多核種除去設備ALPS 吸着塔におけるすきま腐食に及ぼす 銀添着活性炭の影響評価

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カテゴリ: 第12回
1. 研究背景
東北地方太平洋沖地震による福島第一原発事故以降、現在も原子炉、格納容器では1 日当たり約300m3 の地下水の流入及び、約300m3 の水注入が行われており、それらの水は高濃度汚染水となっている[1]。高濃度汚染水は、循環水冷却システムにより放射性物質や塩分を取り除き、原子炉に再注入を行っている。循環冷却システムの概要は、まず原子炉・タービン建屋から出た高濃度汚染水からKURION やSARRY といった装置によりCs の除去を行う。その後、汚染水を淡水化装置に通し、淡水と濃縮塩水(RO 濃縮水)に分離する。分離された淡水はそのまま注水タンクへ戻され、汚染水は多核種除去設備(ALPS) により放射性物質を取り除いた後貯水タンク・地下貯水槽で保管するという流れとなっている[2]。図1 に汚染水処理の全体概略図を示す。 ALPS はCs 除去後の処理水における放射性物質濃度を告示濃度限界以下にすることを目的として設置されており、処理の工程は大きく前処理設備と吸着塔の二つに分かれている。ALPS 吸着塔では、前処理設備後の処理水を各吸着塔で選択的に吸着し核種 を取り除き、最終的にTr のみを含む処理水として保管している。吸着塔はSUS316L 鋼製であり、全部で16 塔からなる。1~5 番吸着塔はアルカリ性領域、6 ~16 番吸着塔は中性領域となっている[3]。 これまでALPS 吸着塔においてすきま腐食が発生している。初めに腐食が見つかったのはA 系統の6 番吸着塔で、点検口フランジ面ではすきま腐食が発生し、吸着塔内の溶接線部では溶接線に沿った腐食が発生していた。溶液は吸着塔5 番と吸着塔6 番の間でアルカリ性から中性に中和されており、吸着材は銀添着活性炭を使用していた。その後追加調査結果よりB 系統でも同箇所にすきま腐食が発生していた。すきま腐食発生の原因として、高い腐食電位を示す活性炭がステンレス鋼と接触することによる腐食電位の上昇[4]が指摘されている。腐食対策として、同じく銀添着活性炭を使用していたアルカリ溶液側の吸着塔1、2 番では腐食が発見されなかったため、アルカリ液性による腐食抑制効果が働いているとし、3 系統とも6 番吸着塔をバイパスし、アルカリ溶液側の1、2 番吸着塔で銀添着活性炭を使用していた。しかし、その後アルカリ溶液側の吸着塔1、2 番でも点検口フランジ部にてすきま腐食が発生した。 これらの報告より、中性・アルカリ性溶液共に銀添着活性炭を用いた吸着塔にてすきま腐食が発生し、銀添着活性炭の腐食促進メカニズムの解明が今後ALPS の本格稼働のために重要となる。 図1 汚染水処理の全体概略図[5]
2. 研究目的
本研究では、SUS316L 鋼のすきま腐食発生感受性に及ぼす銀添着活性炭の影響を調査する。その後銀添着活性炭がステンレス鋼の自然浸漬電位に及ぼす影響を評価することで銀添着活性炭によるすきま腐食促進メカニズムを考察する。
3. 試験方法
3.1 すきま腐食発生感受性に及ぼす銀添着活性炭の影響評価 SUS316L 板材を20×20×4mm の大きさに切断した試験片の中心にφ4.2mm の穴をあけ、研磨紙で600 番まで研磨を行った。その後、φ0.5mm のSUS316L ワイヤをスポット溶接で試験片に溶接した。すきまの形成にはφ20 厚さ5mm のアクリルを使用し試験片の両面にボルトで固定しすきま構造とした。 SUS316L の化学組成と実験装置の模式図を表1 、図2 にそれぞれ示す。活性炭と接触中の実験装置は、加藤ら[5]が以前行った粉末状のゼオライトとの接触環境での試験を参考にし、粉末状の活性炭と試験片を試験用カラムに入れた。ステンレス鋼のみの場合はカラムを使用せず試験片のみを浸漬した。試験片の電位を測定しながら65 時間試験溶液に浸漬し、その後試験片を取り出して腐食の有無を調べた。 試験温度を40℃、溶液は人工海水アクアマリン(八洲薬品株式会社)、Cl-濃度は13000ppm、大気開放で試験を行った。