リスクベースの設備管理(1)最適化保全
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カテゴリ: 第2回
1.緒言
その時の設備の状態は、その設備が構想された段階 から設計、施工、運転、保全と続けられてきた行為の全 てが総和として現れたものであり、メンテナンスとは そのような設備を運用に支障のない状態に最も安価に 維持する活動である。そして正確な設備の寿命予測が困難な現状では、徒 に設備の無故障を追及するのではなく、そこでは設備 に対して設置目的として求められた性能を最大限に、 しかも最も有利、安価に引き出す処方を明らかにし実 行することが求められてくる。それは「絶対」の存在を前提に設備の運用を考えて きた従来の発想とは認識を大きく異にし、全ゆる設備 には不確定な要因が内在しているということを前提に、 有害なものは排除しつつ有益なもののみを最大限に取 り込んでいくリスクマネジメントの認識に重なる。 ・リスクとは、「起こってはならない」ことが「起きて しまう」ことに対する懸念であるから、その発想を実務 運営に導入するためには人間が不都合と思う事柄の全 てを想起した上で、その大きさを出来るだけ定量化し て装置を構成する全ての要素設備の位置づけを評価す ることが必要になる。そしてその評価では、従来から用いられてきた「プ ロセス特性 (Process Property)」と「設備特性(Equipment Property)」の評価に、「機能特性 (Equipment Function)」 を加えた3つの評価要素を用いることが必要になり、 その導入によって初めて設備管理分野へのリスクマネ ジメント思想の適用が可能になる。そしてこのような運営法の導入は、従来は当事者に しか理解が難しかった設備運用の実態を、専門家では ない部外者にも理解できる形で紹介しようとする時の 手段としても利用できるのではないかと思われる。
2.リスクの評価
2.1 リスクの成り立ち 1設備を作ったのも人、それを利用し有益・無益を判 断するのも人、壊れた場合に困るのも人、どれだけ困 るかもそれは人夫々の立場や解釈だから、リスクマネ ジメントの運営はその殆どが人に係わる問題となる。リスクとは「起こってはならない」ことが「起きてし まう」ことに対するの懸念の大きさであるから、そこで1「起こってはならない」と言う点に対しては、それが「起きるとどの程度困るか」という被害の大きさが想定され、次に 2「起こってしまう」という点については、それが「起こる可能性がどの程度あるか」とい197うことが推量され、最後に 3 両者が総合的に勘案されて、リスクの大きさが評価される ものと思われる。そしてリスクマネジメントは、このリスクの大きさ を許容限度内に抑えるために、必要な対策をたて、その 実行を管理することが主旨であり、一方 どの程度困るかは → 確保すべき信頼性. (Reliability required) 起きる可能性は → 確保出来ている信頼性(Reliability available) と見ることができるから、それを設備管理の場に当て 嵌めると、それは設備の運営状態を効果的にReliability available. Reliability required の状態に保つ活動であると云うことができる。そしてこの時の右辺は、人が不都合と思う不利益や 損害の大きさに対する評価だから、その着眼や不利益 の大きさは人夫々が持つ固有の価値観で決まる一方、 左辺は確保出来ている信頼性、即ち不利益や損害の発 生を抑止している設備に対する信頼性の評価で、それ は設備技術的な判断で決まってくる。2.2 リスクの定量評価 - 以上のことから、設備の生産性を効果的に高めるた めには、設備を壊れ難くするための点検整備費や、設 備が損傷した時の修復費用だけに着眼するのではなく、 設備側に求められている信頼性の大きさをも考慮に入 れた総合的な視点からの対応が必要になることが解る。これが効率的な設備運用を目指す“リスクベースの 設備管理”の原点となる考えであり、それを可能にす るためには上の状態式 Rel. avail. > Rel.req. の左右 両辺を定量的に評価する技術を持つことが不可欠の条 件となる。そして上式の右辺を「使用上の重要度 (Importance in Use)」、左辺を「設備特性」とする時、それは右辺に ついては“設備側に求める信頼性レベル”に対する、 また左辺については従来から寿命予測の問題として扱 われてきた“故障に対する設備の耐性レベル”に対す る評価技術の確立を意味する。そしてその評価技術では、次に述べるように右辺は 「プロセス特性」と「機能特性」の評価で構成されるから、それに左辺の「設備特性」を加えた3つの評価 は、夫々プロセス設計、基本設計、詳細設計の対応領域 に符号する設備管理のための評価の3要素となる。 -- 以下にこれら3要素の定量評価法についてその1例 を述べるが、特に「使用上の重要度」の評価について は、これ迄設備管理の運営に体系的に反映されてこな かったものなのでその解説も含めて紹介してみる。(1)「使用上の重要度」の理解「使用上の重要度」とは設備が「壊れた時に発生す る被害の大きさ」の評価であり、「被害の大きさ」とい うのはそこで不都合が発生した時に人が蒙る困難の大 きさのことである。そしてその不都合は、それを発生原因にまで遡ると 次の2つの発生形態に分類することができる。 