補修の規格 -取組状況と課題-

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カテゴリ: 第12回
1.はじめに
福島第一原子力発電所での事故以降、我が国の原子力発電所は停止状態が続いているが、多くの発電所で再稼動への努力が継続されている。現在、福島第一での事故後に強化された国の技術基準に沿って安全審査等が多くの発電所に対して注力されている。しかし、再稼動後には原子力発電所の保全活動として発電用設備の機器の経年劣化対策(予防保全)対応及び継続的安全性向上のための改造、並びに不測の設備の損傷にともなう補修、取替が行われることが考えられる。ここで、これらの目的で行われる機器の補修、取替(以下「保修等」)の際に適用される規格類について、その整備に関する取組み状況と課題について述べる。2.補修規格の役割 供用開始後の発電用設備の機器に対する補修等は、建設時と異なり、作業用の空間、使用できる機械加工・溶接・非破壊検査用の装置などの物理的制約、高被ばく線量下での作業となることによる時間的制約、さらには使用中環境下での材料特性の変化などの多くの建設時と異なる条件下での作業となり、建設時規格(日本機械学会「設計・建設規格
[1]」及び同「溶接規格[2]」)をそのまま適用することが適切でない場合もある。一方で、補修等の施工後においても機器に対する健全性は確保されなくてはならない。このため、供用中の機器に対して建設時規格がそのまま適用できない場合にでも、補修等を行うことができるように、建設時と異なる条件のもとに適用することが可能な規格が策定される必要がある。3.民間における補修の規格整備活動 3.1 民間活動の意義 補修等の必要性に対する意識は、その設備を所有し、保全を行っている事業者が最も高く持っている。また、そのための技術開発は、対象となる発電用設備の機器の材料、構造を熟知し、機器の保全を行う事業者、機器供給者等の民間を主体に行われる。したがって補修の規格は民間が主体になり整備することがふさわしい。補修等の施工における要求事項を具体的に規定した補修規格を適用することにより、事業者が、現場での補修等へのニーズを迅速に反映できるだけでなく、民間が行う補修等の活動の対外的な説明性、透明性を持たせ、民間が行っている機器の保全活動への信頼性をより高いものにすることができるものと考えられる。3.2 JANSI 補修・予防保全工法ガイドライン 1999 年12 月、敦賀発電所1 号機での応力腐食割れによるひび割れの発見を機に、民間が主体になり、火力原子力発電技術協会に検討会が組織され炉内構造物に対する技術的根拠が明確で合理的な点検・評価のガイドラインの整備が進められ、現在、原子力安全推進協会(JANSI)に活動が引継がれている[3]。このガイドラインにより炉内構造物等の構造、機能、運転環境及連絡先: 小山幸司、〒652-8585 神戸市兵庫区和田崎町1-1-1、三菱重工業(株)原子力事業部機器設計部、E-mail : koji_koyama@mhi.co.jp - 224 - び劣化事象を総合的に勘案し最新知見及び入手可能なデータによる安全確保のための実力評価を行うことで、設備の保全活動に供することが可能となった。 さらに、劣化感受性が予想される部位について、その劣化の進行の緩和技術、また実機の環境を考慮した劣化に伴う損傷部位への特殊な補修・取替技術についても、技術的根拠が明確で合理的に適用可能な補修・予防保全工法ガイドラインが整備されてきている。 これらのガイドラインは経年劣化が想定される安全上重要な炉内構造物等を対象に、原子力発電施設の保全活動を行う際に、実機器に直接的に適用しうる点検・評価及び補修・予防保全技術について、具体的な方法を示すことができる。さらに、その一般化された方法を民間規格の整備にも活用可能となる。補修・予防保全工法ガイドラインについては、対象部位の構造強度、シールなどの機能を考慮し、必要とする機能を回復/向上させるためガイドラインに規定された要求を満たすように施工するだけでなく、補修・予防保全技術の適用後には、対象部位の当該技術の適用目的とした機能が回復あるいは向上していることの確認とともに、当該技術の適用により他の機能、他機器へ及ぼす影響も評価する必要がある。