補修溶接時の原子炉圧力容器鋼中の He バブル形成とその制御に関する基礎研究

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カテゴリ: 第2回
1. 緒言
軽水炉プラントの高経年化にあたっては,原子炉内 | 構造物や原子炉圧力容器の補修溶接技術を確立する必 要がある. 中性子の照射を受けた材料中では,非平衡 なはじき出し欠陥(原子空孔,自己格子間原子)や核 変換生成物としての He などの不純物が生成する.これ らの格子欠陥は,照射条件や温度などの環境因子に影 響されながら移動し,欠陥集合体を形成する.形成さ れた集合体は,その材料の脆化因子として,照射によ る材料の機械的特性変化を支配する.照射後補修溶接 においても,溶接部位近傍に急激な温度変化(Fig. 1) とそれに伴う内部応力変化が起こるため,そのような 環境因子に影響されながら,新たなる欠陥集合体の形 成や分解反応が起こる. - 炉内構造物として使用されているオーステナイト系 ステンレス鋼(面心立方(fcc)構造をもつ)の場合, He によって安定化された原子空孔集合体(いわゆる He キャビティ)が溶接熱影響部の粒界上に形成され,粒 界割れの原因となることが知られている.一方,原子 炉圧力容器鋼として使用されているフェライト鋼(体 心立方(bcc)構造をもつ)の場合は,オーステナイト鋼の場合と同程度の He 量, 照射量の条件であっ ても,粒界キャビティが観察されないとの報告がある
ここでは,分子動力学法に基づいた He と材料内欠陥 (マトリクスボイド,転位,粒界)の結合状態の解析 を行い,照射後溶接時のオーステナイト鋼およびフェ ライト鋼中の He キャビティ(He バブル)形成の違い について検討する.また,照射後溶接時の粒界キャビ ティ形成を抑制するための方策について考察する.1600の1200a-y変態温度Temperature (°C)400% S' 10 15 -20 2530Time (s) Temperature evolution at Heat-affected zone(HAZ) in steels during weldingFig. 12. He結合エネルギー評価 2.1 ボイドの He 捕獲力ここでは, He バブルの解離反応に関して述べる.次 節で行っている照射後溶接時の He 分布変化の考察の 基本として重要なので,やや詳細に触れることにする.1561. 本研究において,経験的原子間ポテンシャルを使っ た分子動力学解析を行い, bcc Fe のマトリクス中に存 在する He バブル内の各種点欠陥(He, 原子空孔,格 子間原子)の結合エネルギーを評価した[2,3]. 評価に 用いた原子間ポテンシャルは,Fe-Fe, Fe-He, He-He 原 子間に対してそれぞれ,Ackland[41, Wilson-Johnson[5], ZBL-Beck ポテンシャル[6]である. Fig. 2 に各解離エネ ルギーの He/N 比依存性を示す.ここで, 解離エネルギ ーは,結合エネルギーに移動エネルギー(定数)を足 したものである.この図を見ると, He 解離エネルギーは、He キャビ ティのサイズにはあまり依存せず, He/V 比の減少関数 となることがわかる.すなわち, He/V比が高く He キ ャビティ内の He 圧力が高ければ高いほど,そのような He キャビティから He 原子が解離しやすくなる.一方, 同図には, He キャビティに対する空孔解離エネルギー も示されている.こちらは, He/V 比の増加関数として 表される.すなわち, He キャビティの He 圧力が高く なるほど原子空孔は解離しにくくなる.原子空孔が解 離すれば,その He キャビティのサイズは小さくなるこ とを考えると, He 圧力の上昇とともに, He キャビテ ィは収縮しにくくなる一つまり,熱的安定性が増す一 ということを示している.さらに, Fig. 2 には、SIA 解 離エネルギーも記載されている. SIA は Self-interstitial atom の略で自己格子間原子を指す.He キャビティとマ トリクスの界面にある Fe 原子が解離し,その Fe 原子 が He キャビティから遠方のマトリクス中に SIA を形 成する場合を考えると, SIA 解離エネルギーが定義で きる. 金属原子が解離し,遠方に SIA を形成するとい うこと(SIA エミッションとよぶ)は、He キャビティ に一個原子空孔が供給されたことと同義になる.