1 設備が置かれている場の危うさに起因するもの(「プロセス特性」) 2 設備が負っている役割の大きさに起因するもの(「機能特性」) 即ち、1の「プロセス特性」は、設備の使用条件 に内在する火災や爆発、毒性などの危険性に対する 評価であり、2はその設備が機能を停止した時に波 及して発生する危険性に対する評価である。Fig-1 は、発熱反応装置周りの計装システムの例で あるが、ここでは原料は FCV で流量を制御されなが ら反応槽に導入され、反応液は LCV で槽内の液面を 一定に保ちながら系外に排出されている。PCVRaw material7(TSA) TIVentTCVFCVchcooling outletIPWater outletLCVCoolingwaterReactoreffluentFig-1A flow chart aroundexothermic reactorそして槽内で発生する反応熱は反応槽のジャケッ トに供給される冷却水によって系外に持ち去られ、そ の水量は TCV で槽内温度が適正に保たれるように制Raw materialCoolingwaterwatereFig-1198御されている。 - また反応槽の周りには、槽内温度の異常上昇に備え たアラーム TA や、温度が危険領域に達した時に緊急 に発熱源である原料の流入を遮断するインタロック TSなどの設備も設置されている。この系を例に「使用上の重要度」の成り立ちを見る と、このシステムでは 11 FCV が故障して発熱源である原料が除熱可能な量以上に流入するか 2 ポンプが壊れて、又は TCV が故障して冷却水の供給が必要量以下に減少するか によって除熱が不充分になり、それに伴って反応槽の 温度が上昇して格外品が発生し、槽内圧力も上昇して 場合によっては反応槽が破壊に至る。そしてこの温度上昇の原因となる反応熱は、プロセ ス設計段階でこのプロセスの採用が決定された瞬間に 前提として持ち込まれるそのプロセス固有の危険性で、 その大きさが「プロセス特性」の評価対象となる。一方このシステムには、熱バランスの崩れによって 発生する被害を防ぐために TA と TS が配備され、更に 図示はされていないが冷却水ポンプには予備機が設置 されている。この様にプロセスに内在する固有の危険性に対し て必要な対策を考え、健全なシステムに組み立てるの が基本設計であり、このような領域の出来栄えを評価 の対象にするのが「機能特性」になる。なお付言すると、この様にして組み立てられたシス テムを構成する各要素設備が健全に役割を果たすよう、 その細部仕様を決定するのが詳細設計で、その出来栄 えを評価するのが「設備特性」になる。そしてその「設備特性」の評価は、使用に供された 後は設計段階の出来栄えにメンテナンス段階の出来栄 えが付加されながら逐次変転していく。また設備が持つこのような「機能特性」の評価は、 その機能を具現している「系」に対する評価であるか ら、冷却水ポンプの例で云えばその評価は、ポンプを 駆動するモーターや送水配管など、冷却水系を構成す る全ての設備について同一となり、制御系についても その機能はループとして発揮されているから、その評価はループを構成する制御弁やケーブルなどの全部品 に対して同一となる。(2) 「使用上の重要度」の評価「使用上の重要度」は人が不利な事態に遭遇した時 に感ずる不都合の大きさであり、その不都合は先述の ようにその発生形態から「プロセス特性」と「機能特 性」に類別される。またこの評価で評価の対象となる不都合は、顧客、 社会、個人が受ける生命や財産、利益の喪失、利便、安全、 福祉の制限、信用、名誉、栄達など社会的人格の毀損な どに対して人が感ずる損害である。そしてその大きさは人それぞれの感度で変わるか ら、評価の基準は被害を発生させる側だけからの判断 ではなく、広く国民の支持を得た倫理感や関係法令、 公的な規制等に示される客観的な判断に基づいて決め ることが必要になる。「プロセス特性」の評価「設備が壊れた時に発生する直接被害」の大きさで あり、それは設備が置かれた環境(「場」)が持つ危 険性、例えば Table-1 に例示する取扱物質の特性や 取扱条件の過酷さが含む危険性の大きさに置き換 えることで評価される。Table-1 Possible hazardous events hidden in environment of facilities installed.(Examples in case of chemical plant) Category of hazardousExamples of aimed point event Fire /Intensity of explosibility, ignitability, Explosionoxidative property, inflammability of handling materialsIntensity of press. / temp., amount of Critical |accumulation, critical approach to range handling of explosion, possibility of runawayreaction, critical mixing, etc. Hazards | Intensity of harmful effect as to toxic, for human | poisonous, cancer-causing of materials,health radioactivity, etc. Environ Intensity of conservation duty to keepmental water / air