核セキュリティ教育及び文化醸成の重要性
公開日:
カテゴリ: 第13回
1.核セキュリティ教育の課題
近年、世界的な原子力利用の拡大に伴い、核拡散・核 セキュリティのリスクが高まる事が懸念されている。新 たな法体系が取り入れられる国がある一方、これから原 子力発電所を導入するアジア諸国など、十分な核セキュ リティ体制が整っていない国も存在する。原子力発電の 導入を表明する国は福島の事故後も増えつつあるが、核 物質の盗取や、2014 年8 月にベルギーの原子力発電所の タービンの潤滑油が喪失し原子炉が緊急停止した事故な ど、悪意を持った行為とも取れる事案が依然起き続けて いる事から、国際社会における核テロの脅威も未だ拭え ていない。強固な核セキュリティ体制を作り、それを維 持していくためにも核セキュリティ分野における人材育 成支援は喫緊の課題である。 核セキュリティの強化を目指し、2010 年4 月には、米 国ワシントン D.C で第一回目となる核セキュリティ・サ ミットが行われ、体制の整備や人材育成の重要性につい て言及された。 日本においても、サイバーセキュリティや、内部脅威 対策などの新たな脅威に対応するためにも、専門家の育 成が求められている。近年、核セキュリティの重要性を 理解し、推進される傾向にあるものの、費用をかけた分 の効果が測りにくく、脅威認識も低い傾向にある事から、 幹部職員の意思決定(方針、予算、人的資源の割り振り 等)に反映されないケースも少なくない。また、核セキ ュリティ担当部署の人数が少ない事から、一人当たりの 業務負担が大きく、研修に参加できない例も顕著に見ら れる。効果的な核セキュリティ対策を進めていくために も、高いレベルの人材は必須のため、カリキュラム開発 だけでなく、安心して研修等に参加できる体制を作る事 が必要である。
2.核セキュリティ文化醸成の課題と重要性 近年、長い年月をかけて築かれた高度な原子力安全の 分野に加え、核セキュリティ強化も必須とされるように なった。9.11 テロ以降、核セキュリティ・サミットが開 催されるなど、核セキュリティに対する注目は高まって いるが、原子力発電所に関する核セキュリティ体制の確 保は、原子力安全に関する体制に比べれば、遅れた状況 にある。この背景には、歴史の深さや文化も大いに関係 していると言える。 連絡先: 中村 陽、(国研)日本原子力研究開発機構 原子力安全文化は、チェルノブイリ事故(1986 年)を (JAEA)核不拡散・核セキュリティ総合支援センター 契機として強化が進められており、比較的長い歴史があ (ISCN) る。今現在では国際的に認知されるレベルであり、日本 〒319-1184 茨城県那珂郡東海村大字舟石川765番地1、 においても深く浸透し、強固な安全文化が形成されてい E-mail: nakamura.yo@jaea.go.jp る事が分かっている。 - 71 - な事件が起きている。2007年のペリンダバ(南アフリカ) 一方、核セキュリティ文化は、2001年の9.11 テロを契 機に強化が進められており、原子力安全文化に比べて日 や、2012 年のY-12(アメリカ)では、強固なセキュリテ が浅い事が分かる。また、核物質防護に比べて核セキュ ィシステムが導入されているにも関わらず、悪意ある者 リティという言葉自体に馴染みがない者も多いため、そ の侵入を許してしまった。どちらの事例も、核セキュリ の中でいかに文化を醸成するかが課題となっている。歴 ティ文化の欠如に起因したものだと指摘されており、核 史の差がそれぞれの体制の差に繋がっている事は比較的 セキュリティ体制へのヒューマンファクター(人的要因) に理解し易いが、文化の差が体制に影響するという点は、 の影響の大きさを示している。 両者の特性を理解した上で分析しなければならないと考 えられる。理由として、安全文化は主に自然現象を相手 にしている事から 定量性をもって改善策を講じること が出来るが、核セキュリティ文化は、不確定な人間の意 思(悪意)に立脚している事から、安全文化のように定 量性をもった強化策を講じる事が困難である事が挙げら れる。 IAEA では、核セキュリティ文化醸成のための一手段と して、現在、核セキュリティ文化が施設・組織にどの程 度根付いているかを定量的に評価する手法を開発・策定 中である。既に安全文化の評価手法は IAEA により定め られており(IAEA TECDOC 1321“Self-Assessment of Safety Culture in Nuclear Installations : Highlights and Good Practices”(2002))、これを参考に核セキュリティ文化の 評価方法を作成している事から、安全文化が核セキュリ ティ文化醸成の一助となる事を示している。核セキュリ ティ文化が醸成されると、セキュリティ体制の確保・向 上に加えて、安全業務に係る職員の核セキュリティに関 する理解を得られる事から、原子力安全とのシナジーの 改善にも貢献すると考えられている。