原子力プラントにおけるレジリエンス評価法の開発 (その 3:レジリエンス指標の評価法と適用性に関する検討)
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カテゴリ: 第13回
1.序論
レジリエンスとは、システム内外の変動に起因する擾乱に対してシステムが動的に適応し、その果たすべき機能を平常に保つ、あるいは機能を喪失したとしても適切に回復できる能力を意味する(例えば[1][2])。 設計想定を超える事態に対する原子力プラントの安全性評価に際しては、リスク評価に加えてレジリエンスの観点からの評価、すなわち、どの程度の確からしさで、どの程度の余裕(機能的余裕、時間的余裕)をもって安全上重要な機能を維持・回復できるのか、また、それら確からしさおよび余裕(「対応裕度」)がハザード強度の上昇や経年化に対してどのように変化していくのか等を定量的に 明らかにし評価することが、高い粘り強さを持つ安全の確保のために重要である。 本研究では設計想定を超える事態に対する原子力プラ ントの対応能力の指標について、外部ハザード等によっ て一時的に喪失した安全上重要な機能が、アクシデントマネジメント(AM)策の実行によって、要求される時間内に最低限必要な機能レベルまで回復する確率および裕度の総体をレジリエンス指標と定義して評価する[3]。AM 策の一連の措置に関して、PRAにおいては成功基準に照らして成功/失敗の二値評価であり、所要時間や対応裕 度について陽には示されない。一方、レジリエンス指標評価においては所要時間や対応裕度をそれらの累積(積み上げ)を考慮しながら定量評価して陽に明示することに特色があり、AM策や保全活動(要員教育・訓練等を含む)の変更等による対応裕度への影響を評価することが出来る。本稿ではレジリエンス指標の評価手順を示すととも に、簡易的なPWRプラントモデルに対して試評価を行う ことで、レジリエンス指標の適用性を示す。
2.レジリエンス指標の評価法 2.1 安全の回復の考え方 外部ハザード等によりシステム安全上重要な機能の一 つもしくは複数が喪失したシビアアクシデントを考える。 システム安全の回復能力の評価について本研究では以下 のように考えるものとする(Fig.1): ・目標とする安全性能を達成するために最低限必要な安 全機能レベル(以後、最低安全機能レベルと呼ぶ)が存 在し、また、平常時の安全機能レベルは通常、最低安全 機能レベルに対し余裕を有する。したがい、シビアアク シデント発生後、短期的には必ずしも平常時と同様の 安全機能レベルまで回復する必要はなく、最低安全機 能レベルまで達すれば回復に至ったとみなす。 ・ある時間内に最低安全機能レベルまで回復する必要が ある。したがい、時間的な制約が存在する。 ・AM 策を構成する個々の措置の成否は雰囲気条件等に 依存し確率的である。したがい、いずれの AM シーケ ンス(安全機能回復の進展パス)が生起するかは確率的 である。 このとき、システム安全の回復に成功する確率は、回復に 至るAMシーケンスの生起確率の積算値(Fig.1中の「回 復不可領域」を避ける確率)として評価できる。また、対 応裕度は、各AM シーケンスについてその進展曲線と「回 復不可領域」との距離から評価できる。さらに、各AMシ ーケンスの生起確率と組み合わせて対応裕度の統計量を 算出し、プラントレベルの対応能力の信頼性を評価する。 Fig.1 Recovery of safety function 2.2 レジリエンス指標評価手順 レジリエンス指標の評価概略フローは以下のとおりで ある: 1) 事故シナリオの想定 2) AM 策の策定 3) AM シーケンスの分析 AMイベントツリーの作成 4) 各AM措置の特徴量の評価 実行失敗確率、所要時間、機能裕度の評価 5) レジリエンス指標値評価 各 AM シーケンスの生起確率、累積所要時間、 システム機能裕度、時間裕度、回復成否の評価 6) 脆弱性の摘出 重要度解析、耐性評価 AMシーケンスの分析(イベントツリーの作成) 個々のAM措置をヘディングとしたAMイベントツリ ーを作成し、起こり得るすべての AM シーケンスを同定 する。このとき、ある AM 措置(AM イベントツリーの ヘディング)の分岐の判定は、それまでの AM 措置によ る部分的な機能回復の累積を考慮したうえで為すものと する。 