「フェニックス」の事故事例・保全の観点から見た研究開発段階炉「もんじゅ」のリスクコミュニケーションの在り方
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カテゴリ: 第13回
1. はじめに
充分な情報が無く身近でない技術の問題は、社会的受け入れに時間を要する。19世紀産業革命の象徴であった蒸気機関では、1820 年代半ばにイギリスで始まった鉄道の商業利用にその典型を見ることができる。20世紀後半 から社会的利用が始まった軽水炉原子力発電所でも、低線量放射線の人体への影響に加えて、高レベル放射性廃棄物の処分が社会の大きな関心になっている。 フランスでは、2010年に使命を終えた原型炉Phenix(25万kWe)の成果に基づき、長寿命放射性核種の減量・潜在的有害度低減(放射能早期低減)の現実的な選択として、2012年に実証炉ASTRID(60万kWe)の技術仕様を決定した。スケジュール的には2025年頃から運転開始を予定している。2014年4月に定められたエネルギー基本計画では、研究開発段階炉「もんじゅ」も「高レベル放射性廃棄物減容・潜在的有害度低減技術等の向上のための国際的研究拠点」と位置づけられている。なお、ロシアの原型炉BN600(60万kWe)は、1982年から2012年までの平均稼働率約74%の実績を踏まえて、2040年までの60年間運転を予定している。 本稿では、我国の研究開発段階(原型)炉「もんじゅ」 に関するリスクコミュニケーションの在り方の基本情報 を得る目的で、Phenixでの事故例と保全の関係を取り上げる。目的は、研究開発段階炉の運用経験を通して、事故発生リスクを持続的に低減させ安全性・信頼性を向上させる具体的な保全の在り方を検討し、「もんじゅ」の運転再開に活用することにある。
2.「フェニックス」での事故例と保全の観点
研究開発段階炉のナトリウム冷却材に対するバンダリー構成材であるステンレス鋼は、酸素濃度が管理されている環境では腐食(脱炭・浸炭)は想定不要である。この事実は、実験炉「常陽」の高経年化評価で測定された配管腐食が有意でないことからも確認されており、保全対象事象としては考慮不要である。加えて、酸素濃度が管理されている環境では、応力腐食割れ(SCC)発生の環境要因である溶存酸素があるため実用軽水炉で問題となるSCCも、保全対象の劣化事象とはならない。更に、実用軽水炉で想定される炉容器内での照射誘起応力腐食割れ (IASCC)もナトリウム環境では生じない。また、蒸気発生器のナトリウム環境側では、腐食生成物が極めて少なくデンティングは想定不要である。 高温低圧(最高約530°C、1MPa 以下)系の研究開発段階ナトリウム炉では、起動 / 停止や温度が異なるナトリウムの混合に伴う温度変化による熱応力疲労あるいは高温部におけるクリープ疲労によるき裂が劣化事象となる。熱膨張による変位応力・温度変動によるこの種の疲労の大きな箇所(熱交換配管固定部、エルボ接続配管部、ティ接続配管部など)は予め想定できることから、保全の観点から注目すべ場所は特定できる。 但し、研究開発段階炉の宿命として、経験がないため予め想定できない事象が組み合わさることにより、想定外の場所で保全対象となり得る事象が事故として生じる可能性がある。これらの具体例をフェニックスの事例で紹介する。
2.1 中間熱交換器での事故例[1]
1 次系から 2 次系へ熱交換する直管型中間熱交換器では、2次系の高温となる出口管と低温で戻ってくる入口管の温度差が大きいため配管の伸びの差による応力が生じる。設計が適切であっても経年劣化事象として疲労による冷却材漏えいの可能性に配慮し、保全のための監視と点検が必要である。 「フェニックス」では、この部位での応力集中の評価が甘く、本格運転から3年目と4年目に、3系統の6個(各系統2個)の中間熱交換器のうちの3個で応力集中による溶接部き裂漏えいが異なる時期に生じた (Fig.1)。ただし、2 系統での 2/3 定格運転も断続的に続けて翌年には3系統での定格運転に戻っている。 2.2 ナトリウム加熱「再熱器」での事故例[1] 2 次系ナトリウム加熱による蒸気発生器で作り出された高温過熱蒸気により、「フェニックス」は熱効率44.4% の発電実績を残している。劣化事象に起因するき裂発生により、ナトリウム-水反応が想定される設備であり、 当然、保全のための監視と点検が求められる。 発電開始直後のみ生じる蒸気中に混入する水(滴)が、再熱器入口部付近の伝熱管突合せ溶接部に接触・蒸発する事象が発生していた(事故後確認)。本格運転から9年目と10年目に、この事象による熱応力で疲労き裂が生じ、 4 回のナトリウム-水反応事故が発生した( Fig.2 )。 但し、同年のうちに定格運転に復帰している。
Fig.1 Sodium Leak due to Faulty Design Fig.2 Sodium-Water Reaction
3. 福島第一事故の教訓から見た「もんじゅ」 規制委員会発足以前のもんじゅの安全性確保の要点を紹介する。原子炉建屋の敷地高さは海抜21メートルであり、日本海側での津波対策としては十分である。電源喪失を想定して、原子炉出口温度が529°Cであることを活用し、自然循環による空気冷却で崩壊熱を除去出来る。冗長性の観点から3系統が用意されているが、1系統の作動で機能を果たす。ナトリウム冷却炉はポンプ圧のみの低圧システムであるため、軽水炉のように短時間での冷却材の喪失は想定しない。ただし、漏洩による冷却材液位の大幅な低下を防止するため、原子炉容器などの主要容器にはガードベッセルが用意されている。重要度の高い設備は、裕度ある耐震性能が重要である。もんじゅは、断層の連動も考慮した活断層評価を行い、最大マグニチュード7.8、原子炉建屋基盤での最大加速度 760 ガルとする基準地震動で耐震評価が行われている。3.11の福島第一事故以降、旧原子力安全・保安院の指示により、ストレステストとしての評価も行われた。その際の評価値である鉄筋コンクリート造り耐震壁の(終局強度)せん断ひずみ基準値と比較して、この基準地震動に対するもんじゅ原子炉建屋、原子炉補助建屋の耐震裕度は 2.2 倍と評価された。また、規制委員会設置後、マスコミでも取り上げられた破砕帯問題は、規制委員会が問題なしと評価した。
参考資料 [1] J.F.SAUVAGE : “ Phenix -30 Years of History : The Heart of a Reactor- ”, CEA/EDF, July 2004.“ “「フェニックス」の事故事例・保全の観点から見た研究開発段階炉「もんじゅ」のリスクコミュニケーションの在り方“ “杉山 憲一郎,Ken-Ichiro SUGIYAMA
充分な情報が無く身近でない技術の問題は、社会的受け入れに時間を要する。19世紀産業革命の象徴であった蒸気機関では、1820 年代半ばにイギリスで始まった鉄道の商業利用にその典型を見ることができる。20世紀後半 から社会的利用が始まった軽水炉原子力発電所でも、低線量放射線の人体への影響に加えて、高レベル放射性廃棄物の処分が社会の大きな関心になっている。 フランスでは、2010年に使命を終えた原型炉Phenix(25万kWe)の成果に基づき、長寿命放射性核種の減量・潜在的有害度低減(放射能早期低減)の現実的な選択として、2012年に実証炉ASTRID(60万kWe)の技術仕様を決定した。スケジュール的には2025年頃から運転開始を予定している。2014年4月に定められたエネルギー基本計画では、研究開発段階炉「もんじゅ」も「高レベル放射性廃棄物減容・潜在的有害度低減技術等の向上のための国際的研究拠点」と位置づけられている。なお、ロシアの原型炉BN600(60万kWe)は、1982年から2012年までの平均稼働率約74%の実績を踏まえて、2040年までの60年間運転を予定している。 本稿では、我国の研究開発段階(原型)炉「もんじゅ」 に関するリスクコミュニケーションの在り方の基本情報 を得る目的で、Phenixでの事故例と保全の関係を取り上げる。目的は、研究開発段階炉の運用経験を通して、事故発生リスクを持続的に低減させ安全性・信頼性を向上させる具体的な保全の在り方を検討し、「もんじゅ」の運転再開に活用することにある。
2.「フェニックス」での事故例と保全の観点
研究開発段階炉のナトリウム冷却材に対するバンダリー構成材であるステンレス鋼は、酸素濃度が管理されている環境では腐食(脱炭・浸炭)は想定不要である。この事実は、実験炉「常陽」の高経年化評価で測定された配管腐食が有意でないことからも確認されており、保全対象事象としては考慮不要である。加えて、酸素濃度が管理されている環境では、応力腐食割れ(SCC)発生の環境要因である溶存酸素があるため実用軽水炉で問題となるSCCも、保全対象の劣化事象とはならない。更に、実用軽水炉で想定される炉容器内での照射誘起応力腐食割れ (IASCC)もナトリウム環境では生じない。また、蒸気発生器のナトリウム環境側では、腐食生成物が極めて少なくデンティングは想定不要である。 高温低圧(最高約530°C、1MPa 以下)系の研究開発段階ナトリウム炉では、起動 / 停止や温度が異なるナトリウムの混合に伴う温度変化による熱応力疲労あるいは高温部におけるクリープ疲労によるき裂が劣化事象となる。熱膨張による変位応力・温度変動によるこの種の疲労の大きな箇所(熱交換配管固定部、エルボ接続配管部、ティ接続配管部など)は予め想定できることから、保全の観点から注目すべ場所は特定できる。 但し、研究開発段階炉の宿命として、経験がないため予め想定できない事象が組み合わさることにより、想定外の場所で保全対象となり得る事象が事故として生じる可能性がある。これらの具体例をフェニックスの事例で紹介する。
2.1 中間熱交換器での事故例[1]
1 次系から 2 次系へ熱交換する直管型中間熱交換器では、2次系の高温となる出口管と低温で戻ってくる入口管の温度差が大きいため配管の伸びの差による応力が生じる。設計が適切であっても経年劣化事象として疲労による冷却材漏えいの可能性に配慮し、保全のための監視と点検が必要である。 「フェニックス」では、この部位での応力集中の評価が甘く、本格運転から3年目と4年目に、3系統の6個(各系統2個)の中間熱交換器のうちの3個で応力集中による溶接部き裂漏えいが異なる時期に生じた (Fig.1)。ただし、2 系統での 2/3 定格運転も断続的に続けて翌年には3系統での定格運転に戻っている。 2.2 ナトリウム加熱「再熱器」での事故例[1] 2 次系ナトリウム加熱による蒸気発生器で作り出された高温過熱蒸気により、「フェニックス」は熱効率44.4% の発電実績を残している。劣化事象に起因するき裂発生により、ナトリウム-水反応が想定される設備であり、 当然、保全のための監視と点検が求められる。 発電開始直後のみ生じる蒸気中に混入する水(滴)が、再熱器入口部付近の伝熱管突合せ溶接部に接触・蒸発する事象が発生していた(事故後確認)。本格運転から9年目と10年目に、この事象による熱応力で疲労き裂が生じ、 4 回のナトリウム-水反応事故が発生した( Fig.2 )。 但し、同年のうちに定格運転に復帰している。
Fig.1 Sodium Leak due to Faulty Design Fig.2 Sodium-Water Reaction
3. 福島第一事故の教訓から見た「もんじゅ」 規制委員会発足以前のもんじゅの安全性確保の要点を紹介する。原子炉建屋の敷地高さは海抜21メートルであり、日本海側での津波対策としては十分である。電源喪失を想定して、原子炉出口温度が529°Cであることを活用し、自然循環による空気冷却で崩壊熱を除去出来る。冗長性の観点から3系統が用意されているが、1系統の作動で機能を果たす。ナトリウム冷却炉はポンプ圧のみの低圧システムであるため、軽水炉のように短時間での冷却材の喪失は想定しない。ただし、漏洩による冷却材液位の大幅な低下を防止するため、原子炉容器などの主要容器にはガードベッセルが用意されている。重要度の高い設備は、裕度ある耐震性能が重要である。もんじゅは、断層の連動も考慮した活断層評価を行い、最大マグニチュード7.8、原子炉建屋基盤での最大加速度 760 ガルとする基準地震動で耐震評価が行われている。3.11の福島第一事故以降、旧原子力安全・保安院の指示により、ストレステストとしての評価も行われた。その際の評価値である鉄筋コンクリート造り耐震壁の(終局強度)せん断ひずみ基準値と比較して、この基準地震動に対するもんじゅ原子炉建屋、原子炉補助建屋の耐震裕度は 2.2 倍と評価された。また、規制委員会設置後、マスコミでも取り上げられた破砕帯問題は、規制委員会が問題なしと評価した。
参考資料 [1] J.F.SAUVAGE : “ Phenix -30 Years of History : The Heart of a Reactor- ”, CEA/EDF, July 2004.“ “「フェニックス」の事故事例・保全の観点から見た研究開発段階炉「もんじゅ」のリスクコミュニケーションの在り方“ “杉山 憲一郎,Ken-Ichiro SUGIYAMA