溶液は中性(pH7.4)、高アルカリ性(pH12)に調製し、銀添着活性炭は(クラレコール、クラレケミカル株式会社製)を使用した。 表1 SUS316L の化学組成 - 410 - 図2 実験装置の模式図 3.2 SUS316L 鋼の自然浸漬電位に及ぼす銀添着活性炭の影響調査 SUS316Lを20×20×4mmの大きさにカットした後、研磨紙で600 番まで研磨を行う。その後、φ0.5mm のSUS316L ワイヤをスポット溶接で試験片に溶接する。活性炭と接触した場合の測定は、3.1 と同様に専用のカラムを使用し測定を行い、ステンレス鋼のみの場合は試験片のみを浸漬し自然浸漬電位測定を行った。Cl-濃度は20000ppm、中性の場合のpH は8.2 としそれ以外の溶液、温度、等は3.1 と同じ条件とする。また測定条件を表2 に示す。 表2 自然浸漬電位測定の測定条件 4. 試験結果ならびに考察 4.1 すきま腐食発生感受性に及ぼす銀添着活性炭の影響評価 図3 に中性(pH7.4)溶液中におけるすきま付与試験片のデジタルマイクロスコープによる表面観察結果をそれぞれ示す。SUS316L のみの場合は腐食の発生は見られなかった。銀添着活性炭と接触した場合は、試験片のすきま部ほぼ全面(片面のみ)ですきま腐食が発生していた。腐食の程度はすきまの中心から外側に進むにつれ深くなっており、最大浸食深さは約130μm であった。 図3 デジタルマイクロスコープによる中性溶液中におけるすきま付与試験片の表面観察結果 図4 に中性(pH7.4)溶液中でのすきま付与試験片の自然浸漬電位測定結果を示す。SUS316L のみの自然浸漬電位は、約-75mVSCE であった。銀添着活性炭と接触した場合は、測定開始直後に電位の急激な低下が見られ、その後約-100mVSCE で落ち着いた。 図4 中性溶液中(pH7.4)におけるすきま付与試験片の自然浸漬電位結果 図5 に高アルカリ(pH12)溶液中におけるすきま付与試験片のデジタルマイクロスコープによる表面観察結果をそれぞれ示す。SUS316L のみの場合は中性の場合と同様に腐食の発生は見られなかった。銀添着活性炭と接触した場合は試験片の両面ですきま腐- 411 - 食の発生が見られた。両面とも同程度のすきま腐食が進んでいたが、中性溶液中での試験結果と比較すると腐食の程度は小さく、最大浸食深さは約25μm であった。 図5 デジタルマイクロスコープによる高アルカリ溶液中におけるすきま付与試験片の表面観察結果 図6 に高アルカリ(pH12)溶液中でのすきま付与試の自然浸漬電位測定結果を示す。SUS316L のみの自然浸漬電位は、約-200mVSCE であった。銀添着活性炭と接触した場合は測定直後に電位の急激な低下が見られその後約-150mVSCE で落ち着いた。 図6 アルカリ溶液中(pH12)におけるすきま付与試験片の自然浸漬電位結果 中性、高アルカリ性の両方で銀添着活性炭と接触している場合は比較的早い時間で自然浸漬電位が低下し、すきま腐食の発生が見られた。これは、銀添着活性炭と接触したことによりステンレス鋼の自然浸漬電位が貴化したためである考えられる。つまり、ステンレス鋼の自然浸漬電位は銀添着活性炭と接触する事ですきま腐食生起臨界電位よりも貴な電位となり、十分なすきまが存在する状態ではすきま腐食が容易に発生すると考えられる。 また、中性溶液中と高アルカリ性溶液中ではすきま腐食の程度に大きな違いが見られた。これはアルカリ溶液の腐食抑制効果によりアルカリ溶液中では中性溶液中に比べステンレス鋼の溶解速度が小さくなったため、高アルカリ溶液中の方が腐食の程度が小さかったのではないかと考えられ、実機における観察事実とも矛盾しない結果である。 4.2 SUS316L 鋼の自然浸漬電位に及ぼす銀添着活性炭の影響調査 図7 に中性(pH8.2)溶液中での自然浸漬電位測定結果を示す。SUS316L のみの自然浸漬電位は、約-150mVSCE であった。銀添着活性炭、活性炭(銀添着無)と接触した場合の自然浸漬電位はそれぞれ約-25mVSCE となった。活性炭と接触することで100mV 以上電位が貴化することが示された。 図7 中性溶液中(pH8.2)におけるSUS316L 鋼の 自然浸漬電位結果 - 412 - 試験後の試験片をデジタルマイクロスコープで観察した結果、いずれの試験片においても腐食は認められなかった。 