は十分か? 判断基準をとする。判断基準をとする。下記が成立するか? に代えて使用する欠陥寸法(たとえば評価不要欠陥寸法)を採用。その検査技術の信頼性を用いてシステムの信頼性を評価。システム全体の信頼性は十分か?リスクは十分低いか? 技術開発その検査技術の信頼性を用いてシステムの信頼性を評価。システム全体の信頼性は十分か?リスクは十分低いか? 技術開発詳細応力解析等を実施し、クリティカル寸法を求める。運転継続:機能喪失発生欠陥寸法(クリティカル欠陥寸法) :評価不要欠陥寸法:次回点検時までの欠陥進展量:検出可能な最小欠陥寸法:目標とするシステム全体の信頼度(リスク) NO YES YES YES NO NO NO NO YES YES - 154 -“ “原子力安全と検査の関係に関する検討(第2報) “ “青木 孝行,Takayuki AOKI,高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI
原子力発電所の安全性は、機械、電気、制御及び土木建築の各設備から成る機械系と、それを運用する人間系の2つの系に支えられていると考えられる(Fig.1)。機械系は多重性/多様性、独立性などのシステムに冗長性を持たせる安全設計上の配慮やフェイルセーフ、フールプルーフ、インターロック等のヒューマンエラー対策などがなされており、設計上の機能が発揮されれば、一定以上の信頼性あるいは安全性を確保できるようになっている。これに対し、人間系は通常時(平時)においては機械系を設計条件内で計画的に、しかも安全安定に運用(運転、保全等)し、電気を生産するが、機械系の故障等の内部事象や地震・津波等の外部事象により、異常が生じたり事故状態になったりした時(有事)は安全を確保するため、機械系を停止、収束させる等の、いわゆる事故対応を行う。言い換えると、原子力安全は機械系の安全機能と人間系の対応が相俟って確保されると言える。なお、ここで述べたプラントの通常時(平時)における保全と事故時(有事) Fig.1 Conceptual structure of nuclear safety Fig.2 Similarity between maintenance in normal time and response in emergency
における事故対応の間にはFig.2に示すような対応関係があり、少なからぬ類似性があり、事故対応は有事の保全とも言えることが報告されている[1]。2.プラントの安全機能と検査の関係 2.1 系統単位の安全機能評価の必要性 原子力発電所は機械、電気、制御及び土木建築の4種類の機器から成り、その数は膨大である。これらの機器を管理する場合、個々の機器を個別に管理することは勿論可能であるが、通常、原子力発電所の各種の機能は系統単位で発揮されるように設計されているので、系統に属する機器全体を視野に入れて当該系統全体で信頼性が高くなるように管理することが重要である(Fig.3)。 Fig.3 Relationship between nuclear safety and each plant system 2.2 プラントの安全機能を担保する保全活動 ある系統の安全機能は、当該系統に属する機器が健全な状態に維持されて初めて発揮されるので、個々の機器の状態を検査・モニタリングしその結果を評価した上で、必要な是正措置を講じる必要がある。その一方、系統の安全機能は地震や溢水、火災などの外的事象で損なわれる場合もあるので、両者を視野に入れた総合的な評価・管理が必要である。すなわち、系統単位の安全機能評価を行うに当たり、通常のプラント運転状態を想定した劣化の評価・検討と不幸にして過酷事象に至ってしまった後の状態を想定した検討の2つの視点が必要であり、このような観点から検討した結果を平時及び有事の保全に反映することが重要である。 以上より、保全活動は「原子力安全」を確保するために行う活動の一部であり、機械系の「安全機能」を正常に、あるいは一定以上の信頼性をもって機能させるための活動であるということができる。検査・モニタリングはこの保全活動の一部として位置付けられる(Fig.4)。 3.原子力安全確保のための検査・モニタリングの在り方 3.1 2段階スクリーニングによる経年劣化管理 機器の将来における健全性を評価・確認するには、検査・モニタリング技術と劣化評価技術を活用する必要がある。すなわち、機器の健全性は、検査・モニタリングを実施するだけでは判定できない。機器の状態を把握するために検査・モニタリングを実施した上で、その結果を劣化評価技術に入力してその後の状態を評価することによって初めて機能が維持されるか否か判定できる。このように、機器の健全性を評価・判定するには、検査・モニタリング技術と劣化評価技術の両方が必要であり、いずれを欠いても評価・判定できない[2]。 Fig.4 Design and maintenance securing the safety function of plant system ここで問題となるのは、この両技術を使用して機器の健全性を確認する方法が安全性に係わることであるので、その結果が信頼できる必要があることである。また、その一方で労力や時間を過度に要することなく容易であることが望まれる。すなわち、如何に両者を両立させることができるかが問題である。このような要求にこたえる方法として従来から下記に示す方法が考案されている。 . まず始めに、対象全体を概略調査し、劣化感受性の比較的高い個所を抽出する。 . 次に、抽出された箇所を詳細調査し、当該部の現状及び将来を正確に把握する。 この考え方を本問題に適用すると、下記のようになる(Fig.5)。 - 150 -. 第 1 段階として、概略評価技術(あるいは広域評価技術) を用いて系統全体を概略評価し、詳細を把握すべき劣化感受性の比較的高い個所を抽出するとともに、概略検査・モニタリング技術(あるいは広域検査・モニタリング技術)を用いて系統全体を概略検査し、異常のないことを実機で確認する。 . 第 2 段階として、詳細評価技術(あるいは局所評価技術) を用いて上記で抽出された詳細を把握すべき比較的感受性の高い個所を詳細評価し、現状及び将来を正確に予測するとともに、局所検査・モニタリング技術(あるいは広域検査・モニタリング技術)を用いて当該部を詳細検査し、異常のないことを実機で確認する。 Fig.5 Two step method for the reliable and reasonable evaluation of component integrity このような手法を取れば、実機で全ての箇所を網羅的に詳細検査する必要はない。信頼性が高く、効率的な方法ということができる。ただし、これはあくまでも原則的な方法を示したものである。劣化事象や対象箇所によって合理的な範囲で一部を省略あるいは代替手法で代替することは可能である。 3.2 システム安全の観点から見た検査・モニタリングの在り方 前項で述べた経年劣化管理を念頭に、検査・モニタリングの在り方について検討する。経年劣化管理は検査・モニタリング技術を用いて検査し現状の劣化状態を把握するとともに、その結果である劣化状態がその後の運転でどのように進展するか、劣化評価技術を用いて予測評価し、少なくとも次回検査までの健全性を証明することによって行われる。検査・モニタリングを実施するには、事前にどの機器を「対象機器」とするか、どのような「検査方法」を適用するか、「検査時期」をいつとするかなどを決める必要がある。言い換えると、検査計画は検査対象、検査方法、検査時期の3つの要素を特定することで決定することができる。この検査計画を決定する具体的方法としてはTable 1 に示す決定論的方法と確率論的方法が考えられる。確率論的方法を用いる場合は、下記のような手順で検討することが考えられる(Fig.6)。① プラント全体の確保すべき安全水準(安全目標)を設定し、その安全目標を満足するのに必要な安全機能を有する各系統の信頼度、そしてその各系統の信頼度を満足するのに必要な当該系統を構成する各機器の信頼度を明確にする。② 上記の各系統あるいは各機器の必要信頼度を確保できるかどうかは、検査性能(あるいは検査の不確定性) と劣化評価の不確定性(予測誤差)を考慮した劣化の進展予測評価結果に依る。この検討評価によって系統の信頼性を確保するために必要な検査性能が求められ、その必要検査性能に対して実際に適用する検査方法の性能が上回れば機器の信頼性、ひいては系統の信頼性が確保されることになる。ここでいう検査性能とは、検査の不確定性(サイジング精度、POD)のことである。Table 1 How to determine the three elements of inspection plan Fig.6 Required inspection ability securing a certain level of systemreliability - 151 -原子力発電所を構成している系統は、前述のように、機械、電気、制御、土木建築の4種類の機器から成り、静的機器と動的機器から成っている。上記の検査不確定性と劣化評価不確定性はこれらの機器の全てに対し想定される。したがって、原子力発電所の信頼性、安全性を議論する場合は、それらの不確定性を考慮した総合的な検討評価が必要であると言える。この検討評価を具体化するために検討用フォーマットを作成した。その一例として耐圧機能が期待される原子炉系について検討した例をTable 2 に示す。この表は原子炉系を構成する主要機器をすべて縦軸に列挙し、その1 つ1 つに対して健全性を確保するために必要な検査精度と検査信頼性(POD)に対し、実機に適用する検査技術の性能である検査精度と検査信頼性がどの程度かを横軸に記載して両者を対比できるようにしたものである。