原子力の安全性向上のためのコミュニケーション・プラットフォーム
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カテゴリ: 第12回
1.はじめに 世論調査から見える国民の原子力に対する意識
2011 年3 月に起こった福島における原子力発電所の過酷事故前と事故後では、原子力再稼働に対する国民の意識や大きく変わった。意識的または無意識に原子力発電は安全だと思っていた多くの国民が、発電所における爆発の映像を見て、大きな衝撃を受けた。また、その後、立地住民が避難を強いられ、また農業・漁業等に見られる風評被害等が発生するなど、大震災、そして、原子力発電所の過酷事故を発端する影響の余波が急拡大する中、原子力に対する国民の信頼が失われた。 本稿では、原子力に対し国民の信頼を取り戻すためには、産業界が長期にわたり信頼回復のコミュニケーションに取り組む必要があるという仮説のもと、その具体策について論じる。
2.原子力に対する国民意識と停滞する信頼
回復 過酷事故後、再稼働に対する賛成比率は下げ止まりしている。2014 年4 月の調査によると再稼働賛成比率は27.9%である(2015 年4 月7 日 ロイター社HP より)。賛成の姿勢であることと原子力に対し信頼を持つことは必ずしも同一ではない。しかし、再稼働に対し、賛成という見解を持つことは、原子力への信頼のもとなされる、反対という見解が原子力に対する不信のもとなされるとすれば、賛成比率が数年にわたり停滞し続けていることは、原子力に対する信頼回復が遅々として進まない状況を物語っていると言える。 3.信頼回復に向けた取組 3.1 原子力の理解増進 信頼回復に向けて原子力業界は静観していたわけではない。規制機関が保安院から、原子力規制委員会・規制庁に代わり、同機関の設立後は、即時性を重視した情報発信に努めている。また、資源エネルギー庁でも2014 年にエネルギー基本計画を見直し、同計画においてコミュニケーションに関する章として、「国民各層とのコミュニケーションとエネルギーに関する理解の深化(エネルギーの需給に関する施策を長期的、総合的かつ計画的に推進するために必要な事項)を設け、国民各層が原子力を含むエネルギーについて理解を深めることの必要性を強調する。 また産業界においても、規制基準を満たしさえすればリスクが無いという安全神話からの脱却を視野に入れた新しいコミュニケーションの在り方ついて検討が始められている(参考 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 第3 回会合 資料4)。 各機関における広報活動をみても、タイムリーで正しい情報提供に加え、説明の対象者の目線からみてわかり- 362 -やすいことを意識した制作物が用意され、そして、広報担当者がわかりやすさを意識した説明に注力する。 このように、原子力業界では、原子力に対する国民の理解増進に向けた取組が各所で行われてきたといってよい。では、理解増進が進むと、原子力の信頼回復が進むのか。筆者は、次の段階として、「異なる考え方をみとめたコミュニケーションと理解の交流」そして、「交流を租促進し、交流結果を蓄積できるコミュニケーションプラットフォーム」が必要と考える。 3.2.異なる考え方をみとめたコミュニケーションと理解の交流 1 で論じた原子力発電所再稼働の賛成・反対に関し、その中に「無関心層」「浮遊層」と呼ばれる層が存在する。同層は原子力に対する関心度合いが低く、時勢によって意見が浮遊する。原子力への関心が低いため、一方的に情報提供しても、情報が届きにくいとされる層である。 このような層に対しては、関心度合いや理解度合いに応じ、相手が受け入れられるコミュニケーションが求められる。原子力発電に内包される技術的な複雑性を取り上げようとすると、学習意欲のある生徒を前提とした授業スタイルになりがちで、高度な説明の工夫が求められる。 しかし、原子力に対し高い理解力を備えることが、自身の意見の確立上の前提ではない、という考えに立てば、求められるのは、国民各自が検討して意見を持てるような支援活動となると言える。具体的な支援活動について方向性と具体策を示したのがFig1 である。 Fig1 信頼回復をめざしたコミュニケーションに必要な取組 ただし、これらの活動に取り組む上で、注意すべき点として、「意見の聞きっぱなし」を挙げておきたい。意見の収拾や意見交換の場において、意見を聞くだけ聞き、収集された意見がどのように取り扱われるのかが不透明になると、自分の意見が不当に扱われたという印象につながりかねず、継続的な活動になりにくいためである。 3.3. 交流を促進し、交流結果を蓄積できるコミュニケーションプラットフォーム 原子力に関する情報提供の在り方を検討しようとすると、必ずついて回るのが、「中立性問題」である。産業界の各社や政府機関が主体となり、正しい情報を提供しようとしても、「その情報にはバイアスがかかっている」と受け手が捉える恐れがあり、また、産業界においても、バイアスがかかって見えてしまうので情報提供しづらい、というジレンマが発生するのである。さらに、ネット等での情報提供における炎上化の可能性を不安視すれば、産業界から国民に対する情報提供支援は、従来からなされてきた立地周辺地域に限定された活動に限定されるであろう。 本論では、「提供者の中立性問題」を担保する手段として、新たな情報管理のしくみを提示する。 具体的には、原子力を含むエネルギーについて、国民への視点・見解の提供や、国際的な情報発信/共有できるよう、客観性・中立性の面で信頼できる学術情報や説明コンテンツ(受け手の基礎知識に合ったもの)を、見やすく/扱いやすく収載した、情報プラットフォームを公共財として整備するというものである。 - 363 -とりわけ、対面型コミュニケーションにおいては「争点の前提情報のズレ」、「根拠の信頼性が疑われる」、「情報の質・量のバラつき」等、問題の発生が危惧されるため、信頼性の高い情報を公共データとして蓄積することが必要になろう。 米国では、産業界の代表であるNEI(Nuclear Energy Institute が対産業界、対政府機関、対国民をつなぐコミュニケーションプラットフォーム化に取り組んでおり、今後日本において情報プラットフォームを検討する際の参考になると言えよう。“ “原子力の安全性向上のためのコミュニケーション・プラットフォーム “ “近藤 寛子,Hiroko KONDO
2011 年3 月に起こった福島における原子力発電所の過酷事故前と事故後では、原子力再稼働に対する国民の意識や大きく変わった。意識的または無意識に原子力発電は安全だと思っていた多くの国民が、発電所における爆発の映像を見て、大きな衝撃を受けた。また、その後、立地住民が避難を強いられ、また農業・漁業等に見られる風評被害等が発生するなど、大震災、そして、原子力発電所の過酷事故を発端する影響の余波が急拡大する中、原子力に対する国民の信頼が失われた。 本稿では、原子力に対し国民の信頼を取り戻すためには、産業界が長期にわたり信頼回復のコミュニケーションに取り組む必要があるという仮説のもと、その具体策について論じる。
2.原子力に対する国民意識と停滞する信頼
回復 過酷事故後、再稼働に対する賛成比率は下げ止まりしている。2014 年4 月の調査によると再稼働賛成比率は27.9%である(2015 年4 月7 日 ロイター社HP より)。賛成の姿勢であることと原子力に対し信頼を持つことは必ずしも同一ではない。しかし、再稼働に対し、賛成という見解を持つことは、原子力への信頼のもとなされる、反対という見解が原子力に対する不信のもとなされるとすれば、賛成比率が数年にわたり停滞し続けていることは、原子力に対する信頼回復が遅々として進まない状況を物語っていると言える。 3.信頼回復に向けた取組 3.1 原子力の理解増進 信頼回復に向けて原子力業界は静観していたわけではない。規制機関が保安院から、原子力規制委員会・規制庁に代わり、同機関の設立後は、即時性を重視した情報発信に努めている。また、資源エネルギー庁でも2014 年にエネルギー基本計画を見直し、同計画においてコミュニケーションに関する章として、「国民各層とのコミュニケーションとエネルギーに関する理解の深化(エネルギーの需給に関する施策を長期的、総合的かつ計画的に推進するために必要な事項)を設け、国民各層が原子力を含むエネルギーについて理解を深めることの必要性を強調する。 また産業界においても、規制基準を満たしさえすればリスクが無いという安全神話からの脱却を視野に入れた新しいコミュニケーションの在り方ついて検討が始められている(参考 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 第3 回会合 資料4)。 各機関における広報活動をみても、タイムリーで正しい情報提供に加え、説明の対象者の目線からみてわかり- 362 -やすいことを意識した制作物が用意され、そして、広報担当者がわかりやすさを意識した説明に注力する。 このように、原子力業界では、原子力に対する国民の理解増進に向けた取組が各所で行われてきたといってよい。では、理解増進が進むと、原子力の信頼回復が進むのか。筆者は、次の段階として、「異なる考え方をみとめたコミュニケーションと理解の交流」そして、「交流を租促進し、交流結果を蓄積できるコミュニケーションプラットフォーム」が必要と考える。 3.2.異なる考え方をみとめたコミュニケーションと理解の交流 1 で論じた原子力発電所再稼働の賛成・反対に関し、その中に「無関心層」「浮遊層」と呼ばれる層が存在する。同層は原子力に対する関心度合いが低く、時勢によって意見が浮遊する。原子力への関心が低いため、一方的に情報提供しても、情報が届きにくいとされる層である。 このような層に対しては、関心度合いや理解度合いに応じ、相手が受け入れられるコミュニケーションが求められる。原子力発電に内包される技術的な複雑性を取り上げようとすると、学習意欲のある生徒を前提とした授業スタイルになりがちで、高度な説明の工夫が求められる。 しかし、原子力に対し高い理解力を備えることが、自身の意見の確立上の前提ではない、という考えに立てば、求められるのは、国民各自が検討して意見を持てるような支援活動となると言える。具体的な支援活動について方向性と具体策を示したのがFig1 である。 Fig1 信頼回復をめざしたコミュニケーションに必要な取組 ただし、これらの活動に取り組む上で、注意すべき点として、「意見の聞きっぱなし」を挙げておきたい。意見の収拾や意見交換の場において、意見を聞くだけ聞き、収集された意見がどのように取り扱われるのかが不透明になると、自分の意見が不当に扱われたという印象につながりかねず、継続的な活動になりにくいためである。 3.3. 交流を促進し、交流結果を蓄積できるコミュニケーションプラットフォーム 原子力に関する情報提供の在り方を検討しようとすると、必ずついて回るのが、「中立性問題」である。産業界の各社や政府機関が主体となり、正しい情報を提供しようとしても、「その情報にはバイアスがかかっている」と受け手が捉える恐れがあり、また、産業界においても、バイアスがかかって見えてしまうので情報提供しづらい、というジレンマが発生するのである。さらに、ネット等での情報提供における炎上化の可能性を不安視すれば、産業界から国民に対する情報提供支援は、従来からなされてきた立地周辺地域に限定された活動に限定されるであろう。 本論では、「提供者の中立性問題」を担保する手段として、新たな情報管理のしくみを提示する。 具体的には、原子力を含むエネルギーについて、国民への視点・見解の提供や、国際的な情報発信/共有できるよう、客観性・中立性の面で信頼できる学術情報や説明コンテンツ(受け手の基礎知識に合ったもの)を、見やすく/扱いやすく収載した、情報プラットフォームを公共財として整備するというものである。 - 363 -とりわけ、対面型コミュニケーションにおいては「争点の前提情報のズレ」、「根拠の信頼性が疑われる」、「情報の質・量のバラつき」等、問題の発生が危惧されるため、信頼性の高い情報を公共データとして蓄積することが必要になろう。 米国では、産業界の代表であるNEI(Nuclear Energy Institute が対産業界、対政府機関、対国民をつなぐコミュニケーションプラットフォーム化に取り組んでおり、今後日本において情報プラットフォームを検討する際の参考になると言えよう。“ “原子力の安全性向上のためのコミュニケーション・プラットフォーム “ “近藤 寛子,Hiroko KONDO