超音波フェーズドアレイを用いた 水中環境可視化技術の開発:水中形状計測

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カテゴリ: 第12回
1.背景
超音波フェーズドアレイ技術は、原子力発電所における構造物や機器の応力腐食割れに対する非破壊検査技術のひとつとして、適用実績を重ねている[1]。従来の超音波検査と比較して、アレイセンサを用いることで、ステアリング(送受信角度)やフォーカシング(焦点)を自在に変更できることに加えて、広域を一括して画像化できることで、記録性や説明性が良いなどの利点がある。 近年、福島第一原子力発電所の安全かつ早期の廃止措置が望まれており、内部状況の把握への期待が大きい。福島第一原子力発電所の建屋、格納容器、圧力容器には、水が滞留するエリアが存在しており、今後も水中の作業や調査が必要となると考えられる。 水中において周辺環境を認識するためには、原子炉炉内機器の点検等と同様に、水中カメラが実績のある有効な手段である。 しかしながら、照明が不十分な場合や濁水環境などを想定した場合に、カメラ等の光学機器を補完する手法として、音響を用いた手法が有効であると考えられる。本研究では、非破壊検査で用いられる超音波フェーズドアレイ技術をベースに、水中環境可視化への拡張を試みた。 本論では、特に、水中で可視化する方法について、非破壊検査と対比させながら超音波可視化方法を検討した。また、広域の形状可視化を実現するために、発散音場とフェーズドアレイを組み合わせた手法を検討し、小規模の基礎試験により形状可視化の性能確認試験を行った。
2.超音波による水中可視化法
2.1 測定対象 水中環境可視化向けの超音波計測技術を検討するにあたって、まず、非破壊検査と水中環境可視化における測定対象の特徴について比較する。 非破壊検査では、主に金属中の超音波伝搬を扱う。金属中での超音波の測定距離(超音波センサから測定対象までの距離)は、例えば、数mm から数百mm である。測定対象は、溶接欠陥やき裂やその先端部など数mm あるいはそれ以下の反射源である。 金属中を十分な強度で伝搬する透過性と、反射源をとらえるための分解能が必要となるので、主に、1~5MHz の周波数の超音波が用いられる。例として、炭素鋼(縦波音速5900m/s、横波音速3200m/s)においては、周波数2MHz の波長は、縦波で約3mm、横波で約1.5mmである。 一方、水中環境可視化について、伝搬媒質は水(縦波音速1480m/s)であり、炭素鋼と比べて波長は約1/4 になる。可視化対象は、原子力炉建屋や容器などの内部の構造物や堆積物となる。測定距離を建屋と同程度の10mとし、構造物などの周辺環境を把握する分解能を得るために、ビーム幅を100mm以下と設定する。 水中環境可視化においても、水中の透過性と測定対象物に対する分解能を考慮して周波数が決定される。本論では海洋や河川向けの超音波計測でも使用されているMHz 帯の超音波を用いることとする。 なお、水中に微粒子が混在している場合、一般に、ストークスの法則で知られるように、径の大きな粒子は時間ともに沈降するので、長時間水中で浮遊する粒子は、数μm 以下と考えられる。直径がμm の粒子がppm オーダ水中に存在することで可視光(波長500nm前後)の減衰が増大することが報告されている[2]。しかしながら、可視光の波長とMHz 帯の超音波の波長は、3 桁以上スケールが異なるため、光の透過性が制限される濁水であっても、10m 程度の測定距離に対しては、超音波の透過性は十分に確保できると考えられる[3]。 2.2 超音波ビーム走査方法 超音波検査において金属中の断面を可視化する場合の代表的な超音波ビームの走査方法をFig.1 に示す。Fig.1(a) は非集束ビームの場合で、斜角探触法等に広く用いられている。超音波センサを機械的に移動させて断面を可視化する。Fig.1(b)は集束ビームの場合であり、フェーズドアレイ法のうちセクタスキャン等に用いられる。送受信の角度を変えながら焦点ビームを電子的にスキャンさせて断面を可視化する。Fig.1(c)は拡散ビームの場合であり、TOFD(time of flight diffraction)法に適用される。TOFD 法では、送信と受信のセンサのペアを、機械的に移動させて断面を可視化する。 セクタスキャン法ではセンサ位置を固定したまま断面図を得ることができる。また、TOFD 法は板厚方向にはビームをスキャンせず、指向角を広げることで、板厚方向の情報を伝搬時間(Time of flight)の違いとして可視化する工夫をしている。 Fig.2 に広域可視化のためのビームスキャン方法を示す。Fig.2(a)は通常のセクタスキャンで用いられている走査方法であり、アレイセンサを構成する圧電素子からは非集束ビームが送信される。通常のセクタスキャンでは断面画像(断面視)が得られる。 断面視と比較して、より広域を可視化するために、Fig.2(b)に示すように拡散ビームとセクタスキャンを組み合わせる。拡散ビームは、圧電素子の長手方向(素子配列方向の直交方向)に曲率を持つ音響レンズまたは曲面素子により生じさせる。これにより、超音波ビームが送信されるエリアが拡大し、測定対象の表面からの反射波で、表面視[4]と呼ばれる鳥瞰図的な画像化が可能となる。 Fig.1 Ultrasonic beam transmission for visualization Fig.2 Sector scanning patterns for wide area visualization 3.水中形状計測実験 3.1 アレイセンサ及び実験体系 水中形状計測の測定距離Lとビーム幅Wの間には近似的に比例関係が成立し、波長λ とセンサ開口D の比を用いて式(1)のように表される[4]。 W ..L D (1) Scanning (a) Non-focusing beam (b) Focusing beam and electric scanning (c) Non focusing beam with wide beam spread Sensor Scanning Scanning - 290 - この近似式(1)は、近距離音場内の集束ビームおよび、遠距離音場の非集束ビームの場合に適用される。計測距離が近距離音場限界距離の約1.6 倍の点で、非集束ビームとして最小のビーム幅を与える。この条件下では、近似的に(2)式が成立する。 W . D . .L (2) 例として、周波数1、2、5MHz に対して、測定距離L で非集束ビームが最小ビーム幅を与える条件における、測定距離L とビーム幅Wの関係をFig.3 に示す。 周波数2、5MHz の場合に、非集束ビームであっても10mでビーム幅100mm以下を達成できている。なお、より小さいビーム幅が必要な場合は、大きなセンサ開口による集束ビームを用いるとよい。 Fig.3 Minimum beam width for non-focusing 可視化方法の性能を確認するため、測定距離200mmの小規模な環境で可視化試験を行う。超音波の周波数は2MHz とした。Fig.4 に水中形状計測の試験体系を模式図で示す。水中にアレイセンサを水没させ、水中の物体に対して斜め方向に見下ろす方向に超音波を送信する。 アレイセンサを構成する素子の長手方向に曲面を設けることで、1素子ずつから拡散ビームを発生させ、これらの拡散ビームをフェーズドアレイ法による遅延制御により、セクタスキャンで扇状に電子的にスキャンする。なお、素子の曲面は半径30mmの凹面とした。 Fig.4 Experimental setup for underwater shape measurement using spread beams 凹面曲面素子を持つアレイセンサの形成する音場をRayleigh-Sommerfeld 積分モデル[5]による計算で評価した。計算結果をFig.5 に示す。Fig.5(b)のy-z 平面から、指向角±15°の拡散ビームが形成されていることが分かる。 アレイセンサを構成する素子はFig.5(a)のx 軸方向に配列されている。本計算ではフェーズドアレイ法でセクタスキャンを行う際に、焦点距離を200mmと設定し、素子配列方向(x 軸方向)には集束させた。このため、Fig.5(c) のz-x 平面に示すように、鋭いビームが形成されている。z-x 平面でのビーム幅は、非集束ビーム(Fig.3)では12mm であるが、集束効果で約5mmとなる。 Fig.5 Calculation results of acoustic field 3.2 実験結果 拡散ビームとセクタスキャンの組み合わせによる可視化を確認するため、小規模の試験を行った。Fig.6 に実際の試験状況の写真を示す。Fig.6(a)に示すように、物体に対して、約60°の方向に見下ろすように超音波を入射した。アレイセンサと反射源の距離は約200mm とした。また、セクタスキャンは、±30°の範囲を0.5°ピッチで走査した。 反射源となる物体として、スパナとコンクリート片を用いた。外観写真をFig.6(b)、6(c)に示す。 0204060801001201400.1 1 10 Beam width W (mm) Measurement distance L (m) 1MHz 2MHz 5MHz - 291 - Fig.6 Sensor configuration and objects 超音波による形状計測結果をFig.7 に示す。超音波の可視化で得られる物体形状は、外観写真とよく一致していることが確認できる。スパナの両端の形状が認識できることから数mm程度の分解能を達成している。 また拡散ビームを使っていても、物体表面からの反射波を伝搬時間の違いとして計測しているため分解能の高い可視化結果が得られることが確認できる。 Fig.7 Results of underwater shape visualization 4.結論 非破壊検査に適用されている超音波フェーズドアレイ技術をベースに、水中周辺環境可視化技術を開発している。本論では、水中での広域の形状計測のために、拡散ビームとセクタスキャンの組み合わせた表面視を試みた。 水中10mでの透過性および分解能を考慮し、超音波の周波数を2MHz とした。アレイセンサを構成する素子に半径30mm の凹面で曲率を与えてビームを拡散させ、フェーズドアレイ(遅延時間制御)によりセクタスキャンを行った。水中で200mm先にある物体(スパナ、コンクリート片)を分解能数mm で可視化し、外観写真とほぼ一致する形状が得られることが確認できた。今回は200mm と測定距離が小規模なスケールの試験であるが、今後は長距離計測の検討を進める予定である。 参考文献 [1] S. Kitazawa et al. , “Visualization and Quantitative Evaluation of Stress Corrosion Cracking Using the Three-Dimensional Phased Array Ultrasonic Technique”, EJAM、vol.5, No.4, 2014, pp.201-227. [2] 高橋英俊、 佐藤栄治、“濁水中におけるレーザーの減衰に関する実験”、 港湾技研資料、 Vol. 769, Mar. 1994[3] 木原純孝、白井一洋、篠原丈人、“水中監視実験装置の濁水透視に関する実験”、 港湾技研資料、 Vol. 620, June, 1988. [4] 海洋音響学会(編)、“海洋音響の基礎と応用”、成山堂、 2009、第15 章. [5] K. Nakahata and N. Kono, “3-D Modelings of an Ultrasonic Phased Array Transducer and Its Radiation Properties in Solid”, Ultrasonic Waves, Dr Santos (Ed.), InTech, 2012, pp.59-80. - 292 -
“ “超音波フェーズドアレイを用いた 水中環境可視化技術の開発:水中形状計測 “ “河野 尚幸,Naoyuki KONO,森 勇人,Hayato MORI,小林 亮介,Ryosuke KOBAYASHI
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