各AM措置の特徴量の評価 AM 策中の個々の措置を特徴付ける量として、実行失 敗確率、所要時間、機能裕度を考え各々を評価する。この とき、ハザード強度等の事故時雰囲気条件を考慮する。 実行失敗確率について、各 AM 措置の実行失敗を頂上 事象としたフォールトツリーを作成する。フォールトツ リーの作成では、外力に起因する構築物・機器の損傷、経 年化に起因する構築物・機器の劣化、ランダム故障、人的 過誤等を考慮する。 所要時間について、個々のAM措置 i の実行に要する 時間 を評価する。 機能裕度について、個々の AM 措置に期待される機能 レベルが、安全の確保上最低限達成すべき機能レベル(最 低安全機能レベル)に対してどれだけ余裕を有するかを 評価する。各 AM 措置 i に対して、最低安全機能レベル に対する当該措置の機能レベルの比(すなわち、最低安全 機能レベルに対する裕度)を当該措置の機能裕度 と して定義する。 レジリエンス指標値評価(AMシーケンスの定量化、AM 有効性評価) - 56 - システム安全の回復に至る AM シーケンスの生起確率 の積算値および対応裕度を評価するために、AM イベン トツリーおよび各AM措置の特徴量を用いて、各AMシ ーケンスの生起確率、累積所要時間、システム機能裕度、 時間裕度、回復成否を評価する。 各 AM シーケンスの生起確率について、各ヘディング (AM 措置)の分岐確率から、設定したハザード強度aお よびプラント損傷状態 x に対する各 AM シーケンス j の 条件付き生起確率 j , を求める。 各AMシーケンスの累積所要時間について、各AM措 置の所要時間から、各 AM シーケンス j の累積所要時間 を求める。 各AMシーケンスのシステム機能裕度について、各AM 措置の機能裕度から、各 AM シーケンス j についてシス テムの機能裕度を求める。直列系を成す AM 策において は、いずれかの措置の機能レベルが最低安全機能レベル を下回った場合(機能裕度が1未満であった場合)、当該 AM策による回復は失敗(回復失敗シーケンス)となる。 したがい、i番目のAM措置の機能裕度を として、 min (1) なる をシステム機能裕度として定義して求める。並 列系を成す AM 策においては、いずれかの措置の機能レ ベルが最低安全機能レベルを下回った場合(機能裕度が1 未満であった場合)でも当該措置と機能的に冗長な措置 が存在することから、システム機能裕度を ∑ (2) と定義して求める。直並列系を成す AM 策においては、 上記直列系および並列系に対する定義を組み合わせてシ ステム機能裕度を求めることができる。 各AMシーケンスの時間裕度について、各AMシーケ ンスj に対して、設定した時間制約 、および累積所 要時間 を用いて ? (3) なる を時間裕度として定義して求める。 各AMシーケンスの回復成否について、時間制約 経過時点でのシステム機能裕度 が 1 以上となれば (最低安全機能レベル 達成時点での時間裕度 が 1 以上となれば)回復進展パスが「回復不可領域」を 通らず、当該 AM シーケンス j は回復成功であると考え る。 上記の結果から、想定ハザード強度 a およびプラント 損傷状態 x に対する条件付きシステム回復成功確率 , を次式より求める。 , ∑ , (4) ここで、 , は回復に成功するAM シーケンス j’ の 条件付き生起確率である。 さらに、プラントレベルの対応能力の信頼性を評価す る。ここで、機能的余裕については、制約時間経過時点で のシステム機能裕度の確率分布に、また、時間的余裕につ いては最低安全機能レベル達成時点での時間裕度の確率 分布にそれぞれ着目する(Fig.2)。すなわち、 、 の期待値 、 および標準偏差 、 を用いて ? (5) ? (6) を定義して評価する。 、 は各AMシーケンスの対応 裕度と生起確率を縮約した対応能力の信頼性の尺度とな っており、プラントレベルの対応能力の指標として考え ることができる。 Fig.2 Schematic illustration of plant level response margin 3.