圧力容器鋼の照射脆化に伴うリスクの低減に向けて :材料シミュレーションからのアプローチ

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カテゴリ: 第13回
1.はじめに
原子力発電所の構造物や機器は時間とともに劣化する。 発電所の健全性を維持するために、劣化した部品の交換や修復といった保全活動が行われている。しかしながら、 圧力容器や格納容器といった交換や修復できない機器も存在し、これらの劣化が発電所の寿命を決定する原因の1つとなる。経年劣化事象のひとつに圧力容器鋼の中性子照射脆化が挙げられる。照射により、圧力容器鋼の延性脆性遷移温度(DBTT)が上昇し、上部棚吸収エネルギーは低下して、圧力容器鋼は脆化する。この照射脆化によって引き起こされる事故が考えられている。例えば、冷却材喪失事故(LOCA)が生じた場合、非常用冷却水が圧力容器内に注入され、容器は急激に冷却される。このとき、圧力容器内外間の温度差によって高い引張り応力が容器内面に生じる(PTS事象)。中性子照射脆化が進んだ圧力容 器にPTS 事象が生じた場合、容器内に存在するき裂が進展して容器が損傷して、炉心の冷却ができなくなる可能性がある。このような事故を防ぐために、圧力容器鋼の脆化具合とき裂の存在と性状から、PTS により圧力容器が破損するかどうかの評価が行われている。 照射脆化に対する保全活動は、照射脆化予測式による予測と圧力容器内に装荷された監視試験片の衝撃試験が挙げられる。衝撃試験はJEAC4201-2007 の保全規程で決められた間隔で実施され、得られたデータは脆化予測式の妥当性の確認やさらに精度の高い予測式の構築のため に用いられる。脆化予測の研究は世界的に行われており、銅の含有量といった材料条件や中性子フラックスなどの照射条件と照射脆化の関係は徐々に明らかになってきて いる。それでもなお存在する材料条件や照射条件に関するあいまいさにより、脆化予測が外れる可能性がある。また、スペースの都合から監視試験片の装荷量は少量になってしまうため、衝撃試験における統計誤差の発現は免れられない。以上のような、「材料条件に関するあいまいさ」、「照射条件に関するあいまいさ」、「監視試験片衝撃試験の統計誤差に関するあいまいさ」によって、脆化が予想以上に進む可能性が考えられる。 本研究では、これらの曖昧さによって生じる圧力容器 破壊のリスク評価手法を提案した。現在まで、世界中において圧力容器がPTS事象により破損するという事故は生じていないため、圧力容器の破損リスクは極めて低いと考えられる。したがって、この手法によって得られたリスクは保全活動の検討のために用いる。
2.リスク評価手法について
工学におけるリスクは危険の可能性を意味し、事故を 生じさせるハザードの発生頻度とその事故の影響度の積により定義される。具体的には、ハザードの発生頻度を示 すハザード曲線と機器損傷への影響度を示すフラジリテ ィ曲線を用いてリスクが求められる。 原子力発電所では地震により機器が破損し、炉心損傷 や被爆に至る確率を評価する、地震PRAが行われている。 地震PRAでは、地震動強さをハザードの大きさと定義し、 地震動強さに対する発生頻度をハザード曲線としている。 フラジリティ曲線は地震動強さに対する危機の損傷確率 である。これらのデータをもとに、様々な事故シナリオに ついてイベントツリー解析およびフォールトツリー解析 を行い、炉心損傷のリスク(炉心損傷頻度)を算出してい る。 リスクには発生頻度の極めて低い事象や影響度の極め て低い事象も考慮されるため、絶対安全を示すゼロリス クは存在しない。リスクの活用方法は、リスクを低減させ るように保全活動の改善や新たな安全対策の設備設置を 行うこと、機器の故障リスクを各々算出し、比較して保全 優先度を決定することなどが挙げられる。そして、事故の リスクを低減させるための努力をたゆみなく続けること が原子力発電所の安全を担保する上で最も重要である。 図1 リスク評価手法の概要 - 235 - 本研究では、PTS 事象による圧力容器破壊のリスク評 価手法を構築した。図1に示すように、き裂に負荷する応 力拡大係数をハザードの大きさと定義し、ハザード曲線 およびフラジリティ曲線から、き裂貫通のリスク、いわゆ る圧力容器破損のリスクを算出した。以下に、さらに具体 的な説明を示す。 2.1 ハザード曲線の定義 ハザード曲線とは、ハザードの大きさ(ここでは応力 拡大係数)に対する発生頻度を示す曲線である。ハザード の発生頻度に関しては、参考となる文献がほとんど存在 しないため、以下を仮定した。 ? 発電所の停止や起動および漏えい試験などにより、 小さい応力拡大係数は頻繁に負荷されること ? 大破断LOCAであっても、100[MPa√m]以上が負荷 されることはほとんどないこと ? 表1に示す応力拡大係数と頻度を通る曲線とするこ と。なお、原子炉停止の頻度は定期点検ごと(13か 月+検査期間3か月)とし、負荷される応力拡大係数 は関西電力 大飯発電所3号機の評価結果[1]を用い た。冷却材喪失事故の発生頻度は PRA 評価手法を 参考にし、応力拡大係数は伝熱・熱応力・破壊力学 の簡易シミュレーションモデルから求めた。 表1 応力拡大係数と発生頻度の参考値 事象 K1 [MPa√m] 頻度 [1/year] 原子炉停止時 20 [1] 0.75 冷却材喪失事故 (LOCA) 36.0 5.2×10-4 101] raey/1[停止時 クラック先端温度 100°C 10-1 10-3 LOCA時 , ycneuqerF10-5 10-7 2019/10/092019/10/110 50 100 150 200 250 300 Stress intensity factor, KI [MPa√m] 図2 ハザード曲線 これらをもとにハザード曲線を以下の式として仮定し た。ハザード曲線は図2に示したとおりである。 F = 6666.3exp(?0.45462KI) [1/year] 2.2 フラジリティ曲線の定義 フラジリティ曲線とは、ハザードの大きさに対する影 響度を示す曲線である。圧力容器破損のリスク評価では、 応力拡大係数に対するき裂貫通の確率がフラジリティ曲 線となる。き裂の貫通は、圧力容器鋼の持つ破壊靭性値と き裂に生じる応力拡大係数により決まる。 圧力容器鋼の脆化具合は、JEAC4201-2007 脆化予測式 (パラメータセットは 2013 年追補版)により評価した。 この時の照射条件は、中性子フラックスは 1010[n/cm2/s]、 照射温度は280°C、銅含有量は0.2[wt%]、ニッケル含有量 は0.5[wt%]を仮定した。また、容器内壁面の温度は100°C とし、圧力容器鋼の非照射時の延性脆性遷移温度(DBTT) は0°Cとした。き裂貫通のばらつきは、脆化予測のばらつ きに起因するとして、JEAC4201-2007 に示されている脆 化予測の標準偏差(σ=11°C)を用いて脆化具合の確率を 図3に示すように正規分布により仮定した。JEAC4206- 2007には、DBTT と破壊靭性値K1C[MPa√m]の関係式が ある。 K1C = 36.48 + 22.78exp(0.036(100 ? DBTT)) 上式により脆化予測式で得られた DBTT から破壊靭性値 を求めた。また、ここではき裂貫通の確率が 50%となる 応力拡大係数を破壊靭性値 K1C とした。このように、 JEAC4201-2007 脆化予測式と JEAC4206-2007 にある DBTT と破壊靭性値K1Cの関係式を用いて、各運転時間の フラジリティ曲線を得た。 0.00 0 25 50 75 100 125 150 1010[n/cm2/s] Cu:0.2wt% Ni:0.5wt% JEAC4201-2013 TTip: 100°C 図4 フラジリティ曲線 各運転時間のフラジリティ曲線を図4に示す。時間の 進行とともに脆化は進展するため、フラジリティ曲線は 低応力拡大係数側にシフトする。 2.3 リスク発現曲線の作成 地震PRAにおいて地震動強さに対する炉心損傷頻度を 示すリスク発現曲線は、ハザード曲線とフラジリティ曲 線の情報をもとにイベントツリー解析・フォールトツリ ー解析を行うことで得られている。ここでは、シンプルに ハザード曲線とフラジリティ曲線の積から、応力拡大係 数に対する圧力容器破壊リスク発現曲線を得た。 図5に得られた圧力容器破壊リスク発現曲線を示す。 リスク発現曲線はピークを持つ。これは、応力拡大係数の 低い事故ではき裂が貫通しにくいためリスクは低くなり、 応力拡大係数が高い事故は生じにくいためにリスクが低 くなるのである。この曲線を積分することで、各運転時間 の圧力容器破壊リスクを得ることが可能である。 3.リスク評価結果と保全への応用 図6の上段は、運転時間ごとにリスク発現曲線を積分 した図である。また、運転時間に対する延性脆性遷移温度 DBTT の変化については図6の下段に示す。ここから、運 転時間の増加につれ、DBTTの変化量は緩やかになるが、 リスクは加速度的に増加することが分かる。図中には JEAC4201-2007 で規定された監視試験片の衝撃試験を行 う時期も示している。従来の試験タイミングは、運転開始 後に頻繁に行われるようになっているため、照射脆化の 傾向の把握を行うことが目的であったと考えられる。し かしながら、運転後期においてリスクは増加することか - 236 - 119:12:00P , ytilibaborP0.6 0.4 32EFPY 20EFPY 0.25EFPY 00 50 100 150 200 250 300 Stress intensity factor, KI [MPa√m] 0.045EFPY 20EFPY 32EFPY 1010[n/cm2/s] 0.03 Cu:0.2wt% Ni:0.5wt% JEAC4201-2013 0.020.01DBTT[°C] 図3 JEAC4201-2007におけるDBTT の予測のばらつき 104x10-10 -5TTip: 100°C 2019/10/06σ =22°C 3x10-10 32EFPY σ =11°C 2x10-10 5EFPY Stress intensity factor, KI [MPa√m] Operation time [EFPY] 図5 リスク発現曲線 0.00 0 10 20 30 40 50 60 10-7 10-8 2019/10/092019/10/102019/10/11σ =5.5°C 1x10-10 20EFPY 2019/10/12図7 圧力容器破壊リスクの脆化予測精度依存性 図7には、JEAC4201-2007 に示されている脆化予測結 果の標準偏差(σ=11°C)を変化させたときの圧力容器破 壊リスクを示す。予測結果の標準偏差を減少させること は、照射脆化シミュレーションの高度化による予測精度 の向上を意味する。脆化予測結果の標準偏差を半分にす る、すなわち脆化予測のあいまいさを減らすと、リスクは 3桁も減少することが分かる。 4.おわりに 本研究ではPTS 事象により圧力容器が破損するリスク の評価手法を提案した。そのリスク評価手法を用いて、圧 力容器の保全活動(監視試験片の衝撃試験の時期)の見直 しを図った。得られた知見を以下に示す。 1. 運転時間の経過とともに圧力容器の破壊リスクは立 ち上がる。 2. 従来の圧力容器鋼照射脆化の監視は、破壊リスクの 小さいところで行われている。リスクの増加に合わ せた脆化監視計画を立てることにより、より合理的 な保全活動が行える。 3. 脆化予測のあいまいさによってリスクが生じている。 予測のあいまいさを減少させることで、リスクは大 きく低減する。 参考文献 [1] 総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会 原子炉安全小委員会(第13回)参考3. - 237 - 2019/10/132019/10/1400 50 100 150 200 250 300 10-15 0 10 20 30 40 50 60 1.00x10-8 監視試験片の取り出し時期 (JEAC4201-2007) 7.50x10-9 1010[n/cm2/s] Cu:0.2wt% Ni:0.5wt% JEAC4201-2013 5.00x10-9 2.50x10-9 Operation time [EFPY] 100 監視試験片の取り出し時期 80(JEAC4201-2007) 60401010[n/cm2/s] 20Cu:0.2wt% Ni:0.5wt% 00 JEAC4201-2013 10 20 30 40 50 60 Operation time [EFPY] 図6 圧力容器破壊リスクと脆化量の経時変化 ら、従来の監視時期は圧力容器破壊の可能性がない時期 に行われている。例えば、1×10-9 のリスク増加ごとに監 視を行う計画といった、リスクベースで照射脆化の監視 タイミングを決めることは、PTS 事象による圧力容器の 破損を防ぐうえで重要となる。さらに、リスクベースで照 射脆化の監視を行った場合、運転後期における脆化デー タの蓄積量が増えることにもなる。いままで得られてい た脆化データよりも照射量の高い脆化データを得られる ことから、照射脆化予測式の精度改善に大きく貢献する と考えられる。“ “圧力容器鋼の照射脆化に伴うリスクの低減に向けて :材料シミュレーションからのアプローチ“ “中筋 俊樹,Toshiki NAKASUJI,阮 小勇,Xiaoyoug RUAN,森下 和功,Kazunori MORISHITA
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