quality, emission of noise, disruption | bad odor, etc. Harmful Intensity of influence affectedeffect to continuation of operation, quality of production products, loss of resources, energy, etc.199「機能特性」の評価」 「設備が機能を停止した時に発生する波及被害の 大きさ」を、被害の発生が阻止できなかった場合の 波及被害の大きさと、被害の波及を阻止するための 措置に必要な時間の充足度を夫々「損失性(Potential Loss)」、「切迫性(Urgency)」として評価し、両評価 を総合化して Table-2 に例示する重大さのイメージ に集約することにより評価する。EvaluationcriterionTotal evaluation imageof elemental equipmentA(Prevention ofspreading)-Equipment, that serves as the last check to prevent and control the spreading of trouble and to prevent accidents(Prevention ofaccidents)-Equipment used for an exothermic reaction, like control equipment and emergency alarming equipment(Maintenance ofthe state)-Equipment used to maintain ordinary operation, like general equipment, control systems, and general alarmsD-Auxiliary, supplementary, spare equip(Supplementation) || ment not belonging to Criteria A to CTable-2Evaluation Criterion forthe Degree of “Equipment Function”なおこの時の「損失性」と「切迫性」の集約化は、 Fig-2 に例示するようなマトリクスを設定すること により統一的に行なわれる。Potential losseA B C D |ADA B|C|DB B B C D c|c|c|c|D]UrgencyIntensity grade of “Equipment Function““DDDDDIFig-2A sample matrix to evaluate intensity gradeof “Equipment Function”「損失性」の評価 ある設備が機能を喪失した時、その影響が波及する 設備を HAZOP の手法等で特定し、その波及被害の 大きさを「プロセス特性」の評価と同じ尺度を用い て評価することにより行う。「切迫性」の評価 波及被害が発生する設備に対して採られている被害回避対策の配備状況を確認し、その対策の実行に 必要な時間に対して確保できている時間の充足度 を Fig-3 の認識で評価することにより行う。Grade robo be akecled immediately at the time imary equipment is failedGrade being secured minimum request bme to preveri cutreak of losses BoAGrade, Sentase realization of losses immediately a function of primary equipment is tailedGrade b be reacted in ng mal expeddon for loss preventionCase 1(sel Abron & trlock ) Case2(w Alarmonly Casa 3 (w farm & interlockOutbreak of LossesAARPump fallurebreak outPrecaution alare ringing → TIMEInter-lock actuationFig.3Example of Evaluationof “Equipment Function”(3)「設備特性」の評価「設備特性」の評価は、Rel.avail.、即ち確保出来て いる信頼性の大きさの評価である。そしてその大きさは、設備が故障するまでの安定運 転時間の長さによって評価されるが、現状では寿命予 測技術が未成熟でそれを正確に予測することが困難な 状態にある。そのためこの「設備特性」の評価では、精度が高い と云う意味からではなく、その時点の設備管理レベル で再現できる入手可能で最も確からしい値と云う意味 において、その現場が感じている点検整備の周期を初 期値として採用し、その長短を当事者の満足度をもと に例えば Table-3 のような指標にまとめて評価するこ とにより行う。Evaluation of “Equipment Property”A B | c | DIntencitygrade Turn aroundinterval of maint.