落雷残留磁気計測による雷撃ルート特定のための調査活動

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カテゴリ: 第13回
1.緒言
重要な施設への雷害影響を防止するためには、設計段階での適切な耐雷設計に加えて、供用中に受けた落雷による雷撃ルート等を把握して、追加対策による耐雷機能 の向上が重要である。2015年8月2 日に六ヶ所再処理施 設(以下、「施設」という。)において安全上重要な機器 (計器類)の複数同時故障が発生した。落雷の影響による故障の可能性が高いと評価されたことから、その調査 の一環として、高感度の磁気検出装置(グラディオメータ)を用い、雷撃電流によって周辺大地や構造物等に残留し記録された強力な帯磁量をベクトル量で測定することを試みた。 本稿は、このグラディオメータを用いた雷撃ルートの 特定化に向けた活動を報告するものである。
2.再処理施設における落雷事象の概要[1]
2.1 落雷の発生状況について
機器故障事象発生当時(2015年8月2日 18時52分頃) 施設周辺では、多数の落雷が発生していた。落雷の発生 状況等について JLDN*での観測記録から、再処理施設敷 地内(以下、「敷地内」という。)及び周辺における落雷 想定箇所を図1に示す。 連絡先:佐藤正史 株式会社ジェイテック 電気・計装保修部 計装グループ 〒039-3212青森県上北郡六ヶ所村尾駮字沖付4-91 ★No 落雷想定箇所 E-mail: m-satou@j-tech66.co.jp 図1 敷地内及び周辺における落雷想定箇所 - 207 1 - 図 2 に示すように、敷地内での落雷想定範囲(落雷想 定箇所を中心とした半径500mの範囲)の中でも最も大き い雷撃電流の波高値(雷撃の最大電流)は、負極性196kA という大きな雷撃電流が計測され雷撃半径を考慮すれば 敷地内で最も高さが高い鉄塔(約 150m)に落雷した可能 性が考えられた。 * (株)フランクリンジャパン: JLDN(Japan Lightning Detection Network)(落雷の位置や雷撃電流の大きさを観測するシステム) 図2 敷地内落雷想定範囲 2.2 機器故障状況からの雷撃ルートの推定 安全上重要な機器(計器)の故障は、複数の建屋に跨 っていること及び施設の耐雷設計を考慮すると、雷撃ル ートは図 3 に示すように鉄塔から避雷設備を経由し、雷 撃電流が接地網に伝搬する。この際、建屋間の地電位差 による過電圧の発生、または誘導電圧の発生により建屋 の機器を故障させ、ケーブルに流れて建屋の保安器を流 れたものと推定された。 2.3 雷撃ルート特定の必要性 当該施設特有の構造として、建物、トレンチ等の構造 物が多数配置されていることから、落雷による雷サージ の侵入経路は複雑多岐に渡るため、あらかじめ測定器を 設置し、網羅的に雷撃ルートを測定することは困難であ る。このため本事象で観測された施設内の落雷データの うち、過去 20 年間最大の雷撃電流(196kA)による磁気を 記録している可能性があることから、雷撃ルートを特定 する手法として残留磁気の存在に着目し、検討すること とした。 3.落雷残留磁気測定について No.12 196kA(図1 ★12) るのが一般的である。これらの装置を用いた雷サージに よる残留磁気測定は非常に高価であり、施設等の巨大な 構造体は磁気シールドルームに持ち込むことができない ため、測定ができないなどの欠点があった。 九州大学において、図 4 に示すようなフラックスゲー トによる、1pT まで測定可能な室温動作センサ[2]をベー スに、センサヘッド近傍の一様磁場の影響がキャンセル できるグラディオメータ(勾配型センサ)が開発された ことが報告された。その常温センシング性能及び磁気シ ールドルーム無しで測定できるメリットと取扱いの容易 さから、施設における雷撃電流による残留磁気測定に適 用できると考えた。 3.1 磁気検出装置の調査 従来の微弱な磁気検出装置は、液体窒素冷却による高 :鉄塔 温超電導 SQUID*が主流であり、さらに地磁気等の影響 :機器故障建屋 を補正するために強力な磁気シールドルーム内で測定す * SQUID(Superconducting QUantum Interference Device) (磁気センサ) 図4磁気微粒子検知例 図3 雷撃ルート概要図 図4 磁気微粒子検知例 [3] 2 - 208 - 3.2 雷撃電流測定原理 高感度のグラディオメータを用いて、雷撃電流の作る 強力な磁場により周囲大地、施設等の帯磁量(残留磁化を 獲得する)をベクトル量で測定することにより、雷サージ が流れた方向および電流値を推定する。 図 5 に示す雷撃電流I に伴う磁界 B により、土壌や施 設等に残留磁化が残る。 図5 雷撃電流と磁界の関係 例えば、1本の避雷針に200kAの雷撃電流が流れ、地 表面を放射状に流れた場合、1m離れた地表面での磁界は アンペールの法則の1/2より、16,000A/mの磁界が印加さ れる。土壌に真空中の透磁率μ0=1.2×10-6を適用すると 0.02 T(=Wb/m2)の磁束密度になる。これにより土壌が 磁化され、図 6 に示す残留磁化の強さについては、土壌 のマグネタイト Fe3O4やヘマタイト Fe2O3などの保磁力に なる。[4] 超低雑音基本波型直交フラックスゲート (fundamental-mode-orthogonal fluxgate = FM-OFG) 原理を利用する(室温動作センサでは世界最高性能) 図6 雷撃電流による残留磁場の強さ 土壌残留磁場の強さ 3.3 グラディオメータについて 図 7 に示すように、センサヘッド 1 で測定される磁場 強度から、センサヘッド 2 で測定される磁場強度を引き 算する。正確に引き算し、差分を求めることで一様な地 磁気の影響が補正され、局部的に存在する微弱な磁場が 計測できる。(図8,9参照) 図9 グラディオメータ内部の写真 - 209 - 3図7 グラディオメータ構成概要[3] 図8 グラディオメータ外観の写真 4.残留磁気測定による雷撃ルートの推定 4.1 残留磁気測定の目的 雷撃ルートの調査として鉄塔に落雷した雷撃が、施設 内をどのような経路・雷サージ分流比で伝搬したかの知 見を得ることを目的とし、落雷の影響で敷地に残されて いる残留磁気をグラディオメータを用いて測定した。 (図10参照) 図10 3軸グラディオメータによる測定時の写真 4.2 残留磁気測定箇所の検討 新技術を適用し、残留磁気を利用した雷撃ルート調査 について、鉄塔への直撃雷が雷サージとして施設を拡散 しながら伝搬するルートを検討する際、以下の導電性構 造物等が考えられる。 1 メッシュ・連結アース 2 大地 3 トレンチ・ケーブルトレイ これらのうち残留磁気として計測でき、かつ計測の容 易さから大地、ケーブルトレイ等を対象にして測定を実 施した。 4.3 土壌サンプリングによる磁気測定結果[5] 鉄塔への落雷事実を裏付ける証拠として、鉄塔周囲の 土壌が磁化され保存されていることに着目し、土壌サン プリングによる磁気測定を行った。(図11参照) 本手法[6]は、送電線鉄塔への雷撃による土壌磁化の研 究として、富山大学及び北陸電力で行われている同様の 手法である。鉄塔基礎部による接地線付近の土壌サンプ ルを採取し、最新のグラディオメータを用いて磁化方向 を測定した。 図12のとおり残留磁化の向きが、接地線廻りを反時計 まわりで回転している結果が得られた。明らかに地磁気 鉄塔基礎 鉄塔基礎 と異なり、落雷による影響と思われる残留磁気を測定す ることができた。 図12 磁気測定結果 土壌サンプル 4.4 鉄塔部磁気測定結果 鉄塔廻りの地面をグラディオメータによるダイレクト 測定結果では、地磁気の影響や周囲の磁性体による磁性 空間の歪がキャンセルできるため、雷撃による砂利及び 土壌の帯磁磁化特性を検出できていると考えられる。 鉄塔A部の単位ベクトルを見ると、図13により磁界が 鉄塔A部の周りを反時計まわりに回転している傾向から、 負極性雷サージが流れた状況が伺える。 また、鉄塔を中心に反時計まわり方向の磁界分布であ ることから、土壌サンプルの磁気測定結果、図12からも 伺えるが、電流が鉄塔または接地線を流れた証拠となる と考えられる。 4 - 210 - 図11 土壌サンプル採取状況の写真 鉄塔A部の磁界ベクトル(地面水平成分) 単位ベクトル(左)とベクトル/磁界強度(右) 図13 磁気測定結果 鉄塔A部周辺 4.5 ケーブルトレイ磁気測定結果 鉄塔に落雷した雷サージはケーブルトレイを分流して 流れるため、雷サージによりケーブルトレイの支持部材 が磁化することから、一部のケーブルトレイ(図 14)で鉄 塔側から建屋側までの磁化状況を測定した。 図14 ケーブルトレイとセンサ 測定の結果、ケーブルトレイ両端の出入り口およびケ ーブルトレイルートコーナー部(以下、「コーナー部」 という。)