窒化・酸化・浸炭競合環境における ステンレス鋼製加熱管の減肉機構解明

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カテゴリ: 第12回
1.1 メラミンプラント反応器内の環境
メラミンとは、化学式C3N6H6で表される有機窒素化合物の一種である。メラミンは下記の反応により、尿素を原料、アルミナを触媒として生成される。 6(NH2)CO = C3N6H6+6NH3+3CO2-153 kcal/mol (1) 上記は吸熱反応であるため反応器内にはステンレス鋼製の加熱管が無数に挿入されており、加熱管中を流れる熱媒により反応器内は400℃近傍に保たれている。 メラミン生成時、副生成物としてアンモニアと二酸化炭素が発生する。このアンモニアと二酸化炭素により加熱管表面は窒化、浸炭、酸化が競合する環境に曝される。
1.2 加熱管の減肉
加熱管は従来、高耐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼SUS310S(25Cr20Ni)製であり、40 年間以上継続して使用することが可能であった(以後、310S 既設管と称す)。しかし近年、同じくSUS310S 製の加熱管に更新後、当該の加熱管では表面の剥離を伴った減肉が発生し、僅か2.5 年で再度の更新が必要となった(310S 更新管)。Fig. 1(a), (b) に310S既設管及び310S更新管の表面写真を示す。既設管はなめらかな表面であるが、更新管では剥離によって凹凸が生じている。 その後、加熱管を一般的にはSUS310S と比較して耐食性が低いSUS304(18Cr-8Ni)製とすることで剥離・減肉を大幅に抑制可能であると判明し、現在ではSUS304 製加熱管への更新が進んでいる(304 更新管)。Fig. 1(c) に304 更新管の表面写真を示す。310S 更新管とは異なり、なめらかな表面を維持している。
1.3 これまでの知見[1]
Fig. 1(d), (e) に310S 既設管および310S 更新管の断面写真を示す。310S 既設管では比較的厚い酸化層と、酸化層の損傷箇所下部に窒化層が形成している。一方、310S 更新管では酸化層が非常に少なく、不均一な窒化層にき裂が散見される。組織の違いは2003 年に再生メラミン法の実施を取りやめていたことに起因すると考えられる。再生メラミン法はメラミンをH2O と共に反応器内に再循環させる手法であり、これを取りやめたことで反応器内環境が酸化優先から窒化優先に変化したと推測される。剥離・減肉が発生した加熱管は2003 年以降に更新されており、再生メラミン法を実施していない時期と一致する。
従って、窒化層の形成が310S 更新管の剥離・減肉の原因になったと考えられる。 また、304 更新管で剥離・減肉が減少した理由は、生成する窒化層組織の違いにあると考えられる。Fig. 1(f) に304 更新管の断面写真を示す。約400μm の厚い窒化層が形成されており、き裂は認められない。XRD 分析結果に基けば304 更新管の窒化層は主にbct 構造のα’ .Fe-Nであり、310S 更新管の窒化層はfcc 構造のγ’ .Fe4N である。母材γからの体積膨張率はγ’ > α’ であることから、304 更新管の方が低い剥離感受性を示したと推測される。 Fig. 1 Surface and cross sectional view of heating tubes (a)(d) SUS310S heating tube (used for 32 years in oxidizing environment, 9 years in nitriding environment) (b)(e) SUS310S heating tube (used for 2.5years in nitriding environment) (c)(f) SUS304 heating tube (used for 3years in nitriding environment) 1.4 本研究の目的 上述したように、メラミンプラント反応器の加熱管ではSUS304 に形成するbct 構造の窒化層(α’)が低い剥離感受性を示すと推測される。このメカニズムを解明するためには、SUS304 製加熱管に形成する窒化層の詳細な構造を把握することが必要と考えられる。従って本研究では、SUS304 更新管に形成する窒化層組織についてより詳細な調査を試みた。すなわち、エッチングを施した断面組織の観察、磁気力顕微鏡(Magnetic Force Microscope ; MFM)によるα'層分布の可視化、XRD 分析による表面からの距離毎の結晶構造同定を試みた。 2.供試材および試験方法 供試材として、実機から抜管した304更新管を用いた。反応器内での使用期間は約3 年間である。 第一に、より詳細に窒化層を観察するため、エッチング後の断面を光学顕微鏡で観察した。エッチングは塩化第二鉄、塩酸、エタノールを重量比にして約1:11:22 で 混合した溶液に5 秒間浸漬して行った。 続いて、MFM を用いたα’層の可視化を試みた。鉄基合金ではbcc 構造のα相が強磁性、fcc 構造のγ相が非磁性であるように、窒化層においてもα’層とγ’層の分布を可視化することが可能であると考えたためである。 また、加熱管の表面方向から深さ方向に約20~30μm ずつ研磨して繰返しXRD 分析を行い、深さ毎の結晶構造解析を試みた。 