試評価条件の設定 適用事例として、PWRプラントに対する原子力規制委 員会「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び 格納容器破損防止対策の有効性の評価に関する審査ガイ ド」に規定する事故シーケンスグループを対象に、レジリ エンス指標の考え方に基づくシステム安全回復能力の試 評価を行う。 事故シナリオの想定 審査ガイド中、「2 次冷却系からの除熱機能喪失」を想 定する。また、ここではハザードとして地震を想定するこ ととする。 AM策の策定 ここでは2 ケースのAM 策を仮定し、試評価結果を比 - 57 - 較することとする。ケース(A)においては、1 次系からの 除熱のみを考慮し、以下の措置により炉心の安定冷却を 図る。 (1) 高圧注入系による炉心注入 (2) 加圧器逃がし弁による1次系減圧 (3) 余熱除去系による炉心冷却 ケース(B)においては、上記ケース(A)の1次系からの除熱 に加え、2次系からの除熱を考慮する。2次系の安全系の 除熱設備は機能喪失しているため、AM 設備として除熱 設備を設ける必要がある。蒸気発生器(S/G)への注水設 備と蒸気放出設備として以下の2設備を設ける。 (4) 可搬式S/G 給水設備 (5) AM主蒸気逃がし弁 また、非安全系設備で本事故時に活用できる設備として 以下の設備がある。 (6) S/G 水張り系 時間制約については、PWR電力事業者による重大事故 等対策の有効性評価等を参考にする。 各AM措置の特徴量の評価 本稿では簡単のため、各措置において動作が期待され る機器・設備のうち主たる機器のみを考え、また、人的過 誤は考慮しない(理想的に訓練されていると仮定する)こ ととする。 実行失敗確率について、まず、本試評価条件ではハザー ドとして地震を想定しているため、各措置の代表機器に ついてPWR 電力事業者によるPRA 結果を参考に地震フ ラジリティパラメータを設定し、フラジリティ曲線を算 定した。また、各措置の代表機器についてNUCIAデータ を参考に、さらに経年変化および保全活動の影響を簡易 的に考慮して故障率を設定した。 所要時間について、各措置に対してPWR電力事業者に よる重大事故等対策の有効性評価結果を参考に所要時間 を設定した。なお、ここでは所要時間のハザード強度依存 性は考慮しないこととする。 機能裕度について、各措置に対して設置許可申請書の 機器設計仕様等を参考に機能裕度を設定した。なお、ここ では機能裕度のハザード強度依存性は考慮しないことと する。 4.試評価結果および考察 前章の評価条件に基づき、システム安全の回復に至る AM シーケンスの生起確率の積算値および対応裕度を評 価した。 AMケース(A): 1次系からの除熱のみを考慮する場合 ハザード強度 a = 3.0 [G]とした場合に得られた各 AM シーケンスの生起確率をFig.3左に示す。図中、白色部は 回復成功シーケンスを、斜線部は回復失敗シーケンスを それぞれ表している。a = 3.0 [G]の場合、いずれのAM措 置(1)~(3)も成功する「Seq.1」に加え「Seq.2」が主たるシ ーケンスとして生起した。「Seq.2」は AM 措置(1)(高圧 注入系による炉心注入)、および措置(2)(加圧器逃がし弁 による 1 次系減圧)に成功し、措置(3)(余熱除去系によ る炉心冷却)に失敗するシーケンスである。このとき条件 付きシステム回復成功確率 3.0, = 0.48 と なった。また、Fig.3 右に対応裕度の生起確率分布を示す。 プラントレベルの対応裕度 、 を求めると 0.96、 0.96となった。a = 5.0 [G]の場合、AM措置 (1)に失敗する「Seq.4」をはじめ回復失敗シーケンスが支 配的となり、このとき条件付きシステム回復成功確率 5.0, = 2.62E-06 となった。 Fig.3 Occurrence probability of each AM sequence (Left) and probability distribution of plant level response margin (Right): AM Case (A), a = 3.0 [G] AMケース(B): 1 次系および2次系からの除熱を考慮す る場合 ハザード強度 a = 3.0 [G]とした場合に得られた各 AM シーケンスの生起確率をFig.4 左に示す。