原子炉圧力容器の保全活動高度化に関する研究
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カテゴリ: 第12回
1.はじめに
2014 年4 月に閣議決定されたエネルギー基本計画において、原子力発電は我が国の重要なベースロード電源として、積極的に活用していく方針が決定された。福島第一原発事故のような過酷事故を二度と起こさないためにも、原子力発電の安全性向上に関する努力を益々加速していく必要がある。 原子力施設の安全を考えるうえで、他の施設にはない特徴として「人」と「環境」を放射線の有害な影響から守らなければならないことが挙げられる。この問題を解決するために重要な概念が深層防護(Defense in Depth) である。放射性物質と環境の間に幾重もの障壁を設け、放射性物質を適切に管理することで、「人」と「環境」を放射線の影響から守るという概念である。 深層防護における防護レベルの初期段階である“異常の発生防止”を機能させるため、炉設計および保全計画にプラントの経年劣化を考慮することは重要である。通常、プラントは日常点検および定期事業者検査などの保全活動が行われ、経年劣化した部品は交換される。保全活動によってプラントの健全性を確保できる限り、原子 力発電所の寿命は続くことになる。しかし、実際にはプラントの寿命は以下の2つの要因から決定されている。1つ目は、圧力容器、格納容器などに使われるコンクリートなどの交換できない耐久品の劣化である(機能的寿命)。2つ目は、保全活動によって使われる費用が膨大になり、経済的な収支が見合わなくなるときである(経済的寿命)。特に、1つ目の機能的寿命については、判断を誤れば重大な事故につながる可能性がある。これらのことから、現在行われている原子力発電所の保全活動を見直し、さらに高度化することは機能的寿命と経済的寿命の観点および原子力発電の安全性向上の観点からも重要である。 本研究では、原子力発電所の保全活動を体系化する。そして、現在の保全活動において、さらに検討を要する箇所を見つけ出し、改善を図ることを大きな目的とする。 2.保全活動の体系化 原子力発電所に限らず、産業界に存在するあらゆる施設では、設備の安全や製品の品質などのさまざまな保全活動が行われている。どのような保全活動においても、保全は「予防」「検知」「修復」の3つのフェーズに分類することができる。これらの概要を図1 に示す。 「予防」では、設計段階において故障や劣化の時間推
移をあらかじめ想定しておくこと、製造段階においてしっかりと品質を管理し、不良品を取り除くことが保全活動として挙げられる。「検知」については、状態監視を行い、異常の診断を行うことである。「修復」は故障や異常のある部品の修理および取り換えと異常を次の防護レベルで防止することである。 機器および破損モードごとにこれらの3つのフェーズにおいて保全計画を立てて実行する。万が一異常が生じた場合は、その原因究明と改善方法の提案を行うとともに、保全計画へそれらを反映させて、PDCA サイクルを回すこともとても重要である。 さらに、故障の原因がランダム故障であるか、機器の寿命による故障であるかを分けて保全計画を立てることも重要である。これは、「消耗品」と「耐久品」を分けて考えることに相当する。「消耗品」については、ランダムに故障するため、どのような監視をして異常を検出するかが重要になる。また、消耗品は交換されるため、交換のタイミングなどの修復作業も重要な検討項目になる。「耐久品」は、一般的には破損するとそのシステムに大きな被害を受ける。そのため、ランダム故障が生じないこと、機器の寿命がシステムの寿命を超えることに重点を置いて設計される。したがって、運転期間の末期において重点的に監視することが望まれる。 次章では、商業軽水炉における燃料被覆管と圧力容器の2つを例に挙げ、本章で述べた内容を具体的に説明するとともに、保全活動の見直しを行う。 図1 保全活動の分類 3.保全活動の再検討 3.1 燃料被覆管の破損 消耗品である燃料被覆管は核分裂反応によって発生する放射能を閉じ込める安全上重要な機能を有している。しかし、非常に低い確率ではあるものの炉内での使用期間中に被覆管が破損し、放射性物質が炉水へと漏えいする燃料リークが発生し、問題となることがある。燃料被覆管の破損形態については摩耗や応力腐食割れなどが挙げられるが、最も多い原因は偶発的に発生したピンホールである。 燃料被覆管の破損を防止するために、「予防」のフェーズでは製造時の品質向上、「検知」のフェーズでは炉水をくみ上げて炉水中のヨウ素131(I-131)の濃度を監視することが行われている。「修復」のフェーズでは、燃料集合体の交換および炉水中I-131 のろ過装置が設置され、深層防護に従って、多重に放射性物質漏えいの緩和策が施されている。 「検知」で行われているI-131 濃度の監視は1週間に数回程度行われている。また、I-131 濃度は保安規定によって運転上の制限値が設けられてある。実際には、事業者が保安規定よりも低い管理目標値を設定し、測定濃度と比較して原子炉停止等の判断が下される。このような原子炉の計画外停止の増加は炉内で使用されている材料の健全性の観点からは熱疲労の蓄積などにより必ずしも好ましいものではない。そのため、燃料リーク事象の深刻さに応じて、すぐに燃料取替を行うべきか、あるいは次回の定期検査時に燃料取替を行うべきか適切に判断する必要がある。 Yamamoto らは、確率論的リスク評価(PRA)手法を援用し,事象の発生頻度と合理的な検査保全頻度の関係を分析するための方法論を構築し、このような課題の解決にあたった[1][2]。その結果、炉の停止頻度は管理目標値やモニタリング頻度の設定といった保全戦略に強く依存することが明らかになった。また、影響度の高いリーク事象に対して安全側の保全を行うためには管理目標値を厳しく設定するよりもモニタリング頻度を高める方が効果的であることがわかった。 以上の結果は、燃料被覆管の破損に関する知見であるが、このような考え方は原子炉内で使われている消耗品の保全活動にも援用できると考えられる。 3.2 圧力容器の照射脆化 圧力容器は取り換えができないため、「耐久品」に分類できる。この圧力容器は核分裂反応などによって生じた中性子を受けて脆化する。この照射脆化により、原子炉を緊急停止させたときに生じる熱衝撃によって圧力容器が破損するという懸念がある。この問題を防ぐため、圧力容器の照射脆化予測式による「予防」、および炉内に入れられた監視試験片を用いて「検知」し、脆化の管理が行われている。 まず、「予防」に対応する照射脆化予測について述べる。 - 402 -2006 年以前の照射脆化予測は照射実験の結果から得た経験式を用いていた[3]。この予測式には脆化のメカニズムは考慮されていないため、運転時間が長い原子炉において予測精度が低下するという問題が生じた。そこで2007 年に照射脆化のメカニズムを取り入れるように予測式の改定がなされた[4]。しかしながら、この新しい脆化予測式を用いても高照射量域の脆化は精度よく予測できていないため、さらなる改善が必要と考えられている。その改善事項の1つに、メカニズムが十分に取り入れられていないことが挙げられる。Yoshiie らの構築した照射脆化モデル[5]などのような、さらにメカニズムを詳細に取り入れた予測式の構築が重要になる可能性も考えられる。 次に、照射脆化の「検知」について述べる。照射脆化の検知は炉内に入れられた監視試験片による衝撃試験の結果から脆化度合いを判断している。照射脆化は疲労破壊と同じように、時間の経過につれ破壊の確率が上昇する。そこで、照射脆化の管理を疲労破壊の管理と対比して考えるため、JEAC4201-2007 および機械学会 維持規格2012によって決められた検査の時期を図2に示す[1][4][6]。図2 から分かるように、疲労破壊については寿命が近づくにつれ頻繁に監視されている。疲労破壊のような時間によって劣化が進行する機器は、機器の寿命に近づくほど頻繁に監視を行うほうがよい。一方で、照射脆化の検査は運転開始後に頻繁に行われ、疲労破壊の監視とは正反対の監視時期の設定である。確かに、照射脆化の進行は炉の運転初期ほど顕著であるが、圧力容器破壊のリスクを考えた場合、運転末期に近づくにつれてより頻繁に脆化を監視したほうがよいと考えられる。 以上のことから、圧力容器の保全の課題点として、照射脆化予測式の改善と監視試験片取り出し時期の見直しが挙げられる。 3.3 圧力容器照射脆化監視計画の検討 3.1 節では燃料被覆管の破損について、PRA手法を援用した保全方法の見直しを紹介した。ここでは、燃料被覆管の破損の検討を参考に圧力容器照射脆化の管理について検討する。 リスクは事象の生じる頻度とその影響度により評価される。ある脅威に対する事象の生じる頻度の関係を示した図はハザード曲線と呼ばれる。また、ある脅威に対する影響度の関係はフラジリティ曲線と呼ばれる。燃料被覆管の破損のリスク評価についての概要を図4 に示す[1][2]。ハザード曲線は1回のリークで放出されるI-131 の濃度とリークの頻度の関係である。フラジリティ曲線は1回のリークで放出されるI-131 の濃度に対する炉の停止確率である。これらの図からリスク発現曲線を得る 図4 燃料被覆管の破損のリスク評価についての概要[1][2] 図2 モニタリング頻度の一例 - 403 -ことができる。ここでのリスク発現曲線は、1回のリークで放出されるI-131 の濃度と炉停止頻度の関係をしめす曲線である。リスク発現曲線について、I-131 濃度のモニタリング頻度などの保全パラメータの変化に対する感度解析により炉の最適な保全方法が導かれている。 本研究では、現行で用いられているJEAC4201-2007 を用いて、圧力容器の監視計画について具体的な検討を行った。JEAC4201-2007 により得られたDBTT のシフト量(ΔDBTT)を図5 に示す。このようにして得られたΔ DBTT をその時間に得られる脆化の平均値とし、標準偏差はJEAC4201-2007 で規定されるように正規分布を仮定して11℃とした。なお、この標準偏差は時間によらず一定である。これらの値から、各運転時期における脆化の確率密度分布を図6 に示す。また、図7 に示すようにΔ DBTT が100℃を超えると圧力容器が破壊するという仮定をおく。図6 と図7 の積によりΔDBTT に対する圧力容器破壊の確率密度が得られる(図8)。圧力容器破壊の確率密度の面積は圧力容器の破壊確率となる。面積から算出した圧力容器の破壊確率の経時変化を図9 に示す。図9 から圧力容器の破壊確率は潜伏期間を経て、時間とともに増加する傾向となっていることがわかる。 図9 で示される圧力容器の破壊確率から圧力容器の監視試験片取り出し時期について検討する。破壊確率の増加とともに監視を行うことは重要であるため、破壊確率が0.5%、1%、1.5%および2.0%に取り出しを行うと仮定する。このようにして得られた取り出し時期と現行の取り出し時期を図10 に示す。図9 および図10 から圧力容器の破壊確率の上昇に合わせて圧力容器を監視すると、運転末期に高頻度で監視するようになることがわかる。また、JEAC4201-2007 によって規定された監視時期は圧力容器破壊の可能性がないところで取り出されていることが確認できる。 以上のような手法により、保全時期を検討することは原子力発電所の安全性向上と保全の高度化には非常に重要である。 0 10 20 30 40 50 60 0:00:001900/01/191900/02/081900/02/281900/03/20100Δ DBTT[℃] 運転時間 [EFPY] 中性子束:1010 n/cm2/s 照射温度:280℃ Cu: 0.2wt% Ni: 0.5wt% 図5 JEAC4201-2007 により得られる 延性脆性遷移温度のシフト量(ΔDBTT) 0 20 40 60 80 100 120 00.010.020.030.040.0520EPFY 30EPFY 圧力容器の脆化の確率密度 [1/℃] Δ DBTT [℃] 10EPFY 図6 各運転時間におけるΔDBTT とその確率密度 0 20 