交流誘起プローブによる強磁性体の欠陥検出・評価
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カテゴリ: 第13回
1.諸言
強磁性である鉄鋼材料は高速道路や橋梁、パイプラインなどの社会インフラや産業インフラに幅広く使われているが、経年劣化に伴って発生する腐食や欠陥などによる破断が深刻な問題になる。これらの構造物の健全性を確保するために、定期的な検査が必要であり、有効な非破壊検査・評価法が要求される。超音波、放射線、打音検査などの非破壊検査法が開発され、現場に使われているが、それぞれの長所と短所があり、また、構造物の裏面や内面に発生する損傷はアクセスしにくいため特に検出困難である。電磁気法は非接触、高速検査可能などの特徴があり、構造物の裏面や内面などアクセスしにくい箇所に適用可能と考えられ、これらの損傷の検出・評価に期待される。 通常の電磁気検査方法は、被検体に磁界を印加させ、被検体に損傷があることによって、磁界あるいは関係物理量に変化が現れ、その変化を捉えることによって損傷を検出する方法である。様々な磁界印加方式のなか、通電コイル、即ち、励磁コイルを用いた磁界印加がよく使われており、直流や交流、パルス電流などによる磁界印加方式の電磁気非破壊検査法が開発された。また、交流誘起においては、検査対象や検出方式などによって、渦電流探傷法(ECT: Eddy Current Testing)、交流漏洩磁束法(MFL: Magnetic Flux Leakage)、リモートフィル―ド法(RF: Remote Field)、交流電磁場測定法(ACFM: Alternating Current Field Measurement)などが開発された。渦電流探傷法は名前の通り、渦電流効果を用いて損傷検出を行うが、交流励磁である交流漏洩磁束法や交流電磁場測定法においても渦電流が発生しており、その物理現象を利用することによって損傷検出を行う。通常の渦電流探傷法は常磁性導体の表面欠陥検査、交流漏洩磁束法は強磁性体の表面や表面近辺の欠陥検査、交流磁場探傷法は強磁性試験体にある表面開口欠陥の検出・評価に適用されると考えられる。リモートフィールド法が強磁性の管やパイプの裏面や内面欠陥検査に適用されているが、検出感度は十分とは言えない。いずれにしても、強磁性鉄鋼材料の裏面や内面欠陥の検出技術は十分とは言えない。 本研究では、強磁性体の裏面欠陥を対象に、交流磁界が印加された場合の検出信号を解析し、その特徴を分析することによって、電磁気法による強磁性体裏面欠陥検出の適用性を検討する。
2.強磁性体における欠陥信号の特徴 交流磁界が強磁性体試験体に印加される場合、被検体に印加磁界と直交する渦電流が発生する。欠陥が渦電流 の流れを妨げる場合に、渦電流探傷信号が得られる。一方、欠陥の長手方向が渦電流の流れと一致している場合、渦電流の流れが妨げられなく、渦電流信号がほとんど得られないが、欠陥が磁束と直交しているため、漏洩磁束が発生する。この漏洩磁束の検出によって、欠陥が検出できる。即ち、強磁性体の場合、渦電流効果と漏洩効果 の何れも欠陥検出に利用可能である。 ここでは、Double-D コイルプローブを用いて、6 mm厚強磁性体板(導電率4.1M/s, 比透磁率300)の表面及び裏面に発生する欠陥を検査することをシミュレーションする。Double-D 型コイルは対称に2 個並べられ逆向きの電流を流すD字型のコイルで構成される。隣あうD字の直線部分に同じ向きの電流が流れ、試験体の上に配置すると、両コイルの間に下方に同じ向きの渦電流を発生させる。Fig. 1に解析に用いたDouble-D 型コイルプローブを示す。両励磁コイルは平均直径 120 mm、径方向幅 4 mm、高さ10mmの半円である。2個のD字コイルの間(D字の直線部分)の距離は78 mmである。超伝導SQUID センサ を用いて検出することを想定し、超伝導線で巻かれた検出コイルが両D型励磁コイルの間の中心上に設置されると仮定し、シミュレーションを行う。コイルの平均直径は 52.5 mm、径方向幅は5 mm、高さは11 mm、巻き数は20 である。検出コイルの中心は励磁コイルの中心と同じ高さであり、向き(検出コイルの法線方向)はそれぞれX方向とZ方向である。プローブが空気中に配置されるとき、X方向検出コイルとZ方向検出コイルを通る磁束はともに0であるため、プローブが試験体上に配置されたとき検出コイルがピックアップした信号は全て試験体によるものである。即ち、このプローブは‘self-nulling’である。 Fig. 1 Double-D coil and the crack
十分大きな厚さ 6 mmの被検体の中心に長手がX軸方向 (渦電流と直交)の長さ50 mm、幅0.4 mmの欠陥が存在す ると仮定した。欠陥の深さは4通りでそれぞれ表面・裏 面1mm、2mm、4mm、5mmと仮定した。同じ欠陥に対し、3 方向の走査を行うことをシミュレーションした。まず、 プローブが欠陥中心(X=0,Y=0)から長手のX方 向へ 10 mmピッチで走査することをシミュレーションし、 各走査点のXとZ方向検出コイルが得る信号を計算した。 欠陥が渦電流の流れと直交しているため、渦電流は欠陥 の側面と底面に回り込み、XとZ方向検出コイルはそれ ぞれの渦電流の流れの変化による信号をピックアップし た。次に、プローブを90°回転させ、欠陥中心から欠陥 と直交方向に10mmピッチで走査させる。渦電流の流れは 欠陥の長手方向と同じであるため、渦電流の流れがほぼ 変化しない。ところで、欠陥が磁束の流れ(Y方向)を 横切るため、漏洩磁束が発生する。検出コイルはY方向 とZ方向を向いているため、検出コイルはY方向とZ方 向の漏洩磁束をピックアップした。最後に、プローブ45° を回転させ、欠陥中心から45°の方向へ10mmピッチで走 査する。この場合、欠陥は渦電流の流れも妨げるし、磁 束の流れも部分的に切られる。即ち、渦電流効果と漏洩 (b) Back-side crack (D=4mm) Fig. 2 Signals taken by the three directional scans (X: signals due to eddy current effect;Y:signals due to magnetic flux leakage effect;45dg: signals of 45 degree crack) 2 - 428 - (a) Surface crack (D=2mm ) 磁束効果が共存する。検出信号はこの二つの効果の合成 である。 Fig. 2は表面2mm欠陥と裏面4mm欠陥の2方向走査のX とY方向信号のリサージュ図である(励磁周波数20Hz)。 表面欠陥において、渦電流による信号と漏洩効果による 信号はほぼ 180°ずれており、45°ななめの欠陥におい て、渦電流効果と漏洩効果の信号が相殺されるため、最 終的に得られた信号は 0 に近い。プローブをX軸の中心 から0°~45°回転させると、渦電流による信号(Fig. 2 にXで示す)がだんだん小さくなり、45°の位置で信号 が一番小さくなる。それから90°の方向へ回すと、漏洩 磁束による信号がだんだん大きくなり、90°で漏洩磁束 による信号(Fig. 2にYで示す)が最大になる。X方向と Y方向の欠陥が共に高感度で検出可能が、45°ななめ欠 陥がほぼ検出不可能である。一方、裏面欠陥に対し、渦 電流による信号と漏洩効果による信号の位相差は 180° ではない。また、45°ななめの欠陥に対しても、渦電流 効果と漏洩効果が全部相殺されないため、一定の値の信 号が現れた。いずれにも、45°ななめ欠陥の検出感度は 低い。 Z方向の検出信号の位相にも同じ傾向を示した。また、 励磁周波数が 50Hz を設定した場合の信号にも同じ傾向 が現れた。 3. 欠陥深さ評価 Fig. 3 に表面欠陥信号の位相がほぼ欠陥深さの線形 関数であることを示した。裏面欠陥に置いて、X方向 やY方向信号自体は欠陥深さの線形関数ではないが、 渦電流による信号(Bx)と漏洩効果による信号(By) の位相差を取り、位相差と欠陥深さとの関係をまとめ てみると、欠陥深さはほぼ位相差の線形関数であるこ とが示された(Fig. 4)。また、XとY方向走査における Z方向信号の位相差も同じことを示した。更に、50Hz 励磁の場合の位相差は20Hzの場合より大きい。即ち、 周波数が高くなるほど、位相差が大きくなる。信号の 位相または 90°直交の二方向走査信号の位相差によ り強磁性試験体表面や裏面にある欠陥を深さ評価可能 と考えられる。 Fig. 3 Depth of surface crack and the phase angles of signals the phases of X- and Y- direction scan signals 4. まとめ 低周波交流励磁プローブを用いて強磁性体試験体に存 在する欠陥を検出する場合、渦電流効果と漏洩磁束効果 が共に存在しており、検出信号はこの二つの効果の合成 である。欠陥の検出感度は欠陥と渦電流の流れや磁束の 流れの方向に依存する。検出信号の位相を分析すること によって欠陥深さサイジング可能である。 1 - 429 - Fig. 4 Depth of back-side crack and the difference between“ “交流誘起プローブによる強磁性体の欠陥検出・評価 “ “程 衛英,Weiying CHENG
強磁性である鉄鋼材料は高速道路や橋梁、パイプラインなどの社会インフラや産業インフラに幅広く使われているが、経年劣化に伴って発生する腐食や欠陥などによる破断が深刻な問題になる。これらの構造物の健全性を確保するために、定期的な検査が必要であり、有効な非破壊検査・評価法が要求される。超音波、放射線、打音検査などの非破壊検査法が開発され、現場に使われているが、それぞれの長所と短所があり、また、構造物の裏面や内面に発生する損傷はアクセスしにくいため特に検出困難である。電磁気法は非接触、高速検査可能などの特徴があり、構造物の裏面や内面などアクセスしにくい箇所に適用可能と考えられ、これらの損傷の検出・評価に期待される。 通常の電磁気検査方法は、被検体に磁界を印加させ、被検体に損傷があることによって、磁界あるいは関係物理量に変化が現れ、その変化を捉えることによって損傷を検出する方法である。様々な磁界印加方式のなか、通電コイル、即ち、励磁コイルを用いた磁界印加がよく使われており、直流や交流、パルス電流などによる磁界印加方式の電磁気非破壊検査法が開発された。また、交流誘起においては、検査対象や検出方式などによって、渦電流探傷法(ECT: Eddy Current Testing)、交流漏洩磁束法(MFL: Magnetic Flux Leakage)、リモートフィル―ド法(RF: Remote Field)、交流電磁場測定法(ACFM: Alternating Current Field Measurement)などが開発された。渦電流探傷法は名前の通り、渦電流効果を用いて損傷検出を行うが、交流励磁である交流漏洩磁束法や交流電磁場測定法においても渦電流が発生しており、その物理現象を利用することによって損傷検出を行う。通常の渦電流探傷法は常磁性導体の表面欠陥検査、交流漏洩磁束法は強磁性体の表面や表面近辺の欠陥検査、交流磁場探傷法は強磁性試験体にある表面開口欠陥の検出・評価に適用されると考えられる。リモートフィールド法が強磁性の管やパイプの裏面や内面欠陥検査に適用されているが、検出感度は十分とは言えない。いずれにしても、強磁性鉄鋼材料の裏面や内面欠陥の検出技術は十分とは言えない。 本研究では、強磁性体の裏面欠陥を対象に、交流磁界が印加された場合の検出信号を解析し、その特徴を分析することによって、電磁気法による強磁性体裏面欠陥検出の適用性を検討する。
2.強磁性体における欠陥信号の特徴 交流磁界が強磁性体試験体に印加される場合、被検体に印加磁界と直交する渦電流が発生する。欠陥が渦電流 の流れを妨げる場合に、渦電流探傷信号が得られる。一方、欠陥の長手方向が渦電流の流れと一致している場合、渦電流の流れが妨げられなく、渦電流信号がほとんど得られないが、欠陥が磁束と直交しているため、漏洩磁束が発生する。この漏洩磁束の検出によって、欠陥が検出できる。即ち、強磁性体の場合、渦電流効果と漏洩効果 の何れも欠陥検出に利用可能である。 ここでは、Double-D コイルプローブを用いて、6 mm厚強磁性体板(導電率4.1M/s, 比透磁率300)の表面及び裏面に発生する欠陥を検査することをシミュレーションする。Double-D 型コイルは対称に2 個並べられ逆向きの電流を流すD字型のコイルで構成される。隣あうD字の直線部分に同じ向きの電流が流れ、試験体の上に配置すると、両コイルの間に下方に同じ向きの渦電流を発生させる。Fig. 1に解析に用いたDouble-D 型コイルプローブを示す。両励磁コイルは平均直径 120 mm、径方向幅 4 mm、高さ10mmの半円である。2個のD字コイルの間(D字の直線部分)の距離は78 mmである。超伝導SQUID センサ を用いて検出することを想定し、超伝導線で巻かれた検出コイルが両D型励磁コイルの間の中心上に設置されると仮定し、シミュレーションを行う。コイルの平均直径は 52.5 mm、径方向幅は5 mm、高さは11 mm、巻き数は20 である。検出コイルの中心は励磁コイルの中心と同じ高さであり、向き(検出コイルの法線方向)はそれぞれX方向とZ方向である。プローブが空気中に配置されるとき、X方向検出コイルとZ方向検出コイルを通る磁束はともに0であるため、プローブが試験体上に配置されたとき検出コイルがピックアップした信号は全て試験体によるものである。即ち、このプローブは‘self-nulling’である。 Fig. 1 Double-D coil and the crack
十分大きな厚さ 6 mmの被検体の中心に長手がX軸方向 (渦電流と直交)の長さ50 mm、幅0.4 mmの欠陥が存在す ると仮定した。欠陥の深さは4通りでそれぞれ表面・裏 面1mm、2mm、4mm、5mmと仮定した。同じ欠陥に対し、3 方向の走査を行うことをシミュレーションした。まず、 プローブが欠陥中心(X=0,Y=0)から長手のX方 向へ 10 mmピッチで走査することをシミュレーションし、 各走査点のXとZ方向検出コイルが得る信号を計算した。 欠陥が渦電流の流れと直交しているため、渦電流は欠陥 の側面と底面に回り込み、XとZ方向検出コイルはそれ ぞれの渦電流の流れの変化による信号をピックアップし た。次に、プローブを90°回転させ、欠陥中心から欠陥 と直交方向に10mmピッチで走査させる。渦電流の流れは 欠陥の長手方向と同じであるため、渦電流の流れがほぼ 変化しない。ところで、欠陥が磁束の流れ(Y方向)を 横切るため、漏洩磁束が発生する。検出コイルはY方向 とZ方向を向いているため、検出コイルはY方向とZ方 向の漏洩磁束をピックアップした。最後に、プローブ45° を回転させ、欠陥中心から45°の方向へ10mmピッチで走 査する。この場合、欠陥は渦電流の流れも妨げるし、磁 束の流れも部分的に切られる。即ち、渦電流効果と漏洩 (b) Back-side crack (D=4mm) Fig. 2 Signals taken by the three directional scans (X: signals due to eddy current effect;Y:signals due to magnetic flux leakage effect;45dg: signals of 45 degree crack) 2 - 428 - (a) Surface crack (D=2mm ) 磁束効果が共存する。検出信号はこの二つの効果の合成 である。 Fig. 2は表面2mm欠陥と裏面4mm欠陥の2方向走査のX とY方向信号のリサージュ図である(励磁周波数20Hz)。 表面欠陥において、渦電流による信号と漏洩効果による 信号はほぼ 180°ずれており、45°ななめの欠陥におい て、渦電流効果と漏洩効果の信号が相殺されるため、最 終的に得られた信号は 0 に近い。プローブをX軸の中心 から0°~45°回転させると、渦電流による信号(Fig. 2 にXで示す)がだんだん小さくなり、45°の位置で信号 が一番小さくなる。それから90°の方向へ回すと、漏洩 磁束による信号がだんだん大きくなり、90°で漏洩磁束 による信号(Fig. 2にYで示す)が最大になる。X方向と Y方向の欠陥が共に高感度で検出可能が、45°ななめ欠 陥がほぼ検出不可能である。一方、裏面欠陥に対し、渦 電流による信号と漏洩効果による信号の位相差は 180° ではない。また、45°ななめの欠陥に対しても、渦電流 効果と漏洩効果が全部相殺されないため、一定の値の信 号が現れた。いずれにも、45°ななめ欠陥の検出感度は 低い。 Z方向の検出信号の位相にも同じ傾向を示した。また、 励磁周波数が 50Hz を設定した場合の信号にも同じ傾向 が現れた。 3. 欠陥深さ評価 Fig. 3 に表面欠陥信号の位相がほぼ欠陥深さの線形 関数であることを示した。裏面欠陥に置いて、X方向 やY方向信号自体は欠陥深さの線形関数ではないが、 渦電流による信号(Bx)と漏洩効果による信号(By) の位相差を取り、位相差と欠陥深さとの関係をまとめ てみると、欠陥深さはほぼ位相差の線形関数であるこ とが示された(Fig. 4)。また、XとY方向走査における Z方向信号の位相差も同じことを示した。更に、50Hz 励磁の場合の位相差は20Hzの場合より大きい。即ち、 周波数が高くなるほど、位相差が大きくなる。信号の 位相または 90°直交の二方向走査信号の位相差によ り強磁性試験体表面や裏面にある欠陥を深さ評価可能 と考えられる。 Fig. 3 Depth of surface crack and the phase angles of signals the phases of X- and Y- direction scan signals 4. まとめ 低周波交流励磁プローブを用いて強磁性体試験体に存 在する欠陥を検出する場合、渦電流効果と漏洩磁束効果 が共に存在しており、検出信号はこの二つの効果の合成 である。欠陥の検出感度は欠陥と渦電流の流れや磁束の 流れの方向に依存する。検出信号の位相を分析すること によって欠陥深さサイジング可能である。 1 - 429 - Fig. 4 Depth of back-side crack and the difference between“ “交流誘起プローブによる強磁性体の欠陥検出・評価 “ “程 衛英,Weiying CHENG