断層変位に対する工学的なリスク評価 (1)事故シナリオと工学的対策

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カテゴリ: 第13回
1.緒論
日本原子力学会では,2014年10月に「断層の活動性と 工学的なリスク評価」調査専門委員会(主査:奈良林直 北 海道大学特任教授)(以下「本調査専門委員会」という。) を設置し,活動期間を2年間として活動を開始した。本調査専門委員会は,活断層の活動等に伴って生じる断層変位も外部ハザードの一つと捉え,断層変位の施設に与える影響に関する工学的な評価手法について,既往の研究成果を活用しながら,関連する多分野の専門家の協働により調査・検討を行うことが特徴である(図1)。 Fig.1 Cooperation of various science and engineering
本調査専門委員会の委員の専門分野他学会との組織的な 協力としては,先行して検討を進めていた土木学会原子力土木委員会[1]と連携している。活動期間中に発生した2014 年長野県神城断層地震や 2016 年熊本地震の知見も 含め,断層変位と原子力発電所に与える工学的な影響評価を行い,不確実性を踏まえたトータルのリスク評価手法,リスクを低減するための方策等についてまとめ,報告書として国内外に発信するとともに,今後の標準化の 活動等に供していくことを目指している[12]。 2.調査・検討の対象等について
本調査専門委員会が対象としている断層変位という自然現象は,活断層の活動等に伴って地盤や地層に変位(ずれ)が生じる現象である。断層変位としては,いわゆる 活断層(主断層及び分岐断層)や活断層の周辺に副次的 に生じる変位(副断層)が知られており,それ以外にも, 重力性の地すべり,岩盤の膨潤に伴う地層の変位,更に は地盤の沈降等によって生じる施設設置地盤の相対変位 などがある。図2に主な断層変位について示す。 ここで,本調査専門委員会における主な検討の前提, 姿勢等について以下に記す。 1委員会の名称にもある「工学的なリスク評価」は,確 率論的リスク評価(PRA)のみに限定せず,確定論的な 導き出される重要な教訓の一つは,関連する分野の専 門家は,お互いに協力して,どのように原子力安全の確 保に取り組むべきかをもっと注意深く考え,施設の安全 性向上・リスク低減に向けた弛まぬ取組みを進めていか ねばならないということである。 福島第一事故後の原子力安全規制体制や基準が見直さ れる中で,既に設置されている(既設)原子力施設にお いて,敷地内の断層変位の可能性の有無のみで,立地の Fig.2 Active faults and the other faults and cracks 可否に遡上して廃炉の議論が生じており,断層変位の施 裕度評価なども含めた広義の概念でリスクに関する情報 を扱い,そのための評価手法を扱うこととする。 設への影響評価とリスク評価および万一の場合の対応策 の検討が喫緊の課題となっている[4][5]。 2既設の原子力施設に対する断層変位の影響について論 じるが,得られた知見やリスク低減策は,諸外国も含む 新設の施設にも活用できると考える。また,対象となる 施設としては主に原子力発電所を念頭においているが, 評価のための手法は再処理施設等にも適用できるので, である。また,実験による模擬も難しい。特に自然科 4.理学と工学の知の統合とリスク論に基づく 断層変位は低頻度の事象で,不確実さが大きい現象 工学的対応の重要性 「原子力施設」との呼称を使用する。 学の分野においては,専門家でも様々な見解が存在し 3評価対象としての断層変位は,主として活断層の活動 得る。安全の確保を大前提に原子力施設の利用を進め に伴って生じるものを中心に論じる。なお,過去に断層 ていくに際して,福島第一事故の反省の上に立てば, 変位が生じた際の知見について踏まえることはもとよ 原子力施設に対して脅威を与え得る現象がどれだけ分 り,本調査専門委員会の活動期間中に発生した2014 年 かっていて,不確実さを含めて専門的な知見を総動員 長野県神城断層地震と2016 年熊本地震から得られる情 してリスクを検討することが求められている。施設に 報も最大限取り入れて,調査・検討を進めている。 対する影響評価の観点から幅広い意見を集約し,科学 4本調査専門委員会で扱う個々の工学的な評価手法に関 的に多面的に検討を行い,必要ならば想定を超える事 しては,それぞれの手法の適用性や関連する技術データ 象についても対応策を策定して訓練をしておくことが 5副断層などの断層変位による施設影響を評価する際に の蓄積度合い等に応じて的確に利用することが前提と なるので,工学的に適切で安全側となる条件を付すこと 等によりリスク評価のための情報を得ていく。 は,地震動による影響との重畳を考慮する必要があるが, まずは変位による影響を区別して評価することが重要 との立場に立って論じる。実際に個別施設の評価をする 際には,必要に応じて地震動との重畳や地盤の沈下につ いて,静的もしくは動的な作用の組み合わせや時刻歴も 考慮して検討することとなる。 必要である[6][7]。このことこそ,我が国において福島 第一事故以前には欠けていた点である。科学的想像力 を持ち,理学と工学の知の統合により,多様な手法で 断層変位に備えるという発想の基に鋭意取り組んでい る。想定を超えた領域も含めた総合的な対処は,リス ク評価結果から得られる情報を活用して施設の有する リスクを把握し,安全性向上等のための意思決定を行 うことが重要となる[8]。リスク評価は,特に想定を超 える事象に無防備になるのを防ぐために意義がある [9]。また,リスク評価は,原子力安全の基本概念であ 3.断層変位への取組みの必要性 る深層防護[10]の有効性を確認することにもなる。こ 我が国は地震国であることから,原子力施設の立地・ のような科学的,技術的に合理的な考え方に基づいた 設計・建設・運転においては,その都度,最新の知見を 取組みによりリスクを低減していく努力によって,「人 踏まえて地震動や津波を考慮した取組みが行われてきた。 と環境を守る」という原子力安全の目的[6]を達成して しかし,2011年3月11日に発生した東日本大震災にお いかねばならない。 いて,東京電力福島第一原子力発電所は安全上重要な機 本調査専門委員会で対象とする断層変位も,地震や 能を有する施設は地震動に対して機能を維持したが,想 津波などと同様に外部ハザードとして原子力施設に脅 定を上回る高さの津波の来襲を受け,全電源喪失とそれ 威を与え得る自然現象の一つと捉え,上述の認識に則 に伴う過酷事故が誘起された(以下「福島第一事故」と って,その影響の程度を評価し,施設に如何なる影響 いう。)。事故の要因として,各事故調査報告書では,津 をもたらすかをシナリオとともに評価することが原子 波の想定において最新知見の反映ができていなかったこ とや,想定を超える事象に対する備え(過酷事故対策) ができていなかったことなどが指摘されている[2][3]。 ように顕在化するのか”を経験し,また,不確実さの大 きい自然現象に対する原子力施設のリスク管理への取組 みをあらためて考える重大な契機となった。 この事故により,社会は,“原子力が持つリスクがどの 力安全の考え方に沿った対応となる。その評価のため の技術は,各学術分野においてすでに蓄積されてきて いる。断層変位の施設にもたらす影響を評価して,得 られたリスクに関する情報を基にして対応策などの意 思決定に繋げ,その結果を社会に提示していくことが, 原子力安全に関わる者の責務と言える。断層変位の可 - 300 - 能性の有無のみの判断(いわば“ゼロ変位要求”)をし ても,原子力安全に関わるリスクを評価したことには ならない。福島第一事故以前は,津波の高さのみの議 論に終始し,津波が敷地高さを超えた場合の影響評価 とその対策が欠けていた。その結果,津波の来襲に対 して無防備であった。従って,断層変位の性状(発生 頻度,変位量等)の不確実さも踏まえて,科学的に分 析されたシナリオとともに断層変位の施設への影響を 評価することが,原子力安全に関わるリスク評価とな る。リスクを評価し,リスクを可能な限り低減させる 努力を促す首尾一貫した考え方が重要である。また, リスク抑制のための施策は,原子力施設の利用又は活 動を,科学的根拠に基づく合理的な理由なく制限する ものであってはならない[6]。また、原子力に関わる関 係者がリスクに関心を持ち,謙虚かつ真摯な取組みを 続けることが極めて重要である[8]。 5.