試験片表面観察による機械構造用炭素鋼の 疲労き裂成長予測モデルの検討
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カテゴリ: 第12回
1.はじめに
日本の原子力プラントの多くは運転年数が長期に及んでおり、プラントの高経年化への対応が課題となっている。プラント設備の機能維持と信頼性向上を図るため、起こり得る劣化事象に対して様々な対策が行われてきた。 原子力プラントの劣化事象の管理において、疲労事象は構造健全性を保つ上で重要な項目の一つである。現在行われている疲労評価では、累積疲労係数(CUF)が用いられている。CUF は機器に加えられた過渡の繰り返し数と許容繰り返し数の比により算出される値であり、1.0 以下であることを評価し健全性を確認している。しかし、CUF による評価では、機器にき裂が発生して破損に至るまでの疲労損傷の進行の度合いを把握するのは難しい。したがって、CUF を機器の疲労損傷リスク評価に用いることは困難である。 近年、原子力施設の検査や管理などの保全活動を科学 的合理性に基づいて実施するために保全指標の導入が検討されている。保全指標の作成には機器信頼性データベースが必要であり、そのひとつとして仮想き裂成長曲線が用いられる[1]。仮想き裂成長曲線はき裂の発生及び進展を確率モデル化したものであり、疲労評価に導入することによりCUFと機器の疲労進行状態との対応関係を明らかにすることが可能となる。しかし仮想き裂成長曲線を実機の評価に用いるためには評価モデルの妥当性の確認やデータ数の充実が望まれる。先行研究として阿部らによりステンレス鋼を対象としたき裂成長予測モデル[2] が検討された。これにより、疲労試験で得られたき裂の成長挙動を基にしたシミュレーション解析を用いて構造材料の破断原因となる主き裂の成長挙動及び疲労寿命が予測できることが示された。この手法を活用することで、CUF と損傷の程度に対応したき裂寸法を明らかにし、実機における疲労損傷リスク評価を行うことが可能となると考えられる。 本研究では、機械構造用炭素鋼S45C を対象としたき裂成長予測モデルを作成し、先行研究のステンレス鋼モデルとの比較を行うことで、疲労き裂成長予測に関する知見を深めることを目的とした。
22.記号説明 a : き裂深さ (mm) da/dN : 進展速度 (m/cycle) ε : ひずみ (%) f : 形状係数 Kε: ひずみ拡大係数 (m0.5) l : き裂長さ (mm) N : 過渡繰り返し数 (cycle) Nincubation : 潜伏期間 (cycle) Ptotal: 累積き裂発生確率 3.試験片中におけるき裂の観察 本研究ではFig. 1 に示す試験片を用いて疲労試験を行い、得られた実験結果をもとにき裂の成長挙動のモデル化を行った。検討の流れについてFig. 2 に示す。 Fig. 1 Geometry of Test Specimen. Fig. 2 Flow of Constructing Crack Growth Prediction Model. 3.1 き裂の成長挙動の観察 き裂の成長挙動の観察を行うために一定ひずみ振幅下(⊿ε=1.2 %)で大気中疲労試験を行った。さらに試験中500 サイクルごとに試験を中断し、レプリカ法による試験片表面のき裂観察を行った。なおき裂の観察は試験片表面の3 mm × 2 mmの領域を対象に行った。 観察によって得られた500 サイクルごとのき裂本数の変化をFig. 3 に示す。試験開始からは3000 サイクルまではき裂本数が緩やかに増加し、3000 サイクルを超えてからは急激に増加していることが分かる。更に観察されたき裂のうち任意に選択した5 本のき裂の成長のばらつきをFig. 4 に示す。き裂の発生のタイミングや進展速度はき裂ごとにそれぞれ異なっていることが分かる。 Fig. 3 Change of Number of Cracks. Fig. 4 Variability of Crack Growth Behavior in Representative Crack. 3.2 き裂成長挙動の定量化 き裂成長予測モデルに用いるため、Fig. 3、Fig. 4 に示したき裂の発生及び進展速度のばらつきの定量化を行う。 3.2.1 き裂の発生の定量化 き裂の発生時期を取り扱うために、観察限界である0.02 mmを超えた時点でき裂が発生すると仮定し、発生に至るまでの繰り返し数を潜伏期間と定義する。