この表の欄を全て埋めれば、実機に適用する検査技術の性能が技術的に妥当であるか否か、また、系統全体として必要な信頼性を確保できるか否か判定することができる。判定が「否」となった場合は、何が問題か、それを解決するためにはどのような課題あるいは調査・研究項目があるか、明確にすることができるフォーマットとなっている。現状で Table 2 の欄を埋めるに当たり、問題となる事項として少なくとも下記が考えられる。(a)機器の健全性確保に必要な検査技術の性能(欠陥検出確率POD: Probability of Detection、欠陥サイジング精度)を明確にするには、まず、「健全性」の意味を明確にする必要がある。健全性とは、耐圧機器の破壊を防止することか、漏えいを防止することか、あるいは構造(形状、寸法)を維持することか等、どのような事を要求されているのかを明確にする必要がある。その上で、その健全性を維持できる最大の欠陥サイズを明確にし、それを検知するのに十分な信頼性(POD) とサイジング精度を有する検査技術が現実に適用されているかを判定する。 (b)これまで我国では検査に関するR&D は、検出可能な最小欠陥サイズ及び欠陥のサイジング精度に重点を置いて実施されてきた。したがって、現状の検査技術の信頼性(POD)を実証するデータが必ずしも十分ではないと思われる。この場合、信頼性確認試験を実施し、十分なデータを蓄積する必要がある。 3.3 耐圧機器の健全性確保に必要な欠陥サイジング精度の検討 ここでは上記(a)の問題に着目し、各種の機能を有する機器のうち、冷却材の圧力保持、すなわち耐圧機能を要求される機器の、健全性確保に必要な欠陥サイジング精度について検討する。たとえば、検査対象のシステムを、冷却材圧力バウンダリーを構成する機械設備とすると、そのシステムを構成Table 2 Inspection accuracy and reliability needed for ensuring a certain level of system reliability 検査部位材質寸法構造検出精度サイジング精度検査信頼性(POD) 課題調査・研究項目健全性確保に必要な検査精度現状技術の精度健全性確保に必要な検査信頼性現状技術の信頼性原子炉圧力容器円筒胴(炉心領域) 低合金鋼板厚??㎜ 円筒DA: a≧T/4=40㎜ (T=160㎜と仮定) SA:≦±??㎜ DA: ? SA: ? a≧T/4=40㎜を100%検出? 原子炉再循環出口ノズル低合金鋼板厚??㎜ ノズルコーナCRDハウジング貫通部スタブ溶接部Alloy600/Alloy82 板厚??㎜ J溶接原子炉再循環系同上配管(エルボ、ティー) 同上ポンプ溶接部同上弁溶接部同上例:原子炉系統系統機器の機能維持の観点から、検査精度、検査信頼性を追求する必要のある箇所はどこか? その条件(材料、形状・寸法、応力)は? 適用すべき検査技術の能力は? 安全リスク重要度等により対象系統を特定機械、電気、制御、土建の各設備のルートに沿って機器をリスト- 152 -する機器が健全性を維持することができる最大の欠陥寸法あるいはそれに代えることができる欠陥寸法をクリティカル寸法と考えることができる。すなわち、下記の2つである。①機器の健全性を維持できる(破壊を回避できる)最大欠陥寸法(クリティカル寸法)........ この欠陥寸法は、あらゆる運転状態を想定して欠陥を内包する機器が不安定破壊しない最大の欠陥寸法である。これは破壊力学を適用して評価することができる。たとえば、原子炉圧力容器は各部に板厚....の1/4 サイズの欠陥を想定し、それでも脆性破壊しないように温度圧力管理が実施されている。したがって、次回検査までに1/4. ....に進展する欠陥サイズ以下の欠陥を確実に検出できる性能の検査技術を適用すれば破壊を回避できることになる。②上記①の最大欠陥寸法に代替できる欠陥寸法の 上記①のクリティカル寸法は、評価対象の個々の条件に依存するので、詳細な応力解析結果や各劣化モードのき裂進展解析等が必要となる。このため、配管系などの 対象箇所が多い場合はそれぞれの箇所のクリティカル寸法を求めるのは容易でない。このため、たとえば、日本機械学会発電用設備規格「設計・建設規格」でいうところの評価不要欠陥をその代替えとして使用することが考えられる。この評価不要欠陥は、一般に上記①でいう詳細応力解析等に基づくクリティカル寸法よりも小さいと考えられるが、適用する検査技術の性能がそれを検出し必要情報を採取するのに十分であれば、あえて詳細応力解析を実施する必要は無く、当該機器の健全性を証明できる。 以上の考え方をフローチャートに表わすと、Fig. 7 に示すようになる。ここで、一例として110 万Kw 級のBWRの原子炉圧力容器のクリティカル欠陥寸法を調査した。 