計算科学シミュレーションコード による レーザーコーティング条件の導出
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カテゴリ: 第13回
1. 緒 言
昨今のレーザー加工技術に関する展示会などから も分かるように,高エネルギー密度と局所加工性など,優れた熱源としてのレーザー光の特性を背景と して,多くの産業分野において様々な材料加工がレーザーを用いて行われている状況にある.更には, 福島第一原子力発電所の燃料デブリ取出しへのレーザー加工技術の適用性評価なども,基礎・基盤的な観点から進められている[1], [2]. 他方,レーザー加工において,意図した性能や製品を実現するためには,ここで発生する溶融・凝固 現象などを含む複合物理過程を把握した上で,レーザー照射条件などを適切に設定する必要がある.しかしながら,この条件適切化作業は,繰返しによる膨大なオーバーヘッドを伴うのが一般的であり,多品種少量生産などを指向する産業分野へのレーザー加工技術の導入を阻害する一因ともなっている. 本稿では,加工材料にレーザー光が照射されてから加工が完了するまでの複合物理過程を定量的に取扱えるようにするために開発中の,計算科学シミュレーションコード SPLICE の概要と評価例,および オーバーヘッドの大幅低減を目指し,SPLICEコー ドをレーザー照射条件導出のための手段として利用したフロントローディング実現に対する見通しを述べる.
2 レーザー加工プロセス計算科学シミュ レーションコード SPLICE [3]
SPLICE コードは,ミクロ挙動とマクロ挙動とを 多階層スケールモデルにより接続する気-液-固統 一 非圧縮性粘性流解析コードであり,レーザー加工 時の様々な物理現象,例えばレーザー光-物質相互 作用,半溶融帯を介した溶融金属-固体材料間の熱 的機械的相互作用,溶融・凝固相変化過程などの複 合物理過程を取扱うために必要な様々な物理モデル を導入している.表 1 に,SPLICE コードの主要目 をまとめる. - 107 - 3 レーザーコーティングプロセスの計算 科学シミュレーション 3 1 解析モデルおよび解析条件 SPLICE コードを典型的なレーザーコーティング プロセスの評価に適用した.図 1 に解析モデルを, 表 2 に解析条件を示す.この SPLICE 解析は,レーザ ー光(0.2mmφ)と金属粉(チタン)を母材表面(炭素 鋼)に向かって噴出させ,これを左側から右側に向か ってスウィープ(1,000 mmm/min)させる場合を想定 し,メッシュ幅 0.25mm の 2 次元計算体系を用いて 評価するものである.評価上のパラメータは金属粉 供給量 (QF),レーザー出力 (PL)とし,パラメータを 組合せた 4 ケースの数値解析を行う. なお,レーザー加工ヘッドからの金属粉が,母材 表面に到達するまでにレーザー光からエネルギーを 受けて温度上昇するプロセス(金属粉エネルギー授 受モデル)は,式(1)の関係を想定した. -1ここで,DE:エネルギー密度(J/mm3) ,dL:レーザー 光径(mm),l:スタンドオフ(mm),γV:金属粉体積割 合(-),QF:金属粉供給率(g/s),τ:金属粉飛行時間 (s;≡l/Vg),Vg:ガス流速(mm/s),ρ:金属粉密度 (g/mm3),Cp:金属粉比熱(J/g・°C)である. 3 2 解析結果 図 2 は,金属粉エネルギー授受モデルの有無によ る結果への影響を,Case-4 を対象として比較したも のである.結果より分かる通り,当該効果が無い場 合にはレーザー光からのエネルギーの全てが母材金 属に吸収され,大きな溶け込み深さを持つ溶融池が 形成されている.他方,当該効果を考慮した場合に は,レーザー光からの一部が母材到達前に金属粉に 供給され,結果として母材自体の溶融範囲が低下す る. Case-1~Case-4 について,温度分布および溶け込み・ コーティング膜厚の空間分布を図 3 および図 4 に比 較する.これら全ての結果は,金属粉エネルギー授 受効果を考慮したものである. 結果より分かる通り,レーザー出力が大きく,金 属粉供給量の小さな Case-1 では,母材溶け込み深さ が顕著なものとなっている (1.75 mm) .他方,レー ザー出力を抑え,金属粉供給量を増やした Case-3 お よび Case-4 では,溶け込み深さが小さく (≦0.25 mm) 且つ薄いコーティング膜厚 (≦0.75 mm) が実 現できている. - 108 - - 109 - 4. フロントローディングを目指したデ ィ ジ タ ル モ ッ ク ア ッ プ 装 置 と し て の コードの活用 要求仕様を満足するレーザーコーティング製品を 実現するためには,多くの試作を通じてレーザー照 射条件などを規定するための膨大なオーバーヘッド を伴う繰返し作業が必要となる.