a = 3.0 [G]の場 合、回復成功シーケンス「Seq.27」、「Seq.32」とともに主 たる回復失敗シーケンスとして「Seq.33」が生起した。 「Seq.33」はAM 措置(6)、(5)の失敗により2 次系からの 除熱に失敗し、さらに措置(3)の失敗により 1 次系からの 除熱に失敗するシーケンスである。このとき条件付きシ ステム回復成功確率 3.0, = 0.75 となった。 また、Fig.4 右に対応裕度の生起確率分布を示す。プラン トレベルの対応裕度を求めると 1.46、 1.70と - 58 - なった。同一のハザード強度 a = 3.0 [G] についてAM ケ ース(A)の結果(Fig.3、 3.0, = 0.48、 0.96、 0.96)と比較すると、システム回復成功確率 およびプラントレベルの対応信頼性 、 とも に向上していることが分かり、AM策の変更・改善の有効 性を回復成功/失敗確率に加えて裕度の観点から定量評 価出来ている。a = 5.0 [G]の場合、回復失敗シーケンスが 支配的となり、このとき条件付きシステム回復成功確率 5.0, = 4.27E-03 となった。 Fig.4 Occurrence probability of each AM sequence (Left) and probability distribution of plant level response margin (Right): AM Case (B), a = 3.0 [G] 5.結論 設計想定を超える事態に対する原子力プラントのシス テム安全を評価するための指標として提案しているレジ リエンス指標について、具体的な評価手順を示した。評価 に際しては、最低安全機能レベルに対する余裕と時間制 約に対する余裕、およびそれらの時間変化を考える。さら に、簡易的なPWRプラントモデルに対して、原子力規制 委員会審査ガイドに規定の事故シーケンス「2次冷却系か らの除熱機能喪失」を対象に、レジリエンス指標の考え方 に基づくシステム安全回復能力の試評価を行った。レジ リエンス指標の考え方に基づくことで、システム安全の 回復に至る AM シーケンスの定量化、AM 策の変更・改 善による回復成功確率およびそのハザード強度依存性、 対応裕度、対応信頼性の変化の定量評価等が可能である ことを示した。人的過誤を具体的に考慮した試評価およ び検討は今後の重要な課題である。 参考文献 [1] E. Hollnagel, D.D. Woods and N. Leveson (Eds.): “Resilience engineering: Concepts and precepts”, Ashgate Pub Co. (2006) [2] L. Carlson, G. Bassett, W. Buehring et al.: “Resilience: Theory and applications”, Argonne National Laboratory, ANL/DIS-12-1 (2012) [3] 出町和之、鈴木正昭、村上健太ら: “原子力プラント におけるレジリエンス評価法の開発(その1:原子力 プラントの事故時安全性評価指標としてのレジリエ ンス指標の提案)”, 保全学、Vol.15, No.1, pp.65-70 (2016) - 59 - 謝辞 本研究は、株式会社三菱総合研究所が原子力規制庁か ら受託した高経年化技術評価高度化事業「経年プラント の総合的な安全評価手法に係る調査研究」の再委託研究 における成果の一部である。ここに記して謝意を表する。“ “原子力プラントにおけるレジリエンス評価法の開発 (その 3:レジリエンス指標の評価法と適用性に関する検討) “ “鈴木 正昭,Masaaki SUZUKI,出町 和之,Kazuyuki DEMACHI,宮野 廣,Hiroshi MIYANO,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMAYA,荒井 滋喜,Shigeki ARAI,糸井 達哉,Tatsuya ITOI,村上 健太,Kenta MURAKAMI,笠原 直人,Naoto KASAHARA,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO
レジリエンスとは、システム内外の変動に起因する擾乱に対してシステムが動的に適応し、その果たすべき機能を平常に保つ、あるいは機能を喪失したとしても適切に回復できる能力を意味する(例えば[1][2])。 設計想定を超える事態に対する原子力プラントの安全性評価に際しては、リスク評価に加えてレジリエンスの観点からの評価、すなわち、どの程度の確からしさで、どの程度の余裕(機能的余裕、時間的余裕)をもって安全上重要な機能を維持・回復できるのか、また、それら確からしさおよび余裕(「対応裕度」)がハザード強度の上昇や経年化に対してどのように変化していくのか等を定量的に 明らかにし評価することが、高い粘り強さを持つ安全の確保のために重要である。 本研究では設計想定を超える事態に対する原子力プラ ントの対応能力の指標について、外部ハザード等によっ て一時的に喪失した安全上重要な機能が、アクシデントマネジメント(AM)策の実行によって、要求される時間内に最低限必要な機能レベルまで回復する確率および裕度の総体をレジリエンス指標と定義して評価する[3]。AM 策の一連の措置に関して、PRAにおいては成功基準に照らして成功/失敗の二値評価であり、所要時間や対応裕 度について陽には示されない。一方、レジリエンス指標評価においては所要時間や対応裕度をそれらの累積(積み上げ)を考慮しながら定量評価して陽に明示することに特色があり、AM策や保全活動(要員教育・訓練等を含む)の変更等による対応裕度への影響を評価することが出来る。本稿ではレジリエンス指標の評価手順を示すととも に、簡易的なPWRプラントモデルに対して試評価を行う ことで、レジリエンス指標の適用性を示す。
2.レジリエンス指標の評価法 2.1 安全の回復の考え方 外部ハザード等によりシステム安全上重要な機能の一 つもしくは複数が喪失したシビアアクシデントを考える。 システム安全の回復能力の評価について本研究では以下 のように考えるものとする(Fig.1): ・目標とする安全性能を達成するために最低限必要な安 全機能レベル(以後、最低安全機能レベルと呼ぶ)が存 在し、また、平常時の安全機能レベルは通常、最低安全 機能レベルに対し余裕を有する。したがい、シビアアク シデント発生後、短期的には必ずしも平常時と同様の 安全機能レベルまで回復する必要はなく、最低安全機 能レベルまで達すれば回復に至ったとみなす。 ・ある時間内に最低安全機能レベルまで回復する必要が ある。したがい、時間的な制約が存在する。 ・AM 策を構成する個々の措置の成否は雰囲気条件等に 依存し確率的である。したがい、いずれの AM シーケ ンス(安全機能回復の進展パス)が生起するかは確率的 である。 このとき、システム安全の回復に成功する確率は、回復に 至るAMシーケンスの生起確率の積算値(Fig.1中の「回 復不可領域」を避ける確率)として評価できる。また、対 応裕度は、各AM シーケンスについてその進展曲線と「回 復不可領域」との距離から評価できる。さらに、各AMシ ーケンスの生起確率と組み合わせて対応裕度の統計量を 算出し、プラントレベルの対応能力の信頼性を評価する。 Fig.1 Recovery of safety function 2.2 レジリエンス指標評価手順 レジリエンス指標の評価概略フローは以下のとおりで ある: 1) 事故シナリオの想定 2) AM 策の策定 3) AM シーケンスの分析 AMイベントツリーの作成 4) 各AM措置の特徴量の評価 実行失敗確率、所要時間、機能裕度の評価 5) レジリエンス指標値評価 各 AM シーケンスの生起確率、累積所要時間、 システム機能裕度、時間裕度、回復成否の評価 6) 脆弱性の摘出 重要度解析、耐性評価 AMシーケンスの分析(イベントツリーの作成) 個々のAM措置をヘディングとしたAMイベントツリ ーを作成し、起こり得るすべての AM シーケンスを同定 する。このとき、ある AM 措置(AM イベントツリーの ヘディング)の分岐の判定は、それまでの AM 措置によ る部分的な機能回復の累積を考慮したうえで為すものと する。 各AM措置の特徴量の評価 AM 策中の個々の措置を特徴付ける量として、実行失 敗確率、所要時間、機能裕度を考え各々を評価する。この とき、ハザード強度等の事故時雰囲気条件を考慮する。 実行失敗確率について、各 AM 措置の実行失敗を頂上 事象としたフォールトツリーを作成する。フォールトツ リーの作成では、外力に起因する構築物・機器の損傷、経 年化に起因する構築物・機器の劣化、ランダム故障、人的 過誤等を考慮する。 所要時間について、個々のAM措置 i の実行に要する 時間 を評価する。 機能裕度について、個々の AM 措置に期待される機能 レベルが、安全の確保上最低限達成すべき機能レベル(最 低安全機能レベル)に対してどれだけ余裕を有するかを 評価する。各 AM 措置 i に対して、最低安全機能レベル に対する当該措置の機能レベルの比(すなわち、最低安全 機能レベルに対する裕度)を当該措置の機能裕度 と して定義する。 レジリエンス指標値評価(AMシーケンスの定量化、AM 有効性評価) - 56 - システム安全の回復に至る AM シーケンスの生起確率 の積算値および対応裕度を評価するために、AM イベン トツリーおよび各AM措置の特徴量を用いて、各AMシ ーケンスの生起確率、累積所要時間、システム機能裕度、 時間裕度、回復成否を評価する。 各 AM シーケンスの生起確率について、各ヘディング (AM 措置)の分岐確率から、設定したハザード強度aお よびプラント損傷状態 x に対する各 AM シーケンス j の 条件付き生起確率 j , を求める。 各AMシーケンスの累積所要時間について、各AM措 置の所要時間から、各 AM シーケンス j の累積所要時間 を求める。 各AMシーケンスのシステム機能裕度について、各AM 措置の機能裕度から、各 AM シーケンス j についてシス テムの機能裕度を求める。直列系を成す AM 策において は、いずれかの措置の機能レベルが最低安全機能レベル を下回った場合(機能裕度が1未満であった場合)、当該 AM策による回復は失敗(回復失敗シーケンス)となる。 したがい、i番目のAM措置の機能裕度を として、 min (1) なる をシステム機能裕度として定義して求める。並 列系を成す AM 策においては、いずれかの措置の機能レ ベルが最低安全機能レベルを下回った場合(機能裕度が1 未満であった場合)でも当該措置と機能的に冗長な措置 が存在することから、システム機能裕度を ∑ (2) と定義して求める。直並列系を成す AM 策においては、 上記直列系および並列系に対する定義を組み合わせてシ ステム機能裕度を求めることができる。 各AMシーケンスの時間裕度について、各AMシーケ ンスj に対して、設定した時間制約 、および累積所 要時間 を用いて ? (3) なる を時間裕度として定義して求める。 各AMシーケンスの回復成否について、時間制約 経過時点でのシステム機能裕度 が 1 以上となれば (最低安全機能レベル 達成時点での時間裕度 が 1 以上となれば)回復進展パスが「回復不可領域」を 通らず、当該 AM シーケンス j は回復成功であると考え る。 上記の結果から、想定ハザード強度 a およびプラント 損傷状態 x に対する条件付きシステム回復成功確率 , を次式より求める。 , ∑ , (4) ここで、 , は回復に成功するAM シーケンス j’ の 条件付き生起確率である。 さらに、プラントレベルの対応能力の信頼性を評価す る。ここで、機能的余裕については、制約時間経過時点で のシステム機能裕度の確率分布に、また、時間的余裕につ いては最低安全機能レベル達成時点での時間裕度の確率 分布にそれぞれ着目する(Fig.2)。すなわち、 、 の期待値 、 および標準偏差 、 を用いて ? (5) ? (6) を定義して評価する。 、 は各AMシーケンスの対応 裕度と生起確率を縮約した対応能力の信頼性の尺度とな っており、プラントレベルの対応能力の指標として考え ることができる。 Fig.2 Schematic illustration of plant level response margin 3.試評価条件の設定 適用事例として、PWRプラントに対する原子力規制委 員会「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び 格納容器破損防止対策の有効性の評価に関する審査ガイ ド」に規定する事故シーケンスグループを対象に、レジリ エンス指標の考え方に基づくシステム安全回復能力の試 評価を行う。 事故シナリオの想定 審査ガイド中、「2 次冷却系からの除熱機能喪失」を想 定する。また、ここではハザードとして地震を想定するこ ととする。 AM策の策定 ここでは2 ケースのAM 策を仮定し、試評価結果を比 - 57 - 較することとする。ケース(A)においては、1 次系からの 除熱のみを考慮し、以下の措置により炉心の安定冷却を 図る。 (1) 高圧注入系による炉心注入 (2) 加圧器逃がし弁による1次系減圧 (3) 余熱除去系による炉心冷却 ケース(B)においては、上記ケース(A)の1次系からの除熱 に加え、2次系からの除熱を考慮する。2次系の安全系の 除熱設備は機能喪失しているため、AM 設備として除熱 設備を設ける必要がある。蒸気発生器(S/G)への注水設 備と蒸気放出設備として以下の2設備を設ける。 (4) 可搬式S/G 給水設備 (5) AM主蒸気逃がし弁 また、非安全系設備で本事故時に活用できる設備として 以下の設備がある。 (6) S/G 水張り系 時間制約については、PWR電力事業者による重大事故 等対策の有効性評価等を参考にする。 各AM措置の特徴量の評価 本稿では簡単のため、各措置において動作が期待され る機器・設備のうち主たる機器のみを考え、また、人的過 誤は考慮しない(理想的に訓練されていると仮定する)こ ととする。 実行失敗確率について、まず、本試評価条件ではハザー ドとして地震を想定しているため、各措置の代表機器に ついてPWR 電力事業者によるPRA 結果を参考に地震フ ラジリティパラメータを設定し、フラジリティ曲線を算 定した。また、各措置の代表機器についてNUCIAデータ を参考に、さらに経年変化および保全活動の影響を簡易 的に考慮して故障率を設定した。 所要時間について、各措置に対してPWR電力事業者に よる重大事故等対策の有効性評価結果を参考に所要時間 を設定した。なお、ここでは所要時間のハザード強度依存 性は考慮しないこととする。 機能裕度について、各措置に対して設置許可申請書の 機器設計仕様等を参考に機能裕度を設定した。なお、ここ では機能裕度のハザード強度依存性は考慮しないことと する。 4.試評価結果および考察 前章の評価条件に基づき、システム安全の回復に至る AM シーケンスの生起確率の積算値および対応裕度を評 価した。 AMケース(A): 1次系からの除熱のみを考慮する場合 ハザード強度 a = 3.0 [G]とした場合に得られた各 AM シーケンスの生起確率をFig.3左に示す。図中、白色部は 回復成功シーケンスを、斜線部は回復失敗シーケンスを それぞれ表している。a = 3.0 [G]の場合、いずれのAM措 置(1)~(3)も成功する「Seq.1」に加え「Seq.2」が主たるシ ーケンスとして生起した。「Seq.2」は AM 措置(1)(高圧 注入系による炉心注入)、および措置(2)(加圧器逃がし弁 による 1 次系減圧)に成功し、措置(3)(余熱除去系によ る炉心冷却)に失敗するシーケンスである。このとき条件 付きシステム回復成功確率 3.0, = 0.48 と なった。また、Fig.3 右に対応裕度の生起確率分布を示す。 プラントレベルの対応裕度 、 を求めると 0.96、 0.96となった。a = 5.0 [G]の場合、AM措置 (1)に失敗する「Seq.4」をはじめ回復失敗シーケンスが支 配的となり、このとき条件付きシステム回復成功確率 5.0, = 2.62E-06 となった。 Fig.3 Occurrence probability of each AM sequence (Left) and probability distribution of plant level response margin (Right): AM Case (A), a = 3.0 [G] AMケース(B): 1 次系および2次系からの除熱を考慮す る場合 ハザード強度 a = 3.0 [G]とした場合に得られた各 AM シーケンスの生起確率をFig.4 左に示す。a = 3.0 [G]の場 合、回復成功シーケンス「Seq.27」、「Seq.32」とともに主 たる回復失敗シーケンスとして「Seq.33」が生起した。 「Seq.33」はAM 措置(6)、(5)の失敗により2 次系からの 除熱に失敗し、さらに措置(3)の失敗により 1 次系からの 除熱に失敗するシーケンスである。このとき条件付きシ ステム回復成功確率 3.0, = 0.75 となった。 また、Fig.4 右に対応裕度の生起確率分布を示す。プラン トレベルの対応裕度を求めると 1.46、 1.70と - 58 - なった。同一のハザード強度 a = 3.0 [G] についてAM ケ ース(A)の結果(Fig.3、 3.0, = 0.48、 0.96、 0.96)と比較すると、システム回復成功確率 およびプラントレベルの対応信頼性 、 とも に向上していることが分かり、AM策の変更・改善の有効 性を回復成功/失敗確率に加えて裕度の観点から定量評 価出来ている。a = 5.0 [G]の場合、回復失敗シーケンスが 支配的となり、このとき条件付きシステム回復成功確率 5.0, = 4.27E-03 となった。 Fig.4 Occurrence probability of each AM sequence (Left) and probability distribution of plant level response margin (Right): AM Case (B), a = 3.0 [G] 5.結論 設計想定を超える事態に対する原子力プラントのシス テム安全を評価するための指標として提案しているレジ リエンス指標について、具体的な評価手順を示した。評価 に際しては、最低安全機能レベルに対する余裕と時間制 約に対する余裕、およびそれらの時間変化を考える。さら に、簡易的なPWRプラントモデルに対して、原子力規制 委員会審査ガイドに規定の事故シーケンス「2次冷却系か らの除熱機能喪失」を対象に、レジリエンス指標の考え方 に基づくシステム安全回復能力の試評価を行った。レジ リエンス指標の考え方に基づくことで、システム安全の 回復に至る AM シーケンスの定量化、AM 策の変更・改 善による回復成功確率およびそのハザード強度依存性、 対応裕度、対応信頼性の変化の定量評価等が可能である ことを示した。人的過誤を具体的に考慮した試評価およ び検討は今後の重要な課題である。 参考文献 [1] E. Hollnagel, D.D. Woods and N. Leveson (Eds.): “Resilience engineering: Concepts and precepts”, Ashgate Pub Co. (2006) [2] L. Carlson, G. Bassett, W. Buehring et al.: “Resilience: Theory and applications”, Argonne National Laboratory, ANL/DIS-12-1 (2012) [3] 出町和之、鈴木正昭、村上健太ら: “原子力プラント におけるレジリエンス評価法の開発(その1:原子力 プラントの事故時安全性評価指標としてのレジリエ ンス指標の提案)”, 保全学、Vol.15, No.1, pp.65-70 (2016) - 59 - 謝辞 本研究は、株式会社三菱総合研究所が原子力規制庁か ら受託した高経年化技術評価高度化事業「経年プラント の総合的な安全評価手法に係る調査研究」の再委託研究 における成果の一部である。ここに記して謝意を表する。“ “原子力プラントにおけるレジリエンス評価法の開発 (その 3:レジリエンス指標の評価法と適用性に関する検討) “ “鈴木 正昭,Masaaki SUZUKI,出町 和之,Kazuyuki DEMACHI,宮野 廣,Hiroshi MIYANO,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMAYA,荒井 滋喜,Shigeki ARAI,糸井 達哉,Tatsuya ITOI,村上 健太,Kenta MURAKAMI,笠原 直人,Naoto KASAHARA,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO