原子力発電所機器の検査の在り方、考え方に関する検討
公開日:
カテゴリ: 第13回
1.緒言
一般に保全活動は、検査の計画(P)及び実施(D)、その結果の評価(C)、評価結果に基づく是正措置の実施(A)の、いわゆる保全サイクル(PDCA)を構成している(Fig.1)[1]。 検査は対象機器に懸念されている経年劣化事象が発生・進展するようなことはないか、また発生・進展した結果機器が破壊するようなことはないか、すなわち検査結果を用いて評価技術で検査時点での機器の健全性と将来における健全性を評価するために実施される。そして、その評価結果を活用してその後の保全費用の低減や当該経年劣化事象の評価技術の高度化につなげるために実施される。 本論文では、このような役割を持つ検査の在り方、考え方を検討する。
2.原子力発電所における検査の現状と問題点
2.1 個別検査と一般検査
検査の目的の1つは、前述のように、対象機器に懸念 されている経年劣化事象の発生・進展があり、当該機器の 機能喪失(破壊等)が生じることはないか、すなわちそ の時点での機器の劣化状態を確認し、それを評価技術で 評価することによって現在及び将来における機器の健全 性を予測できるようにすることである。たとえば、IGSCC や疲労などの経年劣化事象の懸念される機器の特定部位 に対して検査を実施し、その時点での機器の状態を把握 した上で、その検査結果を考慮して経年劣化評価技術で 機器の健全性を評価して初めて検査時点及び将来におけ る機器の健全性が確認される。ここでいう経年劣化評価 技術は、通常、それまでの最新知見を結集して確立され ており、一定の精度で将来における機器の健全性を評価 できる性能を持っている。このような一連の機器の健全 性評価活動において実施される検査、すなわち特定の経 年劣化事象が想定される機器の特定部位に対して実施す る検査をここでは個別検査という。 一方、個別検査に対して一般検査という概念が考えら れる。対象とする機器に懸念される全ての経年劣化事象 の発生・進展を完璧に予測できる評価技術があれば、その 評価技術に基づき、補修等の是正措置のタイミングを正 確に予測でき、当該機器の保全を最適化できる。しかし ながら、現状の知見は必ずしも完璧ではなく、これまで の知見に基づき想定されているIGSCCや疲労等の経年劣 化事象以外に想定すべき経年劣化事象はないと断言する ことはできない。あるいは今後未知の経年劣化事象が顕 在化することはないと断言することもできない。そこで、 個別検査を補完する一般検査という概念が出てくる。 (一社)原子力安全推進協会の「炉内構造物等点検評 価ガイドライン」では、個別点検と一般点検(本ガイド ラインでは「検査」の代わりに「点検」という用語を用 いている。)を下記のように定義している[2]。 「個別点検」とは、これまでの研究成果や運転保守経験 等の最新知見に基づき、経年変化事象が顕在化する可能 性のある箇 所について、当該機器が担う原子炉安全機能 を常に維持できるように、必要な範囲を必要な頻度で詳 細に実施する点検。 「一般点検」とは、現在の知見が完全無欠であることを証 連絡先:青木孝行、〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字 青葉 6-6-01-2、東北大学大学院工学研究科、E-mail: takayuki.aoki@qse.tohoku.ac.jp Fig.1 Main Structure of Maintenance - 277 - 明するのは難しいので、念のため個別点検を補足する点 検として炉内構造物を構成する全ての機器の代表部位 (経年変化事象が想定されない範囲も含む)に対して行 う点検。 2.2 個別検査の現状と問題点 日本機械学会の発電用原子力設備規格「維持規格」で は、個別検査と標準検査が規定されている(Fig.2)。個別 検査は経年劣化事象の想定される機器/部位に対してそ の発生・進展を予測評価した上で検査を計画、実施する検 査であるが、この検査は現時点では炉内構造物と配管(減 肉の想定される配管)にのみ規定されている。一方、標 準検査は特定の経年劣化事象を想定した検査ではなく、 何か異常が無いかを確認するために一定の抜取率で定期 的に実施される検査であり、広範囲で多数の機器に対し て行われている。供用期間中検査(ISI-10年計画)などが その例である。この検査は、原子力発電所の黎明期にお いて運転経験が十分でなく、どのような故障や経年劣化 が生じるか明確でなかった時にプラント設備全般を広く 浅く点検するために考案された検査であると考えられる。 検査 Fig.2 Inspections in JSME Fitness for Service Rule ところで、世界では、我国も含めると、300基以上にも 及ぶ軽水型原子力発電所が運転されており、これまでに 40 年を超える運転期間を有するプラントも数多く出現す るなど、豊富な運転保守実績が蓄積されるようになって いる。この間、原子力発電所の機器に発生する経年劣化 事象は出尽くした感があり、近年では機種毎に、また部 位毎に管理すべき経年劣化事象が整理されている[3] 。 このように、世界的に豊富な運転実績が蓄積された今 日から標準検査を見ると、当然のことながら、当該検査 は経年劣化事象を想定した検査ではないので、事故・故障 が発生する前に経年劣化を発見できたケースはほとんど 無く、単に健全であることを確認するための検査になっ ている感がある。保全リソース(保全活動に投入される 人材、時間、費用など)が有限であることや検査員の被 ・ 炉内構造物 ・ クラス1,2,3のISI-10 年計画 ・ その他多数の機器 の分解点検等 - 278 - ・ 炉内構造物 ・ 一部の配管 個別検査 標準検査 →経年劣化事象の想定される機器/部位 に対し当該事象の特性を考慮して計 画的に実施する検査 →想定される経年劣化事象はないが、 一定の抜取率で同一カテゴリー内 の機器/部位に対し定期的に実施す る検査 ばく量が多いことなど、負担も大きいため、このような 標準検査は実効的、効果的でないとして欧米各国では損 傷事例に基づいた検査プログラムや検査範囲の組み換え、 すなわちリスクに基づく検査(RBI:Risk Based Inspection) を導入しつつある。この検査方法は機器の損傷実績(損 傷頻度)を用いてリスク評価を行っているので、従来の 標準検査よりも個別検査に近い検査であると考えられる。 我国でも標準検査に対する認識は欧米と同様と思われ るが、残念ながら具体的な改善の動きが認められない。 我国では個別検査は炉内構造物や一部の配管に限定して 検査規格が整備されているのみであるが、これらに限定 することなく、経年劣化事象が想定される機器や部位に ついては全て個別検査の規定を体系的に開発・整備すべ きである。その上で、個別検査のみで完璧と考えず、前 述の一般検査の概念を導入し、個別検査を補完する検査 体系とする慎重さが必要であると思われる(Fig.3)。なぜ なら、これまで完璧と考えていたことが実は完璧ではな く、想定外の事象が発生したという経験を我国の原子力 界は持っているからである。このような個別検査を補完 する一般検査という概念は諸外国には見られないが、想 定外を最小限化する慎重な試み、ロバストな安全を構築 する試みとして重要な考え方であると思われる。 Fig.3 System of Ideal Inspection 2.3 一般検査の在り方、考え方 個別検査はこれまでの運転保守経験や調査・研究の成 果を総動員して確立されている。すなわち、経年劣化事 象の特性を考慮し、機器のどの部位にどのように発生・ 進展するかを一定の精度で予測し、その結果に基づき一 定の保守性を確保して当該経年劣化事象を捉えられるよ うに検査対象部位、検査方法および検査時期(検査周期) を規定している。 これに対し、一般検査は個別検査を補完する観点から 規定されるべきものである。したがって、一般検査は何 のために実施するかという問いに対する回答として (1)これまでに知見の無い経年劣化事象の顕在化を早期 に検知すること 検査 個別検査 一般検査 →個別検査のみで問題ないと 考えるのではなく、それを補 完する検査として導入を検 討すべき。 →今後とも運転経験や研究調 査を反映して改良が必要。 ると、想定外の事象を最小限としたり、想定外事象が生 これまで経年劣化事象に着目して検討を進めてきたが、 一般検査の目的をもう少し広く考えると、 じた時に適切に対応したりすることはできない。未知の (2) 経年劣化事象以外の事象で、プラント安全性および ものが未だにあると考えて対応することは重要である。 経済性に大きな影響を与える可能性のある事象、たと すなわち、既知の知(Known knowns)だけで十分とする えば、機器内部における部品の破損や保全活動による のではなく、既知の未知(Known unknowns)、未知の知 置き忘れ物品などのルースパーツあるいは保全活動 (Unknown knowns)あるいは未知の未知(Unknown 等による機器の変形等を検知すること unknowns)を最小限とするように努力するとともに、想 をあげることができる。 定外事象が発生した時に対応できる能力を身につけてお 現在の知見で認知されている経年劣化事象は、個別検査 くことが重要である(Fig.4)。 でカバーできるが、想定外の経年劣化事象や安全性・経済 性に大きな影響を与えるルースパーツ/機器の変形等が、 発生確率は低いものの、将来において発生しないとは断 未知の知 (Unknown knowns) 言できない。一般検査はそのような限定的事象が対象で あるので、過度に保全リソースを投入することは不適切 既知の知識であるにもかか わらず、それと認識してい である。一方で、想定外の経年劣化事象や保全活動等に ない 想定外 伴う不適合事象を最小限にするためには一定の保全リソ ースを投入することは必要であると考えられる。以上よ り、一般検査は上記(1)及び(2)を効率的効果的に検知で きるものである必要がある。 ここで、上記(1)の「知見のない経年劣化事象」につい てであるが、現状で知見のない経年劣化事象を想定した 検査を科学的工学的アプローチで確立することは不可能 である。なぜなら、機器のどの部位にどのような形態で 発生・進展するかを想定することはできないので、検査の 3要素である検査対象箇所、検査方法、検査時期(周期) を論理的に決定することができないからである。したが って、このような未知の経年劣化事象を想定した検査は、 検査対象箇所を特定の部位に絞り込むことができない。 また、これまでの長年に亘る運転保守経験でも顕在化し ていない事象を対象とするので、徒に検査対象を広範囲 とすべきではない。当該機器のプラント内における位置 づけ、安全重要度や経済重要度[4]なども勘案して一定の サンプリング率とするのが現実的である。同様に検査方 法及び検査時期(周期)についても現実的なエンジニア リングジャッジが必要である。 一方、一般検査を検討するに当たっては、国内外で生 じている事象から幅広い視点で教訓を抽出し、一般検査 の概念や考え方から具体的な検査内容に至るまで見直す 柔軟な発想が必要である。それは一般検査の目的を考え ると、従来に無い発想や想像力が求められるからである。 原子力発電所の安全性を考える場合、過去の運転経験や 調査・研究を包含した現状の知見に全幅の信頼を置き、そ れのみに基づいて発電所を運営することで事足れりとす 知識 非認識 認識 無知 - 279 - 既知の知 (Known knowns) 周知の知識 (自然科学、形式知など) 未知の未知 (Unknown unknowns) 未知であることを認識して いない (事象が発生すると不意打 ちとなる) 想定外 既知の未知 (Known unknowns) 未知であることを認識して いる (潜在リスク) 想定外 Fig.4 Knowledge and Recognition それでは、どのようにして既知の未知や未知の知、未 知の未知を最小限にするのか、どのようにして想定外事 象が発生した時に対応できる能力を身に着けておくかで ある。その1つの方法として保全科学的想像力を活用し た保全活動の検討方法が提案されている[5]。その提案に よると、Fig.5 は保全の構造体系全体を俯瞰したものであ が、この図で示されているように、保全を構成する主要 な要素とその関係を明確にし、関係者間で共有すれば、 産業プラント等において発生する故障やトラブル、事故 から適切に教訓を抽出し、どう対応すればよいかを議論、 検討する際に関係者の想像力が向上し、予測能力も向上 するとしている。 Fig.5 に示されている主要要素を整理すると、Table 1 のようになる。たとえば、表中の「安全文化」に関連し て、チェルノブイリ事故は正の反応度、格納容器のない 特殊設計などとして反省/教訓の抽出を怠ったので、福島 事故を招いたと言える。実は安全文化の不徹底(安全を 追求する習慣がない。組織の各層の安全に対する誓約内 容が明確でない。)、深層防護の不徹底(前段否定したら SA 対策は必須だが、それが貫徹されなかった。)などの問 題があったと言わざるを得ない。このような事が再発し ないように、一見、無関係と思える主要要素同士を結び つける想像力が必要であり、それを皆で共有し喚起する ことが重要である。一般検査は、経年劣化メカニズムの 解明や発生・進展の定量化をベースに確立されている個 別検査と異なり、その目的から幅広い視野と豊かな想像 力を必要とする。今後、Table 1 の内容をさらに充実し、 原子力界で広く共有するとともに、原子力発電所の安全 性を向上させるための検討に役立てるべきである。 Table 1 Major factors affecting Plant Safety and Economic Efficiency 機械系 人間系 第1層 社会、風土、慣習、安全文化、考え方、他 第2層 ? 立地条件(外部事象) ? 設計条件(内部/外部事象) (DBA、SA、bDBA等) ? 基本設計 ? 安全設計(多重性/多様性/独 立性、深層防護、重要度、他) ? 詳細設計 ? 製造/建設 ? 社長コミットメント 設計・建設 会社基本方針 会社規則 ? ? 所長コミットメント 行動規範 ? 倫理規程 ? 品証規程(QMS) ? 原子力プラント ・火力プラント 大規模複雑 プラントシステム ? ? 化学プラント 航空機 ・鉄鋼プラント ・鉄道 ? その他 会社(発電所) ? 各種産業設備会社 系統 ? 系統構成 ? 系統機能 部門 ? 実施部門 ? 品証部門(QMS) 機器(機種)? ? 材料(化学成分、熱処理等) 応力(構造/寸法、運転条件) ? 環境(雰囲気流体、運転条件) 社員 ? 各種技術員 ? 各種作業員 第3層 保全計画 ? 対象機器 (保全対象範囲、重要度) 保全遂行能力 ? 要領書 (検査手順/是正手順) ? 保全タスク ? 保全員/組織体制 (検査技術、是正技術) (技量、資格、知識) ? 保全時期 ? 使用資機材 (劣化評価技術) (検査装置/是正装置)- 280 - Fig.5 Fundamental Structure of Maintenance(参考文献[5]から一部修正して引用。) 3.結言 本検討では、原子力発電所機器の検査、特に「個別検査」 を補完する「一般検査」の在り方、考え方について検討 した。その結果、一般検査は安全上重要な概念であり、 その計画立案には保全科学的想像力が必要であることを 示した。 参考文献 [1] 青木孝行、高木敏行、“保全科学の観点から見た原子 力発電所の保全と事故対応の類似性に関する検討”、日 本保全学会 第10 回学術講演会 予稿集(2013 年7 月)、 pp.349-354. [2] 原子力安全推進協会、“炉内構造物等点検評価ガイドラ インについて (第4版)”、平成25年12月、付録C-2 炉 内構造物等点検評価ガイドラインにおける点検の考え方 [3](一社)日本原子力学会、“原子力発電所の高経年化対 策実施基準”、2015(AESJ-SC-P005:2015) [4] 青木孝行、“大規模複雑プラントシステムの保全重要 度の定量評価手法に関する研究” ,日本保全学会誌「保全 学」,Vol.9, No.3, pp.25-30(2010) [5] 青木孝行、高木敏行、“保全科学的想像力を活かした 保全活動の検討方法”、日本保全学会第9回学術講演会 要旨集、2012、pp.130-136“ “原子力発電所機器の検査の在り方、考え方に関する検討“ “青木 孝行,Takayuki AOKI
一般に保全活動は、検査の計画(P)及び実施(D)、その結果の評価(C)、評価結果に基づく是正措置の実施(A)の、いわゆる保全サイクル(PDCA)を構成している(Fig.1)[1]。 検査は対象機器に懸念されている経年劣化事象が発生・進展するようなことはないか、また発生・進展した結果機器が破壊するようなことはないか、すなわち検査結果を用いて評価技術で検査時点での機器の健全性と将来における健全性を評価するために実施される。そして、その評価結果を活用してその後の保全費用の低減や当該経年劣化事象の評価技術の高度化につなげるために実施される。 本論文では、このような役割を持つ検査の在り方、考え方を検討する。
2.原子力発電所における検査の現状と問題点
2.1 個別検査と一般検査
検査の目的の1つは、前述のように、対象機器に懸念 されている経年劣化事象の発生・進展があり、当該機器の 機能喪失(破壊等)が生じることはないか、すなわちそ の時点での機器の劣化状態を確認し、それを評価技術で 評価することによって現在及び将来における機器の健全 性を予測できるようにすることである。たとえば、IGSCC や疲労などの経年劣化事象の懸念される機器の特定部位 に対して検査を実施し、その時点での機器の状態を把握 した上で、その検査結果を考慮して経年劣化評価技術で 機器の健全性を評価して初めて検査時点及び将来におけ る機器の健全性が確認される。ここでいう経年劣化評価 技術は、通常、それまでの最新知見を結集して確立され ており、一定の精度で将来における機器の健全性を評価 できる性能を持っている。このような一連の機器の健全 性評価活動において実施される検査、すなわち特定の経 年劣化事象が想定される機器の特定部位に対して実施す る検査をここでは個別検査という。 一方、個別検査に対して一般検査という概念が考えら れる。対象とする機器に懸念される全ての経年劣化事象 の発生・進展を完璧に予測できる評価技術があれば、その 評価技術に基づき、補修等の是正措置のタイミングを正 確に予測でき、当該機器の保全を最適化できる。しかし ながら、現状の知見は必ずしも完璧ではなく、これまで の知見に基づき想定されているIGSCCや疲労等の経年劣 化事象以外に想定すべき経年劣化事象はないと断言する ことはできない。あるいは今後未知の経年劣化事象が顕 在化することはないと断言することもできない。そこで、 個別検査を補完する一般検査という概念が出てくる。 (一社)原子力安全推進協会の「炉内構造物等点検評 価ガイドライン」では、個別点検と一般点検(本ガイド ラインでは「検査」の代わりに「点検」という用語を用 いている。)を下記のように定義している[2]。 「個別点検」とは、これまでの研究成果や運転保守経験 等の最新知見に基づき、経年変化事象が顕在化する可能 性のある箇 所について、当該機器が担う原子炉安全機能 を常に維持できるように、必要な範囲を必要な頻度で詳 細に実施する点検。 「一般点検」とは、現在の知見が完全無欠であることを証 連絡先:青木孝行、〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字 青葉 6-6-01-2、東北大学大学院工学研究科、E-mail: takayuki.aoki@qse.tohoku.ac.jp Fig.1 Main Structure of Maintenance - 277 - 明するのは難しいので、念のため個別点検を補足する点 検として炉内構造物を構成する全ての機器の代表部位 (経年変化事象が想定されない範囲も含む)に対して行 う点検。 2.2 個別検査の現状と問題点 日本機械学会の発電用原子力設備規格「維持規格」で は、個別検査と標準検査が規定されている(Fig.2)。個別 検査は経年劣化事象の想定される機器/部位に対してそ の発生・進展を予測評価した上で検査を計画、実施する検 査であるが、この検査は現時点では炉内構造物と配管(減 肉の想定される配管)にのみ規定されている。一方、標 準検査は特定の経年劣化事象を想定した検査ではなく、 何か異常が無いかを確認するために一定の抜取率で定期 的に実施される検査であり、広範囲で多数の機器に対し て行われている。供用期間中検査(ISI-10年計画)などが その例である。この検査は、原子力発電所の黎明期にお いて運転経験が十分でなく、どのような故障や経年劣化 が生じるか明確でなかった時にプラント設備全般を広く 浅く点検するために考案された検査であると考えられる。 検査 Fig.2 Inspections in JSME Fitness for Service Rule ところで、世界では、我国も含めると、300基以上にも 及ぶ軽水型原子力発電所が運転されており、これまでに 40 年を超える運転期間を有するプラントも数多く出現す るなど、豊富な運転保守実績が蓄積されるようになって いる。この間、原子力発電所の機器に発生する経年劣化 事象は出尽くした感があり、近年では機種毎に、また部 位毎に管理すべき経年劣化事象が整理されている[3] 。 このように、世界的に豊富な運転実績が蓄積された今 日から標準検査を見ると、当然のことながら、当該検査 は経年劣化事象を想定した検査ではないので、事故・故障 が発生する前に経年劣化を発見できたケースはほとんど 無く、単に健全であることを確認するための検査になっ ている感がある。保全リソース(保全活動に投入される 人材、時間、費用など)が有限であることや検査員の被 ・ 炉内構造物 ・ クラス1,2,3のISI-10 年計画 ・ その他多数の機器 の分解点検等 - 278 - ・ 炉内構造物 ・ 一部の配管 個別検査 標準検査 →経年劣化事象の想定される機器/部位 に対し当該事象の特性を考慮して計 画的に実施する検査 →想定される経年劣化事象はないが、 一定の抜取率で同一カテゴリー内 の機器/部位に対し定期的に実施す る検査 ばく量が多いことなど、負担も大きいため、このような 標準検査は実効的、効果的でないとして欧米各国では損 傷事例に基づいた検査プログラムや検査範囲の組み換え、 すなわちリスクに基づく検査(RBI:Risk Based Inspection) を導入しつつある。この検査方法は機器の損傷実績(損 傷頻度)を用いてリスク評価を行っているので、従来の 標準検査よりも個別検査に近い検査であると考えられる。 我国でも標準検査に対する認識は欧米と同様と思われ るが、残念ながら具体的な改善の動きが認められない。 我国では個別検査は炉内構造物や一部の配管に限定して 検査規格が整備されているのみであるが、これらに限定 することなく、経年劣化事象が想定される機器や部位に ついては全て個別検査の規定を体系的に開発・整備すべ きである。その上で、個別検査のみで完璧と考えず、前 述の一般検査の概念を導入し、個別検査を補完する検査 体系とする慎重さが必要であると思われる(Fig.3)。なぜ なら、これまで完璧と考えていたことが実は完璧ではな く、想定外の事象が発生したという経験を我国の原子力 界は持っているからである。このような個別検査を補完 する一般検査という概念は諸外国には見られないが、想 定外を最小限化する慎重な試み、ロバストな安全を構築 する試みとして重要な考え方であると思われる。 Fig.3 System of Ideal Inspection 2.3 一般検査の在り方、考え方 個別検査はこれまでの運転保守経験や調査・研究の成 果を総動員して確立されている。すなわち、経年劣化事 象の特性を考慮し、機器のどの部位にどのように発生・ 進展するかを一定の精度で予測し、その結果に基づき一 定の保守性を確保して当該経年劣化事象を捉えられるよ うに検査対象部位、検査方法および検査時期(検査周期) を規定している。 これに対し、一般検査は個別検査を補完する観点から 規定されるべきものである。したがって、一般検査は何 のために実施するかという問いに対する回答として (1)これまでに知見の無い経年劣化事象の顕在化を早期 に検知すること 検査 個別検査 一般検査 →個別検査のみで問題ないと 考えるのではなく、それを補 完する検査として導入を検 討すべき。 →今後とも運転経験や研究調 査を反映して改良が必要。 ると、想定外の事象を最小限としたり、想定外事象が生 これまで経年劣化事象に着目して検討を進めてきたが、 一般検査の目的をもう少し広く考えると、 じた時に適切に対応したりすることはできない。未知の (2) 経年劣化事象以外の事象で、プラント安全性および ものが未だにあると考えて対応することは重要である。 経済性に大きな影響を与える可能性のある事象、たと すなわち、既知の知(Known knowns)だけで十分とする えば、機器内部における部品の破損や保全活動による のではなく、既知の未知(Known unknowns)、未知の知 置き忘れ物品などのルースパーツあるいは保全活動 (Unknown knowns)あるいは未知の未知(Unknown 等による機器の変形等を検知すること unknowns)を最小限とするように努力するとともに、想 をあげることができる。 定外事象が発生した時に対応できる能力を身につけてお 現在の知見で認知されている経年劣化事象は、個別検査 くことが重要である(Fig.4)。 でカバーできるが、想定外の経年劣化事象や安全性・経済 性に大きな影響を与えるルースパーツ/機器の変形等が、 発生確率は低いものの、将来において発生しないとは断 未知の知 (Unknown knowns) 言できない。一般検査はそのような限定的事象が対象で あるので、過度に保全リソースを投入することは不適切 既知の知識であるにもかか わらず、それと認識してい である。一方で、想定外の経年劣化事象や保全活動等に ない 想定外 伴う不適合事象を最小限にするためには一定の保全リソ ースを投入することは必要であると考えられる。以上よ り、一般検査は上記(1)及び(2)を効率的効果的に検知で きるものである必要がある。 ここで、上記(1)の「知見のない経年劣化事象」につい てであるが、現状で知見のない経年劣化事象を想定した 検査を科学的工学的アプローチで確立することは不可能 である。なぜなら、機器のどの部位にどのような形態で 発生・進展するかを想定することはできないので、検査の 3要素である検査対象箇所、検査方法、検査時期(周期) を論理的に決定することができないからである。したが って、このような未知の経年劣化事象を想定した検査は、 検査対象箇所を特定の部位に絞り込むことができない。 また、これまでの長年に亘る運転保守経験でも顕在化し ていない事象を対象とするので、徒に検査対象を広範囲 とすべきではない。当該機器のプラント内における位置 づけ、安全重要度や経済重要度[4]なども勘案して一定の サンプリング率とするのが現実的である。同様に検査方 法及び検査時期(周期)についても現実的なエンジニア リングジャッジが必要である。 一方、一般検査を検討するに当たっては、国内外で生 じている事象から幅広い視点で教訓を抽出し、一般検査 の概念や考え方から具体的な検査内容に至るまで見直す 柔軟な発想が必要である。それは一般検査の目的を考え ると、従来に無い発想や想像力が求められるからである。 原子力発電所の安全性を考える場合、過去の運転経験や 調査・研究を包含した現状の知見に全幅の信頼を置き、そ れのみに基づいて発電所を運営することで事足れりとす 知識 非認識 認識 無知 - 279 - 既知の知 (Known knowns) 周知の知識 (自然科学、形式知など) 未知の未知 (Unknown unknowns) 未知であることを認識して いない (事象が発生すると不意打 ちとなる) 想定外 既知の未知 (Known unknowns) 未知であることを認識して いる (潜在リスク) 想定外 Fig.4 Knowledge and Recognition それでは、どのようにして既知の未知や未知の知、未 知の未知を最小限にするのか、どのようにして想定外事 象が発生した時に対応できる能力を身に着けておくかで ある。その1つの方法として保全科学的想像力を活用し た保全活動の検討方法が提案されている[5]。その提案に よると、Fig.5 は保全の構造体系全体を俯瞰したものであ が、この図で示されているように、保全を構成する主要 な要素とその関係を明確にし、関係者間で共有すれば、 産業プラント等において発生する故障やトラブル、事故 から適切に教訓を抽出し、どう対応すればよいかを議論、 検討する際に関係者の想像力が向上し、予測能力も向上 するとしている。 Fig.5 に示されている主要要素を整理すると、Table 1 のようになる。たとえば、表中の「安全文化」に関連し て、チェルノブイリ事故は正の反応度、格納容器のない 特殊設計などとして反省/教訓の抽出を怠ったので、福島 事故を招いたと言える。実は安全文化の不徹底(安全を 追求する習慣がない。組織の各層の安全に対する誓約内 容が明確でない。)、深層防護の不徹底(前段否定したら SA 対策は必須だが、それが貫徹されなかった。)などの問 題があったと言わざるを得ない。このような事が再発し ないように、一見、無関係と思える主要要素同士を結び つける想像力が必要であり、それを皆で共有し喚起する ことが重要である。一般検査は、経年劣化メカニズムの 解明や発生・進展の定量化をベースに確立されている個 別検査と異なり、その目的から幅広い視野と豊かな想像 力を必要とする。今後、Table 1 の内容をさらに充実し、 原子力界で広く共有するとともに、原子力発電所の安全 性を向上させるための検討に役立てるべきである。 Table 1 Major factors affecting Plant Safety and Economic Efficiency 機械系 人間系 第1層 社会、風土、慣習、安全文化、考え方、他 第2層 ? 立地条件(外部事象) ? 設計条件(内部/外部事象) (DBA、SA、bDBA等) ? 基本設計 ? 安全設計(多重性/多様性/独 立性、深層防護、重要度、他) ? 詳細設計 ? 製造/建設 ? 社長コミットメント 設計・建設 会社基本方針 会社規則 ? ? 所長コミットメント 行動規範 ? 倫理規程 ? 品証規程(QMS) ? 原子力プラント ・火力プラント 大規模複雑 プラントシステム ? ? 化学プラント 航空機 ・鉄鋼プラント ・鉄道 ? その他 会社(発電所) ? 各種産業設備会社 系統 ? 系統構成 ? 系統機能 部門 ? 実施部門 ? 品証部門(QMS) 機器(機種)? ? 材料(化学成分、熱処理等) 応力(構造/寸法、運転条件) ? 環境(雰囲気流体、運転条件) 社員 ? 各種技術員 ? 各種作業員 第3層 保全計画 ? 対象機器 (保全対象範囲、重要度) 保全遂行能力 ? 要領書 (検査手順/是正手順) ? 保全タスク ? 保全員/組織体制 (検査技術、是正技術) (技量、資格、知識) ? 保全時期 ? 使用資機材 (劣化評価技術) (検査装置/是正装置)- 280 - Fig.5 Fundamental Structure of Maintenance(参考文献[5]から一部修正して引用。) 3.結言 本検討では、原子力発電所機器の検査、特に「個別検査」 を補完する「一般検査」の在り方、考え方について検討 した。その結果、一般検査は安全上重要な概念であり、 その計画立案には保全科学的想像力が必要であることを 示した。 参考文献 [1] 青木孝行、高木敏行、“保全科学の観点から見た原子 力発電所の保全と事故対応の類似性に関する検討”、日 本保全学会 第10 回学術講演会 予稿集(2013 年7 月)、 pp.349-354. [2] 原子力安全推進協会、“炉内構造物等点検評価ガイドラ インについて (第4版)”、平成25年12月、付録C-2 炉 内構造物等点検評価ガイドラインにおける点検の考え方 [3](一社)日本原子力学会、“原子力発電所の高経年化対 策実施基準”、2015(AESJ-SC-P005:2015) [4] 青木孝行、“大規模複雑プラントシステムの保全重要 度の定量評価手法に関する研究” ,日本保全学会誌「保全 学」,Vol.9, No.3, pp.25-30(2010) [5] 青木孝行、高木敏行、“保全科学的想像力を活かした 保全活動の検討方法”、日本保全学会第9回学術講演会 要旨集、2012、pp.130-136“ “原子力発電所機器の検査の在り方、考え方に関する検討“ “青木 孝行,Takayuki AOKI