40 60 80 100 120 00.20.40.60.811.2圧力容器の破壊確率Δ DBTT [℃] 図7 本研究で仮定したΔDBTT に対する破壊確率 - 404 -0 20 40 60 80 100 120 00.0010.0020.0030.0040.005圧力容器の破壊の確率密度 [1/℃] Δ DBTT [℃] 10EPFY 20EPFY 30EPFY 図8ΔDBTT と圧力容器破壊の確率密度の関係 0 10 20 30 40 50 60 00.020.040.06圧力容器の破壊確率運転時間[EFPY] JEACによる取り出し時期 本研究で提案する取り出し時期 図9 圧力容器破壊確率の経時変化 0 10 20 30 40 50 60 020406080100Δ DBTT[℃] 運転時間 [EFPY] JEACによるΔ DBTTの予測 JEACによる取り出し時期 本研究で提案する取り出し時期 図10 圧力容器監視試験片の取り出し時期の再検討 4.まとめ 原子力発電所の安全性を向上させるために、保全活動を見直すことはとても重要である。本研究では、保全活動の体系化を行い、それに従って、圧力容器と燃料被覆管の2つを例に挙げ保全活動の見直しを図った。そして、以下の知見を得た。 . 「予防」「検知」「修復」の3つのフェーズに分類することができる。また、「消耗品」と「耐久品」では保全活動を分けて考える必要がある。 . 「消耗品」に分類される燃料被覆管の破損の原因は主に偶発故障である。燃料被覆管の保全方法の検討では、PRA手法が援用されている。このような機器は「検知」における管理目標値やモニタリング頻度の設定が保全戦略に強く依存する。 . 圧力容器と配管は「耐久品」として分類されるが、破損モードについては中性子照射脆化と疲労であり、異なる。圧力容器と配管の管理を比較した結果、疲労破壊の監視は機器の寿命が近づくにつれ頻繁に行われるが、照射脆化の監視は運転初期で頻繁に行われていることがわかった。照射脆化の監視計画には改善の余地があると考えられる。また、「耐久品」は劣化の進展を予測することが重要であるが、照射脆化の予測についても課題があることもわかった。 . PRA 手法を用いた燃料被覆管の保全最適化にならい、圧力容器の保全最適化を検討した。そして、圧力容器破壊の確率をベースに監視試験片取り出し時期の提案を行った。「消耗品」と「耐久品」にかかわらず本研究で行った手法による保全最適化は有用であることを示唆する。 - 405 -参考文献 [1] Y. Yamamoto and K. Morishita, “Development of methodology to optimize management of failed fuels in light water reactors”, Journal of Nuclear Science and Technology, Vol.52-5, 2015, pp.709-716. [2] 森下和功、山本泰功、中筋俊樹、“軽水炉リーク燃料の取替え保全最適化のためのモデル”、保全学会第11 回学術講演会 要旨集、青森、2014、pp.203-208. [3] (社)日本電気協会, “原子炉構造材の監視. 試験方法”, JEAC 4201-2004, 2004. [4] (社)日本電気協会, “原子炉構造材の監視. 試験方法”, JEAC 4201-2007, 2007. [5] T. Yoshiie, K. Sato, Q. Xu, Y. Nagai, “Reaction kinetic analysis of reactor surveillance data”, Nucl. Instr. Meth. Phys. Res. Sect. B, 2015, in press. [6] (社)日本機械学会, “発電用原子力設備規格 維持規格”, 2012. - 406 -
“ “原子炉圧力容器の保全活動高度化に関する研究 “ “中筋 俊樹,Toshiki NAKASUJI,山本 泰功,Yasunori YAMAMOTO,阮 小勇,Xiaoyong RUAN,森下 和功,Kazunori MORISHITA
