316ステンレス鋼の大気中疲労き裂発生モデルの検討

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カテゴリ: 第13回
1.はじめに
近年、疲労管理に活用する目的で仮想き裂成長曲線の検討が進められている[1]。仮想き裂成長曲線とは、材料が疲労寿命に至るまでをき裂の発生及び進展の2つの過程に分け、繰り返し数に対するき裂の発生寿命及びき裂の進展寿命を予測する手法であり、疲労評価に導入することにより機器における疲労き裂の成長の状態を明らかにすることが可能となる。また定期点検などの検査結果を疲労評価結果と結び付けるために活用することにより、効率的な保全活動を行うことが期待されている。さらに大気中におけるき裂の発生および進展過程を定量化することにより、疲労寿命に影響を及ぼす環境効果及び多軸軸効果などについても定量的に評価することが可能である。仮想き裂成長曲線を実機の評価に用いるためには、今後評価モデルの妥当性やデータベースの充実が望まれる。 先行研究においては阿部らにより大気中におけるステンレス鋼を対象とした単一の一定ひずみ振幅下におけるき裂成長予測モデル[2]が検討された。この研究では、疲労試験で得られたき裂の成長挙動を基にしたシミュレー ション解析を用いて構造材料の破断原因となる主き裂の成長挙動及び疲労寿命が予測できる可能性が示された。 この開発された手法を活用することで、疲労累積(UF)の程度に対応したき裂寸法を明らかにし、実機における疲労損傷リスク評価を行うことが可能となると考えられる。その後、著者らにより一定ひずみ範囲下における疲労試験結果を用いた複数のひずみ範囲におけるき裂の発生寿命の調査が行われ、き裂発生寿命の分布とひずみ範囲の関係が定式化された。これにより任意の一定ひずみ範囲下におけるき裂の発生寿命分布の推定が可能となった [3]。しかしながら、従来のき裂の進展速度のモデル化で は、き裂長さに対して一定区間を設定し区間ごとにばらつきを算出する手法が用いられており、ひずみ範囲に対して一般的に取り扱うことは難しい。疲労寿命の予測精度の向上及び汎用性のある仮想き裂成長曲線構築のためにはき裂発生モデル及び進展モデルの両方においてひずみ範囲に対する一般化が求められる。 本研究では、複数の一定ひずみ範囲下における疲労試験におけるき裂進展速度のばらつきを調査し、き裂発生モデルのみならず、き裂進展モデルについてもひずみ範囲に対して一般化を行うことを検討した。
2.記号説明 ε : ひずみ (%) N : 繰り返し数 (cycle) Ni : き裂発生寿命 (cycle) Nf : 疲労寿命 (cycle) Ptotal : 累積き裂発生確率 s : 形状パラメータ (2母数ワイブル分布) η : 尺度パラメータ (2母数ワイブル分布) a : き裂深さ (m) R : 試験片半径 (m) f : 形状係数 ΔKε : ひずみ拡大係数 (m0.5) da/dN : き裂進展速度 (m/cycle) 3.実験 3.1 疲労試験 316 ステンレス鋼におけるき裂発生寿命及びき裂進展 速度とそれらのばらつきについて調査を行うため、3種類 の一定ひずみ範囲下(Δε=1.2%, 0.8%, 0.6%)において大気 中疲労試験を行った。なお疲労試験中に 500 サイクル (Δε=1.2%)または5000サイクル(Δε=0.8%, 0.6%)ごとに途 中止めを行い、レプリカ法を用いて試験片表面に発生し たき裂の発生および進展を追跡した。Table 1 に供試材の 組成、Table 2に機械的性質、Table 3に試験条件と疲労寿 命、Fig. 1に使用した試験片の形状寸法をそれぞれ示した。 3.2 試験片表面の観察 全ての試験条件において試験片表面に発生したき裂の 認識可能な最小の長さは 0.02mm であったことから、き 裂の発生時の長さを 0.02mm としそれに至るまでに要し た繰り返し数をき裂発生寿命と定義した。試験片表面の 観察における観察領域およびその中で観測されたき裂数、 1mm2あたりのき裂数を試験条件ごとにTable 2に示した。 ひずみ範囲が小さくなると発生するき裂数が減少してい ることが確認できる。またFig. 2には観察領域内に発生し たき裂のうち 5 本を選び、それらの繰り返し数に対する 長さの変化を示した。5本のき裂はき裂発生寿命がばらつ いており、さらにき裂進展速度にもばらつきがみられた。 Fig.3 には試験条件ごとのき裂発生寿命のばらつきを 寿命比(N/Nf)に対するヒストグラムとして示した。ひず み範囲の増加に伴ってき裂発生数の極大値をとる位置が 寿命比の正方向へ遷移していることが確認された。 Table 1 Chemical content of test material (wt%) - 239 - 2Table 2 Mechanical properties of test material Table 3 Test conditions and results Table 4 Observation conditions and results Fig. 1 Geometry of test specimen Fig. 2 Dispersion of crack initiation life and crack growth rate (Δε=0.6%) Fig. 3 Histogram of crack initiation life (Δε=1.2%, 0.8%, 0.6%) 4.き裂発生モデル Fig. 3 に示されたき裂発生寿命の統計的なばらつきを モデル化するため、時間とともに故障率が増加する事象 に対して適用性及び応用性の高い 2 母数ワイブル分布を 用いる。同分布にはs (形状パラメータ)および η (尺度パ ラメータ)という2つのパラメータが存在し、これらを実 験データから求める必要がある。このため、ワイブル確率 紙を用いてき裂発生寿命のデータをプロットし、最小二 乗法によってそれぞれのひずみ範囲における 2 つのパラ メータを推定した。得られたパラメータをそれぞれTable 5に示した。 4.1 き裂発生寿命のワイブル解析 Table 5 Two parameters of Weibull distribution Strain range (%) s η 1.20 3.30 4227 0.80 3.48 12050 0.60 1.75 33922 4.2 き裂発生モデルの妥当性 ワイブル解析で得られたパラメータに基づく確率分布 関数が実験値を模擬できていることを確認するため、算 出した確率分布関数と実験値におけるき裂発生の累積確 率の比較を行う。2母数ワイブル分布における確率分布関 数はEq. (1)に示す。 実験値から 500 サイクルごとに観測されたき裂数を最 後のレプリカ採取時点のき裂総数で規格化することで累 積発生確率 Ptotalが得られる。これを Eq. (1)と比較した結 果をFig. 4に示すが、Eq. (1)に示す確率分布関数は、どの ひずみ範囲においても実験値とよい一致を示しているこ とが確認された。 F2pwei(N,s,γ) = 1 ? exp [?(Nη)s] (1) 3 - 240 - Fig. 4 Comparison of accumulative crack initiation probability between Weibull approximation (Eq. (1)) and experimental results (Ptotal) 4.3 ひずみ範囲に対する一般化 仮想き裂成長曲線を任意のひずみ範囲に適用し疲労寿 命のばらつきを推定するためには、き裂発生モデル及び き裂進展モデルの構成要素をひずみ範囲について整理す る必要がある。ここではき裂発生モデルの一般化を行う ため、実験値から得られた3種類のひずみ範囲(Δε=1.2%, 0.8%, 0.6%)におけるき裂発生寿命の分布の特性から任意 のひずみ範囲に対するき裂発生寿命のばらつきの推定を 試みた。3種類のひずみ範囲(Δε=1.2%, 0.8%, 0.6%)におけ るき裂発生モデルは 2 母数ワイブル分布における s, η の 2 つのパラメータによって決定づけられる。これらのパラ - 241 - 4メータとひずみ範囲との相関を整理することで、任意の 大きさのひずみ範囲に対するき裂発生寿命のばらつきを 推定できると考えられる。ここで 2 つのパラメータのひ ずみ範囲の変化に対する傾向を捉えるため、Eq. (2)に示す 確率密度関数を用いる。パラメータを用いて求めた確率 密度関数をFig. 5に示す。一般にsは確率密度関数におけ る極大値の幅の広がりを、ηは極大値の位置を決定づける とされている。Fig. 5 ではひずみ範囲が小さくなるほど、 極大値の幅が広がり極大値を示す位置の繰り返し数の値 が大きくなることが確認できる。 ひずみ範囲とパラメータの関係に対し疲労限について 考慮することを試みた。一般に疲労限ではき裂が発生し ないため、確率密度関数はf(N)=0 であると考えられる。 このとき、確率密度関数に極大値は存在しないため、sは s=0 に漸近し、ηは発散すると考えられる。なお疲労限は ひずみ範囲Δε=0.4%と仮定した。 以上の条件を考慮し、Table 5 の値を用いて s および η とひずみ範囲の関係を指数関数によって近似しEq. (3), (4) に示した。また、実験値の関係はFig. 6で示され、近似式 に対して実験値がばらついていることが確認できる。近 似によって求めた値で実験値の確率分布を再現できてい るかを確認するため、それぞれのひずみ範囲で比較を行 った。Fig. 7に近似パラメータによる確率分布関数と実験 値における累積き裂発生確率 Ptotalの比較を行った結果を 示すが、近似値は実験値とよい一致を示している。以上よ り、Eq. (3), (4)を用いることで疲労限Δε=0.4%より大きな 任意のひずみ範囲におけるき裂発生寿命の分布形状を推 定することが可能となる。