これまでに補修技術としてウェルドオーバーレイ工法、封止溶接工法、また予防保全技術としてピーニング工法など表1 に示すガイドラインが策定されてきている[3]。表1 主な JANSI 補修・予防保全ガイドライン このうちピーニング工法は、構造体表面にウォータージェットによるキャビテーション気泡が崩壊する際の衝撃圧力、あるいは水中でのレーザー照射時に発生する高圧プラズマの衝撃圧力により構造体表面に塑性変形を発生させ、周囲から弾性的に拘束されることで、構造体表面に施工後、圧縮残留応力を生成させる技術である[7]。原子力発電設備への適用技術は国内で開発され、この技術を適用することにより、原子炉冷却材バウンダリを構成するオーステナイト系ステンレス鋼及び高ニッケル合金部及びその溶接部での応力腐食割れ発生の抑止効果が期待される。既に国内で実機への適用実績があるだけでなく、現在、海外でも実適用を念頭にASME B&PV Code Section XI でも本技術を反映した規格が制定されている。発電用原子力設備の機器の補修、取替(以下「保修等」) の際に適用される規格類について、その整備に関する取組み状況と課題について述べる。3.3 機械学会維持規格補修章 わが国においては国の経年化対策方針の中で、経年変化に対応した欠陥評価の導入を骨子とした技術基準(維持基準)の整備の必要性が1996 年に示された。一方、発電用設備に関する技術規格の整備と高度化を担当する日本機械学会発電用設備規格委員会のもとに原子力専門委員会維持規格分科会が1999 年3 月に設置され、透明性、信頼性のある維持規格策定に向けた作業が開始された。欠陥評価に関する「発電用原子力設備規格維持規格」(以下「維持規格」)初版(JSME S NA1-2000)が機械学会から2000 年に発行された。そして「検査」に関する規定として検査章を追加した2002年改訂版、さらに「検査」「評価」の結果継続運転ができない場合に必要となる「補修・取替」に関する規定として補修章を加えた2004 年版[5]が発行され、「検査」・「評価」・「補修・取替」からなる一連の規定体系が整備され、供用運転開始後の原子力発電設備の構造の安全性・健全性を評価し、その後の運転継続を合理的に定められることになった。補修章では溶接を用いた機器の補修・取替は基本的に溶接規格によることとしているが、前述のように供用運転開始後の環境条件から溶接規格によることが適切でない場合を考慮して個別の補修・予防保全技術によることができるとしている。個別補修・予防保全技術の規定は、民間で開発され、開発主体とは独立した国あるいは民間の第三者機関での確性試験を通じて確認された技術に基づいて策定されているほか、前述のJANSI 予防・保全工法ガイドラインをもとに策定したものもある。現在では表2 に示す個別補修・予防保全技術に関する規定が整備されている。この間、2002 年7 月に国の原子炉安全小委員会の基準化戦略ワーキンググループにおいて、国の技術基準を性能規定化するとともに学協会規格を活用し補完的に組み入れるべきとの提言が行われた。これを踏まえ、維持規補修・取替技術ウェルドオーバーレイ工法(補修) JANSI-VIP-14 Ed.2 スプールピース取替工法JANSI-VIP-04 Ed.2 封止溶接工法(補修) JANTI-VIP-01 Ed.1 対策-高周波誘導加熱応力改善方法 JANTI-VIP-12 Ed.1 予防保全技術水中レーザークラッド溶接工法JANTI-VIP-07Ed.1 外面からの入熱による応力改善方法JANTI-VIP-02 Ed.1 ピーニング工法JANTI-VIP-03 Ed.2 研磨による応力改善方法JANTI-VIP-10 Ed.1 - 225 - 格の評価章及び検査章の規定に対して規制当局により技術評価が行われ、これら規定内容が技術的にほぼ妥当であり、一部要件を課したうえで活用できることが確認された。その結果、2003 年10 月の電気事業法の改正に伴い整備された健全性評価制度の中で、供用期間中検査の方法及び健全性評価の項目・方法に関する性能規定化された国の技術基準を満たす具体的仕様規格として機械学会維持規格の検査章及び評価章が位置づけられることになった。