補修の規格 -保全活動における是正措置(補修等)の重要性-
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カテゴリ: 第12回
1.緒言
原子力発電所等の大規模プラントシステムを構成する膨大な数の機器の一つひとつに経年劣化が発生・進展し、それが一定の大きさになると、当該機器が機能喪失して役割を果たさなくなり、プラント全体の安全機能や生産機能に影響を与える。このような事態を避けるため、通常は個々の機器の状態を把握するための検査を計画・実行し、その検査結果を評価するとともに、必要に応じて是正措置(補修、取替等)を計画、実行する。このような一連の保全活動を繰返し実行することにより、機器の機能が維持され、その結果としてプラントの機能が維持されることになる。これがいわゆる「保全サイクル」である(Fig.1)。 Fig.1 Maintenance Cycle プラントを構成する機器に対して検査を実施しようとする場合、事前に具体的な計画を立案する必要がある。 この計画は対象機器に対してどのような検査方法を用い、いつ実施するかを規定するものであり、「対象機器(部位)」「検査方法」および「検査時期」の3要素から成ると考えられる。これら3要素を含む検査計画を立案するための考え方や立案方法については、すでに文献[1]で検討され、提案されている(Fig.2)。 また、上記の「検査計画」に関する検討結果を踏まえ、次の保全行為として行われる是正措置に着目し、同様の検討をしてまとめられた図が文献[2]にあるので、引用してFig.3 に示す。 Fig.2 Overview of Inspection Planning Process 2.是正計画立案の概要 検査の結果を踏まえ、予防保全として当該機器に是正措置を施そうとする場合、事前に具体的な計画を立案する必要がある。この是正計画は、対象機器に対してどのような是正方法を採用し、それをいつ実施するかを規定
機器の特性 (機能,材質,強度等) 劣化モード等の特性 (SCC,振動等) 検査技術の性能 (精度,範囲等) 最適な検査計画の立案 (1) 対象機器(または部位) (2) 採用する検査方法 (3) 検査実施時期(頻度) 劣化評価技術の性能 (予測精度) 検査計画の立案方針(戦略) 必要条件 ①検査の目的の達成 ②できるだけ低廉な費用* *検査によるプラント停止に伴う生産損失を含む。
実施 計画 評価 保全サイクル PDCA A D C 是正 P - 232 -するものである。すなわち、是正計画とは「対象機器(部位)」「是正方法」および「実施時期」の3要素を決定することにほかならない。 具体的な是正計画を立案するのに先立ち、まず是正措置を実施する目的を明確にする必要がある。なぜならば、対象機器のどこにどのような是正方法を適用するか等、その目的によって実施する是正措置の考え方や採用する方法、実施時期などが異なってくると考えられるからである。目的が明確になると、次にその目的を達成できる具体的な是正方法や実施時期を選定することが可能となる。この選定に当たっては一定の制約がある。それは是正措置の実施を決断する条件であり、下記の2ケースが考えられる。 ケース1:経年劣化が進行し、低下した機能を回復させるため、是正措置を講じる必要があるケース . 是正措置の実施は必須 . 適用可能な是正技術の中から必要条件(是正措置の目的を達成できること等)を満足する技術を選定する必要があり ケース2:当面、機能喪失する懸念はないが、早期に是正措置を講じた方が経済性が向上すると評価されるケース . 是正措置の実施判断は経済評価の結果に依る . 適用可能な是正技術の中から必要条件(是正措置の目的を達成できること等)を満足する技術を選定し、是正措置を実施する場合と実施しない場合の保全費用 が下式を満足する場合に実行する。 CBefore>CAfter+CLoss (i) ここで CBefore:それまでに実施していた検査とそれに基づく評価を、今後一定期間あるいはライフ中、継続して行く場合に要する費用 CAfter:是正後に採用する検査とそれに基づく評価を、今後一定期間あるいはライフ中、実施して行く場合に要する費用 CLoss:是正措置の実施に要する工事費用とそれに伴うプラント停止による生産損失の和 是正計画は、以上に述べた検査と是正の関係や後述する是正技術の性能を十分理解した上で、合理的な方針(戦略)に則って立案する必要がある。 3.是正措置の主要要素に関する検討 3.1 是正措置の目的 是正措置の目的は次の2つが考えられる。 機能維持のための劣化部位修復(機器の機能回復)と 経済性の向上 また、是正措置を講じた結果、周辺市民を始め、プラントを運営する事業者やその関係者等にとって安心が得られる場合がある。