リスク評価とリスクコミュニケーション 保全のリスク問題

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カテゴリ: 第1回
1.はじめに
段として、リスクに対する共通の尺度を持って保全や安全問題についての対話を行うことを提案するもの 保全は、安全と密接な関係にある。特に、原子力 である。 発電所の保全は、安全問題と切り離して考えること務としての はできない。原子力における安全、“原子力安全”と マスコミ「説明責任 は、施設から過剰な放射線、放射性物質を放出する ような事態を“原子力安全”が「損なわれた」と言い、「 」「学術界 ・ 安心への寄与) このような事態を起こさないようにすることが ““原子 力安全”を「確保する」と言う。この“原子力安全”と言 う言葉には、国や地方自治体、住民、マスコミと学術地方自治体。 界、産業界との、それぞれのセクターの思い描いて許認可・指導・規制 | 許認可申請(協会くん いる内容には、違いがあるようである。そこには、リ: を担う中立組織 スクへの考え方、向かう姿勢に、潜在、顕在の差は産業界 還元電力 あるものの大きく異なる要因があるようである。国のメーカ約4万人の原子力関係者の繁栄への寄与) 課題として、わが国のエネルギーセキュリティーに欠 かせない原子力発電を国民の総意として受け入れFig.1-1 Correlation with Sectors on Nuclear る土壌とすることを考えると、これらのセクターを越え Power Plant Industry & Related て、リスクというものついての話し合い、意見を交換2.原子力発電におけるリスクコミュニケ する、コンセンサスを創るコミュニケーションが重要でーション ある。 原子力発電の世界は、図1-1に示すように発電1) 原子力発電の安全問題 所を建設運用している産業界、その建設運用を規制 原子力発電でのリスク問題を考える。ここでは、原 監視している国、自治体、また客観的に原子力を評子力関係者の間の技術的なリスク問題ではなく、社 価している学術界と原子力発電のリスクもベネフィッ会セクタや国民の原子力発電との関係において、持 トも受ける社会を構成する国民やその代弁者としてたなければならないリスク問題に焦点を当てる。 のマスコミの関係が例示される。それぞれはお互い原子力発電の安全問題への見方として、国民、世 に作用し合っていることは理解できる。しかし、お互論と国を含めての産業界、学術界などの原子力発 いの行為の交換はあるものの、意思の疎通、考えを電に携わっているものとの差異を考えると、安全の 理解することは難しい、課題である。そこで、お互い一見方が大きく異なるようである。わが国では、“原子 の意思の疎通としてのコンセンサスを創る一つの手力”との係わりの歴史により、「絶対安全」を言わざる-75OS2-5ションを得ない状況でもあったことから、常に「絶対安全」を 目指してきた。それは、姿勢としては正しいものであ ったと考える。しかし、この「絶対安全」と現実の原子 力発電所での運用における不具合との間には大き な違いがあり、不具合が起きたから安全が損なわれ た、と言う見方とのずれは明確な議論もなく、政治的 な動きとも重なり、その結果として、セクター間に不 信感を生み出してしまった。しかし、関係者の努力も あり、今や、全ての情報が公開され、極めてオープン になった。これからが社会でのコンセンサス創りの始 まりと言える。最近は、「安全」と言う言葉ではなく、「安心」が論 点となっている。世論は「安心」を求めるようになって きた。すなわち、安全という言葉を信じて、「絶対安 全」を信じてきたのに、それが崩れてしまい、もう一 度、安心がほしい、また信頼できる状態を求め、安 心したい気持ちを求めているのではないか、と分析 する。すなわち、今は、もう石橋を叩いて安全が確認 できても、なかなか渡ることができない状態となって いる。しかし、橋は渡らなければ、向こうには行けな いのが真理であり、誰かが責任を負って、渡るように リードしなければならない。なにもせずに寝ているだ けの“絶対安心”がいいわけではない。