しかし、補修章に関しては国の技術基準との関係が整理、体系化されていない等のことから、現在まで規制当局から具体的仕様規格として認められておらず、活用できない状況となっている。表 2 維持規格の主な個別補修・予防保全技術次章では、今後、機械学会維持規格補修章及びJANSI 補修・予防保全工法ガイドラインが実際の保全活動で活用されるための課題について述べる。4.補修の規格に関する課題 4.1 技術的課題 (1) 規定の体系化JANSI 補修・予防保全工法ガイドライン及び維持規格補修章(以下「補修規格類」)は上述のように、開発された補修・予防保全技術はそれぞれ独立に策定されてきており、必ずしも規格の体系の観点で整理されていない。しかし、これら補修・予防保全技術を通してみてみると、その特徴から次のように区分できると考えられる(技術によっては複数の特徴を持つものもある)。a) 熱を加えるもの(溶接を含む) b) 熱を加えないものc) 材料の変更を伴うものd) 構造の変更を伴うものe) 亀裂を残存させるものまた、これらの区分される方法について、例えば以下項目を、補修・予防保全技術の区分から必要とされる特性に応じて規定することにより、補修規格類としての一般化された体系を構築できるものと考える[6]。・ 補修・予防保全技術の適用部位及び適用限界・ 補修・予防保全技術の達成目標とする機能・性能・ 達成目標の機能・性能に影響する因子・ 影響する因子の範囲・ 機能・性能達成の確認方法と判定基準(検査など) ・ 施工に伴う影響(構造及び材料(強度)。対象部及び他部) ・ 残存亀裂の供用中の影響(破壊を引き起す亀裂とならないこと)の確認方法さらに、規定の体系化を考える場合に、維持規格補修章の技術基準に対する仕様規定としての規定内容と、JANSI ガイドライン等により民間が自主的に適用する要領等の規定レベル(具体的にどの程度詳細に規定するか) についても考慮が必要と考える。(2) 国の技術基準との対応補修等により手が加えられない限り、機器は建設中の構造及び材料がそのまま維持されるはずであるが、万一、供用中の環境下でその構造及び材料に異常あるいは変化(亀裂の発生)が生じた場合、維持規格により構造健全性が確保され運転継続が可能かどうかを評価し、補修等による対応を定められるようにしたものである。一方、国の技術基準では、使用中の設備には「その破壊を引き起す亀裂その他の欠陥がないこと」を要求した規定以外には使用中の条件を明示的に考慮した規定はなく、建設時に適用する構造及び材料(溶接部を含む)の要求(仕様規格としては設計・建設規格及び溶接規格に相当)を供用中にも適用することになっている。しかし使用中の設備では、補修等を行おうとした場合、第2 章に述べたように、建設時と同様の条件で施工をすることが適切とは限らない。そのため維持規格補修章では建設時に適用する規格とは異なる規定要求をしているが、その差異を踏まえたうえで施工後の検査要求等も含め総合的に確保できるとするべきであり、一義的に建設時の規格の規定と異なることで国の技術基準が求める運個別補修・予防保全技術主な方法欠陥除去方法機械的方法及び熱的方法水中溶接方法(2 工法) 湿式及び乾式テンパービード溶接方法(2 工法) 予熱あり及び予熱なし溶接残留応力緩和方法(6 工法) 水冷溶接方法高周波誘導加熱方法ピーニング工法レーザ外面照射応力改善方法表面改質による方法(2 工法) 金属粉末溶融レーザクラッド方法スリーブによる方法(2 工法) 内面スリーブ及び外面スリーブ伝熱管補修工法(6 工法) スリーブ拡管方法機械的施栓方法キャップによる補修方法(1 工法) 容器貫通接合部キャップ補修方法肉盛り溶接による方法(1 工法) ウェルドオーバーレイ工法暫定補修方法(3 工法) 当て板による補修方法- 226 - 転中の設備の安全性、構造健全性が確保できないとするべきではないと考える。そのためには、補修規格類の規定内容を前述のような体系化を行い、その規定項目と国の技術基準との対応が明確になるよう整理する必要があると考える。