また、職場環境や 風通しの改善や、一人一人のセキュリティ意識の向上な どから内部脅威対策としても有効に機能するという利点 がある。 醸成された核セキュリティ文化の利点 ? セキュリティのレベルが向上する。 ? 原子力安全とのシナジーが改善する。 ? 個人のセキュリティ意識が向上し、核セキュリテ ィ業務への理解が得られる。 ? 職場環境が改善し、従業員の満足度が上昇する。 (例:風通しが良くなり、報告し易い) ? 内部脅威対策として有効に働く。 しかしながら、本格的な醸成活動は始まって間もない 段階であり、国内外で核セキュリティ文化に関する様々 図1. 人的要因による核セキュリティ対策への影響 日本の事業者においては、原子力施設におけるテロ対 策強化に伴う2012 年 PP 規制関連法令改正を受けて、核 セキュリティ文化を醸成するための体制(経営責任者の 関与を含む。)を確保することが義務付けられるようにな った。核セキュリティ文化醸成においても教育が非常に 重要な役割を担っている事から、専門家を招いた講演会 や、e-Learning など、様々な取組を行っている。しかしな がら、問題点として、経営層からの参加・関与が少ない 傾向にある。特に、核セキュリティ文化は、経営層を含 むトップダウンからのアプローチが最も効果的であるた め、積極的に参画すべきだと考えられている。 本発表では、上記に述べた核セキュリティに係る人材 育成および核セキュリティ文化の重要性について、実際 に起きた事例や、原子力安全との比較をもとに解説する。 参考文献 [1] The International Atomic Energy Agency, International Nuclear Safety Group (INSAG) -24: The Interface between Safety and Security at Nuclear Power Plants. [2] http://www.nrc.gov/NRR/OVERSIGHT/ASSESS/ [3] General Eugene Habiger (ret.), former commander of U.S. strategic nuclear forces and security advisor to the U.S. Department of Energy (Bunn & Wier, 2004) [4] https://www.nsr.go.jp/activity/bousai/Physical_Protection/ - 72 -“ “核セキュリティ教育及び文化醸成の重要性“ “中村 陽,Yo NAKAMURA
近年、世界的な原子力利用の拡大に伴い、核拡散・核 セキュリティのリスクが高まる事が懸念されている。新 たな法体系が取り入れられる国がある一方、これから原 子力発電所を導入するアジア諸国など、十分な核セキュ リティ体制が整っていない国も存在する。原子力発電の 導入を表明する国は福島の事故後も増えつつあるが、核 物質の盗取や、2014 年8 月にベルギーの原子力発電所の タービンの潤滑油が喪失し原子炉が緊急停止した事故な ど、悪意を持った行為とも取れる事案が依然起き続けて いる事から、国際社会における核テロの脅威も未だ拭え ていない。強固な核セキュリティ体制を作り、それを維 持していくためにも核セキュリティ分野における人材育 成支援は喫緊の課題である。 核セキュリティの強化を目指し、2010 年4 月には、米 国ワシントン D.C で第一回目となる核セキュリティ・サ ミットが行われ、体制の整備や人材育成の重要性につい て言及された。 日本においても、サイバーセキュリティや、内部脅威 対策などの新たな脅威に対応するためにも、専門家の育 成が求められている。近年、核セキュリティの重要性を 理解し、推進される傾向にあるものの、費用をかけた分 の効果が測りにくく、脅威認識も低い傾向にある事から、 幹部職員の意思決定(方針、予算、人的資源の割り振り 等)に反映されないケースも少なくない。また、核セキ ュリティ担当部署の人数が少ない事から、一人当たりの 業務負担が大きく、研修に参加できない例も顕著に見ら れる。効果的な核セキュリティ対策を進めていくために も、高いレベルの人材は必須のため、カリキュラム開発 だけでなく、安心して研修等に参加できる体制を作る事 が必要である。
2.核セキュリティ文化醸成の課題と重要性 近年、長い年月をかけて築かれた高度な原子力安全の 分野に加え、核セキュリティ強化も必須とされるように なった。9.11 テロ以降、核セキュリティ・サミットが開 催されるなど、核セキュリティに対する注目は高まって いるが、原子力発電所に関する核セキュリティ体制の確 保は、原子力安全に関する体制に比べれば、遅れた状況 にある。この背景には、歴史の深さや文化も大いに関係 していると言える。 連絡先: 中村 陽、(国研)日本原子力研究開発機構 原子力安全文化は、チェルノブイリ事故(1986 年)を (JAEA)核不拡散・核セキュリティ総合支援センター 契機として強化が進められており、比較的長い歴史があ (ISCN) る。