断層変位に対する原子力安全の基本的考え方

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カテゴリ: 第13回
1.はじめに
既設の原子力発電所において、施設直下の断層1の活動 性評価が大きな問題となっている。これは、2.2で記すように、断層の活動性の有無のみで判断をしようとする現在の規制要求に起因している。 しかし、原子力施設の安全性評価に際しては、単に断層の活動性の有無のみで判断するのではなく、ハザード(本稿では断層変位を対象)の性状(変位量、発生頻度等)、当該ハザードが施設に与える影響のシナリオ(施設の状態、事故シーケンス等)に基づき、その結果をリスク情報として得て、意思決定に繋げていくことが理に適ったアプローチであると考える。 本稿は、断層変位に対する現在の規制要求に関して、規制体系やこれまでの経緯等も含めた幾つかの視点からの論点もあらためて解き起こした上で、断層変位に対する原子力安全の基本的考え方について整理を試みたものである。
断層変位とは、地層や岩盤に変位(ずれ)が生じる現象で、主なものには地震を起こす震源断層が地表付近に現れたもの(主断層)や、主断層の活動に伴って副次的 に生じる断層(副断層)が知られている。ほかには、重 力性の地すべりなどがある。主な断層変位を図1[1]に示す。 なお、「活断層」という用語は専門家の間でも様々な定 義があり[2]、一部の研究者においては、主断層の活動に伴 1 発電所によっては「破砕帯」等のように、それぞれ識別のための呼称を 用いている場合がある。 って副次的に動くもので地震を起こさないものまでを含 めて呼んでいる場合がある[3]。 連絡先: 神谷昌伸、〒101-0053千代田区神田美土代町 1-1 美土代ビル、日本原子力発電(株)開発計画室 E-mail: masanobu-kamiya@japc.co.jp 図1 主な断層変位(参考文献[1]に一部加筆) 2.関係法令等 まず、我が国の原子力規制法令における関連する条文 や原子力規制委員会(以下「規制委員会」という。)の規 制要求の現状等について整理する。 2.1 関連法 (1)原子力基本法 第 1 条において、法の目的を「原子力の研究、開発及 び利用(以下「原子力利用」という。)を推進することに よって、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の 進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国 民生活の水準向上とに寄与する」とし、第 2 条で基本方 針として、「原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確 保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行 - 303 - この条文の解釈として、規制委員会の内規(正式名称 うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資す るものとする」、「安全確保については、確立された国際 は「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及 的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、 び設備の基準に関する規則の解釈」で、以下、「設置許可 環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的 基準解釈」という。)では、次の解釈・要求がなされてい として、行うものとする」とされている。 る。 これを、本稿との関連で筆者なりに要約すれば、“安全 ・第 3 条第 3 項に規定する「変位」とは、将来活動す の確保等を前提に、原子力利用の推進により人類・国民 る可能性のある断層等が活動することにより、地盤に 生活の向上に寄与することを目指す。安全の確保につい 与えるずれをいう。 ては、国際的な基準も踏まえる。”となる。 ・「将来活動する可能性のある断層等」とは、後期更新 世以降(約 12~13 万年前以降)の活動が否定できな (2)原子力規制委員会設置法 い断層等とする。 第1条の目的で、「原子力利用における事故の発生を常 ・その認定に当たって、後期更新世(約12~13万年前) に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければ の地形面又は地層が欠如する等、後期更新世以降の活 ならないという認識に立って、確立された国際的な基準 動性が明確に判断できない場合には、中期更新世以降 を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必 (約 40 万年前以降)まで遡って地形、地質・地質構 要な施策を策定し」とされている。 造及び応力場等を総合的に検討した上で活動性を評 原子力基本法と同様の趣旨が謳われていると理解でき 価すること。 る。 ・活動性の評価に当たって、設置面での確認が困難な 場合には、当該断層の延長部で確認される断層等の性 (3)原子炉等規制法 状等により、安全側に判断すること。 「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する ・「将来活動する可能性のある断層等」には、震源とし 法律」を本稿では「原子炉等規制法」と呼称する。 て考慮する活断層のほか、地震活動に伴って永久変位 第1条の目的で、「この法律は、原子力基本法の精神に が生じる断層に加え、支持地盤まで変位及び変形が及 のつとり、...(中略)...原子炉による災害を防止し、... ぶ地すべり面を含む。 (中略)...必要な規制を行う」とされている。 また、設置許可基準第 3 条第 3 項のような規制要求と 原子力基本法及び原子力規制委員会設置法の精神・目 している理由について、設置許可基準解釈において、 的に則って、原子炉等規制法に基づき具体的な規制が行 ・耐震重要施設が将来活動する可能性のある断層等の われることになる。 露頭がある地盤に設置された場合、その断層等の活動 発電用原子炉の規制に関しては、第43条の3の6にお によって安全機能に重大な影響を与えるおそれがあ いて、原子炉の設置許可の基準の一つとして、「災害の防 るため、当該施設を将来活動する可能性のある断層等 止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定め の露頭が無いことを確認した地盤に設置することを る基準に適合するものであること」とされている。この いう。 「原子力規制委員会規則」が、2013 年7 月に施行された としている。 いわゆる新規制基準のことである(正式名称は「実用発 規制委員会が新規制基準の「概要」としてホームペー 電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基 ジに掲載している資料[4]を図2に示すが、そこでは、「設 準に関する規則」で、以下、「設置許可基準」という。)。 置許可基準解釈とはやや異なる表現(「活断層が動いた場 合に」「建屋が損傷し、内部の機器等が損傷するおそれが 2.2 設置許可基準 あることから」「活断層等の露頭がない地盤に」「ずれや 本稿で論じる断層変位について、設置許可基準では、 変形の量や、地盤が押し上げる力の大きさを予測するこ 第 3 条第 3 項で「耐震重要施設は、変位が生ずるおそれ とは困難」)を用いている。 がない地盤に設けなければならない」2とされている。 2 設置許可基準第38条第3項にも「重大事故等対処施設は、変位が生ず るおそれがない地盤に設けなければならない」との規定がある。 - 304 - た場合」についてなので、震源断層の延長部である活断 層が地表に出現すればメートルオーダーの変位量になっ て施設への影響が大きいと考えられることから「想定し ていない」、すなわち、筆者なりに言い換えれば、“重要 施設は活断層の露頭の直上には設置しない”と理解する ことができる。 一方、最後の「なお書」の「構造的に関係する副断層 についても、上記ただし書を適用する」との箇所は、「構 造的に関係する副断層」の定義が不明確で、“主断層と「構 造的に関係する」のは分岐断層なので、それは活断層と 図2 新規制基準の概要(抜粋)[4] 同等とみなして「ただし書を適用する」のは理解できる” という理解、“一般的に副断層と呼ぶのは主断層と構造的 に関係しないものなので、ゆえに「ただし書」は適用さ 3.断層変位に対する規制要求に係る主な論点 れない”という理解も成り立ってしまうと考えられる。 設置許可基準第 3 条第 3 項の断層変位に関する規制要 求は、ほんの僅かな変位であっても許容しないという、 いわば“リスクゼロ”を求める要求と考えられる。 そのような規制要求としている理由を説明する設置許 可基準解釈の「その断層等の活動によって安全機能に重 大な影響を与えるおそれがあるため」とは、適当な説明 になっているのだろうか。 この規制要求に係る経緯や主な論点を以下に整理する。 また、上記手引きの要求は、冒頭に「断層変位に対し て十分な支持性能をもつ必要がある」としており、少な くとも S クラス以外の建物・構築物についての断層変位 に対する評価を求めていて、すなわち断層変位に対する 支持性能の技術的な評価は可能との立場に立脚している と考えられる。 以上のことから、規制委員会の現在の断層変位に対す る要求は、旧原子力安全委員会の手引きの要求と同じも のであったということはできず、2012 年以降の規制体制 3.1 旧原子力安全委員会の要求との関係 旧原子力安全委員会の「耐震安全性に関する安全審査 の見直しや新規制基準策定の議論の中で、あらためて取 り上げられてきたものといえよう。 の手引き」(2010年12月)では、「建物・構築物が設置さ れる地盤は、想定される地震力及び地震発生に伴う断層 変位に対して十分な支持性能をもつ必要がある。...(中 略)...ただし、耐震設計上考慮する活断層の露頭が確認 された場合、その直上に耐震設計上の重要度分類Sクラ スの建物・構築物を設置することは想定していないこと から、本章に規定する事項については適用しない。(解説) 上記ただし書については、耐震設計上の重要度分類Sク ラスの建物・構築物の真下に耐震設計上考慮する活断層 の露頭が確認される場合、その活断層の将来の活動によ って地盤の支持性能に重大な影響を与えるような断層変 位が地表にも生じる可能性を否定できないことから、そ のような場所における当該建物・構築物の設置は想定し ていないという趣旨である。なお、地震を発生させうる 断層(主断層)と構造的に関係する副断層についても、 上記ただし書を適用する。」となっていた。 3.2 パブコメにおける意見 設置許可基準が施行される前の案の段階での意見募集 (パブコメ)においては、この変位に対する規制要求に 対しては、次のような意見[5]が寄せられた。 ・第3条第2項3を「...変形あるいは変位した場合にお いても...」とすること。また、同3項を削除すること。 ・変位には微小なものから安全機能に影響を及ぼすも のもある。一律に除外規定を設けるべきでなく、安全 機能への影響の有無について国が総合的に判断する 規定にすべき。 ・原発直下に活断層がある場合のみならず、近傍に活 断層がある場合は全て原発の稼働を禁止すべき。 ・活断層の疑いがあれば原発の再稼働も増設も認めな いとすべき。 ・S クラスでない構築物を含め、「活断層等がある敷地 このうちの「ただし書」は、「活断層の露頭が確認され 3 表2参照。 - 305 - に原子炉施設は建ててはいけない」とすべき。 このような意見に対する規制委員会の回答は、「断層等 の活動による将来の「変位」の程度の予測の困難さ、変 位に対する設計の妥当性の実証の困難さ、変位の評価手 法の発達と設計に関する実証データの蓄積の状況等から 変位に対する特別な考慮が必要なこと...(中略)...につ いて議論されたことも踏まえ、規定した」[5]というもので あった。この回答が、図2で示した「ずれや変形の量や、 地盤が押し上げる力の大きさを予測することは困難」と いう表現に要約されているのであろう。 しかし、次項で触れる規制委員会の「発電用軽水型原 子炉施設の地震・津波に関わる規制基準に関する検討チ ーム」(以下「検討チーム」という。)における議論で は、変位に対する評価技術や研究成果が蓄積されてきて いるとする説明[6]もなされていた。 3.3 新規制基準検討チームでの議論 規制委員会の断層変位に対する要求は、規制委員会の 検討チームの検討事項の一項目として検討がなされた。 2013 年 4 月 2 日の検討チームでの議論[7]では、検討チ ームに参加している学識者の中でも意見が大きく分かれ ていて、最終的に十分な意見の集約が図られなかったよ うに窺える。 主な議論の様相を抜粋して表1に示す。 表1 2013年4月2日検討チームの主な議論の様相[7] ・予測することが容易ではな いということは私も認識し ているんですけれども、工 学的な問題として、これが 安全かどうかというのは、 きちっと照査をしてやるん だというのが、私はもう基 本のスタンスだと思ってい て、そのときに最適の手法 を積み上げていって、最終 的な判断は、工学的に安全 かどうかという判断を専門 家がやるんだと。このスタ ンスをやはり崩してしまっ ては、私はおかしいと思っ ています。 ・やはり活断層の認定云々、 これらについて私は不確か さがあるんじゃないかなと 思いますけれども、そこで 即立地制限、こういう非常 に強い規定というのは、世 界中見回してもないです し、IAEAでも、まず立地制 限そのものもないです。 ・専門的ないろいろな不確か さがあるわけで、解析の不 確かさ、活断層の認定の不 確かさ、変位量の予測の不 確かさ、地盤モデルの不確 かさ、そういうのを全て工 学的に判断して、最終的に 安全かどうか判断をする。 こういう考え方を私は貫く べきだと思っています。 なんですね。...(中略)...わかってい ないところで確率を導入してやって いくというのは、非常に、もともと不 確かなデータでありますし、非常に危 うい感じがします。 ・理学的な評価結果全て出そろった後 で、工学的な判断というのを後出しで やられるというところに非常に問題 を感じるわけです。 ・理学の結果を受けて工学が判断という だけじゃやっぱりだめで、それがだめ だということを知ったのが今回の福 島のあの大災害だったわけで、もう一 度、それはフィードバックされるべき だと思います。 ・現状ではまだ早いのではないかという のが、ここのチームのこれまでの議論 でございまして、...(中略)...今すぐ にでも原子力発電所にすぐ使えるん だというところまでは、やはり行かな かったと思いますので、さらに研究 を、調査を進めていただければと思っ ております。...(中略)...時間もあり ますので、すみませんが、次の議題へ 移らせてください。 3.4 国際基準との整合 2.1 で記したように、原子力基本法と原子力規制委員会 設置法においては「国際的な基準を踏まえ」ることを求 めており、原子炉等規制法は「原子力基本法の精神にの つとり」としている。 断層変位に関する国際原子力機関(IAEA)のSpecific ・見えない地盤を解析、解析、高度化と Safety Guide No.SSG-9“Seismic Hazards in Site Evaluation for おっしゃいますけど、実際に地下何km Nuclear Installations”では、断層変位に対して、新設プラ まで潜って見たこともないようなと ント(at a new site)と既設プラント(at an existing plant) ころを、特に弾性の FEM 解析をやっ て説明がつくとか、つかないとかと言 を区別した要求とした上で、既設プラントに対しては、 っているのは、ちょっともうほとんど 「既存施設に疑いのある構造が見いだされた場合、決定 信じられないんですけど。...(中略) 論的手法に基づく詳細な調査が必要である。しかし、調 ...あまりうまくいく、うまくいくとい う話をすればするほど、私みたいな専 査によって確実な判断ができない場合、確率論的手法に 門家からは、ほとんどナンセンスだと よって地表やその直下に発生する断層変位の大きさと年 しか見えないと。 ・これまでの学問はまだ未熟なところも あって、...(中略)...今、ターゲット 間超過確率を検討すべきである」[8]としている。 各国の規制要求の詳細はそれぞれの国情に応じて決め にされている、特に小さいものに行け られるところがあるとは考えるが、規制委員会の断層変 ば行くほど、我々の知識は非常に不十 分であって、本当に何センチずれるの か、何十センチずれるのかというこ 位に対する要求(設置許可基準)は、原子力安全に係る 基本的な要求規定として、IAEAの要求(SSG-9)の考え と、あるいはどこがずれるのかに関し 方とは乖離していると考えられる。 ても、十分な知識を我々は持っていな いということを考えていただきたい。 ・確率的な取り扱いもされていますけれ 3.5 新規制基準内での整合 ども、非常によくわかっていないこと 表2に、設置許可基準の外部ハザードに対する主な要 - 306 - にする方が理に適っていると考えらえる。 求を示す。 表2から分かるように、変位以外はすべて機能維持を 求める性能要求となっており、変位のみが特異な要求と なっている。 4.断層変位に対する原子力安全のアプローチ 4.1 福島第一原子力発電所事故の教訓の反映 表2 設置許可基準の外部ハザードに対する主な要求 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴 (設計基準対象施設の地盤) う東京電力(株)福島第一原子力発電所の過酷事故(以下 第3条 ...(中略)...が作用した場合においても当該設計基準対象施設を十分 に支持することができる地盤に設けなければならない。 設計基準対象施設は、次条第2項の規定により算定する地震力 「福島第一事故」という。)の要因として、津波の想定が 不十分であったことや、想定を超える事象に対する備え 2 耐震重要施設は、変形した場合においてもその安全機能が損なわれる ができていなかったことなどが指摘されている[9]。この事 おそれがない地盤に設けなければならない。 3 耐震重要施設は、変位が生ずるおそれがない地盤に設けなければなら 故を教訓として考えるべきことの一つに、不確実さの大 ない。 きい自然現象に対する原子力発電所のリスク管理の取組 みがある。そして、福島第一事故の反省の上に立てば、 (地震による損傷の防止) 第4条 設計基準対象施設は、地震力に十分に耐えることができるもの 対象とする自然現象がどれだけ分かっていて、不確実さ でなければならない。 がどの程度あるかについて専門的な知見を総動員し、施 2 前項の地震力は、地震の発生によって生ずるおそれがある設計基準対 設の安全性評価の観点から幅広い分野の意見を集約し、 象施設の安全機能の喪失に起因する放射線による公衆への影響の程度 に応じて算定しなければならない。 科学的に多面的・多角的な検討を行うことが必要である。 3 耐震重要施設は、その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼ いわば「利用可能な最善の知識」[10]を活用したすべての すおそれがある地震による加速度によって作用する地震力...(中略) 努力がなされることが求められている。 ...に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならな い。 そして、最新の知見を反映した想定を行ったとしても、 4 耐震重要施設は、前項の地震の発生によって生ずるおそれがある斜面 想定を超えることが起こりえるものとして備えをしてお の崩壊に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければな らない。 かねばならない。科学的想像力を持ち、あらゆる対応策 を使ってそれに備えるという発想が求められている。想 (津波による損傷の防止) 定外をなくすには、多面的な検討を行うしかない[11]。 第5条 設計基準対象施設は、その供用中に当該設計基準対象施設に大 きな影響を及ぼすおそれがある津波...(中略)...に対して安全機能が 損なわれるおそれがないものでなければならない。 想定を超えた領域への対処には、リスク評価4に基づく 手法によって検討を行い、その評価結果から得られる情 報を活用して施設の安全性向上等のための意思決定を行 (外部からの衝撃による損傷の防止) 第6条 安全施設は、想定される自然現象...(中略)...が発生した場合 においても安全機能を損なわないものでなければならない。 うことが重要である。リスク評価は、想定を超える外力 に無防備になるのを防ぐために意義がある[12]。また、リ 2 重要安全施設は、当該重要安全施設に大きな影響を及ぼすおそれがあ スク評価は、原子力安全の基本概念である深層防護[13]の ると想定される自然現象により当該重要安全施設に作用する衝撃及び 設計基準事故時に生ずる応力を適切に考慮したものでなければならな 有効性を確認することにもなる。 い。 福島第一事故を踏まえると、リスク評価の重要性が一 3 安全施設は、工場等内又はその周辺において想定される発電用原子炉 層高まっている。リスク評価によって、リスクの程度や 施設の安全性を損なわせる原因となるおそれがある事象であって人為 によるもの(故意によるものを除く。)に対して安全機能を損なわない プラントの弱点が把握でき、また、多くのシナリオを取 ものでなければならない。 り込むことで想定外を少なくすることができる。 すなわち、「どのような望ましくないことが起こるか」 なお、パブコメの際の意見にもあったが、設置許可基 というシナリオを幅広く考慮することが重要で、施設に 準では、変形と変位に対して、第3 条の第 2 項と第 3 項 いかなる影響をもたらすかをシナリオとともに評価する でそれぞれを区別した要求としている。これは、変位が アプローチが必須の取組みとなる。その取組みが、原子 生じるとせん断による力が作用するので特別視している 力安全において価値を生み出す。 ためのようだが、実際には変形と変位の両方を併せ持つ このような科学的、技術的に理に適った考え方に基づ ような自然現象として生じるので、施設に対する影響と して変形と変位をあえて区別せずに、併せた形での要求 4 本稿では、「リスク評価」を、確率論的リスク評価(PRA)のみに限定 せず、確定論的な裕度評価なども含めた広義の概念で使用している。 - 307 - ている断層変位のような低頻度事象に対し、深層防護は く取組みを基本として、「人と環境を守る」という原子力 安全の目的[14]を達成していかねばならないと考える。 一層重要な戦略となる。 既設の原子力発電所においては、福島第一事故の経験 4.2 断層変位に対する原子力安全の考え方 を踏まえ、深層防護の考え方も適用しながら、施設設置 本稿で対象としている断層変位も、地震動や津波など 当初の設計・評価の範囲の拡張・強化や追加の影響緩和 と同様に、外部ハザードとなり得る自然現象の一つと捉 策(アクシデントマネジメント)など、様々な対応策が え、その影響の程度を評価し、施設に如何なる影響をも 講じられている。すなわち、事象の早期収束や機能の復 たらすかをシナリオとともに評価することが原子力安全 旧などのレジリエンスの考え方も含めて、全体として質 の考え方に沿った対応となる。 の高いロバストな対処が図られている。 断層変位の可能性の有無のみの判断をしても、原子力 これらは断層変位を想定して講じられてきているもの 安全に関わるリスクを評価したことにはならない。断層 ではないが、福島第一事故以前よりも充実した防護策が 変位が生じる頻度や変位量などの性状の不確実さも踏ま 講じられていると考えられることから、これらも含めて えて、科学的に分析されたシナリオとともに変位の施設 断層変位に対する評価をしていくことが技術的に理に適 への影響を評価することが、原子力安全に関わるリスク っている。 評価となる。評価のための技術は各分野で蓄積されてき 具体的には、すでに講じられている構造強度設計やそ ている。他の自然現象と同様に、断層変位に対しても、 の設計裕度の範囲において、想定する断層変位に対して リスクを評価し、リスクを可能な限り低減させる努力を も安全上重要な機能を有する施設の要求性能が満足され 促すことができる考え方が重要である。それにより、原 るかを確認する。また、必要に応じて、福島第一事故後 子力安全の取組みが全体として首尾一貫したものになる。 に拡張・強化された対策(アクシデントマネジメントも リスクの性質やレベルを適正に評価し、リスクに正面 含む)の有効性についても検討を行う。さらに、想定を から向き合うという真摯な姿勢が求められている。リス 超えた断層変位に対してもリスク情報を得ていく。 ク抑制のための施策は、原子力施設の利用又は活動を、 科学的根拠に基づく合理的な理由なく制限するものであ ってはならない[14]。 5.地形・地質調査の重要性 例えば既設の重要施設において、常に最新の知見を反 5.1 評価対象となり得る断層変位 映していく取組みの中で、新たな情報等5によって断層変 断層変位に対する施設影響評価に関して、裕度評価手 位の考慮の必要性が生じる場合があり得る。その場合の 法の適用概念[15]が示されているが、その前段として、対 評価手順としては、あらためて地形・地質調査などから 象となり得る変位量の程度を整理する。 得られる情報に基づき、考慮が必要な断層変位の性状(出 想定する断層変位の設定手順については本稿の対象と 現位置、ずれ量、方向、頻度など)を不確実さも考慮し はしないが、原子力発電所を建設する際には事前に詳細 て想定し、それに対する施設の影響評価を行う。 な地形・地質調査が実施され、特に敷地内や重要施設等 さらに、想定を超える場合についても評価を行い、プ を設置する地盤(施設の支持基盤=岩盤)における断層 ラントシステムトータルでの裕度あるいは弱点をリスク の存在やその活動性等が、精度の高い情報として把握さ 情報として得る。 れる。 「その断層等の活動によって安全機能に重大な影響を この地形・地質調査の取組みは、原子力安全に関わる 与えるおそれがある」として止まるのではなく、「おそれ リスク評価全体の中で、高頻度かつ/あるいは高影響を がある」のかどうかを評価することが重要なのである。 もたらし得るハザード情報を把握するという、極めて重 断層変位に対する施設の評価に当たっては、他の自然 要なプロセスである。 現象と同様に深層防護の概念を適用して対処することが 詳細な地形・地質調査により、いわゆる活断層(主断 基本であり、有効である。特に、知識やデータが限られ 層)のような、1回の活動当たりの変位量が~数m~10m 程度、活動間隔が~数千年~数万年という性状の断層変 5 「新たな情報等」としては、調査・評価技術の進展や断層変位の出現事 位は、地形・地質の知見や調査技術のレベルからは、事 例の蓄積、また、それらを踏まえた専門的知見の蓄積・高度化などが考 えられる。 前の調査で過去の痕跡を把握することが十分可能である - 308 - と考えられるので、このような変位量の大きい露頭の直 上に重要施設が設置されていることはないと考えること が適当である。 一方、主断層の活動に伴って副次的に生じる副断層6の ように、1回当たりの変位量が小さい場合(数十cm以下) には、数千年~数万年という非常に長期間の間に断層変 位の痕跡が侵食等により消失し、詳細な調査によっても 把握が困難な場合が考えられる。 したがって、これらの知見等を踏まえると、個々のケ ースで慎重な評価を行うことが必要であるが、原子力発 電所の重要施設の設置位置において考慮が必要となり得 る断層変位は、1回当たりの変位量が数十cm以下で、数 千年~数万年に 1 回出現したような低頻度のものと整理 できる。 評価対象となり得る断層変位のイメージを図3に示す。 図3 評価対象となり得る断層変位のイメージ 5.2 断層変位の成因の考察の重要性 2.2で記したように、設置許可基準解釈では「「将来活 動する可能性のある断層等」には、震源として考慮する 活断層のほか、地震活動に伴って永久変位が生じる断層 に加え、支持地盤まで変位及び変形が及ぶ地すべり面を 含む」とされている。これは、設置許可基準第3条第3 項が“リスクゼロ”要求なので、もはや変位を生じさせ た成因の考察までは必要ないとしているかのようである。 しかし、原子力安全のアプローチにおいては、地形・ 地質の調査・評価の際に、断層変位の成因を検討するこ とが重要であると考える。 すなわち、対象となる断層変位が、主断層なのか、副 6 我が国の副断層の出現事例については、一般社団法人原子力安全推進協 会の整理[16]が参考になる。 6.まとめ 具体的なリスク評価の実践に際しては、4.1で記したよ うに、関連する他分野の専門知を総動員し、多面的・多 角的な検討を行うことが必要である。 本稿は、様々な機会における学識者との意見交換等も 参考にして、筆者の見解も交えてまとめたものである。 ここに記して謝辞とする。 参考文献 [1] 山崎晴雄、“原子力施設と活断層問題”、日本原子力 学会「断層の活動性と工学的なリスク評価」調査専 門委員会特別講演会資料、2015年2月14日. [2] 一般社団法人 原子力安全推進協会 敷地内断層評価 手法検討委員会、“原子力発電所敷地内断層の変位に 対する評価手法に関する調査・検討報告書”、2013 年9月、付録A. [3] 渡辺満久、“土地の「未来」は地形でわかる”、日経 次的なものか、あるいは地震以外の成因によるものなの か、その成因によって原子力安全におけるアプローチが 異なると考えられるからである。 表3に、主な断層変位に対する施設影響評価の考え方 について整理を試みた。 成因を明らかにする努力が促されて、ハザードに応じ た評価が行われることが必要と考える。 表3 主な断層変位に対する施設影響評価の考え方 断層変位の原子力発電所に対する影響について、断層 の活動性の有無のみで判断するのではなく、他の外部ハ ザードとなり得る自然現象と同様に、原子力安全の観点 から、深層防護の概念の適用、シナリオを考慮したリス ク評価の活用による評価が重要であることを、断層変位 対する原子力安全の基本的考え方として整理した。 - 309 - [9] BP社、2014年12月、pp.80. 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証 [4] 原子力規制委員会、“実用発電用原子炉の関する新規 委員会、“中間報告(本文編)”、2011年、pp.487-492. 制基準について~概要~”、2016 年 2 月 16 日更新、 [10] 澤昭裕、“続・原子力安全規制の最適化に向けて~原 pp.11. 子力安全への信頼性回復の道とは~”、21世紀政策 [5] 原子力規制委員会 平成 25 年度 第 11 回 資料 1-4、 研究所、2015年、pp.18-23. “新規制施行に伴う手続き等について、別添 3 別紙 [11] 原子力発電所過酷事故防止検討会編集委員会、“原子 原子力規制委員会設置法の一部の施行に伴う関係規 力発電所が二度と過酷事故を起こさないために~国、 則の整備等に関する規則(案)等に対するご意見への 原子力界は何をなすべきか~”、科学技術国際交流セ 考え方”、2013年6月19日、pp.61-62. ンター、2016年、pp.134. [6] 原子力規制委員会 発電用軽水型原子炉施設の地 [12] 亀田弘行、“原子力発電所の安全に対する地震工学の 震・津波に関わる新安全設計規制基準に関する検討 課題”、Bulletin of JAEE、No.15、Oct.、2011 年、 チーム 第11回 資料11-2-1 事業者説明資料、“断層 pp.97-102. 変位による影響評価への取り組みについて”、2013 [13] 日本原子力学会標準委員会、“原子力安全の基本的考 年4月2日. え方について 第I編 別冊 深層防護の考え方”、一 [7] 原子力規制委員会、“発電用軽水型原子炉施設の地 般社団法人日本原子力学会、2014年. 震・津波に関わる新安全設計規制基準に関する検討 [14] 日本原子力学会標準委員会、“原子力安全の基本的考 チーム第 11 回会合 議事録”、2013 年 4 月 2 日、 え方について 第I編 原子力安全の目的と基本原 pp.21-29. 則”、一般社団法人日本原子力学会、2013年. [8] 奥村晃史、“「断層の活動性と工学的なリスク評価」 [15] 神谷昌伸、“断層変位に対する重要施設の影響評価手 調査専門委員会への期待~国際標準との整合~”、 法~裕度評価手法の適用概念~”、日本保全学会 第 日本原子力学会「断層の活動性と工学的なリスク評 13 回学術講演会 予稿集、2016 年7月. 価」調査専門委員会特別講演会資料、2015年2月14 [16] 参考文献[2]、付録B. 日. - 310 -“ “断層変位に対する原子力安全の基本的考え方“ “神谷 昌伸,Masanobu KAMIYA
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