-社会と共に考える原子力安全-

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カテゴリ: 第13回
1.はじめに
平成23年3月11日、わが国における最大級のM9 の東北地方太平洋沖地震が発生した。これにより北は三 陸沖から南は銚子沖までの全長500kmx幅200k mもの地殻が数10mも動くという変動が発生し、未曾 有の津波が東日本を襲い、多くの発電所が被災すること となった。福島第一原子力発電所には15mもの津波が 押し寄せ、3つの原子炉の過酷事故というわが国初の事 態となった。これは多くのことを考えさせるものであっ た。 直接的な原因は自然災害への配慮の不足と不十分な想 定であった。一方、さらに深く要因を探ると、全ての自 然災害の脅威に着目した対応では無かったこと、アクシ デントマネジメントが不足していたこと、特に自然災害 などの外的事象に対する設計基準を超えた事象に対する アクシデントマネジメントが全くできていなかったこと、 新たな学術的な知見に対する対応の考え方や仕組みがで きていなかったこと、設備の機能に対するシステムとし ての見方ができず、サポート機器である電源の喪失によ り重要な安全機能を全て失うと言う事態を想定できず、 緊急時の対応が全てできない状況を生んでしまったこと、 緊急時の指揮や判断機能などの組織、体制ができず、効 果的な対応策が取れなかったことなどが重要な要因とし てあげられる。 多くの提案は実行され、原子力発電所の現在の自然災 害に対する耐性、安全性は格段に向上し、規制の要求を 満たし、再稼働には問題のないところまで至ったと言え る。 原子力安全は単に発電所のもしくは事業者のためのも のではなく、原子力安全の特殊性から、その安全は社会 とともに考えなければならない。原子力安全の評価の要 素は不確実性が高く、定量的に把握できていない因子が 多い。自然災害のような現象が複雑で影響の特定が容易 ではない事象、不確実性の高いシナリオ要因に対して、 リスク評価を行い、シナリオを選択したり、安全策を選 択したりすることが必要である。それは、設備の機能喪 失を起さない、安全確保のためばかりではなく、万一の 事故時の対応策の選択を判断することにも必要である。 原子力発電所の安全確保が住民の安全を高めることを目 的とすることから、防災の領域にリスク評価を適用する ことにより、住民一人一人のみならず社会としての、よ り安全性の高い対応策の選択が行われる。一つの原子力 発電所とその地域住民の地域全体の安全が確保されるも のとなる。
2.事故の経緯と課題 平成 23 年 3 月 11 日東北地方太平洋沖に発生したプレ ート境界地震により未曾有の津波が東日本を襲ったが、 全ての原子力発電所は計画通りに停止した。しかし、そ の後、東京電力福島第一原子力発電所では、主要な機器、 設備のほぼ全てがその機能を失う事態となり、大きな残 留発熱を有する炉心燃料の冷却ができなくなってしまっ た。それにより、燃料は損傷し、格納容器などの隔離機 能も熱により喪失する事態となり、大量の放射性物質を 大気、および海洋に放出する事態となってしまった。そ れにより未だにこの事態は社会から受け入れられていな い。なぜそのような放射性物質を大量に放出する原子力 事故が発生してしまったのか。その主要な要因は、津波 の想定が不十分であったことであり、事故への展開を止 めるアクシデントマネジメント(AM)策が不十分であ ったということである。そこには、以下の 4 つの課題が あげられる。 一つは、災害要因となる自然現象の原子力発電所への 脅威を広く考えてこなかったことである。地震以外には ほとんど手を付けてこなかったことである。 二つ目には、新たに得られた知見の扱いを明確にして おらず、他分野の学会との連携も悪く、日進月歩の津波 評価技術を適切に取り入れ、津波高さを見直すというこ とができていなかったことである。日本原子力発電の東 海第二発電所では、かろうじて防潮壁の工事が進められ、 一部完成したことで大事には至らなかったことは幸いで あった。 三つ目には、いわゆる安全系などの主要機器を支える サポートシステムと言われる電源が、意外に安全系の機 能を左右するほどに重要な役割を持っており、その電源 の停止で安全系の機能がほとんどすべて失うことになっ てしまったことである。このようにシステムとしての機 能の把握、評価が重要であることがわかった。 四つ目は、安全確保を何重にもした安全系の設備に頼 ってしまい、それらの機能を全て失う事態には、十分な 対応の手立てを持っていなかったということである。す なわち、真に必要な深層防護のレベル4(第四層)の、 想定外の事態への対応である。 これらの原子力発電所を造る、運用することに対する 多くの課題が明確になり、個々には様々に対策が取られ るようになった。 3.残された課題、リスク評価の役割 福島第一事故以前の事故をみても、必ず設計上の 問題が現れ、それは避けられない状況にある。常に 見直す姿勢が必要である。過去の経緯を見ると、人 間のミスなど、人に係わる部分での事故要因や不具 合要因も多く、欧米では、既にリスク評価に取り組 み、想定外事象に対しての安全性の確保に生かして いる。先に示した課題への対応として新たに規制基 準が整備された。新規制基準の多くは、設計要因へ の対応で、ほとんどが設備の対策であり、新規制基 準はソフト面での対応では、十分な対策となっては いない。このリスク評価への取り組みは、欧米では、 既にTMI(スリーマイル島)事故以降、積極的に 取り組み、様々な対策に生かしている。 深層防護の観点から、安全確保は、設計での対応、 運用での対応、防災での対応と独立した安全確保策 がとられている。それぞれの安全確保策は、リスク 評価で位置づけられ、それぞれが役割を分担してリ スクを効果的に下げる目的を果たしている。 リスクとは、被害の大きさと発生の確率を掛けた ものとして現わされるが、被害の大きさを何にする か、それぞれの分野のリスクを同じ土俵で評価する には、同じものとしなければならない。物事には必 ずリスクはあり、どの程度のリスクを受け入れ、選 択をして行くかが重要な判断となる。安全の確保は、 全体として低いリスクを確保することであり、どこ までリスクを許容し受け入れるかを決めて行かな ければならない。原子力発電のリスクは言われてき ただけだが、今回の事故によりそれがどの程度のも のか、の想像がつくリスクとなった。原子力のリス クは社会リスクである。社会としてどこまでの、ど の程度のリスクを受け入れるかを決めなければな らない。 安全規制は、主に設備による安全確保策の充実で ある。しかし、設備に頼る事故の防止策だけではな く、リスク低減策を設計、運用、防災のそれぞれの 領域で適切に施策を施すことにより成り立たせる ことが、安全を確実にするために必要なことである。 ハードウェアに頼り、絶対安全を確保するのではな く、運用でのソフトウェアを含め、防災まででリス クを少なくする安全策を確保することを社会とと もに考え、適切な方策を選択していく。今、必要な - 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351 - むことで、判断を共通化し、定量的なリスク値を与え、 れた一方、更に適切な対策を考えることが必要であると 言うこと教訓も得た。住民目線での原子力安全と防災を 重要な判断も客観的に行えるようになる。結果、適切な 考えることが必要であり、「“なにがリスクなのか”、社会 安全確保が可能となる。防災にリスクを取り込むことで、 として共に考える」ことが重要であることが示された。 社会との対話を可能とし、原子力安全に社会が積極的に その上で、誰が責任を持って、どのようにこれを実現し 参画することになり、社会と共に、リスク評価の結果、 ていくべきか、それが、これからの重大な課題である。 安全目標の設定、不確実さ、分からないことを捉えるこ 原子力利用におけるリスク評価とは、防災までを考え と、などができ、判断の位置づけが共有される。なにが て、リスクとは何か、シナリオをどのように考えるか、 リスクなのか、どのようにリスクを低減するか、社会と リスク評価をどのように使うのかなどを明確にして取り 共に考え取り組むことが有用と理解される。 組むことである。これらの作業には、原子力の専門家や 物つくりから、運用、防災までの全体に、リスク評価 リスクの専門家ばかりではなく、もちろん、メーカや電 を活用することで、どこに重点的に取り組むべきかを把 力、地方自治体、規制のステークホールダーに、地域住 握でき、効果的で適切な安全確保ができるものと考える。 民や一般社会の人々も加わり、社会全体としての原子力 の防災におけるリスクマネジメントに取り組むことが必 謝辞 要となる。 本活動は、元東北大学総長の阿部博之名誉教授の提唱 その接点が、防災へのリスク評価の取り込みである。 により始めた「原子力発電所過酷事故防止検討会」の活 それにより、より効果的に原子力安全の確保、リスク 動の一環である。関係の方々の協働、支援に深く感謝す の低減が実現できるものと考える る。 6.まとめ 参考文献 リスク評価の重要性を理解し、社会に受け入れてもら [1] 宮野 廣、村松 健、“原子力発電所が二度と過酷 j うための方策を議論してきた。原子力界そのものにも、 子を起こさないために”、原子力学会誌 ATOMS、 まだまだリスク評価の重要性を理解されない人達や集団 Vol.58、No.6、2016、pp.356-361. がある。 [2] 齋藤伸三ほか、“原子力発電所が二度と過酷事故を起 リスク評価はなぜ重要なのか。 こさないために-国、原子力界は何をなすべきか-” それは、「想定外」を少なくすることに役立つと考える。 (第一分冊)科学技術国際交流センター. 多くのシナリオを取り込むことで、知らないことを少な [3] 宮野 廣ほか、“防災までの共に考える原子力安全- くして想定外を少なくすることに役立つものである。設 原子力発電所が二度と過酷事故を起こさないために 計から、運用、防災までを一貫してリスク評価に取り組 -”(第二分冊)科学技術国際交流センター ハザード要因 気象条件 (例 1地震、2津波、 3火山噴火、4竜巻 等) ハザード (例 原子力発電所からの放射性物質の放出) 気象条件 ・道路の選択と健全性 ・橋梁等の健全性 放射性物質の放出 (ソースターム) 避難準備 避難指示 ハザードの定量化 外乱(放射性物質の拡散、分布、落下) 自宅待機 発生確率/頻度 退避 近隣施設(待避所) 避難(徒歩) 避難経路AB避難(車) C 影響(被ばく量) Fig.1 原子力防災におけるハザードとリスク評価 - 352 - 避難所 ・時間 ・影響因子(放射線など)“ “-社会と共に考える原子力安全-“ “宮野 廣,Hiroshi MIYANO,村松 健,Ken MURAMATSU,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO
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