(year)| 1~22~3Table-3 Sample of evaluation criteria““Equipment Property なお「設備特性」の評価では、運営環境がこのよう な状況であるところに“リスクベースの設備管理”が 導入される必然があるが、そのような運営環境を着実 に改善するために例えば次項に示すようなリスクベー スの設備管理手法が用いられ、初期値として採用され200た「設備の壊れ易さ」の精度はスパイラルアップ的に 改善されていくことになる。3.リスクベースの設備管理“リスクベースの設備管理”とは、設備の寿命予測 精度が充分ではない状況の中で、先に示した設備の運 用状態を示す式 |Rel.avail. ? Rel. req. の左右両辺の関係を、出来るだけ“=”に近い ““2““ の状態に安全かつ安定的に近づける対応である。 -勿論「安全の確保」だけを考えれば左右両辺の関係 は ““≫”で良いのであるが、経済性の追求を究極の目 的とする生産現場においてはコストの低減と両立させ ることこそが設備管理の主旨となる。そしてこの様な両者を両立させる対応は、“リスク ベースの設備管理”では横軸に「使用上の重要度」、縦 軸に「設備特性」を置いたマトリクス上で、「確保すべ き信頼性」と「確保出来ている(筈の)信頼性」を総合 的に勘案することによって行なわれる。 - Fig-4 はこのような目的で作成された「保全管理密度 (Concentration rate of maintenance considerations)」と呼ば れるマトリクスの例で、この様な評価のもとに限られ た保全費を各設備に効果的に配分して最大の成果を得 る傾斜管理が行われる。Importance in UseBTC 2A|A|BFig-4 A matrix to determine concentration rate of maintenance considerationsEquipment PropertyCD| DIDまた設備の持つ信頼性の精度を事故の発生を抑え ながらスパイラルアップ的に改善していくためには、 「保全管理密度」のマトリクス上で Fig-5 のように「使 用上の重要度」の評価が低い設備を選んで諸種の改良 を試み、好結果を得た対策を「使用上の重要度」の評 価が高い設備に逐次展開してく方法が採用される。また、この種のマトリクスは現在組織や業務分担、 専門領域の違いなどで分断されている設備の設計やImportance in Use A|B|C|DA BBBIG 10 1012Equipment PropertyFig-5 Steps to improve maintenance costwithout risk increase 運転、保全部署などの認識を、所定の製品を最も安価安 定に生産するという唯一の共通目的に収斂させるための「トータル最適化」のツールとしても大切になる。 - Fig-6は機器を設計段階で選定する際の選定指針に 活用した例であるが、例えばどうしても回避領域に該 当する機器を採用せざるを得ない場合には、作動状況 の常時監視や異常発生時の自動停止装置などの設置が 義務付けられることになる。Importance in UseABTC Dzreninema || AcceptableareaEquipment PropertyRecommendable areaFig-6A guide line for model selection equipment to be installedofot4.結言 1,設備などの人工物は人間が自然科学領域の知識を 利用して得た成果物であり、そこには人間の持つ弱点 に由来する色々な不確定要因が含まれている。そのためにメンテナンスに対しては、設備が破損し たり機能を喪失したりした時の影響の大きさを考慮し つつ、生産活動に最も有利な対応を採ることが求めら れる。 その具体的な対応が“リスクベースの設備管理”の201導入であり、その導入によって生産現場における設備 の運用実態は定量的、体系的に把握できるようになる。そして、そのようにして実現される体系的で定量的 な実態把握は、単にメンテナンス業務への寄与だけで はなく、次の様な面でも効果を期待することができる。 (1) 現在分断して行われている設計や運転、保全な どの関連業務に共通の判断基準を与え、部分最適 化の域を出ない現在の効率化をトータル的な最適 化に導く素地を与えること (2) 設備の運用実態を自ら把握し管理責任を果たす ことが強く求められている昨今の企業経営者や、 効率化を求めてアウトソーシング化が進むメンテ ナンス関係者が、設備の運用実態を定量的に知る 際の有用な手段になること (3) 情報の開示が広く求められている現状において、 設備の運用実態などの技術情報を、専門家ではな い市民や関係者に理解できる表現で定量的に提 示する方法としても効用が期待できること なお、この“リスクベースの設備管理”は石油化学 装置において実証済みであるが、この考え方はそれ以 外の装置産業、更には装置産業以外の各種産業分野に 対しても、夫々の分野に応じた評価基準を作ることに よって適用が可能であると考えている。参考文献[1] 玉木悠二 [1] 玉木悠二“設備保全の最適化とその手法”、オー ・ トメーション、Vol.46,No.11 (2001.11) [2] 玉木悠二“設備運用のトータル最適化 (10 回連載)”、オートメーション、日刊工業出版プロダ クション、Vol.47,No.5~Vol.48,No.2 (2002.5~2003.2) [3] 玉木悠二“ビルメンテナンスの最適化を考える(3 回連載)”、設備と管理、オーム社、第 38 巻 第9号~第 11 号 (2004.9~11)202“ “リスクベースの設備管理(1)最適化保全“ “玉木 悠二,Yuji TAMAKI
その時の設備の状態は、その設備が構想された段階 から設計、施工、運転、保全と続けられてきた行為の全 てが総和として現れたものであり、メンテナンスとは そのような設備を運用に支障のない状態に最も安価に 維持する活動である。そして正確な設備の寿命予測が困難な現状では、徒 に設備の無故障を追及するのではなく、そこでは設備 に対して設置目的として求められた性能を最大限に、 しかも最も有利、安価に引き出す処方を明らかにし実 行することが求められてくる。それは「絶対」の存在を前提に設備の運用を考えて きた従来の発想とは認識を大きく異にし、全ゆる設備 には不確定な要因が内在しているということを前提に、 有害なものは排除しつつ有益なもののみを最大限に取 り込んでいくリスクマネジメントの認識に重なる。 ・リスクとは、「起こってはならない」ことが「起きて しまう」ことに対する懸念であるから、その発想を実務 運営に導入するためには人間が不都合と思う事柄の全 てを想起した上で、その大きさを出来るだけ定量化し て装置を構成する全ての要素設備の位置づけを評価す ることが必要になる。そしてその評価では、従来から用いられてきた「プ ロセス特性 (Process Property)」と「設備特性(Equipment Property)」の評価に、「機能特性 (Equipment Function)」 を加えた3つの評価要素を用いることが必要になり、 その導入によって初めて設備管理分野へのリスクマネ ジメント思想の適用が可能になる。そしてこのような運営法の導入は、従来は当事者に しか理解が難しかった設備運用の実態を、専門家では ない部外者にも理解できる形で紹介しようとする時の 手段としても利用できるのではないかと思われる。
2.リスクの評価
2.1 リスクの成り立ち 1設備を作ったのも人、それを利用し有益・無益を判 断するのも人、壊れた場合に困るのも人、どれだけ困 るかもそれは人夫々の立場や解釈だから、リスクマネ ジメントの運営はその殆どが人に係わる問題となる。リスクとは「起こってはならない」ことが「起きてし まう」ことに対するの懸念の大きさであるから、そこで1「起こってはならない」と言う点に対しては、それが「起きるとどの程度困るか」という被害の大きさが想定され、次に 2「起こってしまう」という点については、それが「起こる可能性がどの程度あるか」とい197うことが推量され、最後に 3 両者が総合的に勘案されて、リスクの大きさが評価される ものと思われる。そしてリスクマネジメントは、このリスクの大きさ を許容限度内に抑えるために、必要な対策をたて、その 実行を管理することが主旨であり、一方 どの程度困るかは → 確保すべき信頼性. (Reliability required) 起きる可能性は → 確保出来ている信頼性(Reliability available) と見ることができるから、それを設備管理の場に当て 嵌めると、それは設備の運営状態を効果的にReliability available. Reliability required の状態に保つ活動であると云うことができる。そしてこの時の右辺は、人が不都合と思う不利益や 損害の大きさに対する評価だから、その着眼や不利益 の大きさは人夫々が持つ固有の価値観で決まる一方、 左辺は確保出来ている信頼性、即ち不利益や損害の発 生を抑止している設備に対する信頼性の評価で、それ は設備技術的な判断で決まってくる。2.2 リスクの定量評価 - 以上のことから、設備の生産性を効果的に高めるた めには、設備を壊れ難くするための点検整備費や、設 備が損傷した時の修復費用だけに着眼するのではなく、 設備側に求められている信頼性の大きさをも考慮に入 れた総合的な視点からの対応が必要になることが解る。これが効率的な設備運用を目指す“リスクベースの 設備管理”の原点となる考えであり、それを可能にす るためには上の状態式 Rel. avail. > Rel.req. の左右 両辺を定量的に評価する技術を持つことが不可欠の条 件となる。そして上式の右辺を「使用上の重要度 (Importance in Use)」、左辺を「設備特性」とする時、それは右辺に ついては“設備側に求める信頼性レベル”に対する、 また左辺については従来から寿命予測の問題として扱 われてきた“故障に対する設備の耐性レベル”に対す る評価技術の確立を意味する。そしてその評価技術では、次に述べるように右辺は 「プロセス特性」と「機能特性」の評価で構成されるから、それに左辺の「設備特性」を加えた3つの評価 は、夫々プロセス設計、基本設計、詳細設計の対応領域 に符号する設備管理のための評価の3要素となる。 -- 以下にこれら3要素の定量評価法についてその1例 を述べるが、特に「使用上の重要度」の評価について は、これ迄設備管理の運営に体系的に反映されてこな かったものなのでその解説も含めて紹介してみる。(1)「使用上の重要度」の理解「使用上の重要度」とは設備が「壊れた時に発生す る被害の大きさ」の評価であり、「被害の大きさ」とい うのはそこで不都合が発生した時に人が蒙る困難の大 きさのことである。そしてその不都合は、それを発生原因にまで遡ると 次の2つの発生形態に分類することができる。 1 設備が置かれている場の危うさに起因するもの(「プロセス特性」) 2 設備が負っている役割の大きさに起因するもの(「機能特性」) 即ち、1の「プロセス特性」は、設備の使用条件 に内在する火災や爆発、毒性などの危険性に対する 評価であり、2はその設備が機能を停止した時に波 及して発生する危険性に対する評価である。