超音波探傷訓練ツールへ向けたシミュレーション解析 における欠陥モデルの検討

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カテゴリ: 第13回
1.緒言
超音波探傷試験(以下、UTと記す)では、探傷技術者が探傷波形あるいは探傷画像を解釈してきずの識別、検出、寸法測定等を行っており、きず以外に起因するエコーが多数発生する部位(主に材料あるいは形状に起因) の探傷には技術者の知識や経験によるところが大きい。経験を積むための訓練の方法として、種々のきずを有する数多くの試験体を探傷して経験を積むことは有効であるが、数多くの試験体をそろえ、狙い通りの種類、寸法、 位置にきずを付与することは容易ではない。一方、超音波探傷試験に関する物理現象を計算機内で再現するシミュレーション技術が開発されており[1,2]、探傷結果の解釈を支援等への活用[3]や訓練ツールへの活用も試みられている[4]。超音波探傷試験が難しい部位の一つであるオーステナイト系の溶接部に対して、実際の超音波探傷データを再現するためには溶接金属の柱状晶組織のモデル化が最も重要であり、柱状晶を六方晶のモデルとして扱い超音波の伝搬経路を再現した研究[5,6,7,8]や、マクロ組織を、後方散乱電子回折像(EBSP)で実測したモデル[9,10]、ボロノイ分割を応用して構築したモデル[11]、フェーズフィールド法によるモデル[12]などにより立方晶の物性値を設定することで、異方性に加えて減衰やノイズ(散乱) が再現されている。著者らも、断面の実測を伴わずに、簡便にある程度の溶接条件を反映する柱状晶組織のモデル化方法として、凝固シミュレーションに基づく溶接金属の柱状晶組織予測手法を検討しており[13,14]、きず以外に起因するエコーの再現方法は充実されつつある。 本研究では、種々のきずからのエコーを再現する方法を検討した。ここでは実際のきずの形状や寸法等を再現するという考え方ではなく、既往の実証試験等で整理さ れている多数のきずエコーのデータを再現するためのモ デル化方法を検討する。
2.きずエコーに関する既往の知見
今回の検討で対象とする部位は、オーステナイト系ス テンレス鋼溶接部であり、対象とするきずの種類は応力 腐食割れ(SCC)と疲労き裂とする。一般論として、き ず寸法が大きくなるとある程度まではエコー高さも大き くなるが、同一寸法であっても必ずしも同程度のエコー 高さになるとは限らない。図 1 はステンレス鋼管(150A ×10t~600A×50t の SUS304TP)溶接部の溶接熱影響部 に自然に近いきず(疲労き裂とSCC)を人工的に付与し、 それらのきずに対して、横波45°斜角法で探傷して検出 したエコーのエコー高さときず高さを整理した結果であ る[15]。超音波探傷試験はJEAC4207に基づき複数の探傷 技術者により取得したデータの平均値を、きず高さ(引 連絡先:名前、〒230-0044横浜市鶴見区弁天町14-1 用した図は欠陥深さと表記)は探傷試験後に切断調査し (一財)発電設備技術検査協会、 て実測したきずの最深部の高さである。SCC に比べると E-mail: mizuno-ryouji@japeic.or.jp - 413 - 疲労き裂のエコー高さが大きい傾向(+6dBから+12dB程 度)であるが、同程度の高さであっても 6dB から 12dB 程度の相違が存在する。 UT 訓練用のデータをシミュレーションで再現するた めには、同一の高さであっても 6dB から 12dB 程度の差 異、きずの種類の違いも考慮すると18dB程度以上の違い を再現する必要がある。また、エコーの前後走査の動き や端部エコーの出方も再現できるようなモデル化が必要 と言える。 3.きずのモデル化方法及びシミュレーション 条件 UTシミュレーションにおいて、きずは一般に空隙とし てモデル化することが多く、著者らも横穴や面状の人工 きず(スリットや放電加工により付与したノッチ)のモ デルは、それらの寸法と設置位置に空隙を設定したモデ ルとしている。しかし、スリット状のモデルを設定した 場合には、スリット高さが0.5mm 程度の場合にエコー高 さがDAC100%程度となり、図1の結果を再現することは 困難である。本来は、自然に近いきずと人工的なスリッ ト状のきずとのエコー高さの違いの原因を考察し、きず の物理モデルを作成することが必要と考えられるが、本 研究では、UTの訓練への活用が主目的であるため、試験 で得られている現象を再現できるモデルを検討すること とした。具体的には、牧野らにより提案されている「音 響インピーダンス調整モデル」[16]を参考に、きずの内部 に仮想的な物質を充てんさせ、反射率をさげることでき ずエコー高さを低くする方法を検討した。ただし、エコ ー高さ以外にも、前後走査におけるエコーの動きや端部 エコーの出方なども再現するため、きずモデルの形状も 検討した。 図 2 に検討したきずの形状の例を示す。各々(a)スリッ ト状のきずモデル(以下、モデル1と呼ぶ)、(b)φ0.5mm 横穴を 1mm 刻みで複数配置し横穴の中央部にスリット を通したモデル(以下モデル2と呼ぶ)および(c)φ0.5mm 横穴を1mm刻みで複数配置したモデル(以下モデル3と 呼ぶ)に対して、仮想物質の種類ときず高さを変えてエ コー高さや前後走査におけるエコーの動きをシミュレー ションした。きずの高さ(裏面から先端までの距離)は 1mm、3mm および5mm の3 条件で、きずの内部には母 材と同じ音速で密度を母材の70%、60%、40%および20% の 4 種類に変えた仮想媒質と、比較のために空隙も設定 した。解析モデルの例を図3に示す。母材の厚さを35mm に設定し裏面に20mm間隔で5種類のきずモデルを並べ、 左から右にむかって仮想媒質 1 から仮想媒質 4 および空 隙を設定した。母材の表面側に、振動子高さ 10mm、周 波数2MHz、横波45 度斜角探触子モデルを設置し、全て のきずモデルからエコーが得られるように探触子モデル の位置を1mm 刻みで105 箇所変えて計算した。表1 に設 定した主な物性値を示す。シミュレーション解析コード は、伊藤忠テクノソリューションズ社製の ComWAVE8 を使用し2次元(奥行き1 要素)で解析した。 シミュレーション解析で求めたエコー高さは、あらか じめシミュレーションで RB-4 に相当するφ3.2mm の横 穴からの距離振幅補正曲線を計算し、その距離振幅補正 曲線と比較したDAC%で評価した。 4.シミュレーション解析結果 図 4 に解析結果の例として、モデル 3 におけるきず高 さ5mmの解析結果のBスコープ表示を示す。仮想媒質の 密度が母材に近づくとエコー高さが小さく、密度を小さ く設定するとエコー高さが大きくなる結果であり、また、 図1 横波45°斜角法による疲労き裂とSCCに対するきず高さとエコー高さの関係[15] - 414 - きずモデルの形状を変えることで板厚方向の指示の出方 (前後走査におけるエコーの動きに対応)が変わる結果 となった。全てのきずモデルに対する最大エコー高さを 表2に示す。モデル1から3に対して、きず高さ1mm に おいてエコー高さは約-8dBから+6dBの範囲に、高さ3mm では約-4dBから+12dB、高さ5mmでは約-2dBから+15dB に分布しており、図 1 に示したきず高さとエコー高さの 関係に対応する結果が得られた。今後、きずモデルの形 状の最適化等の検討の余地はあると考えられるが、UTの 訓練用データをシミュレーションで作成する上でのきず モデルの考え方を得ることができた。 5.まとめ UT シミュレーション解析を探傷技術者の訓練へ適 (a)モデル 1:スリット状 (b)モデル 2:φ0.5mm 横穴複数個 +スリット状 (c)モデル 3:φ0.5mm 横穴複数個 図 2 きずモデルの形状 図 3 解析モデルの模式図 表 1 設定した材料の物性値 材料 設定値 ステンレス鋼母材 縦波音速 5.7km/s,横波音速 3.1km/s,密度 7.9x103kg/m3 仮想媒質 1(70%) 縦波音速 5.7km/s,横波音速 3.1km/s,密度 5.5x103kg/m3 仮想媒質 2(60%) 縦波音速 5.7km/s,横波音速 3.1km/s,密度 4.7x103kg/m3 仮想媒質 3(40%) 縦波音速 5.7km/s,横波音速 3.1km/s,密度 3.2x103kg/m3 仮想媒質 4(20%) 縦波音速 5.7km/s,横波音速 3.1km/s,密度 1.6x103kg/m3 空隙 縦波音速 0.34km/s,横波音速 0,密度 1.29kg/m3 くさび材 縦波音速 2.73km/s,横波音速 1.43km/s,密度 1.18x103kg/m3 1900/02/031900/05/29仮想媒質1 仮想媒質2 仮想媒質2 仮想媒質3 仮想媒質3 仮想媒質3 仮想媒質4 空隙 仮想媒質4 空隙 仮想媒質4 空隙 仮想媒質4 空隙 10 20 20 20 20 60 - 415 - 用することを目的に、きずのモデル化方法を検討し、 疲労き裂や応力腐食割れに対する試験結果を再現する 見通しが得られた。今後、きずモデルの形状の最適化 等を行い訓練への適用性を評価する予定である。 参考文献 [1] 特集 超音波NDTのための最近のシミュレーショ ンI、非破壊検査48(4)、1997、p.233 [2] 特集 超音波NDTのための最近のシミュレーショ ンII、非破壊検査48(5)、1997、p.285 [3] 古川他、平成20年度火力原子力発電大会論文集別 冊CD-ROM、 2009、p.123 [4] 古川他、第14回超音波による非破壊評価シンポジ ウム講演論文集、2007、p.145 [5] 松本他、非破壊検査、32(2)、1983、p.134 [6] 廣瀬他、非破壊検査、39(2)、1991、P.74 高さ 5mm 仮想媒質 1 -8.0 -0.9 0.0 -3.1 0.0 3.5 -8.0 -4.4 -1.9 仮想媒質 2 -6.0 0.0 3.5 -1.9 3.5 6.0 -6.0 -3.1 0.0 仮想媒質 3 -0.9 6.0 9.5 0.8 8.0 9.5 -6.0 0.0 3.5 仮想媒質 4 3.5 9.5 12.6 4.1 10.9 12.6 -6.0 2.3 5.1 空隙 6.0 12.0 14.8 6.8 12.0 14.8 -3.1 3.5 4.6 図 5 きずモデル 3(高さ 5mm)における解析結果の例 B スコープ表示 表 2 シミュレーション解析結果(最大エコー高さ DAC%) きずモデル 1 きずモデル 2 きずモデル 3 高さ 1mm 高さ 3mm 高さ 5mm 高さ 1mm 高さ 3mm 高さ 5mm 高さ 1mm 高さ 3mm 仮想媒質1 仮想仮想媒質2 媒質3 仮想媒質4 空隙 きずモデル モデル3 [7] J. A. Ogilvy, British Journal of NDT, 27(1), 1985, p.13 [8] J. A. Ogilvy, NDT & E International 25(1), 1992, p.3 [9] C. Nageswaran et al., Insight, 51(12), 2009, p.1 [10] 中畑他、保全学、10(2)、 2011、p.49 [11] 坂本他、保全学、11(2)、2012、p.77 [12] 菅原他、第22回超音波による非破壊評価シンポジ ウム講演論文集、2015、p.57 [13] 水野他、第21回超音波による非破壊評価シンポジ ウム講演論文集、2014、p.185 [14] 古川他、NDI 資料 UT-00103、2015、p.27 [15] 独立行政法人原子力安全基盤機構 平成16年度原 子力発電施設検査技術実証事業に関する報告書(超 音波探傷試験における欠陥検出性及びサイジング 精度の確認に関するもの)総括版 平成17年4月、 p.704 [16] 牧野他、NDI 資料 UT-00021、2011、p.15 - 416 -“ “超音波探傷訓練ツールへ向けたシミュレーション解析 における欠陥モデルの検討“ “水野 亮二,Ryoji MIZUNO,上山 芳教,Yoshinori KAMIYAMA,古川 敬,Takashi FURUKAWA
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