ミュオンを利用した核セキュリティ技術
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1.ミュオン散乱法
宇宙線ミュオンは陽子などの一次宇宙線が地球の大 気中の原子核と反応することによる生成するパイ中間子の崩壊により生成される二次宇宙線である。宇宙線 ミュオンはGeVオーダーの高いエネルギーを持ち、数メートルのコンクリートを容易に透過する特徴から、 火山やピラミッド等の大型構造物のイメージングに利 用されてきた。これらの測定は物質中でのミュオンフラックスの減衰を利用する手法で透過法と呼ばれる。一方、ミュオンが物質を通過する際の原子核との相互作用によるクーロン多重散乱を利用する手法が散乱法である。散乱法では Fig.1 に示すように対となる2 台の軌跡検出器を用いて、入射ミュオンと出射ミュオンの軌跡を測定し、両方の軌跡から散乱体の位置を求 めることで、透過法よりも高精度な透過画像を得ることが可能である。さらに、ミュオンの散乱角は物質の原子番号に比例して大きくなる特徴を利用して、散乱角の大きさから物質の種類を推定することが出来るため、特に容器中に格納されたウランなどの核物質を検知する技術として有効である。国内では福島第一原子力発電所内部の溶融燃料デブリの詳細分布測定に向け ての開発が進められている[1]。 Fig.1 Overview of muon scattering method
2.ウラン燃料測定試験
散乱法による核燃料検知の有効性を確認するため、 東芝はロスアラモス国立研究所と共同で小型の研究用 原子炉(NCA:東芝臨界実験装置)を用いた核燃料の 測定試験を行った[2]。NCA は原子力発電所で使用さ れる燃料と同様に UO2 燃料で炉心が構成されている。 実験は直径 2m のアルミ製炉心タンク内部に直径約 20cm の円筒形 UO2燃料を配置し、タンクの外側に2 台のミュオン軌跡検出器を設置した体系で行われ、ミ ュオンが燃料を通過する際の散乱を測定することによ 連絡先:杉田宰、〒235-8523横浜市磯子区新杉田町8、 株式会社東芝 エネルギーシステムソリューション社 電力・社会システム技術開発センター E-mail:tsukasa.sugita@toshiba.co.jp - 67 - り、中心部が空洞となった円筒形の燃料の画像を得る ことに成功した(Fig.2)。測定された燃料画像の空間 分解能は約3cmであり、散乱角の小さい成分を除去す ることにより、障害物として設置したステンレスおよ びコンクリートブロックの影響を分離できることが確 認された。 3.核セキュリティへの応用 ミュオン散乱法の核セキュリティへの応用について 評価を行うために、宇宙線ミュオンの分布およびミュ オン軌跡検出器をシミュレーションモデル上に再現し、 コンテナ中の核物質を検知するシステムについての検 討を行った。Fig.3 は天井と床にミュオン軌跡検出器を 設置し、間を通過するトラックをミュオン散乱法によ り測定するモデルである。トラックの荷台には、厚さ 1cm のステンレス製容器の内部に、1 辺 10cm の UO2 燃料の立方体が配置されている。シミュレーションの 結果、ウラン燃料測定試験で使用した検出器と同等の 性能を持つ検出器を使用した場合に、核燃料の位置が 三次元的に検知できる結果が得られた。 Fig.2 Geometry of UO2 fuel measurement (top) and the result (bottom) 4.まとめ ミュオン散乱法を利用したイメージング技術は、他 の手法では測定が困難な遮蔽容器内部の核物質検知に 有効である。また、人工的な放射線源を用いない宇宙 線は、測定の際の被ばくを考慮する必要がないことに 加えて、装置周辺の遮蔽も不要であるため、これらの 特徴を活用した核セキュリティ技術は、今後、核燃料 取扱施設や、輸出中を管理する港湾に設置可能な現実 的な測定システムとしての幅広い応用が期待される。 参考文献 [1] Miyadera, H., et al., “Imaging Fukushima Daiichi reactors with muons.” AIP Advances, 3(5): p.052133, 2013 [2] Tsukasa, S., et al., “Cosmic-ray muon radiography of UO2 fuel assembly.” Journal of Nuclear Science and Technology, Vol.51, Issue 7-8, pp 1024-1031, 2014 Fig.3 Geometry of container scanner (top) and simulation result (bottom) - 68 -