断層変位と原子力安全の基本的考え方 原子力安全の目的は,人と環境を,原子力の施設と 活動に起因する放射線の有害な影響から防護すること であり,原子力施設の安全確保の目標は,人や環境に 放射線の有害な影響を与えるような事故の可能性を確 実に極めて低いものとすることである[6][8][10]。 例えば,福島第一原子力発電所,同第二発電所では, 津波で沿岸の海水ポンプモータが被水することにより, 冷却源の喪失が発生し,非常用ディーゼル発電機が停 止し,非常用炉心冷却系の共倒れを引き起こした(図 3)。深層防護の第3層が全滅したのである。このとき, 福島第一発電所5号機は6号機の空冷ディーゼル発電 機からの給電を受けて冷却を回復し,同第二発電所で は,1号機が同様に他号機から給電を受けると共に, 海水ポンプのモータを空輸と陸送により確保して交換 し,冷却源を回復することにより,最終的な冷温停止 を達成している。このハードと人的アクションによっ て最終ヒートシンク(UHS)を回復する行為こそが, 深層防護の第4層に相当するレジリエンス活動である。 図4は,新規制基準に基づく,可搬式熱交換ポンプ車 による UHS の回復アクションを示す。このような資 機材の準備と訓練により,事故収束も迅速かつ確実に なる。 図5は,新規制基準の導入により,対策後のリスク が相対的にどのくらい低下したかを,事故対応の成否 に依って簡易手法によって評価した一例である。事故 が発生する事象の繋がりである事故シーケンス,その 発生可能性(発生頻度)及びその結果(影響の程度) の三つの要素を的確に考慮した評価が重要となるが, このような簡易評価でも,リスクの低減効果を把握で きる。原子力安全の考え方からは,リスクの定量化の 努力を行い,合理的に実行可能な評価・対応策を検討 して,社会に提示していくことが必要である[13]. 条件付炉心損傷確率(相対値) 条件付格納容器破損確率(相対値) - 301 - Fig.3 Loss of ECCS functions by trip of RCW pump Fig.4 Recover of UHS by using mobile cooling pump. 1.0 ケース名 内容(考慮する対策) ベースケース 下記対策実施前 0.8ケース1 基本対策 ケース2 基本対策+恒設DG 0.6ケース3 基本対策+恒設DG+フィルタベント 0.40.2 0.07 0.0 ベースケース 0.04 ケース 1 0.06 0.02 0.06 0.02 ケース 2 ケース3 Fig.5 Effect of risk reduction examples by the measures of the new regulatory guide. 6.断層変位に対する対策の考え方 原子力施設を設置する際には,事前の詳細な地形・ 地質調査によって重要施設の設置地盤(岩盤)に断層 変位を想定する必要がないことを確認し,特に原子炉 建屋に関しては設置地盤の検査(岩盤検査)を実施し, 施設の支持性能に問題が生じるものではないことを確 認してきた。これは,施設を設置する際には,断層変 位を「避ける」という考え方によって,断層変位の想 定の検討を不要としていたということである。 一方,もとより施設の設置地盤(岩盤)には破砕帯 などの弱面が存在しているので,地震動の影響に対す る設置地盤の安定性評価等の検討はこれまでもなされ ている。しかし,既設の原子力施設において,常に最 新知見を反映していく取組みにおいて,新たな情報等 によって断層変位の考慮の必要性が生じる場合があり 得る。その際には,あらためて地形・地質調査などか ら得られる情報に基づき,まずは考慮が必要な断層変 位という事象の性状(発生位置,ずれ量,方向,頻度 など)を想定し,次のステップとして施設に対する影 響の検討を行うことが基本的な評価手順となる。 Fig.6 Damage by acceleration and displacement observed at the Chuetsuoki Earthquake 図6は中越沖地震の際の柏崎刈羽原子力発電所の損 傷事例である。活断層は沖合の海底下にあり,原子力 発電所の敷地内には無かったが,強い加速度によって 敷地地盤の液状化と沈降が生じて,堅牢な原子炉建屋 との相対変位が生じた。このため,屋外の消火用の埋 設配管の損傷が多数発生した。液状化は東日本大震災 や熊本地震でも見られた。これらは断層変位そのもの では無いが,その後,埋設配管や不等沈下を想定して 対策が講じられてきている。これらの知見や対策も含 めて断層変位に対する評価を行っている。変位量の程 度によっては,施設の有する安全機能に支障を与えな い場合が考えられる。また,必要に応じて,福島第一 事故後に拡張・強化された対策(アクシデントマネジ メントも含む)の有効性についても検討を行う。さら に,想定を超えた断層変位に対してもリスク評価を行 う。以上の考え方を図7,図8に示す。これは,断層 変位対策も他の自然現象に対する考え方と同じである べきである[13]。 Fig.7 Image of measures by the new regulatory guide. 断層変位に対する評価・検討においては,断層変位 の性状を踏まえた考慮が重要となる。想定する断層変 位の位置は,調査により施設直下の設置地盤の断層位 置(弱面の位置)に設定することができる。これによ り,断層変位により施設に発生するせん断力,曲げ力 等の伝搬が施設内において空間的に限定される場合も あり,これを事故シナリオの中に考慮することができ る。つまり,多様性と分散配置により,安全上重要な システムの共通要因故障の回避が可能となる。さらに, 航空機衝突やテロなどへの対処も規制要求とされてお り,想定を超える断層変位の評価においては,このよ うな大規模損壊に対する対応策も有効である。次報で, 具体例を示す。 参考文献 [1]土木学会,断層変位評価小委員会研究報告書,(2015.7). [2]東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会,中間報告 (本文編),(2011). [3]日本原子力学会, 福島第一原子力発電所事故 その全貌と明日に向けた 提言~学会事故調 最終報告書~,(2014.3),丸善. [4]奥村晃史,重要原子力施設直下・近傍の活断層,日本原子力学会誌, Vol.55,No.6, (2013). [5]山崎晴雄,活断層評価の現状と課題,Bulletin of JAEE,No.24,(2015.2). [6]日本原子力学会標準委員会,原子力安全の基本的考え方について 第I 工学的対策、日本機械学会動力エネルギーシンポジウム, B221, (2016)。 - 302 - Fig.8 Necessity of accident management for beyond displacement of a fault 7.まとめ 編 原子力安全の目的と基本原則」, (2013). [7]原子力発電所過酷事故防止検討会編集委員会,原子力発電所が二度と 過酷事故を起こさないために~国,原子力界は何をなすべきか~,科 学技術国際交流センター,(2016). [8]日本原子力学会標準委員会,リスク評価の理解のために,(2016.4). [9]亀田弘行,原子力発電所の安全に対する地震工学の課題,Bulletin of JAEE,No.15,(2011.10). [10]日本原子力学会標準委員会,原子力安全の基本的考え方について 第 I編 別冊 深層防護の考え方,(2014). [11]日本保全学会 原子力規制関連事項検討会,発電用軽水型原子力発電 所の新規制基準に関する提案と課題,(2013).. [12]奈良林 直, 断層の活動性と工学的なリスク評価」調査専門委員会活 動報告」(1)調査専門委員会について、原子力学会2016春の年会. [13]奈良林ら、断層変位に対する工学的なリスク評価 (1) 事故シナリオと“ “断層変位に対する工学的なリスク評価 (1)事故シナリオと工学的対策“ “奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI,岡本 孝司,Koji OKAMOTO,亀田 弘行,Hiroyuki KAMEDA,蛯沢 勝三,Katsumi EBISAWA,山崎 晴雄,Haruo YAMAZAKI,神谷 昌伸,Masanobu KAMIYA,小長井 一男,Kazuo KONAGAI,長澤 和幸,Kazuyuki NAGASAWA,千葉 豪,Go CHIBA
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