では磁界強度が大きく、図15に示すように磁 界強度の大きい場所では、約100μT以上(地磁気の一般 的な値は45μT)を示していたことから、雷撃電流の流入 流出があったと考えられる。 鉄塔側 減少 建屋側 建屋側 コーナー部 鉄塔側 コーナー部 コーナー部 y position [m] 図17 ケーブルトレイ磁界ベクトル 一方、ケーブルトレイが事前に何らかの影響で、すで に磁化されており、たとえば建設初期段階でトレイの溶 接電流などにより磁気を帯びていたものか、あるいは以 前の雷撃による帯磁など、今回の雷サージが流れたこと により磁界が上書き保存されて、ある一定値以上の磁界 だけに変化が生じたことも考えられる。 鉄塔側 Magnetic Field [μT] 図15 ケーブルトレイ磁界強度 - 211 - 5実際のケーブルトレイは、支持部材のボルトが鉄筋コ ンクリート内部で鉄筋と接触し電気的に接続されており コーナー部では接地線で接地されるなど、多点アース構 造になっている。このためケーブルトレイを流れる雷サ ージは、減衰しながら流れることが推定された。図16に 示す磁界強度の結果より鉄塔からコーナー部に向かって 強度が減少していることから、雷撃電流が均一に流れて おらず分流・拡散して減少しながら流れたと推定される。 図16 ケーブルトレイ磁界強度 また、図17に示す磁界ベクトルの結果から、ケーブル トレイの場合、磁化方向が不規則であることがわかった。 この磁界ベクトルは、ケーブルトレイに垂直な成分と ケーブルトレイに沿った方向の合成ベクトルであった。 これは、トレンチに沿って雷撃電流が流れた成分とサポ ートするボルトが外壁コンクリート内部の鉄筋と接触し、 雷撃電流が分流して流れた成分との合成の可能性がある。 5. まとめ 落雷残留磁気測定の適用により、雷撃ルートの特定活 動において、以下を確認することが出来た。 1 鉄塔周辺の土壌、トレンチ内ケーブルトレイの構 造体における残留磁気調査の結果、負極性雷サー ジが流れたことを裏付ける磁界ベクトルの存在が 確認された。 2 ケーブルトレイの残留磁気測定においては、有効 なデータは得られなかったが単純な経路にて雷サ ージは伝搬するのではなく、複雑な経路にて伝搬 することを確認出来た。 3 現場での磁力測定にあたっては、微小な磁力を測 定することから、測定治具に金属を使用しないこ とや測定結果が電力線からの外乱磁気影響の判断 をするなどの標準化も行っていく必要がある。 今回の残留磁気による計測では、落雷の影響と考えら れる磁場が形成され、保存されていることがわかった。 また、磁界ベクトルの方向から負極性雷撃による雷サー ジの伝搬経路を示している特徴が得られている。 しかし、すべてのデータが同じ傾向を示してはおらず 局部的には何かしらの影響で外れているデータが存在す るものの、雷サージ推定の有効性を否定する要素が無く むしろ今後、残留磁気の計測により落雷電撃ルートを推 定する可能性を示すことが得られた。 参考文献 [1] 日本原燃(株) 法令報告書 ”再処理施設 分離建屋に おける安全上重要な機器の故障について(最終報告)” (平成27年12月7日) [2] 笹田一郎, 加呂光: ”基本波型直交フラックスゲート”, 電学誌, 136巻, 1号, 2016年 P18-P21 [3] 笹田一郎: “50μm級磁性異物、医用磁気マーク検出の ための新技術”, 九州大学新技術説明会予稿集, 2015 P45-P48 https://shingi.jst.go.jp/past_abst/abst/2015/kyushu/tech_ property.html [4]”岩石磁化”, 広島大学 http://home.hiroshima-u.ac.jp/er/ES C(3).html 2015/11/19 P1/8-P2/8 [5] 電気学会技術報告第1133号 自然界や考古遺物の残留磁化に関する研究 P40-P41 [6] 高野渓太, 泉吉紀, 上村研人, et al: “磁化による落雷の モニタの研究”, 平成27 年電気学会基礎・材料・共通 部門大会, P453 6 - 212 -“ “落雷残留磁気計測による雷撃ルート特定のための調査活動“ “佐藤 正史,Masashi SATO,河野 亮,Akira KAWANO,河野 瑞穂,Mizuho KONO,笹田 一郎,Ichirou SASADA,加呂 光,Hikaru KARO,佐藤 秀隆,Hidetaka SATO
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