特殊環境下で使用可能な監視システム高度化開発の現状

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カテゴリ: 第13回
1.はじめに
平成26年4月に閣議決定された「エネルギー基本計画」[1]において、いかなる事態においても国民生活や経済活動に支障がないよう、エネルギー需給の安定に万全を期すという考え方が示されている。この方針のもと、まずは再生可能エネルギーや省エネルギーの最大限の拡大を図ることとされており、再生可能エネルギーの導入拡大やよりスマートなエネルギーマネジメント等への取組を進めるなかで、原子力発電所への依存度をできるかぎり低減していく方針が示されている。 一方、安全が確認された原子力発電所については重要な電源として活用する方針が示されている。既設の原子力発電所については、安全第一の原則に基づき、科学的な安全基準に基づく原子力規制委員会の専門的な判断を尊重して、安全と認められた場合には再稼働を進めることしている。原子力の安全確保は至上命題であることから、東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の経験や教訓を踏まえ、既設原子力発電所について、シビアアクシデント対策を中心に安全対策の高度化を適切に進めていくことが必要である。 そのため、原子力利用の安全を支える技術や人材を維持・強化していくことは喫緊の課題であり、安全を支える基礎基盤となる部分については、国が研究開発や技術基盤の整備を主導して進められている。 平成23年6月に取りまとめられた日本国政府報告書[2]において、教訓14として「原子炉及び格納容器などの計装系の強化」が挙げられている。さらに、平成24年3月に当時の原子力安全・保安院が発表した「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について」 [3]の中には、対策 27「事故時における計装設備の信頼性確保」や対策 28「プラント状態の監視機能の強化」が挙げられており、シビアアクシデントの発生時におけるプラント状態把握の重要性について指摘され、各種開発が進められていた。 一方、エネルギー基本計画では、過酷事故対策を含めた軽水炉の安全性向上に資する技術や信頼性・効率性を高める技術等の開発、高いレベルの原子力技術・人材の維持・発展等が必要であることが指摘されている。これを踏まえ、平成26年8月、総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会の下に「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」が設置され、平成27年6 月16日、国、事業者、メーカー、研究機関、学会等関係者間の役割が明確化された軽水炉安全技術・人材ロードマップが取りまとめられた[4]。同ロードマッ プにおいては、システム・機器・構造の信頼性向上と高 度化に係る取組の重要性が指摘されている。こうした背景を踏まえ、原子力発電所でシビアアクシデントが発生した際に、事象進展を迅速かつ的確に把握するためには、プラント状態を監視し、状況を確認するための能力の向 上を図ることが重要である。 本報告は、資源エネルギー庁の電用原子炉等安全対策高度化技術基盤整備事業「特殊環境下で使用可能な監視システム高度化」の一環として、低照度条件でも高解像度での撮影が可能な耐放射線性カメラ及び原子炉情報伝送システム(水中でも確実に信号を伝送できる無線システム及び過酷環境下における確実に炉内のデータを伝送できる計測線)の高度化に向けた技術基盤開発の現状についてまとめたものである。
2.開発目標と計画 監視システム高度化開発の概要を図 1 に示す。耐放射 線性カメラは原子炉建屋内、原子炉情報伝送システムは 使用済燃料プールや原子炉圧力容器を監視することを目 的に、原子炉内で過酷事故が発生した際にも確実に監視 し、データの伝送ができる基盤技術開発を行っている。 これらの基盤技術開発にあたっては、各々の技術の原 子炉内での設置場所及び過酷事故が起こった際の使用環 境の設定を行う必要がある。事故事象を想定した特殊環 境条件の設定[5]を表 1 に、各基盤技術の開発目標を表 2 に示す。例えば、耐放射線性カメラの開発については、 原子炉建屋内監視のみならず、使用済燃料プール近傍や BWR の原子炉格納容器(PCV)内の監視ができる設定とした。 原子炉情報伝送システムの内、無線伝送システムの開発 については、主に使用済燃料プール内の計測データを伝 送ができる設定とし、定常運転時のみならず、過酷事故 が発生し、電源喪失が起こっても監視できるシステムと した。また、計測線については、BWRの原子炉圧力容器内 (RPV)やPWR の原子炉容器(RV)内の温度、圧力、水位等の 計測データが炉心溶融時にも破損せず、監視できる計測 線として、無機絶縁ケーブル(MI ケーブル)を選定し、被 図1 監視システム高度化開発の概要 表1 事故事象を想定した特殊環境条件の設定 表2 各基盤技術開発の目標 2 - 376 - 覆管や絶縁材の材料に与える計測値への評価を行い、よ り精度の高いデータを伝送できる設定とした。 本開発は、平成24年度から平成28年度の約5年間で、 最初の 3 年間は各基盤技術の要素開発を、次の 2 年間は 要素開発で得られた成果に基づいて、システム開発を行 い、基本仕様を決定する計画である。基盤技術開発の進 め方及び年度別計画をそれぞれ図2及び図3に示す。 3.各基盤技術の成果概要 3.1 耐放射線性カメラの要素技術 過酷事故時に原子炉建屋内を監視するためには、低照 度かつ高線量の環境下において映像を得ることの可能な 耐放射線性の高いカメラの技術基盤の整備を行っている。 まず、要素開発として、イメージセンサ構造評価用素子 を試作し、この素子についてガンマ線照射試験を行い、 素子の特性劣化等に対する影響を評価した。この結果、 図3 基盤技術開発の年度別計画 図2 基盤技術開発の進め方 放射線照射により映像が撮影できない原因が、暗電流の 発生・増加であることを明らかにした。この、暗電流発 生・増加は、イメージセンサ光電変換部分の構造である ことが分った。特に、3Tr型の場合、ガンマ線により発生 した水素イオンがフォトダイオード表面を活性化させ、 特に周辺部では表面が空乏化することが原因であった。 一方、4Tr型の場合、フォトダイオードの上面の厚い酸化 膜中に正孔が発生すると、膜中の水素がイオン化し酸化 膜中を拡散して、半導体界面に到達、界面の暗電流を抑 えていた水素原子を奪って水素ガスとして放散し、界面 が活性化することが原因と考えられる。また、表面 P+層 の電位が GND 電位からプラスにシフトし、シールド効果 による影響も考えられる。これらの照射試験結果により、 耐放射線性に耐えうるイメージングセンサの基本構造を 決定した。 耐放射線性カメラの光学系のうち、プリズム及びズー ムレンズの設計・試作及びガンマ線照射試験を行い、 1000kGy 以上でも使用可能であることを確認した。また、 センサ回路及び高速画像処理回路についてのγ線照射試 験も行い、基本機能を有する回路の基本設計を完了し、 1000kGy の耐放射線性を有するカメラの試作への見通し が得られた。 3.2 原子炉情報伝送の要素技術 (1)水環境下における無線伝送技術 データ送受信の信頼性がより高い伝送システムを構築 するための要素技術開発と技術基盤の整備を行っている。 伝送システム送信機及び受信機の基本構造を設計し、構 成部品のガンマ線照射試験を行い、実環境を模擬した水 中伝送システムの基本設計・試作を開始した。一方、使 用済燃料プール内にある使用済燃料の監視を行うため、 使用済燃料から発光するチェレンコフ光の影響について も併せて評価した。 まず、2次元パターン信号に低速の点滅変調信号を重畳 し、双方向制御が不要な環境ロバストな伝送システムの 基本設計を行った。データ採集機能を備えた送信機は、 複数のLEDを2次元マトリックス状に配列した構造とし、 受信機はデジタルカメラとする構成とした。LEDは、表面 実装型を選定し、ガンマ線照射による劣化を低減可能な ものとした。表面実装型 LED のγ線照射試験の結果、 1000kGy まで電流-電圧特性は未照射時と比較して有意 な変化は無いこと、全光束の低減率も20%程度であること 等を明らかにし、送信機の発光素子として使用できるこ 3 - 377 - 満足する基本仕様を確定していく予定である。 とを確認した。また、伝送システム送信機の構築のため、 構成するA/D変換器、電源系等の照射特性も明らかにし、 本研究開発にあたっては、電気事業者、企業、研究機 基本設計に反映した。また、送信機の伝送方式にはイン 関等の専門家・有識者で構成されている「計測・監視機 ターリーブ機能を付与し、受信機は高速スキャンによる 器を用いた安全対策高度化専門部会」を設置し、得られ 画像乱れ低減機能及び二値化閾値調整機能を実装するこ た成果を審議し、過酷事故を想定した原子炉施設内への とで、使用環境で想定される水中の気泡、濁り、浮遊物 適用性など、幅広い情報収集を行いながら、実用化まで を模擬した水中伝送試験において、安定した通信が可能 の考え方等について議論するとともに、今後の対応に関 であることを示した。 する考え方を整理しながら開発を進めている。 (2) 炉内特殊環境伝送技術 謝 辞 高温型 MI ケーブルについて、構成する芯線や絶縁材、 本研究開発は、経済産業省資源エネルギー庁からの受 被覆材といった部材について、過酷環境(高温、高圧、水、 託事業として実施した「発電用原子炉等安全対策高度化 高放射線環境等)下を模擬した特性試験を実施し、過酷事 技術基盤整備事業(特殊環境下で使用可能な監視システ 故模擬環境下における信号線の電気的特性等に与える影 ム高度化)」の成果である。 響について評価した。 まず、軽水炉定常運転時における高温型MIケーブルの 参考文献 電気的特性及びMIケーブルに用いるシース材の機械的特 [1] 平成26年4月11日閣議決定,エネルギー基本計画, 性を調べた。その結果、定常運転時においては、製作し http://www.enecho.meti.go.jp/category/others たMIケーブルの電気的特性には問題なく、長期使用が可 /basic_plan/. 能であること、シース材(SUS316 及びNCF600)の機械的特 [2] 原子力災害対策本部編,原子力安全に関する IAEA 性には大きな問題ないことを明らかにした。また、過酷 閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福 事故を想定した高温型MIケーブルの特性試験では、シー 島 原 子 力 発 電 所 の 事 故 に つ い て - , ス材をSUS316にした場合、シース材の割れ・破損が生じ、 http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/iaea_ho 絶縁が劣化し、1000°C×3日間の使用が困難であることを ukokusho.html. 明らかにした。さらに、過酷事故時では、窒素、酸素、 [3] 原子力安全・保安院編,東京電力株式会社福島第一 水素、水蒸気のみならず、放射性核種としてI2、Cs 等が 原子力発電所事故の技術的知見について, 存在する。このため、より過酷事故環境条件に近い雰囲 http://www.meti.go.jp/press/2011/03/2012032800 気(N2、O2、CO、H2O、I2等の複合雰囲気)における腐食試験 9/20120328009.html. を行い、SUS316とNCF600との間で、雰囲気による腐食挙 [4] 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 動及び腐食速度の違いを明らかにし、腐食メカニズムに 原子力小委員会 自主的安全性向上・技術・人材ワ 違いがあることが示唆された。 ーキンググループ編, 「原子力の自主的安全性向上 次に、高温型MIケーブルのガンマ線照射下における電 の取組の改善に向けた提言」, 平成27年5月27日, 気的特性を調べた結果、放射線による照射誘起伝導の絶 http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/d 縁抵抗への影響は約300°Cまでが大きく、過酷事故を想定 enkijigyou/jishutekianzensei/report_001.html. した 1000°Cの温度では、絶縁抵抗低下による電気的特性 [5] 日立GEニュークリア・エナジー株式会社,株式会 への影響は温度に依存することを明らかにした。 社東芝, 三菱重工業株式会社編,「過酷事故用計装シ ステムに関する研究(フェーズI) 概要説明資料」, 4.おわりに SA計装開発情報:クラスC, 2012年5月,資源エネ ルギー庁技術アイデア公募説明資料(平成24 年6 月 各基盤技術に係る要素開発が概ね完了し、システム開 29 日 ), http://www.enecho.meti.go.jp/notice/ 発として、各基盤技術に係る試作機を製作し、最終的な event/029/. 特性試験を実施している。得られた成果により、目標を 4 - 378 -“ “特殊環境下で使用可能な監視システム高度化開発の現状“ “土谷 邦彦,Kunihiko TSUCHIYA,武内 伴照,Tomoaki TAKEUCHI,駒野目 裕久,Hirohisa KOMANOME,三浦 邦明,Kuniaki MIURA,荒木 政則,Masanori ARAKI,石原 正博,Masahiro ISHIHARA
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