この問題をSPLICE コードを用いたフロントローディングにより解決で きれば,産業分野へのレーザー加工技術の導入が更 に加速されると予想できる.更には,原子力プラン トを初めとする人工構造物に対し,必要に応じた耐 熱性、耐腐食性などの高機能化を適切に施すことが 可能となる. レーザーコーティングプロセスに影響を与えるパ ラメータを,単位面積当りの母材への入熱量 E と金 属粉供給量 W として整理し(式 2 および 3),E と W から成る設計空間(0.1≦E≦0.29,0.0025≦W≦0.005) 内で計 7 ケースの SPLICE 追加解析を行った. (2) 1899/12/27ここで,PL:レーザー出力(W) ,VL:スウィープ速 度(mm/min)である. 図 5 は,溶け込み深さ(Lp)とコーティング膜厚(Lt) について応答曲面表示した結果である.溶け込み深 さと膜厚とを共に小さくしたコーティング製品を目 指す場合,設計空間の中央領域近傍に条件設定のス ウィートポイントが存在すると言える.このような 設計空間特性の把握を実験的手法のみで行おうとし た場合,施工現場での試験片製作,試験片切断,試 験片検査などの膨大な繰返し作業が,母材と金属粉 との組合せ毎に求められる.他方,SPLICE コードに よる設計空間特性の可視化は,膨大なオーバーヘッ ドの大幅な低減に有効であり,ディジタルモックア ップ装置としての計算科学シミュレーションコード を利用したフロントローディングが可能であること を示唆している. 5. 結 言 レーザー加工プロセス計算科学シミュレーション コード SPLICE によって設計空間を可視化し,レー ザー照射条件などの設定の伴うオーバーヘッドを低 減させることが可能で,フロントローディングのた めのツールとして有効であるとの見通しを得た.な お同手法は,溶接・溶断プロセスに対しても有効で あることを確認している. 参考文献 (1) 村松 壽晴ほか,“レーザー光を用いた燃料デブリ・ 炉内構造物取出しに向けた研究(I)~研究計画お よび平成 24 年度研究成果~”,JAEA-Research 2013-024 (2013). (2) 村松 壽晴ほか,“レーザー光を用いた燃料デブリ・ 炉内構造物取出しに向けた研究(II)~平成25年度 研究成果~” ,JAEA-Research 2014-018 (2014). (3) T. Muramatsu, “Thermohydraulic Aspects in Laser Welding and Cutting Processes”, Proc. The 31th International Congress on Applications of Laser & Electro-Optics (ICALEO-31), No. 1904 (2012), pp. 661-669. - 110 -“ “計算科学シミュレーションコード による レーザーコーティング条件の導出“ “村松 壽晴,Toshiharu MURAMATSU,吉氏 崇浩,Takahiro YOSHIUJI
昨今のレーザー加工技術に関する展示会などから も分かるように,高エネルギー密度と局所加工性など,優れた熱源としてのレーザー光の特性を背景と して,多くの産業分野において様々な材料加工がレーザーを用いて行われている状況にある.更には, 福島第一原子力発電所の燃料デブリ取出しへのレーザー加工技術の適用性評価なども,基礎・基盤的な観点から進められている[1], [2]. 他方,レーザー加工において,意図した性能や製品を実現するためには,ここで発生する溶融・凝固 現象などを含む複合物理過程を把握した上で,レーザー照射条件などを適切に設定する必要がある.しかしながら,この条件適切化作業は,繰返しによる膨大なオーバーヘッドを伴うのが一般的であり,多品種少量生産などを指向する産業分野へのレーザー加工技術の導入を阻害する一因ともなっている. 本稿では,加工材料にレーザー光が照射されてから加工が完了するまでの複合物理過程を定量的に取扱えるようにするために開発中の,計算科学シミュレーションコード SPLICE の概要と評価例,および オーバーヘッドの大幅低減を目指し,SPLICEコー ドをレーザー照射条件導出のための手段として利用したフロントローディング実現に対する見通しを述べる.