3.試験結果および考察 3.1 断面組織観察 Fig. 2 にエッチング後の304更新管窒化層断面写真を示す。Fig. 1(f) に示したエッチング前の断面写真と比較すると、窒化層は薄い外層(白色)と厚い内層(灰色)、母相は腐食の有無でそれぞれ二層に区別された。また、窒化層の内層部分に白色の針状析出物が認められる。Table1 にエッチング後の断面組織観察より推測される304 更新管の結晶構造を示す。 Fig. 2 Cross sectional view of etched SUS304 heating tube (used for 3years in nitriding environment) Table1 Inference of structure of SUS304 heating tubes (used for 3years in nitriding environment) エッチング前 エッチング後 窒化層 外層:化合物層(白色) 内層:拡散層(灰色) 母相 浸炭層 母相 - 416 - 以降に各々の層の結晶構造を判断した理由を述べる。 304 更新管の窒化層は炭素鋼S45Cの窒化層との共通点を持つ。Fig. 3 に(a)Fe-N 系状態図[2]、(b)S45C を窒化した場合の窒化層断面組織[3]を示す。S45C の窒化層は最外層に化合物層と呼ばれる薄い層、その内側に窒素が過飽和に固溶した拡散層と呼ばれる層が形成している。拡散層内には、焼戻しにより針状の析出物が形成している。Fe-N 系状態図より、約580℃以下では窒素濃度約5.8%以下でαとγ’、6%前後でγ’、それ以上ではγ’ とε-Fe2-3N の混合層あるいはε単層となる。Fe-N 系状態図を踏まえると、S45C の化合物層はγ’、εあるいはξ-Fe2N、拡散層はα'にγ’ の針状析出物が形成した層であると考えられる。 従って、304 更新管の窒化層は最外層に薄い白層、その内側に針状析出物を伴った層が形成されている点でS45C の窒化層と類似性を持つ。S45C がbcc であることに対してSUS304 はfcc であるという差異はあるものの、窒化層はS45Cと同じくγ’あるいはεの化合物層とα'にγ’が析出した拡散層から成ると考えられる。 また、拡散層の更に内側にある腐食していない層は表面側からの窒素侵入で押し出された炭素が濃縮した浸炭層であると考えられる。浸炭層の内側の層が母相である。 Fig. 3 (a)Phase diagram of Fe-N systems[2] (b) Cross sectional view of nitrided S45C[3] 3.2 MFMによるα'層可視化 Fig. 4 に(a)MFM測定部の概略図、(b)化合物層と拡散層の境界、(c)拡散層と浸炭層の境界、(d)浸炭層と母相の境界におけるMFM 測定結果を示す。この図では、強く磁化された部分が濃い色で表現される。 (b)より、化合物層と拡散層の境界部は明確ではない。一方、形状から針状析出物と推測される部分が周辺より強く磁化されている。γ’およびαの磁気モーメントはそれぞれ2~3μB、2.19μB(/Fe atom)である[4]。従ってγ’単層の針状析出物がα’の周辺部より強く磁化されていると考えられる。化合物層と拡散層灰色部の磁化率に差異が認められなかった要因としては、Fe-N 系状態図によると加熱管の最表面に形成している化合物層にはγ’にεやξが混合している可能性が挙げられるほか、拡散層灰色部がαではなくα’であることが影響していると考えられる。 Fig. 4 MFM analyses of SUS304 heating tube (used for 3years in nitriding environment) (a) Schematic of measurement site (b) Boundary between compound layer and diffusion layer (c) Boundary between diffusion layer and carburized layer (d) Boundary between carburized layer and matrix layer (c)より、浸炭層に比して拡散層が明確に強く磁化されている。(d)より、浸炭層はSUS304 母相と同じく磁化されていない。従って、拡散層は母相よりも強く磁化されており、非磁性の母相あるいは浸炭層とは異なる性質を持つ層であるといえる。 以上より、304 更新管は外側から化合物層(γ’あるいはε)、拡散層(α’中にγ’析出)から成る二層の窒化層、浸炭層、母相を持つと考えられる。この結果はS45C 形成する窒化層との比較やFe-N 系状態図に矛盾しない。 3.3 XRDによる深さ方向の結晶構造分析 Fig. 5に(a)XRD測定の概略図と(b)深さ毎のXRD分析結果を示す。比較のため、304 更新管の母相部分またはα-Fe をXRD 分析した結果も併せて示した。304 更新管の母相- 417 -“ “窒化・酸化・浸炭競合環境における ステンレス鋼製加熱管の減肉機構解明 “ “山本 康平,Kohei YAMAMOTO,阿部 博志,Hiroshi ABE,渡邉 豊,Yutaka WATANABE,有岡 真平,Shinpei ARIOKA,小野 雅史,Masashi ONO
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