ステンレス鋼の低サイクル疲労に対するき裂成長予測手順
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カテゴリ: 第12回
1.緒 言
原子力発電プラント機器は、疲労による劣化が生じることを前提に設計される。具体的には、起動停止の際に発生する熱応力などに対して、疲労が蓄積することを許容し、荷重の繰返し数が許容値を超えないように考慮される。また、保全においては実績の繰返し数が、設計時の想定を上回っていないことが確認される。 疲労劣化の程度を表す指標として、繰返し数を許容繰返し数で正規化した累積疲労損傷量UF(Usage Factor)が用いられている。機器設計においては、UF < 1 であることが求められ、UF = 0.99 であっても許容される。一方、保全の段階においては、UF が1 に近づくにしたがって、疲労劣化が進んでいると判断されることから、UF の大きさも問題となる。一方、UF が1 になったとしても直ちに機器に問題が生じるとは限らない。そもそも疲労劣化、つまりUF の増加に対応する材料状態の変化は明確でない。これまで、著者らは疲労劣化をき裂寸法に置き換えて疲労劣化を定量化する方法を提案してきた[1][2]。実測できるき裂寸法を用いて疲労劣化の程度を測ることによって、検査などでき裂が発見された場合に劣化量や余寿命を推定することが可能となる。また、き裂が発見されなかった場合でも、検出能力から劣化の最大値は推定できる。 疲労劣化とき裂寸法の関係はき裂成長予測によって求められる。実機で想定される疲労劣化は、いわゆる低サイクル疲労であることから、弾性力学指標である応力拡大係数を、き裂成長予測に用いることは厳密にはできない。この問題に対し、筆者らは応力拡大係数の定義式において応力項をひずみで置き換えたひずみ拡大係数を、低サイクル疲労を含むき裂成長予測に適用してきた[3][4]。そして、低サイクル疲労き裂成長速度が、ひずみ拡大係数、またはひずみ拡大係数にヤング率をかけた等価応力拡大係数とよい相関を有することを示してきた[1]。ひずみ拡大係数によるき裂成長予測では、ひずみ範囲がき裂成長駆動力となっており、ひずみ拡大係数が同じであれば、き裂成長速度は、応力や試験温度に依存しないことが前提となっている。一方、日本機械学会発電用設備規格維持規格[5](以後、維持規格)においても、疲労によるき裂成長予測手順が規定されているが、そこでは応力拡大係数が用いられており、ステンレス鋼の大気中のき裂成長速度では、き裂成長速度が応力や温度によって変化する規定となっている。設計と維持規格のいずれも同じ構造物や荷重を対象としていることから、ひずみ拡大係数による予測と、維持規格における応力拡大係数による予測の関係を整理しておく必要がある。 本研究では、筆者らがこれまで316 ステンレス鋼を用いて取得した室温大気中での低サイクル疲労き裂成長速度をレビューした。そして、ひずみ拡大係数を用いることの有効性を示すとともに、有効ひずみ範囲を用いた有効応力拡大係数に対して、その妥当性を示した。そして、維持規格で規定されているき裂成長予測式との対応を調べ、維持規格の成長予測方法を低サイクル疲労に適用するための方策を検討した。
2.低サイクル疲労におけるき裂成長速度
2.1 概要
過去に筆者らによって実施された316 ステンレス鋼を用いた疲労試験の結果[3][4][6]をレビューした。全て同一ヒートの材料を用いており、その化学成分をTable1 に示す。2 本の引張試験片より同定された室温における0.2% 耐力、引張強さ、伸び、およびヤング率の平均はそれぞれ297 MPa、611 MPa、0.85、および202,500 MPa であった。 2.2 丸棒試験(レプリカ試験)[3][4] Fig.1 に示す直径10 mm の丸棒試験片を用いて試験片表面に発生するき裂の発生と成長挙動を観察した結果[3][4]を示す。試験はひずみ速度0.4%/s の試験速度において、ひずみ範囲..を0.6%、1.2%および2.0%に制御して実施した。試験を中断しながら試験片表面を、アセチルセルロースフィルムを用いたレプリカ転写によって観察し、試験片を破断に至らしめた主き裂の長さが測定された。試験片が破断した時点の繰返し数である疲労寿命Nfは、...........1.2%および2.0%の条件においてそれぞれ41,500 回, 5,937 回および1,495 回であった。 Fig.2 に正規化繰返し数N/Nfと,主き裂の荷重方向垂直面への投影長さの関係を示す.主き裂が最初に確認された繰返し数は,Δε = 0.6, 1.2 および2.0%に対してそれぞれN/Nf = 0.096, 0.085 および0.478 であった.また,そのときのき裂長さはそれぞれ12.5, 41.2 および130.6 μm であった.主き裂は発生後連続的に成長し,き裂同士の合体も見られなかった.Δε = 2.0%の試験では,比較的大きな塑性ひずみによって試験片表面の凹凸が顕著になり,小さなき裂の発生を見分けることが困難であった.一般的に,ひずみ範囲が小さいほど潜伏期間が長くなり,疲労限度以下では潜伏期間は無限大となる.Δε = 0.6 と1.2%の試験では潜伏期間がN/Nfで0.1 以下となっておりΔε = 2.0%の試験も数十マイクロメートルの微小なき裂が発生するまでの潜伏期間は0.1Nfより小さいと推測される.以上より, 数十マイクロメートルの長さのき裂の出現をき裂発生と定義すれば,き裂発生までの潜伏期間は相対的に短く、疲労劣化の程度をき裂寸法によって定量化できることの根拠となっている。 Table 1 Chemical content of test material (mass %). Fe C Si Mn P S Ni Cr Mo Bal. 0.06 0.5 1.3 0.031 0.027 10.18 16.94 2.02 Fig. 2 Change in crack length on the surface obtained by replica specimens during low-cycle fatigue tests [3][4]. 12150... 24 24 ... ... Fig. 1 Geometry of round-bar test specimen (unit: mm). 01234567890.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 Surface length 2c, mm N/Nf Δε =0.6% Δε = 1.2% Δε = 2.0% 00.10.20.30.0 0.2 0.4 0.6 Surface length 2c, mm N/Nf Δε =0.6% Δε = 1.2% Δε = 2.0% - 90 -2.3 平板試験 [6] Fig.3 に示す平板型の試験片を用いてき裂成長試験を実施した。放電加工により長さ1 mmの切欠きを導入し,クリップゲージの出力を用いた除荷弾性コンプライアンス法によりき裂長さを計測した[6].平行部を有する平板試験片を用いることで,ひずみ拡大係数の算出に必要な公称ひずみを測定することが可能となる.き裂断面から荷重方向に14 mm離れた位置にひずみゲージを取り付けた. 応力振幅 .aを100、200 および250 MPa として、両振りの荷重制御にて試験を実施した.き裂成長速度は、き裂長さが2 mmに到達後、6 mmまで成長するまで取得した。 2.2 き裂成長速度の整理 き裂成長速度da/dN をFig.4 示す.丸棒試験におけるき裂成長速度はFig. 2 の傾きから算出した。破断面観察結果より,アスペクト比(深さ/表面長さ)を0.5 と仮定して深さ方向の速度を算出した[1].参考に同じ材料を用いて破壊力学試験片(CT 試験片)を用いて取得された小規模降伏下でのき裂成長速度も示す。横軸のき裂進展駆動力として,次式で定義される応力拡大係数範囲ΔK または,ひずみ拡大係数範囲ΔKεを用いた. .K . f .. . a (1) K f a . . . .. . (2) ここで、a はき裂深さ(平板試験の場合はき裂長さ)、f は応力拡大係数で用いられる形状係数を示す。 ΔK で整理した場合の成長速度のばらつきは大きい。一般に、塑性ひずみサイクルが大きくなると、ΔK に対する成長速度が速くなる。そのため、繰返し塑性ひずみの大きい丸棒試験の成長速度が相対的に速くなった。一方、平板を用いた.a = 100 MPa の試験、およびCT 試験片を用いた試験では、塑性ひずみの発生は限定的であったので、成長速度がばらつきの下限近傍となっている。 ΔKε とき裂成長速度の相関は、ΔK に対するものよりも良くなっている。とくに、塑性ひずみが顕著であった丸棒試験の結果が1 本の線上にほぼ収束した。このように、ΔKεを用いることで、荷重の大きさ(低サイクル域と高サイクル域),試験片形状の違い(丸棒と平板)に関係なく, 一本の直線で近似できることがわかる. Fig.2 に示したように,数十マイクロメートル程度の微小なき裂が発生するまでの潜伏期間は,疲労寿命の10%以下であった.つFig. 4 Relationship between crack growth rate and stress or strain intensity factor range. Fig. 3 Geometry of plate test specimen (unit: mm). 36306215106EDM notch 560° 0.51A Strain gage for global strain measurement Clip gage 14 Detail of “A” 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00011 10 100 1000 Crack growth rate da/dN, m/cycle .K , MPa m1/2σa = 100MPa(Plate) σa = 200MPa(Plate) σa = 250MPa(Plate) Δε = 0.6%(Bar) Δε = 1.2%(Bar) Δε = 2%(Bar) CT specimen 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00010.01 0.1 1 10 Crack growth rate da/dN, m/cycle .Kε , x10‐3 m1/2 σa = 100MPa(Plate) σa = 200MPa(Plate) σa = 250MPa(Plate) Δε = 0.6%(Bar) Δε = 1.2%(Bar) Δε = 2%(Bar) CT specimen (a) Stress intensity factor range (ΔK) (b) Strain intensity factor range (ΔKε) - 91 -まり,疲労寿命は微小なき裂が試験片破断サイズに成長するまでの繰返し数(成長寿命)と解釈できる.