Fig-1 は、発熱反応装置周りの計装システムの例で あるが、ここでは原料は FCV で流量を制御されなが ら反応槽に導入され、反応液は LCV で槽内の液面を 一定に保ちながら系外に排出されている。PCVRaw material7(TSA) TIVentTCVFCVchcooling outletIPWater outletLCVCoolingwaterReactoreffluentFig-1A flow chart aroundexothermic reactorそして槽内で発生する反応熱は反応槽のジャケッ トに供給される冷却水によって系外に持ち去られ、そ の水量は TCV で槽内温度が適正に保たれるように制Raw materialCoolingwaterwatereFig-1198御されている。 - また反応槽の周りには、槽内温度の異常上昇に備え たアラーム TA や、温度が危険領域に達した時に緊急 に発熱源である原料の流入を遮断するインタロック TSなどの設備も設置されている。この系を例に「使用上の重要度」の成り立ちを見る と、このシステムでは 11 FCV が故障して発熱源である原料が除熱可能な量以上に流入するか 2 ポンプが壊れて、又は TCV が故障して冷却水の供給が必要量以下に減少するか によって除熱が不充分になり、それに伴って反応槽の 温度が上昇して格外品が発生し、槽内圧力も上昇して 場合によっては反応槽が破壊に至る。そしてこの温度上昇の原因となる反応熱は、プロセ ス設計段階でこのプロセスの採用が決定された瞬間に 前提として持ち込まれるそのプロセス固有の危険性で、 その大きさが「プロセス特性」の評価対象となる。一方このシステムには、熱バランスの崩れによって 発生する被害を防ぐために TA と TS が配備され、更に 図示はされていないが冷却水ポンプには予備機が設置 されている。この様にプロセスに内在する固有の危険性に対し て必要な対策を考え、健全なシステムに組み立てるの が基本設計であり、このような領域の出来栄えを評価 の対象にするのが「機能特性」になる。なお付言すると、この様にして組み立てられたシス テムを構成する各要素設備が健全に役割を果たすよう、 その細部仕様を決定するのが詳細設計で、その出来栄 えを評価するのが「設備特性」になる。そしてその「設備特性」の評価は、使用に供された 後は設計段階の出来栄えにメンテナンス段階の出来栄 えが付加されながら逐次変転していく。また設備が持つこのような「機能特性」の評価は、 その機能を具現している「系」に対する評価であるか ら、冷却水ポンプの例で云えばその評価は、ポンプを 駆動するモーターや送水配管など、冷却水系を構成す る全ての設備について同一となり、制御系についても その機能はループとして発揮されているから、その評価はループを構成する制御弁やケーブルなどの全部品 に対して同一となる。(2) 「使用上の重要度」の評価「使用上の重要度」は人が不利な事態に遭遇した時 に感ずる不都合の大きさであり、その不都合は先述の ようにその発生形態から「プロセス特性」と「機能特 性」に類別される。またこの評価で評価の対象となる不都合は、顧客、 社会、個人が受ける生命や財産、利益の喪失、利便、安全、 福祉の制限、信用、名誉、栄達など社会的人格の毀損な どに対して人が感ずる損害である。そしてその大きさは人それぞれの感度で変わるか ら、評価の基準は被害を発生させる側だけからの判断 ではなく、広く国民の支持を得た倫理感や関係法令、 公的な規制等に示される客観的な判断に基づいて決め ることが必要になる。「プロセス特性」の評価「設備が壊れた時に発生する直接被害」の大きさで あり、それは設備が置かれた環境(「場」)が持つ危 険性、例えば Table-1 に例示する取扱物質の特性や 取扱条件の過酷さが含む危険性の大きさに置き換 えることで評価される。Table-1 Possible hazardous events hidden in environment of facilities installed.(Examples in case of chemical plant) Category of hazardousExamples of aimed point event Fire /Intensity of explosibility, ignitability, Explosionoxidative property, inflammability of handling materialsIntensity of press. / temp., amount of Critical |accumulation, critical approach to range handling of explosion, possibility of runawayreaction, critical mixing, etc. Hazards | Intensity of harmful effect as to toxic, for human | poisonous, cancer-causing of materials,health radioactivity, etc. Environ Intensity of conservation duty to keepmental water / air quality, emission of noise, disruption | bad odor, etc. Harmful Intensity of influence affectedeffect to continuation of operation, quality of production products, loss of resources, energy, etc.199「機能特性」の評価」 「設備が機能を停止した時に発生する波及被害の 大きさ」を、被害の発生が阻止できなかった場合の 波及被害の大きさと、被害の波及を阻止するための 措置に必要な時間の充足度を夫々「損失性(Potential Loss)」、「切迫性(Urgency)」として評価し、両評価 を総合化して Table-2 に例示する重大さのイメージ に集約することにより評価する。