研究開発段階発電用原子炉の特徴を考慮した 保守管理の提案 (2)適用事例

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カテゴリ: 第13回
1.はじめに
原子力発電所の保守管理に関しては、基本要件が日本電気協会で「原子力発電所の保守管理規程(JEAC4209)」 [1]として規格化されており、更に内容の理解促進を図るために「原子力発電所の保守管理指針(JEAG4210)」[2] が発行されている。JAEAC4209 およびJEAG4210の対象は、これまでに長年の運転経験を有する軽水炉(現状で唯一の実用発電用原子炉(以下、「実用炉」という。))であり、運転経験が限られる研究開発段階発電用原子炉(以下、「研開炉」という。)に適用する際には十分な配慮が必要である。そこで、本研究では、保守管理において考慮すべき研開炉の特徴を明確にし、その特徴を考慮して、JEAC4209の研開炉への適用性を分析し、研開炉の特徴を考慮した保守管理を提案した[3]。本報告では提案した研開炉の保守管理の考え方に基づき、保全計画策定の考え方を明確にした上で、ナトリウム冷却高速炉の特有な機器である原子炉冷却材バウンダリの保全計画(点検計画)を検討した。
2.保全計画の策定の考え方
保全計画の策定(MC-11)では、先に設定した保全重要度に基づき、保全の有効性評価の結果を踏まえながら、保全計画(「点検計画」、「補修、取替え及び改造計画」及び「特別な保全計画」)を策定することを要求している。 また、必要に応じて、運転経験、使用・運転環境、劣化・故障モード、設計的知見、及び科学的知見を考慮することとなっている。JEAG4210では、高経年化技術評価の知見を取り入れ、機種ごとに各部位に発生する劣化事象とその検知方法を整理した「劣化メカニズム整理表」の例が紹介されているが、現在の軽水炉の保全計画の策定において、この「劣化メカニズム整理表」が実務的な中心になっていると考えられる。参考として、軽水炉に おいて、「劣化メカニズム整理表」がまとめられた段階を整理すると以下のようになる。
Step 1: 高経年化技術評価の実施。 Step 2: 国内 14 基の高経年化技術評価の結果から、機 種ごとに各部位に発生する劣化事象を「経年劣化メカニ ズムまとめ表」として整理し、標準化[4]。 Step 3: 各電力の保全経験をもとに、「経年劣化メカニ ズムまとめ表」に保全項目(検知方法等)を追加し、国 内の電力会社共通の表として「劣化メカニズム整理表」 を整備するとともに、運転経験を反映して、定期的に更 新。 研開炉は、運転経験が限られ保全対象や保全技術自体 が研究開発対象であるという特徴から、特に研開炉特有 の機器に対しては、現在の軽水炉で活用されている「劣 化メカニズム整理表」に相当するものの存在を仮定した 保全計画の設定の要求は現実的ではない。研開炉では、 連絡先:近澤 佳隆、〒313-1393 東茨城郡大洗町成田 町4002番地、日本原子力研究開発機構、 E-mail: chikazawa.yoshitaka@jaea.go.jp - 327 - まずは、実験炉等の先行炉や海外炉の運転経験、設計的 知見及び科学的知見から考慮すべき劣化事象を抽出し、 代表部位での実データ取得による設計的知見の確認等を 行いながら、運転経験を継続的に反映して経年劣化事象 に関する知見を拡充していくことが重要である(図 1)。 また、その際、同じく研開炉の特徴である設計で考慮さ れた裕度や、設備追加等による安全性向上策を踏まえて、 総合的な安全性が確保されていることを確認することも 重要である。 Fig.1 Steps for Knowledge Expansion of Aging Degradation 3.ナトリウム冷却炉の配管の特徴 提案した保全計画策定の考え方に基づき、ナトリウム 冷却高速炉の特有な機器である原子炉冷却材バウンダリ の保全計画(点検計画)を検討した例を示す。 研開炉の保全計画の策定に当たっては、実験炉等の先 行炉や海外炉の運転経験、設計的知見及び科学的知見か ら考慮すべき劣化事象を抽出する必要がある。ナトリウ ム冷却高速炉の原子炉冷却材バウンダリについては、以 下のような知見がある。 まず、構造材料とナトリウムの共存性に関しては、充 実した知見が存在する[5]。一般に液体金属中に固体材料 を浸すと成分元素が溶出する。系内に温度差がない場合、 溶解度に達すればそれ以上溶出することはないが、温度 差がある場合、高温部分で溶出した元素が、流動により 輸送され低温部で過飽和となって析出するため(質量移 行)、高温部分での溶出が継続する。原子炉冷却材バウン ダリでは当然、系内に温度差があるため、質量移行現象 に注目する必要がある。また、ナトリウム中は還元雰囲 気のため、水環境のような材料の直接的な酸化(腐食) はないが、溶出元素が、ナトリウム及び溶存酸素と複合 酸化物を形成することから、溶存酸素濃度の上昇ととも に見掛けの溶解度が増加する。以上のように、ナトリウ ム環境においては、水環境のような材料の酸化物形成、 成長と剥離の繰り返しによる減肉の進行は発生し難く、 系内の温度分布による質量移行と溶存酸素による挙動の 加速が主要な腐食進行因子となる。こうした知見に基づ き、高速炉用設計・建設規格[6]では、液体ナトリウム接 液面のくされ代の評価式を規定している。例として、温 度500°C、酸素濃度5 ppm、30年間のSUS304のくされ代 を評価すると約0.03 mm であり、ごくわずかであること がわかる。 また、クリープ温度域で使用され、主たる荷重が熱過 渡に伴う変位制御型であることから、クリープ疲労損傷 による亀裂の発生・進展が懸念される。しかしながら、 クリープ疲労損傷については、研開炉の特徴として、評 価法に大きな裕度(約100倍)が考慮されている[10,11]。 運転経験の観点からは、国内実験炉の運転経験は良好 であるものの、海外炉においていくつかの不具合が報告 されている。設計・製作時の不良を別とした主な不具合 の原因は、上記の科学的知見の前提であるナトリウム純 度や熱過渡の管理が不適切であったことである。 以上より、現状知見において、質量移行による減肉と クリープ疲労損傷による亀裂が、ナトリウム冷却高速炉 の原子炉冷却材バウンダリの劣化事象として懸念される が、いずれも設計において対応がなされており、ナトリ ウム純度の管理や熱過渡の管理を適切に実施すれば、こ れらの劣化事象が顕在化することはないと考えられる。 次に、研開炉の特徴である設計で考慮された大きな裕 度や、設備追加等による安全性向上策を踏まえて、総合 的な安全性が確保されていることを確認する。 質量移行やクリープ疲労損傷に関する設計での考慮は 既に述べた通りである。追加設備については、例えば、 ガードベッセルや漏えい検知設備が挙げられる。万が一 の原子炉冷却材漏えいの場合にも、低圧系であることか ら、ガードベッセルで液位を確保することにより、原子 炉施設の安全性は確保される。また、ナトリウムの特徴 として電気伝導度や化学的活性が高いことから、微小な - 328 - エロージョンについては、材料とナトリウムの高い共 存性を考慮して、純粋な機械的侵食の可能性に注意する 必要があるが、これまでの実験結果からはエロージョン 発生の可能性は極めて小さい[7,8]。実際に「常陽」の改 造工事(Mk-III工事)のために切り出された配管(高温流 動ナトリウム(約 5.2m/s)に 5 万時間以上接触)を観察 しても、エルボ部でも侵食は観察されていない[9]。 漏えいであっても接触型やガスサンプリング型検出器に より検出が可能であり、常時、バウンダリが維持されて いることが確認できるとともに、万が一の漏えいの際に も、漏えいが炉心の冷却に影響を与える以前の段階で検 知することが可能である。仮に貫通亀裂が発生しても低 圧系であり瞬時破断に至らないこと、亀裂を進展させる 主要な荷重がプラントの起動停止に伴い発生する熱荷重 であり実時間における亀裂の進展速度は極めて緩慢であ ることも、ナトリウム冷却高速炉の安全裕度向上策とし て、連続漏えい監視が効果的である根拠となる。なお、 仮にナトリウムが漏えいした場合、保温材等が変色する ことから、原子炉停止中の目視により、漏えいの有無を 確認することも可能であり、適宜、連続漏えい監視と漏 えい痕目視を組み合わせることも有効である。 4.ナトリウム冷却炉の配管の保全事例の案 以上の検討結果に基づき、ナトリウム冷却高速炉の原子 炉冷却材バウンダリに対する保全計画を策定する。 (1) 保全重要度の設定 研開炉では、原則として、安全機能の重要度から保全の 重要度が設定されるが、原子炉冷却材バウンダリである ことから、安全機能の重要度は高く、従って保全重要度 も高い。 (2) 劣化事象の抽出 保全重要度が高いことから、供用期間中、要求機能(バ ウンダリ機能)が維持される必要がある。点検項目の設 定のために必要な情報として、考慮すべき劣化事象を抽 出しなければならないが、研開炉においては、実験炉等 の先行炉や海外炉の運転経験、設計的知見及び科学的知 見に基づき抽出する。上述の通り、現状知見では質量移 行とクリープ疲労損傷が懸念されるが、設計対応されて おり、ナトリウム純度や熱過渡の適切な運転管理を前提 とした場合、劣化は無視できる。 (3) 点検項目の設定 現状知見において顕在化が懸念される劣化事象はないが、 研開炉の保守管理においては、以下の二点を追加考慮す る。まず、実データの取得により、劣化メカニズム抽出 の前提条件や設計的知見の妥当性の確認を実施し、経年 劣化事象に関する知見を拡充する。また、安全裕度向上 の観点から対象機器が健全であることの確認を実施する。 一点目の観点からは、劣化事象抽出の前提となっている 熱過渡及びナトリウム純度管理が適切に実施されている か確認する。また、設計手法の実証データ取得のために、 体積検査を実施する。なお、体積検査の実施部位及び頻 度に関しては、設計手法の実証の観点から有意なデータ が取得できるように設定する。二つ目の観点からは、連 続漏えい監視に適宜、漏えい痕の確認を組み合わせるこ とにより、バウンダリが健全であることを確認する。 以上をまとめた結果を図 2 に示す。熱過渡・純度管理、 連続漏えい監視(+漏えい痕確認)及び体積検査の全体 で、原子炉冷却材バウンダリの保全を構成する。データ 蓄積による設計手法の実証等により、研開炉の信頼性が より向上すると期待される。 Fig.2An Example of Maintenance Program of Reactor Coolant Boundaries of Sodium-Cooled Fast Reactors 5.まとめ 提案した研開炉の保守管理の考え方に基づき、保全計 画策定の考え方を明確にした上で、ナトリウム冷却高速 炉の特有な機器である原子炉冷却材バウンダリの保全計 画(点検計画)を検討した。考慮すべき劣化メカニズム はないが、実機における知見収集の観点からナトリウム 純度等の管理を行うこと、安全裕度向上の観点から連続 漏えい監視等を実施すること、設計手法の実証の目的で 代表部位に対し体積検査を実施することを特徴として明 確にした。 謝辞 山口彰教授(東大院)、出町和之准教授(東大院)、鈴 木直浩氏(中部電力(株))、西村貢氏(東京電力(株))、 横田昌樹氏(関西電力(株))、小林則宏氏(中国電力 (株))、笠毛誉士氏(九州電力(株))には、貴重なご 意見を頂きましたことを感謝いたします。 参考文献 [1] 日本電気協会:“原子力発電所の保守管理規程”, JEAC4209-2014 (2014). [2] 日本電気協会:“原子力発電所の保守管理指針”, JEAG4210-2014(2014). - 329 - [7] [3]高屋茂ら、本講演会 F.R. Standley,HEDL TME71-99 (1971). [4] 日本原子力学会:“原子力発電所の高経年化対策実施 [8] 動力炉・核燃料開発事業団:動力炉技報No.42、PNC 基準:2008”,AESJ-SC-P005 (2008). TN134-82-02 (1982). [5] 核燃料サイクル開発機構 ナトリウム教育委員会 :, [9] 磯崎和則ら、JNC TN9440 2005-003 (2005). JNC TN9410 2005-011 (2005). [10] K. Watashi et al., Transactions of the 9th International [6] 日本機械学会 :“発電用原子力設備規格 設計・建設 Conference on Structural Mechanics in Reactor 規格(2014 年追補)第II 編 高速炉規格”, JSME S Technology, vol. L, pp.207-212 (1987). NC2-2014 (2014). [11] K. Watashi et al., Ibid., pp.93-98. - 330 -“ “研究開発段階発電用原子炉の特徴を考慮した 保守管理の提案 (2)適用事例“ “近澤 佳隆,Yoshitaka CHIKAZAWA,髙屋 茂,Shigeru TAKAYA,林田 貴一,Kiichi HAYASHIDA,田川 明広,Akihiro TAGAWA,久保 重信,Shigenobu KUBO,山下 厚,Atsushi YAMASHITA
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