宇宙線ミュオンは陽子などの一次宇宙線が地球の大 気中の原子核と反応することによる生成するパイ中間子の崩壊により生成される二次宇宙線である。宇宙線 ミュオンはGeVオーダーの高いエネルギーを持ち、数メートルのコンクリートを容易に透過する特徴から、 火山やピラミッド等の大型構造物のイメージングに利 用されてきた。これらの測定は物質中でのミュオンフラックスの減衰を利用する手法で透過法と呼ばれる。一方、ミュオンが物質を通過する際の原子核との相互作用によるクーロン多重散乱を利用する手法が散乱法である。散乱法では Fig.1 に示すように対となる2 台の軌跡検出器を用いて、入射ミュオンと出射ミュオンの軌跡を測定し、両方の軌跡から散乱体の位置を求 めることで、透過法よりも高精度な透過画像を得ることが可能である。さらに、ミュオンの散乱角は物質の原子番号に比例して大きくなる特徴を利用して、散乱角の大きさから物質の種類を推定することが出来るため、特に容器中に格納されたウランなどの核物質を検知する技術として有効である。国内では福島第一原子力発電所内部の溶融燃料デブリの詳細分布測定に向け ての開発が進められている[1]。 Fig.1 Overview of muon scattering method
2.ウラン燃料測定試験
散乱法による核燃料検知の有効性を確認するため、 東芝はロスアラモス国立研究所と共同で小型の研究用 原子炉(NCA:東芝臨界実験装置)を用いた核燃料の 測定試験を行った[2]。NCA は原子力発電所で使用さ れる燃料と同様に UO2 燃料で炉心が構成されている。 実験は直径 2m のアルミ製炉心タンク内部に直径約 20cm の円筒形 UO2燃料を配置し、タンクの外側に2 台のミュオン軌跡検出器を設置した体系で行われ、ミ ュオンが燃料を通過する際の散乱を測定することによ 連絡先:杉田宰、〒235-8523横浜市磯子区新杉田町8、 株式会社東芝 エネルギーシステムソリューション社 電力・社会システム技術開発センター E-mail:tsukasa.sugita@toshiba.co.jp - 67 - り、中心部が空洞となった円筒形の燃料の画像を得る ことに成功した(Fig.2)。測定された燃料画像の空間 分解能は約3cmであり、散乱角の小さい成分を除去す ることにより、障害物として設置したステンレスおよ びコンクリートブロックの影響を分離できることが確 認された。 3.核セキュリティへの応用 ミュオン散乱法の核セキュリティへの応用について 評価を行うために、宇宙線ミュオンの分布およびミュ オン軌跡検出器をシミュレーションモデル上に再現し、 コンテナ中の核物質を検知するシステムについての検 討を行った。Fig.3 は天井と床にミュオン軌跡検出器を 設置し、間を通過するトラックをミュオン散乱法によ り測定するモデルである。トラックの荷台には、厚さ 1cm のステンレス製容器の内部に、1 辺 10cm の UO2 燃料の立方体が配置されている。シミュレーションの 結果、ウラン燃料測定試験で使用した検出器と同等の 性能を持つ検出器を使用した場合に、核燃料の位置が 三次元的に検知できる結果が得られた。 Fig.2 Geometry of UO2 fuel measurement (top) and the result (bottom) 4.まとめ ミュオン散乱法を利用したイメージング技術は、他 の手法では測定が困難な遮蔽容器内部の核物質検知に 有効である。また、人工的な放射線源を用いない宇宙 線は、測定の際の被ばくを考慮する必要がないことに 加えて、装置周辺の遮蔽も不要であるため、これらの 特徴を活用した核セキュリティ技術は、今後、核燃料 取扱施設や、輸出中を管理する港湾に設置可能な現実 的な測定システムとしての幅広い応用が期待される。 参考文献 [1] Miyadera, H., et al., “Imaging Fukushima Daiichi reactors with muons.” AIP Advances, 3(5): p.052133, 2013 [2] Tsukasa, S., et al., “Cosmic-ray muon radiography of UO2 fuel assembly.” Journal of Nuclear Science and Technology, Vol.51, Issue 7-8, pp 1024-1031, 2014 Fig.3 Geometry of container scanner (top) and simulation result (bottom) - 68 -