原子炉圧力容器は脆性破壊がクリティカルな事象であり、これを評価する手法は電気技術規程(JEAC4206- 2007) に規定されている。これを用いた破壊靭性評価では、仮想欠陥として以下を用いる。 1) 上鏡(t=100mm):深さ=1/4.t=25mm、長さ==1.5t=150 mm 2) 胴板(t=157mm):深さ=1/4.t = 39.2mm、長さ==1.5t=235.5mm 3) ノズル(ノズル内面コーナ部)(t=157mm):深さ==1/16.t = 約9.8mm、長さ=3/8.t=58.8mm 原子炉圧力容器はこの仮想欠陥寸法の欠陥が実際に存在したとしても脆性破壊を防止できるように、あらゆる運転状態で圧力・温度管理されている。一方、次回検査までの欠陥進展を考慮に入れて、次回点検時にこの仮想欠陥寸法となるような欠陥が検査時点でないことを検査で確認している。したがって、この仮想欠陥寸法は本調査でいう「クリティカル寸法」に対応すると考えることができる。このクリティカル寸法に対し、原子炉圧力容器の健全性を確保する(脆性破壊を防止する)には、当該欠陥寸法の欠陥を検出できる十分な検査精度と検査の信頼性を示すデータが必要である。このような検査実証データとしてこれまでに実施された国プロジェクトのデータ等があるが、必要に応じて新たに試験を実施し、データを拡充する必要があるかもしれない。 さらに、このような調査検討を系統内に属する他の主要機器に展開し、それらのクリティカル寸法と実際に適用している検査方法(あるいは検査技術)の精度/信頼性に関する実証データを調査し、両者を比較することによって、実機に適用している検査方法(あるいは検査技術) が系統の信頼性を保証できる能力があるか確認する必要がある。今後はそのような検査に関する管理を実施していくことが重要である。 4.結言 本検討では、原子力安全と検査モニタリングの関係について検討を実施し、下記の結果を得た。 (1)原子力安全は原子力プラントシステムの安全機能とそれを運用する組織の管理が相俟って確保される。 (2)原子力プラントシステムは、その安全機能が系統単位で発揮されるため系統単位で管理されるべきである。 (3)将来における系統の健全性は、検査・モニタリングと経年劣化評価を組合せて評価しなければ判断できない。 (4)検査・モニタリングは、人間系によるプラント管理の中の1つの活動として位置づけられる。 (5)広域評価と局所評価の二段階でシステムの健全性を評価する方法は信頼性が高く、かつ合理的であると考えられる。 (6)系統の信頼性を一定以上に確保するには、当該系統を構成する各機器の許容できる最大の劣化程度(耐圧機器の場合は欠陥寸法)と劣化を検知する検査技術の検査精度及び信頼性を明確にした上で評価判定する必- 153 -要がある。本研究ではその手法を明確にした。 (7)上記手法を耐圧機器に適用し、その具体的な検討の流れを明確にした。 参考文献[1] 青木孝行、高木敏行、“保全科学の観点から見た原子力発電所の保全と事故対応の類似性に関する検討”、日本保全学会第 10 回学術講演会予稿集(2013 年7 月)、pp.349-354. [2] 青木孝行、高木敏行、“原子力発電所における検査計画の基本的立案方法に関する考察”、日本保全学会誌「保全学」、Vol.11, No.2(2012)、pp.69-76 謝辞 本研究は原子力規制委員会 原子力規制庁からの受託事業である「高経年化技術評価高度化事業」の一環として日本保全学会「システム安全検査研究会」の場で議論し、得られた成果を踏まえ、さらに同研究会で検討を進めた結果をまとめたものである。関係各位のご協力に謝意を表する。 Fig.7 Flowchart for ensuring the integrity of coolant pressure boundary system 評価対象箇所 クリティカル欠陥寸法が容易に求められるか? 適用する検査技術の性能は十分か? 判断基準をとする。判断基準をとする。下記が成立するか? に代えて使用する欠陥寸法(たとえば評価不要欠陥寸法)を採用。その検査技術の信頼性を用いてシステムの信頼性を評価。システム全体の信頼性は十分か?リスクは十分低いか? 技術開発その検査技術の信頼性を用いてシステムの信頼性を評価。システム全体の信頼性は十分か?リスクは十分低いか? 技術開発詳細応力解析等を実施し、クリティカル寸法を求める。運転継続:機能喪失発生欠陥寸法(クリティカル欠陥寸法) :評価不要欠陥寸法:次回点検時までの欠陥進展量:検出可能な最小欠陥寸法:目標とするシステム全体の信頼度(リスク) NO YES YES YES NO NO NO NO YES YES - 154 -“ “原子力安全と検査の関係に関する検討(第2報) “ “青木 孝行,Takayuki AOKI,高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI