テラヘルツ波を用いた溶融亜鉛メッキ鋼板上腐食生成物の定性及び定量非破壊検査応用に向けて

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カテゴリ: 第13回
1.はじめに
溶融亜鉛メッキ鋼板は、自動車用鋼板のみならず建築資材として、耐食性が優れた鋼板として広く用いられている。溶融亜鉛メッキ鋼板は、鉄より卑な金属である亜鉛が表面にメッキされている。腐食の初期段階において、まずアルミニウム系腐食生成物が優先的に生成し、亜鉛メッキの腐食を抑制する1)。 アルミニウムが完全に腐食生成物になった場合に、 亜鉛メッキ層表面から腐食生成物を生成する。この段階での亜鉛系腐食生成物の代表は水酸化亜鉛 Zn(OH)2 である。さらに亜鉛が腐食し、亜鉛腐食生成物が鋼板表面に到達した場合には、亜鉛メッキが優先的に溶解することにより鋼板の腐食を抑制する犠牲防食作用が生じる。
亜鉛メッキ層が消失した場合に亜鉛系腐食生成物が 不働態被膜の役割を果たす。この抑制が消失した場 合に鋼板の腐食が始まる。現在は耐食性を向上させ た約5wt%のアルミニウムを添加した溶融亜鉛-5%ア ルミニウム合金メッキ鋼板、さらには約55wt%のアル ミニウムを添加した溶融55%アルミニウム-亜鉛合金 メッキ鋼板などが用いられている。亜鉛の付着量が 100g/m2である溶融亜鉛めっき鋼板を異なる大気環 境下に曝露した時の耐食性を比較すると、田園環境 では約10年、海洋環境では約5年、重工業環境では約 2年で下地鋼板の赤錆が発生する。すなわち、溶融亜 鉛めっき鋼板は、使用環境によって腐食の進行が大 きく変化することが知られている。これは使用する 環境での降雨量、風向き、湿度、亜硫酸ガス量、海 塩粒子量などが亜鉛メッキの耐食性に影響を及ぼす ためである。たとえば、海洋環境における溶融55% アルミニウム-亜鉛合金めっき鋼板の腐食では 連絡先:木村 隆 〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字青葉 東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 E-mail: takashi.kimura.t8@dc.tohoku.ac.jp 6-6-11-1021 Zn4CO3(OH)6?H2O、Zn5(OH)8Cl2、 Zn6Al2CO3(OH)16?4H2Oなどが生じ、海からの距離に よっても腐食速度は異なることが報告されている2)-3)。 腐食の進行による金属鋼板の劣化は時に重大な事故 - 401 - を引き起こすため、品質管理・事故防止を目的とし た腐食診断・モニタリング技術は不可欠である。し かしながら、従来は被覆された金属表面の腐食状態 を検査するためには、塗膜を除去して金属表面を露 出させる破壊検査が必要であった4)。これに対して、 テラヘルツ(THz)波は被覆材・塗膜下に対する非破壊 の金属腐食状態検査への応用が可能である。 THz 波とは波長 30μm~3mm、周波数 0.1~10THz の電磁波であり、電波領域と光波領域の中間に位置 する。電波と光の特性を併せ持つため、塗膜を透過 して、金属表面からの反射光を検出することが可能 である。そのため、従来法では困難であった塗膜下 金属表面の腐食状態に関する非破壊分析への応用が 期待される 5)-7)。そこで、本研究は、腐食試験後の塗 装された溶融 Zn メッキ鋼板を対象として、塗膜下金 属表面に対する非破壊腐食検査へ向けたTHz分光測 定技術の確立に取り組んだ 8)-9)。 2.実験方法 2.1 透過分光測定 THz 分光測定装置の概略図を図 1 に示す。GaP 結 晶を用いた差周波混合による周波数可変単色THz光 源を用い、Zn 系及び Al 系腐食成分の標準試料に対 しての透過分光測定を図 1(a)の光学配置にて行った。 励起光源にはNd:YAGレーザ励起によるCr:Forsterite 可変波長レーザを用い、THz 波の検出には室温動作 の焦電型検出器 DTGS を用いた。励起レーザのパル ス幅は 10ns、繰り返し周波数は 10Hz であり、光源 周波数半値幅は 20GHz である。測定装置は水蒸気に よるTHz波の吸収を防ぐために乾燥空気によるパー ジを行い、湿度を 1.0%以下に保持している。 それぞれ酸化物、水酸化物、炭酸塩、塩化物につい て測定を行った。試料となる粉末試薬は THz 波に対 して透明であるポリエーテルエーテルケトン (PEEK)樹脂製のフィルム上に担持し THz 波を透 過させ、バックグラウンドには試料を担持していな いフィルムを用いた。粉末試薬の担持量は、試料濃 度の依存性を確認するために 2 水準の量で透過スペ クトルの測定を行った。透過分光測定は 1~5THz の 範囲で測定を行い、測定ステップを 15GHz、積算回 数を 32 回とした。 2.2 イメージング測定および反射ス ペクトル測定 図 1 THz 分光測定装置 (a) 透過測定光学系 (b) 反射測定光学系 表 1 に今回測定に用いた Zn 系及び Al 系腐食成分 の標準試料を示す。 本実験では新日鐵住金株式会社の協力を頂き試料 としては、エポキシ樹脂膜/亜鉛メッキ層/下地鋼板の 三層構造を有する塗装溶融亜鉛メッキ鋼板を使用し た。試験片のサイズは 30mm 角とした。試験片には Fe鋼板層まで到達するように表面にスクラッチ痕を 形成した後、50°Cの 5wt%NaCl 水溶液を用いた塩水 噴霧試験を 5 日間施した。試験後の試料は大気中で 自然乾燥させた。 次に、図 1(b)で示す装置を用い、溶融亜鉛メッキ - 402 - 表 1 Zn 系及び Al 系腐食生成物 鋼板上に生成した腐食生成物について、透過反射法 による周波数固定イメージング測定および吸収スペ クトル測定を行った。イメージング測定の走査範囲 は試料中心より垂直方向-14~14mm、水平方向-5~ 5mm、走査ステップは共に 0.5mm とした。透過反射 スペクトル測定は、1.4~3.1THz の範囲で行った。 また、同一試料に対して、蛍光 X 線(XRF)測定に よる元素分析およびマッピング測定を行い、THz イ メージング像との比較を行った。マッピング測定の 走査ステップは 50μm である。 3.実験結果 3.1 イメージング測定および反射ス ペクトル測定 図2にZn系腐食成分、図3にAl系腐食成分のTHz 透過分光測定の結果を示す。本実験の測定範囲にお いて赤外活性が確認されたのは、炭酸亜鉛(ZnCO3)、 塩基性炭酸亜鉛(2ZnCO3・3Zn(OH)2)、塩化亜鉛 (ZnCl2)、塩基性塩化亜鉛(ZnCl2・4Zn(OH)2)、水 酸化アルミニウム(Al(OH)3)および塩化アルミニウ ム六水和物(AlCl3・6H2O)の 6 種類であった。 図 3 Al 系腐食成分における透過測定 - 403 - 図 2 Zn 系腐食成分における透過測定 まず、Zn 系腐食成分である炭酸亜鉛には 3.2、3.8 および 4.4THz の 3 点に吸収ピークが観測された。同 様に、塩基性炭酸亜鉛では 3.1、3.8 および 4.3THz の 3 点に吸収ピークが存在し、スペクトルの形状が 炭酸亜鉛に類似していることがわかる。また、塩化 亜鉛には2.3および 3.0THz に吸収ピークが観測され るが、塩基性塩化亜鉛では 2.2、3.7 および 3.9THz に吸収ピークが観測され、塩化亜鉛とはスペクトル 形状が異なっていることがわかる。ただし、塩化亜 鉛の吸収スペクトルに関しては、サンプル作製を乾 燥空気中で行い、潮解前に測定した結果を(a)に示し、 大気雰囲気に数 10 分間保持し、潮解が十分進行した 状態で測定した結果を(b)に示した。両者を比較する と、潮解後は 3.0THz の吸収ピークがブロードになり、 2.3THz の吸収ピークは確認できなくなった。この結 果から、塩化亜鉛の吸収スペクトルは潮解によって 形状が変化することがわかる。 次に、Al 系腐食成分である水酸化アルミニウムに は、1.9THz に吸収ピークが観測された。塩化アルミ ニウム六水和物には 1.7、2.5THz に吸収ピークが観 測されたが、塩化アルミニウムからは赤外活性が確 認されなかった。したがって、アルミニウム塩化物 は水和水を含む状態でなければ、1~5THz の範囲で 赤外活性が現れないことがわかる。 3.2 マッピング像 図 4 に腐食試験後における試料表面の光学写真お よび XRF マッピング像を示す。なお、試料表面に、 THzイメージング測定時における走査範囲を特定す るマーカーとして、THz 帯に大きな吸収を有する塩 化ビニル製テープを上下 2 箇所に取り付けて光学写 真の撮影を行った。 まず、光学写真においては、スクラッチ部に露出 した鋼板の腐食を示す赤錆が生成していること、な らびにスクラッチ近傍には塗膜膨れ(エッジクリー プ)が生じていることが観測された。 図 4 各元素における XRF マッピング 次に、XRF マッピング像においては、Cl がスクラッ チ部よりもスクラッチ近傍に多く分布していた。つ まり、スクラッチ部の鋼板上に生成した Cl を含む腐 食生成物は、噴霧された NaCl 水溶液により流出する のに対して、塗膜下に浸潤した Cl によって生成した 腐食生成物は流出することなく、塗膜下にそのまま 留まったためと考えられる。一方、Zn および Al は スクラッチ痕周辺の存在量が相対的に少なかった。 すなわち、これらの元素を含む腐食生成物が生成し、 その一部が流出したためと考えられる。また、Cl、 Fe および Zn の分布状態は互いによく類似している ことから、これらの元素で構成される化合物を含む 腐食生成物が生成していると考えられる。 3.3 透過反射スペクトル 周波数固定イメージングの結果に基づき、スクラ ッチ近傍4か所におけるTHzスペクトルの測定結果 を図 5 に示す。 照射位置1ならびに2は、それぞれ 2.0THz およ び 2.8THz における吸光度が大きく、エッジクリー プが存在する領域である。照射位置3は各周波数の 吸光度に大きな差がなく、エッジクリープが存在す る領域であり、4はエッジクリープが存在しない領 域であるが、変色すなわち赤錆が生成した領域であ る。また、照射位置1および2においては、2.0THz および 2.8THz 付近に明瞭な吸収ピークが観察され た。これは、塗膜下に存在する腐食成分による吸収 であると考えられる。さらに、照射位置3において は照射位置1、2と比較して、小さな吸収ピークが 観察され、4においてこの周波数範囲において吸収 ピークは観察されなかった。 - 404 - 図 5 各部分における THz 波吸収スペクトル 照射位置1、2および3において測定した各スペク トルに対して、バックグラウンド補正とピーク分離 を行った結果を図 6 に示す。 図 6 THz 吸収スペクトルのピーク分離結果 また、1および2の吸収ピークの中心周波数、吸収 強度、半値全幅(FWHM)を表 2 に示す。 照射位置1および2に関しては、類似した周波数領 域に吸収ピークが観測されたため、ピーク数および 中心周波数を揃えてピーク分離を行った。その結果、 2.7THz のピークショルダーおよび 2.9THz のピー クは FWHM および強度比が非常に近い値を示すた め、同じ腐食成分に起因する吸収ピークであると考 えられる。一方、2.0THz のピークは FWHM および、 ピーク分離前の形状が異なっていることから、異な る化合物による吸収ピークであると考えられる。ま た、照射位置3については、スペクトルを 6 つの吸 収ピークに分離した。これらのピークは、照射位置 1および2の吸収ピークとは周波数が異なるため、 1および2とは化合物の異なる腐食生成物に起因す ると推定される。 4.考察 溶融亜鉛メッキ鋼板において吸収スペクトルを測 定した結果と固定周波数(2.80THz)イメージング の結果から、1と2ともに吸収ピークが 2.0THz と 2.8THz 付近にあり、3において吸収ピークは 1.8THz、2.5THz 付近になることが分かった。4に おいては、吸収ピークは検出されなかった。各々の ピークに対してピークの数と中心周波数を合わせて ピークフィットを行い、XRF マッピング像との比較 を行うと1と2の部分において Cl が増加し Zn が減 少していることがわかる。これは、Zn 系腐食生成物 が存在すると考えられ、THz 吸収データベースに基 づくと 2.0THz のピークは、ZnCl2・4Zn(OH)2 によ る吸収であり、2.8THz のピークは ZnCl2 による吸 収である。同様に3のピークにおいては Cl が増加し Al が減少していることから Al 系腐食生成物が存在 すると考えられ、これを THz 波吸収データベースと 比較すると 1.8THz のピークは Al(OH)3 による吸収 であり 2.5THz のピークは AlCl3・6H2O による吸 - 405 - 表 2 1および2における各ピークの中心周波数 吸光度、半値全幅(FWHM) 収であることがわかる。このように吸収スペクトル 測定と固定周波数イメージングによる結果を組み合 わせ、XRF マッピングによる結果とテラヘルツ波吸 収データベースとの照合することで正確な物質の特 定につながり、これは溶融亜鉛メッキ鋼板上に存在 する腐食生成物の特定を非破壊検査で行うことの可 能性を示すことができた。 5.結論 本研究において、スクラッチ痕を入れて塩水噴霧 試験を施した塗装溶融亜鉛メッキ鋼板のスクラッチ 痕近傍の腐食領域に対して、THz 吸収スペクトル測 定と固定周波数イメージング測定を行い、腐食生成 物の特定成分に帰属される周波数の吸光度分布が検 出できることを確認した。また XRF 元素マッピング 像から、腐食領域における構成元素の変化を考察す ることにより、THz イメージング法により、塗膜下 の金属表面に生成した腐食成分の検出が可能である ことが確認された。 以上の結果から、THz 波を用いたイメージング技 術は肉眼では認識できない塗膜下金属表面の腐食状 態を非破壊検査する方法として適用可能であると思 われるが、実際の応用を見据えた上で、その精度を 高めていくにはより多くの金属腐食生成物における THz波吸収データベースの確立がより重要となって くる。亜鉛系・アルミニウム系の腐食生成物の THz 波吸収データベース確立のみならず、同定できる腐 食生成物の種類を今後も増やしていくことが必要で ある。 謝辞 本研究の一部は、「文部科学省英知を結集した原子 力科学技術・人材育成推進事業」により実施された 「廃止措置のための格納容器・建屋等信頼性維持と 廃棄物処理・処分に関する基盤研究および中核人材 育成プログラム」の成果である。 参考文献 [1] Yuta Nakamura, Hidetaka Kariya, Akihiro Sato, Tadao Tanabe, Katsuhiro Nishihara, Akira Taniyama, Kaori Nakajima, Kensaku Maeda, and Yutaka Oyama, “Nondestructive Corrosion Diagnosis of Painted Hot-Dip Galvanizing Steel Sheets by Using THz Spectral Imaging”, Corrosion engineering, vol. 63, pp. 411-416, 2014. [2] Yan Li, Corrosion Science, Vol.43, p.1793 (2001). [3] 長野博夫, 松村昌信, よくわかる図解入門 最新さびの基本と仕組み, 秀和システム, p44, (2010). [4] N.Fuse, T.Takahashi, T.Fukuchi, M.Mizuno and K.Fukunaga, Electric Power Engineering Research Laboratory Rep. No.H11002 (2011). [5] J.Nishizawa and K.Suto J.Appl.Phys., Vol.51, p.2429 (1980). [6] T.Tanabe, K.Suto, J.Nishizawa, T.Kimura and K.saito, J.Appl.Phys., Vol.93, p.4610 (2003). [7] T.Tanabe, K.Suto, J.Nishizawa, K.saito and T.Kimura Appl.Phys.let., Vol.83, p.237 (2003). [8] Y.Oyama, L.Zhen, T.Tanabe and M.Kagaya NDT&E Inter., Vol.42, p.28 (2009). [9] Y.Oyama, T.Yamagata, H.Kariya, T.Tanabe and K.Saito ECS Trans., Vol.50, p.89-98, (2013). - 406 -“ “テラヘルツ波を用いた溶融亜鉛メッキ鋼板上腐食生成物の定性及び定量非破壊検査応用に向けて“ “木村 隆,Takashi KIMURA,黒尾 健太,Kenta KUROO,小山 裕,Yutaka OYAMA,田邉 匡生,Tadao TANABE,西原 克浩,Katsuhiro NISHIHARA
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