すなわち、是正措置の目的として 安心の獲得 もあると考えることができる。 Fig.3 Overview of Corrective Action Planning Process Fig.2 Overview of Inspection Planning Process - 233 -3.2 「是正技術」の性能 前述のように、是正措置の目的の1 つは劣化部位の修復であり、これを担うのが是正技術である。是正技術にはいろいろな種類のものが考えられ、その種類によって以下に示すように機器の機能回復の程度や持続性などの、是正後の劣化対策性/耐久性(安全性)が異なる。 劣化部品または劣化機器を同一設計のものと取替え、従来と同程度の耐久性のものに復旧する。 劣化部品または劣化機器を改良設計または改造設計のものと取替え、従来よりも耐久性を向上させる。 溶接等による補修を行い、従来と同程度の耐久性に復旧する。 溶接等による補修を行った上で残留応力低減等の再発防止対策を行い、従来よりも耐久性を向上させる。 劣化が顕在化する前に残留応力低減等の緩和対策を行い、従来よりも耐久性を向上させる。 以上を念頭に、是正措置に期待されている性能を列挙すると、下記のようになる。 (1) 現場適用性 是正技術を適用する機器の周辺条件がその施工を可能とする条件(スペース、温度、圧力、放射線、雰囲気の種類等)を備えていること。 現場の工程管理、労働安全管理、放射線管理、QA 管理の観点から、現場条件下で施工が可能であること。 (2) 安全性(劣化対策性/耐久性) 対象とする劣化の発生・進展を抑制する能力があること。これには対策効果の程度や施工の安定性(信頼性) などが含まれる。 上記能力が一定の供用期間以上、持続すること。 (3) 経済性 上記(1)(2)を満足することを前提に、是正工事費用のほか、工事に伴うプラント停止による生産損失(官庁手続き、検査等によるものも含まれる。)、是正後の検査費用を考慮した経済性が確保されること。 是正技術は、これまでに各種の技術が開発されており、今後も開発される可能性がある(Fig. 3)。是正計画を立案するには、まず、これら是正技術の中から施工対象機器(部位)に最も適した是正技術を選定することになる。その選定に当たっては上記(1)(2)(3)を考慮する必要があることは言うまでもない。 3.3 「是正技術」と「劣化評価技術」「検査技術」の関係 文献[1]によると、「機器の健全性を評価、判定するには、検査技術と劣化評価技術の両方が必要であり、いずれを欠いても評価、判定できない。」という関係である。 それでは上記2技術(検査技術と劣化評価技術)と是正技術との間の関係にはどのようなものがあるであろうか。この点について以下に検討する。 是正技術を施工すると、その技術の種類によっては施工対象機器(部位)の構造、強度、あるいは材質が従来と変わる場合がある。当該機器の特性や発生する劣化/機能異常モードの特性が変化することも考えられる。このような場合は、是正後に適用する劣化評価技術の性能(精度)に影響するので、この事を予め考慮して是正技術を選定する必要がある。また、是正技術の種類によっては施工対象機器(部位)の構造、強度、あるいは材質が変わり、そのために検査の制約条件が変わる場合がある。是正技術を選定するに当たっては、是正後の被検部にどのような検査技術を適用するか、予め考慮する必要がある。 以上のように、劣化評価技術/検査技術と是正技術との Fig. 3 System of Three Maintenance Technologies ① 静的機器の材料劣化に対応する技術動的機器の機能低下に対応する技術経年劣化等評価技術材料劣化等評価技術照射脆化SCC 疲労減肉ケーブル絶縁特性低下コンクリート強度低下その他機能低下評価技術発生評価技術破壊評価技術進展評価技術ポンプ機能低下DG機能低下電動弁機能低下その他発生評価技術破壊評価技術進展評価技術③ 静的機器の材料劣化に対応する技術動的機器の機能低下に対応する技術是正措置技術*表面改質,改造,新材料への取替を含む。② 静的機器の材料劣化に対応する技術動的機器の機能低下に対応する技術検査・モニタリング技術検査技術単独技術組合せ技術非破壊検査破壊検査モニタリング技術単独技術組合せ技術振動診断技術油分析サーモグラフィDG診断技術電動弁診断技術その他その他是正措置技術是正措置技術材料是正技術環境是正技術補修技術取替技術* 水素,酸素注入技術その他応力是正技術残留応力低減技術補強技術改造技術上記3者組合せ技術その他部品取替、整備- 234 -間には関係があり、是正計画を立案するに当たっては、これらの関係を十分に考慮する必要がある。 3.4 是正計画の立案方針(戦略) (1) 一般事項 是正の第一義的な目的は、劣化の修復、すなわち対象機器の健全性を確保することである。したがって、是正の方法、性能および実施時期は闇雲に選定するのではなく、是正技術の性能、是正後の劣化評価技術と検査技術の組合せによる対象機器の健全性評価の方法や精度を勘案して選定することが合理的であり、重要である。 (2) 是正計画3要素のうちの「対象機器」に関する事項 原子力発電所のような大規模複雑プラントシステムの検査計画を立案する場合は、対象機器の数が膨大であり、かつ検査のためのリソースが有限であるので、プラントの安全性および経済性に与える影響の大きさを定量化した指標、すなわち保全重要度[2]を用い、その重要度の高い機器を重点に検査計画を立案するのが合理的である。しかしながら、是正計画の場合は、劣化が検知され、機能喪失する可能性のある予防保全対象機器が特定されているので、改めて対象機器(部位)を選定する必要はない。 (3) 是正計画3要素のうちの「是正方法」に関する事項 要求される条件を満たす是正技術は複数ある場合が多いが、その中から最終的な是正技術を選定する際に決定的な影響を及ぼす事項がある。それは、当該プラントをどの程度の安全性と経済性を確保しながら当該プラントを維持して行くかという長期的なプラント運営方針、保全方針である。この方針によってプロアクティブな保全を実施して行くか、あるいは逆に対処療法的に保全を実施して行くかが決まり、これが最終的な是正技術の選定に大きく影響することになる。この他、規制当局等への対外約束事項や周辺市民等へ「安心」感を与えるという配慮などが影響を与える。 (4) 是正計画3要素のうちの「是正時期」に関する事項 是正措置を実施しなければならない期限は、前述のように、検査技術と劣化評価技術の組合せによって決まる。是正計画の立案方針としては、この最終期限ぎりぎりの時点で是正措置を講じるのが対象機器の健全性を維持するという技術的条件と出来るだけコストを低く維持したいという経済的条件の両方を満足する点を追求することが重要である。 しかしながら、前項で述べたように、是正時期についても長期的なプラント運営方針、保全方針のほか、規制当局等への対外約束事項や周辺市民等へ「安心」感を与えるという配慮などが影響を与えることになる。 4.考察 これまで是正計画の主要要素の1つひとつについて検討してきた。これを踏まえて、ここでは是正措置の重要性と是正措置を原子力安全に生かす方法について検討する。 保全3技術(検査、評価、是正措置)のうち、検査は検査時点における機器の状態を把握するために実施する保全行為である。評価は検査結果を踏まえ、検査時点における機器の健全性及び次回検査までの供用期間中の健全性を確認するための保全行為である。これら2つの保全行為は対象とする機器の健全性に何ら影響を及ぼさない。 これに対し、是正措置は劣化により低下した機器の健全性を向上させるために行う保全行為である。是正措置により、実質的な健全性、信頼性、あるいは安全性を向上させるのである。このように、是正措置は、検査及び評価と本質的に異なる保全行為であり、直接、機器の健全性を向上させることができる。実質的に機器の安全性、信頼性を向上させるという意味で是正措置技術は大変重要な技術である。したがって、この特性をプラントの安全性向上に自由に活かせるようにすることが大変重要である。 これまでは、ともすると電気事業者が検査や是正措置の実施に逡巡するような事態が生じる状況があった。それは下記に挙げるようなことが考えられたからである。 . 電気事業者が機器の検査あるいは是正措置を実施しようとする時、その事前説明に過度な労力が必要となり、実機の検査工程が遅延し、プラント停止期間が大幅に延びるような状況が発生する可能性がある。 . 検査の結果、異状が発見されると、その説明や対策方法の説明、是正措置のための事前説明や諸手続きに過度な労力が必要となり、プラント停止期間が大幅に延びるような状況が発生する可能性がある。 それでは、どのようにすれば、是正措置の特性を活かすことができ、結果としてプラントの安全性、信頼性を向上させることができるのか。 4.1 是正措置技術に求められる要件 先ずは、是正措置の特性をできるだけ活かせるようにするために是正措置技術に要求される事項を明確にする必要がある。それらを思いつくままに以下にリストする。 . 各種の是正措置技術はFig.3 に示されているような体- 235 -系に整理できる。このような体系で数多くの是正措置技術が開発・整備され、各種の対象、条件に対応できるようになっていること . 是正措置技術を適用しようとする時の事情や条件(機器の構造、寸法、材質だけでなく、施工時のプラント状態、現場施工条件、求められる耐久性、費用、施工期間など) は多種多様であるので、それに応えられるような、特徴を持った是正措置技術が多種多様に整備されていること . 是正措置技術はできるだけ現行技術基準で許容される設計であること(この場合、電気事業者は規制当局等の事前承認が無くても自由に施工できる。)、そうでない場合は特殊設計認可を取得しやすいように諸準備ができていること(このためには標準化や規格化がなされていることが望まれる。) 4.2 是正措置技術を自由に使える環境整備の必要性 次に、電気事業者が保全3技術を自由に使えるような環境、保全3技術の実機適用を決断しやすい環境を整備することが必要である。決断しやすい環境とは、検査や是正措置の実施で過度な経済負担を被ること、必要以上の経済損失を被ることが無いような環境のことである。 この問題を考える場合、電気事業者のマインドを考慮した施策が必要である。このため、電気事業者のマインドを以下に整理すると下記のようになる。 . 安全性を高め、規制当局や国民からの全幅の信頼を得たい。 . 安全性を確保するのは当然であるが、事業を継続するには経済性の確保も必要、確保しなければならない。(経済性を確保しなければ、電気事業が成り立たない。) . 安全性に影響を与えるような劣化や問題を事前に発見することは電気事業者にとって最重要、最大関心事である。同様に、経済性に影響を与えるような劣化や問題を事前に発見することも電気事業者にとって最重要、最大関心事である。(問題が生じたら経済的に破綻しかねないからである。) . そのためには、官庁手続きや事前説明などで、実施時期が遅くなったり、プラントの停止期間が長引いたりするのは極力避けるように本能的に行動する。 . 計画が社内決定された段階で速やかに現場工事を開始し、その後は官庁検査や外部からの指摘等で現場工事の遂行を阻害されるのを大変嫌う。 . 現場工事は技術的に合理的な内容とし、外部からの指摘等で過剰なものとなるのは極力避けたい。 4.3 電気事業者が積極的に安全性向上に取り組もうとする環境の整備 このような電気事業者のマインドを理解し、電気事業者が積極的にプラントの安全性向上に取り組むように仕向けるようにする必要がある。それが最終的に従来以上に安全性を向上させる有効な方法であると考えられるからである。しかし、一方で、適正な検討がなされなかったり、適切な対策がタイムリーに取られなかったり、健全な運営がなされていなかったりした場合は厳罰に処すルールを確立する必要がある。このような両面からの措置が整えば、実質的な安全性の向上が継続的に行われるようになる。 上記のような状況を実現する具体的な方策としては下記が考えられる。 . 電気事業者には第一義的な責任が課されている。それをよく自覚し、自己の責任において所有する原子力発電所の機器の検査、是正措置は技術基準の許す範囲で自由に実施できるようにする。また、実績がある技術、標準化・規格化された技術は自由に使えるようにする。ただし、電気事業者は自己の行為に対して説明責任がある。 . 規制当局は電気事業者の活動を阻害しない範囲で常駐検査官によるチェック、監視を自由に行えるようにする(既にそのようなルールとなっている。)。また、安全上極めて重要な事項に関連するものについては、保安検査等で事後確認できるようにする(これも既に実施できる枠組みが確立されている。)。違反があれば、電気事業者を厳罰に処せるようにする。 . 学協会は電気事業者が適切な検査及び是正措置を行えるように、そのプロセスを標準化、規格化し、これを公表する(既にその枠組みは確立されている。)。特に、是正措置は所定の施工プロセスから外れるような施工を実施すると、機器の健全性を低下させる可能性があるので標準化、規格化が重要である。 5.まとめ 本検討では、保全活動の3大要素である検査、評価、是正措置の3つの関係を踏まえ、機器の健全性はこれら3つの技術を駆使して始めて確認でき、維持できることを示した上で、是正措置の重要性について検討した。その中で機器の安全性、ひいてはプラントの安全性を確保する上で、電気事業者が是正措置技術を自由に活用できる環境作りが極めて重要であることを指摘した。 - 236 -参考文献 [1] 青木孝行,高木敏行,“原子力発電所における検査計画の基本的立案方法に関する考察”,日本保全学会誌「保全学」,Vol.11,No.2,pp.69-76 (2012) [2] 青木孝行,高木敏行,“原子力発電所における是正措置計画の基本的立案方法に関する考察” ,日本保全学会第10 回学術講演会予稿集, (2012) - 237 -
“ “補修の規格 -保全活動における是正措置(補修等)の重要性- “ “青木 孝行,Takayuki AOKI,高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI
原子力発電所等の大規模プラントシステムを構成する膨大な数の機器の一つひとつに経年劣化が発生・進展し、それが一定の大きさになると、当該機器が機能喪失して役割を果たさなくなり、プラント全体の安全機能や生産機能に影響を与える。このような事態を避けるため、通常は個々の機器の状態を把握するための検査を計画・実行し、その検査結果を評価するとともに、必要に応じて是正措置(補修、取替等)を計画、実行する。このような一連の保全活動を繰返し実行することにより、機器の機能が維持され、その結果としてプラントの機能が維持されることになる。これがいわゆる「保全サイクル」である(Fig.1)。 Fig.1 Maintenance Cycle プラントを構成する機器に対して検査を実施しようとする場合、事前に具体的な計画を立案する必要がある。 この計画は対象機器に対してどのような検査方法を用い、いつ実施するかを規定するものであり、「対象機器(部位)」「検査方法」および「検査時期」の3要素から成ると考えられる。これら3要素を含む検査計画を立案するための考え方や立案方法については、すでに文献[1]で検討され、提案されている(Fig.2)。 また、上記の「検査計画」に関する検討結果を踏まえ、次の保全行為として行われる是正措置に着目し、同様の検討をしてまとめられた図が文献[2]にあるので、引用してFig.3 に示す。 Fig.2 Overview of Inspection Planning Process 2.是正計画立案の概要 検査の結果を踏まえ、予防保全として当該機器に是正措置を施そうとする場合、事前に具体的な計画を立案する必要がある。この是正計画は、対象機器に対してどのような是正方法を採用し、それをいつ実施するかを規定
機器の特性 (機能,材質,強度等) 劣化モード等の特性 (SCC,振動等) 検査技術の性能 (精度,範囲等) 最適な検査計画の立案 (1) 対象機器(または部位) (2) 採用する検査方法 (3) 検査実施時期(頻度) 劣化評価技術の性能 (予測精度) 検査計画の立案方針(戦略) 必要条件 ①検査の目的の達成 ②できるだけ低廉な費用* *検査によるプラント停止に伴う生産損失を含む。
実施 計画 評価 保全サイクル PDCA A D C 是正 P - 232 -するものである。すなわち、是正計画とは「対象機器(部位)」「是正方法」および「実施時期」の3要素を決定することにほかならない。 具体的な是正計画を立案するのに先立ち、まず是正措置を実施する目的を明確にする必要がある。なぜならば、対象機器のどこにどのような是正方法を適用するか等、その目的によって実施する是正措置の考え方や採用する方法、実施時期などが異なってくると考えられるからである。目的が明確になると、次にその目的を達成できる具体的な是正方法や実施時期を選定することが可能となる。この選定に当たっては一定の制約がある。それは是正措置の実施を決断する条件であり、下記の2ケースが考えられる。 ケース1:経年劣化が進行し、低下した機能を回復させるため、是正措置を講じる必要があるケース . 是正措置の実施は必須 . 適用可能な是正技術の中から必要条件(是正措置の目的を達成できること等)を満足する技術を選定する必要があり ケース2:当面、機能喪失する懸念はないが、早期に是正措置を講じた方が経済性が向上すると評価されるケース . 是正措置の実施判断は経済評価の結果に依る . 適用可能な是正技術の中から必要条件(是正措置の目的を達成できること等)を満足する技術を選定し、是正措置を実施する場合と実施しない場合の保全費用 が下式を満足する場合に実行する。 CBefore>CAfter+CLoss (i) ここで CBefore:それまでに実施していた検査とそれに基づく評価を、今後一定期間あるいはライフ中、継続して行く場合に要する費用 CAfter:是正後に採用する検査とそれに基づく評価を、今後一定期間あるいはライフ中、実施して行く場合に要する費用 CLoss:是正措置の実施に要する工事費用とそれに伴うプラント停止による生産損失の和 是正計画は、以上に述べた検査と是正の関係や後述する是正技術の性能を十分理解した上で、合理的な方針(戦略)に則って立案する必要がある。 3.是正措置の主要要素に関する検討 3.1 是正措置の目的 是正措置の目的は次の2つが考えられる。 機能維持のための劣化部位修復(機器の機能回復)と 経済性の向上 また、是正措置を講じた結果、周辺市民を始め、プラントを運営する事業者やその関係者等にとって安心が得られる場合がある。すなわち、是正措置の目的として 安心の獲得 もあると考えることができる。 