リスクをテイ ク、取らなければ、ベネフィット、恩恵は得られないの も真理である。そこに、“安心して渡れる心”としての 「安心」が求められている。「安心」を作るのは、「信 頼」であり、「信頼」を作る、築く、コミュニケーションの 場、が必要なのである。 2) リスクとリスク負担一方、リスクという不安要素を明確にしなければな らない。まず、リスクとはなにか、考えてみたい。個人で言えば、リスク負担は例えば現金の株への 投資であり、リスクは損失の可能性、ベネフィットは 結果として得られる儲けである。また一方、現金は持 っているだけで価値が下がってしまって、大きな損と なるリスクもある。リスク、ベネフィットには時間の軸 があり、将来受けるリスクと将来得られるベネフィット を現在の負担、すなわちヘッジと、どのようにマネジ メント(選択、判断)するか、それがリスク問題の根本 である。 ・リスクを考えるのは、上記のように個人の問題で あるケース、会社や地域社会、国のようなグループ の問題であるケース、また世界全体の社会で考えなければならないケースの 3 通りのケースがある。最 初に示したように、個人の問題から出発したリスク問 題であったが、それは企業や地域社会、国に広がり、 最近は地球全体で考える地球社会全体の問題にま で拡大してきている。当初の投資という経済問題か ら、生死問題へと拡大し、地球規模では地球、人類 の存亡問題にまで発展転換してきている問題であ る。多くのリスク問題は、グループのリスク問題である。 すなわち、ある社会、企業や、地方自治体、国などの グループにとって様々なリスクをどのように回避して 最大のベネフィットとするか、それがグループに課せ られたリスク問題である。それはどのグループも回 避できない課題である。どのリスクを取って、どのリ スクを捨てるか、そのマネジメントを適切にすること により、トータルで将来のリスクを適切に回避するこ とができる。 - 社会のリスク問題は、社会全体で考えるリスクと ベネフィットのバランス、リスクマネジメントである。 リスクを取ることは、“負担”することであり、往々 にしてそれはヘッジでもある。イラク問題では戦争に 巻きこまれ、自衛隊員の命を失う、社会的負担がリ スクを取ることになる。しかし、このリスクを取らない 場合は、国際社会からはじき出され、石油の確保や 日本製品の輸出に影響が出ることのリスクを負うこ とにもなりかねない。多くの課題には相対するリスク があり、いずれのリスクを取捨するかの問題が多い。 一方、ベネフィットとは、“恩恵”である。上記の場合、 自衛隊の派遣という負担を強いられる代わりに、国 際社会から評価され、国益に反映する、すなわち貿 易の維持・拡大や日本人の国際社会での活動が促 進される、という恩恵が得られるものである。それが、 リスクとベネフィットである。 原子力におけるリスクを考えてみる。 原子力発電所の場合では、どうであろう。これも単 純に言えば、大きさ、社会の役割りこそ違え、“ゴミ処 理場”をどこに作るかの問題と同じような問題である とも言える。経済活動全体として、リスクとリスク負担、 ベネフィットを評価しなければならない。単なる発電 所の設置問題ではないと言える。国のエネルギーセ キュリティーを考えるなら、地域全体、国全体でのリ スク評価が必要である。ゴミ処理場問題と同じであり、 適用する社会全体の問題でもある。社会をどこまで 広げて考えるかは、リスクとベネフィットをどこまで深き考え、影響を評価するかで決まってくる。感情論で はない、適量的なリスク評価による冷静な議論が必 要なのである。このような問題では、とかく感情的に なっての失敗例はいくらでもある。いつリスクを取る か、どのリスクをとるかのリスクテイク、リスクを取る 選択とタイミングを誤ってはいけない。原子力発電の問題は単純ではないが、このような 議論すらないのではないだろうか。全てが、いつも反 対派と賛成派のすれ違いのような感がある。感情論 の世界からなかなか脱却できない。計れない損失の みを描き出し、風評被害を声高に叫んでは、将来、 様々な損失となって跳ね返ってくることも考えなけれ ばならないだろう。 