EvaluationcriterionTotal evaluation imageof elemental equipmentA(Prevention ofspreading)-Equipment, that serves as the last check to prevent and control the spreading of trouble and to prevent accidents(Prevention ofaccidents)-Equipment used for an exothermic reaction, like control equipment and emergency alarming equipment(Maintenance ofthe state)-Equipment used to maintain ordinary operation, like general equipment, control systems, and general alarmsD-Auxiliary, supplementary, spare equip(Supplementation) || ment not belonging to Criteria A to CTable-2Evaluation Criterion forthe Degree of “Equipment Function”なおこの時の「損失性」と「切迫性」の集約化は、 Fig-2 に例示するようなマトリクスを設定すること により統一的に行なわれる。Potential losseA B C D |ADA B|C|DB B B C D c|c|c|c|D]UrgencyIntensity grade of “Equipment Function““DDDDDIFig-2A sample matrix to evaluate intensity gradeof “Equipment Function”「損失性」の評価 ある設備が機能を喪失した時、その影響が波及する 設備を HAZOP の手法等で特定し、その波及被害の 大きさを「プロセス特性」の評価と同じ尺度を用い て評価することにより行う。「切迫性」の評価 波及被害が発生する設備に対して採られている被害回避対策の配備状況を確認し、その対策の実行に 必要な時間に対して確保できている時間の充足度 を Fig-3 の認識で評価することにより行う。Grade robo be akecled immediately at the time imary equipment is failedGrade being secured minimum request bme to preveri cutreak of losses BoAGrade, Sentase realization of losses immediately a function of primary equipment is tailedGrade b be reacted in ng mal expeddon for loss preventionCase 1(sel Abron & trlock ) Case2(w Alarmonly Casa 3 (w farm & interlockOutbreak of LossesAARPump fallurebreak outPrecaution alare ringing → TIMEInter-lock actuationFig.3Example of Evaluationof “Equipment Function”(3)「設備特性」の評価「設備特性」の評価は、Rel.avail.、即ち確保出来て いる信頼性の大きさの評価である。そしてその大きさは、設備が故障するまでの安定運 転時間の長さによって評価されるが、現状では寿命予 測技術が未成熟でそれを正確に予測することが困難な 状態にある。そのためこの「設備特性」の評価では、精度が高い と云う意味からではなく、その時点の設備管理レベル で再現できる入手可能で最も確からしい値と云う意味 において、その現場が感じている点検整備の周期を初 期値として採用し、その長短を当事者の満足度をもと に例えば Table-3 のような指標にまとめて評価するこ とにより行う。Evaluation of “Equipment Property”A B | c | DIntencitygrade Turn aroundinterval of maint.