原子炉配管の LRFD(荷重耐力係数設計)手法

公開日:
カテゴリ: 第2回
1.背景
- 米国機械学会 (ASME) は、先駆的に原子力発電設備 の維持規格策定に取り組み、1971 年に供用期間中検査 を規定した ASME Code Sec. XI を策定している。その 後、ASME Code Sec XI の 1974 年版では、検査で発見 された欠陥の成長評価と機器の健全性に基づく欠陥評 価基準が新たに導入された。このように Sec. XI には、供用期間中検査、予防保 全、補修と取替えの決定等にリスク情報を活かした手 法が取り入れられており、稼働率向上等の観点から、 既に大きな成果を挙げていることは周知の事実である。これに対して構造設計規格である Sec. III は、現在も 主に決定論的、機構的な設計手法に依拠している。し かしながら、全ての設計は、不確定性を伴う。具体的 には、荷重条件、材料特性、解析モデルの精度、幾何 学的特性、製造及び据付け精度、試験検査結果及び実 際の使用条件に関わる不確定性である。これまでの工 学的設計手法は決定論的な安全係数で不確定性を扱っ てきたため、信頼性レベルに一貫性が無く、時に過剰 に保守的なものとなっており、個々の不確定性の効果 や安全性の実際の裕度に対し明確な考察はなされてい なかった。このような状況の中、近年、確率論的設計解析手法 が開発され、統計的なモデルや確率論的解析により不 確実性や無作為性を扱うようになってきた。そして、 近年の計算機資源や確率論的設計のためのツールが利用可能になったことから、複雑な設計問題に対しても 確率論的解析と最適化を効率的に適用可能な状況が整 ってきた。現在 ASME では LRFD 手法を原子炉配管に 適用すべく検討が行われており、2005年4月6日には 中間報告が出されている[1][2]。そして、こうした確率論的手法は米国鉄鋼建設学会 及び米国コンクリート学会等の設計コードでは既に取 り入れられており、実際の構造物の設計に適用され、 運用されてきた実績を持っている。
2. LRFD(荷重耐力係数設計)手法 2.1 荷重係数、耐力係数 . 従来の許容応力設計では、構造物に係る荷重の総和 に対して、強度(耐力)に安全率を見込むことによっ て安全性を担保してきた。構造物に N 種類の荷重が作 用している場合、次式の様に表現できる。
R = 2L,-1ここで R は構造物の耐力、L, (1 i < N)は構造物に 作用するi種類目の荷重である。耐力 R の係数のは安 全率を見込んで設定する。 これに対して LRFD では次式の様になる。NR = 2:L,-2183ここでのは耐力係数、y, はi種類目の荷重に対する荷 重係数と呼ばれる。荷重係数はそれぞれの荷重の確率 論的特徴を反映して決めることになり、これにより異 なる種類の荷重を統一的に扱うことが可能となる。こ の点が、唯一の係数のみを持つ許容応力設計のフォー マットとは大きく異なっている。2.2 限界状態関数限界状態関数gは、耐力、荷重の関数であり、g<0 は構造物が破損している状態に対応する。典型的には 次式で表される。10g=R-EL,ここで関心があるのはg<0となる確率である。2.3 破損確率と信頼性指数 - 手法を理解するためにまず、構造物に係る荷重が一 種類である場合を考え、これを L で表す。また、構造 物の耐力を R で表す。ここで限界状態関数g として次 式を採用する。 g=R-L-4Deraty Farctics荷重L限界状態関数 g=R-LLead Elect (L)耐力RStrength (R)Ares (fos g < 0) Fahare probabilityOriginRando ValeFig. 1Exapmle of probability distribution of load L, resistance R and performance function g.LRFD では耐力及び荷重を確率変数と見なすことが本 質的に重要な点である。この様子を Fig. 1 に示す。Fig.1 には限界状態関数g の確率密度分布も併せて示してい るが、この分布は耐力 R及び荷重Lの確率密度分布よ り求められる。そしてgの確率密度分布を g<0 となる 領域について積分することにより、総破損確率が計算される。以下、簡単のため、2つの確率変数、即ち耐力 R と荷重Lはそれぞれ正規分布に従うものとする。正規分 布は確率変数の平均値と標準偏差の2つのパラメータ で分布形状が定められる。耐力 R と荷重Lの平均値を それぞれ以r,u,、標準偏差をOp,a,とする。ここで議論の見通しを良くする目的で変数 R',L'を次 式で定義しておく。R-MR R=1-5OR-7L'==MLL-LL OL-6即ち、R'L'はどちらも平均0、標準偏差 1の正規分布 に従う。構造物の耐力が R、係る荷重がLとなる事象 の確率密度を P(R,L)で表すと、_ P(R, L) ≪ exp(-5(R2+L““))のとなり、R'-L 平面上における原点からの距離のみの関 数になる。定性的には、R'-L'平面における原点におい てその確率密度は最大になる。これは原点が耐力、荷 重共に平均値となる事象が、最も確率密度が高いこと に対応する。そしてR'-L平面における原点からの距離 が大きくなる程、その確率密度は小さくなっていく。また、R',Lを用いて式(4)の限界状態関数 gは次式の ように表される。g=0RR-OLL'+4R - JUL-8破損領域HR-HL8501aki」 → R'原点は耐力、荷重が、 共に平均値 UR,JAL となる場合に相当。ORFig. 2 R'-L’plane and failure area and surface.184Fig.2 は R'-L'平面上における破損領域 g<0 を示した ものであり、状態 a ~ cはここでの説明を補助する目 的で例示している。 * 状態 a, b,c の中では、状態 a が実現する可能性が最 も高いが、破損直線 g=0 よりも下にあるので、状態 a では破損は生じない。状態b 及び cでは構造物の破損 が生じる。この2つの状態を比較して、状態b は状態 c よりも原点に近いため、より実現する可能性が高い。このように考えて、この平面上において設計上最も 関心がある点は、破損領域上の点の内、最も原点に近 い点b であることが分かる。この点は最も実現確率の 高い破損点、即ち最確破損点である。 1構造物の全破損確率 P, は、破損領域における各点の、 確率密度分布を積分することによって求められる。Pr =1-(P)11-9の() = 1 exper-ris (1)ここでBは最確破損点(Fig.2 における点b) と R '-L' 平面の原点との距離であり、信頼性(安全性)指数と 呼ばれる。ここで、構造物の全破損確率 P, はただ一つ の指標Bで計算できることと、Bが大きい程、P, が小 さくなる点が重要である。Bは次式で求められる。- UR-AL(11) Vosto 式(11)で分かる様に、荷重の平均値 4, が大きくなれば Bは小さくなり、耐力の平均値ムのが大きくなればBは 大きくなる。これは、Bが大きい程、構造物の全破損 確率が小さくなることと対応している。上記は、構造物に1種類の荷重が作用している場合 であったが、N 種類の荷重が作用しており、かつそれ らの荷重が全て正規分布に従う場合には信頼性指数 B はB=-12THEとなる。ここでは,,,,はi種類目の荷重の平均値及 び標準偏差である。上記手法は FOSM(First-Order Second Moment)法と呼 ばれる手法である。ここまでは、耐力及び荷重といっ た確率変数が正規分布に従う場合について議論をして きたが、実際はもちろん様々な分布形を持ち得る。一 般の確率分布を持つ耐力及び荷重に対しては FOSM 法 を改良した AFOSM (Advanced FOSM)法と呼ばれる手 法が適用される。その基本的な考え方は FOSM 法と同 様であるが、反復計算が行われ、信頼性指数 B を収束 させることで結果を得る点が FOSM 法と異なっている。3.荷重の組み合わせ 及び 基礎確率変数12005年4月6日付けの ASME の中間報告書が発行さ れた時点においては、原子炉配管に係る荷重の内、一 次荷重のみが取り扱われており、熱応力などの二次荷 重については今後の検討課題となっている。 - 一次荷重の内訳は1重量、2内圧、3地震荷重とな っている。ASME コードでは、次の2種類の地震を考 慮している。 ・ 運転基準地震 (OBE : Operating Basis Earthquake)ASME BPV コードの使用限界 B, Cに用いられる。 この地震は典型的には 100 年に1回生じると考えられる。 ・ 安全停止地震 (SSE : Safe Shutdown Earthquake)ASME BPV コードの使用限界 D で使用される。こ の地震は典型的には1000年に1回生じると考えられる。 原子炉配管用荷重組み合わせの議論においては、他の 学協会のコード等が参考にされ、次の各条件のそれぞ れに対して推奨案が出されている。 *・ 一般条件(配管が自らの重量を支持できることを保証) * . 運転条件(ASME BPV コードの使用限界 A) * . 過渡荷重条件(ASME BPV コードの使用限界 B)・ 緊急荷重条件(ASME BPV コードの使用限界 C) 1. 事故荷重条件(ASME BPV コードの使用限界 D) また、それぞれの条件における破損クライテリアにつ いて検討がなされている。そして、これらの議論に基 づいて、LRFD に用いる配管の限界状態関数について も、上記の各条件について推奨案を示している。LRFD 法を実際に適用するためには、荷重、強度に 関わる各変数の確率分布特性が必要である。ASME の185中間報告書においては以下のような項目について部分 的に検討されている。 ・ 配管の典型的な材料のリストと、それらに対する 降伏応力や極限強度等のデータ、確率分布特性 配管の幾何学的パラメター(直径や肉厚等)の確 率分布特性に関するデータ 配管の自重や、原子炉冷却材の密度等に関するデ1. 地震荷重の確率論的特性に関するデータ 例えば、「配管の直径の統計的性質は標準偏差の2倍が +公差に等しい正規分布に従うものとする。」とある。LRFD に限らず、確率論的手法においては、データ の収集は非常に重要なタスクであり、既存のプラント におけるデータ採取、あるいは実験室試験を行ってい くことの重要性について主張されている。4. LRFD 手法の利点従来の決定論的手法である許容応力設計に対する LRED 手法の利点については、例えば N 種類の荷重が 作用している構造物に対する式(1)と式(2)を比較する ことにより理解できる。すなわち、許容応力設計に対 応する式(1)においては荷重1 ~ N に対しての余裕を 見込むために、それぞれの荷重について大きな値を用 いる必要があった。その結果として過剰な裕度が生じ ることは容易に想像できる。これに対して LRFD手法に対応する式(2)においては 荷重1~Nが「同時に大きな値を取る確率は非常に低 い」ことを考慮して、それぞれの荷重に対しての荷重 係数を定めることになり、結果として異なる荷重間の バランスのとれた合理的な安全性の確保が可能になる。 全体として、次のようなベネフィットがあることが理 解できる。 ? 荷重、強度、劣化機構における不確かさへの対処法を与える。 ・ 鋼材のグレードのような材料に関する適合性と信頼性を与える。 既に LRFD 手法を導入している他産業の基準との 整合性を与えることができる。 資源の効果的かつ経済的な利用に結びつく。 特に、配管に対する LRFD 手法の適用により、横 揺れ防止策の定量的軽減によってコストの削減が 見込まれる。実際、建築構造に対する LRFD 適用の経験では、3~5%のコスト削減が示されてい る。 プラント運転中の診断・保守の軽減により、全寿 命中のコスト削減は、更に大きな期待が可能であ る。5.まとめ本論文では、原子力分野における LRFD 手法の適用 可能性について検討する目的で、手法の概念、利点を 明らかにし、ASME における検討状況について紹介し た。これらの利点を現実のものとするために、今後実 施されるべき項目としては以下が挙げられる。 ・ 現時点では一次荷重についてのみ検討されているがこれに疲労や熱荷重を組み合わせること。 1. 材料の機械的性質の実験室試験と、プラントでの寸法や公差の測定等のデータ収集。 ・ 荷重強度の確率変数間の感度解析と相関効果。 信頼性レベルの目標範囲の確認。LRFD フォーマットに用いる局所安全係数の計算。 ・ 目標信頼性レベル、耐力係数、荷重係数を取りまとめた配管用 LRFD 指針と規則の試案。 ? 荷重耐力係数の使用法をユーザに例示する為の設計例。 将来、日本の原子力発電プラントに適用される可能 性も考慮しつつ、今後も ASME における LRFD手法に おける議論と動向に注目していく必要がある。「謝辞本研究は平成 16 年度に原子力発電株式会社からの 委託研究により実施されたの成果の一部である。委託 元の関係者には、ご教示いただきましたことに感謝の 意を表します。参考文献[1]ASME Special Working Group, “Interim ResearchReport Development of Reliability-Based Load and Resistance Factor Design (LRFD) Methods for Piping”,ASME, April 6, 2005 [2]普遍学国際研究所、“確率論を利用した原子炉設計に関する検討(原子炉配管の LRFD手法)”、2005186“ “原子炉配管の LRFD(荷重耐力係数設計)手法“ “高瀬 健太郎,Kentaro TAKASE,真木 紘一,Koichi MAKI,宮 健三,Kenzo MIYA,肥田 隆彦,Takahiko HIDA
著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)