Fig.3 Overview of Corrective Action Planning Process Fig.2 Overview of Inspection Planning Process - 233 -3.2 「是正技術」の性能 前述のように、是正措置の目的の1 つは劣化部位の修復であり、これを担うのが是正技術である。是正技術にはいろいろな種類のものが考えられ、その種類によって以下に示すように機器の機能回復の程度や持続性などの、是正後の劣化対策性/耐久性(安全性)が異なる。 劣化部品または劣化機器を同一設計のものと取替え、従来と同程度の耐久性のものに復旧する。 劣化部品または劣化機器を改良設計または改造設計のものと取替え、従来よりも耐久性を向上させる。 溶接等による補修を行い、従来と同程度の耐久性に復旧する。 溶接等による補修を行った上で残留応力低減等の再発防止対策を行い、従来よりも耐久性を向上させる。 劣化が顕在化する前に残留応力低減等の緩和対策を行い、従来よりも耐久性を向上させる。 以上を念頭に、是正措置に期待されている性能を列挙すると、下記のようになる。 (1) 現場適用性 是正技術を適用する機器の周辺条件がその施工を可能とする条件(スペース、温度、圧力、放射線、雰囲気の種類等)を備えていること。 現場の工程管理、労働安全管理、放射線管理、QA 管理の観点から、現場条件下で施工が可能であること。 (2) 安全性(劣化対策性/耐久性) 対象とする劣化の発生・進展を抑制する能力があること。これには対策効果の程度や施工の安定性(信頼性) などが含まれる。 上記能力が一定の供用期間以上、持続すること。 (3) 経済性 上記(1)(2)を満足することを前提に、是正工事費用のほか、工事に伴うプラント停止による生産損失(官庁手続き、検査等によるものも含まれる。)、是正後の検査費用を考慮した経済性が確保されること。 是正技術は、これまでに各種の技術が開発されており、今後も開発される可能性がある(Fig. 3)。是正計画を立案するには、まず、これら是正技術の中から施工対象機器(部位)に最も適した是正技術を選定することになる。その選定に当たっては上記(1)(2)(3)を考慮する必要があることは言うまでもない。 3.3 「是正技術」と「劣化評価技術」「検査技術」の関係 文献[1]によると、「機器の健全性を評価、判定するには、検査技術と劣化評価技術の両方が必要であり、いずれを欠いても評価、判定できない。」という関係である。 それでは上記2技術(検査技術と劣化評価技術)と是正技術との間の関係にはどのようなものがあるであろうか。この点について以下に検討する。 是正技術を施工すると、その技術の種類によっては施工対象機器(部位)の構造、強度、あるいは材質が従来と変わる場合がある。当該機器の特性や発生する劣化/機能異常モードの特性が変化することも考えられる。このような場合は、是正後に適用する劣化評価技術の性能(精度)に影響するので、この事を予め考慮して是正技術を選定する必要がある。また、是正技術の種類によっては施工対象機器(部位)の構造、強度、あるいは材質が変わり、そのために検査の制約条件が変わる場合がある。是正技術を選定するに当たっては、是正後の被検部にどのような検査技術を適用するか、予め考慮する必要がある。 以上のように、劣化評価技術/検査技術と是正技術との Fig. 3 System of Three Maintenance Technologies ① 静的機器の材料劣化に対応する技術動的機器の機能低下に対応する技術経年劣化等評価技術材料劣化等評価技術照射脆化SCC 疲労減肉ケーブル絶縁特性低下コンクリート強度低下その他機能低下評価技術発生評価技術破壊評価技術進展評価技術ポンプ機能低下DG機能低下電動弁機能低下その他発生評価技術破壊評価技術進展評価技術③ 静的機器の材料劣化に対応する技術動的機器の機能低下に対応する技術是正措置技術*表面改質,改造,新材料への取替を含む。② 静的機器の材料劣化に対応する技術動的機器の機能低下に対応する技術検査・モニタリング技術検査技術単独技術組合せ技術非破壊検査破壊検査モニタリング技術単独技術組合せ技術振動診断技術油分析サーモグラフィDG診断技術電動弁診断技術その他その他是正措置技術是正措置技術材料是正技術環境是正技術補修技術取替技術* 水素,酸素注入技術その他応力是正技術残留応力低減技術補強技術改造技術上記3者組合せ技術その他部品取替、整備- 234 -間には関係があり、是正計画を立案するに当たっては、これらの関係を十分に考慮する必要がある。 3.4 是正計画の立案方針(戦略) (1) 一般事項 是正の第一義的な目的は、劣化の修復、すなわち対象機器の健全性を確保することである。したがって、是正の方法、性能および実施時期は闇雲に選定するのではなく、是正技術の性能、是正後の劣化評価技術と検査技術の組合せによる対象機器の健全性評価の方法や精度を勘案して選定することが合理的であり、重要である。 (2) 是正計画3要素のうちの「対象機器」に関する事項 原子力発電所のような大規模複雑プラントシステムの検査計画を立案する場合は、対象機器の数が膨大であり、かつ検査のためのリソースが有限であるので、プラントの安全性および経済性に与える影響の大きさを定量化した指標、すなわち保全重要度[2]を用い、その重要度の高い機器を重点に検査計画を立案するのが合理的である。しかしながら、是正計画の場合は、劣化が検知され、機能喪失する可能性のある予防保全対象機器が特定されているので、改めて対象機器(部位)を選定する必要はない。 (3) 是正計画3要素のうちの「是正方法」に関する事項 要求される条件を満たす是正技術は複数ある場合が多いが、その中から最終的な是正技術を選定する際に決定的な影響を及ぼす事項がある。それは、当該プラントをどの程度の安全性と経済性を確保しながら当該プラントを維持して行くかという長期的なプラント運営方針、保全方針である。この方針によってプロアクティブな保全を実施して行くか、あるいは逆に対処療法的に保全を実施して行くかが決まり、これが最終的な是正技術の選定に大きく影響することになる。この他、規制当局等への対外約束事項や周辺市民等へ「安心」感を与えるという配慮などが影響を与える。 (4) 是正計画3要素のうちの「是正時期」に関する事項 是正措置を実施しなければならない期限は、前述のように、検査技術と劣化評価技術の組合せによって決まる。是正計画の立案方針としては、この最終期限ぎりぎりの時点で是正措置を講じるのが対象機器の健全性を維持するという技術的条件と出来るだけコストを低く維持したいという経済的条件の両方を満足する点を追求することが重要である。 しかしながら、前項で述べたように、是正時期についても長期的なプラント運営方針、保全方針のほか、規制当局等への対外約束事項や周辺市民等へ「安心」感を与えるという配慮などが影響を与えることになる。 4.考察 これまで是正計画の主要要素の1つひとつについて検討してきた。これを踏まえて、ここでは是正措置の重要性と是正措置を原子力安全に生かす方法について検討する。 保全3技術(検査、評価、是正措置)のうち、検査は検査時点における機器の状態を把握するために実施する保全行為である。評価は検査結果を踏まえ、検査時点における機器の健全性及び次回検査までの供用期間中の健全性を確認するための保全行為である。これら2つの保全行為は対象とする機器の健全性に何ら影響を及ぼさない。 これに対し、是正措置は劣化により低下した機器の健全性を向上させるために行う保全行為である。是正措置により、実質的な健全性、信頼性、あるいは安全性を向上させるのである。このように、是正措置は、検査及び評価と本質的に異なる保全行為であり、直接、機器の健全性を向上させることができる。実質的に機器の安全性、信頼性を向上させるという意味で是正措置技術は大変重要な技術である。したがって、この特性をプラントの安全性向上に自由に活かせるようにすることが大変重要である。 これまでは、ともすると電気事業者が検査や是正措置の実施に逡巡するような事態が生じる状況があった。それは下記に挙げるようなことが考えられたからである。 . 電気事業者が機器の検査あるいは是正措置を実施しようとする時、その事前説明に過度な労力が必要となり、実機の検査工程が遅延し、プラント停止期間が大幅に延びるような状況が発生する可能性がある。 . 検査の結果、異状が発見されると、その説明や対策方法の説明、是正措置のための事前説明や諸手続きに過度な労力が必要となり、プラント停止期間が大幅に延びるような状況が発生する可能性がある。 それでは、どのようにすれば、是正措置の特性を活かすことができ、結果としてプラントの安全性、信頼性を向上させることができるのか。 4.1 是正措置技術に求められる要件 先ずは、是正措置の特性をできるだけ活かせるようにするために是正措置技術に要求される事項を明確にする必要がある。それらを思いつくままに以下にリストする。 . 各種の是正措置技術はFig.3 に示されているような体- 235 -系に整理できる。このような体系で数多くの是正措置技術が開発・整備され、各種の対象、条件に対応できるようになっていること . 是正措置技術を適用しようとする時の事情や条件(機器の構造、寸法、材質だけでなく、施工時のプラント状態、現場施工条件、求められる耐久性、費用、施工期間など) は多種多様であるので、それに応えられるような、特徴を持った是正措置技術が多種多様に整備されていること . 是正措置技術はできるだけ現行技術基準で許容される設計であること(この場合、電気事業者は規制当局等の事前承認が無くても自由に施工できる。)、そうでない場合は特殊設計認可を取得しやすいように諸準備ができていること(このためには標準化や規格化がなされていることが望まれる。) 4.2 是正措置技術を自由に使える環境整備の必要性 次に、電気事業者が保全3技術を自由に使えるような環境、保全3技術の実機適用を決断しやすい環境を整備することが必要である。決断しやすい環境とは、検査や是正措置の実施で過度な経済負担を被ること、必要以上の経済損失を被ることが無いような環境のことである。 この問題を考える場合、電気事業者のマインドを考慮した施策が必要である。このため、電気事業者のマインドを以下に整理すると下記のようになる。 . 安全性を高め、規制当局や国民からの全幅の信頼を得たい。 . 安全性を確保するのは当然であるが、事業を継続するには経済性の確保も必要、確保しなければならない。(経済性を確保しなければ、電気事業が成り立たない。) . 安全性に影響を与えるような劣化や問題を事前に発見することは電気事業者にとって最重要、最大関心事である。同様に、経済性に影響を与えるような劣化や問題を事前に発見することも電気事業者にとって最重要、最大関心事である。(問題が生じたら経済的に破綻しかねないからである。) . そのためには、官庁手続きや事前説明などで、実施時期が遅くなったり、プラントの停止期間が長引いたりするのは極力避けるように本能的に行動する。 . 計画が社内決定された段階で速やかに現場工事を開始し、その後は官庁検査や外部からの指摘等で現場工事の遂行を阻害されるのを大変嫌う。 . 現場工事は技術的に合理的な内容とし、外部からの指摘等で過剰なものとなるのは極力避けたい。 4.3 電気事業者が積極的に安全性向上に取り組もうとする環境の整備 このような電気事業者のマインドを理解し、電気事業者が積極的にプラントの安全性向上に取り組むように仕向けるようにする必要がある。それが最終的に従来以上に安全性を向上させる有効な方法であると考えられるからである。しかし、一方で、適正な検討がなされなかったり、適切な対策がタイムリーに取られなかったり、健全な運営がなされていなかったりした場合は厳罰に処すルールを確立する必要がある。このような両面からの措置が整えば、実質的な安全性の向上が継続的に行われるようになる。 上記のような状況を実現する具体的な方策としては下記が考えられる。 . 電気事業者には第一義的な責任が課されている。それをよく自覚し、自己の責任において所有する原子力発電所の機器の検査、是正措置は技術基準の許す範囲で自由に実施できるようにする。また、実績がある技術、標準化・規格化された技術は自由に使えるようにする。ただし、電気事業者は自己の行為に対して説明責任がある。 . 規制当局は電気事業者の活動を阻害しない範囲で常駐検査官によるチェック、監視を自由に行えるようにする(既にそのようなルールとなっている。)。また、安全上極めて重要な事項に関連するものについては、保安検査等で事後確認できるようにする(これも既に実施できる枠組みが確立されている。)。違反があれば、電気事業者を厳罰に処せるようにする。 . 学協会は電気事業者が適切な検査及び是正措置を行えるように、そのプロセスを標準化、規格化し、これを公表する(既にその枠組みは確立されている。)。特に、是正措置は所定の施工プロセスから外れるような施工を実施すると、機器の健全性を低下させる可能性があるので標準化、規格化が重要である。 5.まとめ 本検討では、保全活動の3大要素である検査、評価、是正措置の3つの関係を踏まえ、機器の健全性はこれら3つの技術を駆使して始めて確認でき、維持できることを示した上で、是正措置の重要性について検討した。その中で機器の安全性、ひいてはプラントの安全性を確保する上で、電気事業者が是正措置技術を自由に活用できる環境作りが極めて重要であることを指摘した。 - 236 -参考文献 [1] 青木孝行,高木敏行,“原子力発電所における検査計画の基本的立案方法に関する考察”,日本保全学会誌「保全学」,Vol.11,No.2,pp.69-76 (2012) [2] 青木孝行,高木敏行,“原子力発電所における是正措置計画の基本的立案方法に関する考察” ,日本保全学会第10 回学術講演会予稿集, (2012) - 237 -
“ “補修の規格 -保全活動における是正措置(補修等)の重要性- “ “青木 孝行,Takayuki AOKI,高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI