断層変位に対する重要施設の影響評価手法 ~裕度評価手法の適用概念~
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カテゴリ: 第13回
1.はじめに
最新の知見に照らした安全性向上の取組みを進めていく中で、既設の原子力発電所において、新たな情報等1によって重要施設直下に断層変位を想定した評価をする必 要が生じる場合もあり得る。 その際の施設の影響評価の手法としては、断層変位に対する建物・構築物、機器・配管系等の施設側のフラジリティデータの蓄積が今後本格的に進められようとしている状況からは、現状では確定論的な裕度評価手法を用いることが有効と考えらえる。 本稿では、断層変位に対する施設影響評価を行う際の裕度評価手法の適用概念について提示する。
2.裕度評価手法の位置づけ
日本原子力学会標準委員会において「外部ハザードに対するリスク評価方法の選定に関する実施基準:2014」[1] (以下「外部ハザード選定標準」という。)が制定されている。外部ハザード選定標準では、すべての外部ハザードに1 「新たな情報等」としては、調査・評価技術の進展や断層変位の出現事 例の蓄積、また、それらを踏まえた専門的知見の蓄積・高度化などが考えられる。 対して確率論的リスク評価(PRA)等の詳細なリスク評価が必要ではなく、リスク評価方法としては、定性的な評価、ハザード分析(発生頻度又は影響)、裕度評価、簡易なPRA評価など、様々な方法が考えられるとし、定量的リスク評価方法として、1ハザード発生頻度分析若しくは影響度分析によるリスク判断、2裕度評価、3簡易なPRA、4PRAの四つの方法を挙げている2。 本稿の対象である断層変位に対するリスク評価3を考えた場合、以下の観点から、2裕度評価手法の適用概念を構築することが有用であると判断した。 裕度評価手法は、 i 評価対象の断層変位量が数十 cm 程度となる場合、また、断層変位が生じる位置を限定できる場合において、断層変位の施設に対する影響の空間的な分布を把握し、安全上重要な設備の分散配置の効果を把握することができる。 ii 一部の施設が機能喪失に至っている状態も含めて、プラントシステム全体の機能を評価することができる。 iii 個々の設備の機能喪失状態を十分に模擬できない場合や評価のための技術情報が不足する場合は、評価が 全側となるような工学的な条件を付して評価する ことができる。
2 本稿では、外部ハザード選定標準にある「決定論的なCDF評価」を「簡 易なPRA」、「PRA等の詳細なリスク評価」を単に「PRA」と呼称してい る。 3本稿では、「リスク評価」を、確率論的リスク評価(PRA)のみに限定せ ず、確定論的な裕度評価なども含めた広義の概念で使用している。 - 311 - iv プラントシステム全体の状態を事故シーケンスとし て評価することにより、例えば炉心損傷までの余裕な どのリスク情報を得ることができる。 v 事故シーケンスとして評価できることは、必要に応 じて、事故に備えて用意している可搬型設備などの活 用によるアクシデントマネジメントの有効性も含め て評価することができる。 vi 炉心損傷までの余裕といった影響の評価に加え、ハ ザードの発生頻度と組み合わせることによってその 事故シーケンスの頻度も推定できる。 このような裕度評価手法の特長によりリスクを評価す ることができ、断層変位のような外部事象に対するプラ ントの弱点を把握し、必要に応じて改善策を検討するの に有効である。また、裕度評価は、入力を暫時増加させ ていくことによって、想定を超える断層変位に対する評 価にも適している。 3.裕度評価手法の適用概念 原子炉建屋等の直下に断層変位を仮定した場合の裕度 評価手法の適用概念を検討した。 なお、地震起因の断層変位を評価する場合は、地震動 との重畳も考慮に入れる必要があるが、本稿では、変位 による影響を区別して評価することが重要との立場に立 ち、変位に対する評価に焦点を当てて記述する。 3.1 評価手順 評価手順をTable 1に示す。 1 断層変位による直接のコンタクトを受けるのは岩盤 に支持されている建屋であり、断層変位を強制変位と して建屋基礎版下端に入力し、3次元の非線形 FEM 解析によって、断層変位による建屋の損傷状態を評価 できる。なお、断層変位による建屋の構造健全性は、 床面、壁に発生するひずみのほか、建屋の傾斜や層間 変形に基づき評価する。 これらは、建屋内に設置されている機器・配管系の 評価に必要な情報であり、また、必要に応じて機器の 設置位置での局部的な建屋詳細モデルを採用するこ とで、個々の機器に対する一層精緻な評価が可能とな る。すなわち、断層変位に対する建屋側の評価は、機 器・配管系側の評価をフィードバックしてより詳細な 評価を行うプロセスをとることにより、評価全体を高 度化したものにすることができる。 2 機器・配管系は、建屋側からのアウトプットである 床面・壁のひずみに基づき支持機能を評価する。支持 機能が確保されている機器については、床面の傾き・ 変形、建屋間相対変位に基づき、構造損傷及び機能維 持評価を行う。なお、機器・配管系の評価は、原則と して原子力発電所耐震設計技術規程(JEAC4601-2008) に基づくが、建屋の損傷状態に応じて3次元非線形 FEM 解析等による弾塑性評価を実施し、実耐力を評 価する。 Table 1 Procedure of margin analysis utilizing accident sequences. - 312 - 建屋側からのアウトプットを引き継いだ機器・配管系 の簡略評価イメージをFig.1及びTable 2に示す。 3 機器・配管系の評価を受けて、事故シーケンスを活 用した評価を行う。 評価に当たっては、地震動に対する PRA などにお ける既存のモデルを利用して、断層変位の影響を考慮 できる事故シーケンス評価モデルを構築し、ある断層 変位量を想定したときの機器の損傷状態をインプッ トとして事故シーケンス評価モデルに基づくシステ ム評価を実施する。 断層変位量をパラメトリックに増大させたときの 炉心損傷シーケンスの有無を評価する(必要に応じ て格納容器機能喪失シーケンスの有無を評価)。 これにより、炉心損傷に支配的な事故シーケンスを 分析し、重要な安全機能の喪失、機器の損傷等を抽 出すること等により、断層変位に対するプラントの リスク情報を得る。 事故シーケンス評価(イベントツリー)の簡略イ メージをFig.2に示す。このイベントツリーの例にお いては、以下のように記述することができる。 ・地震との重畳を想定すると、主給水(深層防護レベ ル1)が地震動の影響により機能喪失する可能性が ある。 ・その場合、原子炉建屋にある影響緩和設備である補 助給水系(深層防護レベル2)により安全機能が維 持される。 ・断層変位量の程度や分散配置されている3台のポン プがそれぞれの断層からの距離等に応じて機能喪 失する場合は、補助建屋にある高圧注入ポンプを用 いたフィードアンドブリード(深層防護レベル3、 4)を活用する。 ・断層変位量の程度や分散配置されている2台のポン Fig.1 Determination concept of damage area. プがそれぞれの断層からの距離等に応じて機能喪 Table 2 Determination concept of damaged equipment for variety of amount of the fault displacement. - 313 - Fig.2 An example of evaluation utilizing accident sequences. 3.2 評価結果の整理と考察 裕度評価手法の適用により得られた結果を整理すると、 例えばTable 3のように示すことができる。 このようにして得られた結果の考察は、以下のように 記述することができる。 ・断層変位を想定した場合でも、深層防護の考え方に従 った多様な設備の分散配置の効果により、炉心損傷の 観点からの裕度を有している。 ・さらに、代替手段となりうる可搬ポンプはリスク低減 に有効である。 ・更なるリスクの抑制のために、追加の対応策を講じる 意思決定にも活用できる。 3.3 留意事項 本稿での断層変位に対する裕度評価手法の適用概念は、 裕度評価のイメージを示すことを目的とし、事故シーケ 失する場合は、代替手段として有効な可搬ポンプ等 (深層防護レベル4)を活用する。 ンスや損傷を評価する安全上重要な設備等を単純化して 示している。 実プラントの評価に適用する場合には、配管、ケーブ ル、従属性のあるサポート系設備等の評価対象となる設 備に対して、設備影響の範囲や損傷シナリオを適切に考 慮して評価していくことになる。 断層変位が原子力施設に与える影響を評価するための 工学的なリスク評価手法のうち、裕度評価手法の適用概 念を示した。 この手法の適用により、原子力安全のための評価をす ることができ、安全機能の確認とともに、得られたリス ク情報を活用して、炉心損傷に対する裕度や可搬設備の 有効性の検証、リスク低減のための更なる対応策ための 意思決定をすることができる。 なお、本稿の内容は三菱重工業(株)殿及び(株)大林組殿 との共同研究の内容に基づき適用概念としての整理を行 ったものであり、また、日本原子力学会「断層の活動性 と工学的なリスク評価」調査専門委員会における検討に 供し、同調査専門委員会での議論も参考にしている。こ こに記して謝辞とする。 参考文献 [1] 日本原子力学会、“日本原子力学会標準 外部ハザー ドに対するリスク評価方法の選定に関する実施基 準:2014”、一般社団法人日本原子力学会、2014年. 4.まとめ Table 3 An example of obtained risk information. - 314 -“ “断層変位に対する重要施設の影響評価手法 ~裕度評価手法の適用概念~“ “神谷 昌伸,Masanobu KAMIYA
最新の知見に照らした安全性向上の取組みを進めていく中で、既設の原子力発電所において、新たな情報等1によって重要施設直下に断層変位を想定した評価をする必 要が生じる場合もあり得る。 その際の施設の影響評価の手法としては、断層変位に対する建物・構築物、機器・配管系等の施設側のフラジリティデータの蓄積が今後本格的に進められようとしている状況からは、現状では確定論的な裕度評価手法を用いることが有効と考えらえる。 本稿では、断層変位に対する施設影響評価を行う際の裕度評価手法の適用概念について提示する。
2.裕度評価手法の位置づけ
日本原子力学会標準委員会において「外部ハザードに対するリスク評価方法の選定に関する実施基準:2014」[1] (以下「外部ハザード選定標準」という。)が制定されている。外部ハザード選定標準では、すべての外部ハザードに1 「新たな情報等」としては、調査・評価技術の進展や断層変位の出現事 例の蓄積、また、それらを踏まえた専門的知見の蓄積・高度化などが考えられる。 対して確率論的リスク評価(PRA)等の詳細なリスク評価が必要ではなく、リスク評価方法としては、定性的な評価、ハザード分析(発生頻度又は影響)、裕度評価、簡易なPRA評価など、様々な方法が考えられるとし、定量的リスク評価方法として、1ハザード発生頻度分析若しくは影響度分析によるリスク判断、2裕度評価、3簡易なPRA、4PRAの四つの方法を挙げている2。 本稿の対象である断層変位に対するリスク評価3を考えた場合、以下の観点から、2裕度評価手法の適用概念を構築することが有用であると判断した。 裕度評価手法は、 i 評価対象の断層変位量が数十 cm 程度となる場合、また、断層変位が生じる位置を限定できる場合において、断層変位の施設に対する影響の空間的な分布を把握し、安全上重要な設備の分散配置の効果を把握することができる。 ii 一部の施設が機能喪失に至っている状態も含めて、プラントシステム全体の機能を評価することができる。 iii 個々の設備の機能喪失状態を十分に模擬できない場合や評価のための技術情報が不足する場合は、評価が 全側となるような工学的な条件を付して評価する ことができる。
2 本稿では、外部ハザード選定標準にある「決定論的なCDF評価」を「簡 易なPRA」、「PRA等の詳細なリスク評価」を単に「PRA」と呼称してい る。 3本稿では、「リスク評価」を、確率論的リスク評価(PRA)のみに限定せ ず、確定論的な裕度評価なども含めた広義の概念で使用している。 - 311 - iv プラントシステム全体の状態を事故シーケンスとし て評価することにより、例えば炉心損傷までの余裕な どのリスク情報を得ることができる。 v 事故シーケンスとして評価できることは、必要に応 じて、事故に備えて用意している可搬型設備などの活 用によるアクシデントマネジメントの有効性も含め て評価することができる。 vi 炉心損傷までの余裕といった影響の評価に加え、ハ ザードの発生頻度と組み合わせることによってその 事故シーケンスの頻度も推定できる。 このような裕度評価手法の特長によりリスクを評価す ることができ、断層変位のような外部事象に対するプラ ントの弱点を把握し、必要に応じて改善策を検討するの に有効である。また、裕度評価は、入力を暫時増加させ ていくことによって、想定を超える断層変位に対する評 価にも適している。 3.裕度評価手法の適用概念 原子炉建屋等の直下に断層変位を仮定した場合の裕度 評価手法の適用概念を検討した。 なお、地震起因の断層変位を評価する場合は、地震動 との重畳も考慮に入れる必要があるが、本稿では、変位 による影響を区別して評価することが重要との立場に立 ち、変位に対する評価に焦点を当てて記述する。 3.1 評価手順 評価手順をTable 1に示す。 1 断層変位による直接のコンタクトを受けるのは岩盤 に支持されている建屋であり、断層変位を強制変位と して建屋基礎版下端に入力し、3次元の非線形 FEM 解析によって、断層変位による建屋の損傷状態を評価 できる。なお、断層変位による建屋の構造健全性は、 床面、壁に発生するひずみのほか、建屋の傾斜や層間 変形に基づき評価する。 これらは、建屋内に設置されている機器・配管系の 評価に必要な情報であり、また、必要に応じて機器の 設置位置での局部的な建屋詳細モデルを採用するこ とで、個々の機器に対する一層精緻な評価が可能とな る。すなわち、断層変位に対する建屋側の評価は、機 器・配管系側の評価をフィードバックしてより詳細な 評価を行うプロセスをとることにより、評価全体を高 度化したものにすることができる。 2 機器・配管系は、建屋側からのアウトプットである 床面・壁のひずみに基づき支持機能を評価する。支持 機能が確保されている機器については、床面の傾き・ 変形、建屋間相対変位に基づき、構造損傷及び機能維 持評価を行う。なお、機器・配管系の評価は、原則と して原子力発電所耐震設計技術規程(JEAC4601-2008) に基づくが、建屋の損傷状態に応じて3次元非線形 FEM 解析等による弾塑性評価を実施し、実耐力を評 価する。 Table 1 Procedure of margin analysis utilizing accident sequences. - 312 - 建屋側からのアウトプットを引き継いだ機器・配管系 の簡略評価イメージをFig.1及びTable 2に示す。 3 機器・配管系の評価を受けて、事故シーケンスを活 用した評価を行う。 評価に当たっては、地震動に対する PRA などにお ける既存のモデルを利用して、断層変位の影響を考慮 できる事故シーケンス評価モデルを構築し、ある断層 変位量を想定したときの機器の損傷状態をインプッ トとして事故シーケンス評価モデルに基づくシステ ム評価を実施する。 断層変位量をパラメトリックに増大させたときの 炉心損傷シーケンスの有無を評価する(必要に応じ て格納容器機能喪失シーケンスの有無を評価)。 これにより、炉心損傷に支配的な事故シーケンスを 分析し、重要な安全機能の喪失、機器の損傷等を抽 出すること等により、断層変位に対するプラントの リスク情報を得る。 事故シーケンス評価(イベントツリー)の簡略イ メージをFig.2に示す。このイベントツリーの例にお いては、以下のように記述することができる。 ・地震との重畳を想定すると、主給水(深層防護レベ ル1)が地震動の影響により機能喪失する可能性が ある。 ・その場合、原子炉建屋にある影響緩和設備である補 助給水系(深層防護レベル2)により安全機能が維 持される。 ・断層変位量の程度や分散配置されている3台のポン プがそれぞれの断層からの距離等に応じて機能喪 失する場合は、補助建屋にある高圧注入ポンプを用 いたフィードアンドブリード(深層防護レベル3、 4)を活用する。 ・断層変位量の程度や分散配置されている2台のポン Fig.1 Determination concept of damage area. プがそれぞれの断層からの距離等に応じて機能喪 Table 2 Determination concept of damaged equipment for variety of amount of the fault displacement. - 313 - Fig.2 An example of evaluation utilizing accident sequences. 3.2 評価結果の整理と考察 裕度評価手法の適用により得られた結果を整理すると、 例えばTable 3のように示すことができる。 このようにして得られた結果の考察は、以下のように 記述することができる。 ・断層変位を想定した場合でも、深層防護の考え方に従 った多様な設備の分散配置の効果により、炉心損傷の 観点からの裕度を有している。 ・さらに、代替手段となりうる可搬ポンプはリスク低減 に有効である。 ・更なるリスクの抑制のために、追加の対応策を講じる 意思決定にも活用できる。 3.3 留意事項 本稿での断層変位に対する裕度評価手法の適用概念は、 裕度評価のイメージを示すことを目的とし、事故シーケ 失する場合は、代替手段として有効な可搬ポンプ等 (深層防護レベル4)を活用する。 ンスや損傷を評価する安全上重要な設備等を単純化して 示している。 実プラントの評価に適用する場合には、配管、ケーブ ル、従属性のあるサポート系設備等の評価対象となる設 備に対して、設備影響の範囲や損傷シナリオを適切に考 慮して評価していくことになる。 断層変位が原子力施設に与える影響を評価するための 工学的なリスク評価手法のうち、裕度評価手法の適用概 念を示した。 この手法の適用により、原子力安全のための評価をす ることができ、安全機能の確認とともに、得られたリス ク情報を活用して、炉心損傷に対する裕度や可搬設備の 有効性の検証、リスク低減のための更なる対応策ための 意思決定をすることができる。 なお、本稿の内容は三菱重工業(株)殿及び(株)大林組殿 との共同研究の内容に基づき適用概念としての整理を行 ったものであり、また、日本原子力学会「断層の活動性 と工学的なリスク評価」調査専門委員会における検討に 供し、同調査専門委員会での議論も参考にしている。こ こに記して謝辞とする。 参考文献 [1] 日本原子力学会、“日本原子力学会標準 外部ハザー ドに対するリスク評価方法の選定に関する実施基 準:2014”、一般社団法人日本原子力学会、2014年. 4.まとめ Table 3 An example of obtained risk information. - 314 -“ “断層変位に対する重要施設の影響評価手法 ~裕度評価手法の適用概念~“ “神谷 昌伸,Masanobu KAMIYA