3.新しい“リスクマネジメント”の概念 - なぜ、原子力発電ではリスク問題が議論できない のか。リスク問題への取り組みを容易にするために、新 しい受容リスクの考え方を提案する。図3-1には、 原子力発電のリスクとネベフィット、リスクマネジメン トの考え方を示す。基本的には、リスクもベネフィットも、全てを“お金” 費用に換算した、同じ価値基準で図れる経済価値の 概念で評価することを提案するものである。 - 原子力発電所の設置を例に取り、リスク、ベネフィ ット、リスクヘッジの関係を示す。原子力発電所の建 設投資(Ip)は、将来のエネルギー危機のリスク (R'o)へのヘッジである。これにより、エネルギー危 機のリスク回避が図れると考える。しかし一方、原子 力発電所を設置した場合には、将来に発電所の事 故や不具合によるリスク損失(Ro)が新たに発生す る。もちろん、これらの事故や不具合では保全や安 全確保にどれだけリスクヘッジ(P)をするかの問題と も関連してリスクの大きさが決まってくる。このリスク テイク、どのリスクを回避して、どのリスクを取るかの 選択と安定エネルギーの確保、産業の活性化など のベネフィット(BF)と現実的なリスク(Rx)、リスクヘッ ジ(I p、P)の大きさを判断して、更に細目のリスクを どのように回避するかのマネジメントが必要である。将来のもたらされるリスク損失(Ro)は、対策を十 分にすることで、大きく低下し、損害を減らすことがで きる。今の投資(Ip)、リスクヘッジ(P)の大きさに依 存して、将来のリスク損失の回避(Ro-Rx)、低下 量(Xxa)が異なり、現実的な損失の大きさ、リスク(Rx)が異なると考えられる。一方、原子力発電所を 設置することで、大きなベネフィット(Bp)が確保され る。存在するリスクに対する、リスク回避とベネフィット のマネジメントは、一人一人だけではなく、地域毎や 国全体として、それぞれの領域で考えなければなら ない。このリスクとベネフィットを一人、一人に当ては め、また地域毎、国全体に当てはめて考え、行政が それなりのベネフィットやリスクのバランスを評価す る、マネジメントを国民、住民に提示することが重要と 考える。将来のエネルギーリスクの回議原子力発電のリスク評価このス何もしない場 合の事故によ 「る遺失損失| 投資・損失の大きさ(金額)リスクヘッジ | ベネフィット」。aは安全 への投資 に依存リスクRo4へのRox確率 a==損失 RxA安全対策・ 保全をした 場合の損失実際の 発生損失将来のエネルギー リスクによる 経済的損失保全への投資 | 原子力発電所の建設投資安全対策 不具合発生 保全によりによる損失 減少した 不具合損失Fig3-1. Risk Management on Nuclear Power Plant4.保全とリスク問題あらゆる設備においては、「保全」はリスクを低下 させ、安全、安心を得る手段であることは十分に認 識されているところである。図4-1にはリスクの展 開と保全によるベネフィットへの転換を示した。原子 力発電所においても同様である。リスクはその損失 額の大きさから、危機の不具合、プラントの停止(ス クラム)、社会への影響と展開する可能性を持ってい る。そこに、保全を施すことで、これらのリスクを大幅 に低減させると共に、結果としてプラントの安定運転 が得られ、電力の安定供給、電力の確保による産業 の安定活性化につながるベネフィットを生み、強いて は安全の確保、安心の醸成が図れる。リスクを明確にし、保全の手を打つことでリスクを 低減させ、ベネフィットを得るマネジメントの仕組みを 考えることが必要である。5.コミュニケーションの場最近では情報の公開は日常的になり、情報をオー-77プンにするだけでは“コミュニケーションが図れてい る”という評価は得られない。ユビキタス社会と言わ れるように、あらゆる情報が、いつでも、誰でも、手に 入れることができる。そういう社会の中で、社会的な コンセンサスを得るコミュニケーションの場を、どんな ものにすればいいのか、どのように造ればいいのか、 今、それが大きな課題となっている。様々な場での 関係者の取り組み姿勢をうかがうと、異口同音に、 “情報を隠さずに公開しなければならない”、“双方向 のコミュニケーションが必要である”と言っている。し かし、その中身、具体的な取り組みや何を目的に行 うのか、それでどんな成果が得られるのか、などの 具体的な内容の提案は難しい。そこにとらえ所のな い“社会”とのコミュニケーションの難しさがある。 最近は、関係者の集まり、村ばかりではない議論 の場として、いくつかの NPO(非営利組織)組織も活 躍し始めた。 公正、公平、透明な場であり、専門家と 一般の人達が交流し、国の将来を考える場である。 原子力の問題を含め、国として真剣に考えなければ ならない、国の根幹、エネルギー、安全保障、教育、 国際交流などの問題をテーマとしている。 1 一般公衆、国民のコンセンサスとしてリスク問題を 議論し、国の将来の課題として、整理し、論点をまと め、体系化して、いくつかの進むべき方向を提示する ことができるのか、具体論としての一つの答ではある が、具体的な実践が必要である。・監視 ・検査 ・補修 ・予防保全進展 保全 リスク 人間のミス 「安定運転」「安全「安心・人間のミス ・機器・システム の故障・事故電力の 安定供給産業の安定 活性化不具合・機器の故障の発生少量漏えいプラント内・配管破断等事故スクラム| 損失の|社会的・微量放射能機放出・精神的影響事故Fig.5-1 Risk Management Items on Plant Maintenance6.まとめこれまで原子力発電の分野では、リスク問題はタ ブーとなってきた感がある。リスクとは、生死の問題 と経済的損失(お金)の問題であり、なにがリスクであり、リスクテイク、ヘッジではいくらかかり、その結 果、将来得られるベネフィットはいくらであるのか、と いったリスクマネジメントの議論は避けられてきた。 しかし、世界経済の大きな変化の中で、今こそ、この 議論をしっかり行って、国全体としてリスクの取り方、 マネジメントを明確にすることが必要である。その意 味で、お互い意見を異にするもの同士のコミュニケ ーションが重要である。議論のポイントを以下にまとめる。 1)原子力発電におけるセクター間のコミュニケーショ ン、社会的なリスク問題への取り組みは始まったば かりである。 2)経済価値、“お金”を尺度とした新しいリスクマネジ メントを提案する。 3)保全は、リスクヘッジの重要な手段であり、保全 は安全問題であり、保全を行うことで、安全を保障し 安心を与えることになる。 4)リスクマネジメントのコミュニケーションの公正、公 平、透明な議論の場が必要である。 5)リスクの考え方の根幹は、一人一人が受けるリス ク・ベネフィットの定量化であるが、まず地域社会、国 のグループとしてのリスク、リスクヘッジ、ベネフィット を評価し、それぞれのグループへの具体的で適切な マネジメントを提案し、コンセンサスを創ることが重要 である。「謝辞この内容は、2004年1月23日京都市国際交流 会館にて開催された「原子力の社会的リスク情報コミ ュニケーションシステムに関する研究」プロジェクト主 催のワークショップ「リスク評価とリスクコミュニケー ション」にて報告した内容を再編集、考察を加えた ものである。主催された京都大学吉川榮和教授を始 めスタッフの皆さんに感謝する。参考文献 1. Risk Assessment The Human Dimension, Nick W..Hurst, 1998 by The Royal Society of Chemistry 2. リスクコミュニケーションの最新動向を探る、関澤純 監訳、2003 化学工業日報社 3. 10J:日本の将来を考える会(http://www.10J-japan.org)-78“ “リスク評価とリスクコミュニケーション 保全のリスク問題“ “宮野 廣,Hiroshi MIYANO“ “リスク評価とリスクコミュニケーション 保全のリスク問題“ “宮野 廣,Hiroshi MIYANO
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