さらに、このような考え方を共通のものとするためには、補修規格類の策定側と規制当局との間で定常的により深いコミュニケーションをはかることが重要あると考える。4.2 制度的課題 従来から補修等の新工法が開発された場合、実際に適用まで時間を要してきており、その中で許認可手続き等のプロセスが不透明であることにも課題があるものと考える。過去に規制当局が「新保全技術適合性検討作業会(RNP)」を設置し、新技術の円滑な導入環境を整備する努力も行われたが[7]、実際に制度化には至らずに終わっている。このRNP 制度においても、維持規格補修章の技術評価の段階でも、規制当局、学協会、民間及びその他の関係機関の役割分担が関係者の間で共有化されていないのではないかとも考える。国の技術基準は性能規定化されて、学協会規格はその仕様を規定するとの認識であり、規格は要求が具体的であるが一般化された方法などの要求事項を規定するものであり、実際に民間が補修・予防保全技術を適用する際の詳細な要領までは規定する必要はないと考える。例えば、溶接規格では確認項目は規定されていてもその定量的な要求は規定されていない。また、技術開発が民間主体で行われるため、その結果を民間ガイドライン化、あるいは規格化する場合の妥当性をどのように透明性をもって確認するかも課題と考える。例えば従来通り、第三者機関によるいわゆる確性試験を通じて確認することも有効と考えるが、確性試験に関する要件、特に規制当局の関与の方法についても関係者間での考え方の共有化が必要である。さらに、これらの補修等に適用する技術を実機に適用する場合の工法及び技術者の資格認証についても溶接に準じた制度化により透明性、信頼性の確保ができるものと考える。これらの制度上の課題をどのように扱うかについては技術的課題の場合と同様に規制当局を含む関係者間での定常的なコミュニケーションが重要であると考える。5.おわりに 供用中の発電用原子力設備の保全のために補修、予防保全を行う場合、建設と異なる、より複合的な環境があり、建設時規格をそのまま適用することが適切でない場合が多い。このため、その環境を考慮して補修等を行うことができるように、所有者、供給者など設備を熟知した民間が補修・予防保全技術を開発し、学協会等で補修規格等の整備が行われているが、現状、十分に活用されているとは言い難い。このため、補修・予防保全技術をその特徴に応じて区分し、その区分ごとに必要となる規定要求項目を記載することでより一般化された体系を構築でき、国の技術基準との対応もより明確になると考える。また、技術基準、維持規格及びガイドラインでの規定方法、さらには規制当局、規格等の策定機関との間で補修・予防保全活動に係る役割分担を明確にし、その分担の中でのそれぞれの活動を充実させることにより迅速に規格の有効活用を行えると考える。これらの実行に向けては、まず、規制当局、学協会及び民間の間でのコミュニケーションを密にし、意思疎通を図り、課題を共有することから始めることが重要であると考える。参考文献[1] 日本機械学会「発電用原子力設備規格 設計建設規格第Ⅰ編 軽水炉規格」、JSME S-NC1 [2] 日本機械学会「発電用原子力設備規格 溶接規格」、JSME S-NB1 [3] 原子力安全推進協会「炉内構造物等点検評価ガイドラインについて(第4 版)」JANSI-VIP-03-第4 版(2013 年) [4] 日本原子力技術協会「予防保全工法ガイドライン[ピーニング工法]」JANTI-VIP-03-第2 版(2008 年) [5] 日本機械学会「発電用原子力設備規格 維持規格(2008 年版)」、JSME S-NA1-2008 [6] 小山幸司「保全活動に関わる技術の適用プロセスについて」保全学会学術講演会(2008 年) [7] 前川之則、菅野眞紀「新保全技術の技術基準への適合性確認について」保全学会学術講演会(2009 年) - 227 -“ “補修の規格 -取組状況と課題- “ “小山 幸司,Koji KOYAMA,北条 公伸,Kiminobu HOJO
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