さらに、同様に一般化したき裂 進展モデルとの組み合わせることで疲労寿命を推定する ことが可能となる。 f2pwei(N,s,η) = (Nη)s?1 ? η s? exp [?(Nη)s] -2s = 4.135 × (?ε ? 0.4)0.4583 (3) η = 3.029 × 103(?ε ? 0.4)?1.502 (4) Fig. 5 Probability density function of crack initiation life Fig. 6 Relationship between two parameters and strain range Fig. 7 Comparison of accumulative crack initiation probability between Eq. (1) and experimental results (Ptotal) - 242 - 5疲労試験の途中止め観察により得られた各ステップで のき裂長さから表面方向のき裂進展速度を求め、き裂ア スペクト比(き裂深さ/き裂長さ)を 0.5 と仮定して深さ方 向のき裂進展速度を推定した。推定したき裂進展速度に ついて近似式を作成するため、Eq. (5), (6)で定義されるひ ずみ拡大係数との関係を用いて整理しFig. 8 に示した。ひ ずみ拡大係数はひずみ範囲と形状係数、き裂深さからな るパラメータであり、釜谷ら[4][5]によってき裂進展速度 と相関があることが示されている。 Fig. 8 に示す実験で得られたひずみ拡大係数とき裂進展 速度の関係を最小二乗近似によって定式化を行い、Eq. (7) Fig. 8 Relationship between crack growth rate and strain intensity factor 5.き裂進展モデル 5.1 き裂進展速度の定量化 に示す。ひずみ拡大係数の値が9.0×10-5 m0.5以下の領域で はき裂進展速度の近似式からのばらつきが大きく収束に 向けて変化している。一方で、値が 8.0×10-5m0.5以上の領 域におけるき裂進展速度のばらつきは比較的小さく、ば らつきの変化が少ない。 f = 0.8379(Ra)3 ? 0.6486 (Ra)2 +0.4128 (Ra) + 0.6103 -5?Kε = f?ε√πa (6) dadN = 5.30 × 102(?Kε)2.55 (7) 5.2 ひずみ範囲に対する一般化 き裂進展速度のばらつきを定量化するために、先行研 究[2][3]ではき裂長さに対して区間を設定し、それぞれの 区間内におけるき裂進展速度のばらつきを定量化する手 法の有効性が示された。しかしながらき裂進展モデルの 一般化のためにはひずみ範囲の変化について考慮し、ひ ずみ範囲を式中に含むパラメータに対して区間を設定す る必要がある。そこで本研究ではき裂進展速度のばらつ きを定量化するため、ひずみ拡大係数の値に対して区間 を設定し、それぞれの区間内におけるき裂進展速度のば らつきを定量化し、供試材における一般的なひずみ範囲 におけるき裂進展速度のばらつきとして取り扱った。 ひずみ拡大係数の値に対する区間は 1.0×10-5 m0.5 から 9.0×10-5 m0.5まで1.0×10-5 m0.5ごとに分け、合計で8区間を 設定した。また区間内におけるき裂進展速度の分布を確 認するため、Fig. 9に示す対数正規確率紙に区間内の進展 速度をプロットした。き裂進展速度が対数正規確率紙に おいて線形性を示すことから各区間におけるき裂進展速 度の分布は対数正規分布に従うと推定した。Table 6 に示 す通り各区間に進展速度のばらつきに対して対数標準偏 差を用いて整理した。この表からひずみ拡大係数の値が 増加するとき裂進展速度のばらつきは減少することが確 認できる。 Fig. 9 Distribution of crack growth rate Table 6 Crack growth rate and its dispersion in each strain intensity factor section 6.仮想き裂成長曲線の作成 6.1 計算条件 き裂発生モデル及びき裂進展モデルの両方を適用した 仮想き裂成長曲線の妥当性を確認するために、両モデル を用いたモンテカルロ・シミュレーションによって疲労 寿命のばらつきを求め、実験値との比較を行った。疲労寿 命の比較は実験で行った 3 種類の試験条件と同様の条件 で行った。シミュレーションのアルゴリズムをFig. 10に 示す。Fig. 1より試験片平滑部の面積がおよそ30 × 20 mm2 であり、Table 4 に示したき裂密度からその平面上に発生 するき裂数を推定することができる。 - 243 - 1900/01/05き裂発生寿命のばらつきは以下のように考慮した。ま ず一様乱数に従う乱数をき裂発生数分だけ発生させた。 そして式 Eq. (1)に示した確率分布関数に従う乱数に変換 し、得られた値をそれぞれのき裂発生寿命として入力し た。なおき裂の発生長さは実験時と同様に 0.02mm とし た。 き裂の進展計算にはTable 6 に示した値を用いた。ひず み拡大係数9.0×10-5 m0.5以上のき裂に対してはばらつき幅 の変化が少ないことから一定のばらつき幅を考慮した。 Fig. 11 にシミュレーション上で与えたばらつき幅と実験 値の関係について示すが、どの区間においてもばらつき 幅は妥当であると考えられる。 Fig. 10 Algorithm of crack growth simulation Fig. 11 Dispersion of crack growth rate 6.2 計算結果 前項の条件に従ってモンテカルロ・シミュレーション を実行し、試験片 100 本分に相当するき裂成長曲線を得 た。得られたき裂成長曲線のうち、疲労寿命が最小及び最 大であった曲線をひずみ範囲ごとにFig. 12に示す。さら に同条件の疲労試験から得られた疲労寿命の試験結果を 比較のために示す。シミュレーションで得られた疲労寿 命の平均値及びばらつきの幅は試験結果とよい一致を示 した。 Fig. 12 Crack growth curve (Δε=1.2%, 0.8%, 0.6%) 7.結論 本研究における結論を以下に示す。 ・ 3 種類のひずみ範囲における疲労試験及び試験片の 表面観察を行うことで、微小き裂の発生寿命と進展 速度が大きくばらついていることが確認された。 ・ き裂の発生寿命のばらつきに対して 2 母数ワイブル - 244 - 7分布を適用することで定量化を行うことができた。 ・ き裂発生モデルに用いた 2 つのパラメータとひずみ 範囲の関係を定式化し、任意のひずみ範囲に対する き裂発生モデルの適用を試みた。疲労限を Δε=0.4% として考慮することで疲労限より大きな任意のひず み範囲においてき裂発生寿命のばらつきを推定でき ることが示された。 ・ 3 種類のひずみ範囲の実験結果をひずみ拡大係数の 値に対して区間を設定し、区間内のき裂進展速度の ばらつきを定量化することで任意のひずみ範囲にお けるき裂進展速度とそのばらつきを推定するき裂進 展モデルを構築した。 ・ き裂発生モデルおよびき裂進展モデルを適用したモ ンテカルロ シミュレーションによって求めた試験 片100本分の疲労寿命の平均値及びばらつきは疲労 試験結果とよい一致を示した。 参考文献 [1] Kamaya, M. and Nakamura, T., 2015, “Fatigue damage management based on postulated crack growth curve”, E- Journal of Advanced Maintenance, Vol. 7-1, pp.43-49. [2] Abe, S., and Nakamura, T., 2014, “Statistical model of micro crack accumulated fatigue in NPPS”, proceedings of ASME 2014 Pressure Vessels and Piping Conference, PVP2014-28603. [3] Ishizawa, T. and Nakamura T., Kitada, T, 2016, “Fatigue crack initiation model of type 316 stainless steel”, proceedings of ASME 2016 Pressure Vessels and Piping Conference, PVP2016-63477. [4] Kamaya, M. and Kawakubo, M., 2012, “Strain-based modeling of fatigue crack growth ? An experimental approach for stainless steel”, International Journal of Fatigue, Vol. 44, pp.131-140. [5] M. Kamaya, “Environmental effect on fatigue strength of stainless steel in PWR primary water ? Role of crack growth acceleration in fatigue life reduction”, International Journal of Fatigue, Vol. 55, (2013) pp. 102-111. 8 - 245 -“ “316ステンレス鋼の大気中疲労き裂発生モデルの検討“ “石澤 輝士,Terushi ISHIZAWA,北田 孝典,Takanori KITADA,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMAYA
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