今現在では国際的に認知されるレベルであり、日本 〒319-1184 茨城県那珂郡東海村大字舟石川765番地1、 においても深く浸透し、強固な安全文化が形成されてい E-mail: nakamura.yo@jaea.go.jp る事が分かっている。 - 71 - な事件が起きている。2007年のペリンダバ(南アフリカ) 一方、核セキュリティ文化は、2001年の9.11 テロを契 機に強化が進められており、原子力安全文化に比べて日 や、2012 年のY-12(アメリカ)では、強固なセキュリテ が浅い事が分かる。また、核物質防護に比べて核セキュ ィシステムが導入されているにも関わらず、悪意ある者 リティという言葉自体に馴染みがない者も多いため、そ の侵入を許してしまった。どちらの事例も、核セキュリ の中でいかに文化を醸成するかが課題となっている。歴 ティ文化の欠如に起因したものだと指摘されており、核 史の差がそれぞれの体制の差に繋がっている事は比較的 セキュリティ体制へのヒューマンファクター(人的要因) に理解し易いが、文化の差が体制に影響するという点は、 の影響の大きさを示している。 両者の特性を理解した上で分析しなければならないと考 えられる。理由として、安全文化は主に自然現象を相手 にしている事から 定量性をもって改善策を講じること が出来るが、核セキュリティ文化は、不確定な人間の意 思(悪意)に立脚している事から、安全文化のように定 量性をもった強化策を講じる事が困難である事が挙げら れる。 IAEA では、核セキュリティ文化醸成のための一手段と して、現在、核セキュリティ文化が施設・組織にどの程 度根付いているかを定量的に評価する手法を開発・策定 中である。既に安全文化の評価手法は IAEA により定め られており(IAEA TECDOC 1321“Self-Assessment of Safety Culture in Nuclear Installations : Highlights and Good Practices”(2002))、これを参考に核セキュリティ文化の 評価方法を作成している事から、安全文化が核セキュリ ティ文化醸成の一助となる事を示している。核セキュリ ティ文化が醸成されると、セキュリティ体制の確保・向 上に加えて、安全業務に係る職員の核セキュリティに関 する理解を得られる事から、原子力安全とのシナジーの 改善にも貢献すると考えられている。また、職場環境や 風通しの改善や、一人一人のセキュリティ意識の向上な どから内部脅威対策としても有効に機能するという利点 がある。 醸成された核セキュリティ文化の利点 ? セキュリティのレベルが向上する。 ? 原子力安全とのシナジーが改善する。 ? 個人のセキュリティ意識が向上し、核セキュリテ ィ業務への理解が得られる。 ? 職場環境が改善し、従業員の満足度が上昇する。 (例:風通しが良くなり、報告し易い) ? 内部脅威対策として有効に働く。 しかしながら、本格的な醸成活動は始まって間もない 段階であり、国内外で核セキュリティ文化に関する様々 図1. 人的要因による核セキュリティ対策への影響 日本の事業者においては、原子力施設におけるテロ対 策強化に伴う2012 年 PP 規制関連法令改正を受けて、核 セキュリティ文化を醸成するための体制(経営責任者の 関与を含む。)を確保することが義務付けられるようにな った。核セキュリティ文化醸成においても教育が非常に 重要な役割を担っている事から、専門家を招いた講演会 や、e-Learning など、様々な取組を行っている。しかしな がら、問題点として、経営層からの参加・関与が少ない 傾向にある。特に、核セキュリティ文化は、経営層を含 むトップダウンからのアプローチが最も効果的であるた め、積極的に参画すべきだと考えられている。 本発表では、上記に述べた核セキュリティに係る人材 育成および核セキュリティ文化の重要性について、実際 に起きた事例や、原子力安全との比較をもとに解説する。 参考文献 [1] The International Atomic Energy Agency, International Nuclear Safety Group (INSAG) -24: The Interface between Safety and Security at Nuclear Power Plants. [2] http://www.nrc.gov/NRR/OVERSIGHT/ASSESS/ [3] General Eugene Habiger (ret.), former commander of U.S. strategic nuclear forces and security advisor to the U.S. Department of Energy (Bunn & Wier, 2004) [4] https://www.nsr.go.jp/activity/bousai/Physical_Protection/ - 72 -“ “核セキュリティ教育及び文化醸成の重要性“ “中村 陽,Yo NAKAMURA