すな わち, He キャビティの成長に寄与することになる. Fig. 2を見ると, He 圧力が大きな He キャビティほど SIA エミッションが起こりやすくなることがわかる. SIA エミッションが起こると,実行的に He キャビティ内の 原子空孔数が増加するので,He/V 比,すなわち, He 圧力は減少する.Fig. 2 の縦軸(一解離エネルギー)は温度と非常に密 接な関係がある. 温度がある程度高ければ, He 解離エ ネルギーの小さな He キャビティからは容易に He原子 が,また,空孔解離エネルギーの小さな He キャビティ からは容易に原子空孔が,さらに,SIA 解離エネルギ ーの小さなキャビティからは SIA が解離することになV Vacancy O SIA x HeくいいDissociation energy (eV)...x0000. ビーTP%3D700K...6,OAK00。612 He-to-vacancy ratio, He/VFig. 2 Dissociation energies of a helium atom, a vacancyand a self-interstitial atom to a He-vacancy cluster (He bubble) in bcc Fe as a function of He/V ratio which isproportional to helium pressure in the cluster.る.例えば温度 700K の場合を考えてみる. 解離反応 の1次近似モデルに従うとすれば、解離温度 TCK)と解 離エネルギーEP(EV)には EP 0.0029T(1) の関係が成り立つので,温度 700K は解離エネルギー 約 2eV に相当する.そこで,Fig. 2 に示すように 2eV のところに水平線を引く.この線より下にある解離エ ネルギーをもつ He キャビティでは解離反応が起こる ことになるが,He/V 比が約 0.7 よりも小さい He キャ ビティからは原子空孔が,また, He/V比が約4よりも 大きな He キャビティからはHe 原子や SIA が解離する ことがわかる. 言い換えれば,He圧力の高い He キャ ビティからは He 原子や SIA が放出され,一方,He圧 力の低い He キャビティからは原子空孔が放出される ことになる. He キャビティから He 原子が放出されれ ば He/V比は減少し(高かった He圧力がやや減少する), また, 原子空孔が放出されれば He/V比は増大する(低 かった He 圧力がやや増大する). さらに,SIA が放出 されれば He/V 比は減少する(高かった He 圧力がやや 減少する). したがって,温度 700K の場合に安定に存 在することのできる He キャビティの He/V比は,図か ら,約 0.7 から約4までの間に限定される.温度を上昇させていくと,この水平線は上昇する. そのため、安定に許容される He/V 比の下限は上昇し, 上限は減少する.さらに温度を上昇させると,終いに は,すべての He キャビティの He/V 比は 1.8 程度に収157束していくことになる. Fig. 2 より,そのときの He 解 離エネルギーは 3.2eV 程度であることがわかる.すな わち, マトリクスボイドの He捕獲力は, 3.2eV 程度と いうことができる.ただし,ここで言う“マトリクス ボイド”には、サイズ1のボイド(すなわち単空孔) や原子空孔集合体と言った方が的確と思われるサイズ の小さなナノボイドも含まれる.2.2 その他の欠陥の He 捕獲力同様に, bcc Fe 中の刃状転位と He原子の結合エネル ギーを分子動力学解析によって求めたところ,刃状転 位と格子間Heの結合エネルギーは約2.3eV程度であっ た.また,この刃状転位に原子空孔を1個導入し,そ の中心に He 原子をおいた場合の結合エネルギーは 3.2eV 程度であった.さらに,刃状転位線上の He 拡散 に対する活性化エネルギーは 0.33eV であった.一方, Kurtz らは, 我々の整備した原子間ポテンシャルを用いて bcc Fe 中の粒界(GB)の He 結合エネルギーを求めた[8]. その結果, 例えば,GB(23{111}) コアもしくは 近傍の He 結合エネルギーは.格子間 He に対して 2.7eV, 置換型 He に対して 0.8eV であった.以上,これらの知 見を模式図に表すと, Fig. 3(a)のようになる. bcc Fe 中 では, 粒界や転位の He に捕獲力に比べ, マトリクスボ イドの He捕獲力は非常に大きいことがわかる.この結 合エネルギーの大小関係をもとに照射後溶接時の He 挙動をモデル化すると,以下のようになる.290°C程度(実際の軽水炉運転時の圧力容器鋼温度) の低温照射を受けたフェライト鋼では,生成した He 原子のほとんどは、マトリクス空孔またはその集合体 に(転位密度が高ければ転位にも)捕獲されている. そこで,照射後溶接を行い系の温度を高くすると,解 離エネルギーの低いサイトに捕獲された He原子から 順に解離していくため、まず粒界や転位に捕獲されて いた He 原子から先に解離する.さらに温度が高くなる と,やがてはマトリクスの原子空孔やその集合体から もHe原子の解離が起こることになるが, この温度域で a → y変態が起こる.Morishita ら[2,3]は, fcc Fe およ び bcc Fe におけるマトリクス空孔またはその集合体に 対するHe 結合エネルギーの違いを検討し, bcc に比べ, fcc Fe の方が He 結合エネルギーが小さいとしている. そのため,この変態温度を越えて構造が bcc から fcc に変化すると,それまでマトリクス空孔またはその集(a) 各捕獲サイトに対すHe結合エネルギーBCC Fe)HeN→E -3.2eVIHAN=1 8) - He中格子間 He務良 0.33 eV 2.3 eV)3.2eVエ ネルギー) (F#) (He mig (He-disloc.) (He-V-disloc.)along disloc) 粒界 0.5eV0 2 .7ey (23{112)(23(111)(6) 各捕獲サイトに対するHe結合エネルギー(FCC NE) マトリクスHe/ -2.3 eV(He V=1.5)Helv 1eVゃまくんはにがなんと4eV格子間 He形成 2009エネルギー) 3.67eVS 4 .09eV (He-loop) (He-disloc.)転位(刃状)粒界(推定) Fig. 3 Helium binding energies of a matrix void, an edge dislocation and a grainboundaryin bcc Fe (a) and fcc Ni (b)合体に捕獲されていた He が多量に解離すると考えら れる. fcc への変態後は,転位や粒界の He 結合エネル ギーはかなり高くなるので(次節で述べる Fig. 3(b)か ら類推),転位や粒界が He の有効な捕獲サイトになる 可能性はある.しかし,溶接冷却時にはy (fcc) → a (bcc) への再変態が起こり,再び bcc に戻った直後には,粒 界や転位の捕獲機能はほとんど消失してしまう. その 結果,やはり,He 原子はマトリクス空孔またはその集 合体に強く結合することになる.結局,このようなマ トリクスの高い He 捕獲能力により, He はマトリクス 全体に分散して分布するので,粒界キャビティの形成 には至らない,このことは,実験事実とも一致する.2.3 fcc と bec の違い - Fig. 3(b)は,我々と同様の方法を行って Soneda らが 求めた Ni 中のマトリクスボイドおよび転位に対する He 結合エネルギー[9]を示す. Ni はオーステナイト鋼 と同じ fcc 構造を有する.当然, Ni とオーステナイト 鋼では He 結合エネルギーの絶対値が異なると考えら れるので, Fig. 3 (b)からオーステナイト鋼中の He 挙動 を定量的に解釈するわけにはいかない. しかしながら, He の性質「閉殻構造をもち,不活性で,材料中の空隙 部分を好む」を考えると,オーステナイト鋼中の各捕 獲サイトに対する He 結合エネルギーの大小関係は,同 じfcc構造をもつ Ni のそれと変わらないと考えてもよ い,粒界に対する He 結合エネルギーの報告はないが, 小傾角粒界などは転位の集合体と考えれば、ほぼ転位158に対する結合エネルギーと同程度であると推定される. Fig.3(b)を見ると, bcc Fe の場合とは違い, fcc Ni では, マトリクスボイドの He 捕獲力は転位や粒界に比べて とても小さく,約 2.3eV である.溶接時の入熱を受けて温度が上昇すると, fcc 金属で は,最初に, マトリクスに捕獲されていた He 原子が解 離する. 解離したHe 原子は新たな捕獲サイトを見つけ るまでは移動を続けるので,結局, He 原子は、かなり 高温まで安定な捕獲サイトである転位や粒界にたどり 着くことになる(粒界や転位への He 局在化機構). さ らに高温になっても、転位や粒界が He捕獲サイトとし て有効に機能しているかどうかは,転位・粒界の熱的 安定性や He 結合エネルギーの絶対値(Fig. 3(b)の結合 エネルギーは、Ni に対する値である.)とも関係する のではっきりしたことは言えない.しかしながら,こ の温度で転位や粒界の He 捕獲機能が喪失されるとし ても,すでに昇温によってHe は転位または粒界近傍に 集められ,しかも,その後の冷却時に He捕獲機能が回 復する順番は,転位や粒界→マトリクスの順序である ので,溶接終了時には,かなりの He が転位や粒界に集 められていると考えられる. 粒界や転位に蓄積した He は、いわゆるパイプ拡散により容易に移動,集合体形 成を行うことができる.粒界に形成した He キャビティ(または核)は,冷却時の引張応力により成長すると 考えられている.実際,中性子照射を受けたオーステ ナイト鋼の照射後溶接では,粒界に He キャビティが観 察されている。3.結言(1) He 結合エネルギーを各捕獲サイトの関数として整理した.その結果, bcc 金属(Fe)の各サイトに おける He 結合エネルギーは、粒界≦転位<マトリクス という順序になっていることがわかった. これは, fcc 金属(Ni)の場合のマトリクス<転位(≒粒界) という順序とは明らかに異なる. (2)各捕獲サイトにおける He 結合エネルギーの大小関係に注意しつつ,照射後溶接時の He挙動に関 するモデルを検討した. このモデルは、照射後溶 接によって,オーステナイト鋼(fcc)では He キャ ビティが粒界に観察されるのに対し, フェライト鋼(bcc)では観察されないという実験事実を矛盾なく説明できる可能性がある. (3)照射後溶接時の He キャビティ形成を制御するためには、 各 He捕獲サイトの捕獲力を精査した上 で, He をマトリクス全体に分散分布させるよう に材料設計する必要がある.謝辞本研究は,平成16年度受託研究「照射材料溶接時の He 挙動の解析」(三菱重工業高砂研究所)によって行 われた.有益な助言および最新実験データを提供して くださった同研究所 鴨和彦博士および独立行政法人 原子力安全基盤機構 柏倉功次博士に深く感謝します.参考文献 [1] 三菱重工株式会社 受託研究報告書「原子力プラント照射材料安全補修溶接技術 原子炉(圧 力)容器補修溶接技術」報告書(独立行政法人原子力安全基盤機構委託),平成17年3月. [2] K. Morishita, R. Sugano, B.D. Wirth, J. Nucl. Mater.,Vol. 323, 2003, 243. [3] 森下和功,受託研究報告書「照射材料溶接時のHe 挙動の解析」(三菱重工業高砂研究所委託), 平成17年3月. [4] G.J. Ackland, D.J. Bacon, A.F. Calder, and T. Harry,Philos. Mag., A, Vol. 75, 1997,713. [5] W.D. Wilson, R.D. Johnson, “Rare Gases in Metals’, inInteratomic potentials and simulation of lattice defects, (Ed. by P.C. Gehlen, J.R. Beeler, Jr., and R.I. Jaffee),Plenum, 1972, 375. [6] The Ziegler potential at higher energy part and the Beckpotential at lower energy part are smoothly combined in the present study: D.E. Beck, Mol. Phys., Vol. 14, 1968, 311. J.P. Biersack and J.F. Ziegler, Nucl. Instrum. Meth.,Vol. 194, 1982,93. [7] R. Sugano, K. Morishita, in preparation (ICFRM-13proceedings); R. Sugano, Doctoral thesis of EnergyScience, Kyoto University, March 2004. [8] R.J Kurtz and H.L. Heinisch, Journal of NuclearMaterials, Vol. 329-333 (2004) 1199. [9] 電力中央研究所, 受託研究報告書「照射ステンレス鋼溶接部のヘリウム挙動の計算機シミュレーショ ン作業」(日立ハイテクノロジーズ委託), 平成16 年12月.159“ “補修溶接時の原子炉圧力容器鋼中の He バブル形成とその制御に関する基礎研究“ “森下 和功,Kazunori MORISHITA
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