(year)| 1~22~3Table-3 Sample of evaluation criteria““Equipment Property なお「設備特性」の評価では、運営環境がこのよう な状況であるところに“リスクベースの設備管理”が 導入される必然があるが、そのような運営環境を着実 に改善するために例えば次項に示すようなリスクベー スの設備管理手法が用いられ、初期値として採用され200た「設備の壊れ易さ」の精度はスパイラルアップ的に 改善されていくことになる。3.リスクベースの設備管理“リスクベースの設備管理”とは、設備の寿命予測 精度が充分ではない状況の中で、先に示した設備の運 用状態を示す式 |Rel.avail. ? Rel. req. の左右両辺の関係を、出来るだけ“=”に近い ““2““ の状態に安全かつ安定的に近づける対応である。 -勿論「安全の確保」だけを考えれば左右両辺の関係 は ““≫”で良いのであるが、経済性の追求を究極の目 的とする生産現場においてはコストの低減と両立させ ることこそが設備管理の主旨となる。そしてこの様な両者を両立させる対応は、“リスク ベースの設備管理”では横軸に「使用上の重要度」、縦 軸に「設備特性」を置いたマトリクス上で、「確保すべ き信頼性」と「確保出来ている(筈の)信頼性」を総合 的に勘案することによって行なわれる。 - Fig-4 はこのような目的で作成された「保全管理密度 (Concentration rate of maintenance considerations)」と呼ば れるマトリクスの例で、この様な評価のもとに限られ た保全費を各設備に効果的に配分して最大の成果を得 る傾斜管理が行われる。Importance in UseBTC 2A|A|BFig-4 A matrix to determine concentration rate of maintenance considerationsEquipment PropertyCD| DIDまた設備の持つ信頼性の精度を事故の発生を抑え ながらスパイラルアップ的に改善していくためには、 「保全管理密度」のマトリクス上で Fig-5 のように「使 用上の重要度」の評価が低い設備を選んで諸種の改良 を試み、好結果を得た対策を「使用上の重要度」の評 価が高い設備に逐次展開してく方法が採用される。また、この種のマトリクスは現在組織や業務分担、 専門領域の違いなどで分断されている設備の設計やImportance in Use A|B|C|DA BBBIG 10 1012Equipment PropertyFig-5 Steps to improve maintenance costwithout risk increase 運転、保全部署などの認識を、所定の製品を最も安価安 定に生産するという唯一の共通目的に収斂させるための「トータル最適化」のツールとしても大切になる。 - Fig-6は機器を設計段階で選定する際の選定指針に 活用した例であるが、例えばどうしても回避領域に該 当する機器を採用せざるを得ない場合には、作動状況 の常時監視や異常発生時の自動停止装置などの設置が 義務付けられることになる。Importance in UseABTC Dzreninema || AcceptableareaEquipment PropertyRecommendable areaFig-6A guide line for model selection equipment to be installedofot4.結言 1,設備などの人工物は人間が自然科学領域の知識を 利用して得た成果物であり、そこには人間の持つ弱点 に由来する色々な不確定要因が含まれている。そのためにメンテナンスに対しては、設備が破損し たり機能を喪失したりした時の影響の大きさを考慮し つつ、生産活動に最も有利な対応を採ることが求めら れる。 その具体的な対応が“リスクベースの設備管理”の201導入であり、その導入によって生産現場における設備 の運用実態は定量的、体系的に把握できるようになる。そして、そのようにして実現される体系的で定量的 な実態把握は、単にメンテナンス業務への寄与だけで はなく、次の様な面でも効果を期待することができる。 (1) 現在分断して行われている設計や運転、保全な どの関連業務に共通の判断基準を与え、部分最適 化の域を出ない現在の効率化をトータル的な最適 化に導く素地を与えること (2) 設備の運用実態を自ら把握し管理責任を果たす ことが強く求められている昨今の企業経営者や、 効率化を求めてアウトソーシング化が進むメンテ ナンス関係者が、設備の運用実態を定量的に知る 際の有用な手段になること (3) 情報の開示が広く求められている現状において、 設備の運用実態などの技術情報を、専門家ではな い市民や関係者に理解できる表現で定量的に提 示する方法としても効用が期待できること なお、この“リスクベースの設備管理”は石油化学 装置において実証済みであるが、この考え方はそれ以 外の装置産業、更には装置産業以外の各種産業分野に 対しても、夫々の分野に応じた評価基準を作ることに よって適用が可能であると考えている。参考文献[1] 玉木悠二 [1] 玉木悠二“設備保全の最適化とその手法”、オー ・ トメーション、Vol.46,No.11 (2001.11) [2] 玉木悠二“設備運用のトータル最適化 (10 回連載)”、オートメーション、日刊工業出版プロダ クション、Vol.47,No.5~Vol.48,No.2 (2002.5~2003.2) [3] 玉木悠二“ビルメンテナンスの最適化を考える(3 回連載)”、設備と管理、オーム社、第 38 巻 第9号~第 11 号 (2004.9~11)202“ “リスクベースの設備管理(1)最適化保全“ “玉木 悠二,Yuji TAMAKI