2 レーザー加工プロセス計算科学シミュ レーションコード SPLICE [3]
SPLICE コードは,ミクロ挙動とマクロ挙動とを 多階層スケールモデルにより接続する気-液-固統 一 非圧縮性粘性流解析コードであり,レーザー加工 時の様々な物理現象,例えばレーザー光-物質相互 作用,半溶融帯を介した溶融金属-固体材料間の熱 的機械的相互作用,溶融・凝固相変化過程などの複 合物理過程を取扱うために必要な様々な物理モデル を導入している.表 1 に,SPLICE コードの主要目 をまとめる. - 107 - 3 レーザーコーティングプロセスの計算 科学シミュレーション 3 1 解析モデルおよび解析条件 SPLICE コードを典型的なレーザーコーティング プロセスの評価に適用した.図 1 に解析モデルを, 表 2 に解析条件を示す.この SPLICE 解析は,レーザ ー光(0.2mmφ)と金属粉(チタン)を母材表面(炭素 鋼)に向かって噴出させ,これを左側から右側に向か ってスウィープ(1,000 mmm/min)させる場合を想定 し,メッシュ幅 0.25mm の 2 次元計算体系を用いて 評価するものである.評価上のパラメータは金属粉 供給量 (QF),レーザー出力 (PL)とし,パラメータを 組合せた 4 ケースの数値解析を行う. なお,レーザー加工ヘッドからの金属粉が,母材 表面に到達するまでにレーザー光からエネルギーを 受けて温度上昇するプロセス(金属粉エネルギー授 受モデル)は,式(1)の関係を想定した. -1ここで,DE:エネルギー密度(J/mm3) ,dL:レーザー 光径(mm),l:スタンドオフ(mm),γV:金属粉体積割 合(-),QF:金属粉供給率(g/s),τ:金属粉飛行時間 (s;≡l/Vg),Vg:ガス流速(mm/s),ρ:金属粉密度 (g/mm3),Cp:金属粉比熱(J/g・°C)である. 3 2 解析結果 図 2 は,金属粉エネルギー授受モデルの有無によ る結果への影響を,Case-4 を対象として比較したも のである.結果より分かる通り,当該効果が無い場 合にはレーザー光からのエネルギーの全てが母材金 属に吸収され,大きな溶け込み深さを持つ溶融池が 形成されている.他方,当該効果を考慮した場合に は,レーザー光からの一部が母材到達前に金属粉に 供給され,結果として母材自体の溶融範囲が低下す る. Case-1~Case-4 について,温度分布および溶け込み・ コーティング膜厚の空間分布を図 3 および図 4 に比 較する.これら全ての結果は,金属粉エネルギー授 受効果を考慮したものである. 結果より分かる通り,レーザー出力が大きく,金 属粉供給量の小さな Case-1 では,母材溶け込み深さ が顕著なものとなっている (1.75 mm) .他方,レー ザー出力を抑え,金属粉供給量を増やした Case-3 お よび Case-4 では,溶け込み深さが小さく (≦0.25 mm) 且つ薄いコーティング膜厚 (≦0.75 mm) が実 現できている. - 108 - - 109 - 4. フロントローディングを目指したデ ィ ジ タ ル モ ッ ク ア ッ プ 装 置 と し て の コードの活用 要求仕様を満足するレーザーコーティング製品を 実現するためには,多くの試作を通じてレーザー照 射条件などを規定するための膨大なオーバーヘッド を伴う繰返し作業が必要となる.この問題をSPLICE コードを用いたフロントローディングにより解決で きれば,産業分野へのレーザー加工技術の導入が更 に加速されると予想できる.更には,原子力プラン トを初めとする人工構造物に対し,必要に応じた耐 熱性、耐腐食性などの高機能化を適切に施すことが 可能となる. レーザーコーティングプロセスに影響を与えるパ ラメータを,単位面積当りの母材への入熱量 E と金 属粉供給量 W として整理し(式 2 および 3),E と W から成る設計空間(0.1≦E≦0.29,0.0025≦W≦0.005) 内で計 7 ケースの SPLICE 追加解析を行った. (2) 1899/12/27ここで,PL:レーザー出力(W) ,VL:スウィープ速 度(mm/min)である. 図 5 は,溶け込み深さ(Lp)とコーティング膜厚(Lt) について応答曲面表示した結果である.溶け込み深 さと膜厚とを共に小さくしたコーティング製品を目 指す場合,設計空間の中央領域近傍に条件設定のス ウィートポイントが存在すると言える.このような 設計空間特性の把握を実験的手法のみで行おうとし た場合,施工現場での試験片製作,試験片切断,試 験片検査などの膨大な繰返し作業が,母材と金属粉 との組合せ毎に求められる.他方,SPLICE コードに よる設計空間特性の可視化は,膨大なオーバーヘッ ドの大幅な低減に有効であり,ディジタルモックア ップ装置としての計算科学シミュレーションコード を利用したフロントローディングが可能であること を示唆している. 5. 結 言 レーザー加工プロセス計算科学シミュレーション コード SPLICE によって設計空間を可視化し,レー ザー照射条件などの設定の伴うオーバーヘッドを低 減させることが可能で,フロントローディングのた めのツールとして有効であるとの見通しを得た.な お同手法は,溶接・溶断プロセスに対しても有効で あることを確認している. 参考文献 (1) 村松 壽晴ほか,“レーザー光を用いた燃料デブリ・ 炉内構造物取出しに向けた研究(I)~研究計画お よび平成 24 年度研究成果~”,JAEA-Research 2013-024 (2013). (2) 村松 壽晴ほか,“レーザー光を用いた燃料デブリ・ 炉内構造物取出しに向けた研究(II)~平成25年度 研究成果~” ,JAEA-Research 2014-018 (2014). (3) T. Muramatsu, “Thermohydraulic Aspects in Laser Welding and Cutting Processes”, Proc. The 31th International Congress on Applications of Laser & Electro-Optics (ICALEO-31), No. 1904 (2012), pp. 661-669. - 110 -“ “計算科学シミュレーションコード による レーザーコーティング条件の導出“ “村松 壽晴,Toshiharu MURAMATSU,吉氏 崇浩,Takahiro YOSHIUJI