志賀原子力発電所における状態監視保全の取り組み状況
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カテゴリ: 第12回
1.諸言
原子力発電所では,原子炉の停止時のタイミングで定期的に機器の分解点検を行う等,決められた周期で点検を行う時間基準保全が採用されている。しかし,時間基準保全では点検間隔を保守的に短く設定することから, 結果として点検回数が増加し,過剰な保全となっている傾向がある。また,いじり壊しにより機器の寿命を短くしてしまうことや,保全コストの増加等も懸念されている。このため,設備の状態を定量的に把握することができる設備診断を取り入れ,機器の運転状態を基準として適切なタイミングで保全を実施する状態監視保全の導入を推進している。 志賀原子力発電所(以下,「発電所」という。)では, 振動診断,潤滑油診断,赤外線サーモグラフィー診断の3 つの設備診断を取り入れ,状態監視保全の導入に向けて基礎データを収集している。 本発表では,当社でこれまで実施してきた状態監視保全の取り組み状況と設備の診断事例について紹介する。
2.取り組み状況
2.1 実施状況 現在,発電所では,状態監視保全の導入に向けて設備診断の本格運用を順次進めている段階であり,振動診断と潤滑油診断については本格運用を開始している。一方, 赤外線サーモグラフィー診断は本格運用に至っておらず, 管理基準を設定するための基礎データの採取や社内ルールの整備について検討している段階である。 2.2 設備診断の実施体制 設備診断の実施体制については,データ採取(測定) 作業は関係会社に委託し,当社はデータ採取時の現場監理,当該データの評価,及び評価結果に基づく劣化及び故障の兆候が確認された際の対策立案を行うこととしている。 また,潤滑油診断では,データ評価に必要な分析として高い技術を必要とする油分析について関係会社より専門メーカに協力を依頼し,診断の技術的な補完を行っている(図1)。
図1 設備診断の実施体制例(潤滑油診断) 2.3 診断対象機器と実施状況 (1)振動診断 振動診断は,ポンプ,電動機等の回転機器に対して可能な限り採用する方針としているが,①物理的・構造的に診断が不可能な機器,②休止中機器,③運転時にアクセス不可能な機器,④間欠運転機器を除いた機器を対象として,1 号機で217 台,2 号機で209 台について実施している(図2)。 図2 振動診断対象機器選定フロー (2)潤滑油診断 潤滑油診断は,潤滑油を短期間(39 ヶ月以下)で交換している機器と,交換が短期間ではないが状態監視保全の適用が比較的容易であり,保全重要度が低い機器を対象として, 1 号機で104 台,2 号機で110 台について実施している(図3)。 なお,グリースを使用している機器については,グリース全体が均一に混合しないこと,また,多くの機器は採油の際に分解を伴うことから,現状では対象外としている。 図3 潤滑油診断対象機器選定フロー (3)赤外線サーモグラフィー診断(基礎データ採取) 赤外線サーモグラフィー診断は,異常発生時に有意な温度差が生じる遮断器,変圧器,電源盤等の電気設備及びポンプ,電動機等の回転機器に対して可能な限り採用する方針で,1 号機で540 台,2 号機で581 台について現在,基礎データの採取を実施している(図4)。 図4 赤外線サーモグラフィー診断対象機器選定フロー 保修部保修計画課機械保修課電気保修課関係会社 専門メーカ ・現場監理 ・データの評価 ・対策立案・データ採取(協力依頼) ・分析保全重要度は低いか? 潤滑油交換周期が5 定検(65M) 以内か? 潤滑油測定用として500ml 以上採油可能か? 潤滑油を保有している機器か? 保全対象機器(回転機器) 潤滑油交換周期が3 定検(39M)以内か? 保全対象機器異常発生時に有意な温度差が生じる機器測定部位が直視可能な機器作業安全上の危険性が想定されない機器温度が安定している機器(連続運転,通電) 予防保全対象機器該当しない該当しない該当しない該当しない該当しない該当する該当する該当する該当する該当する対象 保全対象機器(回転機器) ①物理的・構造的に診断が不可能な機器②休止中機器③運転時にアクセス不可能な機器④間欠運転機器該当する該当する該当する該当する該当しない該当しない該当しない該当しない対象外 対象 対象外 対象 対象外 該当しない該当する該当する該当する該当する該当する該当しない該当しない該当しない該当しない- 336 -2.4 診断頻度 発電所では,振動診断,潤滑油診断,赤外線サーモグラフィー診断について,以下の通り頻度を設定している(表1)。 (1)振動診断 振動診断は,プラント運転時に待機状態である機器に対しては4 週間に1 回の頻度で行う定例試験にあわせて実施し,運転している機器に対しては全ての機器が同じ間隔で測定できる一番短い頻度で行うこととし,2 ヶ月に1 回実施している。 (2)潤滑油診断 潤滑油診断は,現状,設備及び作業安全上の理由から機器運転中の採油は行っておらず,機器の停止時に行う潤滑油交換にあわせて採油し,実施している。 (3)赤外線サーモグラフィー診断(基礎データ採取) 赤外線サーモグラフィー診断は,管理基準を設定するための基礎データを蓄積している段階であり,温度差が顕著になる夏期と冬期に1 回ずつ実施している。 表1 診断頻度 診断技術 診断頻度 振動診断 待機機器:1 回/4 週間 運転機器:1 回/2 ヶ月 潤滑油診断 機器に応じて個別に設定 *1 赤外線サーモ グラフィー診断 夏期1 回,冬期1 回(基礎データ採取) *1 潤滑油交換にあわせ実施 3.設備診断の概要 3.1 振動診断 振動診断では,回転機器の劣化又は故障の兆候を検知するため,変位,振動速度,振動加速度の3 つのパラメータ(以下,「振動値」という。)を採取する。この振動値と管理基準を比較することで,異常を判断する簡易診断を行う。異常があると判断された場合,採取した振動値の波形分析,周波数分析等を行い,回転機器の異常部位,異常の種類等を推定する精密診断を行う。 3.2 潤滑油診断 潤滑油診断では,回転機器の潤滑油(グリース含む) 若しくは設備の摺動部の劣化又は故障の兆候を検知するため,潤滑油を分析して,この結果から設備の点検要否等の判断を行う。潤滑油の粘度,酸化安定度等の油の特性を示す値及び潤滑油内に含まれる汚染粒子数,汚染物質量等の汚染程度を示す値により潤滑油の劣化の有無を確認する。また,潤滑油に含まれている摩耗粒子の濃度, 形態等を見ることにより,摺動部の劣化,故障の兆候の有無を確認する。3.3 赤外線サーモグラフィー診断 赤外線サーモグラフィー診断では,電気設備及び回転機器のうち異常発生時に有意な温度差が生じる機器に対して,機器の劣化又は故障の兆候を検知するため,対象機器の熱画像を測定する。測定した熱画像の分析結果から,対象機器の経時的な温度変化の状況を確認し,電気設備における端子部の締め付けゆるみ,過電流及び回転機器の軸受損傷等の有無を確認する。4.診断事例 4.1 振動診断 (1)簡易診断 2 号機廃棄物処理制御室送風機電動機の分解点検後に振動値を測定したところ,振動加速度で,Br-O/A 値(転がり軸受の異常の有無を判断できるパラメータ)が上昇し,管理基準を上回った(図5,6,7)。 軸受部に不具合が発生しているおそれがあるため,精密診断を行うこととした。 図5 振動値の測定結果 【前回測定結果】【測定結果】- 337 -図6 振動加速度の履歴 図7 2号機廃棄物処理制御室送風機 (2)精密診断 精密診断では,異常兆候を示した振動加速度の鉛直成分(状態「×」とされた赤色の箇所)に対して波形解析, 周波数解析を行った。波形解析は,軸1 回転中等の短時間内における振動加速度の大きさの経時変化(波形)を観察し,傾向から異常部位及び状態を判断する手法である。周波数解析は,振動加速度の周波数解析を行い,ピークの立つ周波数の傾向により損傷を推定する手法である。 今回は,波形解析では明確に異常を特定することができず,周波数解析において振動加速度のピーク値から回転周波数成分,軸受傷成分(内・外輪傷)が確認された(図8)。 (3)点検記録の確認 至近の分解点検の結果から,反負荷側軸受シャフト部の嵌め合い寸法がシャフトの交換目安値の近傍にあることが確認された。 現在,振動状態の監視を継続しながら点検時期を検討している。図8 周波数解析の結果 4.2 潤滑油診断 1 号機タービン補機冷却水ポンプ軸受部の潤滑油診断を実施したところ,潤滑油の劣化の有無を示す潤滑油内の汚染粒子数,汚染物質量が管理基準の注意域に入っていることが分かり,潤滑油内からは金属片・鉄錆・砂等が観察された。一方,摺動部の劣化又は故障の兆候の有無を示す摩耗粒子の濃度や形態に異常が無かったことから,設備の継続的な使用が可能であると判断して,潤滑油の交換のみを行い,運転状態を継続監視することとした(表2,図9)。 表2 潤滑油診断結果 状態監視 パラメータ 単位 管理基準 今回評価時 良好 注意 危険 状態 *1 測定値 汚染粒子数 級 ~9 10~11 12~ △ 10 汚染物質量 mg/100ml ~0.9 1.0~1.9 2.0~ △ 1.40 摩耗粒子 ― ~101899/12/31102~101900/01/031900/01/095~ ○ 0.43 図9 1号機タービン補機冷却水ポンプ 振動加速度が大幅に変化(加速度) (Br-O/A 値) 方向:● = V,▲ = H 2 号機廃棄物処理制御室送風機○電動機仕様 (ファン直結型) ・出力 :5.5kW ・電圧 :440V ・周波数 :60Hz ・極数 :4極・回転数 :1800rpm ・質量 :45kg ・軸受種類:グリス潤滑(密閉型) ・反負荷側:6306ZZ ・負荷側 :6308ZZ 軸受傷成分を確認(内・外輪傷) 回転周波数成分を確認*1 ○:良好 △:注意【前回測定結果】【測定結果】測定日 測定日 測定値 測定値 - 338 -4.3 赤外線サーモグラフィー診断 1 号機高圧炉心スプレイディーゼル補機冷却海水ポンプ(以下,「HPSW ポンプ」という。)電動機用遮断器に赤外線サーモグラフィー診断を行ったところ,遮断器の端子部で他の端子よりも,環境温度との温度差(以下,「温度上昇値」という。)が高い値を示す端子を確認した(図10,表3)。 熱画像から遮断器の入力側端子に着目し温度分布を分析したところ,S 相において温度上昇値がR 相,T 相と比べ若干高い値を示していることが確認された。特に高い箇所が接続部であることから,端子接続部の不具合(圧着端子不良等)があると推定されたため,端子部接触面の清掃を行い,端子を適正トルクで締め付けた。この結果,S 相の温度上昇値がR 相,T 相と同様な値となった(図11,表4)。 図10 1号機HPSWポンプ電動機用遮断器の熱画像(診断時) 表3 各端子の最高温度及び温度上昇値(診断時) R相 S相 T相 電流 95.3A 95.8A 93.5A 温度 55.1℃ 62.1℃ 56.2℃ 環境温度 29.8℃ 温度上昇値 25.3K 32.3K 26.4K 図11 1号機HPSWポンプ電動機用遮断器の熱画像(清掃後) 表4 各端子の最高温度及び温度上昇値(清掃後) R相 S相 T相 電流 95.0A 97.5A 94.7A 温度 46.5℃ 45.1℃ 41.3℃ 環境温度 29.5℃ 温度上昇値 17.0K 15.6K 11.8K 5.課題 設備診断の導入について,以下の課題がある。 (1)赤外線サーモグラフィー診断の資格取得 発電所では,赤外線サーモグラフィー診断の資格として国外のIRT レベル1 又はレベル2(Institute of Infrared Thermography 認定試験)を本格運用開始までに6 人以上の取得を目指している。しかし,資格取得には筆記試験合格後に規定時間の実務経験(レベル1 で100 時間,レベル 2 で800 時間)が必要であるため,発電所では実務経験を確保する時間がとれず,赤外線サーモグラフィー診断の資格取得が遅れている。このため,設備診断の技術的な経験・知識が豊富である外部講師による短期間の教育を定期的に計画し,実務経験を重ねていく。 (2)資格取得後における力量の維持向上 設備診断は,資格を取得することにより知識,経験等の力量を得ることができるが,力量を維持向上していくためには繰り返し異常データの診断を行う必要がある。発電所では,振動診断,潤滑油診断の本格運用を開始したばかりで異常データの事例が少なく,診断経験が浅いため,外部講師による教育を定期的に行い,評価のポイントを習得するなど社内教育を充実していく。 R相S相T相R相S相T相- 339 -(3)赤外線サーモグラフィー診断の管理基準の設定 赤外線サーモグラフィー診断は,本格運用に向けて着手したばかりで,基礎データの蓄積ができておらず,管理基準を設定している段階である。今後,更なるデータを蓄積し,管理基準を設定したのち本格運用を開始する。 6.結言 発電所で時間基準保全を実施している機器に対して, 振動診断,潤滑油診断及び赤外線サーモグラフィー診断の3 つの設備診断を取り入れ,機器の運転状態を基準とした状態監視保全の導入を計画的に推進していく。“ “志賀原子力発電所における状態監視保全の取り組み状況 “ “新屋 和彦,Kazuhiko ARAYA,森本 英光,Hidemitsu MORIMOTO,座主 正貴,Masaki ZASU,根上 司,Tsukasa NEGAMI
原子力発電所では,原子炉の停止時のタイミングで定期的に機器の分解点検を行う等,決められた周期で点検を行う時間基準保全が採用されている。しかし,時間基準保全では点検間隔を保守的に短く設定することから, 結果として点検回数が増加し,過剰な保全となっている傾向がある。また,いじり壊しにより機器の寿命を短くしてしまうことや,保全コストの増加等も懸念されている。このため,設備の状態を定量的に把握することができる設備診断を取り入れ,機器の運転状態を基準として適切なタイミングで保全を実施する状態監視保全の導入を推進している。 志賀原子力発電所(以下,「発電所」という。)では, 振動診断,潤滑油診断,赤外線サーモグラフィー診断の3 つの設備診断を取り入れ,状態監視保全の導入に向けて基礎データを収集している。 本発表では,当社でこれまで実施してきた状態監視保全の取り組み状況と設備の診断事例について紹介する。
2.取り組み状況
2.1 実施状況 現在,発電所では,状態監視保全の導入に向けて設備診断の本格運用を順次進めている段階であり,振動診断と潤滑油診断については本格運用を開始している。一方, 赤外線サーモグラフィー診断は本格運用に至っておらず, 管理基準を設定するための基礎データの採取や社内ルールの整備について検討している段階である。 2.2 設備診断の実施体制 設備診断の実施体制については,データ採取(測定) 作業は関係会社に委託し,当社はデータ採取時の現場監理,当該データの評価,及び評価結果に基づく劣化及び故障の兆候が確認された際の対策立案を行うこととしている。 また,潤滑油診断では,データ評価に必要な分析として高い技術を必要とする油分析について関係会社より専門メーカに協力を依頼し,診断の技術的な補完を行っている(図1)。
図1 設備診断の実施体制例(潤滑油診断) 2.3 診断対象機器と実施状況 (1)振動診断 振動診断は,ポンプ,電動機等の回転機器に対して可能な限り採用する方針としているが,①物理的・構造的に診断が不可能な機器,②休止中機器,③運転時にアクセス不可能な機器,④間欠運転機器を除いた機器を対象として,1 号機で217 台,2 号機で209 台について実施している(図2)。 図2 振動診断対象機器選定フロー (2)潤滑油診断 潤滑油診断は,潤滑油を短期間(39 ヶ月以下)で交換している機器と,交換が短期間ではないが状態監視保全の適用が比較的容易であり,保全重要度が低い機器を対象として, 1 号機で104 台,2 号機で110 台について実施している(図3)。 なお,グリースを使用している機器については,グリース全体が均一に混合しないこと,また,多くの機器は採油の際に分解を伴うことから,現状では対象外としている。 図3 潤滑油診断対象機器選定フロー (3)赤外線サーモグラフィー診断(基礎データ採取) 赤外線サーモグラフィー診断は,異常発生時に有意な温度差が生じる遮断器,変圧器,電源盤等の電気設備及びポンプ,電動機等の回転機器に対して可能な限り採用する方針で,1 号機で540 台,2 号機で581 台について現在,基礎データの採取を実施している(図4)。 図4 赤外線サーモグラフィー診断対象機器選定フロー 保修部保修計画課機械保修課電気保修課関係会社 専門メーカ ・現場監理 ・データの評価 ・対策立案・データ採取(協力依頼) ・分析保全重要度は低いか? 潤滑油交換周期が5 定検(65M) 以内か? 潤滑油測定用として500ml 以上採油可能か? 潤滑油を保有している機器か? 保全対象機器(回転機器) 潤滑油交換周期が3 定検(39M)以内か? 保全対象機器異常発生時に有意な温度差が生じる機器測定部位が直視可能な機器作業安全上の危険性が想定されない機器温度が安定している機器(連続運転,通電) 予防保全対象機器該当しない該当しない該当しない該当しない該当しない該当する該当する該当する該当する該当する対象 保全対象機器(回転機器) ①物理的・構造的に診断が不可能な機器②休止中機器③運転時にアクセス不可能な機器④間欠運転機器該当する該当する該当する該当する該当しない該当しない該当しない該当しない対象外 対象 対象外 対象 対象外 該当しない該当する該当する該当する該当する該当する該当しない該当しない該当しない該当しない- 336 -2.4 診断頻度 発電所では,振動診断,潤滑油診断,赤外線サーモグラフィー診断について,以下の通り頻度を設定している(表1)。 (1)振動診断 振動診断は,プラント運転時に待機状態である機器に対しては4 週間に1 回の頻度で行う定例試験にあわせて実施し,運転している機器に対しては全ての機器が同じ間隔で測定できる一番短い頻度で行うこととし,2 ヶ月に1 回実施している。 (2)潤滑油診断 潤滑油診断は,現状,設備及び作業安全上の理由から機器運転中の採油は行っておらず,機器の停止時に行う潤滑油交換にあわせて採油し,実施している。 (3)赤外線サーモグラフィー診断(基礎データ採取) 赤外線サーモグラフィー診断は,管理基準を設定するための基礎データを蓄積している段階であり,温度差が顕著になる夏期と冬期に1 回ずつ実施している。 表1 診断頻度 診断技術 診断頻度 振動診断 待機機器:1 回/4 週間 運転機器:1 回/2 ヶ月 潤滑油診断 機器に応じて個別に設定 *1 赤外線サーモ グラフィー診断 夏期1 回,冬期1 回(基礎データ採取) *1 潤滑油交換にあわせ実施 3.設備診断の概要 3.1 振動診断 振動診断では,回転機器の劣化又は故障の兆候を検知するため,変位,振動速度,振動加速度の3 つのパラメータ(以下,「振動値」という。)を採取する。この振動値と管理基準を比較することで,異常を判断する簡易診断を行う。異常があると判断された場合,採取した振動値の波形分析,周波数分析等を行い,回転機器の異常部位,異常の種類等を推定する精密診断を行う。 3.2 潤滑油診断 潤滑油診断では,回転機器の潤滑油(グリース含む) 若しくは設備の摺動部の劣化又は故障の兆候を検知するため,潤滑油を分析して,この結果から設備の点検要否等の判断を行う。潤滑油の粘度,酸化安定度等の油の特性を示す値及び潤滑油内に含まれる汚染粒子数,汚染物質量等の汚染程度を示す値により潤滑油の劣化の有無を確認する。また,潤滑油に含まれている摩耗粒子の濃度, 形態等を見ることにより,摺動部の劣化,故障の兆候の有無を確認する。3.3 赤外線サーモグラフィー診断 赤外線サーモグラフィー診断では,電気設備及び回転機器のうち異常発生時に有意な温度差が生じる機器に対して,機器の劣化又は故障の兆候を検知するため,対象機器の熱画像を測定する。測定した熱画像の分析結果から,対象機器の経時的な温度変化の状況を確認し,電気設備における端子部の締め付けゆるみ,過電流及び回転機器の軸受損傷等の有無を確認する。4.診断事例 4.1 振動診断 (1)簡易診断 2 号機廃棄物処理制御室送風機電動機の分解点検後に振動値を測定したところ,振動加速度で,Br-O/A 値(転がり軸受の異常の有無を判断できるパラメータ)が上昇し,管理基準を上回った(図5,6,7)。 軸受部に不具合が発生しているおそれがあるため,精密診断を行うこととした。 図5 振動値の測定結果 【前回測定結果】【測定結果】- 337 -図6 振動加速度の履歴 図7 2号機廃棄物処理制御室送風機 (2)精密診断 精密診断では,異常兆候を示した振動加速度の鉛直成分(状態「×」とされた赤色の箇所)に対して波形解析, 周波数解析を行った。波形解析は,軸1 回転中等の短時間内における振動加速度の大きさの経時変化(波形)を観察し,傾向から異常部位及び状態を判断する手法である。周波数解析は,振動加速度の周波数解析を行い,ピークの立つ周波数の傾向により損傷を推定する手法である。 今回は,波形解析では明確に異常を特定することができず,周波数解析において振動加速度のピーク値から回転周波数成分,軸受傷成分(内・外輪傷)が確認された(図8)。 (3)点検記録の確認 至近の分解点検の結果から,反負荷側軸受シャフト部の嵌め合い寸法がシャフトの交換目安値の近傍にあることが確認された。 現在,振動状態の監視を継続しながら点検時期を検討している。図8 周波数解析の結果 4.2 潤滑油診断 1 号機タービン補機冷却水ポンプ軸受部の潤滑油診断を実施したところ,潤滑油の劣化の有無を示す潤滑油内の汚染粒子数,汚染物質量が管理基準の注意域に入っていることが分かり,潤滑油内からは金属片・鉄錆・砂等が観察された。一方,摺動部の劣化又は故障の兆候の有無を示す摩耗粒子の濃度や形態に異常が無かったことから,設備の継続的な使用が可能であると判断して,潤滑油の交換のみを行い,運転状態を継続監視することとした(表2,図9)。 表2 潤滑油診断結果 状態監視 パラメータ 単位 管理基準 今回評価時 良好 注意 危険 状態 *1 測定値 汚染粒子数 級 ~9 10~11 12~ △ 10 汚染物質量 mg/100ml ~0.9 1.0~1.9 2.0~ △ 1.40 摩耗粒子 ― ~101899/12/31102~101900/01/031900/01/095~ ○ 0.43 図9 1号機タービン補機冷却水ポンプ 振動加速度が大幅に変化(加速度) (Br-O/A 値) 方向:● = V,▲ = H 2 号機廃棄物処理制御室送風機○電動機仕様 (ファン直結型) ・出力 :5.5kW ・電圧 :440V ・周波数 :60Hz ・極数 :4極・回転数 :1800rpm ・質量 :45kg ・軸受種類:グリス潤滑(密閉型) ・反負荷側:6306ZZ ・負荷側 :6308ZZ 軸受傷成分を確認(内・外輪傷) 回転周波数成分を確認*1 ○:良好 △:注意【前回測定結果】【測定結果】測定日 測定日 測定値 測定値 - 338 -4.3 赤外線サーモグラフィー診断 1 号機高圧炉心スプレイディーゼル補機冷却海水ポンプ(以下,「HPSW ポンプ」という。)電動機用遮断器に赤外線サーモグラフィー診断を行ったところ,遮断器の端子部で他の端子よりも,環境温度との温度差(以下,「温度上昇値」という。)が高い値を示す端子を確認した(図10,表3)。 熱画像から遮断器の入力側端子に着目し温度分布を分析したところ,S 相において温度上昇値がR 相,T 相と比べ若干高い値を示していることが確認された。特に高い箇所が接続部であることから,端子接続部の不具合(圧着端子不良等)があると推定されたため,端子部接触面の清掃を行い,端子を適正トルクで締め付けた。この結果,S 相の温度上昇値がR 相,T 相と同様な値となった(図11,表4)。 図10 1号機HPSWポンプ電動機用遮断器の熱画像(診断時) 表3 各端子の最高温度及び温度上昇値(診断時) R相 S相 T相 電流 95.3A 95.8A 93.5A 温度 55.1℃ 62.1℃ 56.2℃ 環境温度 29.8℃ 温度上昇値 25.3K 32.3K 26.4K 図11 1号機HPSWポンプ電動機用遮断器の熱画像(清掃後) 表4 各端子の最高温度及び温度上昇値(清掃後) R相 S相 T相 電流 95.0A 97.5A 94.7A 温度 46.5℃ 45.1℃ 41.3℃ 環境温度 29.5℃ 温度上昇値 17.0K 15.6K 11.8K 5.課題 設備診断の導入について,以下の課題がある。 (1)赤外線サーモグラフィー診断の資格取得 発電所では,赤外線サーモグラフィー診断の資格として国外のIRT レベル1 又はレベル2(Institute of Infrared Thermography 認定試験)を本格運用開始までに6 人以上の取得を目指している。しかし,資格取得には筆記試験合格後に規定時間の実務経験(レベル1 で100 時間,レベル 2 で800 時間)が必要であるため,発電所では実務経験を確保する時間がとれず,赤外線サーモグラフィー診断の資格取得が遅れている。このため,設備診断の技術的な経験・知識が豊富である外部講師による短期間の教育を定期的に計画し,実務経験を重ねていく。 (2)資格取得後における力量の維持向上 設備診断は,資格を取得することにより知識,経験等の力量を得ることができるが,力量を維持向上していくためには繰り返し異常データの診断を行う必要がある。発電所では,振動診断,潤滑油診断の本格運用を開始したばかりで異常データの事例が少なく,診断経験が浅いため,外部講師による教育を定期的に行い,評価のポイントを習得するなど社内教育を充実していく。 R相S相T相R相S相T相- 339 -(3)赤外線サーモグラフィー診断の管理基準の設定 赤外線サーモグラフィー診断は,本格運用に向けて着手したばかりで,基礎データの蓄積ができておらず,管理基準を設定している段階である。今後,更なるデータを蓄積し,管理基準を設定したのち本格運用を開始する。 6.結言 発電所で時間基準保全を実施している機器に対して, 振動診断,潤滑油診断及び赤外線サーモグラフィー診断の3 つの設備診断を取り入れ,機器の運転状態を基準とした状態監視保全の導入を計画的に推進していく。“ “志賀原子力発電所における状態監視保全の取り組み状況 “ “新屋 和彦,Kazuhiko ARAYA,森本 英光,Hidemitsu MORIMOTO,座主 正貴,Masaki ZASU,根上 司,Tsukasa NEGAMI