軽水炉保全最適化のための統合型シミュレータ Dr. Mainte による ヒューマンエラーの影響とその低減効果の検討 2
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カテゴリ: 第13回
1. はじめに
著者らは軽水炉の主要機器・配管等を対象として、各種保全戦略(検査頻度、検査精度、抜取検査率、修理/ 取替の選択、維持規格の適用、長期サイクル運転等)が、 1安全性、2信頼性、3経済合理性、4環境性、5社会 的受容性に及ぼす影響を定量評価し、それら多角的な視点から保全戦略を総合的に最適化するための PFM(確率論的破壊力学)に基づく軽水炉保全最適化のための統合型 シミュレータ Dr. Mainteを開発してきた(Fig. 1)[1-3]。 一方で、軽水炉保全作業のさらなる信頼性向上には、 ヒューマンエラー低減の重要性が指摘されている。そのため、軽水炉配管を対象としたPFM 解析ベースの保全最適化評価において、ヒューマンエラーの影響とその低減効果について検討してきた。具体的にはヒューマンエラ ーとして「検査時のき裂深さに依存しないき裂の見逃し」、 「検査によって検出されたき裂の修理失敗」、「検査skip」 を仮定して、BWR再循環系配管を対象に配管漏洩/破断確率、経済的/社会的コストへの影響評価を行った[4]。
ヒューマンエラーはストレスにも強く影響を受けるが、労働安全衛生法の改正により労働者が50人以上の事業所では2015 年12 月から毎年1回、全ての労働者に対してストレスチェックを実施することが義務付けられた[5]。 そこで軽水炉保全最適化のための統合型シミュレータ Dr. Mainte を用いて、ストレスチェック制度を活用した ヒューマンエラー低減方策について検討した。
Fig. 1 Maintenance optimization by Dr. Mainte [3].
2. ストレスチェック制度 ストレスチェックとはストレスに関する質問票(選択回答)に労働者が記入し、それを集計・分析することで、 自分のストレスがどのような状態にあるのかを調べる簡単な検査である。質問票には職業性ストレス簡易調査票を用いることを厚労省は推奨している[6]。ストレスチェック制度の概要と用いられるアンケートの例を Fig. 2 に 示す。 Fig. 2 Stress-check surveys and an example of questionnaire required in the amendment of Industrial Safety and Health Law by MHLW.
3. Dr. Mainte の適用
3.1 Dr. Mainte の機能
通常の「ストレスチェック」は分析結果に基づき、個 人、会社として必要な対処を行うが、Dr. Mainte は必要 に応じて質問票に新たな質問を追加して、Dr. Mainte の 機能である「多次元可視化」(Fig. 3)と「ニューラルネッ トワーク」(Fig. 4)を用いて、労働者のメンタルヘルス改 善に止まらず、労働者の「モチベーション向上」、「満足 度向上」のための方策とその効果の定量的予測について シミュレーションする。結果としてヒューマンエラー低 減に寄与する。 Dr. Mainte の「多次元可視化」と「ニュ ーラルネットワーク」機能を用い、ストレスチェック制 度を活用したヒューマンエラー低減に向けて、より本質 的な分析、対策が提案可能と想定されるのは、Fig. 2の点 線で囲んだ項目である。 Step 1:作業者の満足内容(『目的関数』)と、それを左 右すると考えられる作業環境(『設計変数』)を設問に含 - 372 - (濃い点が全般的満足感≧3.5, 職務内容≧3.5, 永年勤続≧2.5に対応) Fig. 3 Multi-dimensional visualization of questionnaire results. Fig. 4 Learning questionnaire results by neural network. 3.2 ヒューマンエラー低減のアプローチ ストレスチェック制度のアンケートによるヒューマン エラー低減方策のアプローチの例は以下の通りである。 むアンケート調査(5段階評価)を実施。(『職業性スト レス簡易調査』 に追加アンケート項目として含める) Step 2:「ニューラルネットワーク」を応用した非線形 解析によって、『設計変数』と『目的関数』の因果関係を 定量分析。 Step 3:「多次元可視化」により、『設計変数』と『目的 関数』の因果関係を視覚的に俯瞰しながら、インタラク ティヴな操作で作業環境の最適化について検討。 Step 4:さらに、『設計変数』と『目的関数』の因果関 係を学習した「学習済ニューラルネットワーク」により、 作業環境の改善効果(『設計変数』の改善による『目的関 数』への影響)を定量予測。 3.3 Dr. Mainte の適用例 調査では,首都圏に立地するIT企業の役員を除く全従 業員を対象とし,660名から回答を得た.回答率は78.5%, その内訳は男性550 名(83.3%),女性110名(16.7%)で,平 均年齢は33.4歳である. 首都圏の上場 IT企業 アンケート結果(660人分) アンケートは、モチベーションに着目した実態調査を 目的とし,質問項目は仕事のやり方や評価,人間関係, 職場の環境,健康状態や職務の満足度等について多角的 視点に及ぶ。内容は標準的に用いられる職業性ストレス 簡易調査票及び簡易職務満足度チェックリストに加え, 今回新たに設計した独自アンケート15質問項目の3種類 から構成されている. Fig. 3では多次元可視化空間において、永年勤続≧2.5、 職務内容≧3.5、全般的満足≧3.5となる点を濃い色で表示 させ、対応する設計変数も同様に変化させた。設定範囲 を変化させ、対話的・視覚的に比較することにより、設 計変数をどの様に変化させれば目的関数がどの様に向上 するかを考察する。多次元空間上で提示される多様な方 策の中から、実現の可能性が高い方策を選択すればよい。 更に、ニューラルネットワークで学習済みのDr. Mainte に設計変数を向上させたデータを入力し、方策の効果を 確認することも可能である。 Fig. 5では多次元可視化空間において、目的関数である 「永年勤続する気持ち」、「職務内容の満足度」、「仕事の 全般的満足感」が高い点の回答が、設計変数である「会 社の安定性・成長感」、「仕事の適正」、「成長できる環境」 も高い点であることに着目し、これらの設計変数を20% Fig. 5 An example regarding the prediction of the effect of changing the designing parameters on the objective functions both contained in the questionnaire by Dr. Mainte.. - 373 - 向上させた場合、アンケート回答者全体として目的関数 にどの程度影響するかを予測するシミュレーションを行 った。その結果、「永年勤続する気持ち」は11.0%、「職務 内容の満足度」は 5.2%、「仕事の全般的満足感」は 8.5% 向上する予測結果が得られた。 以上のように、ストレスチェック制度のアンケートに 必要に応じて質問項目を追加して、Dr. Mainte を用いて より本質的な分析、対策が提案可能となり、結果として ストレスに強く影響を受けるヒューマンエラーの低減に 寄与することが期待される。 4. まとめ Dr. Mainte の機能である「多次元可視化」と「ニュー ラルネットワーク」を用いて、ストレスチェックのアン ケート調査と結果の分析により、ストレスの要因、環境 の改善効果を定量的に予測する手法を確立した。 また、実際に職業性ストレス簡易調査票をベースに、 首都圏の上場 IT 企業で実施したアンケート調査結果 (660人分)を Dr. Mainte でシミュレーションした。 参考文献 [1] 匂坂充行, 礒部仁博, 吉村 忍, 矢川元基, ““確率論的破 壊力学に基づく蒸気発生器伝熱管メンテナンス戦略の定 量評価, ““ 日本原子力学会誌, 42[12], 1325-1333 (2000). [2] 匂坂充行, 礒部仁博, 吉村 忍, 矢川元基, ““確率論的破 壊力学と財務的手法を用いた SG 伝熱管メンテナンス戦 略の経済性評価,““ 日本原子力学会和文論文誌, 3[2], 151-164 (2004). [3] 吉村 忍, 古田一雄, 礒部仁博, 匂坂充行, 野田満靖, 秋葉博, ““軽水炉保全最適化のための総合型シミュレータ Dr. Mainte の開発,““ 日本原子力学会和文論文誌, 9[2], 125-138 (2010). [4] 礒部仁博, 匂坂充行, 小川良太, 松永嵩, 高坂徹, 松本 聡司, 吉村 忍, ““軽水炉保全最適化のための統合型シミュ レータ Dr. Mainte によるヒューマンエラーの影響とその 低減効果の検討,““ 日本保全学会第 12 回学術講演会要旨 集, pp.9-12, (2015) 日立シビックセンター. [5] ““厚労省ストレスチェック制度導入マニュアル,““ http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/15 0709-1.pdf. [6] ““厚労省職業性ストレス簡易調査票,““ http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/dl/150 803-1.doc - 374 -“ “軽水炉保全最適化のための統合型シミュレータ Dr. Mainte による ヒューマンエラーの影響とその低減効果の検討 2“ “礒部 仁博,Yoshihiro ISOBE,匂坂 充行,Mitsuyuki SAGISAKA,小川 良太,Ryota OGAWA,松永 嵩,Takashi MATSUNAGA,高坂 徹,Toru KOSAKA,松本 聡司,Satoshi MATSUMOTO,吉村 忍,Shinobu YOSHIMURA
著者らは軽水炉の主要機器・配管等を対象として、各種保全戦略(検査頻度、検査精度、抜取検査率、修理/ 取替の選択、維持規格の適用、長期サイクル運転等)が、 1安全性、2信頼性、3経済合理性、4環境性、5社会 的受容性に及ぼす影響を定量評価し、それら多角的な視点から保全戦略を総合的に最適化するための PFM(確率論的破壊力学)に基づく軽水炉保全最適化のための統合型 シミュレータ Dr. Mainteを開発してきた(Fig. 1)[1-3]。 一方で、軽水炉保全作業のさらなる信頼性向上には、 ヒューマンエラー低減の重要性が指摘されている。そのため、軽水炉配管を対象としたPFM 解析ベースの保全最適化評価において、ヒューマンエラーの影響とその低減効果について検討してきた。具体的にはヒューマンエラ ーとして「検査時のき裂深さに依存しないき裂の見逃し」、 「検査によって検出されたき裂の修理失敗」、「検査skip」 を仮定して、BWR再循環系配管を対象に配管漏洩/破断確率、経済的/社会的コストへの影響評価を行った[4]。
ヒューマンエラーはストレスにも強く影響を受けるが、労働安全衛生法の改正により労働者が50人以上の事業所では2015 年12 月から毎年1回、全ての労働者に対してストレスチェックを実施することが義務付けられた[5]。 そこで軽水炉保全最適化のための統合型シミュレータ Dr. Mainte を用いて、ストレスチェック制度を活用した ヒューマンエラー低減方策について検討した。
Fig. 1 Maintenance optimization by Dr. Mainte [3].
2. ストレスチェック制度 ストレスチェックとはストレスに関する質問票(選択回答)に労働者が記入し、それを集計・分析することで、 自分のストレスがどのような状態にあるのかを調べる簡単な検査である。質問票には職業性ストレス簡易調査票を用いることを厚労省は推奨している[6]。ストレスチェック制度の概要と用いられるアンケートの例を Fig. 2 に 示す。 Fig. 2 Stress-check surveys and an example of questionnaire required in the amendment of Industrial Safety and Health Law by MHLW.
3. Dr. Mainte の適用
3.1 Dr. Mainte の機能
通常の「ストレスチェック」は分析結果に基づき、個 人、会社として必要な対処を行うが、Dr. Mainte は必要 に応じて質問票に新たな質問を追加して、Dr. Mainte の 機能である「多次元可視化」(Fig. 3)と「ニューラルネッ トワーク」(Fig. 4)を用いて、労働者のメンタルヘルス改 善に止まらず、労働者の「モチベーション向上」、「満足 度向上」のための方策とその効果の定量的予測について シミュレーションする。結果としてヒューマンエラー低 減に寄与する。 Dr. Mainte の「多次元可視化」と「ニュ ーラルネットワーク」機能を用い、ストレスチェック制 度を活用したヒューマンエラー低減に向けて、より本質 的な分析、対策が提案可能と想定されるのは、Fig. 2の点 線で囲んだ項目である。 Step 1:作業者の満足内容(『目的関数』)と、それを左 右すると考えられる作業環境(『設計変数』)を設問に含 - 372 - (濃い点が全般的満足感≧3.5, 職務内容≧3.5, 永年勤続≧2.5に対応) Fig. 3 Multi-dimensional visualization of questionnaire results. Fig. 4 Learning questionnaire results by neural network. 3.2 ヒューマンエラー低減のアプローチ ストレスチェック制度のアンケートによるヒューマン エラー低減方策のアプローチの例は以下の通りである。 むアンケート調査(5段階評価)を実施。(『職業性スト レス簡易調査』 に追加アンケート項目として含める) Step 2:「ニューラルネットワーク」を応用した非線形 解析によって、『設計変数』と『目的関数』の因果関係を 定量分析。 Step 3:「多次元可視化」により、『設計変数』と『目的 関数』の因果関係を視覚的に俯瞰しながら、インタラク ティヴな操作で作業環境の最適化について検討。 Step 4:さらに、『設計変数』と『目的関数』の因果関 係を学習した「学習済ニューラルネットワーク」により、 作業環境の改善効果(『設計変数』の改善による『目的関 数』への影響)を定量予測。 3.3 Dr. Mainte の適用例 調査では,首都圏に立地するIT企業の役員を除く全従 業員を対象とし,660名から回答を得た.回答率は78.5%, その内訳は男性550 名(83.3%),女性110名(16.7%)で,平 均年齢は33.4歳である. 首都圏の上場 IT企業 アンケート結果(660人分) アンケートは、モチベーションに着目した実態調査を 目的とし,質問項目は仕事のやり方や評価,人間関係, 職場の環境,健康状態や職務の満足度等について多角的 視点に及ぶ。内容は標準的に用いられる職業性ストレス 簡易調査票及び簡易職務満足度チェックリストに加え, 今回新たに設計した独自アンケート15質問項目の3種類 から構成されている. Fig. 3では多次元可視化空間において、永年勤続≧2.5、 職務内容≧3.5、全般的満足≧3.5となる点を濃い色で表示 させ、対応する設計変数も同様に変化させた。設定範囲 を変化させ、対話的・視覚的に比較することにより、設 計変数をどの様に変化させれば目的関数がどの様に向上 するかを考察する。多次元空間上で提示される多様な方 策の中から、実現の可能性が高い方策を選択すればよい。 更に、ニューラルネットワークで学習済みのDr. Mainte に設計変数を向上させたデータを入力し、方策の効果を 確認することも可能である。 Fig. 5では多次元可視化空間において、目的関数である 「永年勤続する気持ち」、「職務内容の満足度」、「仕事の 全般的満足感」が高い点の回答が、設計変数である「会 社の安定性・成長感」、「仕事の適正」、「成長できる環境」 も高い点であることに着目し、これらの設計変数を20% Fig. 5 An example regarding the prediction of the effect of changing the designing parameters on the objective functions both contained in the questionnaire by Dr. Mainte.. - 373 - 向上させた場合、アンケート回答者全体として目的関数 にどの程度影響するかを予測するシミュレーションを行 った。その結果、「永年勤続する気持ち」は11.0%、「職務 内容の満足度」は 5.2%、「仕事の全般的満足感」は 8.5% 向上する予測結果が得られた。 以上のように、ストレスチェック制度のアンケートに 必要に応じて質問項目を追加して、Dr. Mainte を用いて より本質的な分析、対策が提案可能となり、結果として ストレスに強く影響を受けるヒューマンエラーの低減に 寄与することが期待される。 4. まとめ Dr. Mainte の機能である「多次元可視化」と「ニュー ラルネットワーク」を用いて、ストレスチェックのアン ケート調査と結果の分析により、ストレスの要因、環境 の改善効果を定量的に予測する手法を確立した。 また、実際に職業性ストレス簡易調査票をベースに、 首都圏の上場 IT 企業で実施したアンケート調査結果 (660人分)を Dr. Mainte でシミュレーションした。 参考文献 [1] 匂坂充行, 礒部仁博, 吉村 忍, 矢川元基, ““確率論的破 壊力学に基づく蒸気発生器伝熱管メンテナンス戦略の定 量評価, ““ 日本原子力学会誌, 42[12], 1325-1333 (2000). [2] 匂坂充行, 礒部仁博, 吉村 忍, 矢川元基, ““確率論的破 壊力学と財務的手法を用いた SG 伝熱管メンテナンス戦 略の経済性評価,““ 日本原子力学会和文論文誌, 3[2], 151-164 (2004). [3] 吉村 忍, 古田一雄, 礒部仁博, 匂坂充行, 野田満靖, 秋葉博, ““軽水炉保全最適化のための総合型シミュレータ Dr. Mainte の開発,““ 日本原子力学会和文論文誌, 9[2], 125-138 (2010). [4] 礒部仁博, 匂坂充行, 小川良太, 松永嵩, 高坂徹, 松本 聡司, 吉村 忍, ““軽水炉保全最適化のための統合型シミュ レータ Dr. Mainte によるヒューマンエラーの影響とその 低減効果の検討,““ 日本保全学会第 12 回学術講演会要旨 集, pp.9-12, (2015) 日立シビックセンター. [5] ““厚労省ストレスチェック制度導入マニュアル,““ http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/15 0709-1.pdf. [6] ““厚労省職業性ストレス簡易調査票,““ http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/dl/150 803-1.doc - 374 -“ “軽水炉保全最適化のための統合型シミュレータ Dr. Mainte による ヒューマンエラーの影響とその低減効果の検討 2“ “礒部 仁博,Yoshihiro ISOBE,匂坂 充行,Mitsuyuki SAGISAKA,小川 良太,Ryota OGAWA,松永 嵩,Takashi MATSUNAGA,高坂 徹,Toru KOSAKA,松本 聡司,Satoshi MATSUMOTO,吉村 忍,Shinobu YOSHIMURA