溶接時・補修時の力学特性数値シミュレーション
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カテゴリ: 第2回
1. 緒言
溶接構造物には、溶接の冷却過程での溶接金属の熱 収縮により、降伏強度程度の引張残留応力が存在し、 この影響によって溶接部の疲労強度は母材に比べて著 しく低下する。保全の観点から、溶接部の疲労強度向 上を図るためには疲労き裂の発生部位に圧縮残留応力 を導入することが有効である。これまで、圧縮残留応 力を導入する方法として、ピーニング、点状加熱、線 状加熱、熱処理などの方法が開発されている。しかし、 どの方法も溶接終了後に新たな処理工程を行う必要が あった。[1]そこで、圧縮残留応力の導入の仕方として、相変態 開始温度の低い溶接材料を用いることにより、疲労強 度を向上させる試みがなされている。これは、鋼がオ ーステナイトからマルテンサイトに相変態するときの 体積膨張を利用し、溶接終了時に圧縮残留応力を導入 するものである。すなわち、従来の溶接材料は相変態開始温度(Ms 点) が 500°C程度であり、相変態終了後の冷却過程で温度 低下に伴う収縮ひずみが生じ、使用温度である室温までの材料の収縮が周辺の拘束により妨げられることに よって、引張残留応力が誘起される。これに対し、低変態温度溶接材料は Ms 点が 250°C程 度であり、溶接金属が膨張した状態で溶接が完了する ため、圧縮の残留応力を導入することができるもので ある。これは、製作時のみならず、補修時にも有効で あると考えられる。また、溶接加工時には溶接部は局部的な加熱・冷却 を受けるため、局部的な熱膨張・熱収縮を受け、溶接 変形が生じる。溶接構造物において溶接変形は初期不 整による強度低下を引き起こすため、構造物保全の観 点からも溶接変形をあらかじめ予測し、制御・低減す ることは重要な課題となっている。 * 低変態温度溶接材料では相変態するときの体積膨張 を利用すると、溶接部に圧縮残留応力を導入すると同 時に、溶接変形を低減することも可能となると考えら れる。このことから、本研究では、T型の隅肉溶接継手を 想定し、溶接材料に従来材と低変態温度溶接材料を用 いた場合の解析を行い、残留応力分布を検討すると共 に、溶接変形の低減効果についての検討を行った。2. 低変態温度溶接材料を用いた検討 2.1 解析条件 本研究では Fig.1 のような板骨構造に多く見られる
9mm600mm140mm9mm14600mmFig. 1 Configurations of welded joint-Conventional welding wire ----- Low temperature transformation welding wireWM800 HAZAResidual stress, o(MPa)ターーーー| |6.:||■20 40 60 80 Distance from weld toe,d(mm)100Fig.2 Residual stress distribution-Conventional welding wire *- Low temperature transformation welding wired%3Dd1+d2Angular distortion,d(mm)Welding pass,N Fig.3 Angular distortion at center of weld line T型隅肉溶接継手に対して、溶接時・補修時を想定し、 両側に溶接を行う場合を想定して熱弾塑性解析を行っ た。溶接は片側ずつ行うものとし、溶接は同一方向に行い、片側の溶接終了後、反対側の溶接を行うものと した。溶接金属部分には従来の溶接材料と低変態温度 溶接材料を想定した物性値を与えたもので計算を行っ た。 2.2 残留応力分布についてFig. 2 に従来溶接材料と低変態温度溶接材料の試験 体中央部での止端部の溶接線方向の残留応力分布の様 子を示す。低変態温度溶接材料では、溶接部に圧縮残 留応力が導入されていることがわかる。このことから、 低変態温度溶接材料を用いた疲労強度向上は、隅肉溶 接においても有効であると考えられる。 2.3 溶接変形についてFig.3 に従来溶接材料と低変態温度溶接材料の試験 体中央部での縦曲がりの変形量を示す。この図の縦軸 は左右の変形量を足し合わせたものである。低変態温 度溶接材料を用いた場合では従来の溶接材料を用いた 場合に比べて、約 10%程度溶接変形を低減できている ことがわかる。この効果は他の施工条件を工夫するこ とにより、さらに大きくすることができると考えられる。この結果から、低変態温度材料を用いて溶接を行うこ とにより、溶接変形を低減できることがわかった。 3. 結言低変態温度溶接材料を隅肉溶接に適用した場合、相 変態による膨張により、溶接部の残留応力のみならず、 溶接変形を低減でき、保全の観点からも有効であるこ とがわかった。謝辞本研究の一部は、文部科学省 21 世紀 COE プログ ラム「構造・材料先進材料デザイン拠点の形成(研究 代表者:馬越佑吉大阪大学教授)」事業推進費補助金, ならびに科学研究費補助金・基盤研究(B) : 課題番号 17360418 の補助を受けて実施したものである。参考文献[1] 太田昭彦、前田芳夫、T.N.NGUYEN、鈴木直之、“低変態温度溶接材料を用いた箱型断面溶接部材の疲 労強度向上”、溶接学会論文集、第 18巻 第4号 、 2000、pp.628-633.149“ “溶接時・補修時の力学特性数値シミュレーション“ “奥出 浩正,Hiromasa OKUDE,三上 欣希,Yoshiki MIKAMI,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI,豊田 政男,Masao TOYODA
溶接構造物には、溶接の冷却過程での溶接金属の熱 収縮により、降伏強度程度の引張残留応力が存在し、 この影響によって溶接部の疲労強度は母材に比べて著 しく低下する。保全の観点から、溶接部の疲労強度向 上を図るためには疲労き裂の発生部位に圧縮残留応力 を導入することが有効である。これまで、圧縮残留応 力を導入する方法として、ピーニング、点状加熱、線 状加熱、熱処理などの方法が開発されている。しかし、 どの方法も溶接終了後に新たな処理工程を行う必要が あった。[1]そこで、圧縮残留応力の導入の仕方として、相変態 開始温度の低い溶接材料を用いることにより、疲労強 度を向上させる試みがなされている。これは、鋼がオ ーステナイトからマルテンサイトに相変態するときの 体積膨張を利用し、溶接終了時に圧縮残留応力を導入 するものである。すなわち、従来の溶接材料は相変態開始温度(Ms 点) が 500°C程度であり、相変態終了後の冷却過程で温度 低下に伴う収縮ひずみが生じ、使用温度である室温までの材料の収縮が周辺の拘束により妨げられることに よって、引張残留応力が誘起される。これに対し、低変態温度溶接材料は Ms 点が 250°C程 度であり、溶接金属が膨張した状態で溶接が完了する ため、圧縮の残留応力を導入することができるもので ある。これは、製作時のみならず、補修時にも有効で あると考えられる。また、溶接加工時には溶接部は局部的な加熱・冷却 を受けるため、局部的な熱膨張・熱収縮を受け、溶接 変形が生じる。溶接構造物において溶接変形は初期不 整による強度低下を引き起こすため、構造物保全の観 点からも溶接変形をあらかじめ予測し、制御・低減す ることは重要な課題となっている。 * 低変態温度溶接材料では相変態するときの体積膨張 を利用すると、溶接部に圧縮残留応力を導入すると同 時に、溶接変形を低減することも可能となると考えら れる。このことから、本研究では、T型の隅肉溶接継手を 想定し、溶接材料に従来材と低変態温度溶接材料を用 いた場合の解析を行い、残留応力分布を検討すると共 に、溶接変形の低減効果についての検討を行った。2. 低変態温度溶接材料を用いた検討 2.1 解析条件 本研究では Fig.1 のような板骨構造に多く見られる
9mm600mm140mm9mm14600mmFig. 1 Configurations of welded joint-Conventional welding wire ----- Low temperature transformation welding wireWM800 HAZAResidual stress, o(MPa)ターーーー| |6.:||■20 40 60 80 Distance from weld toe,d(mm)100Fig.2 Residual stress distribution-Conventional welding wire *- Low temperature transformation welding wired%3Dd1+d2Angular distortion,d(mm)Welding pass,N Fig.3 Angular distortion at center of weld line T型隅肉溶接継手に対して、溶接時・補修時を想定し、 両側に溶接を行う場合を想定して熱弾塑性解析を行っ た。溶接は片側ずつ行うものとし、溶接は同一方向に行い、片側の溶接終了後、反対側の溶接を行うものと した。溶接金属部分には従来の溶接材料と低変態温度 溶接材料を想定した物性値を与えたもので計算を行っ た。 2.2 残留応力分布についてFig. 2 に従来溶接材料と低変態温度溶接材料の試験 体中央部での止端部の溶接線方向の残留応力分布の様 子を示す。低変態温度溶接材料では、溶接部に圧縮残 留応力が導入されていることがわかる。このことから、 低変態温度溶接材料を用いた疲労強度向上は、隅肉溶 接においても有効であると考えられる。 2.3 溶接変形についてFig.3 に従来溶接材料と低変態温度溶接材料の試験 体中央部での縦曲がりの変形量を示す。この図の縦軸 は左右の変形量を足し合わせたものである。低変態温 度溶接材料を用いた場合では従来の溶接材料を用いた 場合に比べて、約 10%程度溶接変形を低減できている ことがわかる。この効果は他の施工条件を工夫するこ とにより、さらに大きくすることができると考えられる。この結果から、低変態温度材料を用いて溶接を行うこ とにより、溶接変形を低減できることがわかった。 3. 結言低変態温度溶接材料を隅肉溶接に適用した場合、相 変態による膨張により、溶接部の残留応力のみならず、 溶接変形を低減でき、保全の観点からも有効であるこ とがわかった。謝辞本研究の一部は、文部科学省 21 世紀 COE プログ ラム「構造・材料先進材料デザイン拠点の形成(研究 代表者:馬越佑吉大阪大学教授)」事業推進費補助金, ならびに科学研究費補助金・基盤研究(B) : 課題番号 17360418 の補助を受けて実施したものである。参考文献[1] 太田昭彦、前田芳夫、T.N.NGUYEN、鈴木直之、“低変態温度溶接材料を用いた箱型断面溶接部材の疲 労強度向上”、溶接学会論文集、第 18巻 第4号 、 2000、pp.628-633.149“ “溶接時・補修時の力学特性数値シミュレーション“ “奥出 浩正,Hiromasa OKUDE,三上 欣希,Yoshiki MIKAMI,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI,豊田 政男,Masao TOYODA