図8 にアルカリ性(pH12)溶液中での自然浸漬電位測定結果を示す。SUS316L の自然浸漬電位は、約-200mVSCE であった。銀添着活性炭、活性炭(銀添着無)と接触している場合は、どちらもSUS316L のみの場合よりも100mV 以上貴な電位を示しているが、時間が経つにつれ徐々に低下していった。また、銀添着活性炭及び活性炭と接触した場合の試験後の溶液の液性を測定したところpH12 からpH11.4 までpH の低下が見られた。SUS316L のみの溶液でもわずかに低下が見られたがpH12 からpH11.9 への0.1 程の低下であった。 図8 高アルカリ溶液(pH12)中におけるSUS316L 鋼の 自然浸漬電位結果 試験後の試験片をデジタルマイクロスコープで観察した結果、中性溶液中の場合と同様にいずれの試験片においても腐食は認められなかった。 銀添着活性炭と接触する事でSUS316L 鋼の電位が貴化するメカニズムを図9 に示す分極曲線の模式図を用いて考察する。当環境におけるカソード反応は酸素の還元反応(O2 + 2H2O + 4e- →4OH-)であるが、活性炭が接触することでカソード表面積が増大し、酸素の還元反応が促進される。その結果カソード分極曲線が貴な方向に移動し、自然浸漬電位が上昇した[6]と考えられる。 図9 活性炭によるステンレス鋼の自然浸漬電位 貴化機構[6] 5. まとめ すきま付与試験片の自然浸漬によるすきま腐食生起試験では、中性、高アルカリ性溶液中どちらでも活性炭と接触した試験片ではすきま腐食が発生し、特に中性溶液中では腐食が広範囲に広がり、深さ方向にも大きく腐食が進行していた。ステンレス鋼SUS316L の自然浸漬電位は活性炭と接触することで中性、高アルカリ性溶液中のどちらでも電位が貴化し、これがすきま腐食促進に寄与したと考えられた。また、中性環境では銀の添着の有無での大きな違いは見られなかった。 6. 参考文献 [1] 福島県ホームページ2015 年5 月30 日現在https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/1 17591.pdf [2] 福島第一原子力発電所の事故の概要, 東京電力ホームページ, http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/review/rev iew1_1-j.html [3] 経済産業省 HP 政府・東京電力中長期対策会議運営会議(第4 回会合)2012 年3 月28 日 多核種除去設備について http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/12032 8_02i.pdf [4] 多核種除去設備第2 回C 系統腐食対策有効性確- 413 - 認結果について http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/20140627 _01.html [5] 経済産業省 HP「東京電力(株)福島第一原子力発電所1~4号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ進捗状況(概要版)2013 年3 月28 日版」より http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/20130328_0 1 .html [6] Chiaki Kato, Tomonori Satoh, Junichi Nakano, Fumiyoshi Ueno, Isao Yamagishi,NPC2014 proceeding.(2014) [7] 長野博夫,住友金属, 33 巻, No. 1, 15(1981) - 414 -
“ “多核種除去設備ALPS 吸着塔におけるすきま腐食に及ぼす 銀添着活性炭の影響評価 “ “真栄田 義一,Yoshikazu MAEDA,阿部 博志,Hiroshi ABE,渡邉 豊,Yutaka WATANABE
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