安全文化の実践に向けたリスクアセスメント

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カテゴリ: 第1回
1.緒言
をはらんでいると指摘している。安全文化とト レードオフの関係にある要因としてしばしば取 1999 年に発生した核燃料転換工場(JCO) り上げられるのは、生産性(効率)であり、「安 の臨界事故はいまだに記憶に新しいが、最近にな全性と生産性のバランスをとる」ことが要求され って、三重県の廃棄物発電施設の火災事故、エク る。しかしながら、生産性は日常的に意識され、 ソンモービル油槽所火災、新日鉄名古屋製鉄所コ タイムプレッシャーとして働く、一方、安全性は ークスオーブンガスホルダー爆発、ブリジストン 事故が起こってから始めて意識される傾向にあ 栃木工場火災、出光北海道製油所火災、JFEスり、しかも、その事故もめったに起こらないとい チール倉敷工場高炉爆発などが続発している。こ う状況では、安全性への意識付けには不利な状況 れらの事故には直接的、間接的に人的因子、すな が継続する。したがって、バランスを回復するた わち、ヒューマンファクター (HF)が関与して めに、組織としての安全性向上へのサポートが必 いる。このような HFに関連した事故を防止する要となる。 ための取り組みについて、安全文化の役割が期待 それでは、組織としての努力は具体的にどの されているが、安全文化という言葉は感覚的には ような手段によるべきであろうか。その答えを見 理解できても、具体的にどのように醸成していけ 出すために、当所では、2001 年から2年間に渡 ばよいか、その方向性や手段については必ずしも り、前述のアンケート調査で比較的優良だと評価 明確ではないため、掛け声ばかりで内容が伴わな された化学業・製造業・建設業の事業所を対象に い場合が生ずる。安全文化研究の第一人者である 訪問調査を行い、安全性向上の阻害要因と促進要 英国のリーズンは、安全文化とは、「...組織は恐 因を調べた。この結果、安全活動の中核は、簡単 れを忘れず、努力し続けることだ...」と述べ、仮 に言えば、「潜在的リスク(ハザード) を抽出し、 に安全文化が成熟した状態に到達できたとして。 可能な限り取り除く」ということである。そのた も、努力を中断した時点で途切れてしまう危険性めの組織のサポートは、「経営層のイニシアティ
ブ」「意識・行動へのモチベーションの付与」で あることが分かった。このように、安全文化醸成 への努力は潜在リスクの抽出とその対応を日常 的に実施していくという目標と置き換えられる と結論された。したがって、本論では、組織として努力を続 けるための指標となる「安全診断システム」につ いて簡単に紹介し、安全文化の実践として有効な ツールと考えているフィードバック型の「リスク アセスメントシステム」について述べる。22.安全文化の実践のためのツールを目標として、当センターでは、5 年Fig.1 に示すような、組織としての「 2.1 安全診断システムテム」の開発と実用化を進めてきた。 これまで、各事業所において、安全を強化する診断システムでは、従業員層、管理 という観点で大きな障害となっていたのは、「安したアンケートを実施し、そのスコ 全レベルが見えない」ということであった。すなを業界平均と比較することにより言 わち、労働災害はそれほど頻繁に起こらないので、ここから導出される Fig.2 に示す総 事故防止の重要性は理解できるものの、安全活動標は、同一業界での安全レベルの位 に多大な時間・人をつぎ込んで実施する意味を従ることができるとともに、安全プロ 業員に納得してもらうことが難しい。事業所にお作成すれば、安全上重要な要因ごと ける休業災害などの労災発生率は年間多いとこ所の弱点や長所を知ることが可能と ろでも数件、多の事業所ではゼロという状況ではこの総合的安全指標は、様々な業見 従業員がそれほど重大性を感じないのもしかた設備災害発生率・労働災害発生率と がない。しかしながら、災害は忘れたころにやっ関関係を示すことが確認されている てくるの喩えどおり、数年に一回、死亡災害が発て、この安全診断結果から事業所の 生してしまう。災害発生の分布がポアソン分布で。弱点を補強するための検討が可能と あるためにいったん起こると続けざまに起こる診断基準構築 | ||安全診断システム| | 安全改善システム、診断?象事業【データ収集]建設業 化学産業 製造業 電気事業具体化した 安全プログラム」 提示・実践産業・業種別トレーデータ蓄積 調査データ事業所調査 ||Fッ データ 日アップ スパイラル・安全プロフィール |による安全性向上戰的提示診断基準データ比較・分析・評価・評価 -> | 診断結果提示 ||Fig.1 System configuration of safety assessment system for evaluating safety consciousness, safety management and organizational climate and culture1962/01/01こともあるので、労災の恐ろしさを再認識するこ とになる。このように、安全への取組みは、それ を強化する必要があるという認識を従業員皆で 共有する組織風土ができていれば半ば成功した も同然であるが、それが難しいために「学習され た無力感(安全活動に力を入れても効果が見えな い)」「マンネリ化」に陥りやすい。また、安全活 動を強化しても、もはやノイズレベル(少ないレ ベルで上下)の労災発生率なので事業所としての 安全レベルを測ることができず、安全活動の意味 を見失うことにもなりかねない。そこで、「安全を目に見えるものとする」こと を目標として、当センターでは、5年ほど前から、 Fig.1 に示すような、組織としての「安全診断シス テム」の開発と実用化を進めてきた。この安全 診断システムでは、従業員層、管理層を対象と したアンケートを実施し、そのスコアの平均点 を業界平均と比較することにより診断を行う。 ここから導出される Fig.2 に示す総合的安全指 標は、同一業界での安全レベルの位置づけを知 ることができるとともに、安全プロフィールを 作成すれば、安全上重要な要因ごとに当該事業 所の弱点や長所を知ることが可能となる。また、 この総合的安全指標は、様々な業界において、 設備災害発生率・労働災害発生率とも有意な相 関関係を示すことが確認されている。したがっ て、この安全診断結果から事業所の取り組みの 弱点を補強するための検討が可能となる。結果重視主成分2■は、一つひとつの 工場・事業所を 示している貴工場(事業所)- 望ましい方向A給合的安全指標低給合的安全指標高主成分1 プロセス重視 Fig. 2 One of evaluation results indicating safety level of each siteこのうち、当所が安全診断を行った約200 このような潜在的リスクの抽出とその対処で の事業所では、共通して潜在リスクへの対応にもっとも先進的取り組みは「統合・フィードバッ 弱点をかかえていたことから、次節のリスクア ク型リスクアセスメント」であり、その概要を図 セスメントおよび収集されたリスク情報の活 3に示す。これはある電気事業の現場で実施され 用の必要性が認識された。た活動であり、設備ごとの関連作業について手順をリストアップし、徹底して潜在的リスクを抽出 2.2 リスク情報の活用システムしていく活動である。リスク抽出した結果をデー 安全優良企業の調査および安全診断システタベース化し、事業所の安全対策の優先順位、作 ムの結果から、組織としての安全文化を具体的 業計画時の安全対策仕様、日々の KY 活動などに に実践していくためには作業時の安全に関す 反映していこうというものである。この手法の特 る経験や知識を蓄積して活用することの重要 徴は、潜在的リスクとして労働災害、設備災害、 性が示唆された。環境災害および業務災害のすべてのリスクを作設備別・作業別・手順ごとに整理過去顯在事例 ヒアリハット事例 気付き、気がかり報告 過去の KY シート 熟練作業者インタビュー 設備リスクアセス など収集DB 16作業者DB 活用フィードバック安全事前評価 KY活動・TBM 活動 教育・訓練 安全小集?活動 安全マニュアル などFig.3The flow of the synthesized risk assessment techniques and its feedback to actual job execution -DB contains labor risks, facility risks, environmental risks and ethics compliance risks together.-63Fig.3業手順ごとに抽出していくことであり、さらに、 リスクアセスメントを行った結果をハード・ソフ トシステムの改善ばかりでなく、日常的な業務に フィードバックすることである。この目的で作成 したデータベースの一例を Fig.3 に示す。このデ ータベースでは、事業所ごとにリスク評点の高い リスク、作業計画時に考慮すべきリスク、日々の 作業工程別のリスク、KY で抽出すべきリスクを 出力することが可能である。リスクアセスメントの長所はもう一つある。 それは、これまで、一過性かつ繰り返しの多かっ た安全活動に対し、実施結果を蓄積することが可 能となることである。技術伝承では作業のノウハ ウを伝承していくことも必要であるが、このよう なリスク情報も伝承していくことが求められる。 リスク情報を蓄積するツールとして、データベー スを活用することにより、組織学習を実践できる というメリットがある。33.結言安全文化の概念は理解できるが、これを具体 的に実践していくための取り組みについて悩ん でいる事業所は多いものと推察される。ここでは、 その解答の糸口を与える試みについて紹介した。 また、これらの取り組みを進めるに当たっての阻 害要因は、 ・ 個人の責任として問題を矮小化しようとする ・ 安全レベルが目に見えないため、安全性向上 1. のための努力がむなしい ・ 安全に関するノウハウ・知識・技術が蓄積されない という安全上の問題点が指摘されてきた。このた め、「学習された無力感(努力してもしても報わ れず、無力感を何回も繰り返して経験すること)」 が指摘され、事故が起こらなければ取り組み意欲 が低下するという問題があった。本稿では、これ を解消するための手段として、組織として安全文 化を実践していくための取組みの強化に向けて、 安全診断システムおよび統合・フィードバック型 リスクアセスメントについて紹介した。参考文献 [1] Reason, J. Managing the risk of organizational accidents. Ashgate, Aldershot,-641997(邦訳:組織事故、塩見監修、高野・佐相訳 日 科技連出版社, 1999) [2] 高野研一、津下忠史、長谷川尚子、広瀬文子、 佐相邦英, “意識面・組織面からみた安全診断シス テムの構築(その1)”,電力中央研究所 研究報告 SO1002, 2002 [3] 長坂彰彦、高野研一、蛭子光洋、淡川 威、早 瀬賢一.“リスクアセスメント情報活用システムの開 発”. 電力中央研究所研究報告 S03005, 2004“ “安全文化の実践に向けたリスクアセスメント “ “高野 研一,Ken-ichi TAKANO,長坂 彰彦,Akihiko NAGASAKA,蛭子 光洋,Mituhiro EBISU,淡川 威,Takeshi AIKAWA,早瀬 賢一,Ken-ichi HAYASE“ “安全文化の実践に向けたリスクアセスメント “ “高野 研一,Ken-ichi TAKANO,長坂 彰彦,Akihiko NAGASAKA,蛭子 光洋,Mituhiro EBISU,淡川 威,Takeshi AIKAWA,早瀬 賢一,Ken-ichi HAYASE
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