また,ステンレス鋼の低サイクル疲労では,ひずみ範囲が同じならば,応力振幅によらず疲労寿命はほぼ同じであり[7]、設計に用いる限界繰返し数もひずみ範囲に対して規定されている.したがって,成長寿命と直接的な関係を有するき裂進展速度が,応力範囲(K値)よりもひずみ範囲(ひずみ拡大係数)とよい相関を有することには矛盾がない. 3.有効等価応力拡大係数(.Keq(eff))の定義 弾性域においては、ひずみ拡大係数とヤング率の積は応力拡大係数と等しくなる。そこで、ひずみ拡大係数範囲に室温(25.C)でのヤング率E(25.C)(= 195 GPa)をかけた次式の等価応力拡大係数範囲(.Keq)を定義した[1]。 eq .25 C. .K f .. E . a . . (3) さらに、Δε に代わり、Fig.5 に示すように、き裂が開口している間のひずみ範囲である有効ひずみ範囲Δεeffを用い、有効等価応力拡大係数範囲(.Keq(eff))を次式で定義した。 eq.eff . eff .25 C. .K f .. E . a . . (4) 疲労き裂はき裂面が開口している間に成長することが知られており、応力拡大係数に対しては有効応力拡大係数範囲が一般的に用いられる。また、破壊力学試験片(CT 試験片)を用いた試験では、通常、き裂が閉口しないようにR 比(最小荷重/最大荷重)を0.1 以上として試験を行うことから、ΔK をそのまま有効応力拡大係数範囲として用いることができる。一方、丸棒試験や平板試験などの低サイクル疲労を対象とした疲労き裂成長試験では、完全両振りのひずみ、または荷重を負荷することから、き裂は閉口する。そこで、平板を用いた試験では、除荷弾性コンプライアンス法によってき裂の開口するタイミングを同定し、Δεeffを算出した。一方、丸棒試験では、き裂開口点を同定することは困難なので、応力が零に到達した時点でき裂が開口すると仮定した。この仮定の妥当性は前報において確認されている[7]。有効ひずみ範囲を用いることで、もさらに試験結果のばらつきが小さくすることができた。とくに、.a = 100 MPa の平板試験の結果は、ΔKeq に対しては他の結果からの逸脱が顕著であったが、ΔKeq(eff)を用いることで、ほぼ一直線上に収束した。Fig.5 に示した模式図で考えると,き裂の開口する応力が同じであれば,Δεeffはヒステリシスループの幅が小さくなるほどFig. 5 Schematic drawing for defining nominal and true effective strain ranges. Strain ..eff .. Stress Crack opening point .min .op .max (a) Equivalent stress intensity factor (ΔKeq) Fig. 6 Relationship between crack growth rate and equivalent stress intensity factor range. 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00011 10 100 1000 Crack growth rate da/dN, m/cycle .Keq , MPa m1/2σa = 100MPa(Plate) σa = 200MPa(Plate) σa = 250MPa(Plate) Δε = 0.6%(Bar) Δε = 1.2%(Bar) Δε = 2%(Bar) CT specimen JSME (T=25℃,R=‐1) JSME (T=325℃,R=‐1) 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00011 10 100 1000 Crack growth rate da/dN, m/cycle .Keq(eff) , MPa m1/2 σa = 100MPa(Plate) σa = 200MPa(Plate) σa = 250MPa(Plate) Δε = 0.6%(Bar) Δε = 1.2%(Bar) Δε = 2%(Bar) CT specimen JSME (T=25℃,R=‐1) JSME (T=325℃,R=‐1) (b) Effective equivalent stress intensity factor (ΔKeq(eff) ) - 92 -小さくなる.そのため,ヒステリシスループが比較的小さかった.a = 100 MPa ではΔKeq(eff)/ΔKeqが相対的に小さくなり,Fig.6a において,大きく逸脱する結果となった.つまり、有効ひずみ範囲が疲労き裂の成長駆動力となっており、き裂成長速度はΔKeq(eff)によって予測できる。 4.維持規格のき裂成長速度との比較 維持規格において、応力比R = .1 におけるステンレス鋼の大気中の疲労き裂成長速度da/dN は次式で規定されている[5]。 da 10H 18.61 10 3 . K .3.3 dN . . . . . (5) H . .9.984 .1.337.10.3T . 3.344.10.6T 2 . 5.949.10.9T3 -6ここで、T は温度で単位は[℃]となる。また、速度は[m/cycle]、.K は[MPa m0.5]の単位で与えられる。 先に述べたように、維持規格の成長速度は温度に依存している。そこで、温度を25℃、および325℃とした場合の成長速度をFig.6 に示した。維持規格の成長速度は、試験結果と同様の傾向を示した。とくに、ΔKeq(eff)を用いた整理では、維持規格の式は試験結果の平均的な挙動とよく一致した。温度が高い方の速度が速くなっているが、ひずみ拡大係数を用いた整理では温度の影響を考慮していない。これは、疲労寿命が試験温度の影響がほとんど受けず、設計で用いる許容繰返し数も温度に依存しないことを根拠としている。これまで考察してきたように、ステンレス鋼の疲労き裂成長速度は、有効ひずみ拡大係数範囲と相関があり、試験温度依存性も無視できると考えられる。維持規格における試験温度依存性は、その定義からヤング率の温度依存性によって生じていると推測される。次式を用いて、維持規格の325℃における成長速度式を補正した結果をFig.7 に示す。 . . . . 25 C corrected 325 C E K KE . . .. . (7) 図に示すように、補正後の325℃の速度式は25℃のそれにほぼ一致しており、維持規格の速度式の温度依存性がヤング率の温度依存性に依存していることが裏付けられた。 5.低サイクル疲労き裂の成長予測方法 ひずみ拡大係数を用いることで、低サイクル疲労の成長を予測することが可能となる。一方、実機においては、応力拡大係数を用いた維持規格の成長速度式が実用されており、有効ひずみ拡大係数による整理では、維持規格の式とほぼ一致した。したがって、低サイクル疲労き裂成長予測に対しても、維持規格の成長速度式が適用できると考えられる。つまり、.K を.Keqで置き換えた(5)式によって、低サイクル疲労のき裂成長を予測することができる。.Keq の算出には、ひずみ範囲が必要となるが、熱応力に対しては線膨張係数と温度差の積を、機械荷重に対しては簡易弾塑性解析(Ke 係数)が適用できる。また、Δεeffを予測できれば、さらに合理的な成長予測が可能となる。 6.結 言 ステンレス鋼の低サイクル疲労き裂成長を予測するために、筆者らがこれまで実施してきた316 ステンレス鋼を用いた疲労試験をレビューした。そして、き裂開口を考慮した有効ひずみ範囲Δεeff を用いた有効等価応力拡大係数範囲(ΔKeq(eff))が、き裂駆動力として有効であることを示した。そして、ΔKeq(eff)とき裂成長速度の関係は、維持規格で規定される.K とき裂成長速度の関係とよく一致していることを確認した。最後に、維持規格の進展予測を低サイクル疲労に適用するための手順を示した。 Fig. 7 Correlation between crack growth rate and stress intensify factor prescribed in JSME FFS code for different temperature. 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00011 10 100 1000 Crack growth rate da/dN, m/cycle .K , MPa m1/2 JSME (T=25℃,R=0) JSME (T=325℃,R=0) JSME (T = 325 C) (corrected by Eq.(8)) - 93 -参考文献[1] M. Kamaya and T. Nakamura, “A flaw tolerance concept for plant maintenance using virtual fatigue crack growth curve”, 2013 ASME Pressure Vessels and Piping Conference (PVP2013) PVP2013-97851 (2013). [2] M. Kamaya and T. Nakamura, “Fatigue damage management based on postulated crack growth curve”, ICMST-Kobe 2014. [3] M. Kamaya and M. Kawakubo, “Strain-based modeling of fatigue crack growth . An experimental approach for stainless steel”, International Journal of Fatigue, Vol.44, pp.131-140 (2012). [4] 釜谷, 川久保, “き裂成長予測による低サイクル疲労の損傷評価(成長予測モデルの構築とその適用例)”, 日本機械学会論文集A 編, Vol.78, No.795, pp. 1518- 1533 (2012). [5] 日本機械学会, 発電用原子力設備規格維持規格, JSME S NA1-2012 (2012), 日本機械学会. [6] M. Kamaya, “Low-cycle fatigue crack growth prediction by strain intensity factor”, International Journal of Fatigue, Vol. 72, pp.80-89 (2015). [7] M. Kamaya and M. Kawakubo, “Mean stress effect on fatigue strength of stainless steel”, International Journal of Fatigue, Vol. 74, pp.20-29 (2015). - 94 -
“ “ステンレス鋼の低サイクル疲労に対するき裂成長予測手順 “ “釜谷 昌幸,Masayuki KAMAYA
原子力発電プラント機器は、疲労による劣化が生じることを前提に設計される。具体的には、起動停止の際に発生する熱応力などに対して、疲労が蓄積することを許容し、荷重の繰返し数が許容値を超えないように考慮される。また、保全においては実績の繰返し数が、設計時の想定を上回っていないことが確認される。 疲労劣化の程度を表す指標として、繰返し数を許容繰返し数で正規化した累積疲労損傷量UF(Usage Factor)が用いられている。機器設計においては、UF < 1 であることが求められ、UF = 0.99 であっても許容される。一方、保全の段階においては、UF が1 に近づくにしたがって、疲労劣化が進んでいると判断されることから、UF の大きさも問題となる。一方、UF が1 になったとしても直ちに機器に問題が生じるとは限らない。そもそも疲労劣化、つまりUF の増加に対応する材料状態の変化は明確でない。これまで、著者らは疲労劣化をき裂寸法に置き換えて疲労劣化を定量化する方法を提案してきた[1][2]。実測できるき裂寸法を用いて疲労劣化の程度を測ることによって、検査などでき裂が発見された場合に劣化量や余寿命を推定することが可能となる。また、き裂が発見されなかった場合でも、検出能力から劣化の最大値は推定できる。 疲労劣化とき裂寸法の関係はき裂成長予測によって求められる。実機で想定される疲労劣化は、いわゆる低サイクル疲労であることから、弾性力学指標である応力拡大係数を、き裂成長予測に用いることは厳密にはできない。この問題に対し、筆者らは応力拡大係数の定義式において応力項をひずみで置き換えたひずみ拡大係数を、低サイクル疲労を含むき裂成長予測に適用してきた[3][4]。そして、低サイクル疲労き裂成長速度が、ひずみ拡大係数、またはひずみ拡大係数にヤング率をかけた等価応力拡大係数とよい相関を有することを示してきた[1]。ひずみ拡大係数によるき裂成長予測では、ひずみ範囲がき裂成長駆動力となっており、ひずみ拡大係数が同じであれば、き裂成長速度は、応力や試験温度に依存しないことが前提となっている。一方、日本機械学会発電用設備規格維持規格[5](以後、維持規格)においても、疲労によるき裂成長予測手順が規定されているが、そこでは応力拡大係数が用いられており、ステンレス鋼の大気中のき裂成長速度では、き裂成長速度が応力や温度によって変化する規定となっている。設計と維持規格のいずれも同じ構造物や荷重を対象としていることから、ひずみ拡大係数による予測と、維持規格における応力拡大係数による予測の関係を整理しておく必要がある。 本研究では、筆者らがこれまで316 ステンレス鋼を用いて取得した室温大気中での低サイクル疲労き裂成長速度をレビューした。そして、ひずみ拡大係数を用いることの有効性を示すとともに、有効ひずみ範囲を用いた有効応力拡大係数に対して、その妥当性を示した。そして、維持規格で規定されているき裂成長予測式との対応を調べ、維持規格の成長予測方法を低サイクル疲労に適用するための方策を検討した。
2.低サイクル疲労におけるき裂成長速度
2.1 概要
過去に筆者らによって実施された316 ステンレス鋼を用いた疲労試験の結果[3][4][6]をレビューした。全て同一ヒートの材料を用いており、その化学成分をTable1 に示す。2 本の引張試験片より同定された室温における0.2% 耐力、引張強さ、伸び、およびヤング率の平均はそれぞれ297 MPa、611 MPa、0.85、および202,500 MPa であった。 2.2 丸棒試験(レプリカ試験)[3][4] Fig.1 に示す直径10 mm の丸棒試験片を用いて試験片表面に発生するき裂の発生と成長挙動を観察した結果[3][4]を示す。試験はひずみ速度0.4%/s の試験速度において、ひずみ範囲..を0.6%、1.2%および2.0%に制御して実施した。試験を中断しながら試験片表面を、アセチルセルロースフィルムを用いたレプリカ転写によって観察し、試験片を破断に至らしめた主き裂の長さが測定された。試験片が破断した時点の繰返し数である疲労寿命Nfは、...........1.2%および2.0%の条件においてそれぞれ41,500 回, 5,937 回および1,495 回であった。 Fig.2 に正規化繰返し数N/Nfと,主き裂の荷重方向垂直面への投影長さの関係を示す.主き裂が最初に確認された繰返し数は,Δε = 0.6, 1.2 および2.0%に対してそれぞれN/Nf = 0.096, 0.085 および0.478 であった.また,そのときのき裂長さはそれぞれ12.5, 41.2 および130.6 μm であった.主き裂は発生後連続的に成長し,き裂同士の合体も見られなかった.Δε = 2.0%の試験では,比較的大きな塑性ひずみによって試験片表面の凹凸が顕著になり,小さなき裂の発生を見分けることが困難であった.一般的に,ひずみ範囲が小さいほど潜伏期間が長くなり,疲労限度以下では潜伏期間は無限大となる.Δε = 0.6 と1.2%の試験では潜伏期間がN/Nfで0.1 以下となっておりΔε = 2.0%の試験も数十マイクロメートルの微小なき裂が発生するまでの潜伏期間は0.1Nfより小さいと推測される.以上より, 数十マイクロメートルの長さのき裂の出現をき裂発生と定義すれば,き裂発生までの潜伏期間は相対的に短く、疲労劣化の程度をき裂寸法によって定量化できることの根拠となっている。 Table 1 Chemical content of test material (mass %). Fe C Si Mn P S Ni Cr Mo Bal. 0.06 0.5 1.3 0.031 0.027 10.18 16.94 2.02 Fig. 2 Change in crack length on the surface obtained by replica specimens during low-cycle fatigue tests [3][4]. 12150... 24 24 ... ... Fig. 1 Geometry of round-bar test specimen (unit: mm). 01234567890.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 Surface length 2c, mm N/Nf Δε =0.6% Δε = 1.2% Δε = 2.0% 00.10.20.30.0 0.2 0.4 0.6 Surface length 2c, mm N/Nf Δε =0.6% Δε = 1.2% Δε = 2.0% - 90 -2.3 平板試験 [6] Fig.3 に示す平板型の試験片を用いてき裂成長試験を実施した。放電加工により長さ1 mmの切欠きを導入し,クリップゲージの出力を用いた除荷弾性コンプライアンス法によりき裂長さを計測した[6].平行部を有する平板試験片を用いることで,ひずみ拡大係数の算出に必要な公称ひずみを測定することが可能となる.き裂断面から荷重方向に14 mm離れた位置にひずみゲージを取り付けた. 応力振幅 .aを100、200 および250 MPa として、両振りの荷重制御にて試験を実施した.き裂成長速度は、き裂長さが2 mmに到達後、6 mmまで成長するまで取得した。 2.2 き裂成長速度の整理 き裂成長速度da/dN をFig.4 示す.丸棒試験におけるき裂成長速度はFig. 2 の傾きから算出した。破断面観察結果より,アスペクト比(深さ/表面長さ)を0.5 と仮定して深さ方向の速度を算出した[1].参考に同じ材料を用いて破壊力学試験片(CT 試験片)を用いて取得された小規模降伏下でのき裂成長速度も示す。横軸のき裂進展駆動力として,次式で定義される応力拡大係数範囲ΔK または,ひずみ拡大係数範囲ΔKεを用いた. .K . f .. . a (1) K f a . . . .. . (2) ここで、a はき裂深さ(平板試験の場合はき裂長さ)、f は応力拡大係数で用いられる形状係数を示す。 ΔK で整理した場合の成長速度のばらつきは大きい。一般に、塑性ひずみサイクルが大きくなると、ΔK に対する成長速度が速くなる。そのため、繰返し塑性ひずみの大きい丸棒試験の成長速度が相対的に速くなった。一方、平板を用いた.a = 100 MPa の試験、およびCT 試験片を用いた試験では、塑性ひずみの発生は限定的であったので、成長速度がばらつきの下限近傍となっている。 ΔKε とき裂成長速度の相関は、ΔK に対するものよりも良くなっている。とくに、塑性ひずみが顕著であった丸棒試験の結果が1 本の線上にほぼ収束した。このように、ΔKεを用いることで、荷重の大きさ(低サイクル域と高サイクル域),試験片形状の違い(丸棒と平板)に関係なく, 一本の直線で近似できることがわかる. Fig.2 に示したように,数十マイクロメートル程度の微小なき裂が発生するまでの潜伏期間は,疲労寿命の10%以下であった.つFig. 4 Relationship between crack growth rate and stress or strain intensity factor range. Fig. 3 Geometry of plate test specimen (unit: mm). 36306215106EDM notch 560° 0.51A Strain gage for global strain measurement Clip gage 14 Detail of “A” 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00011 10 100 1000 Crack growth rate da/dN, m/cycle .K , MPa m1/2σa = 100MPa(Plate) σa = 200MPa(Plate) σa = 250MPa(Plate) Δε = 0.6%(Bar) Δε = 1.2%(Bar) Δε = 2%(Bar) CT specimen 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00010.01 0.1 1 10 Crack growth rate da/dN, m/cycle .Kε , x10‐3 m1/2 σa = 100MPa(Plate) σa = 200MPa(Plate) σa = 250MPa(Plate) Δε = 0.6%(Bar) Δε = 1.2%(Bar) Δε = 2%(Bar) CT specimen (a) Stress intensity factor range (ΔK) (b) Strain intensity factor range (ΔKε) - 91 -まり,疲労寿命は微小なき裂が試験片破断サイズに成長するまでの繰返し数(成長寿命)と解釈できる.また,ステンレス鋼の低サイクル疲労では,ひずみ範囲が同じならば,応力振幅によらず疲労寿命はほぼ同じであり[7]、設計に用いる限界繰返し数もひずみ範囲に対して規定されている.したがって,成長寿命と直接的な関係を有するき裂進展速度が,応力範囲(K値)よりもひずみ範囲(ひずみ拡大係数)とよい相関を有することには矛盾がない. 3.有効等価応力拡大係数(.Keq(eff))の定義 弾性域においては、ひずみ拡大係数とヤング率の積は応力拡大係数と等しくなる。そこで、ひずみ拡大係数範囲に室温(25.C)でのヤング率E(25.C)(= 195 GPa)をかけた次式の等価応力拡大係数範囲(.Keq)を定義した[1]。 eq .25 C. .K f .. E . a . . (3) さらに、Δε に代わり、Fig.5 に示すように、き裂が開口している間のひずみ範囲である有効ひずみ範囲Δεeffを用い、有効等価応力拡大係数範囲(.Keq(eff))を次式で定義した。 eq.eff . eff .25 C. .K f .. E . a . . (4) 疲労き裂はき裂面が開口している間に成長することが知られており、応力拡大係数に対しては有効応力拡大係数範囲が一般的に用いられる。また、破壊力学試験片(CT 試験片)を用いた試験では、通常、き裂が閉口しないようにR 比(最小荷重/最大荷重)を0.1 以上として試験を行うことから、ΔK をそのまま有効応力拡大係数範囲として用いることができる。一方、丸棒試験や平板試験などの低サイクル疲労を対象とした疲労き裂成長試験では、完全両振りのひずみ、または荷重を負荷することから、き裂は閉口する。そこで、平板を用いた試験では、除荷弾性コンプライアンス法によってき裂の開口するタイミングを同定し、Δεeffを算出した。一方、丸棒試験では、き裂開口点を同定することは困難なので、応力が零に到達した時点でき裂が開口すると仮定した。この仮定の妥当性は前報において確認されている[7]。有効ひずみ範囲を用いることで、もさらに試験結果のばらつきが小さくすることができた。とくに、.a = 100 MPa の平板試験の結果は、ΔKeq に対しては他の結果からの逸脱が顕著であったが、ΔKeq(eff)を用いることで、ほぼ一直線上に収束した。Fig.5 に示した模式図で考えると,き裂の開口する応力が同じであれば,Δεeffはヒステリシスループの幅が小さくなるほどFig. 5 Schematic drawing for defining nominal and true effective strain ranges. Strain ..eff .. Stress Crack opening point .min .op .max (a) Equivalent stress intensity factor (ΔKeq) Fig. 6 Relationship between crack growth rate and equivalent stress intensity factor range. 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00011 10 100 1000 Crack growth rate da/dN, m/cycle .Keq , MPa m1/2σa = 100MPa(Plate) σa = 200MPa(Plate) σa = 250MPa(Plate) Δε = 0.6%(Bar) Δε = 1.2%(Bar) Δε = 2%(Bar) CT specimen JSME (T=25℃,R=‐1) JSME (T=325℃,R=‐1) 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00011 10 100 1000 Crack growth rate da/dN, m/cycle .Keq(eff) , MPa m1/2 σa = 100MPa(Plate) σa = 200MPa(Plate) σa = 250MPa(Plate) Δε = 0.6%(Bar) Δε = 1.2%(Bar) Δε = 2%(Bar) CT specimen JSME (T=25℃,R=‐1) JSME (T=325℃,R=‐1) (b) Effective equivalent stress intensity factor (ΔKeq(eff) ) - 92 -小さくなる.そのため,ヒステリシスループが比較的小さかった.a = 100 MPa ではΔKeq(eff)/ΔKeqが相対的に小さくなり,Fig.6a において,大きく逸脱する結果となった.つまり、有効ひずみ範囲が疲労き裂の成長駆動力となっており、き裂成長速度はΔKeq(eff)によって予測できる。 4.維持規格のき裂成長速度との比較 維持規格において、応力比R = .1 におけるステンレス鋼の大気中の疲労き裂成長速度da/dN は次式で規定されている[5]。 da 10H 18.61 10 3 . K .3.3 dN . . . . . (5) H . .9.984 .1.337.10.3T . 3.344.10.6T 2 . 5.949.10.9T3 -6ここで、T は温度で単位は[℃]となる。また、速度は[m/cycle]、.K は[MPa m0.5]の単位で与えられる。 先に述べたように、維持規格の成長速度は温度に依存している。そこで、温度を25℃、および325℃とした場合の成長速度をFig.6 に示した。維持規格の成長速度は、試験結果と同様の傾向を示した。とくに、ΔKeq(eff)を用いた整理では、維持規格の式は試験結果の平均的な挙動とよく一致した。温度が高い方の速度が速くなっているが、ひずみ拡大係数を用いた整理では温度の影響を考慮していない。これは、疲労寿命が試験温度の影響がほとんど受けず、設計で用いる許容繰返し数も温度に依存しないことを根拠としている。これまで考察してきたように、ステンレス鋼の疲労き裂成長速度は、有効ひずみ拡大係数範囲と相関があり、試験温度依存性も無視できると考えられる。維持規格における試験温度依存性は、その定義からヤング率の温度依存性によって生じていると推測される。次式を用いて、維持規格の325℃における成長速度式を補正した結果をFig.7 に示す。 . . . . 25 C corrected 325 C E K KE . . .. . (7) 図に示すように、補正後の325℃の速度式は25℃のそれにほぼ一致しており、維持規格の速度式の温度依存性がヤング率の温度依存性に依存していることが裏付けられた。 5.低サイクル疲労き裂の成長予測方法 ひずみ拡大係数を用いることで、低サイクル疲労の成長を予測することが可能となる。一方、実機においては、応力拡大係数を用いた維持規格の成長速度式が実用されており、有効ひずみ拡大係数による整理では、維持規格の式とほぼ一致した。したがって、低サイクル疲労き裂成長予測に対しても、維持規格の成長速度式が適用できると考えられる。つまり、.K を.Keqで置き換えた(5)式によって、低サイクル疲労のき裂成長を予測することができる。.Keq の算出には、ひずみ範囲が必要となるが、熱応力に対しては線膨張係数と温度差の積を、機械荷重に対しては簡易弾塑性解析(Ke 係数)が適用できる。また、Δεeffを予測できれば、さらに合理的な成長予測が可能となる。 6.結 言 ステンレス鋼の低サイクル疲労き裂成長を予測するために、筆者らがこれまで実施してきた316 ステンレス鋼を用いた疲労試験をレビューした。そして、き裂開口を考慮した有効ひずみ範囲Δεeff を用いた有効等価応力拡大係数範囲(ΔKeq(eff))が、き裂駆動力として有効であることを示した。そして、ΔKeq(eff)とき裂成長速度の関係は、維持規格で規定される.K とき裂成長速度の関係とよく一致していることを確認した。最後に、維持規格の進展予測を低サイクル疲労に適用するための手順を示した。 Fig. 7 Correlation between crack growth rate and stress intensify factor prescribed in JSME FFS code for different temperature. 0.00000000010.0000000010.000000010.00000010.0000010.000010.00011 10 100 1000 Crack growth rate da/dN, m/cycle .K , MPa m1/2 JSME (T=25℃,R=0) JSME (T=325℃,R=0) JSME (T = 325 C) (corrected by Eq.(8)) - 93 -参考文献[1] M. Kamaya and T. Nakamura, “A flaw tolerance concept for plant maintenance using virtual fatigue crack growth curve”, 2013 ASME Pressure Vessels and Piping Conference (PVP2013) PVP2013-97851 (2013). [2] M. Kamaya and T. Nakamura, “Fatigue damage management based on postulated crack growth curve”, ICMST-Kobe 2014. [3] M. Kamaya and M. Kawakubo, “Strain-based modeling of fatigue crack growth . An experimental approach for stainless steel”, International Journal of Fatigue, Vol.44, pp.131-140 (2012). [4] 釜谷, 川久保, “き裂成長予測による低サイクル疲労の損傷評価(成長予測モデルの構築とその適用例)”, 日本機械学会論文集A 編, Vol.78, No.795, pp. 1518- 1533 (2012). [5] 日本機械学会, 発電用原子力設備規格維持規格, JSME S NA1-2012 (2012), 日本機械学会. [6] M. Kamaya, “Low-cycle fatigue crack growth prediction by strain intensity factor”, International Journal of Fatigue, Vol. 72, pp.80-89 (2015). [7] M. Kamaya and M. Kawakubo, “Mean stress effect on fatigue strength of stainless steel”, International Journal of Fatigue, Vol. 74, pp.20-29 (2015). - 94 -
“ “ステンレス鋼の低サイクル疲労に対するき裂成長予測手順 “ “釜谷 昌幸,Masayuki KAMAYA