2014 年4 月に閣議決定されたエネルギー基本計画において、原子力発電は我が国の重要なベースロード電源として、積極的に活用していく方針が決定された。福島第一原発事故のような過酷事故を二度と起こさないためにも、原子力発電の安全性向上に関する努力を益々加速していく必要がある。 原子力施設の安全を考えるうえで、他の施設にはない特徴として「人」と「環境」を放射線の有害な影響から守らなければならないことが挙げられる。この問題を解決するために重要な概念が深層防護(Defense in Depth) である。放射性物質と環境の間に幾重もの障壁を設け、放射性物質を適切に管理することで、「人」と「環境」を放射線の影響から守るという概念である。 深層防護における防護レベルの初期段階である“異常の発生防止”を機能させるため、炉設計および保全計画にプラントの経年劣化を考慮することは重要である。通常、プラントは日常点検および定期事業者検査などの保全活動が行われ、経年劣化した部品は交換される。保全活動によってプラントの健全性を確保できる限り、原子 力発電所の寿命は続くことになる。しかし、実際にはプラントの寿命は以下の2つの要因から決定されている。1つ目は、圧力容器、格納容器などに使われるコンクリートなどの交換できない耐久品の劣化である(機能的寿命)。2つ目は、保全活動によって使われる費用が膨大になり、経済的な収支が見合わなくなるときである(経済的寿命)。特に、1つ目の機能的寿命については、判断を誤れば重大な事故につながる可能性がある。これらのことから、現在行われている原子力発電所の保全活動を見直し、さらに高度化することは機能的寿命と経済的寿命の観点および原子力発電の安全性向上の観点からも重要である。 本研究では、原子力発電所の保全活動を体系化する。そして、現在の保全活動において、さらに検討を要する箇所を見つけ出し、改善を図ることを大きな目的とする。 2.保全活動の体系化 原子力発電所に限らず、産業界に存在するあらゆる施設では、設備の安全や製品の品質などのさまざまな保全活動が行われている。どのような保全活動においても、保全は「予防」「検知」「修復」の3つのフェーズに分類することができる。これらの概要を図1 に示す。 「予防」では、設計段階において故障や劣化の時間推
移をあらかじめ想定しておくこと、製造段階においてしっかりと品質を管理し、不良品を取り除くことが保全活動として挙げられる。「検知」については、状態監視を行い、異常の診断を行うことである。「修復」は故障や異常のある部品の修理および取り換えと異常を次の防護レベルで防止することである。 機器および破損モードごとにこれらの3つのフェーズにおいて保全計画を立てて実行する。万が一異常が生じた場合は、その原因究明と改善方法の提案を行うとともに、保全計画へそれらを反映させて、PDCA サイクルを回すこともとても重要である。 さらに、故障の原因がランダム故障であるか、機器の寿命による故障であるかを分けて保全計画を立てることも重要である。これは、「消耗品」と「耐久品」を分けて考えることに相当する。「消耗品」については、ランダムに故障するため、どのような監視をして異常を検出するかが重要になる。また、消耗品は交換されるため、交換のタイミングなどの修復作業も重要な検討項目になる。「耐久品」は、一般的には破損するとそのシステムに大きな被害を受ける。そのため、ランダム故障が生じないこと、機器の寿命がシステムの寿命を超えることに重点を置いて設計される。したがって、運転期間の末期において重点的に監視することが望まれる。 次章では、商業軽水炉における燃料被覆管と圧力容器の2つを例に挙げ、本章で述べた内容を具体的に説明するとともに、保全活動の見直しを行う。 図1 保全活動の分類 3.保全活動の再検討 3.1 燃料被覆管の破損 消耗品である燃料被覆管は核分裂反応によって発生する放射能を閉じ込める安全上重要な機能を有している。しかし、非常に低い確率ではあるものの炉内での使用期間中に被覆管が破損し、放射性物質が炉水へと漏えいする燃料リークが発生し、問題となることがある。燃料被覆管の破損形態については摩耗や応力腐食割れなどが挙げられるが、最も多い原因は偶発的に発生したピンホールである。 燃料被覆管の破損を防止するために、「予防」のフェーズでは製造時の品質向上、「検知」のフェーズでは炉水をくみ上げて炉水中のヨウ素131(I-131)の濃度を監視することが行われている。「修復」のフェーズでは、燃料集合体の交換および炉水中I-131 のろ過装置が設置され、深層防護に従って、多重に放射性物質漏えいの緩和策が施されている。 「検知」で行われているI-131 濃度の監視は1週間に数回程度行われている。また、I-131 濃度は保安規定によって運転上の制限値が設けられてある。実際には、事業者が保安規定よりも低い管理目標値を設定し、測定濃度と比較して原子炉停止等の判断が下される。このような原子炉の計画外停止の増加は炉内で使用されている材料の健全性の観点からは熱疲労の蓄積などにより必ずしも好ましいものではない。そのため、燃料リーク事象の深刻さに応じて、すぐに燃料取替を行うべきか、あるいは次回の定期検査時に燃料取替を行うべきか適切に判断する必要がある。 Yamamoto らは、確率論的リスク評価(PRA)手法を援用し,事象の発生頻度と合理的な検査保全頻度の関係を分析するための方法論を構築し、このような課題の解決にあたった[1][2]。その結果、炉の停止頻度は管理目標値やモニタリング頻度の設定といった保全戦略に強く依存することが明らかになった。また、影響度の高いリーク事象に対して安全側の保全を行うためには管理目標値を厳しく設定するよりもモニタリング頻度を高める方が効果的であることがわかった。 以上の結果は、燃料被覆管の破損に関する知見であるが、このような考え方は原子炉内で使われている消耗品の保全活動にも援用できると考えられる。 3.2 圧力容器の照射脆化 圧力容器は取り換えができないため、「耐久品」に分類できる。この圧力容器は核分裂反応などによって生じた中性子を受けて脆化する。この照射脆化により、原子炉を緊急停止させたときに生じる熱衝撃によって圧力容器が破損するという懸念がある。この問題を防ぐため、圧力容器の照射脆化予測式による「予防」、および炉内に入れられた監視試験片を用いて「検知」し、脆化の管理が行われている。 まず、「予防」に対応する照射脆化予測について述べる。 - 402 -2006 年以前の照射脆化予測は照射実験の結果から得た経験式を用いていた[3]。この予測式には脆化のメカニズムは考慮されていないため、運転時間が長い原子炉において予測精度が低下するという問題が生じた。そこで2007 年に照射脆化のメカニズムを取り入れるように予測式の改定がなされた[4]。しかしながら、この新しい脆化予測式を用いても高照射量域の脆化は精度よく予測できていないため、さらなる改善が必要と考えられている。その改善事項の1つに、メカニズムが十分に取り入れられていないことが挙げられる。Yoshiie らの構築した照射脆化モデル[5]などのような、さらにメカニズムを詳細に取り入れた予測式の構築が重要になる可能性も考えられる。 次に、照射脆化の「検知」について述べる。照射脆化の検知は炉内に入れられた監視試験片による衝撃試験の結果から脆化度合いを判断している。照射脆化は疲労破壊と同じように、時間の経過につれ破壊の確率が上昇する。そこで、照射脆化の管理を疲労破壊の管理と対比して考えるため、JEAC4201-2007 および機械学会 維持規格2012によって決められた検査の時期を図2に示す[1][4][6]。図2 から分かるように、疲労破壊については寿命が近づくにつれ頻繁に監視されている。疲労破壊のような時間によって劣化が進行する機器は、機器の寿命に近づくほど頻繁に監視を行うほうがよい。一方で、照射脆化の検査は運転開始後に頻繁に行われ、疲労破壊の監視とは正反対の監視時期の設定である。確かに、照射脆化の進行は炉の運転初期ほど顕著であるが、圧力容器破壊のリスクを考えた場合、運転末期に近づくにつれてより頻繁に脆化を監視したほうがよいと考えられる。 以上のことから、圧力容器の保全の課題点として、照射脆化予測式の改善と監視試験片取り出し時期の見直しが挙げられる。 3.3 圧力容器照射脆化監視計画の検討 3.1 節では燃料被覆管の破損について、PRA手法を援用した保全方法の見直しを紹介した。ここでは、燃料被覆管の破損の検討を参考に圧力容器照射脆化の管理について検討する。 リスクは事象の生じる頻度とその影響度により評価される。ある脅威に対する事象の生じる頻度の関係を示した図はハザード曲線と呼ばれる。また、ある脅威に対する影響度の関係はフラジリティ曲線と呼ばれる。燃料被覆管の破損のリスク評価についての概要を図4 に示す[1][2]。ハザード曲線は1回のリークで放出されるI-131 の濃度とリークの頻度の関係である。フラジリティ曲線は1回のリークで放出されるI-131 の濃度に対する炉の停止確率である。これらの図からリスク発現曲線を得る 図4 燃料被覆管の破損のリスク評価についての概要[1][2] 図2 モニタリング頻度の一例 - 403 -ことができる。ここでのリスク発現曲線は、1回のリークで放出されるI-131 の濃度と炉停止頻度の関係をしめす曲線である。リスク発現曲線について、I-131 濃度のモニタリング頻度などの保全パラメータの変化に対する感度解析により炉の最適な保全方法が導かれている。 本研究では、現行で用いられているJEAC4201-2007 を用いて、圧力容器の監視計画について具体的な検討を行った。JEAC4201-2007 により得られたDBTT のシフト量(ΔDBTT)を図5 に示す。このようにして得られたΔ DBTT をその時間に得られる脆化の平均値とし、標準偏差はJEAC4201-2007 で規定されるように正規分布を仮定して11℃とした。なお、この標準偏差は時間によらず一定である。これらの値から、各運転時期における脆化の確率密度分布を図6 に示す。また、図7 に示すようにΔ DBTT が100℃を超えると圧力容器が破壊するという仮定をおく。図6 と図7 の積によりΔDBTT に対する圧力容器破壊の確率密度が得られる(図8)。圧力容器破壊の確率密度の面積は圧力容器の破壊確率となる。面積から算出した圧力容器の破壊確率の経時変化を図9 に示す。図9 から圧力容器の破壊確率は潜伏期間を経て、時間とともに増加する傾向となっていることがわかる。 図9 で示される圧力容器の破壊確率から圧力容器の監視試験片取り出し時期について検討する。破壊確率の増加とともに監視を行うことは重要であるため、破壊確率が0.5%、1%、1.5%および2.0%に取り出しを行うと仮定する。このようにして得られた取り出し時期と現行の取り出し時期を図10 に示す。図9 および図10 から圧力容器の破壊確率の上昇に合わせて圧力容器を監視すると、運転末期に高頻度で監視するようになることがわかる。また、JEAC4201-2007 によって規定された監視時期は圧力容器破壊の可能性がないところで取り出されていることが確認できる。 以上のような手法により、保全時期を検討することは原子力発電所の安全性向上と保全の高度化には非常に重要である。 0 10 20 30 40 50 60 0:00:001900/01/191900/02/081900/02/281900/03/20100Δ DBTT[℃] 運転時間 [EFPY] 中性子束:1010 n/cm2/s 照射温度:280℃ Cu: 0.2wt% Ni: 0.5wt% 図5 JEAC4201-2007 により得られる 延性脆性遷移温度のシフト量(ΔDBTT) 0 20 40 60 80 100 120 00.010.020.030.040.0520EPFY 30EPFY 圧力容器の脆化の確率密度 [1/℃] Δ DBTT [℃] 10EPFY 図6 各運転時間におけるΔDBTT とその確率密度 0 20 40 60 80 100 120 00.20.40.60.811.2圧力容器の破壊確率Δ DBTT [℃] 図7 本研究で仮定したΔDBTT に対する破壊確率 - 404 -0 20 40 60 80 100 120 00.0010.0020.0030.0040.005圧力容器の破壊の確率密度 [1/℃] Δ DBTT [℃] 10EPFY 20EPFY 30EPFY 図8ΔDBTT と圧力容器破壊の確率密度の関係 0 10 20 30 40 50 60 00.020.040.06圧力容器の破壊確率運転時間[EFPY] JEACによる取り出し時期 本研究で提案する取り出し時期 図9 圧力容器破壊確率の経時変化 0 10 20 30 40 50 60 020406080100Δ DBTT[℃] 運転時間 [EFPY] JEACによるΔ DBTTの予測 JEACによる取り出し時期 本研究で提案する取り出し時期 図10 圧力容器監視試験片の取り出し時期の再検討 4.まとめ 原子力発電所の安全性を向上させるために、保全活動を見直すことはとても重要である。本研究では、保全活動の体系化を行い、それに従って、圧力容器と燃料被覆管の2つを例に挙げ保全活動の見直しを図った。そして、以下の知見を得た。 . 「予防」「検知」「修復」の3つのフェーズに分類することができる。また、「消耗品」と「耐久品」では保全活動を分けて考える必要がある。 . 「消耗品」に分類される燃料被覆管の破損の原因は主に偶発故障である。燃料被覆管の保全方法の検討では、PRA手法が援用されている。このような機器は「検知」における管理目標値やモニタリング頻度の設定が保全戦略に強く依存する。 . 圧力容器と配管は「耐久品」として分類されるが、破損モードについては中性子照射脆化と疲労であり、異なる。圧力容器と配管の管理を比較した結果、疲労破壊の監視は機器の寿命が近づくにつれ頻繁に行われるが、照射脆化の監視は運転初期で頻繁に行われていることがわかった。照射脆化の監視計画には改善の余地があると考えられる。また、「耐久品」は劣化の進展を予測することが重要であるが、照射脆化の予測についても課題があることもわかった。 . PRA 手法を用いた燃料被覆管の保全最適化にならい、圧力容器の保全最適化を検討した。そして、圧力容器破壊の確率をベースに監視試験片取り出し時期の提案を行った。「消耗品」と「耐久品」にかかわらず本研究で行った手法による保全最適化は有用であることを示唆する。 - 405 -参考文献 [1] Y. Yamamoto and K. Morishita, “Development of methodology to optimize management of failed fuels in light water reactors”, Journal of Nuclear Science and Technology, Vol.52-5, 2015, pp.709-716. [2] 森下和功、山本泰功、中筋俊樹、“軽水炉リーク燃料の取替え保全最適化のためのモデル”、保全学会第11 回学術講演会 要旨集、青森、2014、pp.203-208. [3] (社)日本電気協会, “原子炉構造材の監視. 試験方法”, JEAC 4201-2004, 2004. [4] (社)日本電気協会, “原子炉構造材の監視. 試験方法”, JEAC 4201-2007, 2007. [5] T. Yoshiie, K. Sato, Q. Xu, Y. Nagai, “Reaction kinetic analysis of reactor surveillance data”, Nucl. Instr. Meth. Phys. Res. Sect. B, 2015, in press. [6] (社)日本機械学会, “発電用原子力設備規格 維持規格”, 2012. - 406 -
“ “原子炉圧力容器の保全活動高度化に関する研究 “ “中筋 俊樹,Toshiki NAKASUJI,山本 泰功,Yasunori YAMAMOTO,阮 小勇,Xiaoyong RUAN,森下 和功,Kazunori MORISHITA