更にFig. 3 におけるき裂発生数を累積発生確率として規格化した。Fig. 5 に累積発生確率と潜伏期間の関係を示す。この関係を指数関数により近似することにより式(1)を得た。 ...................... = ......... ......................... (1) - 387 -3Fig. 5 Relationship between Incubation Time and Cumulative Probability of Crack Initiation. 3.2.2 き裂進展速度の定量化 試験片表面の観察より得られたき裂寸法を用いてき裂進展速度を算出した。き裂のアスペクト比(き裂深さ/き裂長さ)を0.5 と仮定し、表面き裂長さを元に深さ方向へのき裂進展速度を推定した。更にき裂進展速度のひずみ拡大係数による整理とばらつきの定量化を行った。 (1) ひずみ拡大係数による整理 ひずみ拡大係数は式(2)に示す様に形状係数f 、ひずみ範囲Δ..、およびき裂深さ..より求まる。なお、本研究で使用した試験片では、形状係数は、式(3)で与えられる。R は試験片の半径を示す。 式(2)を用い、実験結果に基づいて整理したき裂進展速度とひずみ拡大係数の関係をFig. 6 に示す。さらに最小二乗近似によって両者の関係を定式化したものを式(4)に示す。低サイクル疲労におけるき裂進展速度とひずみ拡大係数については先行研究において相関があることが示されているが、Fig. 6 からどのひずみ拡大係数においても大きくばらついていることが確認できた。また、き裂長さが0.2mmを超える領域において同様の整理を行うことで得られた関係式を式(5)に示す。 Δ.... = ..Δ..√.... (2) .. = ... ........ (....).. . ... ........ (....).. + ... ........ (....) + ... ........ -3.... .... == ... ...... × .......(Δ....)......... (4) .... .... == ... ...... × ......(Δ....)......... (5) Fig. 6 Relationship between strain intensity factor and crack propagation rate. (2) 進展速度の平均化 試験片表面にて観察されたき裂の進展速度は全て大きくばらついていた。このようなばらつきの定量化を行うためにき裂寸法に対して、0.02 mmから0.04 mmごとに区間を設定し、区間毎に進展速度を設定した。ここで、0.02 mmはき裂の発生の定義を、0.04 mmはき裂進展のばらつきの単位で平均的な結晶粒サイズをイメージして設定した。区間中点である代表長さ(0.02 mm~0.06 mmの区間であれば0.04 mm )に対応した進展速度を式(4)により求め、ばらつきを乱数により設定した。このように設定することで、区間毎の成長がFig.7 に示すように変化する。き裂が発生するまでは潜伏期間Niを用い、発生した時点で区間ごとの進展速度D1~4に従って進展させた。 Fig. 7 Prediction Curve of Crack Growth. (3) 区間毎のばらつきの定量化 き裂進展速度のばらつきを、区間内に含まれる実験値に対してその区間におけるき裂進展速度の近似式からの差を元に算出した。 - 388 -43.3 き裂成長予測モデルの構築 前節において定量化した潜伏期間及び進展速度とそのばらつきを元に、き裂の発生・進展の挙動をモンテカルロシミュレーションによって模擬することで主き裂の成長の予測を行った。Fig. 8 にシミュレーションのフローチャートを示す。 まずき裂進展の最初に発生するき裂総数を入力し、1 サイクルが経過する毎に式(1)を適用しき裂の発生について評価を行う。き裂の発生が確認された場合、設定した長さ区間ごとに式(4)と算出したばらつきを元にき裂の進展について評価を行う。0.18mmを超えてき裂が進展した場合、式(5)を用いることでき裂進展評価を行う。サイクル数が設定した上限に達するまで以上の操作を繰り返す。 Fig. 8 Flow sheet of Monte Carlo simulation. 3.4 シミュレーション結果と実験値の比較 作成したき裂成長予測モデルが実際のき裂の成長挙動を模擬できているかどうかを確認するため、シミュレーション結果と実験値の比較を行った。実験において観測された0.02 mm以上のき裂数である210個を条件として、シミュレーションを行った。疲労き裂進展サイクルの終盤である4500サイクルにおけるき裂の長さ分布を対象に、Weibull 分布にプロットし、シミュレーション結果と実験値の比較を行った。比較結果をFig. 9 に示す。実験値とシミュレーション結果は良い一致を示したことから、本研究で行った実験におけるき裂の成長挙動をシミュレーションが模擬できていると考える。 Fig. 9 Weibull Distribution of Crack Length. 3.5 き裂成長曲線の作成 前節までは、予測シミュレーションの範囲を実際に試験片観察を行った3 mm×2 mmの領域に限定していたが、更に試験片全体に拡張して評価を行った。面積比から、試験片全体で発生するき裂は21,000 個と推定された。試験片1 本当たり21,000 個のき裂が発生すると仮定し、それらの成長挙動を予測し、長さが最大となったき裂の成長曲線を求めた。100 ケースのシミュレーションを行うことで、試験片100 本分に相当するき裂成長曲線のばらつきを求めた。Fig. 10 に最も成長が早かったもの、遅かったもの及び100 ケース分を平均したものを示す。なお、破断に至るき裂長さは6 mm として疲労寿命のシミュレーションを行った。シミュレーションの結果をTable 1 に示すが、疲労試験で得られた疲労寿命はシミュレーション結果のばらつきの範囲内に含まれていることが確認された。 Fig. 10 Dispersion of crack growth curve. Table .1 Fatigue life of experiment and simulation result. Average Max Min Experiment 5348 5875 4770 5000 Nf - 389 -54.ステンレス鋼との比較 材料による違いを考察するため、先行研究で得られたSUS 316の予測評価モデルと本研究で得られたS45Cの予測評価モデルを用いて、以下に示す各項目について比較を行った。 4.1 き裂の発生数 S45C、SUS316 それぞれのき裂発生数と寿命消費率を比較した結果をFig.11 に示す。SUS316 におけるき裂発生数は序盤から終盤まで比較的緩やかに増加するが、S45C においては中盤から急激に増加する傾向が見られた。 Fig. 11 Comparison of Increase Rate in Crack Number between SUS316 and S45C. 4.2 き裂進展速度 き裂進展速度について比較した結果をFig.12 に示す。ひずみ拡大係数に対する進展速度はS45Cの方がSUS316 よりも全体として値が高くなっており、き裂が短い領域ではS45C の方が進展が速い傾向が見られた。 0.20 mm 以下のき裂に対する進展速度とそのばらつき幅をFig.13 に示す。区間内の進展速度に大きな違いはみられなかった。また区間ごとの進展速度のばらつきについては0.02 mmから0.10 mmの2 区間では両材料に大きな違いは見られなかったが、0.10 mm から0.18 mm の2 区間では、S45CのばらつきがSUS316 より大きくなった。 Fig. 12 Comparison of Crack Propagation Rate. Fig. 13 Comparison of Dispersion in Crack Propagation Rate between SUS316 and S45C. 4.3 き裂成長曲線の比較 主き裂の成長挙動とそのばらつきを示すき裂成長曲線を用いて両材料にみられる特徴について比較を行った。Fig. 14 はSUS316, Fig. 15 は S45Cの計算機シミュレーションによるき裂成長曲線を、Table. 2 は.材料毎の疲労寿命の最大値・最小値・平均値を示す。 SUS316 におけるき裂成長曲線ではサイクル数の増加に伴って徐々に進展速度が速くなっていく傾向が確認されたが、S45C の場合はサイクルの終盤でき裂が急激に進展し、破断に至るという傾向が見られた。また疲労寿命についても材料それぞれで破断に至る過渡回数が異なっており、SUS316 に比べてS45C は少ない過渡回数で破断に至ることが確認された。S45Cでは平均で5348 サイクル、SUS316 では8430 サイクルであった。また、SUS316 の疲労寿命では最大値・最小値の幅が1350 サイクルであったことに対し、S45C では1105 サイクルであった。Fig. 16 には材料ごとのき裂成長曲線の平均値で横軸を寿命消費率として比較したものを示す。寿命消費率がSUS316 では0.6 以下、S45C では0.8 以下の領域ではき裂が緩やかに進展し、き裂進展速度の変化が小さい傾向がみられるが、それぞれが0.6 以上、0.8 以上の領域ではどちらもき裂が急激に進展しており、き裂進展速度の増加が顕著であることが確認された。 Fig. 14 Crack growth curve (SUS316). - 390 -6Fig. 15 Crack growth curve (S45C). Fig. 16 Average crack growth curve Table. 2 Comparison of fatigue life. 5.き裂成長曲線とその比較に関する考察 本研究ではS45C におけるき裂の成長の統計的なばらつきを計算機シミュレーションにより評価した。しかし、ここで求めた進展速度やそのばらつきは試験片中の一部の観察領域の試験データに基づいたものであり、試験片中の全ての領域においてばらつきは一様であると仮定してモデルの構築を行った。このため試験結果から導かれたばらつきは必ずしも試験片全体におけるばらつきを代表していない可能性がある。 また観察を行った領域における最大のき裂寸法は約0.5 mm 程度であり、0.2mm を超える区間のき裂進展評価には式(5)を適用した。そのため0.2mm を超えるき裂に対しては成長挙動の予測が不十分な可能性がある。また、0.2mm を超える長いき裂についてはデータ数が不足してばらつきの導出ができなかった。そのため今回のシミュレーション結果は、実際の疲労試験における主き裂の成長挙動及び疲労寿命を包括しているとは必ずしも言い切れず、更に複数の疲労試験結果との比較が必要であると考えられる S45C 及びSUS316 の両者において表面き裂長さ0.2mm 以下の領域におけるき裂の進展速度とそのばらつきを整理した結果、S45C のき裂進展速度のばらつきについてSUS316 と2 区間で違いが確認された。き裂成長曲線の比較では疲労寿命で明らかな違いが見られたが、S45C に比べてSUS316 の方がわずかにばらついていた。また、本研究で取り扱うことのできなかった0.2mmより大きなき裂寸法における進展速度のばらつきが、疲労寿命やそのばらつきに影響を及ぼしている可能性がある。き裂成長曲線の精度を向上させるためには、今回ばらつきの評価の対象としたき裂長さ区間の拡張について検討を行う必要があると考えられる。 6.結論 本研究における結論を以下に示す。 ・機械構造用炭素鋼S45C を対象とした疲労試験を行い、試験片に発生したき裂の観察によって、き裂の発生及び進展とそのばらつきを確認した。さらに潜伏期間及び進展速度の定量化を行いき裂成長予測モデルを作成した。 ・き裂成長予測モデルの計算機シミュレーションを行い、シミュレーション結果が実験結果におけるき裂の成長挙動を模擬できていることを確認した。 ・シミュレーションを複数回実行することにより、き裂成長曲線の統計的なばらつきを求め、疲労試験結果がそのばらつきの幅の中に含まれていることを確認した。 ・先行研究におけるSUS316 に対するき裂成長予測モデルと本研究において作成したS45C に対するモデルを用いて材料の違いによる影響について考察した。 参考文献 [1] 釜谷昌幸, “き裂成長予測による低サイクル疲労の損傷評価(成長予測モデルの構築とその適用例)” , INSS JOURNAL Vol. 19 2012 NT12 [2] Shigeki Abe, “Statistical Model of Micro Crack Growth for the Evaluation of Accumulated Fatigue in NPPs” [3] 出町他, 原子力発電所のシステム安全評価のためのレジリエンス指標の提案, 日本原子力学会2015 年春の年会、講演番号I14 (2015). Average Max Min S45C 5348 5875 4770 SUS316 8430 8890 7540 Nf - 391 -
“ “試験片表面観察による機械構造用炭素鋼の 疲労き裂成長予測モデルの検討 “ “石澤 輝士,Terushi ISHIZAWA,北田 孝典,Takanori KITADA,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMAYA
日本の原子力プラントの多くは運転年数が長期に及んでおり、プラントの高経年化への対応が課題となっている。プラント設備の機能維持と信頼性向上を図るため、起こり得る劣化事象に対して様々な対策が行われてきた。 原子力プラントの劣化事象の管理において、疲労事象は構造健全性を保つ上で重要な項目の一つである。現在行われている疲労評価では、累積疲労係数(CUF)が用いられている。CUF は機器に加えられた過渡の繰り返し数と許容繰り返し数の比により算出される値であり、1.0 以下であることを評価し健全性を確認している。しかし、CUF による評価では、機器にき裂が発生して破損に至るまでの疲労損傷の進行の度合いを把握するのは難しい。したがって、CUF を機器の疲労損傷リスク評価に用いることは困難である。 近年、原子力施設の検査や管理などの保全活動を科学 的合理性に基づいて実施するために保全指標の導入が検討されている。保全指標の作成には機器信頼性データベースが必要であり、そのひとつとして仮想き裂成長曲線が用いられる[1]。仮想き裂成長曲線はき裂の発生及び進展を確率モデル化したものであり、疲労評価に導入することによりCUFと機器の疲労進行状態との対応関係を明らかにすることが可能となる。しかし仮想き裂成長曲線を実機の評価に用いるためには評価モデルの妥当性の確認やデータ数の充実が望まれる。先行研究として阿部らによりステンレス鋼を対象としたき裂成長予測モデル[2] が検討された。これにより、疲労試験で得られたき裂の成長挙動を基にしたシミュレーション解析を用いて構造材料の破断原因となる主き裂の成長挙動及び疲労寿命が予測できることが示された。この手法を活用することで、CUF と損傷の程度に対応したき裂寸法を明らかにし、実機における疲労損傷リスク評価を行うことが可能となると考えられる。 本研究では、機械構造用炭素鋼S45C を対象としたき裂成長予測モデルを作成し、先行研究のステンレス鋼モデルとの比較を行うことで、疲労き裂成長予測に関する知見を深めることを目的とした。
22.記号説明 a : き裂深さ (mm) da/dN : 進展速度 (m/cycle) ε : ひずみ (%) f : 形状係数 Kε: ひずみ拡大係数 (m0.5) l : き裂長さ (mm) N : 過渡繰り返し数 (cycle) Nincubation : 潜伏期間 (cycle) Ptotal: 累積き裂発生確率 3.試験片中におけるき裂の観察 本研究ではFig. 1 に示す試験片を用いて疲労試験を行い、得られた実験結果をもとにき裂の成長挙動のモデル化を行った。検討の流れについてFig. 2 に示す。 Fig. 1 Geometry of Test Specimen. Fig. 2 Flow of Constructing Crack Growth Prediction Model. 3.1 き裂の成長挙動の観察 き裂の成長挙動の観察を行うために一定ひずみ振幅下(⊿ε=1.2 %)で大気中疲労試験を行った。さらに試験中500 サイクルごとに試験を中断し、レプリカ法による試験片表面のき裂観察を行った。なおき裂の観察は試験片表面の3 mm × 2 mmの領域を対象に行った。 観察によって得られた500 サイクルごとのき裂本数の変化をFig. 3 に示す。試験開始からは3000 サイクルまではき裂本数が緩やかに増加し、3000 サイクルを超えてからは急激に増加していることが分かる。更に観察されたき裂のうち任意に選択した5 本のき裂の成長のばらつきをFig. 4 に示す。き裂の発生のタイミングや進展速度はき裂ごとにそれぞれ異なっていることが分かる。 Fig. 3 Change of Number of Cracks. Fig. 4 Variability of Crack Growth Behavior in Representative Crack. 3.2 き裂成長挙動の定量化 き裂成長予測モデルに用いるため、Fig. 3、Fig. 4 に示したき裂の発生及び進展速度のばらつきの定量化を行う。 3.2.1 き裂の発生の定量化 き裂の発生時期を取り扱うために、観察限界である0.02 mmを超えた時点でき裂が発生すると仮定し、発生に至るまでの繰り返し数を潜伏期間と定義する。更にFig. 3 におけるき裂発生数を累積発生確率として規格化した。Fig. 5 に累積発生確率と潜伏期間の関係を示す。この関係を指数関数により近似することにより式(1)を得た。 ...................... = ......... ......................... (1) - 387 -3Fig. 5 Relationship between Incubation Time and Cumulative Probability of Crack Initiation. 3.2.2 き裂進展速度の定量化 試験片表面の観察より得られたき裂寸法を用いてき裂進展速度を算出した。き裂のアスペクト比(き裂深さ/き裂長さ)を0.5 と仮定し、表面き裂長さを元に深さ方向へのき裂進展速度を推定した。更にき裂進展速度のひずみ拡大係数による整理とばらつきの定量化を行った。 (1) ひずみ拡大係数による整理 ひずみ拡大係数は式(2)に示す様に形状係数f 、ひずみ範囲Δ..、およびき裂深さ..より求まる。なお、本研究で使用した試験片では、形状係数は、式(3)で与えられる。R は試験片の半径を示す。 式(2)を用い、実験結果に基づいて整理したき裂進展速度とひずみ拡大係数の関係をFig. 6 に示す。さらに最小二乗近似によって両者の関係を定式化したものを式(4)に示す。低サイクル疲労におけるき裂進展速度とひずみ拡大係数については先行研究において相関があることが示されているが、Fig. 6 からどのひずみ拡大係数においても大きくばらついていることが確認できた。また、き裂長さが0.2mmを超える領域において同様の整理を行うことで得られた関係式を式(5)に示す。 Δ.... = ..Δ..√.... (2) .. = ... ........ (....).. . ... ........ (....).. + ... ........ (....) + ... ........ -3.... .... == ... ...... × .......(Δ....)......... (4) .... .... == ... ...... × ......(Δ....)......... (5) Fig. 6 Relationship between strain intensity factor and crack propagation rate. (2) 進展速度の平均化 試験片表面にて観察されたき裂の進展速度は全て大きくばらついていた。このようなばらつきの定量化を行うためにき裂寸法に対して、0.02 mmから0.04 mmごとに区間を設定し、区間毎に進展速度を設定した。ここで、0.02 mmはき裂の発生の定義を、0.04 mmはき裂進展のばらつきの単位で平均的な結晶粒サイズをイメージして設定した。区間中点である代表長さ(0.02 mm~0.06 mmの区間であれば0.04 mm )に対応した進展速度を式(4)により求め、ばらつきを乱数により設定した。このように設定することで、区間毎の成長がFig.7 に示すように変化する。き裂が発生するまでは潜伏期間Niを用い、発生した時点で区間ごとの進展速度D1~4に従って進展させた。 Fig. 7 Prediction Curve of Crack Growth. (3) 区間毎のばらつきの定量化 き裂進展速度のばらつきを、区間内に含まれる実験値に対してその区間におけるき裂進展速度の近似式からの差を元に算出した。 - 388 -43.3 き裂成長予測モデルの構築 前節において定量化した潜伏期間及び進展速度とそのばらつきを元に、き裂の発生・進展の挙動をモンテカルロシミュレーションによって模擬することで主き裂の成長の予測を行った。Fig. 8 にシミュレーションのフローチャートを示す。 まずき裂進展の最初に発生するき裂総数を入力し、1 サイクルが経過する毎に式(1)を適用しき裂の発生について評価を行う。き裂の発生が確認された場合、設定した長さ区間ごとに式(4)と算出したばらつきを元にき裂の進展について評価を行う。0.18mmを超えてき裂が進展した場合、式(5)を用いることでき裂進展評価を行う。サイクル数が設定した上限に達するまで以上の操作を繰り返す。 Fig. 8 Flow sheet of Monte Carlo simulation. 3.4 シミュレーション結果と実験値の比較 作成したき裂成長予測モデルが実際のき裂の成長挙動を模擬できているかどうかを確認するため、シミュレーション結果と実験値の比較を行った。実験において観測された0.02 mm以上のき裂数である210個を条件として、シミュレーションを行った。疲労き裂進展サイクルの終盤である4500サイクルにおけるき裂の長さ分布を対象に、Weibull 分布にプロットし、シミュレーション結果と実験値の比較を行った。比較結果をFig. 9 に示す。実験値とシミュレーション結果は良い一致を示したことから、本研究で行った実験におけるき裂の成長挙動をシミュレーションが模擬できていると考える。 Fig. 9 Weibull Distribution of Crack Length. 3.5 き裂成長曲線の作成 前節までは、予測シミュレーションの範囲を実際に試験片観察を行った3 mm×2 mmの領域に限定していたが、更に試験片全体に拡張して評価を行った。面積比から、試験片全体で発生するき裂は21,000 個と推定された。試験片1 本当たり21,000 個のき裂が発生すると仮定し、それらの成長挙動を予測し、長さが最大となったき裂の成長曲線を求めた。100 ケースのシミュレーションを行うことで、試験片100 本分に相当するき裂成長曲線のばらつきを求めた。Fig. 10 に最も成長が早かったもの、遅かったもの及び100 ケース分を平均したものを示す。なお、破断に至るき裂長さは6 mm として疲労寿命のシミュレーションを行った。シミュレーションの結果をTable 1 に示すが、疲労試験で得られた疲労寿命はシミュレーション結果のばらつきの範囲内に含まれていることが確認された。 Fig. 10 Dispersion of crack growth curve. Table .1 Fatigue life of experiment and simulation result. Average Max Min Experiment 5348 5875 4770 5000 Nf - 389 -54.ステンレス鋼との比較 材料による違いを考察するため、先行研究で得られたSUS 316の予測評価モデルと本研究で得られたS45Cの予測評価モデルを用いて、以下に示す各項目について比較を行った。 4.1 き裂の発生数 S45C、SUS316 それぞれのき裂発生数と寿命消費率を比較した結果をFig.11 に示す。SUS316 におけるき裂発生数は序盤から終盤まで比較的緩やかに増加するが、S45C においては中盤から急激に増加する傾向が見られた。 Fig. 11 Comparison of Increase Rate in Crack Number between SUS316 and S45C. 4.2 き裂進展速度 き裂進展速度について比較した結果をFig.12 に示す。ひずみ拡大係数に対する進展速度はS45Cの方がSUS316 よりも全体として値が高くなっており、き裂が短い領域ではS45C の方が進展が速い傾向が見られた。 0.20 mm 以下のき裂に対する進展速度とそのばらつき幅をFig.13 に示す。区間内の進展速度に大きな違いはみられなかった。また区間ごとの進展速度のばらつきについては0.02 mmから0.10 mmの2 区間では両材料に大きな違いは見られなかったが、0.10 mm から0.18 mm の2 区間では、S45CのばらつきがSUS316 より大きくなった。 Fig. 12 Comparison of Crack Propagation Rate. Fig. 13 Comparison of Dispersion in Crack Propagation Rate between SUS316 and S45C. 4.3 き裂成長曲線の比較 主き裂の成長挙動とそのばらつきを示すき裂成長曲線を用いて両材料にみられる特徴について比較を行った。Fig. 14 はSUS316, Fig. 15 は S45Cの計算機シミュレーションによるき裂成長曲線を、Table. 2 は.材料毎の疲労寿命の最大値・最小値・平均値を示す。 SUS316 におけるき裂成長曲線ではサイクル数の増加に伴って徐々に進展速度が速くなっていく傾向が確認されたが、S45C の場合はサイクルの終盤でき裂が急激に進展し、破断に至るという傾向が見られた。また疲労寿命についても材料それぞれで破断に至る過渡回数が異なっており、SUS316 に比べてS45C は少ない過渡回数で破断に至ることが確認された。S45Cでは平均で5348 サイクル、SUS316 では8430 サイクルであった。また、SUS316 の疲労寿命では最大値・最小値の幅が1350 サイクルであったことに対し、S45C では1105 サイクルであった。Fig. 16 には材料ごとのき裂成長曲線の平均値で横軸を寿命消費率として比較したものを示す。寿命消費率がSUS316 では0.6 以下、S45C では0.8 以下の領域ではき裂が緩やかに進展し、き裂進展速度の変化が小さい傾向がみられるが、それぞれが0.6 以上、0.8 以上の領域ではどちらもき裂が急激に進展しており、き裂進展速度の増加が顕著であることが確認された。 Fig. 14 Crack growth curve (SUS316). - 390 -6Fig. 15 Crack growth curve (S45C). Fig. 16 Average crack growth curve Table. 2 Comparison of fatigue life. 5.き裂成長曲線とその比較に関する考察 本研究ではS45C におけるき裂の成長の統計的なばらつきを計算機シミュレーションにより評価した。しかし、ここで求めた進展速度やそのばらつきは試験片中の一部の観察領域の試験データに基づいたものであり、試験片中の全ての領域においてばらつきは一様であると仮定してモデルの構築を行った。このため試験結果から導かれたばらつきは必ずしも試験片全体におけるばらつきを代表していない可能性がある。 また観察を行った領域における最大のき裂寸法は約0.5 mm 程度であり、0.2mm を超える区間のき裂進展評価には式(5)を適用した。そのため0.2mm を超えるき裂に対しては成長挙動の予測が不十分な可能性がある。また、0.2mm を超える長いき裂についてはデータ数が不足してばらつきの導出ができなかった。そのため今回のシミュレーション結果は、実際の疲労試験における主き裂の成長挙動及び疲労寿命を包括しているとは必ずしも言い切れず、更に複数の疲労試験結果との比較が必要であると考えられる S45C 及びSUS316 の両者において表面き裂長さ0.2mm 以下の領域におけるき裂の進展速度とそのばらつきを整理した結果、S45C のき裂進展速度のばらつきについてSUS316 と2 区間で違いが確認された。き裂成長曲線の比較では疲労寿命で明らかな違いが見られたが、S45C に比べてSUS316 の方がわずかにばらついていた。また、本研究で取り扱うことのできなかった0.2mmより大きなき裂寸法における進展速度のばらつきが、疲労寿命やそのばらつきに影響を及ぼしている可能性がある。き裂成長曲線の精度を向上させるためには、今回ばらつきの評価の対象としたき裂長さ区間の拡張について検討を行う必要があると考えられる。 6.結論 本研究における結論を以下に示す。 ・機械構造用炭素鋼S45C を対象とした疲労試験を行い、試験片に発生したき裂の観察によって、き裂の発生及び進展とそのばらつきを確認した。さらに潜伏期間及び進展速度の定量化を行いき裂成長予測モデルを作成した。 ・き裂成長予測モデルの計算機シミュレーションを行い、シミュレーション結果が実験結果におけるき裂の成長挙動を模擬できていることを確認した。 ・シミュレーションを複数回実行することにより、き裂成長曲線の統計的なばらつきを求め、疲労試験結果がそのばらつきの幅の中に含まれていることを確認した。 ・先行研究におけるSUS316 に対するき裂成長予測モデルと本研究において作成したS45C に対するモデルを用いて材料の違いによる影響について考察した。 参考文献 [1] 釜谷昌幸, “き裂成長予測による低サイクル疲労の損傷評価(成長予測モデルの構築とその適用例)” , INSS JOURNAL Vol. 19 2012 NT12 [2] Shigeki Abe, “Statistical Model of Micro Crack Growth for the Evaluation of Accumulated Fatigue in NPPs” [3] 出町他, 原子力発電所のシステム安全評価のためのレジリエンス指標の提案, 日本原子力学会2015 年春の年会、講演番号I14 (2015). Average Max Min S45C 5348 5875 4770 SUS316 8430 8890 7540 Nf - 391 -
“ “試験片表面観察による機械構造用炭素鋼の 疲労き裂成長予測モデルの検討 “ “石澤 輝士,Terushi ISHIZAWA,北田 孝典,Takanori KITADA,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMAYA